優雅な生活が最高の復讐である


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Roger Waters [Is This the Life We Really Want ? ]

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 よもや自分が生きているうちに「私らは侮辱の中に生きています」という中野重治/大江健三郎の叫びがこれほどまでに切実に感じられることがあるとは思わなかった。安倍晋三とその一党、人間としても最低最悪、下劣で無恥な無法者たちによってこの国の進路が歪められたことに怒りといった言葉では到底表現できない無念さを覚える。2017615日、奇しくも樺美智子の命日に参議院で強行的に採決された共謀罪法案は私たちの内面にまで立ち入って処罰を加えることを可能とした点において、これまでこの愚劣な政権によって重ねられた数限りない戦後民主主義に対する蛮行とさえも一線を画している。この日付は日本において表現の自由という理念が敗戦から今日まで、わずか70年余しか保持されえなかったことを暗示している。おそらく今後は多くの密告者が登場するはずだ。「人生と運命」の中の「あらゆる人間は密告する」という警句を私たちは銘記すべきである。

 暗鬱とした思いの中でロジャー・ウォーターズの25年ぶりの新譜[イズ・ディス・ザ・ライフ・ウィ・リアリー・ウォント?]を聴く。こんな生を私たちは本当に望んでいたのか、限りなく頽落していく世界の中でこのタイトルは重い。前作[アミューズド・トゥ・デス(死滅遊戯)]がリリースされたのは1992年であり、歌詞の中に天安門事件や湾岸戦争が登場していた。ピンク・フロイド時代においても、ほとんどロジャーのソロ・アルバムであった[ファイナル・カット]においてフォークランド紛争が言及されていたことを想起するならば、ロジャーが常に現実と密接に関わる楽曲を発表してきたことは理解されよう。ロジャーは90年代以降、[ザ・ウォール]のライヴに全力を傾注していたから(残念ながら日本での公演はなかったが、今回のライナーノーツによれば2010年から13年にかけてのワールド・ツアーは「ソロ・アーティストとして史上1位の興行収入」を上げたとのことだ)、しばらく新しいアルバムについての情報は途絶えていたが、私の記憶では一番最近にロジャーの新曲を聞いたのはパレスチナ問題と関連して難民を支援する小規模のコンサート、もしくは関連する会議上でのライヴのインターネット中継においてであった。映像には「If I had been God」というタイトルが付されていたから、そこでは新しいアルバムに収められた「Déjà vu」が演奏されていたはずだ。イスラエルがパレスチナの入植地に建設を進める分断の「ウォール」への思いがあったかもしれない。後述するとおり、社会的な問題に断固として関わる姿勢は今日まで続いている。

 鼓動と秒針という「狂気」を連想させる短いインストロメンタル、「ホエン・ウィ・ワー・ヤング」に始まり、「もし自分が神であったら」というロジャーらしい妄想的な歌詞に始まる「デジャ・ヴ」そしてゆるやかな曲調の「ザ・ラスト・レフュジー」と楽曲がシームレスにつながっていく点はこれまでのアルバムと共通している。例によって歌うというよりつぶやく、もしくはささやくようにメッセージが添えられる。続いて「ようこそマシーンへ」を彷彿とさせる機械的なリフレインとともに始まる「ピクチャー・ザット」。このディスクはロジャー単独の名義のアルバムとしては4枚目になるが、最も近い印象を与えるアルバムを挙げるとするならば、ピンク・フロイド時代の「ファイナル・カット」ではないだろうか。ロジャーが頻繁に用いる、ラジオの音声を用いたSEも随所に使用されているとはいえ、先年発表されてこのブログでもレヴューしたデイヴ・ギルモアのピンク・フロイドによる[エンドレス・リヴァー]におけるエンジニアリングの緻密さと比較するならば、多く弾き語りに近い比較的なシンプルな内容であり、アルバムとしての抑揚には乏しい。以前のアルバムに時折認められたロックンロールの要素はほとんど存在せず、全体の曲調はむしろ暗鬱である。アルバムのタイトルとされた「イズ・ディス・ザ・ライフ・ウィ・リアリー・ウォント?」において、このような生を私たちが本当に望んでいたのかと反問されるのは例えば学生が戦車に轢かれる現実、捕虜になったジャーナリストが見放される現実、大馬鹿者が大統領に就任する現実である。最初は前のアルバムでも言及された中国の共産党による弾圧、最後はトランプの大統領就任であるが、二番目の現実は安倍の中東訪問の際のスタンドプレーによってISによって虐殺された二人の日本人のことと考えても大きな間違いはないだろう。私たちがこのような生を望んでいないことはいうまでもない。現実からの覚醒を説く「スメル・ザ・ローゼズ」に続いて、「ウエィト・フォー・ハー」から「パート・オブ・ミー・ダイド」にいたるゆるやかなメドレーでこのアルバムは幕を閉じる。

 「アミューズド・トゥ・デス」では天安門事件や湾岸戦争を遠く離れた場所からTVで視聴する私たちの姿が批判的にとらえられていた。2013年より制作が始められたこのアルバムでも私たちを取り巻く状況が生々しく現れる場面がある。ドローン(もしも私が電子装置の眼を備えて、異郷の空を巡回するドローンだったら)あるいは難民(波で洗われる海辺で砂の中に形見を探す最後の難民)といった歌詞がそれだ。ドローンと難民は象徴的だ。近い過去に私たちは望んでいたような生が実現するかもしれないと一縷の夢をもちえた時期があった。変革を叫ぶバラク・オバマが大統領に就任した瞬間である。しかしその任期の間、アメリカ人兵士の犠牲を抑えるために大量のドローン兵器が導入され、結果的に多くの無関係の市民が殺戮された。あるいは南スーダンやシリアから逃れる大量の難民に対してもオバマは積極的に関与したようには思えない。私たちは苦い感慨とともにそれなりに誠実であったこの大統領の時代を回顧する。オバマの政権のもとで増大した社会の疲弊の代償は大きかった。ドナルド・トランプという社会病質者が大統領の座に就いたのだ。ロジャーは大統領選が戦われていた昨年の10月、メキシコシティのソカロ・スクエアにおけるライヴで「ピッグス」の背景に戯画化したトランプを映示し、鼻を鳴らして嘲笑した。知られているとおり、1977年に発表された「アニマルズ」に収録されたロジャーの手による「ピッグス」の歌詞は次のようなものだ。

 デカい面したそこの豚男 / ハハ、お前は全く裸の王様だ / 金をたんまりもって大物面したお前 / ハハ、お前は全く裸の王様だ

 あたかもトランプを揶揄するようではないか。さらにロジャーはこの5月から「USTHEM」という北米ツアーを開始した。私はルイスヴィルでの公演の模様をYOU TUBEで見たが、私が視聴した限りにおいては新しいアルバムからは三曲、「デジャ・ヴ」「ザ・ラスト・レフュジー」「ピクチャー・ザット」が演じられた模様である。ツアーのタイトルからも了解できるとおり、新しいアルバムのためのツアーではなく、ピンク・フロイド時代の楽曲を中心とした構成である。御覧のとおり、コンサートの途中で巨大なスクリーンに「トランプは豚だ」という字幕が映示される。

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さらに「ピッグス」の終盤においては「国境なき国家は全く国家などではない。我々は壁を築かねばならない」「私の美点は私がとてつもなく富裕であるということだ」といったトランプの暴言が次々に画面に投影され、「そこの豚男」というロジャーの歌声が重ねられる。トランプという史上最悪の大統領に対して徹底して攻撃を加えるロジャーの姿から私は反体制としてのロックの真髄、そしてアメリカにかろうじて残された希望を感じた。ひるがえってこの豚男に気持ちの悪い秋波を送る、やはり史上最悪の宰相が政権を握る日本において、このような批判は可能であろうか。自分たちの権益は死にもの狂いで守る一方、身内の醜聞をもみ消し、批判者に対しては公安当局と御用メディアを通じて卑劣な攻撃を加える為政者のふるまいを私たちは目にしたばかりだ。これは私たちが望んだ生ではない。私たちの国も大物面した豚男によって支配されている。今こそ私たちもロジャーのように反撃しなければならない。



by gravity97 | 2017-06-19 21:20 | ロック | Comments(0)

藤枝晃雄批評選集『モダニズム以後の芸術』

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 しばらく前から予告されていた藤枝晃雄の批評集がついに刊行された。ペーパーバックながら上下二段組、600頁余という大著である。私の世代であれば藤枝はよく知られた批評家であるが、今日ではその主著を手に入れることはかなり困難だ。ポロックについての名高いモノグラフが10年ほど前に復刊され、そのほか下に示した四冊の論集が刊行されているが、インターネットで確認した限りにおいても中古本としてしか入手できない著作が多い。今日では美術関係者でさえ相当に意識しない限り、藤枝のテクストに触れることは難しい。また藤枝は70年代以降、多くの雑誌に文章を寄稿しているが、これらについても論集に収められていない限り、原典にあたる苦労なしには読むことができなかった。このような困難は私にマイケル・フリードを連想させる。藤枝同様にフォーマリズム批評を代表する論客であったフリードもまた1998年にシカゴ大学出版局より「芸術と物体性」という長大な論集が刊行されるまで、とりわけ1970年前後の現代美術に関するテクストは掲載された美術雑誌を一つずつ参照することによって初めてその鋭利さを知りえたのだった。かかる困難を一挙に解決する本書の出現は大いに喜ばしい。編集方針もこれまでの欠落を補うべく十分に練られている。最初に述べたとおり、1966年以降の半世紀に及ぶ批評を網羅したこの批評集は相当な分量があり、図版を一切欠いている点はテクストの十全な理解よりも多くのテクストの収録を優先する編集方針を反映させているだろう。紙質もよくないが、それゆえこれほどの大著にもかかわらず3000円という、学生でも躊躇なく買うことのできる価格に抑えられている。私もこのような基本方針に賛同する。藤枝の批評は今こそ多くの人に読まれるべきであり、多くのテクストが読まれるべきであると考えるからだ。

 八章によって構成された本書は論文からインタビュー、対談といった多様なテクストから成り立ち、論じられる対象も近代絵画からミニマル・アート、さらには詩論と幅が広い。テクストの選定は批評家本人によるとのことだ。私にとってありがたかったことには1971年の「二つの抽象」というテクストが全文収録されている。これは講談社版の「現代の美術」のうちの一巻、「構成する抽象」にメインテクストとして収録され、藤枝フォーマリズムの真髄とも呼ぶべき論文であるが、この重要な論文を含む画集は今日では入手が難しく私もコピーでしか所持していない。あるいは「絵画の彼方」と題されたバーネット・ニューマン論も『季刊藝術』という今や存在しない雑誌に掲載され、『現代美術の不満』以外には再録されていないため、今日読むことは困難である。望蜀の嘆であることを知りつつ言い添えるならば、1970年前後に『美術手帖』に掲載されたいくつかの論文、さらに現在では参照することが著しく困難な『三彩』に掲載されたジャッド論も加えてほしかった。

 先にも述べたとおり、私は藤枝の批評から強い影響を受けた。針生一郎、中原佑介、東野芳明といういわゆる御三家よりやや遅れて活動を始めた藤枝の文体は独特のごつごつとした手触りをもっている。それは宮川淳のような美文でもなければ、東野芳明のような挑発性やユーモアを帯びてもおらず、むしろ悪文に分類されようし、何よりほかの批評家や作家に対する罵倒と批判が印象的だ。大学から大学院にかけて私はそれらを繰り返し読んだから、今回収められた多くの論文の冒頭を読んだだけでどの雑誌、どの書誌に収められていたかを言い当てることさえできる。主著の一つがジャクソン・ポロックに捧げられていることから理解されるとおり、藤枝の批評は抽象表現主義を主たるフィールドとして育まれた。このうえで藤枝はクレメント・グリーンバーグの強い影響を受けており、作家ではなく作品、アクションではなく絵画を重視する姿勢をとる。藤枝は日本においてもフォーマリズムの批評を確立すべく苦闘を続けた。しかし日本においてフォーマリズムは今日に到るまで十分に受容されたとは言いがたく、罵倒を基本とする独特のシニカルな批評のスタイルもこの状況に由来するかもしれない。端的に日本の「美術批評家」は作品を介して作品とは別のことを語るのが好きなのである。例えば冒頭に収められた「芸術を求めて」というテクストの中では、この論文が書かれた当時、優勢であったフェミニズム批評に対する批判が記されている。すなわちアンディ・ウォーホルの描くマリリンについて「鮮やかな緑色や黄色で乱暴に顔を塗りたくられたモンローのイメージが胸に痛くて、私はいたたまれなかった。/モンローの生涯が悲惨であったことはいまや誰でも知っている。モンローの顔に加えられた乱暴な色のタッチは彼女が受けた様々な暴力の痕跡として、ここに示されたのかもしれない」という千野香織のコメントに対して藤枝は「千野の場合、モンローの伝記がモンローの画像に結びつけられ同情されている。それは美人が描かれていれば絵を美しいと見なしたり、かつての肖像画においてモデルとなった人物がデフォルメされて怒り出すことと大同小異である」と批判したうえで「もし、千野の見方が美術史であるならば、それは美術にとっても他のあらゆる領域にとっても不必要である」と切って捨てる。私も日本における「フェミニズム批評」の「第一人者」であるはずの千野のあまりにも幼稚、反映論そのままのナイーヴな「感想」に失笑した覚えがある。フェミニズム批評は当時の流行の先端であったが、「作品を利用して別のことを語る」タイプの批評に対して藤枝は徹底して批判を加えた。今日においても哲学から精神分析まで、自説を開陳するために作品を横領する小林某から斎藤某にいたる「美術批評」の系譜に私たちは事欠かない。藤枝の仕事はこれらとは異なり、あくまでも作品をその中心に置く。この意味において私はここに収められた論文の中でも時評的なそれより作家論、作品論の方に藤枝の批評の特質がよく現れていると考える。

 なにぶん浩瀚な論集であるから私もまだ完全に通読はしていないが、大半の論文はかつて読んだ覚えがある。次に本書の内容を概観しておこう。収録論文の出典については巻末に発表順に一覧が掲載されているから容易に参照できる。構成はクロノロジカルではなく主題別である。「芸術と批評」と題された第一章においては現代美術とフォーマリズムの方法が大局的な観点から語られる。先に触れた「二つの抽象」あるいは「最後の絵」といった戦後アメリカの色面系の抽象絵画について総括的に論じた文章は今読んでも古びておらず、藤枝の批評の到達点を示している。第二章は上田高弘を聞き手とした語りおろしのインタビュー。後述するとおり北園克衛やデュシャンといった、やや意外に感じられる主題にも言及があり、なかなか興味深い。「情況と動向」と題された第三章は1969年の「アンチ・イリュージョン」から2005年の「アジアのキュビスム」まで、主として展覧会に関する批評が収められている。行動美術展や具体美術展といった意外な対象への展評をなぜここに収めたのか、本人に尋ねたいと考えるのは私だけではないだろう。第四章「歴史とモダニズム」ではポストモダンやアヴァンギャルドといったモダニズム美術と関わる状況論が収められている。続く二つの章は作家論であり、第五章は印象主義からダダイスムまで、第六章では抽象表現主義以降の美術家が論じられる。前者は『美術手帖』に連載され、『絵画論の現在』として刊行された内容がほぼ抜粋され、いくつかのテクストが加えられている。当時のポストモダン状況の中であえて近代の画家たちを論じた意味は、今日、本書によって藤枝の批評を通覧するならばよく理解できる。第六章は藤枝が専門とする抽象表現主義からミニマル・アートにいたるアメリカの戦後美術に関する作家論が大半を占める。一巻の研究書として構想された前章とは異なり、掲載された書誌がばらばらで内容も作家論から私的回想までやや雑然とした印象を与えるが、ニューマンとポロックについての長い論考は本書中の白眉といえよう。「詩論他」と名付けられた第七章では北園克衛やビートニクと藤枝という意外な取り合わせを知ることができる。藤枝が北園の主宰する詩誌と関わり、あるいは留学中にビートニクたちと交流したという事実を私は本書をとおして初めて知った。最後の第八章は内外の研究者や美術史家を交えた対談を収めている。発表の時期にして20年ほどの幅があり、内容としては抽象表現主義に関連した議論が多い。

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 決して読みやすいテクストではないが、まずはこれらの論文に目を通していただくのがよかろう。さいわいこの論集には藤枝批評への導入との呼ぶべき7本のコラムも収められている。例えば藤枝の批評が日本の美術批評において果たした役割に関しては早見堯、選考するフォーマリズム批評との関係については川田都樹子、それぞれ委曲を尽くした解説をあらかじめ読んだうえで各章に向かうのは一つの方法であろう。あらためて通読しながら、私は久々に藤枝の佶屈した文体を堪能した。日本の美術批評は東野芳明に典型的に認められるとおり、書き手としての自らを前面に押し出した書きぶりが多い。これに対して藤枝の文章は一種の客観性、匿名性を装いつつ、実際には断定的であり強引、なによりも攻撃的であった。本書においても書き下ろされた序と後記に相変わらずの藤枝節が健在であり、私は大いに安堵した。最初に述べたとおり、藤枝の文体はどちらかといえば悪文で必ずしも論理的でないが、読んでいるうちに病みつきになるような不思議な魅力を備えている。おそらくかかる魅力は藤枝が作品の質についての判断を恐れないことに由来するだろう。ポストモダン以降、私たちは無際限の相対化の時代にいる。しかし藤枝の作品の質に対する判断は明確でぶれがない。本書の中に「地球がその動きを停止してもオーブリー・ピアズリーがポール・セザンヌよりも、アール・ヌーヴォーがキュビスムよりも高質にして重要だ、ということはありえないだろう。優れた作品は多義的で消耗しない」という言葉がある。今触れたコラムの中で大島徹也が論及するとおり、例えばポロックに関して藤枝は最高傑作とみなされてきた《ブルーポールズ》を「素人受け」として批判する。私も藤枝の評価に同意するが、かくのごとく作品の質を基準として明快な判断を下す点に藤枝の批評の魅力はあり、それゆえ日本の同時代の美術は多くが論じるに値しなかったのであろう。しかしここに収められた論文からは必ずしも判然としないが、藤枝は自らが企画した展覧会でそれまでほとんど知られることのなかった作家を取り上げ、高い評価を与えた点も記憶されるべきであろう。藤枝が評価する作家は時流に合う作風ではなかったから、今日にいたるまで十分な評価を受けているとは言い難いが、日本の戦後美術において一つの系譜をかたちづくっている。一方、かつて藤枝によって見出され、このブログでも論じた山田正亮については近年、近親憎悪に近い批判を加え、あるいは本書に個展のレヴューが掲載されている福島敬恭については「その近年来の変節は、もはや私の関与する範囲をはるかに超えている」として「現代美術の展開」を再版するにあたって文章を削除したことがある。このような潔癖さというか厳密さもこの批評家ならではの個性である。

 本書を卒読してあらためて感じたのは、藤枝の批評におけるデュシャンの重要性である。藤枝の卒論がデュシャンに関する内容であったことは以前何かで読んだ記憶があるが、本書を読み進めるとほとんどの章にあたかも通奏低音であるかのようにデュシャンへの言及があり、第五章には「絵画論の現在」には含まれていなかったデュシャンについての文章が新たに収められている。藤枝にとってデュシャンの重要性はレディメイドに端的に示される「視覚によらない表現」の可能性を提起した点にあるだろう。通常であればこのような表現はフォーマリズムの埒外にある。しかしながら藤枝の批評の独自性は、デュシャンを契機として、それといわば対偶の位置にある表現、すなわち「視覚による視覚の批判」という可能性を探求することによって、反造形的な作品と批評の接点を探ったことにある。このような視座を得ることによって、抽象表現主義、とりわけニューマンからミニマル・アートにいたる現代美術の展開が一望され、藤枝の批評は基本的にかかる視野の中に配置された。デュシャンという反フォーマリズムの作家が藤枝のフォーマリズム批評の豊かな成果を育んだという逆説はなんとも興味深く感じられる。

 日本においてフォーマリズム批評の導入は不幸な歴史をたどった。ハル・フォスターの「反美学」が訳出されたのが1987年、『批評空間』の特集号「モダニズムのハードコア」が発行されたのが1995年、グリーンバーグの批評選集にいたっては2005年の刊行である。つまり日本ではアメリカのフォーマリズムの主要な論文が紹介されるより先に「オクトーバー」系のフォーマリズムを脱構築する言説が導入されたのである。このためフォーマリズムをめぐる議論のダイナミズムはきわめて錯綜したかたちで紹介された。いうまでもなくそれに対応する日本における批評的達成は今日に至るまでほとんど整理されることがなかった。今回、この論集が刊行されることによって、私たちはフォーマリズムとその超剋をめざす言説の数々を同じ俎上に載せて検証することが可能となった。このような作業から学ぶべきものはまだ多いと私は信じている。


by gravity97 | 2017-06-11 16:30 | 批評理論 | Comments(0)

「抽象の力」

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 豊田市美術館で開催されている「抽象の力」を訪れる。美術家の岡崎乾二郎によって監修され、豊田市美術館のコレクションを中心にした展示であるとはいえ、きわめてラディカルで問題提起的な展覧会だ。ゲスト・キューレーターを招いたコレクション展自体は近年さほど珍しくないが、美術界きっての理論家でもある岡崎を招いて企画されたこの展示は私たちが慣れ親しんだ近代美術に関する定見を一新する。さらに出品された作品もいわゆるコレクション展の域をはるかに超えている。確かに豊田市美術館は優れたコレクションで知られているとはいえ、他館から借用された作品のレヴェルもきわめて高い。たとえば東京国立近代美術館所蔵の村山知義の《コンストルクチオン》が出品されていることを知って私は驚愕した。このフラジャイルな作品は私の理解では村山の回顧展以外、門外不出であったはずだ。後述する通り、展示の中でこの作品が占める位置を考える時、いかにして出品が可能となったかという点も興味深いが、単に名品を揃えたということ以上に、通常の美術展とは全く異なる作品の選択に驚く。

 私がこの展覧会に足を運ばなければならないと考えた理由はフライヤーに記された挑発的な一文にある。カタログにもそのまま収録されている。長くなるが、この展覧会の核心でもあるため、引用する。

 キュビスム以降の芸術の展開の核心にあったのは唯物論である。/ すなわち物質、事物は知覚をとびこえて直接、精神に働きかける。その具体性、直接性こそ抽象芸術が追究してきたものだった。アヴァンギャルド芸術の最大の武器は、抽象芸術の持つ、この具体的な力であった。/ だが第二次大戦後、こうした抽象芸術の確信は歪曲され忘却される。その原因の一つは(アメリカ抽象表現主義が示したような)抽象を単なる視覚的追究とみなす誤読、もう一つは(岡本太郎が唱えたような)抽象をデザイン的な意匠とみなす偏見。三つめは(具体グループが代表するような)具体という用語の誤用である。これらの謬見が戦前の抽象芸術の展開への正当な理解を阻害してきた。ゆえにまた、この世界動向と正確に連動していた戦前の日本の芸術家たちの活動も無理解に晒されてきたのである。

 後から述べるとおり、若干の異論もあるものの、私はここで開陳された言明に深く同意する。しかし同時にこのような見解は抽象美術に関する相当に特異な理解である。今少しこのテクストにこだわるならば、ここでは「世界動向と正確に連動していた戦前の日本の芸術家たちの活動」の理解を阻害した要因として三つの集団や作家が名指しされている。すなわち抽象表現主義、岡本太郎、具体美術協会であり、当然これらの作品は展覧会には出品されていない。(正確には具体美術協会のリーダー吉原治良と重要なメンバーの一人である田中敦子の作品は出品されている。しかしそれも従来の「抽象表現」の理解からは程遠い)私は展覧会とは選択と排除の力学であると考えるから、むしろこれらの集団や作家が排除されたことに関心をもつ。それは一つには豊田市美術館のコレクションに含まれていなかったことに起因するかもしれないが、先述のとおりこの展覧会では他館からの借用もなされている訳であるから、私は逆にコレクションにおける作品の不在を奇貨として岡崎がこの展示を構想したのではないかとさえ勘繰ってしまう。それではフォーマリズムの判断や意匠性を欠いた「唯物論としての抽象芸術」とはいかなる表現であろうか。具体的に展示をめぐることにしよう。

 展示は四室から成る。一番広い最初の部屋にヨーゼフ・ボイス、イミ・クネーベル、田中敦子の大作や高松次郎の「単体」と「点」シリーズなどが配置されている。この美術館のコレクションとしてはいずれも見慣れた作品であるが、これらの作品が「抽象の力」という展覧会の冒頭に置かれたことには奇異の念を感じないだろうか。確かにこれらは「具象絵画」や「具象彫刻」ではないが、抽象という表現で括ることができるだろうか。私たちはこの展覧会において抽象が具象の対立概念ではなく、いわば審級を違えたレヴェルで把握されていることを知る。それらは多く端的に「モノ」として存在しており、岡崎が唯物論と呼んだ存在の在り方を暗示している。同時にこのような展示はこの展覧会が抽象表現を通時的、系統樹的に概観する美術史的配慮とは全く無縁であることも示唆しているだろう。歴史性を断ち切られた会場には奇妙な道具が展示されていた。それはフレーベル、モンテッソーリらの教育玩具である。色彩豊かで形態もヴァリエーションに富んだこれらの玩具は実際に幼児教育で使用され、会場には日本やドイツで子どもたちがこれらの玩具と戯れている様子を記録した写真も展示されている。もちろんそれらの色や形状から同じ室内に展示された作品との共通点を見出すことは可能だ。しかしおそらくここで求められているのはそのような共通性の確認ではない。玩具を私たちは手に取って、いわば五感を動員して操る。ここでは抽象という営みが本質においてそのような共感覚を本質としていることが暗示されているのではなかろうか。それは端的に抽象表現を視覚性に還元することへの批判であり、先ほどの三つの批判のうち、最初のものに相当する。確かにボイスのフェルトや高松のコンクリートはむしろ触覚性に訴求し視覚的な明瞭性に欠ける。今述べたとおり玩具とは視覚よりも身体と関わる。私たちは抽象絵画を鑑賞する際に一定の距離をとって正対することを常としてきた。これに関して、今回、作品のキャプションは壁面のきわめて低い位置に掲出されており、私たちは身を屈めることなしにそれらを読むことはできない。このような配置に抽象表現を再び視覚から身体に関わる営みとして奪回しようという岡崎の明確な意図をうかがうことができるのではないだろうか。

 続く第二室では美術と文学の関係が問われる。岡崎は夏目漱石の「草枕」とキュビスム絵画の類似性という思いがけない論点を提出した後、漱石の影響を受けた画家としてとりわけ熊谷守一を評価する。しかしこの展覧会に出品されたのは《裸婦》と題された豊田市美術館所蔵の小品、そして参考出品として《轢死》という陰惨な主題を描いた作品の赤外線写真などである。岡崎はこれらの主題をキュビスムが時に用いた裸婦の主題へと関連させ、さらにブラックやデュシャンの作品と接続させる。カタログにおいて岡崎は「あらかじめ統一された対象が実体としてあるのではない。ばらばらに入ってくる感覚刺激=感情の断片が、それを感受した人の脳の中で知的に作り出す構成が対象である。この落差(プロセス)が絵画の力を作り出す」と論じている。さらに岡崎によれば、キュビスムが抽象表現へ道を開いたとする私たちの認識は正しくない。「むしろキュビスムも抽象も表象システム=見えるかたちで何かを表現、代表するという仕組みへの疑義を共有し、その同じ土台から分岐して派生したと見るべきだろう」日本におけるキュビスムを代表する画家が萬鐵五郎であるならば、抽象の鼻祖は恩地孝四郎である。さらに展示では必ずしも判然としなかったが、実は恩地は幼児教育とも深く関わり、先に触れたフレーベルの教育玩具とも縁があるという。キュビスムと抽象表現を区別する発想、そして抽象表現の起源に教育玩具を見出す発想は斬新である。この時、抽象とは表現の一つのモードではなく、いわば現実に向かい合う一つの姿勢とみなされるのではないだろうか。

 明るい外光に満たされた第三室で私たちはまたもや意外な作品に出会う。それは作品というよりは正確にはドナルド・ジャッドが設計した一連の家具であり、20世紀初めに制作された扇風機やトーマス・リートフェルトの椅子であり、岸田日出刀らによって編まれた「現代建築大観」である。美術というよりデザイン、建築といったジャンルと結びついたこれらの品やイメージがなぜこの展覧会に含められたのかを理解することはさほど困難ではない。抽象はモードではなく事物をとおして実現されるのであるから、岡崎のいう「抽象の力」はジャッドのいうスペシフィック・オブジェクトと結びつく。「ジャッドは新しい事物が与える明確さ、強さはいったい何からもたらされるのか、つっこんだ分析をしなかったが、それが事物と人との身体的かつ機能的な応答に結びついていることは明らかだった」この時、抽象という概念に対してより適切な言葉が浮かび上がる。それは具体性(concreteness)である。この展覧会に「現実(concrete)展開する、抽象芸術の系譜」というサブタイトルが付されていることはこの点を暗示する。冒頭の文章にあったとおり、この展覧会の目的は日本の抽象美術が潜在的に有していた可能性の復権であったが、この点を考慮するならばこのセクションでは戦前にあって日本の建築もまた構成主義建築あるいはモダニズム建築などと呼ばれる国際様式に比肩していたことが暗示されているといえよう。建築という参照項を得て、展示は村山知義の一連の作品に新しい光を当てる。私も村山がかつて「マヴォ理髪店」の外装を担当したという事実は知っていた。(おそらくカタログに掲載された「山の手美容院」と同一であろう)なるほど多くの開口部を有するその立面は当時の建築の立面図との類比を許し、村山が舞台装置を担当した「朝から夜まで」とも共通する。岡崎の発想の卓抜さはこのような構造を「ちょうど電話の交換台のように世界中のどこかに通じているインターフェースであるかのようだ」と喝破する点にある。この時、最初に触れた《コンストルクチオン》がこの展覧会にとって枢要な位置を占めることが理解されよう。カタログでは当時の電話の交換台の写真に並べて掲載された作品の図版は、「視覚ではなく触覚的な接触によって感受され、視覚的な造形であるよりも身体を触発し、具体的に作動させる装置」としての村山の作品の意味を正確に反映している。さらにいえば、展示においても通常の高さではなく、「電話の交換台」のごとく人が座った姿勢で操作可能な位置に設置されていることもこのような理解を補強するものであることはいうまでもない。このような展示の技巧も見逃してはならない。ここでは主知的、観念的な造形とは全く異なった抽象表現の可能性が試されている。あるいは展示の中では必ずしも十分に触れられていないが、村山を経由する時、まさに身体の表現としてのダンスという問題が浮上する。この点はこのブログで論じたやなぎみわによる一連の演劇と深く関わっており、さらに私は数年前にニューヨーク近代美術館において「TOKYO 1955-1970 A NewAvant-Garde」と同時期に開催されていた、その名も「抽象の発明」という展覧会の中で上映されていたメアリー・ウィグマンの「抽象ダンス」を連想した。(これらの展示についてもかつてこのブログで論じている)この点からも抽象がダダや表現主義といった特定の運動と結びつけられることなく、それらを背後から律する態度であったという岡崎の主張にはおおいに共感できる。かくのごとく様々に思考を広げることが優れた展覧会の醍醐味であることは今さらいうまでもなかろう。

 最後の第四室はいくつかのセクションに分かれている。今述べた村山に続いて、斎藤義重、長谷川三郎、吉原治良、そして瑛九といった日本の抽象絵画の先駆者たちの1930年代の絵画が展示されている。とりわけ長谷川三郎と瑛九の抽象表現をめぐる岡崎の犀利な分析についてはカタログ(すでに完売したと聞くが、その内容は美術館のHPからアクセスできるはずだ)を参照していただくことにして、ここでは吉原治良に関して若干のコメントを添えておきたい。後に具体美術協会のリーダーとなる吉原が戦前より海外の美術雑誌を介して同時代の先端的な表現に接し、とりわけイギリスの前衛運動に深い関心を寄せていたことはかねてより論じられてきた。岡崎もベン・ニコルソンやバーバラ・ヘップワースの絵画と吉原の抽象表現の類似性について触れている。それ以上に私が興味をもったのは彼らの作品と同じ部屋に「NIPPON」や「FRONT」といった日本の国策プロパガンダ誌が展示されていたことである。岡崎はそこに掲載されたイメージやグラフィックデザインと抽象表現の親近性を暗示しているが、この点は以前私も確認したことがある。吉原の場合、航空機からの視覚が、独自の抽象表現の着想源となったのではないかと考えられるのだ。このような視覚は大戦期の航空機の発達と深い関係があり、航空機を介した未見の視覚は今引いたプロパンガンダ誌にしばしば掲載されていた。同様の関係を岡崎は恩地孝四郎の「飛行官能」について指摘し、会場には私が以前より関心をもっていた長谷川三郎の一連の写真作品も展示されていた。再現性を本質とするはずの写真が抽象表現の成立と深い関係をもつという指摘は示唆的だ。ここから連想されるのはベンヤミンが論じた視覚的無意識であり、「視覚における無意識的なものはカメラによって私たちに知られる。それは衝動における無意識的なものが精神分析によって初めて私たちに知られるのと同様である」ここからは抽象絵画と精神分析の成立がほとんど同期しているという事実にも関係線を引くことができるかもしれないが、さすがにこのレヴューで扱うべき範囲を超えている。ここでは写真のリテラリズムによって、逆に岡崎が「写実の欠如」と呼ぶ視覚対象からの解放が促されたのではないかという点を指摘しておこう。この点を理解したうえで、私たちはこの展覧会でも最もラディカルな最後のセクションに足を踏み入れるのがよかろう。そこで私たちを待つのは岸田劉生の《鯰坊主》という奇怪な肖像である。岡崎によれば岸田の芸術の根本は写実、レアリズムであるが、その土台は視覚ではなく触覚性として現出される物質感にあるという。岸田のいう「無形なもの」がバタイユのアンフォルムといかに関わるか、さらにこの感覚がフロイトのいう「不気味なもの」とどう結びつくかといった問題もこのレヴューの範囲を超えているが、このような感覚を超現実と呼ぶ時、この展覧会にダリが含められていることに驚く必要はない。さらにベーコンとフォンタナという共に豊田市美術館に所蔵されているが一見して全く異なった作品がこの展覧会に召喚された理由も想像がつく。最後のセクションには通常の理解では抽象という範疇に収めることが困難な作品が多数展示されているが、単なる様式を超えて物質性や触覚性、視覚的逸脱の系譜をめぐってきた私たちはもはや大きな違和感なくそれらの作品を受け取ることができるはずだ。

 ゾフィー・トイベル=アルプや坂田一男といった何人かの重要な出品作家について全く論及できなかったが、ひとまず以上で私はこの展覧会の内容を概観した。既に述べたような展示における工夫を知るうえでもこの展覧会は展示とテクストの両面から検証されるべきであり、可能であればあと一週間ほどの会期中に是非豊田を訪れてほしい。

この展覧会は多くの問題を誘発するが、最後に私も一点のみ論点を提起しておきたい。それは冒頭の文章で日本における抽象についての正当な理解を阻害した一つの要因と名指しされている具体美術協会についてである。私の理解では具体美術協会こそ岡崎が抽象表現の核心とみなした唯物論に深く関わった動向であるからだ。これまで十分に論じられたことのない問題であるが、初期の具体美術協会の活動は独特の物質感に根ざしている。最初に引いたテクストの中に「物質、事物は知覚をとびこえて直接、精神に働きかける。その具体性、直接性こそ抽象芸術が追究してきたものだった」という表現があるが、この箇所はあたかも「具体美術宣言」を念頭において草されたかのようだ。「具体美術においては人間と精神とが対立したまま、握手している。物質は精神に同化しない。精神は物質を従属させない」という宣言中のよく知られた一文と岡崎のテクストは同一の事態を論じているのではないだろうか。あるいは具体の活動の初期に認められる多くのオブジェが一種の共感覚を主題としていることを想起してもよい。踏んで体感する作品、触覚性を強く刺激するゴムや水を用いた作品、そしていうまでもなく泥やパネルと激突するアクション、唯物論と呼ぶかどうかは別にして、これらの特質はこの集団の物質との特異な関わりを雄弁に語っている。さらに岡崎がフレーベルやモンテッソーリの教育玩具に関心を示したように、具体美術協会の作家たちも児童画と深く関わっている。これらの点がニューヨークにおける具体展においてはことに強調され、彼らの活動は「素晴らしい遊び場」としてモダニズム美術の正系から放逐されていたことについては以前このブログで論じた。私も具体美術協会の絵画が、具象に対する抽象という意味での抽象絵画とは審級を違えていることを以前より感じていた。この時、まさに彼らの「絵画」こそがこの展覧会にふさわしいものではなかったかという気がするのだ。

 展覧会は611日まで。詳細は未定らしいが、終了後に関連して共同討議も開かれると聞いている。この展覧会を契機として様々なレヴェルで絵画をめぐる議論がさらに深められることであろう。そして来場者でごった返す東山魁夷展の傍らで、さりげなくかくも意義のある展覧会が開かれたことに美術館の矜持を見る思いがした。


by gravity97 | 2017-06-05 14:28 | 展覧会 | Comments(0)