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RICHARD SERRA DRAWINGS

 

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リチャード・セラは私が深く関心を寄せる作家であり、このブログでも何度か論じた。大規模な展覧会としては2011年にニューヨークのメトロポリタン美術館でドローイングを中心とした展覧会を訪れた際のレヴューを残しているし、カッセルやDIAビーコンで見た作品の印象についても記した。あるいはアイスランドに設置された《アファンガー》という大作については、作品写真を掲載したカタログを介して論じたこともある。しかしこの作家の日本への紹介は随分遅れている。1980年代にはアキライケダギャラリーで何度か新作が展示され、1994年には国立国際美術館でドローイングと版画の展覧会が開催されているが、それ以外にまとめて紹介された機会はなく、国内の美術館に所蔵されている作品も少ない。この意味において先日より東京のファーガス・マカフリーで開催されている新作ドローイング展はセラの作品に接する得難い機会である。パンデミックの余波を受けて、まだ展示は実見できていないが、充実したカタログを手に入れることができた。遠からず会場に足を運ぶこととなろうが、ひとまずカタログを参照しながらセラについて論じることとする。

 手元に届いた今回のカタログは形式、内容ともに素晴らしい。セラに関しては過去にMOMAMOCAにおける大規模な展覧会カタログのほかにも私が所持するだけでもリッツォーリとデイヴィッド・ツヴィルナーから刊行された作品集、今触れたメットでの展覧会カタログなど何冊かの大部で美しい作品集が存在し、家人が寝静まった後、ナイトキャップを片手にこれらの頁をめくるのは私にとって至福のひとときである。いずれもデザインに共通点がある。すなわち図版を中心にしたシンプルな造本であり、作品の図版はモノクロ写真のみが使用される。今回のカタログは展示されたドローイングが12点しかないこともあって比較的薄手であるが、ハードカバーの堅牢な造本であり、格調が高い。テクストとしては峯村敏明がちょうど半世紀前に開かれた東京ビエンナーレの回想と絡めて興味深い論考を寄せている。東京ビエンナーレは中原佑介がコミッショナーを務め、毎日新聞に在籍して展覧会の実務を担当したのが峯村であったはずだ。さらに2001年にセラがプリンストン大学で行った「ベルナップ記念人文学講演」なるレクチュアの全文が翻訳されて収録されている。セラについてはすでにインタビューと著述を収録した論集が上梓されており、英文で参照することは比較的たやすいが、日本語でこの時期の講演を読むことができるのは嬉しい。非常に詳細な年譜も現在までをカバーしており、とりわけ近年のセラの活動を知るうえでは重要な資料となるだろう。本来この程度の展覧会やカタログであれば、どこかの美術館でなされていて当然とも感じられるのであるが、今や青息吐息の美術館に現代美術の輪郭を定めるような作業を望むべくもなく、(今回のコロナ禍によって間違いなく状況は変わりつつあるが)一方でナショナルギャラリーやらコートールドやら、集客を目当てとした展覧会のみが漫然と重ねられるのが「文化国家」日本の現状なのだ 話が逸れた。セラに戻ろう。今回の展覧会に出品されているのは2018年の「オリエント」と題されたドローイング連作12点である。タイトルの由来を知りたい気もするが、作品としては縦横1メートルを超える巨大な画面の上にわずかな余白を残して画面に平行に黒いエッチングインクやシリカがべっとりと塗り込まれた、セラのドローイングとしては典型的な作品である。カタログと一緒に届いたプレスリリースにこのドローイングについてのかなり詳しい説明がある。少し長くなるが引用する。

本シリーズは作家の動作、作業と素材の間のダイナミックな相互作用によって生み出されました。まず平らな表面の上に、インパスト、エッチングインク、シリカなど様々な顔料で作られる黒の厚塗りが広げられ、その上に丈夫な紙がプレスされます。鉄の道具と体重だけを使ってセラは顔料を動かし、ユニークな画面を生み出します。最終的な結果を決めることを避け、先を見通すことはできない、身振りによる操作を通して黒の塊を調整していきます。最後に黒の物質がのっている紙を取り除くと、豊かで粘り気がある、不規則な鉛の質感が現れます。

 この説明自体が、ほかではなかなか知ることのできないセラのドローイングの素材や手法に関するかなり詳しい記述となっており、すでにいくつかの注目すべき論点が認められる。ドローイングの展覧会と題されているにもかかわらず、作家はdraw 線を引くのではなく、厚塗りを「広げ」、「プレスする」ことによって画面をかたちづくる。いうまでもなくここで重要となるのは動詞だ。セラと動詞という組み合わせから直ちに連想されるは、セラが1967年に発表し、現在はニューヨーク近代美術館の所蔵となっている《動詞のリスト》という名高い作品であり、奇しくもこのカタログに収録された峯村のエッセーとセラの講演のいずれにおいても言及されている。それは to roll 「巻く」から始まる100余りの他動詞を羅列したリストであり、セラの制作の原理を明らかにしている。この中に to draw という動詞は存在しない。セラはこれらの他動詞によって物質に働きかけるべき「作家の動作、作業と素材の間のダイナミックな相互作用」を列挙している。その際の重要な原理として浮かび上がるのが重力だ。今引用した文中にも「体重を用いて」という表現があるが、収録されたレクチュアの中でセラは「私は、力としての重力を扱うことが、形の安定の問題に取り組む一つの方法ではないかと気づき始めました。(中略)重力は、構造化する力であり、構造を破壊する力です。彫刻は、拮抗する重力が均衡を保つとき、まさに動きが止められた形で定まるでしょう」と述べている。セラのドローイングは重力と物質と関わっており、このようなドローイング観は通常のそれとは大きく異なっている。奇しくも先日まで東京都現代美術館において「ドローイングの可能性」というきわめてクオリティーの高い展覧会が開かれていたが、この展覧会で示された「空間へのまなざし」や「水をめぐるヴィジョン」といったテーマの傍らにセラのドローイングを置いてみるならば、ドローイングという概念の広がりを了解することができよう。 

 カタログに収められた峯村のエッセーは自らが関わった東京ビエンナーレに関してセラを中心に回想したものであり、私にとってさほど新鮮味はなかった。知られているとおり、セラはこの展示に際して上野公園内に密かに一本の杉を植樹し、その近くに金属製の円環を地表すれすれに埋めた。展覧会が京都に巡回した折にセラはやはり京都市美術館の敷地内に金属製の矩形の枠を埋め、このうち現在も残っているのは多摩美術大学に移設されたウエノ・サークルだけであるが、これらの作品は時に作品設置を手伝った若い作家たちに大きな影響を与えた。峯村はエッセーの中で東京都美術館において美術館側から展示プランをことごとく拒否されたヤニス・クネリスが窮余の策として講じた鉄棒による展示室の封鎖が、同じ年、京都国立近代美術館の「現代美術の動向」において出品された菅木志雄の《無限状況Ⅰ(窓)》に照応されたと論じているが、なるほど一理ある指摘であり、当時、もの派の作家たちの何人かが「動詞のリスト」ならぬ「物質を呼び寄せるような動詞を繰り出す遊び」に熱中していたと」いう回想も興味深い。東京ビエンナーレともの派の作家たちとの関係は今後さらに検証されるべき余地がある さらに収録されたセラの講演にも次のような一節がある。

京都が私の見方を決定づけたのです。禅寺の庭園にある視覚空間は、全体像としての景観を露わにし、逍遥する観客を想定することで成り立っている。その焦点は決して個々の樹木や建造物にあるのではなく、混合主義で複雑な全体像にある。この空間概念は、伝統的な西欧の空間概念とは本質的に異なるものです。遠近法に基づいた西洋の空間では、眺めるものはすべて、静止した鑑賞者の眼に収束する放射線上に整然と並びます。京都を訪れた後、単に一つの物体が置かれた景観ではなく、全体視する場としての景観をどう扱うかということが私にとって重要な課題となりました。

 このような発想が、峯村によれば「数週間、京都市内の禅宗の名刹、妙心寺に通い詰めた」体験によってもたらされたことは間違いない。(年譜を確認するならば、セラは同じ70年、東京ビエンナーレ以前にグッゲンハイムの奨学金を得て、ジョーン・ジョナスとともに日本に滞在しているから、おそらくはこの際の経験であろう)シフト・シリーズ以後の作品の展開を考える時、この発言は決定的に重要であり、セラの作品の本質と深く関わっている。セラは続いてこのような空間把握が「森の生活」のソローに始まり、マイケル・ハイザーやロバート・スミッソンにまで引き継がれた「アメリカの風景」と根本的に異なる点を指摘するが、これは東洋と西洋の差異ではなく、一つの主体によって統一された風景と風景の中で分裂する主体の相違であろうし、セラとミニマル・アートの微妙な関係をも暗示している。 京都体験が一つの発見、一つの移行を画すものであったとするならば、セラのレクチュアの中でなされるもう一つの移行についての説明も興味深かった。以前より私は溶けた鉛をまき散らすいわゆる「スプラッシュ」から、重量のある鉄板を壁に立てかける、もしくは自立させて文字通り重力を可視化する「プロップ」への突然の移行がいかなる契機によってもたらされたか興味をもっていたが、こういう事情らしい。「スプラッシュ」のヴァリエーションとも呼ぶべき「キャスティング」というシリーズは冷えて固まった鉛を壁から引きはがして制作されたが、ある時、セラはこの行為を部屋の四隅を用いて行うことを考えた。しかし部屋の隅に対してなされたキャスティング=鋳造は結果として直角の角をもつ鉛の塊を生み出すことが予想され、セラは意味をもつかたちを与えることを嫌った。このため、作家は部屋の隅に向かって45度の角度で鉄板を差し込み、それに向かってキャスティングすることを試みた。しかし補助手段であった鉄板―最初は高さ30センチ、幅1メートル20センチのサイズであったというが―、それ自体が自立することを知った時、セラはそれが部屋の隅ばかりか部屋全体の空間を構築する道具として利用できることを知ったという。この発想から必然的に生まれたのが、高さ2メートル、幅7メートルを超える巨大な鉄板を部屋の隅に向かって45度の角度で差し入れた《ストライク》であった。ビルバオで見たこの作品については、私がかつてこのブログの中で詳しく分析したとおりだ。この作品の成立はセラの仕事を二分する。すなわち、スタジオで制作され、しばしば可塑的で不定形な素材が用いられる一連の彫刻から、工場で製作され、巨大でリジッド、重量感のある作品への移行である。しかしながら両者の間には一つの共通性がある。この点についてもセラはレクチュアの中で語っている。初期の作品について論じた後、セラは次のように語る。

「動詞のリスト」が確立したロジックとは、ひとつの彫刻が生まれる過程を透明なままにしておくということです。残余物を見れば、誰であれ、制作行為を導くそのプロセスを再構築できる。「動詞のリスト」から生まれたさまざまな彫刻は、時間の二つの側面を示すことになりました。すなわち、制作における凝縮された時間と作品を眺めるという継続的な時間です。

動詞のリストの最初は「巻く」であったが、例えば大阪中之島美術館が所蔵している《フィリップ・グラスのためのゆるやかなロール》は鉛を「巻いて」かたちづくられたことが一見して明らかであり、同様の明白さは素材を「撒き散らし」、「重ね」て制作された初期作品にも共通している。一連の「プロップ」もまた危うい均衡をとって鉄板を重力に拮抗して自立させていることは明らかであり、これらの作品はいかなる神秘もはらんでいない。興味深いことには、ロバート・モリスも別の観点から同様に作品の脱神秘化について論じている。モリスはポロックのポード絵画において作品の最終的な形態の中に制作のプロセスが見通せることを評価するとともに、自らのフェルト・ピースを同じ例として示す。セラとモリスによる可塑的な素材の導入にはプロセスの可視化という側面があったと考えられるが、プロップ以降もセラは作品の脱神秘化という意識を持続させている。ステラの what you see is what you see といったコメントも連想される姿勢だ。しかしセラにおいてはこれ以後、作品が巨大化するにつれて、このような問題意識は希薄となり、妥協なき作品は公共圏という別の問題に抵触することとなった。

 12枚のドローイングから出発して、私はやや語りすぎたかもしれない。最初に述べたとおり、私は今まで世界各地でセラの作品に出会い、そのたびごとに様々な思考が喚起されてきた。このような作家はほかに例がない。しかしおそらく今後しばらく海外へ出向くことは困難となるだろう。残念なことであるが、これからは一枚の図版、一つの講演録から作品についての思考を深めるレッスンが私たちにとって必要となるはずだ。この意味でも日本でセラの作品を実見する得難い機会である今回の展示は必見といえよう。展覧会は829日まで。


by gravity97 | 2020-06-29 21:01 | 現代美術 | Comments(1)
Commented by KAZUMAKI at 2020-07-02 18:08 x
はじめまして。KAZUMAKIと申します。
とても興味深い内容でした。
シンプルな表紙が高級感があってとても素敵ですね!わたしも手にとって読みたいと思いました!
また拝見させていただきます!
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〈ライフハックサラリーマン〉