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Living Well Is the Best Revenge

「THE PLAY since 1967 まだ見ぬ流れの彼方へ」

「THE PLAY since 1967 まだ見ぬ流れの彼方へ」_b0138838_20255984.jpg
 既に終了した展覧会であるが、国立国際美術館で開かれた「THE PLAY since 1967 まだ見ぬ流れの彼方へ」についてレヴューを残しておきたい。会期の長い展覧会ではよくあることだが、私自身、会場を訪れたのは終了直前であり、すでに販売用のカタログは売り切れていた。もちろん彼らの活動については以前から知っていた。私は90年代に関西の美術館で開かれ、このグループが参加したいくつかの集団展を訪れているし、2011年に今回と同じ会場、同じ学芸員によって企画された「風穴 もうひとつのコンセプチュアリズム」も見ている。しかしそれらにおいては集団展の一角として紹介されたためであろうか、いずれの場合もさほど強い印象を受けることがなかった。しかし今回、あらためてその活動を回顧する展覧会に足を運び、多くの発見があった。この集団が世界的にみても類例のない特異な活動を繰り広げてきたことを今さらながら思い知る。
 今、発見という言葉を用いたが、むしろ私は今までこのグループについていかに無知であったかという点を今度の展示で認識した気がする。まず驚いたのは、プレイという集団が今もなお存在しており、活動を続けているということだ。確かに私は今触れた「風穴」、あるいは最近では2015年の堂島リバービエンナーレにおける発表に立ち会っているから近年の活動自体は知っていた。しかし私はそれらの発表を展覧会にあたって作品が再制作もしくは再演されたものだと思い、過去の活動から切り離して理解していた。しかし今回の展示とカタログを見て驚く。頻度こそ減っているものの、彼らは1990年代にも独自の活動を続けており、今日にいたるまで活動を継続しているのである。このような事情も含めて、まずカタログの冒頭に表記されたこのグループの「略歴」を引用しておく。

プレイ略歴
関西を中心に1967年から活動。現在プレイとして活動するのは池水慶一、小林愼一、鈴木芳伸、二井清治、三喜徹雄の5名。メンバーは流動的で、何らかのかたちでこれまでプレイに参加した人数は100名を超える。発泡スチロール製のイカダで川を下る。京都から大阪へ羊を連れて旅をする、山頂に丸太材で一辺20メートルの三角塔を建て雷が落ちるのを10年間待つなど、自然の中で「行為」を計画し、実行し、その体験を日常に持ち帰ることを繰り返している。

 活動を開始した時点は定められているが、終えたとは記されていない。67年から数えれば今年でちょうど半世紀である。私の知る限り、半世紀の長きにわたってハプニング(この言葉の当否については後で論じる)を繰り広げた集団は世界に類例がない。さらに構成員についての知識もお粗末であった。歴代のメンバーのうち、私は池水慶一と安土修三(ガリバー)の名しか知らない。彼ら二人が個人としても活動しているためであろうが、これは私の無知ばかりによるのではなく、プレイが固有名のない集団として活動したことを暗示している。同時代の二つの集団と比較することによってプレイの独自性を明らかにすることができるだろう。略歴の中に「流動的」という言葉があったが、この言葉から連想されるのはいうまでもなくフルクサスである。綱領なきハプニング集団という点で両者は共通するが、フルクサスにはたとえばジョージ・ブレクト、ディック・ヒギンズといったよく知られた作家が加わっており、私たちは集団というよりも、むしろこれらの作家が束ねられた共同体としてフルクサスをイメージする。彼らの活動は個別でばらばらな印象があり、必ずしも共通性をもたない。一方、プレイに先行して日本にもハイレッド・センターという集団が存在した。名称こそ高松、赤瀬川、中西の頭文字をとっているが、彼らの活動は匿名性をその本質としていた。ハイレッド・センターについては先般展覧会の形で検証され、このブログでもレヴューしたとおりである。活動期間は4年に満たず凝縮感は強い。これらと比べるならば、プレイの活動は固有名と匿名性をともに欠いたゆるやかな輪郭をもっている。彼らが活動を始めた時期を考えるならば、関西ではまだ具体美術協会が影響力を有しており、多くの美術団体も含めて、縦のヒエラルキーを有した集団が割拠していた。この一方、京都アンデパンダン展、さらに京都ビエンナーレなどを舞台に集団によらないアナーキーな作家たちの活動も時代の気風を形作っていた。(ここでは詳しく論じる余裕がないが、京都市美術館を舞台にしたこれらの展覧会は今なお十分に総括されていない。関係者が存命のうちに是非とも調査、ないし展覧会として検証する必要性を感じる)これらと比較する時、ゆるやかにまとまりつつ、プロジェクトごとに構成員を違えて活動を持続させるプレイの戦略は独特であり、結果的に半世紀にわたる活動の持続を可能にしたように感じる。今回の展覧会カタログではプレイの活動がクロノロジカルにまとめられており、活動を概括する充実したテクストとともに、今後貴重な資料となることだろう。
「THE PLAY since 1967 まだ見ぬ流れの彼方へ」_b0138838_20271641.jpg 展覧会の所感をいくつか記しておく。会場には「雷」と題されたプロジェクトにおいて京都府相楽郡、鷲峰山・大峰山の山頂に設えられた三角錐が再現され、「現代美術の流れ」において使用された矢印型の発泡スチロールのイカダが設置されている。しかしこれらを除いて、かたちを伴った「作品」は少ない。そもそもこれらもプロジェクトに使用された「道具」にすぎず、オリジナリティーや真正性が重視される「作品」ではない。展示されているのは映像を含めた資料が大半であり、会場はさながらプレイのアーカイヴのごとき様相を呈している。会期中にアーカイヴに関するシンポジウムがあったと記憶するし、アーカイヴの問題は今日の美術館にとって一つの焦点をかたちづくっているが、これについては措く。作品の不在は先に触れたハイレッド・センターの展覧会と鋭い対照を示している。ハイレッド・センターを回顧するにあたってはオブジェの展示が中心となり、作家たちはそれぞれに紐や梱包、あるいは洗濯挟みといったオブセッシヴな品や手法を用いて多くのオブジェを制作した。これに対して、今回の展示では作品ならざる資料、パンフレットや様々の記録、映像や写真が整然と配置され、半世紀にわたる彼らの活動をコンパクトに理解することができる。資料展示といえば通常無数の資料がケース内に積み重ねられた雑然としたそれを連想するが、今回は会場に並べられた同じ規格の木製パネルに資料類が整然と展示され、きわめてスタイリッシュな印象を受けた。会場の展示デザインは作家、学芸員のいずれの手によるものであろうか。近年、展示構成には展示デザイナーや建築家が関わる場合が多く、しばしば担当者の名前がクレジットされる。この点について会場もしくはカタログに説明があってもよかったのではなかろうか。インスタレーションならずとも現代美術の展示に関しては会場デザインを誰が決定するかという問題も今後、美術館や展覧会にとって一つの課題となるように感じるが、これについてもこれ以上は触れない。ここで私が確認したいのは、プレイの「ハプニング」が本質においてオブジェを志向していないという点である。この点は今回紹介された彼らのプロジェクトを一瞥する時、直ちに理解できる。落雷を待つ、イカダで川を下る、羊を連れて旅する、それらはすべて動詞形で示される。カタログの章立ても「旅する、暮らす、流れる」「風景を変える」「体験する」といった動詞によって区別されている点は象徴的である。かつてリチャード・セラも動詞のリストを掲げ、それに従って素材を加工した。セラのリストが他動詞であったのに対して、プレイのリストは自動詞だ。彼らの行為は何かに受肉されることがない。例えば1976年の「風」という作品は、北海道、宗谷のサロベツ原野を5日間にわたって風の吹いてくる方向に向かって歩くというものであり、確かに会場には前屈みに草原を歩く作家たちの姿を撮影した写真が展示されていたが、記録は残ったとしても、このハプニングは実体を伴わない。カタログテクストの中で富井玲子はプレイのハプニングをプロジェクト協働系と儀式系の二つに分けているが、野外に置かれた白い十字の布や巨大な旗が今回展示されていなかったことからも理解されるとおり、プレイの場合、儀式系のハプニングにおいて使用されたオブジェもフェティッシュ化されることがない点は注目されてよい。ハプニング芸術の創始者アラン・カプローの場合、「アッサンブラージュ、エンヴァイロメンツ・アンド・ハプニングス」という著書のタイトルが暗示するとおり、ハプニングはオブジェの集積、演じられる環境と深い関係を有した。カプローが提唱するハプニングはポロックのアトリエや60年代の一連のジャンクアートにおける環境に由来し、プレイのそれとは起源を違えている。プレイは早い時期からハプニングという言葉を用いているようであるが、彼らの活動をカプローに由来するハプニングの変種とみなすか否かは微妙だ。この点を富井は彼女の言う「世界美術史」におけるローカル・ヒストリーの一つとして興味深い議論を展開している。私はプレイの「ハプニング」、オブジェに収斂しない行為を端的に一種の演劇とみなしてはどうかと考える。なぜならばプレイの場合、「ハプニング」はしばしば起点と終点をもつからだ。それは「現代美術の流れ」にみられるように宇治川塔之島付近から中之島東端までといった空間によって区切られる場合もあれば、「雷」の10年間、「風」の5日間といった具合に時間的に限定される場合もあるが、いずれにせよ始まりと終わりという時間的な枠組をもつ。このような構造は美術より演劇に近い。そして演劇という項を得て、新しい関係線が引かれる。プレイの場合、一つの「ハプニング」に要する時間はかなり長い。「現代美術の流れ」においては12時間、「羊」においては京都から神戸に向かう羊をつれた野宿の旅は当初8日間が予定されていた。(高槻で終了したのこと)あるいはウォルター・デ・マリアを連想させながらもそれより早い「雷」が10年間と期間を区切って続けられたことは述べたとおりだ。プレイの場合、メンバーたちが繰り広げる行為は作品の制作というより労働に近く、多くの場合集団的で肉体的な労働である。私はこれらの活動から「合宿」という言葉を想起した。一つの集団がある目的に向かって一定の期間、寝起きを共にして作品に向かう姿勢から私は維新派の野外劇を連想した。そもそも会場内に設置された丸太組から私は2010年に犬島で見た彼らの演劇を連想したのであるが、実際に松本雄吉とプレイは接触があったようである。今回のカタログの謝辞にも松本の名があり、ともに大阪教育大学の出身である。両者の関係については今後の研究が俟たれる。
「THE PLAY since 1967 まだ見ぬ流れの彼方へ」_b0138838_20284091.jpg 維新派とプレイの共通点はもう一つある。それは多くの場合、ハプニングが野外で演じられたことである。しかし時に維新派が屋内もしくは劇場で公演を行ったように(それらのレヴューは以前に記したとおりだ)、プレイも時に美術館を舞台とした発表を行っている。カタログの中で「美術館を解き放つ」と題された章で紹介された発表がそれだ。残念ながら私は未見であるが、いずれも相当にラディカルな試みだ。中でも1980年、兵庫県立近代美術館で開かれた「アート・ナウ ‘80」で発表された作品は会期中、美術館の東側の大窓を外し、展示室内に移動するという内容である。言うは易しという言葉通り、これがとんでもないことであることは学芸員ならずともすぐにわかるだろう。これによって展示室内の空調が無効化され(作家たちは「部屋が呼吸を始め、気流の中にある」と表現した)防犯上の問題も発生するはずだ。管理的、官僚的になった今日の美術館では不可能な試みであり、当時の美術館の度量を感じさせるエピソードである。窓が展示室の中にあることそれ自体は驚くに値しないかもしれないが、そのために必要とされた交渉、作業を想像することが見る側に試されるのだ。このような作品の在り方は私に重量物を移動させるマイケル・ハイザーの作品を連想させた。アースワークという補助線を引くならば、「京都ビエンナーレ 集団としての美術」、あるいは同じ兵庫県立近代美術館で開かれた「明日の美術館を求めて―美術劇場」に出品された作品はいずれも展示室内に設置された作品と野外に置かれた作品、もしくは特定の場所との関係を主題としている点においてロバート・スミッソンの「サイト/ノンサイト」を想起させないだろうか。これらに対して今回の展示では、同様に美術館を舞台としながらもかかる過激さが影を潜め、文字通りこれまでの活動の回顧に終始した印象がある。もっとも「風穴」の場合は会期終了後に展示されていたイカダを用いて「現代美術の流れ」の再現(カタログによれば「続き」)が演じられているから、今後この展覧会を契機として結成50周年を迎えたこの集団によって思いもかけないハプニングが挙行される可能性があることを指摘しておきたい。
 最後に論じておきたいのは記録の問題だ。先に述べたとおり、プレイの場合、行為はかたちをとらないが、彼らは概念を提示するコンセプチュアル・アートを目指している訳ではない。両者は明確に区別されなければならないだろう。この時、行為を記録することの重要性が浮かび上がる。興味深いことには、一連の記録写真にはイカダに乗り、巨大な卵を洋上に浮かべ、雷を待つ櫓を組み立てるメンバーたちの様子が記録されている。この点は行為する者を記録する者が外部にいたことを暗示している。行為に没入するのではなく、行為しつつ、それを記録するという冷静な意志がそこには存在していたのである。したがって彼らが三回にわたって新聞を発行し、四回にわたって詳細な資料集を刊行していたことは驚くに値しない。残念な点はこれらの資料を今日入手することが困難なことである。今回の展示を見て、なおも膨大な資料が残されていることを私は確信することができた。今後、これらの資料がアーカイヴとして整理され、可能であれば資料集もしくはインターネットを介して私たちもアクセス可能となることが望ましい。ハイレッド・センターそして九州派については近年美術館の手によって、活動の全幅を十分に参照することが可能な資料集が発行されている。黒田雷児の大著をはじめとして、痕跡を残さない行為を主体とした美術活動についてもようやく近年美術史の中に回収する作業が進められている。今回のカタログはコンパクトでわかりやすいが、個々のハプニングについての情報がやや少ない。彼らの活動を世界的に位置づけるうえでも、入手しやすくさらに詳細な資料集の整備を期待したい。
by gravity97 | 2017-01-28 20:35 | 展覧会 | Comments(0)