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平芳幸浩『マルセル・デュシャンとアメリカ』

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 本書がしばらく前に刊行されていたことは知っていたが、読むまでに時間がかかった理由は、それぞれの章の原型となる論文について、既に『美術史』や大学の紀要で目を通した記憶があったためである。あらためて通読して、巧みに配置されたそれらの論文から個々の論文のみでは読み取ることの困難な、著者の意図をうかがうことができたように感じた。それは戦後アメリカ美術に新しい見取り図を与えるという発想であり、確かにこれまで見過ごされていた運動や美術家を取り上げ、作品を中心とした美術史観に立たない本書は戦後美術に対する新しい視野を提供する。しかしながら今述べた著者の野心的な企みが十分に実現されたかと問うならば、必ずしも成功していないというのが私の率直な感想だ。
 一読して明らかなとおり、そして著者もあとがきで述べているとおり、本書の特徴はマルセル・デュシャンという作家を主題としながら、デュシャンの作品についての記述がほとんど見受けられない点である。デュシャン研究の先例としては東野芳明の『マルセル・デュシャン』という大著が存在し、東野の研究が徹底して作品研究であったから、あえてこのようなスタンスをとったことは十分にありうるだろう。本書の原型となった博士論文が大学に提出された同じ年に平芳は勤務していた美術館で「マルセル・デュシャンと20世紀美術」という展覧会を企画している。カタログに収められたテクストはいずれも物足りないものであったから、著者としては本書と展覧会によって自身のデュシャン研究に一つの完結を与えようとしていたのかもしれない。
 序章と終章を除いて六つの章によって成立する本書においてデュシャンと対比される美術の動向は明確に名指しされている。第二章ではキュビスム、シュルレアリスムというフランスに由来する美術運動、第三章ではネオ・ダダ、第四章ではフルクサスとハプニング、第五章ではポップ・アート、第六章ではコンセプチュアル・アート、そして第七章では作家の死後に公開された《与えられたとせよ 1.落ちる水 2.照明用ガス》を中心に、本書では例外的に作品をめぐる議論が展開される。デュシャンと対比して論じられるこれらの動向の系譜は暗示的だ。いうまでもなくそれは一面ではパリからニューヨークへ、近代美術の王座の移譲を示唆しており、フランスに生まれ、1915年にニューヨークに渡ったデュシャンがかかる移動を体現しているとみなすことはあながち的外れではないだろう。しかしながら第三章以降で論じられる対象は近現代美術の正系と私たちが信じている作家や運動をみごとなまでに外している。すなわち本書においてクレメント・グリーンバーグが説いたモダニズム/フォーマリズムの系譜は一顧だにされない。したがって本書はデュシャンという補助線を引くことによって、戦後アメリカ美術の系譜をいわば裏側からたどる試みといえるかもしれない。フォーマリズムという正系に対する、かかる異端の系譜は果たして積極的な意味をもつのであろうか。
 個々の章について手短にコメントを加える。「記述するデュシャン/記述されるデュシャン」と題された第二章ではアメリカへのデュシャンの導入がキュビスムとシュルレアリスムという二つの運動との関係で論じられる。いうまでもなくデュシャンの名を広くアメリカの大衆に知らしめたのは1913年のアーモリーショーに出品された《階段を降りる裸婦》をめぐるスキャンダルであった。この作品自体、キュビスムというより未来派的な印象を与えるが、デュシャンをアメリカへ導入するうえでキュビスムと言う参照項は有効であった。私は本書を読んでデュシャンが1936年にニューヨーク近代美術館で開かれた二つの重要な展覧会「キュビスムと抽象美術」、「幻想美術、ダダ、シュルレアリスム」のいずれにも出品していることを初めて知った。しかしキュビスム、シュルレアリスムのいずれの側面を強調するかによってデュシャンの位置は微妙に異なる。さらに彼はいずれとも相容れない異物をすでにアメリカの美術界に投下していた。いうまでもなく1917年、ニューヨークのアンデパンダン展で発表(というか撤去)されたレディメイドの小便器《泉》である。この章においてはキュビスムとシュルレアリスム、そしてレディメイド-ダダイスムを暗示していることはいうまでもない-という三つ組みをめぐる美術界と作家のスリリングな駆け引きが分析され、さらにタイトルが示すとおり、デュシャン自身によるテクストも検討され、以後のデュシャンの活動を想起する時、重要な意味をもつ匿名性や科学性への志向が指摘される。
 ヨーロッパに起源をもつ「イズムとしての芸術」と関連してデュシャンの作品が論じられた第二章に続いて、第三章以降ではアメリカに由来する新しい美術とデュシャンの関係が分析される。まず俎上に上げられるのはジャスパー・ジョーンズとロバート・ラウシェンバーグというネオ・ダダの二人である。ネオ・ダダという呼称から明らかなとおり、この章で問題とされるのはダダイストとしてのデュシャンの位置である。平芳はデュシャン評価の軸が絵画のみならず、レディメイドをはじめとする一連のオブジェへと推移した状況を確認しつつ、デュシャンとダダイスムの関係を確認する。著者も述べるとおり、この変化にはアメリカにおけるダダイスムの再評価という歴史的背景があり、かかる状況にはヨーロッパ美術に通じた抽象表現主義の画家、ロバート・マザウエルとデュシャンが深く関与していた。デュシャンをダダと結びつけるのは単にオブジェのみならず、作品の制作を放棄してチェスに没頭したという一種の芸術家伝説であっただろう。ここでダダイスムの作家としてのデュシャンと対比されるのは、章のタイトルが示すとおり、画家としてのデュシャンである。50年代のデュシャンが画家とダダイスムの間で分裂していたとみなす時、両者を再び統合することがネオ・ダダの作家たちの役割であったという仮説が提起される。その傍証として示されたネオ・ダダの作品における「絵画性」の問題について私としてはなお論じたい点もあるが、ひとまず本書の議論を追うことにしよう。続く第四章で比較されるのはフルクサスの芸術家、そしてマルチプルの問題である。先に本書の各章には原型となった論文が存在すると述べたが、第四章は書き下ろしである。フルクサスとは60年代にドイツのヴィスバーデン、ニューヨーク、そして東京などで同時多発的に発生した、行為を作品として発表する文字通り「流動的な」グループであり、その起源としてジョン・ケージが位置づけられる時、デュシャンとの親近性も自ずから明らかであろう。両者の関係はヴォルフ・フォステルの「デュシャンはオブジェに芸術への資格を与えた。私は生活に芸術の資格を与えた」という言葉に端的に示されている。デュシャンとの関係はいわゆるフルクサス・キットとヴァリーズ(トランクの箱)の関係にも認められよう。(私はこの問題を先日物故した東京フルクサス、中西夏之が構想していた一つのプランと結びつけたい誘惑に駆られるが、匿名を前提としたこのブログではこれ以上その詳細を記すことはできない)ここで提起されたハプニングとフルクサスのイヴェントの区別も興味深い指摘である。しかしながらこの章の最後で、不確定性という概念をアリバイに論じられるフルクサスと抽象表現主義、ことにポロックのアクションとの接続は強引に感じられる。具体的な作品論を欠いているため、議論は抽象的で飛躍がある。作品論の欠落に由来する同様の飛躍、議論の抽象性はポップ・アートとレディメイドと関係を論じる第五章にも認められる。平芳はデュシャンが生活していた60年代のアメリカで「ポップ・アート」がすでに「アメリカ性」のアイコンとなっていたことを確認したうえで、通俗性と芸術の対比、さらに匿名性と芸術性の関係がレディメイドを参照しつつ論じられる。しかし当初単独の論文として発表されたためか、この章では平芳がデュシャンとポップ・アートのいずれを念頭に置いて論じているのか判然としない。ポップ・アートを介して新しいデュシャン像が浮かび上がる訳でもなく、デュシャンを口実としたいささか平板なポップ・アートの解説に終始した印象は否めない。もっとも本書がデュシャンと戦後アメリカ美術という二つの主題を二つの中心、いわば楕円として取り込んでいる以上、このような二重性は避けられないかもしれない。続く第六章ではコンセプチュアル・アートの作家、ジョセフ・コスースとフォーマリズムの批評家クレメント・グリーンバーグの関係が論じられている。大学の紀要として読んだ際には特に違和感はなかったが、本書の中に組み込まれるならば、ほかの章といささか乖離した印象がある。この章ではコスースが提唱するコンセプチュアル・アートが戦後アメリカ美術のドグマ、グリーンバーグのフォーマリズムをいかに相対化するかという問題が論じられる。形式に対して機能という概念を提案することによってフォーマリズムの限界が明らかにされ、モダニズムの自己批判や視覚性といった主題を介して、実はコスースの説くコンセプチュアル・アートとフォーマリズムのフレームが相似性を有していたと説く平芳の主張自体はおおいに興味深い。しかしなぜコスース、なぜコンセプチュアル・アートなのか。ネオ・ダダ、フルクサス、ポップ・アートと論じられてきた「フォーマリズム美術の裏側」を論じるにあたって、続いて参照されるべきはミニマル・アートではないか。レディメイドが本書の主要な論点となっている点から考えても、次に対比されるべきはカール・アンドレの煉瓦やダン・フレイヴィンの蛍光灯であり、ロバート・モリスが初期に明らかにデュシャンを意識した多くの作品を制作していた点も論究されてよいはずだ。実体的な作品を伴うミニマル・アートではなく、美術作品をメタレヴェルで問題とするコンセプチュアル・アートを対照項としたために、個々の作品ではなくデュシャンとフォーマリズム美術という審級の異なった問題が比較されることになってしまったように私は感じた。もちろん本書が全体としてグリーンバーグ流のフォーマリズムへの対案を提示することを一つの目的としていることは理解できる。しかし「コスースの位置、グリンバーグの位置」という章のタイトルが示すとおり、この章でデュシャンは後景に退き、実際にデュシャンについての言及はほとんど見当たらない。これを補正するかのように続く第七章では逆にデュシャンの作品と作家性が主題とされ、特にデュシャンが秘密裡に制作し、死後公開された「遺作」をめぐる伝記的事実、そして本書としては珍しい作品についての具体的な記述を通して興味深い議論が展開される。ここでは作品の帰属や美術館という制度、あるいは(レディメイドの作家による)視覚的複製の禁止といった、これまでのデュシャン論では十分に取り上げられることがなかった問題に論及され、ヴァリーズや大ガラスにも新しい観点からの分析がなされる。ことにレディメイドという手法によって生涯にわたって芸術の遍在性、作品の複数性を主張したかにみえたデュシャンが、晩年にたった一点の作品、フィラデルフィアに赴くことによってしか体験できない作品を密かに制作していたこと、網膜的絵画を批判した作家が意識的に眼差しを向けること(意識的にならざるをえない、なぜならば覗き穴を介した窃視の視覚であるから)によってしか知覚できない作品を制作したことの逆説はなんとも皮肉に感じられた。作品論から制度論までを包摂するこの章の射程は深く、本書において最も興味深く感じられた。
b0138838_23185663.jpg 著者は国立国際美術館で企画した展覧会のカタログにおいて、デュシャンの影響を受けた作家たちに対して Mirrorical Returns、鏡の送り返しという奇妙な言葉を使っている。逃走線やら係争点、本書において繰り返される独特の言葉遣いやチェスに関するアナロジーが少々鼻につくとはいえ(そもそもmirrorical なる言葉は語義的に存在するのか?)、この言葉は戦後アメリカにおけるデュシャンの影響が、鏡が鏡を映すような一種の無際限の自己言及に陥ったことを端的に示しているだろう。デュシャンとアメリカの戦後美術がお互いを無限の鏡像とする「鏡の送り返し」の状況にあるという平芳の見立てはおそらく正しい。問題はこのような連鎖が果たして生産的な意味をもちえたかという点である。端的に述べるならば、ここで一つの歴史として提示されるデュシャンの「衣鉢を継いだ」作家たちの作品は、グリーンバーグが提起したフォーマリズムに連なる作品に比べておおいに見劣りがするように感じられる。おそらくこの点は本書において作品論が巧みに回避されていることと無関係ではない。戦後アメリカ美術においてデュシャンとは作品を通してではなく作家として、より正確にいえば作家としての無為を通して神格化されてきたのではないだろうか。キュビスムがポロックのポード絵画を生み、ポロックの晩年の絵画がステイニング絵画へと昇華されるような「創造的な過程」はデュシャンの周辺には発生しなかった。デュシャンを「一人だけの運動」と読んだのは確かデ・クーニングではなかったか。ロバート・モリス、森村泰昌、ゲルハルト・リヒターといった重要な例外は存在するにせよ、私はかつて「マルセル・デュシャンと20世紀美術」で見た「デュシャン以降の芸術」の出品作品の大半が凡庸であったことを、本書を通読してあらためて思い出した。デュシャンとは作家たちにとって甘美な罠ではなかっただろうか。作品を作らずとも作家になれるという囁きは偉大な抽象表現主義の達成に圧倒された作家たちにとっては一つの救済に感じられたかもしれない。しかし偶然性とレディメイドを導入したネオ・ダダ、生活を芸術と読み替えたフルクサス、大量消費社会のアイコンとしてのポップ・アート、いずれの場合も作家たちをめぐるささやかなエピソードには事欠かないとはいえ、真に優れた作品を欠いていると考えるのは私だけであろうか。作家研究は必ずしも価値判断を伴わないかもしれない。とはいえ、平芳の言葉を借りるならば、「与えられたとせよ 1. 戦後アメリカ美術 2. デュシャン」という錯綜した場の可能性は、もう一度作品に立ち返って検証されてよいだろう。平芳は冒頭で本書の問題意識を次のように要約する。「戦後アメリカ美術という言説空間において、デュシャンはどのように受容され、回収され、消費されていくことになるのであろうか」デュシャンであればこう答えて私たちを煙に巻くはずだ。「答えはない。なぜなら問いが存在しないからだ」
by gravity97 | 2016-11-26 23:21 | 現代美術 | Comments(0)
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