Living Well Is the Best Revenge


優雅な生活が最高の復讐である
by クリティック
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村上春樹『職業としての小説家』

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 村上春樹の新著が刊行された。「職業としての小説家」というタイトルが示すとおり、小説家としての自分をテーマにしたエッセーをまとめたもので、柴田元幸が主宰する文芸誌『Monkey』に連載された6篇と書き下ろしの5編、さらに河合隼雄についての講演原稿と合わせて12編の文章を束ねている。連載といっても依頼を受けて書いた文章ではなく、特に発表の予定もなく書き溜めておいた文章をこの機会にコンパイルしたといった事情らしい。最後の章のみ河合隼雄を追悼して実際に京都大学で聴衆の前で講演した内容であるという。発表分と未発表分をどのように区別したかはわからないが、テーマは統一されてよく練られており、とても読みやすい。村上のあとがきによれば最初は通常の文体で書いていたが、やや生硬な印象を受けたため、人々を前にして語りかける文体で全体を統一したところ、すらすらと書けたとのことだ。具体的には「小さなホールで、だいたい30人から40人くらいの人が僕の前に座っていると仮定し、その人たちにできるだけ親密な口調で語りかけるという設定で書き直した」とあり、確かに全体にインティメイトな雰囲気のあるエッセーとなっている。
 私は比較的熱心な村上の読者であり、前にも述べたが、地下鉄サリン事件を扱った一連のノンフィクションを除いてほぼ全ての作品に目を通していると思う。村上がいわゆる文壇と距離を置き、公の場にあまり登場しないことはよく知られているが、実際には多くのエッセー、あるいは紀行的エッセーで自らの身辺について語り、あるいはこのブログでも取り上げた『考える人』におけるロング・インタビューでも作家の日常をかなり具体的に説明しているから、本書を読んで新しい発見はさほど多くない。しかしインタビューで引き出された言葉ではなく、作家自らが信念をもって語る小説、そして小説家についてコメントはそれなりに興味深い。まず最終章を除いて、それぞれの章のテーマを示しておく。第一章では導入として「小説家とはどのような人間であるか」というやや抽象度の高いテーマが論じられる。続いて第二章ではデビュー当時の事情が回想される。第三章で村上は文学賞というやや生々しい話題を論じる。思うに毎年ノーベル文学賞の発表が近づくと(もうじきだ)身辺が騒がしくなることに嫌気を感じて、この機会に文学賞についての思いを表明したのではないだろうか。第四章からは小説の書き方に関連する話題が続く。第四章では「オリジナリティー」についての見解が提起される、第五章は「さて、何を書けばいいのか?」というタイトルが内容を示している。第六章は自らを「長編小説作家」とみなす村上がどのように長編小説を執筆するかを具体的に説いて興味深い。第七章では「職業としての小説家」つまり、人が一生の生業として小説を書き続けるためにはどのような条件が必要かについて論じられる。第八章で村上はやや話題を転じて、学校という組織から自分が全く恩恵を受けたことがないと言明する。本書では珍しく社会的な発言がなされる個所である。続く第九章では再び小説において登場人物をどのように造形するかという問題が論じられる。第十章もタイトルが内容を語る。「誰のために書くか」、小説家と読者というテーマだ。そして「海外へ出ていく、新しいフロンティア」と題された第十一章においては、欧米の出版界に自らの作品をいかに紹介していったか、おそらく日本では村上以外に論じることが困難な戦略が具体的に語られる。
 最初に述べたとおり、講演を想定した語りは柔らかく、わかりやすい。本書においては村上がどのようにして小説家になったか、どのような小説家を目指しているかという通時的、個人史についての記述と、村上にとって小説とはどのようなものであるかという共時的、小説論について記述が絶妙に融け合っている。ただし村上の作品を含めて具体的な小説への言及はほとんどない。おそらくそれは本書の重心が小説よりも小説家に置かれていることに起因しているだろう。当然ながらここでは小説家の一つのモデルとして村上自身について語られる訳であるが、本人も述べるとおり、それはかなり異色のモデルかもしれない。作家は毎日、早起きしてコーヒーを飲んだ後、午前中に原稿用紙を10枚分書き、午後は1時間ほどジョギングするというルーティンを30年以上繰り返しているのだ。この点については以前、ロング・インタビューの中でも述べられていた。重要な点は気分が乗らない日でも必ず決まった枚数の原稿を書き、決まった時間、身体を動かすということだ。このような小説家の日常は日々ルーティンワークをこなす労働者のそれに近く、破天荒で破滅型の文士像の対極にある。しかし自分のような作家像が必ずしも特殊でないことを村上はカフカそして初めて名前を聞くアンソニー・トロロープといった作家の生活を引きながら論じる。確かに私も大江健三郎の「泳ぐ男」を読んで初めてフィットネス・クラブに通う小説家というイメージを得たし、中上健次も最初、羽田空港での労役の傍らに初期作品を執筆したのではなかったか。おそらく作家にとって小説を書くことは生活のスタイルの確立と深く関わっている。この点はフォーマリズムと構造主義を学んだ私の認識とも一致する。私たちは自由にテクストを書くことはできない。私たちが書くテクストは既にそれを取り巻く外形的な条件によって規定されているのだ。それは時に一日に書き上げるべき原稿用紙の枚数であり、時に原稿を執筆する環境であり(本書にあるとおり、村上は新しい長編を書き始めるにあたってしばしば自らを国外に流謫したという事実を想起されたい)、時にメイルとラインのいずれによってガールフレンドにメッセージを送るかといった問題と関わっている。内容は形式によってもたらされる。村上にとって生活の外形、つまりストイックかつ単調なルーティンワークとしての日常を確立することが実は小説の主題と深く関わっている点については後でもう一度立ち返ることとしよう。
 本書においては村上が小説を書くことを決意した「啓示」が初めて明かされる。先にも触れたロング・インタビューを読み返すと次のような一節がある。「だから大学を出て店を初めて、借金を抱えて、日々あくせく働いていただけなんだけれど、29歳のある日突然、『あ、書けるかな』と思ったんです。何の根拠もなくただそう思った」インタビューの中で詳細が明かされなかったことも無理はない。それは次のような体験であった。1978年の春、神宮球場におけるヤクルト・スワローズ対広島カープのデイゲームを観戦中に「僕はそのときに、何の脈絡もなく何の根拠もなく、ふとこう思ったのです。『そうだ、僕にも小説が書けるかもしれない』と。その時の感覚を、僕はまだはっきり覚えています。それは空から何かがひらひらとゆっくり落ちてきて、それを両手でうまく受け止められたような気分でした」先発ピッチャーや先頭打者の打席についてのなんとも散文的な記述とエピファニーの到来という劇的なエピソードの対比は微笑を誘う。小説を書くことを決意した村上は試合後、その足で紀伊国屋に赴いて万年筆と原稿用紙を求め、キッチン・テーブルに向かって「風の歌を聴け」を書き始める。続けて語られるデビュー作執筆時のエピソードも興味深い。小説を書き始めたもののうまく書けないことを感じた村上は自分の書いた文章を一回英語に翻訳し、それをもう一度日本語に置き直すことによって自分の文体をつかんだというのである。高校時代から英語のペーパーバックを読み続け、後に多くの翻訳を手掛ける村上であればさもありなんと考えることは正しくない。このエピソードが示唆するのは母語に対する異和感から小説家は自分の文体を築くという教えだ。村上も言及するアゴタ・クリストフのほかにもジョイスやラシュディといった作家を想起するならばこの問題はさらに深めることができようが、それは別の機会に譲る。
 村上も書くとおり、小説を書くこと、小説家としてデヴューすることはさほど難しくない。しかし時の淘汰を経て、小説を書き続けることはきわめて困難である。村上が30年以上も小説を書き続けることができた理由は何か。オリジナリティーについて論じた章における次のようなコメントがヒントになるだろう。

 それでは、何がどうしても必要で、何がそれほど必要でないか、あるいはまったく不要であるかを、どのようにして見極めていけばいいのか?これも自分自身の経験から言いますと、すごく単純な話ですが、「それをしているとき、あなたは楽しい気持ちになれますか?」というのが一つの基準になるだろうと思います。もしあなたが何か自分にとって重要だと思える行為に従事していて、もしそこに自然発生的な楽しさや喜びを見出すことができなければ、それをやりながら胸がわくわくしてこなければ、そこには何か間違った者、不調和なものがあるということになりそうです。

 村上はものを書くことを苦痛だと感じたことは一度もなく、もし楽しくないのなら、そもそも小説を書く意味はないとまで断言する。私もこれらの言葉に深く共感する。私は小説家ではないが、自分の生に対して同様の信念を抱いているからだ。例えばこのブログである。このブログを開設して早くも7年が経過し、300本以上のレヴューを書き継いだ。最初、私は日々読み続ける本や毎週のように通う展覧会について、未来の自分へのメモランダムとしてレヴューの執筆を始めた。それにあたって私はいくつかのルールを定めた。まず読書にしても展覧会にしても、楽しい経験のみに言葉を与えること、一定の頻度で新しい記事をアップすること(今日にいたるまで10日に1本、1月に3本という目標をほぼ守ってきたと思う)、そしてどんなに仕事が忙しくてもレヴューを書き続けることである。震災と原子力災害以後、最初のルールを守ることが難しくなってきたことは熱心な読者には理解していただけようし、実際には対象に対して否定的なニュアンスとともに言及した記事もいくつか存在する。しかし私もまたこのブログを書くことを苦痛に感じたことは一度もない。人生においては楽しいことのみを経験するという私の処世の方針の一つを体現するのがこれらのテクストであるからだ。私はこれらのテクストの大半を休日に書き上げる。その週に読んだ本や訪れた展覧会について一週間かけて深く思考し、週末に思考に言葉を与える作業は私にとって好ましい一つの知的なサイクルを形作っている。村上と比べることはおこがましいが、それは午前中に決められた枚数の原稿を書き、午後は決められた時間、ジョギングや水泳を楽しむことと似ている。私が長くこのブログを書き続けることができている理由は村上同様、比較的に早い時期にこのような執筆のスタイルを確立したことに求められるだろう。
 話題が逸れた。村上に戻ることにしよう。スタイル、あるいはシステムを確立することの重要さを村上は何度も繰り返す。とりわけ「時間を見方をつける―長編小説を書くこと」と題された第六章では長編小説というフルマラソンをいかに走り抜けるかについて初稿、推敲、助言といった様々なレヴェルに即してきわめて具体的にその過程が開陳される。作家の創造の機微に触れる章であるが、ここでも何を書くかといったことは全く問題とされない。いかに一つの小説を完成に向けて誘導するかという点のみが仔細に論じられる。スタイルの構築という点ではいわゆる文壇との関係も同様であろう。村上の文壇に対する強い拒否感は私の愛好する「とんがり焼きの盛衰」というシュールなショートショートからも明らかであるが、文壇と関係を断ちつつ小説家としての成功を収めるために村上は周到な準備を進めた。それは文芸誌の求めに応じて小説を執筆するのではなく、書き上げた小説を必要に応じて発表するというシステムの整備だ。もちろんこのような贅沢な立場がベストセラー作家としての成功のうえに成り立っていることはいうまでもない。しかしそれは結果であって、初めから村上は文壇や文芸誌といった制度とは無関係に自分の作品を発表することが可能なシステムの構築をめざしていた。村上も述懐するとおり、それが実現したことは幸運の賜物であったかもしれない。しかしそれが村上の強い意志によって可能となったこともまた明らかである。文壇という狭い世界の中に群れず、生活の中に執筆とジョギング、あるいは水泳を同じ重要性とともに組み込むこと、ここからに浮かび上がるのは破滅型文士の対極にある健康的な作家の姿だ。なぜ小説家は健康でなければならないか。村上は次のように説明する。

小説家の基本は物語を語ることです。そして物語を語るというのは、言い換えれば、意識の下部に自ら下っていくことです。心の闇の底に下降していくことです。大きな物語を語ろうとすればするほど、作家はより深いところまで降りて行かなくてはなりません。(中略)作家はその地下の暗闇の中から自分に必要なものを―つまり小説にとって必要な養分です―見つけ、それを手に意識の上部領域に戻ってきます。そしてそれを文章という、かたちと意味を持つもの転換していきます。その暗闇の中には、ときに危険なものごと満ちています。(中略)そのような深い闇の力に対抗するには、そして様々な危険と日常的に向き合うためには、どうしてもフィジカルな強さが必要になります。

この一節はきわめて説得的だ。これまで私は村上の小説について何度か評したことがあるが、その際には表面的な印象とは逆に村上の小説において人間の内面に潜む暗黒について語られていることを繰り返し指摘した。この引用においては作家自らがそのような暗黒こそが小説の主題であること明言している。村上の作品を読み継いだ者であればかかる認識を理解することはたやすい。具体的にはとりわけ「ねじまき鳥クロニクル」「海辺のカフカ」といった小説においてこのような暗黒が主題化されているといってよかろう。暗黒を見つめる者は暗黒の中に呑み込まれてしまうというのは誰の言葉であっただろうか。村上は自らのフィジカルな側面を強化することによってかかる暗黒に対抗する。このように考えるならば、本書の最後に一見唐突に河合隼雄への追悼が収められている理由もたやすく了解されよう。心理療法家の河合に対して、村上がシンパシーをもつことは当然であり、次の発言は今引いた言葉の再話にほかならない。「物語というのはつまり人の魂の奥底にあるものです。人の魂の奥底にあるべきものです。(中略)僕は小説を書くことによって、日常的にその場所に降りていくことになります。河合先生は臨床家としてクライアントと向き合うことによって、日常的にそこに降りていくことになります。あるいは降りていかなくてはなりません。河合先生と僕とはたぶんそのことを『臨床的に』理解しあっていた―そういう気がするんです」村上の小説の核心を突く言葉であり、私は同様の主題が必ずしも純文学の分野に限らず、私の好きな多くの作家にも共有されていることに思いをめぐらす。それにしても中編『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』から2年、短編集『女のいない男たち』から1年が経過した。これまで短編、中編、長編は綿密なサイクルのもとに執筆されてきたから、おそらく今、村上は『1Q84』以来、久々の長編小説を一日10枚のペースで執筆しているはずだ。発表はいつになるのだろうか。いずれにせよ私はまた人生に楽しい経験を一つ加えることができそうだ。

by gravity97 | 2015-09-28 13:26 | 日本文学 | Comments(1)
Commented by 藍色 at 2015-12-07 11:47 x
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