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Living Well Is the Best Revenge


優雅な生活が最高の復讐である
by クリティック
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「内と外ースペイン・アンフォルメル絵画の二つの『顔』」

「内と外ースペイン・アンフォルメル絵画の二つの『顔』」_b0138838_2093918.jpg
 以前、クーリエの仕事でマドリードのレイナ・ソフィア芸術センターに赴いたことがある。仕事を終えてもまだ十分な時間があり、特別展(確かドイツの現代美術に関する大がかりな展覧会であった)を見た後、私は常設展を巡った。この美術館のコレクションとしてはピカソの《ゲルニカ》が有名であり、ミロやダリといったシュルレアリスムの名品も多いのだが、戦後美術のセクションで思わず足を止めてしまった。1950年代の抽象絵画が素晴らしいのだ。タピエスとサウラは知っていた。しかし私が初めて見るほかの多くの画家の作品もレヴェルが高く、私はスペインでアンフォルメルがこれほどの充実を示していたことを初めて知った。そして数年前、フランクフルト近代美術館のブックショップを訪ねた際に私は「アンフォルメルの反乱」というサブタイトルをもつ『À REBOURS』という展覧会の分厚いカタログを見つけて買い求めたのであるが、ドリー・アシュトンによって企画され、当時においてはアンフォルメルを主題にした、私の知る限り唯一の展覧会も1999年に同じレイナ・ソフィアで開催されていた。
 現在、国立西洋美術館の常設展示の中で「内と外―スペイン・アンフォルメル絵画の二つの『顔』」という展覧会が開かれている。常設展に組み込まれていることもあり、併催されている「ミケランジェロ展」の喧噪に比して地味な展示であるが、なかなか見応えがある。レイナ・ソフィア所蔵の14点によって構成されているから、おそらくかつて私が見た作品も入っているはずだ。大賑わいの「ミケランジェロ展」の陰で忘れられそうなこの展示についてレヴューを残しておく。(ついでながらやはり同じ常設展示の中で開かれている「ル・コルビュジエと20世紀美術」も実に充実した展示だ。西洋美術館を訪れるならば特別展よりも常設展に時間をとることをお勧めする)
 「アンフォルメル」に関しては日本でも二年前にブリヂストン美術館で充実した内容の展覧会が開催され、このブログでも取り上げた。フランスの美術批評家ミシェル・タピエに唱導されたこの運動は世界的な広がりをもつ。フランスのマチウやスーラージュ、イタリアのフォンタナやカポグロッシから当時パリに留学していた堂本尚郞や今井俊満まで多くの国籍の作家を擁し、アメリカの抽象表現主義とも深い関係をもっていた。ブリヂストン美術館の展覧会では前アンフォルメルとも呼ぶべきヴォルス、フォートリエ、デュビュッフェの三人に加えて主にフランスの作家の作品が展示されていたが、今述べたとおり、アンフォルメルの本分はフランスを超えた国際的な広がりにある。これまで私はヨーロッパ各国の美術館で戦後美術に関する展示を見るたびにアンフォルメルが国際様式として想像以上に強い影響力をもっていたことにあらためて驚いたのであるが、今回、今まで紹介される機会がまれであったスペインの作家たちの作品をまとめて見たことによってアンフォルメルに関する様々の思考がさらに誘発された。
 この展覧会には日本でもこれまで紹介されたことがあるアントニ・タピエスとアントニオ・サウラに加えて、ホセ・ゲレーロとエステバン・ビセンテというほとんど未知の二人の作家が加えられている。展覧会のサブタイトルにある「二つの顔」とは多義的な概念であるが、直接にはバルセロナとマドリッド、スペイン国「内」で活動したタピエスとサウラ、アメリカという国「外」で活動したゲレーロとビセンテを対比させていると考えられる。(ただしゲレーロは1965年にスペインに帰国している)企画者はこの対立を国内亡命と国外亡命というかなり刺激的な言葉で表現している。さらに後の二人は経歴として抽象表現主義の画家ともみなしうるから、二つの顔とは端的にヨーロッパのアンフォルメルとアメリカの抽象表現主義という1950年代の表現主義的絵画に与えられた二つの名ととらえることもできるかもしれない。しかし画面からは両者の区別は困難だ。確かにゲレーロの色使いや浮遊するがごとき形態からはロバート・マザウェル、ビセンテの画面構成や色面の重なりからは初期のデ・クーニングとフィリップ・ガストンといった抽象表現主義の画家がたやすく連想される。しかしそれならばサウラの絵画もストロークとモノクロームによってフランツ・クライン、人の姿を彷彿とさせるオールオーバー絵画によってポロックを連想させるではないか。実際にカタログの表紙にも使われている大作《大群衆》は極端に横長のフォーマット、垂直性の強調、さらに人体の暗示といった点が直ちにポロックのグッゲンハイム邸壁画に近似している。四人の中ではタピエスのみ抽象表現主義には類例を求めることが困難な作家であり、画面の物質性からはむしろフォートリエやヴォルスらアンフォルメルに先駆けた作家たちが思い起こされる。
 国内亡命と国外亡命という対比は示唆的である。この対比から私は「スペインのアンフォルメル絵画」が置かれた微妙な立場に思いをめぐらす。例えばストロークだ。抽象表現主義にとって奔放なストローク、自由な身振りによって生成される絵画とは自由主義体制における個人の自由のメタファーであり、冷戦下においては共産主義の抑圧に対する批判として機能した。これに対してフランコの独裁体制下にある50年代のスペインにおいても自発的なストローク、自由な抽象表現は成立しうるか。自由主義社会の前衛にとっては共産主義同様にファシズムも打倒すべき対象であり、先に名を挙げたマザウェルはフランコ批判を含意した「スペイン共和国へのエレジー」という連作を発表している。タピエスとサウラという才能がスペインではなく、パリを中心にしたアンフォルメルという国際様式の中で初めて認められたことは必然であろう。果たして彼らの作品はスペインではどのように受け容れられたのか。このあたりの微妙な消息を企画者はカタログの冒頭で次のように述べている。少し長くなるが引用する。

ソフィア王妃芸術センターのコレクションの最も重要な分野の一つは、スペインのアンフォルメル芸術である。スペインのアンフォルメル芸術は、フランコ独裁政権下―内戦終結の1939年から75年のフランコの死まで続く―において認められていなかった前衛的精神の回復の象徴であり、その歴史的意義と生み出された作品の高い質から高く評価されている。/1950年代のヨーロッパにおいて、スペインは文化的、政治的に特異な位置にあった。それ故にアンフォルメルの画家たちは、スペインの長い戦後の孤立の後、現代の伝統を回復した功労者としての地位を確立することになる。

 国内亡命と国外亡命、両者の境遇の差異は作品にも反映されているように感じられる。ゲレーロやビセンテはベティ・パーソンズ・ギャラリーやクーツ・ギャラリーといった抽象表現主義の拠点となったギャラリーで作品を発表し、実際にニューヨーク・スクールの作家たちと交流している。出品作だけで判断することは難しいとはいえ、開放的で抒情的な作風は例えば今述べたとおりゴーキー、デ・クーニング、マザウェルらが抽象表現主義を確立していく時期に似た一種の遠心性を有している。これに対してサウラとタピエスの絵画を特徴づけるのは強い緊張感と物質性であり、画面はむしろ求心性を秘めている。色彩が抑制されている点も共通する。今回、サウラは《磔刑》と《フィリペ二世の想像上の肖像画》という作品を出品しているが、このような主題と激しく変形された人物の姿からは今年大規模な展覧会が開かれたフランシス・ベーコンも連想されよう。あるいはタピエスの《横向きの指の痕跡のある茶色、No.63》はタイトルから理解されるとおり、物質感の強い画面に指の痕が残されている。触覚的な画面からはジャスパー・ジョーンズの一連の作品も連想されるが、タピエスの画面にジョーンズのユーモアはなく、身体を強引に(横向きに)壁に押しつけるという一種の暴力的な行為が暗示されているように感じられる。スペインで「国内亡命」して活動を続けたサウラとタピエスの絵画が、ゲレーロやビセンテと比して鋭い緊迫感を秘めている理由は独裁政権下における彼らの社会的位置の不安定さを反映しているとみなすのは安易だろうか。ただし彼らは50年代にパリに滞在し、アンフォルメル運動に参加し、スペイン帰還後もアンフォルメルの牙城とも呼ぶべきスタドラー画廊で定期的に個展を開き、ヴェネツィア・ビエンナーレやサンパウロ・ビエンナーレ、あるいは1960年にニューヨーク近代美術館で開催された「新しいスペインの絵画と彫刻」といった重要な展覧会に、いわばスペインの戦後絵画を代表する作家として出品を重ねている。このあたりの事情はフランコ政権の文化政策とも関連して、今後検証が待たれる問題であるように感じられる。
 今回の展示を見てあらためて感じたのは「アンフォルメルとは何か」(奇しくもブリヂストン美術館の展覧会のタイトルである)という根源的な問題である。今回の展覧会には「スペイン・アンフォルメル絵画」というサブタイトルが付されているが、四人の作風はばらばらであり、共通点を見出すことは困難だ。このあたりの事情は「内と外」というタイトルにも反映されているだろう。例えば先のブリヂストン美術館での展示においてもアンフォルメルの先駆と呼ぶべきフォートリエ、ヴォルス、デュビュッフェはともかく、展示の核とされた作家は例えばアンリ・ミショーであり、ザオ・ウーキーであり、いずれもアンフォルメルの中心作家とみなすことには無理がある。あるいは最初に記したレイナ・ソフィアにおける1999年の展覧会にはジャコメッティやベーコンさえも含まれているのだ。かかる融通無碍こそがアンフォルメルの特質であり、それゆえタピエはアンフォルメル、あるいは「別の芸術」という概念によって日本の具体美術協会、さらにはアメリカの抽象表現主義までも包摂しようとしたのであった。逆にアンフォルメルを真に体現した作家は誰か。この問いに答えることは難しい。マチウの名を挙げることは可能であろう。しかしそのほかに誰がいるか。試みにタピエが組織した展覧会に複数回にわたって名を連ねた作家を列挙してみよう。ブリエン、リオペル、セルパンといった作家は今日ほとんど知られていない。デ・クーニングやポロックはいうまでもなく抽象表現主義、アペルはコブラの文脈で理解されることはあってもアンフォルメルの作家とはみなされないだろう。アンフォルメルとは一見すると全世界を巻き込んだ巨大な運動でありながら、実は巨大な空虚であり、空虚さゆえに抽象表現主義から具体美術協会にいたる同時代の多様な表現主義的絵画を呑み込むことができたのではなかろうか。早すぎる退潮のゆえに今日アンフォルメルは美術運動として軽視されがちであるが、例えば「タピエ、マチウ、サム・フランシスを迎えて開く国際アンフォルメルの祭典」と銘打って開かれた1957年、ブリヂストン美術館における「世界現代芸術展」においてはサウラ、タピエスと並んで、ポロック、デ・クーニング、マーク・トビー、フォートリエ、デュビュッフェ、フォンタナ、ブッリ、そして堂本尚郎、今井俊満といったおおよそ共通項のない雑多な、しかし今日から考えるならば夢のような作家のラインナップが出品リストに名を連ねている。具体美術協会が主催した1958年の「新しい絵画世界展」も同様である。私たちはこのような展覧会がヨーロッパやアメリカではなく日本で開かれたことの意味についても真剣に考えるべきであろう。
 最後にカタログを読んで気がついたトリヴィアルな疑問を二つほど書きつけておきたい。ベレン・ガランというレイナ・ソフィアのキューレーターのテクストによれば、1957年にバルセロナのガスパール画廊およびマドリッドの国立現代美術館において「別の芸術」という展覧会が開かれ、サウラ、タピエスを含むスペインの画家たちとともにフォートリエやヴォルス、ポロック、デ・クーニングといった作家の作品が展示されたという。展覧会のタイトルと作家の顔ぶれからはミシェル・タピエの介在が予想されるのであるが、ガランによればこの展覧会はスペインの国立現代美術館館長ホセ・ルイス・フェルナンデス・デル=アモによって企画されたという。この人物とタピエの関係、そしてアンフォルメル運動におけるこの展覧会の位置づけはいかなるものであったか。以前、私はフランシスコ・ビセンスという人物によってコンパイルされ、『別の美学のための序説』と題されたミシェル・タピエの長大な論文集を読んだことがある。その際にこの書物がパリではなくバルセロナで出版されたことに奇異の念を抱いたが、確認するならばこの論集はバルセロナの国際美学センターから出版されている。私の記憶ではタピエのコレクションが収められた国際美学センターはバルセロナではなくイタリアのトリノに開設されていたのではなかったか。両者は同じ機関なのであろうか。そもそもアンフォルメルの拠点とも呼ぶべきこの施設がパリではなく、スペインもしくはイタリアに設置されたのはなぜなのだろうか。タピエの批評の晦渋さのゆえでもあろう、アンフォルメルはなおも多くの謎を残した運動なのである。

by gravity97 | 2013-10-24 20:16 | 展覧会 | Comments(0)
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