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『虚像の時代 東野芳明美術批評選』(2)

 引き続き東野芳明の美術批評選について論じる。前回は主にこの選集成立をめぐる形式的な側面について論じたが、今回は内容に関して検討を加える。本書の構成は「生中継の批評精神」と題された編者の序言に続いて、1960年から72年にかけて東野が執筆した20本余りのテクスト、インタビューをもとに構成された磯崎新の「反回想」、そして二人の編者による二つの論文がこの順に収められている。東野のテクストはほぼ発表順に収められており、行間から60年代の東野の八面六臂とも呼ぶべき活動が浮かび上がる。あらためて感じるのは東野が傍観者としてではなく当事者として美術のカッティング・エッジに立ち会う様子である。
 ジョン・ケージの「演奏会」の模様から説き起こされた本書には、東野自身も出演した草月会館での小野洋子の作品発表会、ブリヂストン・ホールでの「『反芸術』是か非か」公開討論会、「ヤング・セブン」に始まるいくつものギャラリーでの展覧会など、東野が実際に立ち会った多くのイヴェントや展覧会に関連するテクストが収められている。あらためて東野の透徹した認識に驚く。例えば最初のテクストで東野はヨーロッパの芸術家に比べ、アメリカの芸術家たちは「自己を表現する」のではなく、「今行っていることを正確に行うこと」を目指していると指摘する。このようなコメントは既にこの時点でミニマル・アートからコンセプチュアル・アートにいたるアメリカ美術の理路を正確に予見している。批評家は現代美術に伴走している。私はこれらのテクストを通して東野が1969年の「クロストーク/インターメディア」にも出演していたことを初めて知った。このほか関連文献は収録されていないが、東野は1964年の有名なラウシェンバーグへの公開質問会にも「出演」している。あるいはネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ関連の記録写真を見るならばいたるところでサングラスをかけた東野が作家たちと談笑する姿を見かける。このような姿勢は東野が私淑した瀧口修造と対照的である。瀧口もタケミヤ画廊での一連の企画をはじめ、作家たちと交流を重ねたが、常にいわば一歩下がった印象があり、その態度を赤瀬川原平は「目撃者」と呼んだ。瀧口が目撃者ならば、東野は共犯者であろう。批評家は積極的に街に出て、作家たちとともに状況にコミットする。そしてその背景には当時の美術をめぐる特異な状況を指摘することができるだろう。
 最初の章でジョン・ケージについて言及があり、二番目の章ではタイトルとして「チャンス・オペレーション」という言葉が用いられている。「チャンス・オペレーション」もケージによって導入された手法である。ケージはデュシャンとともに抽象表現主義以後の表現を模索する作家たち、つまりジャスパー・ジョーンズやロバート・ラウシェンバーグといった東野と親交をもった作家たちに大きな影響を与えた。ケージは1962年に来日した際に、おそらく東野の仲介で『みづゑ』誌に「デュシャンに関する26章」というテクストを寄せるが(私たちはそれを東野の『現代美術 ポロック以後』のデュシャンに関する章の中で読むことができる)、その中に「音楽を書く一つの方法―デュシャンを研究すること」という断章がある。私は東野の批評を読む際には常にそのデュシャン研究を念頭に置くべきであると考えるが、ここで暗示されるのは音楽と美術といったジャンルを越境することの重要性だ。実際に50年代から60年代にかけてニューヨークでは様々な表現をとおしてジャンルの越境が試みられた。本書に収められた「コンバイン日記」には東野がアラン・カプローとナム・ジュン・パイクと会食するエピソードがあるが、当時、カプローが提唱したハプニングは「画家の演劇」と呼ばれ、実際に様々な作家によって演じられていた。さて、カプローはその著書の中でハプニングの条件をいくつか示すが、その中には「芸術と生活の境界は流動的で、可能な限り不明瞭なままに保たれるべきである」「結果として観衆は排除されるべきである」といった項目がある。これらの項目が生活/芸術、演者/観衆といったそれまで当然とされた区分に疑問を投げかけるものであることはいうまでもない。この点をいちはやく感受した東野にとって撤廃されるべき区分は作家と批評家の間にも存在したのではなかろうか。60年代以降、東野は一連のきわめてパフォーマティヴな批評を発表する一方で、知り合いの作家たちを批評的な営為へと誘う。例えば1971年に刊行され、自らが責任編集した講談社版の「現代の美術」のうちの一巻、『ポップ人間登場』を編集するにあたってはトム・ウェッセルマンらにアンケートを送り、返信を収録している。さらにいえば東野は自ら水中写真を撮影し、作品として個展で発表したこともあったらしい。批評家ならぬ写真家としての東野を語る際には重要なエピソードであろうが、私は未見であるから、これ以上立ち入らない。今述べた点との関連で興味深いのは、本書の中に二篇の「観衆論」が含まれていることだ。1967年の「現代観衆論」と1972年の「現代芸術と観衆」という二つの論文であり、前者は山崎正和の文章に対する反論として執筆されたと解題にある。観衆の分裂という問題を「手仕事」という概念と関連させて論じた前者と、メディアの隆替や「拒否によるアカデミスム」との関連で論じた後者は微妙に強弱を違えるが、私が注目するのはきわめて早い時期に東野が観衆という享受の側に目を向けている点である。奇しくもウンベルト・エーコの『開かれた作品』が発表されたのも1967年である。東野は記号学や受容美学とは全く別の文脈で早くから観衆や聴衆といった受け手の側に関心を抱いた。ケージやカプローを含む60年前後のアメリカの前衛芸術との交流が東野のかかる関心を育んだことに疑いの余地はないし、それは自らも演者と観衆を行き来した批評家ならではの着想であっただろう。私は現代音楽には詳しくないが、東野がケージに依拠するようにエーコも『開かれた作品』の冒頭で自身が「開かれた作品の詩学」に想到する機縁となった例としてシュトックハウゼン、ベリオ、ブーレーズといったヨーロッパの前衛音楽家の楽曲を挙げている。両者を比較することも意味があるかもしれない。
 巻末に磯崎新による「反回想」が収録されている。東野とともに一つの時代を画した建築家による回想だけに内輪の話も明かされて興味深いが、磯崎のごとき国際派にとっても東野の存在は別格であったようだ。このインタビューを磯崎が次のように結語する時、この点はよく理解できる。「東野には、現場でものを考え、それを説明できる力があったわけです。カラーフィールド・ペインティング、オールオーバー、ハードエッジ……美術界のコンセプトはめまぐるしく変化しましたが、ぼくらはこういったこと全部を東野経由で理解した。彼は、ひとつの時代的な変化を美術を通じて感じとっていた、そう思います」このような感慨は私も共有している。私が美術史学を学び始めた80年代初頭にあってもアメリカの戦後美術について書かれた文献はごく僅かであり、東野は最初に参照されるべき書き手であった。さすがに『現代美術 ポロック以後』で扱われた作家たちは既にビッグネームであったが、83年に連載が始められ、『ロビンソン夫人と現代美術』としてまとめられる一連の作家論については私も時代と同伴する作家たちについて東野からリアルタイムで情報を得た思いがある。この意味でもこの二つの著作は再刊が待たれる。しかし前者が主にアメリカの現地での交流や情報に基づいて執筆されたのに対して、後者は逆に作家たちが来日して東野と交流したことを契機として書かれた場合が多い。東野自身も『ロビンソン夫人と現代美術』のあとがきで、前者が「手に入る資料は限られていたし、原作を日本で見る機会は少なかった。こちらは、外国旅行の度につとめて見た体験をもとに、図版を眺めながらやっさもっさ書いた憶えがある」のに対し、後者の場合は「登場する作家にしても、彼ら、彼女らの展覧会やパフォーマンスをオーガナイズする日本の画商、美術館、プロモーターがふえたし、資料にしても、彼らを通して、かなり潤沢に手に入った」と述べている。後者の作家のセレクションがやや甘い気がするはそのせいであろうか。いずれにせよ、東野の本領は同時代の作家たちと直接やり取りしながら彼らの仕事に言葉を与えるダイナミズムにあり、それは外国の作家であろうが、日本の作家であろうが同様だ。本書の帯に「現代美術の生中継」という惹句が記されている。生中継とは編者の一人、松井茂の関心を反映してTV中継を暗示しているが、私はこの言葉にむしろ同時中継、つまりタイムラグなしに同時代の現代美術を紹介しようとする東野の批評の本質を見出す思いがする。同じ時期に作家たちとの対談をまとめて『つくり手たちとの時間』として上梓したことなども想起されよう。
 最後にもう一点、興味深く感じた点を記しておきたい。収録されたテクストの中に『アメリカ「虚像培養国誌」』に収められた「実体喪失の旅」と題された一文がある。妻の運転する自動車でニューメキシコからネヴァダまでアメリカ大陸の一部(サブタイトルによれば「アメリカ横断1/4」)を横断した際の旅行記である。インディアンの集落やグランドキャニオンといったアメリカ西部の表象からは例えばポロックの幼年時代が連想されるかもしれない。しかしここで東野が連想するのはポップ・アートに連なる作家たちである。車というイメージからアンディ・ウォーホルの衝突事故のシルクスクリーン、ジェームス・ローゼンクイストが描く車の車体、ハイウェイというモティーフからアラン・ダーカンジェロ、そして直線で裁断された州境のイメージからジョーンズの地図といった多様なイメージが提起される。ここで東野はマクルーハンを援用しながらポップ・アートの「虚像性」というまことに本書の主題にふさわしい問題を提起するのであるが、私はそれ以上に無人の砂漠をドライブすることが、人間にとって新たなセンセーションを喚起する点に興味をもった。私もかつてニューメキシコからテキサスにかけて無人の荒野を延々とドライブしたことがある。スピード感と距離感の喪失、不思議な空白感と風景の不在はこの地域ならではのものであろうが、ひるがえって私は東野に限らずドライブという体験がアメリカ美術に関する批評の中でしばしば引用される点に興味を覚えた。例えば次のテクストだ。

50年代の初めの一年か二年、私がクーパー・ユニオンで教鞭を執っていた時、ある人がニュー・ジャージーの未完成の高速道路に乗り入れる方法を教えてくれた。私は三人の学生を連れて、メドウズのある場所からニュー・ブランズウィック市までドライブをした。暗い夜で、灯も路肩標も白線もガードレールも何もなく、あるのはただ平地の風景の中を通って進んでいく暗い舗装道だけだった。風景は遠くのいくつかの丘に枠づけられ、だが煙突や塔や煙霧や色光が点々と見えていた。このドライブは意義深い体験だった。道路とほとんどの風景は人工的なものであったが、それは芸術作品とはいえないものであった。他方で、それは私にとって、芸術には決してなかった何かがなされていた。

この文章はマイケル・フリードの高名な論文「アート・アンド・オブジェクトフッド」において作家トニー・スミスの言葉として引かれている。詳しく論じる余裕はないが、ここでフリードはかかる体験を演劇と結びつけて、ミニマル・アート、彼の言うリテラリズムの芸術批判へとつなげていく。あるいは先述の『ロビンソン夫人と現代美術』の中で東野は自らの「実体喪失の旅」にも似たカルヴィン・トムキンス(!)の次のような文章を引用している。

 ラスヴェガスを飛び出して、乾ききった、何もないネヴァダの風景の中をドライブしてゆくのは、それ自体忘れがたい体験である。24時間営業のギャンブル・テーブルや奥様方に催眠術をかけるスロット・マシーンのある、空調のきいた豪華なホテルを後にして、焼けつくような砂漠の谷や浸食された丘に接すると、それもまた、負けず劣らず非現実的に見えたものだし、生活に敵意を見せている点でも、ラスヴェガスと同じだった。(中略)気温は華氏100度を超えたままで、車は煮えたぎったように熱く、身震いをやめない。7時過ぎ、太陽が地平線に近づく頃、ついに我々はそれを見つけた。

 「我々が見つけた」のはネヴァダの砂漠に刻まれた二つの巨大な切り込み、アースワークの代表的な作品の一つ、マイケル・ハイザーの《ダブル・ネガティヴ》である。スミッソンの《スパイラル・ジェティ》にせよウォルター・デ・マリアの《ライトニング・フィールド》にせよアースワークの作品について語られる時、それらがいかなる僻地に制作され、到達のまでのドライブがいかに苛酷かという点がしばしば言及される。ここではドライブの体験と作品の体験が一体化されている。ポップ・アート、ミニマル・アート、アースワーク、意図も構造も全く異なるこれらの作品がいずれもドライブという体験と深く関わっていることを知る時、私は戦後アメリカ美術にとってドライブという体験が隠喩であり換喩であったことを知る。この時、東野が発表した、少なくともタイトルにおいて美術と直接の関係をもたないエッセイ集に『クルマたちとの不思議な旅』というタイトルが付されていた点はなんとも興味深い。
 最後にもう一人、日本を代表する美術批評家が戦後アメリカ美術を主題として執筆した論文からの引用によってこの文章を終えよう。アクション・ペインティングからポップ・アート、プライマリー・ストラクチュアまでをプロテスタンティズムという独自の視点で分析し、先にも触れたアリゾナへのドライブ旅行に関する東野の文章を引用した後、宮川淳は次のような言葉とともに「記憶と現在」という論文を締めくくっている。

 ハイウェイをどこまでもはてしなく疾走するドライバー、そしてフロントグラスに切り取られる風景はたしかにきわめてアメリカ的主題であるが、しかし、それにもまして、すぐれてアメリカ美術的な主題であるように思われる。そこにはほとんどポロック的な主題があらわれると同時に、しかし、またこの無限の時間論的現在はまさしく《表面》に吸い取られ、空間の現前に変換されてゆく。しかもそれはイメージと抽象的な色面とが《反イメージ的レベル》で出会う境界、ポップ・アートがその後の抽象的な動きに溶解してゆく瞬間でもあるのである。

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by gravity97 | 2013-05-09 21:15 | 現代美術 | Comments(0)
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