優雅な生活が最高の復讐である


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石牟礼道子 藤原新也『なみだふるはな』

 8月という月のせいであろうか、それとも原子力発電所が再稼働されたことへの無力感のゆえか、このブログも比較的厳しい内容の記事が続く。今回取り上げる石牟礼道子と藤原新也の対談集『なみだふるはな』も何かの片手間に読めるような内容ではない。
 帯に「今語られる水俣と福島」と記された二人の対話には日付がある。すなわち2011年6月13日から15日にかけての三日間、藤原が熊本の石牟礼の自宅を訪れて交わされた会話の記録である。震災の三ヶ月後に、常に社会の弱者を見据えてきた二人が語らうならば、かなり厳しい内容となっても不思議はないが、予想に反して二人の語りはきわめて抑制されている。それは冒頭に収録された藤原新也による写真が水俣と福島に取材しながらも、多く群生する花を写した静謐な内容であることと共振しているかのようだ。猫の話題に始まり、日々の暮らしについて語りながら、時折、水俣や東日本大震災の被災地について生々しい体験が挿入される。例えば被災地で藤原が見たという「鳥山」について語られる。「鳥山」とは通常、小魚が集まった海域の上にカモメなどの海鳥が群れる現象であるが、被災地ではそれが陸上で見られた。藤原によると海鳥は瓦礫の下に埋もれた無数の死体の上に「鳥山」を作っているのだという。しかしおそらく二人にとって死とは忌避されるべきものではない。「印度放浪」における水葬された死体を犬が食べている衝撃的な写真で知られた藤原にとって、死もまた一つの自然の摂理であり、従容と迎え入れるべき出来事にすぎない。一方、水俣の豊かな自然の中で生活してきた石牟礼にとっても死そのものは自然の一部である。藤原は自分が例外的に死体をカメラに収めた状況について「それを撮るのは、人生の流れというか生々流転という世界の生理の中にその死体が置かれているからです。それは死体ではありますが自然の一部なんですね」と説く。藤原は震災直後に被災地に入った時、空気に恐怖感が残っていたと語り、道端に座り込んで東北の頑丈な親父が泣く「むごい状況」について語る。しかし不思議にも藤原の口調は落ち着いており、それは震災を自然の一部と達観しているからであろう。実際の惨状を知る時、いささか冷酷にも感じられようが、本書を通読するならば、このような感慨も理解できる。そのヒントとなるのは、三日目の対談の冒頭で石牟礼が藤原にその日のささやかな饗応について説明する箇所だ。イワシのすり身を入れた豆腐の揚げ物、タマネギとクキワカメの酢味噌和え、椿の油で桜エビとチリメンジャコを炒め、ニンニクとタマネギのみじん切りを加えた混ぜご飯、そして大根に柚子酢をかけた蜜漬けである。書き写すだけで涎の出そうなメニューであり、それぞれの食材に関する石牟礼の語りは、私たちが自然の恵みの中で生きていることをみごとに謳い上げる。このメニューには植物由来の素材が多いが、同じ恵みを動物からも得ている、つまり私たちが動物の死によって生かされていることへの感謝は、続いてきびなごをどのように「おびく」(骨をはずす)かについて石牟礼が懐かしく説明する箇所から理解することができる。自然は与え、そして奪う。震災と津波について語りながらも、二人は死者を哀悼することはあっても、自然を恨むことはない。
 しかし今回の震災にただ諦念によって臨むことは難しい。いうまでもなく原子力発電所の事故が付随したからだ。それゆえ石牟礼と藤原の対談が成立し、ミナマタとフクシマが結びつけられるのだ。以前、このブログでアイリーン・スミスが掲げる「水俣病と原発事故に共通する国、県、御用学者、企業の10の手口」を紹介したが、事故から一年半が経過しようとする現在、両者の相似性は日を追って明らかとなっている。この点を予測して震災から3ヶ月後に対談をセットした編集者の卓見は賞賛に値する。そして石牟礼と藤原はみごとにこれから起きるべき状況を予見している。私の考えではフクシマと比較されるべきはチェルノブイリやハリスバーグではない。チェルノブイリでさえ、政府は子供たちをバスに乗せて強制的に避難させたではないか。無為と隠蔽、差別と犠牲という共通点においてフクシマと結びつけられるのはミナマタであるはずだ。藤原が巻頭に掲げた一文がこの点を明確に伝えている。やや長くなるがほぼ全文を抜き出す。「1950年代を発端とするミナマタ。/そして2011年のフクシマ。/このふたつの東西の土地は60年の時を経ていま、共震している。/非人道的な企業管理と運営のはての破局。/その結果、長年に渡って危機にさらされる普通の人々の生活と命。/まるで互いが申し合わせるかのように情報を隠蔽し、さらに国民を危機に陥れようとする政府と企業。/そして、罪なき動物たちの犠牲。/やがて、母なる海の汚染。/歴史は繰り返す、という言葉を鮮明に再現した例は稀有だろう」水俣との関係を論じる時、「罪なき動物たちの犠牲」という言葉は重い。水俣病の場合、まず猫が「猫踊り病」にかかり、次々に狂死した。炭鉱のカナリアならぬ水俣の猫は水俣病の予兆として犠牲になった訳である。これに対して福島はさらに悲惨だ。住民が強制退去させられた地域には多くの畜舎や鶏舎が存在した。飼い主が戻って飼料を与えた例がない訳ではないようであるが、多くの牛や豚、鶏は放置されたまま餓死した。あまりにも状況が悲惨なためであろう、取り残されたペットを引き取るお涙頂戴的なエピソードが時折報道されることを除いて、この問題に関してマスコミは完全に沈黙を守り、私たちに知らせようとしない。私は佐野眞一の一連のルポルタージュの中で、豚舎の中の豚がついには共食いを始めるという地獄について知った。全く何の罪もない動物、さらに言うならば、人間に頼ることなしに生存できない家畜がむごく死んでいく状況は、胎児性水俣病の患者を連想させないだろうか。動物や植物と強く共感し、人の足音を聞いて逃げる貝のざわめきや、日の出に向かって一斉に合掌するタチウオ(本書の中で最も美しいイメージの一つだ)について語る二人にとって、かかる悲惨は母なる自然の所産ではない。飯館村の地面で狂ったように踊る二匹のアリ、あるいは原発近くに自生するフキの異常な大きさや桜の血のような鮮やかさへの言及は、物言わぬ動物や植物をとおして災厄の大きさを推し量ろうとする二人の感覚の鋭敏さを示している。
 二人の会話はこの災厄にどのような意味があるのか、誰が責任を負うべきかという問題にも向かう。石牟礼は杉本栄子という水俣病の患者の言葉を引く。彼女は石牟礼に次のように述べる。「私は全部許すことにしました。チッソも許す。私たちを散々卑しめた人たちも許す。恨んでばっかりおれば苦しゅうしてならん。毎日うなじのあたりにキリで差し込むような痛みのあっとばい。痙攣もくるとばい。毎日そういう体で人を恨んでばかりおれば、苦しさは募るばっかり。親からも、人を恨むなといわれて、全部許すことにした。親子代々この病ばわずろうて、助かる道はなかごたるばってん、許すことで心が軽うなった。病まん人の分まで、わたし共が、うち背負うてゆく。全部背負うてゆく」。「苦海浄土」のエッセンスのごとき美しい言葉であるが、藤原は原発問題の解決に当たってはこのような奥ゆかしさは無力だと説き、内橋克人からの引用として敦賀市長であった高木孝一という男の演説を引く。私が絶対に使用しない言葉が含まれるが、あえてそのまま引用する。「まあそんなわけで短大は建つわ、高校はできるわ、50億円で運動公園はできるわねえ。(中略)そりゃあもうまったくタナボタ式の町づくりができるんじゃなかろうか、と。そういうことで私はみなさんに(原発を)おすすめしたい。これは信念をもっとる、信念。えー、その代わりに100年経って片輪が生まれてくるやら、50年後に生まれた子供が全部片輪になるやら、それはわかりませんよ。わかりませんけど、今の段階ではおやりになったほうがよいのではなかろうか。こういうふうに思っております。どうもありがとうございました。(大拍手)」杉本の言葉と並べること自体が許しがたいような暴言であるが、すべての病を背負うという言葉の横に置く時、子孫がどうなろうと今の自分さえよければよいという高木の言葉は原発推進論者のメンタリティーをあからさまに象徴している。
 今、対照的な二つの言葉を引いた。病苦を自ら背負うことを決意した弱者、そして誰が犠牲になろうとも自分さえ金銭的利益を得ればよいという強者。私が気になるのは、この20年ほどの間に後者の声が前者をかき消し、弱者が苦しみを背負うこと、強者が弱者の犠牲の上に利を貪ることを当然とする風潮が強くなってきているように感じられる点である。上に掲げた二つの言葉を対照するならば、いずれが「正しい」かは明らかであろう。しかし実際には私たちの社会では強者や声の大きな者、富める者を是とする価値観が支配的になり、例えば生活保護世帯を批判する政治家とマスコミのキャンペーン、在日朝鮮人への右翼の攻撃、あるいは公務員への異常なバッシングなど、通常であれば大声で語ることをはばかられるような主張が近年公然と唱えられ、このような正義の名を借りた弱者へのいじめを率先するポピュリストが首長として支持を得ているのである。私はこのような強者の論理の横行は政治や社会のみならず文化においても顕著に認められると感じる。今や収益によって展覧会を評価するシステムが時に美術館側から提案され、指定管理度や任期制学芸員といった美術館になじまない制度がほとんど批判されることなく導入されている。社会的優越や収益性、知名度は美術の本質とは全く関係がない。私がこのブログで村上隆や商業主義的な展覧会、雑誌を一貫して批判するのはこの理由による。
 話が飛躍してしまった。本書に戻ろう。長い間、水俣病という業苦とともに生きてきた石牟礼の言葉の端々には一種の現世への達観が見え隠れする。やはり時折発せられる貧しさと紙一重であった前近代へのやみくもの憧憬とともに、私はこの点には違和感を禁じえない。石牟礼は巻頭に「花を奉る」という詩を寄せている。この詩は次のように結ばれる。「現世はいよいよ 地獄とやいわん/虚無とやいわん/ただ滅亡の世せまるを待つのみか/ここにおいて われらなお/地上にひらく一輪の花の力を念じて 合掌す」一輪の花が現世の地獄に拮抗するという思想は美しいが、ここには一種のペシミズム、いやニヒリズムがうかがえないだろうか。同様のニヒリズムは自分たちは滅んでもよい、いや滅ぶべきだと語る藤原にも共通している。しかし水俣には希望も残されていた。二人は水俣病になった漁師(杉本栄子の夫)が語る日の出に向かって合掌するタチウオのエピソードに深い意味を見出す。水俣の海でタチウオは何を祈るのであろうか。藤原は二日目の対話を「この福島の大きな災禍がいかなる年月を経てそのような神話を産むのか、あるいは産まないのか、僕は目の黒いうちはそれを見届けようと思います」と結語する。私は福島の事故について書かれた多くの本を読んできた。それらはほとんど愚行と無能、傲慢と隠蔽の記録であり、怒りと虚脱感しか残らなかった。事故は未だに収束しておらず、あまりにも愚かな政治を前に私たちは絶望を感じる。しかしなおもそこには希望があるのではないか。きわめて文学的な感慨であるが、水俣の経験に鼓舞されるように、被災地に咲いた花に励まされるように、本書を読んで私は初めて一抹の光明を見る思いがした。
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by gravity97 | 2012-08-16 22:18 | 思想・社会 | Comments(0)