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Living Well Is the Best Revenge

開沼博『「フクシマ」論』

開沼博『「フクシマ」論』_b0138838_20374229.jpg 「原子力ムラはなぜ生まれたのか」というサブタイトルを付した『「フクシマ」論』を読む。タイムリーな著作とも感じられようが、本書は3・11以前、2011年1月14日に東京大学大学院に修士論文として提出され、2月22日に受理されている。したがって刊行時に追加された最後の補章以外には今回の原子力災害に触れた文章はないし、社会学系の学術論文であるからさほど面白い内容でもない。次に述べるとおり、形式的にやや問題も感じられもするが、やはり今読むべき研究であろう。ひとまずレヴューを記す。
 元々の論文名は「戦後成長のエネルギー―原子力ムラの歴史社会学」であったらしい。福島出身の開沼にとって原子力発電所の問題がかねてより身近に感じられたことは想像に難くない。タイトルからは明確でないが、実はこの論文の主題は原子力やエネルギー問題というより、明治期から今日にいたる中央と地方の関係であり、この問題を考える一つの手掛かりとして原子力発電の問題が取り上げられた。ところで原子力発電所、そして今回の原子力災害に関しては豊かな中央(都市、端的に東京と言い換えてもよい)の享楽的な生活に必要な電力を供給するために貧しい地方が原子力発電所の設置を強いられ、その結果、原子力災害の犠牲となったというステレオタイプの言説が存在する。開沼はこのような立場に与しない。冒頭で開沼は「原子力ムラ」と〈原子力ムラ〉という区別を提唱する。前者は原子力発電所を受け入れる地域の共同体を指し、後者は今日広く流通する政官財学が一体となって原子力発電を推進しようとするシンジケートとしての呼称である。そして今日の原発の立地や増加が単に後者の思惑によるばかりでなく、前者からの積極的な働きかけがあった点が検証される。ところが、おそらく本書を刊行するために追加されたであろう「『フクシマ』を語るまえに」と題された冒頭の章でわざわざ区別と概念提起がなされながらも、本文の中では括弧なしの原子力ムラという表記で論述が進められるため、著者の意図がはっきりしない。さらに本書が3・11以前に書き上げられた内容に加筆されて成立している以上、それぞれの章がどの時点で執筆されたかという問題も重要であるはずなのだが、「補章」(このタイトルからして、論文に対する時間的位置が不明だ)において、1月に提出した修士論文に「導入部の追加や全体にわたり最低限の加筆修正をほどこした」というきわめてあいまいな表記で異同が暗示されるのみである。アクチュアルな問題と切り結ぶ社会学の研究として問題があるのではなかろうか。
 形式的な問題について批判したが、内容としてはそれなりにていねいな研究であり、教えられることも多かった。最初に方法論が提起された後、まず原子力発電所をめぐって、「原子力ムラ」の現在が粗描される。冒頭に「原子力ムラ」と〈原子力ムラ〉という区別を提起しながらも、本論では前者の検討が中心となっている。原子力の専門家でない筆者がフィールドワークによって議論を深化させる以上、当然であろうし、先の批判に戻るなら、本書で論じられる括弧なしの原子力ムラは多くが「原子力ムラ」の意味で用いられている。震災と原子力災害以来、私たちにもすっかりおなじみとなった大熊町、双葉町といった原子力発電所の立地自治体をめぐるそれなりに興味深い事実が指摘される。たとえば駅の売店で売られている「原子力最中」やアトムの名を冠した様々の施設、あるいは今日事故対策の拠点として名高いJヴィレッジが東京電力の肝煎りで建設された巨大なサッカー用施設であり、マリーゼなる女子サッカーチームが「郷土の誇り」として存在するといった事実は原子力をめぐる一つの文化圏が形成されつつあることを示している。この点を開沼はジョン・ダワーが敗戦後の日本に対して適用した「抱擁」という概念で説明する。ネガティヴな存在である原子力発電所を福島の「原子力ムラ」は「抱擁」し、能動性の契機と転じるのである。一方で否定性としての原子力もまたこれらの町には徴されている。すなわち「原発ジプシー」と呼ばれる流動労働者と発電所の危険性は徹底的に隠蔽され、反対運動の存在ゆえに地元懐柔のための金が現地に落とされるという理由で、反対派が推進派から応援されるという倒錯が語られる。
 続いて開沼は福島の「原子力ムラ」の成立を歴史的に検証する。先に述べたとおり、「日本のチベット」と呼ばれた貧しい地域であるからこそ原子力発電所が誘致されたという通説は今日も流布しているが、むろんそこにはこのような単純な因果論では説明できない複雑な力が働いている。開沼は「中央」と「ムラ」の間に介在する「地方」に着目しながら分析を進める。「地方」の重要なアクターは例えば知事であり、福島県の歴代の知事がどのように原子力発電所と関わったかという点がていねいに検証される。興味深いことにはこの時、必ずしも中央に服従する地方という図式は通用しない。むしろ反中央という立場から原子力発電所が選び取られたこと、国会議員や有力政治家を巻き込んで常磐炭田以来のエネルギー立県として地域を振興しようとする地元の意識が認められ、さらに開沼が多くのインタビューを重ねた民選6代の知事である佐藤栄佐久は原子力発電所の安全性をめぐって、国や東京電力と熾烈な闘争を続けたことが明らかとなる。提起される問題は多いが、私が関心をもったのは反対運動の先頭に立っていた指導者がある時期から原子力発電所を推進する立場に転じるという転向の問題だ。本書では反対運動の住民代表から原子力発電所の増設運動さえも公言する推進派の町長へと不可解な転身を遂げた双葉町の町長、岩本忠夫の事例が検証されている。ここで開沼は原子力発電所をめぐる二価コードが推進/反対というそれから愛郷/非愛郷へと転じることによって、転向を容易にしたという注目すべき指摘を行っている。岩本の二つの言葉が残されている。一方は反対運動の中で東京電力の社員に伝えた「あんたたちは、いずれはここからいなくなるからいい。だが我々は一生この双葉地方で生きていかなくてはならない。子供や孫の代を考えれば、一層、不安をかきたてられる」という言葉であり、もう一つは町長としての最後の任期に残した次の言葉だ。「私はどんなことがあっても原子力発電の推進だけは信じていきたい。それだけは崩してはいけないと思っています。それを私自身の誇りにしています。そこは東京電力も国もわかってくれとよく申し上げているのです。決して私どもの泣き言ではなく、原子力にかける想い、それが私の70歳半ば担った人生のすべてみたいな感じをしているものですから」この二つの言葉の間にある落差、そして3・11以後の苛酷な現実を思う時、私は言葉がない。さらに本書では触れられていない事実を一つ記しておこう。岩本は原子力災害後、「避難先」の福島市で7月に亡くなっている。私は鎌田慧の文章の中でこのことを知った。生まれた土地、そして子や孫を思って反対運動に身を投じ、一転して原子力発電への奉仕を人生の全てとまで言い切った岩本が人生の最期を原子力発電所から避難した先でどのような思いとともに過ごしたか。岩本が抱いた絶望は想像するにあまりある。このように一人の人間の人生を全く無意味なものへと変えてしまう非人間性が私は原子力発電所の本質だと考える。岩本の転向の一つの理由は長女が東京電力の社員と結婚したことであったという。政略結婚の陰謀とまでは考えたくない。しかし本書を読むならば、全てを金で解決しようとする東京電力という企業によっていかに地域住民のモラルが荒廃したかという点は容易に理解される。例えば福島県の市町村について一人あたりの分配所得格差を示した図が掲載されている。これを見るならば、原子力発電所が立地する沿岸地区が本来貧しい地域であるにもかかわらず、ある時期より異様に所得が増え、近年再び逓減する状況がみてとれる。いうまでもなくこれは立地にともなう交付金等の収入によるものであり、この状況が単に福島のみならず日本全国でも看取される点は、やはり本書中に掲載された市町村別の財政力指数上位30自治体の表を見ても明らかだ。観光地や自動車産業はともかく上位の大半を原子力発電所が立地する市町村が占めていることに私はあらためて驚いた。電力会社が地元住民の懐柔のために湯水のごとく資金を投入し(いうまでもなく私たちが支払う電気料金が形を変えたものだ)、先に触れたJヴィレッジのごとく、それらの市町村にとって過大な施設が次々に建設される。原子力発電所は計画から建設時には多くの労働力を必要とし、莫大な資金を地域にもたらす。出稼ぎに頼っていた人々が雇用を得て、あるいはアメリカからジェネラル・エレクトリック社の社員とその家族が移住してしばらくの間作業に従事する。安定した雇用と地方でありながら、最先端の技術に浴しているというプライドが地域にもたらされたことは当時の証言からもうかがえる。しかしそれもつかのま、次第に地域に投下される資金は減り、電力会社のいうままに新しい関連施設の建設を続けなければ、地域の経済自体が維持できないという状況が明らかになっていく。以前より指摘されていたことであるが、原子力発電という営みは一度始めたら決してやめることができないという意味で麻薬に喩えられる。開沼もこのような機制をaddict、つまり中毒ないし依存症という言葉を用いて分析している。開沼の議論は原子力発電所に対して中立であるが、それが本質的に反社会的な施設であり広範な人心の荒廃をもたらすことは行間から明確に浮かび上がる。
 第Ⅰ部の前提、第Ⅱ部の分析に基づいて、第Ⅲ部の考察では再び議論が一般化、抽象化され、原子力発電所をとおして明らかになった中央と地方の関係の変化が総括される。開沼は三つのフェイズを提起する。まず明治から第二次世界大戦へといたる時期、日本は植民地を獲得していたため、地方においては官選知事による中央の支配と地方の権力構造が併存しえた(外へのコロナイゼーション)。しかし敗戦によって植民地を失うことにより、地方が外地を代替することとなり、新たな中央集権体制が確立されていく(内へのコロナイゼーション)。原子力発電所という忌まわしい施設が地方という新たな外地に導入され、そこで生産された電力を中央が享受するという図式はこのような状況を象徴している。開沼の見立てではこのような状況は経済成長を背景に1995年頃まで続く。最後に1995年以後、経済の停滞と新自由主義の台頭をメルクマールとして地方と中央の関係は転機を迎える。地方に変わってムラが直接に中央に対して、「自動的、自発的に」服従し、権力に対して貢献する。(自動化、自発化されたコロナイゼーション)つまり今日においてはもはや「地方」という媒介者をもたずとも「原子力ムラ」は中央へ隷属するという自らの役割を内面化したのである。コロナイゼーションという言葉が多用され、しばしばガヤトリ・スピヴァクが引用されることからも推測されるとおり、本書の問題意識はポスト・コロニアリズムと深く結びついている。私はこれらの主題について深い知識をもたないので、開沼の議論の妥当性についての判断は今は措く。しかしこのような三つのフェイズを考える時、植民地を前提とした戦前は論外としても、中央と地方がイコールパートナー(本書の中にあるとおり、この言葉は佐藤栄佐久がしばしば掲げた理念である)として拮抗しうる可能性があった95年以前と、もはやパートナーとしての地方さえ存在せず、中央に対して自動的に服従する「ムラ」が一方的に収奪される95年以降の状況(収奪の効率性は新自由主義という名で美化される)のいずれになおも救いがあるかは明らかであろう。小泉「改革」と新自由主義の進展の中で地方がかつてないほど疲弊し、ただ中央に奉仕するための「ムラ」に分断された地域社会が壊滅的に破壊される状況に本書は新しい角度から光を当てているように感じられる。
 考えてもみるがよい。あれほどの惨事を引き起こし、原子力災害のために10万人近い人々が今なお流亡し、無数の家庭が引き裂かれながらも、今日にいたるまで東京電力はもちろん、〈原子力ムラ〉の政治家、官僚、学者の誰一人として責任をとっていないのだ。なぜこのようなことが許されるのであろうか。確かに原子力発電所自体は春には全基が停止する可能性がある。しかし事故の直後には当然の帰結と考えられた原子力発電所の全面廃止への道筋は全く立っておらず、隙があれば何事もなかったかのように原子力発電所は息を吹き返すだろう。村上龍ではないが、この国には希望がない。学術的な論文でありながら、あらためて暗澹たる思いとともにこの本を閉じた。
 
by gravity97 | 2012-01-16 20:41 | 思想・社会 | Comments(0)