2011年 11月 12日
やなぎみわ「1924 海戦」

案内嬢たちに先導されて、観衆は狭い通路を通り、舞台装置の脇を迂回するかたちで客席に導き入れられる。舞台には見覚えがあった。吉田謙吉によって制作された舞台装置は、このブログでも触れた「日本の表現主義」展において紹介されていた。公演に先んじてワークショップの中で制作された舞台装置は一世紀近く以前に制作されたそれを模している。すでにこの時点で私たちが立ち会うのは芝居の中の芝居、一種のデジャ・ヴであることが暗示されている。開演までの間、例によって案内嬢が登場し、会場である神奈川芸術劇場の設備について解説する。ただし前作を見た観客であればともかく、初めてやなぎの演劇に接する観客にとってなぜここで案内嬢が口上を述べるかは必ずしも明確ではなかった気がする。
冒頭に近い場面に登場するのは案内嬢ならぬエレベーターガールである。やなぎの作品に見慣れた者にとってこれもまたデジャ・ヴの情景である。舞台に映写される映像の中で土方はエレベーターガールとともに日本で最初に電動式のエレベーターが設置された浅草凌雲閣をリアリズム演劇の階から表現主義演劇の階へと上昇していく。エレベーターというやなぎらしい小道具を介した垂直方向の移動とともに、物語は時間的な経過という水平方向のベクトルも兼ね備えている。震災によって灰燼と化した帝都東京に新しい劇場を建設するまでの時の流れが、震災後初めての冬を迎える現在の私たちの現在と同期していることに不思議な感慨を覚える。エレベーターガールに導かれて廃墟と化した東京を目撃した土方は直ちに小山内薫とともに演劇の革新を期して築地小劇場を創設し、「海戦」を含む三つの翻訳劇によって出発する。土方を理論的に指導しながらも何かにつけて金策を依頼する小山内との掛け合いは笑いを誘う。両者の関係は史実に基づいているだろう。この舞台では震災から1924年6月14日の築地小劇場開場にいたる濃密な日々がさまざまな出来事のコラージュとして綴られていく。
水兵の扮装をした俳優たちの舞台稽古に始まる「海戦」は前作と同様、一つの制約の中に成立している。「Tokyo-Berlin」では美術館の中で演劇を上演するという試みが必然的にもたらす空間的な制約が存在した。多数の一般来場者でにぎわう現実の美術館の空間の中に演劇という虚構の空間をいかにしして挿入するか。これに対して今回は歴史的事実という、あえて言えば時間的な制約が演劇の内容を規定する。物語が進行する中でいくつもの事実が開陳される。例えば陸軍大尉であった土方の父はロシア皇太子が来日した際に平服で儀式に出席したことを指弾されて自殺し、土方に強い影響を与えたプロレタリア作家平沢計七は関東大震災の混乱の中で官憲によって虐殺されたらしい。「Tokyo-Berlin」における空間的制約が観衆にとって明示的、換喩的に内容を規定したのに対して、「海戦」における時間的制約は共示的、暗喩的に演劇の内容に介入する。一方でやなぎは登場人物たちの会話の中にツイッターを折り込み、i Padを通して土方と小山内が対話するといった遊び心も忘れない。
前回のモホイ=ナジに代わり、この舞台ではメイエルホリドが土方たちに語りかけ、彼が提唱したビオメハニカなる俳優の肉体訓練が舞台の上で繰り返される。土方はベルリンからの帰路、モスクワで実見したメイエルホリドの舞台に刺激されて築地小劇場を構想した。しかし築地小劇場の精神的支柱ともいうべきメイエルホリドは革命の中であっけなく銃殺されたことが劇中で暗示される。幾度となく映示されるタトリンの《第三インターナショナル記念塔》のシルエット(このシルエットと東京スカイツリーのシルエットが重ね合わせられることからも劇中で1924年と2011年がいわば折り返されていることは理解できよう)が示すとおり、ロシア・アヴァンギャルドへの関心は政治と芸術、革命と芸術の関係などと並んでこの三部作を通底するテーマである。ロシアにおいて革命が芸術を圧殺したように、築地小劇場に集う自由な精神の上にも時代が暗い影を落とす。舞台の上で練習に勤しむ俳優たちに対して、客席から練習を中止するように憲兵の声が飛ぶ。舞台ではなく客席で時に土方が俳優たちを指導し、時に憲兵が上演中止を命ずるという演出は劇中劇という本公演の本質をみごとに視覚化している。劇中、土方と小山内の二人は固有の名前をもつが、白い水兵服を身にまとった俳優たちは個性をもたず、時に小山内らが批判するレアリスム演劇の指導者、時に大臣を歴任した土方の祖父、時に憲兵を演じる。このような匿名性を大衆の暗喩とみなすことはやや強引であろうか。
ゲーリングの「海戦」は第一次世界大戦におけるユトランド沖海戦をテーマとしているという。やなぎはこれを日露戦争における日本海海戦と読み替えて、新しい解釈を与える。この場面は1924年と2011年、現実と虚構が入り乱れる本公演の核心といえるかもしれない。土方の「海戦」は絶叫と轟音が支配し、早口ゆえに「台詞が聞き取れない」と批判されたという。今回の公演でも圧巻と呼ぶべき終盤の場面を念頭に置くならば、やなぎはこのような批判をあえて踏襲する演出を試みているように感じられる。実際に築地小劇場で演じられた「海戦」の伊藤武雄訳によるオリジナルの脚本も残っているであろうから、おそらく初演の模様は今回の「1924 海戦」にも部分的に再現されているだろう。どの部分がいかなる意図のもとに抽出されたかも気になるところである。劇中劇という演出のみならずこの劇は全体として錯綜するコラージュとして成立し、数多くの引用がなされている。一例を挙げるならば、水兵たちが甲板のうえで繰り広げる群像のシルエットはジェリコーの名高い《メデューサ号の筏》をほぼ正確に反復している。最初、私は偶然の一致かと考えていたが、当日渡されたミニガイドを読み返してみると、人名と事項の一覧の末尾に確かにジェリコーの名も掲げられている。さらにこのミニガイドを通読するならば、はるか成層圏の彼方まで上昇するエレベーター、あるいは「革命は北方に吹く風か」といった劇中で何度となく繰り返されるフレーズなどがいずれもロシア、あるいは大正文化と深く結びつていることが了解される。作者のこのような企みに気づくならば、「海戦」の奥行きはさらに広がるだろう。しかし余分な知識がなくともこの舞台は俳優と映像、そして魅力的な様々の舞台装置が一体となった一つのスペクタクルとして十分に楽しむことができる。劇作家、演出家そして舞台美術家の三つの役割を兼ねつつ初めて本格的な舞台に挑んだやなぎの驚くべき才能にあらためて感服した。
大正新興芸術のきらめきは震災を機に統制を強める国家主義の中に呑みこまれていった。社会主義者への弾圧や治安維持法、劇中のいたるところに私たちは暗い時代の予兆を読み取ることができる。果たしてそれは私たちの生と無関係なのだろうか。まだ軍靴の音こそ聞こえないが、震災に金融不安が追い打ちをかけ、独裁を称揚する愚劣なポピュリストが跋扈する現在と「1924」との間に不気味な暗合を感じるのは私だけではないはずだ。