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今回の特集の新機軸は冒頭の対話と二つの論文にある。すなわち女性の批評家によるジェンダー論の提示である。巻頭の「中上健次を更新する」という対話は渡邊英理と内藤千珠子という二人の女性研究者の間で交わされ、このうち渡邊にはすでに「中上健次論」という著書がある。再開発という視点から路地の消滅を論じた研究ではなかったかと記憶する。内藤の名は初めて知った。確かに今まで中上をめぐる批評は大半が男性によってなされてきた。私が記憶する限り、関係者の懐旧談に類した内容を除いて、女性が正面から中上を論じたのは渡邊が初めてではないだろうか。中上についてはなんといっても柄谷行人、そして浅田彰、蓮實重彦、渡部直巳といった『批評空間』の関係者、あるいは今号にも参加している四方田犬彦、奥泉光といった手練れの批評家によって批評の骨格とも呼ぶべき枠組が作られてきた印象がある。もちろん彼らは先端的な批評理論に精通しているから、当然フェミニズムやジェンダーといった視点も加味されていた。しかしながらやはり女性が論じることによって読みが変わると感じたのは、父と子の物語として論じられがちな秋幸三部作をアニたちの物語として複数化し、男性原理の破綻としてとらえる発想や自死した郁男そして秋幸を男性原理ではなく、それへの反逆ととらえる発想である。中上には『軽蔑』や『鳳仙花』といった女性を主人公にした優れた作品もあるが、そちらの系統ではなくむしろマッチョな路地と路地の解体を主題にした小説に女性的な原理の伏在を確認する視点は女性ならでは(という表現は本質主義的であろうか)といえるかもしれない。彼女らはこの対話に続いてそれぞれが中上についての論考を寄せているのであるが、興味深いことにはいずれも『奇蹟』をテーマとしている。この小説と女性原理との関係としては直ちにオリュウノオバが連想されようが、ここでも主題とされるのは夭逝を遂げた男たち、タイチやイクオであり、彼らの死によって二人がそれぞれの論考のタイトルに掲げた「内戦」と「ファシズム」の暴力が回避されると説かれる。試みに二つの論考の末尾の文章を渡邊、内藤の順に書き抜いてみる。
そのような呼びかけの言葉としての『奇蹟』とは、「戦後日本」とは異なる、差別がなく支配もない別の文化圏、反差別で無支配の別の「諸文明」を創造/想像する社会実験と遊戯性が豊かな企てへ、わたしたちを誘う言葉の群れである。
だが、心地よく物語に吸収されることを、小説の言葉は失調させ、破綻させている。小説の言葉か明らかにする物語の呪縛力、フィクションの効果を思考することは、世界を損傷させるファシズムの回路から隔たる道につながっている。
二人の思考の理路は原典にあたっていただくことにして、私なりにまとめるならば、二人がともに指摘するのは中上の小説が、安易な物語に回収されがちな「歴史」あるいは「陰謀論」に徹底して抗している点をまさに現在の問題として提起することであろう。なぜ、現在の問題か、いうまでもない、私たちは今、女性としては最初、品性としては最低最悪の宰相が陰謀論を振りかざして日本をずたずたにしようとしていく局面を目の当たりにしているからだ。自分たちが置かれた状況についてかくも明敏な省察を中上という一筋縄ではいかない作家の研究として提起しうる点に、私はヴァルネラヴィリティ(傷つきやすさ)を原理としたフェミニズム批評のアドヴァンテイジを確認するとともに、ファシズム前夜とも呼ぶべき現在について、女性独特の(これまた本質主義的か)鋭い警戒感をうかがうことができるように感じたのである。 柄谷行人の回想風のエッセーをはさんでいくつかの論考が続く。山林と関連づけられがちな中上の世界を海、そして実際に紀州の海村で発生した家族殺しと関連づけて論じる松田邦子の論考、蓮實に倣って小説と物語を峻別したうえで、中上と三島由紀夫を対置する梶尾文武の論文などは初めて読む書き手による刺激的な考察であった。最初の対話の中で渡邊と内藤が対話に続くそれぞれの論文がいずれも『奇蹟』をテーマにしていたことに驚いたと記しているから、この特集に収められた論文の大半は、取り上げる小説も含めてテーマについては具体的な要求なしに執筆されたと考えられるが、その時、中盤に配置された五つの論文(吉増剛造の詩を入れれば六つのテクスト)がいずれも『異族』をタイトルに掲げている点には驚きを禁じ得ない。知られているとおり、『異族』は未完でありながら、中上最大の長編であり、その内容たるや「路地」が消滅した後に、フジナミという街と東南アジアに散種された青痣のある朋輩たちが繰り広げる疾走感に満ちた、しかしいつになく平板な物語なのである。実際、渡邊英理はこの小説について「登場人物に共感を覚えることは難しい。(中略)登場人物があまり類型的に過ぎるからだ」とコメントしており、私の感想も同様だ。この小説では人種も国籍も違う若者たちが次々に登場して、暴力沙汰や殺人を犯すのであるが、初読時より、なんとも上滑りな印象が拭えなかった。知られているとおり、秋幸三部作「岬」「枯木灘」「地の果て 至上の時」においては「路地」に生まれ、複雑な家族関係のある秋幸が異母妹と交わり、異母弟を殺し、父と対峙するというギリシャ神話的な悲劇の中で、秋幸の根拠地である被差別部落「路地」が解体され、更地とされていった。これと並行してオリュウノオバという語り手たちが夭逝した「路地」の朋輩たちについて語る「千年の愉楽」と「奇蹟」というそれこそ奇跡のように美しい一連の小説が存在する。一方、「路地」が消失した事後譚としては、「路地」の遍在を暗示するかのように、オバたちをトレーラーに乗せてアニたちが日本各地を遍歴する「日輪の翼」とアニたちの一人が「性のサイボーグ」として登場する「讃歌」という二編が突出しており、ほかの多くの小説もかかるマトリクスのどこかに位置を占めるものであった。しかし『異族』の異様さはこのような平面と全く交わらない点にある。作品自体が未完であったこともあり、これまでも批評家たちがこの作品をどう扱えばよいか考えあぐねていた印象があるが、本特集に収められた論文は人種と譬喩、同時代のアジア、青痣をめぐる「路地」との接続と断絶といった独特の視点からこの扱いにくい小説に光を当てている。小説としては平板で、八犬伝の本歌取りとも呼ぶべき悪しき意味における物語性の強いこの作品がかくも多様な問題を提起するという点は私にとっても意外であったし、再読する必要を強く感じた。 「文芸漫談」として演じられた奥泉光といとうせいこうの対談も非常に刺激的だ。漫談というタイトルに反して、この対話でなされるのは「地の果て 至上の時」の精緻なテクスト分析である。とりわけ人称の問題は興味深い。この小説の読みにくさの一つの原因は語り手がしばしば変わる点に求められるが、奥泉といとうによれば、この小説の中には二箇所だけ超越的な語り手が登場するという「テクスト的現実」がある。それらは秋幸を小説内に導入させる役割と退場させる役割を果たしているという。さらに秋幸とともに山行するモンという語り手による語りがクライマックスの部分に効果的に使われている点、さらに小説中に登場する文字の書かれた紙切れが作者である中上の有名な集計用紙に書き込んだ原稿ではないかという推測、つまり小説と現実のメタレヴェルでの交渉についての指摘も興味深い。全集の解説を担当した経験のある二人の中上読みのエキスパートたちによる充実した対話となっている。 続いて若い小説家たちによる中上体験についての文章がいくつか。そして「千年の愉楽」を海外移民との関係から論じた論考が掲載されている。実際に中上の小説を読むと「オリエントの康」とか「ラプラタ奇譚」とか奇妙に日本人らしくない名前や海外の地名が頻出するが、「路地」が消滅した後、それが世界中に播種されていく過程で移民政策が機能したという指摘も興味深い。そして紀州がこのような移民の多くを送り出した地であったことについては以前、このブログで論じた和歌山県立近代美術館における展覧会のレヴューなども参照されよう。先に触れた「異族」における水平移動もこのような前提を確認するならば決して不自然ではない。続く論考では中上と大江の関係が論じられる。両者の共通性と相違については私も以前から気になっていた。「路地」と「谷間」という根拠地への徹底的な拘泥、読みにくい文体という点でも両者は一致する。この論文の書き手である菊間晴子によれば大江が依拠し、山口昌男らが主張した中心/周縁というモデルに対して、中上はそれが再び物語にからめとられることに意識的であり批判的であったという。二人とも天皇という主題に深くコミットしているが正反対とも呼ぶべきその関わりはこの点に関わっている。先ほど生原稿の問題にも少し触れたが、修正に次ぐ修正で真っ赤になった大江の原稿が執筆過程の呻吟を伝えるのに対し、集計用紙にびっしりと書き込まれた中上の原稿がほとんど修正なく、一気呵成に描かれた点も実は作品の内容と関わっている気がする。 巻末に近い箇所に二人の日本人ではない寄稿者の論考が掲載されている。ヴィエノラ・オスカリというフィンランド人と寧宇という中国人だ。検索してみたが、寧宇という書き手が中国、台湾のいずれの国籍に属すかはわからなかった。フィンランドで中上が読まれているというのは一種のシュルレアリスムであるが、オスカリは自らの生地である南ポフマンヤーという地域と紀州の共通点を論じ、自分が中上をいかに受容したかを語るエッセー風の文章を寄せている。寧宇の論考は中上の初期短編「19歳の地図」をテーマとした作品論であり、日本語でも相当読みにくい中上の小説を、日本語を母語としない研究者が的確に論じている点にまずは驚く。本書には巻末に作品解題が掲載されており、それぞれ的確に作品の内容と中上の小説世界における位置が説明されているのであるが、この解題を中心になって執筆しているのが、この二人、とりわけ寧宇なのである。いかなる意図のもとに二人に解題の執筆が依頼されたかは判然としないが、中上が世界文学に登録されつつあることの証明なのであろうか。世界に拮抗する中上、確か1986年、「前衛芸術の日本」がポンピドーセンターで開催された折に、関連して企画されたシンポジウムの席上においてフォアグラと松坂牛の霜降りをめぐってジャック・デリダと中上の間で交わされた議論は名高く、今回の特集に収められた論文の一つでも引かれているが、それから40年が経過した。フォークナーについては今回も多くの論文において言及があったが、ヨクナパトーファと路地、徹底的にローカルな主題が普遍性へと転じるという逆説を通して、中上文学も今や世界文学の上に屹立しているとはいえないか。 #
by gravity97
| 2026-06-02 20:42
| 日本文学
|
Comments(0)
![]() 私たちは民主主義と自由が両立する価値であると信じている。さらに言えば、「共産主義国家」を念頭に置く時、それらは資本主義と比較的親和性が高いようにも感じていた。しかし今世紀に入って、これらが別々の価値であり、その中でも資本主義が暴走して、まさに世界を破壊していることが明らかになりつつある。その兆候は世界中で明らかであるが、興味深いことには、それらは一見全く繋がりのない場所で認められるのだ。本書は章ごとに一つの地域をテーマにして語られるが、その地域たるや香港、ロンドン、シンガポール、バントゥースタン(南アフリカ)、リヒテンシュタイン、ソマリランド、ドバイ、ホンジュラスと脈絡を欠いているのだ。つまり著者が「破壊系資本主義」と呼ぶ状況は世界で同時的に発生し、まさに悪性の腫瘍のごとく広がりつつある。それらはゾーンと呼ばれ、タックスヘヴン、経済特区、輸出加工区、外国貿易地域といったさまざまな別名をもち、多くは有刺鉄線で囲まれて人々が低賃金で働く製造現場である。冒頭でスロポディアンは具体的な地名を挙げて特定しているが、その中には「神奈川県藤沢市の一角」という表現もある。共産主義の終焉とともに新たな国民主権国家が次々に誕生した。同じ時期にこれらの国民国家と肩を並べるくらいに勢力を伸ばしてきた領域がゾーンであるというのが著者の見立てだ。最初の章でトランプの盟友であり、先日、来日して高市と会談したベンチャー投資家ピーター・ティールの象徴的な言葉が引用されている。「私はもはや自由と民主主義が両立するとは思っていない。自由至上主義者(リバタリアン)が取り組むべき大仕事は、あらゆる形態の政治から逃れる方法を見つけることだ」私たちはここで今日、世界の崩壊を先導するリバタリアンたちに出会う。 まず初めに論じられる土地は香港だ。冒頭でいきなり私たちは不吉なファーストネームを目にする。グーグルのソフトウェア技術者、パトリ・フリードマン、パトリの祖父はかつてシカゴ大学で経済学を講じて、アメリカによる世界各国での独裁政権誕生と民衆弾圧に理論的バックアップを与えた経済学者ミルトン・フリードマンである。彼についてはこのブログで論じたナオミ・クラインの『ショック・ドクトリン』などを参照していただきたいが、ミルトンも早くから香港という場所の特性に関心をもっていたという。香港はイギリスへの租借地という特殊な状況によって、中国という共産主義国家の一部でありながら経済的な一つの単位として成立していた。言い換えるならば香港は植民地状態が継続中という異常な環境下において持続された自由主義経済であったが、そこにフリードマン流の自由と統制、資本主義と一党独裁という相矛盾した要素の結合を見出すことは不可能ではない。実際に私たちもやや奇妙に感じたが1997年の中国返還後も香港は共産主義体制に復帰することなく、資本主義の一つの旗頭として自由主義経済に君臨した。このモデルを中国共産党はさらに押し広げる。香港に隣接する深圳というゾーンに海外から多くの資本を呼び込むことによって国家の力で経済的に自由な特区を開設したのだ。深圳特区の繁栄については私たちも知るところであるが、一方で私たちは香港における自由主義の徹底的な弾圧が現在も続いていることを忘れてはならない。シカゴ・ボーイズが政治顧問としてチリやインドネシアで行った人権侵害と経済成長のパッケージなんと今世紀においては共産主義政権下の大国で続けられているのである。それどころかフリードマンは「持ち運び可能な(ポータブル)香港」という概念さえ提唱する。香港を一つの場所に縛られず、別の場所でも自由に復元できる、持ち運び可能なテンプレートに変えたのである。以下、本書では世界中に構築された無数の香港について語られることとなる。 香港の成功はまず宗主国、イギリスのロンドンに持ち込まれる。サッチャー政権下におけるロンドンの改造の主眼となったのは、それまで金融の中心地であったシティに代わる新たなゾーン、「テムズ川河畔の香港」と呼ばれるカナリーワーフと呼ばれる経済特区であった。サッチャー政権は最初の予算で11か所のエンタープライスゾーンを認可し、そこでは建築認可の取得は不要であり、地方税は免除、商業ビルは資本控除というリバタリアンたちにとって夢のような条件が与えられた。サッチャー政権が推進した労働組合潰しもこの過程と深く関わっている。この地域は必ずしも十分な発展をみなかったと本書は記述しているが、この過程で地元の自治体の協議会は廃止され、都市開発が著しく容易になった。結果としてこの地域には有名建築家による無数の超高層ビルが林立し、威容を誇るエリアになった。これらの超高層ブランドビルは完成前に不動産見本市で売買され、民主主義なき資本主義の二大巨頭、中国とカタールによって所有されることとなった。この章の中には同様の不動産の税制操作による資産形成の代表的富豪としてアメリカの現大統領の名前が挙げられている。続いて論じられるのはかかる自由特区による経済運営の最大の成功例、シンガポールである。グローバル資本主義の典型とも呼ぶべきこの島嶼国のアドバンテージはマラッカ海峡に面する立地にあるが、シンガポールは早くから資源の国内調達を切り捨てて、高い技術による多国籍企業の下請けという「スタートアップ国家」へと転身した。もちろんそこには特区的自由主義によって投資を引きつけ、高い経済競争力を樹立する国家的戦略が存在しているが、スロボディアンは裕福な国民たちの生活が資源同様に海外から調達され、多くが建設と家事労働に携わる無数の外国人労働者の存在によって支えられている点を記すことを忘れない。 同じ状況、さらに過酷な状況はバントゥースタンと呼ばれる南アフリカ自治区でも認められる。かつて白人による残忍な人種差別政策、アパルトヘイトが施行されていたこの国は、独立自治という潮流に乗っていることを証明すべくいくつかの黒人の自治区を設定する。これに目をつけたのがリバタリアンだ。興味深いことにミルトン・フリードマンは1976年にケープタウンで講演を行なっている。本書で論じられる多くの場所にフリードマンの足跡が認められることは、新自由主義と「破壊系資本主義」の親和性を暗示しているだろう。スロボディアンはホスト国、ここでは南アフリカが外国と認定する地域、輸出加工区(同じ場所がかつては租界と呼ばれていたことにも留意しよう)EPZとして急成長したシスカイと呼ばれる自治区に焦点を当てて、それが差別と搾取の温床であることを明確に論じている。シスカイは増殖する。別のシスカイ、白人による自治区オラニアは単なるゾーンとしてではなく、人種差別主義、白人至上主義者のユートピア(ディストビア?)として世界中の右派から注目を浴びる存在となった。続く二つの章ではかかるゾーンのミニチュア版とも呼ぶべき閉鎖的な共同体、いわゆるゲーテッド・コミュニティの隆盛と「無政府資本主義」の成立を主にアメリカを舞台に描く。富裕層は閉じられた地域に立て籠もり、警備や教育を自前でまかない、国家の介入を認めず、必要としない。むろんそれを可能としたのは莫大な富の蓄積と偏在である。さらに国家自体がこのような権益を生むシステムと化した特殊な事例としてリヒテンシュタインとソマリランドが検討される。まずリヒテンシュタイン、この小国の君主は世界四番目に裕福な資産家であり、かつリバタリアンの理論家であるリヒテンシュタイン公ハンス・アダム二世という人物であり、この国もまた資本を最大限に開放しながら、市民を増やすことを拒絶していた。結果としてコロンビアの麻薬王パブル・エスコバルやフィリピンから追放されたフェルディナンド・マルコスといったいわくつきの人物のブラックマネーが流入したという。驚くべきことに、この国には1984年まで女性に選挙権がなかった。リヒテンシュタインは一種のゾーンとしての国家というきわめて特殊な在り方を示しているが、グローバリズムの進展にともない世界経済の一体化が進む一方で、少数派による分離独立運動や民族主義運動の正当化を受けて、リバタリアンたちが夢見た、経済が国家の統制を受けない共同体もその成立の根拠を与えられた。リヒテンシュタインが国家の体裁を保っていたのに対し、国家機能を失った地域で自分たちの理想とする無政府資本主義の制度を運用しようとしたのが、かつてイギリス領とイタリア領に分割されていたアフリカの小国、ソマリランドであった。オランダ人弁護士で筋金入りのリバタリアン、マイケル・ファン・ノッテンという人物は慣習法を利用して国家なき社会に秩序を与え、政府のないゾーン、一つのネットワークを設立する。正直言ってここで語られる国家なき社会のイメージを思い浮かべることはかなり難しい。氏族社会としての一体性、民族や言語の同一性といった非常に特殊な事情がそれを可能にしているのであろう。逆にいえば資本主義が国家の手から逃れることは相当に困難であり、その中で最大の利益を引き出そうとするのが「破壊系資本主義」であるということであろうか。 香港、シンガポールと並ぶゾーンの中心として最後に登場するのがドバイだ。ペルシャ湾岸に位置する首長国は今や世界中の豪奢を集めた異様な都市としてその姿を現している。その異様さはオイルマネーを湯水のように用いた壮大極まりない都市として、巨大な埋め立て地として、さらにそれらが建設される想像を絶した速度として私たちの前に示される。何がそれを可能としたか。首長国という名が示す通り、端的に独裁である。そこには国家や企業の利益を最優先として秘密警察や強制労働といった後ろ暗い体制がそれを支えるシステムが存在している。ドバイは投資家たちにとって夢のようなゾーンであり、流れ込む資金によって砂漠の中の壮大なオアシスのごとき都市国家が成立した訳であるが、それを可能としたのはやはり自国より高い賃金を求めて流入し、権利亡き状態で使役される移民労働者たちであった点はほかのゾーンと変わることはない。具体的な地名ととともに論じられる最後の場所は中米、ホンジュラスだ。リバタリアンたちはこの国にチャーター・シティという可能性を見出す。チャーター・シティとは貧しい国に無人の土地を提供させて、その土地を豊かな国が運営するというものであるが、もちろんもはや国である必要はない。ホンジュラスにはシリコンヴァレーの投資家たちが大挙して押し寄せる。しかし無人の土地を提供させるという前提自体が怪しいではないか。そこに現れるのは、私たちがラテンアメリカ文学を通して繰り返しなじんできた独裁者と独裁政権、クーデターや諜報機関の暗躍、虐殺と収奪の最新版にほかならない。 テック企業とリバタリアンは親和性が高い。最後の章で語られるのは、もはや土地さえ必要としないメタバースにおけるゾーンの拡大である。スロボディアンはコロナ禍という非常事態がこの状況を加速させたとみなす。ここでは急進的なリバタリアン、パラジ・スリニヴァサンが提唱する「クラウド国」なる概念が説明される。ビットコインやブロックチェーンと関係づけられた議論は私には抽象的すぎて理解できなかったが、インターネットを介して仮想通貨が流通する現在、おそらくそれは抽象化された国家、抽象化された資本主義の一つの極限であろうし、それが自由と民主主義とも縁遠いものであろうことはおぼろげに予想される。 多くの専門用語が頻出する本書は決して理解しやすいものではないが、具体的な事例が引かれているため、読みやすく、ここで論じられる問題の輪郭を想像することはさほど困難ではない。リバタリアンたちにとって、国家や民主主義は拘束にほかならない。彼らは正面から国家や民主主義に反抗するのではなく、その力を封じたゾーンという小さな抜け穴を作る。税金や制度といった枷がなければ、利潤は増えるであろうし、時に国家がそれを巧妙に回収する。香港やシンガポールはその成功例である。規則で縛られた世界に住む和たちは時にレッセ・フェール、全てが自由放任であることに魅せられる。しかしやはりそれは正しくないと私は考える。まず本書の中でも詳細に論じられているとおり、かかる無法によって裨益するのはごく少数の者であり、彼らは多くの弱者の犠牲のうえに自分たちの富を打ち立ている。このブログでレヴューしたいくつかの小説の中でこのような状況は活写されていたことが今になってわかるし、かかる分断がさらに広がりつつあることも明らかだ。ゾーンは独裁、暴力、支配、差別といった構造の温床である。しかし今日、私たちは例えばシンガポールやドバイといった地域をこのような問題とは無関係な一種のユートピア、あたかも最新のリゾート地のごとくみなしてはいないだろうか。この点は私たちの不正義に対する感度が鈍化していることを暗示している。さらに世界には自由放任としてはならない領域がある。それは教育や医療、文化や福祉といった人権と関わる問題だ。これらの領域を市場原理に任せることは人の尊厳と関わり、ディストピアへと道を開く。新自由主義が押し進めた「改革」がいかに現在の日本を荒廃させたかを想起すればこの点は明らかであるし、もはやそれが国是にさえなっていることは、最近の国立美術館に対する収益の要求と入場料金に二重化といった改悪からも明らかであろう。 最後に一つ、本書を読んで深く感じたことを記しておく。本書には建築家の名前も頻出する。香港に建設された44階建ての香港上海銀行はノーマン・フォスター、ロンドンの再開発に際してはI.M.ペイやシーザー・ペリ、さらにレンゾ・ピアノらが巨大オフィスビルや超高層ビルを設計し、ゾーンに次々に出現する巨大プロジェクトは有名建築家のショーケースのごとき様相を呈している。最終章の冒頭に登場するのはザハ・ハディド・アーキテクツのパトリック・シューマッハという代表である。あやうく東京オリンピックの新国立競技場の設計を任せることになりかけたこの建築事務所は広くアジア、それも民主主義体制ではない資本主義国の都市で多くの建築を手掛けている。シューマッハによると「そういう国では話が早い」、とりわけアラブ首長国連邦を自社の「研究開発ラボ」と呼ぶこの男は2018年に世界建築会議で自らの無政府資本主義のヴィジョンを発表するが、それは公営住宅と入手しやすい価格の住宅を全廃し、住宅の建築基準を撤廃したうえで、全ての道路、広場、公共空間、公園を民営化するというものであったという。確かにここには破壊系資本主義の本質が露骨に示されている。レンゾ・ピアノやザハ・ハディドの奇抜な建築はゾーンのランドマークにふさわしいし、私たちはこのリストに安藤忠雄を含む日本のスター建築家を加えることもできるだろう。しかしそれでよいのだろうか。かつてこのブログでもレヴューした『「らしい」建築批判』の中で飯島洋一はこのような建築をアイコン建築として批判した。確かに壮大なスケール、住居やレジャー施設を含む複雑な構造、そして何よりも莫大な建築費を前提としたゾーンの巨大建築は有名建築家ならずとも食指が動くだろう。しかしこのような建築に手を貸す時、建築家たちは本書の中で指摘されているさまざまな問題に目を閉ざさなければならない。もちろん建築設計はクライアントがおり、競争相手もいるわけであるから、仕事を受ける受けないについてはそれぞれが判断すればよい。しかしここには建築とは何かという哲学が関わっているのではないだろうか。私たちも近年、ゾーン建築と呼ぶべきいくつかの事案を目撃した。東京オリンピックに際しての隈研吾の新国立競技場、そして大阪万博におけるデザイン・プロデューサー、藤本壮介の巨大なリング構造である。私はまずいずれも前提となる事業が不正義であったと感じる。片や虚偽と贈賄で誘致された金まみれの祭典、片やカジノ建設の準備という目的を隠して無駄な税金を投じて開催された期間限定の馬鹿騒ぎ、前者については(隈ではなくザハ・ハディド案に対してであったが)槇文彦、後者については山本理顕が建築家という立場から激しい批判を加えたことは知られているとおりだ。私はこのような批判がきわめて妥当であると感じるが、ザハに代わる隈の国立競技場は建設され、大屋根リングをはじめとする万博建築についても当初は批判されたものの人気を集め、一部は残置されるという。思えば第二次安倍政権の成立以来、私たちはやった者勝ち、これまでは許されるはずがなかったふるまいや言葉がなかったことのように看過されるという事態に一体何度立ち会ってきただろう。これもまた最初に記した世界が壊れている印象を強め、私たちの無力感を強める出来事である。国際法を無視して次々に引き起こされる戦争や虐殺もそうだ。誰が悪いかは誰の目にも明らかだ。それにもかかわらず、メディアは最低限の批判さえすることなく、私たちの宰相は虐殺者に対して反吐が出るような媚態と阿りを重ねている。さすがに今年のヴェネツィア・ビエンナーレでは戦争や虐殺の当事国に対してさまざまな批判がなされていると聞く。私はリバタリアンたちには全く共感するところはないが、彼らは彼らなりの使命感やら目的意識に基づいて行動している点は理解できる。しかし表現に関わる者として私たちが彼らの側に立つかどうかは別の問題だ。美術であれ建築であれ、表現という行為は作品を通しての一つの態度表明であり、しばしば歴史によって審判される。シュペーアやテラーニを想起するがよいだろう。ゾーンに自分のアイコン建築を残す建築家たちは巨大なプロジェクトに関わることが、やった者勝ちではなく、後世にいかなる意味を持つのかという点にもっと意識的であってもよいはずだ。 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by gravity97
| 2026-05-18 08:44
| 思想・社会
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![]() カタログの冒頭に年表が掲げられているから対象とされる時期は明らかだ。年表は1945年から1963年、展示されている作品もほぼこの時期に制作されている。さらに作家の生年を確認するならば、1913年生まれの田中田鶴子を例外として、ほかの13人の作家は1923年から33年という一つのディケイドに含まれている。このことから理解できるのは、この展覧会に出品された作品の大半は同じ世代の女性の作家によって戦後まもなく、しかもおよそ30代の、比較的キャリアの浅い時代に制作されているという事実だ。かかる限定によって展示は女性作家の個展の羅列ではなく、明確な問題意識を示すことに成功している。14名の出品作家のうち、赤穴桂子と榎本和子、田中田鶴子については名前に見覚えがあるが、作品を見るのはおそらく初めてであったと思う。赤穴については夫の赤穴宏の作品をどこかで見た覚えがあり、珍しい姓であるからその「関係者」であろうと思った。榎本は全く初見の作家だ。田中田鶴子は日本やアメリカで開かれた抽象美術展への出品者として名前のみ記憶にあった。戦後美術を専門とする私でさえこの程度の認識であるから、彼女らの無名性については推して知るべしであろうが、同時に私は出品された作品が相互にかなり似ている点に関心をもった。何人かの例外を除いていずれもモノクロームの物質的な絵画が多く、しばしばストロークや筆触が留められている。これらの絵画を「アンチ・アクション」と題された展覧会で紹介することの矛盾は最初に述べた問題と関わるし、逆に極めて興味深い問題を提起するように感じた。 「アンチ・アクション」なる言葉の意味についてはカタログ巻頭の中嶋の論文の最初に説明がある。
「アンチ・アクション」とは、日本では男性の芸術家を中心に語られてきた「アンフォルメル絵画」や「アクション・ペインティング」に対し、女性の美術家たちの反応や応答、異なる制作による挑戦を論じるために筆者が考案した用語である。
つまり「アンチ・アクション」には女性性という含意がある。確かにポロックや白髪一雄の傍らに彼女らの作品を置く時、一定の距離は認められるかもしれない。しかし今回の展示の出品作に限っても、例えば江見絹子、田中田鶴子、多田美波、あるいは宮脇愛子らの作品はむしろアンフォルメル絵画との同質性を感じさせないだろうか。今引いたパッセージの中でアンフォルメルとアクション・ペインティングは同列に語られていたが、別の個所で中嶋は、アンフォルメルがジェンダーに中立的であったのに対し、時期的には少し後に導入されるアクション・ペインティングにおいては男性性が強調されることとなった点を指摘している。アンフォルメルはフランス人評論家ミシェル・タピエによって唱導され、タピエはしばしば来日して展覧会の会場で作家をピックアップした。タピエの評価は純粋に作品に即しており、日本語キャプションが読めないタピエが作家の性別に斟酌するはずもないから、中嶋が「アンチ・アクション」の中で論じた三人の女性作家のうちの二人、田中敦子と福島秀子はタピエの仲介を経て海外へ紹介されていった。この意味においてもアンチ・アクションという問題群は批評と深く結びついていた点を押さえておこう。 アンフォルメルからアクション・ペインティングへの展開が再ジェンダー化を伴ったという見立て自体は私も賛成する。しかし私の理解では50年代中盤においてアンフォルメルは一種の国際様式であったから、私はこの問題は日本のみならず世界的な規模での批評の蹉跌と関係しているのではないかと考えるのだ。そしてこの点は今回の展示をめぐることによっても理解される。すなわち1950年代の絵画においてはアクションとともにもう一つの可能性が試されていたのではないだろうか。それは物質という問題だ。出品作中、今述べた作家たちの作品において強調された画面の物質性、異素材の導入はアンフォルメルのもう一つの特質であるが、同時代の批評によって検証されることはなかった。興味深いことに物質の問題を徹底したのは具体美術協会の女性会員であり、今回の出品作家のうち、白髪富士子、田中敦子、山崎つる子らにおいても顕著であるが、出品作品が絵画に限定されているため、布や金属、電球やベル、ガラスといった異素材の導入は必ずしも明確ではなかった。しかしながら実は具体美術協会初期の活動において、男性会員以上に野心的な物質の導入を図ったのは女性作家であり、彼女らの作品こそがよく知られた「具体美術宣言」を裏打ちしていたのである。確かに物質に比べてアクションは派手でマッチョであるから論じやすい。アクション・ペインティングなる言葉が膾炙したこともあり、中嶋の言う「美術家の主体像がジェンダー化」されたというコメントは一定の妥当性がある。しかし会場で白髪富士子の作品を見るならば、誰もがジェンダー化以前の作品の過激さ、さらにいえば凶暴さを感じるのではなかろうか。同様の過激さは感電を恐れて誰もが装着しようとしなかったという田中敦子の「電気服」、あるいは彼女が1958年の「今日の絵画世界展」に出品した会場の床を覆い尽くす巨大な絵画にも認められるのではないだろうか。これらの作品は(「電気服」は後年再制作されたが)作品が失われていたため写真でしか確認できず、議論される機会も稀であったが、アクションにも比される過激さ、物質性、(身体に危害を与えるという意味での)攻撃性、あるいは作品の異様なスケールは、そもそも男性、女性のいずれにジェンダー化されるべきであろうか。「アンチ・アクション」は絵画のみを検討の対象にしたために、(もちろんそれは「アンチ・アクション」という論理構成からして当然であったが)かえって女性作家の作品がはらんでいたこれらの過激さを見落としてしまったとはいえないだろうか。以前、このブログの別の記事でも書いたとおり、今日、何人かの日本人女性作家が20世紀美術史に登録されているが、それは全裸パフォーマンスの草間彌生、「カット・ピース」のオノ・ヨーコ、ヴァギナ・ペインティングの久保田成子といった、いずれも身体ないし攻撃性と強く結びついた作家なのである。誤解なきように直ちに言い添えるが、私は「アンチ・アクション」という概念を否定するつもりはない。それは日本の戦後美術を検証するにあたってきわめて有効な作業仮説である。しかし展覧会というかたちで作品を召喚するならば、その限界もまた露呈され、逆に新しい発見があることを指摘しておきたいのだ。先に私は田中敦子の超大作や山崎つる子の金属を用いた作品が残されていないために議論されなかったと記した。例えば私は今回の会場で江見絹子と田中田鶴子をほぼ初めてみたのであるが、いずれも非常に質の高い仕事であった。カタログを確認したところ、いずれも美術館に所蔵されているから、知らなかったことは私にも責任があるが、おそらく常設展示でも展示される機会はまれであっただろう。つまりこれらの作品は残されていたにもかかわらず、女性作家であるがゆえに紹介される機会が少なかったのではなかろうか。これは美術館の政治学であり、直ちにジェンダーという問題が発動することは明らかだ。かかる問題を提起した点においても、この展覧会は美術館関係者必見の展示であると考える。 展示構成はともかく、カタログの掲載は五十音順であり、この点には女性作家を年代やグループによってあらかじめ色分けせず、個としてとらえようとする企画者たちの意図が明らかである。ただし会場をめぐると、少なくとも出品作を見る限り出品作家が明確に二つに分けられるように感じられた。それはキュビスムを経過しているか否かという区別だ。毛利眞美は堂本尚郎のパートナーであり、堂本より先にパリに渡り、アンドレ・ロートに師事した。近年、彼女の詳細な評伝が近年出版されてその生涯が明らかになるとともに、初期の作品が主要な美術館に収集されつつあるが、彼女の作品の変遷を見るならば、彼女がキュビスムの強い影響下にあることは明らかだ。ほかにも榎本、江見、多田そして福島らは明らかに分析的キュビスムを反映させた一連の絵画を遺している。一方で具体の三作家をはじめ、草間や宮脇の絵画にはこのような前史がない。むろん最初に述べたとおり、この展覧会は1950年代を中心として短い時期を対象としているから、それ以前に彼女らがキュビスムを研究した可能性はありうるが、この時期は彼女たちがデビューした時期でもあるから、私はここに一つの重要な示唆があるように感じた。すなわちかつて「日本におけるキュビスム」という展覧会が検証していたとおり、1950年代前半の日本の美術界ではピカソの個展を契機としたキュビスム・リヴァイバルが席巻していたはずだ。多くの作家がキュビスムの分節を画面に取り込もうとしていた時期に、それを飛び越えて新しい絵画へ到達した点にアンフォルメルの意義を見出すことはできないだろうか。展示から明らかなとおり、多くの場合、彼女たちはアクションではなく画面の物質性を経由してこのような新しい境地へと達したのであり、私はこの点にこそアンチ・アクションの意義があるのではないかと感じた。とりわけ草間と田中敦子の変貌はおそらくそれぞれの精神的な気質に基づいて、キュビスムを一顧だにすることなく新たな画面構造を創造した点において、あらためてアンチ・アクションの代表とも呼ぶべき強度のある絵画を制作している。 今回の展覧会は女性作家に関する別の問題にも光を当てている、今回の出品作で最も存在感を放っていた作品の一つは間違いなく白髪富士子の作品である。兵庫県立美術館と高松市美術館が所蔵する二点の作品は和紙の上にコラージュされたガラスの破片が塗りこめられたアグレッシヴな作品であり、この作品は関西以外では公開されたことが少ないはずであるから、今回の展示は彼女の評価を高めることは間違いなかろう。彼女は《白い板》という立体も出品しているが、カタログに収録された論文によると、この作品の制作にあたって彼女は4メートル近い板の長辺を縦向きにのこぎりで引いて分割するという荒業を行っている。テクストにもあるとおり、夫の白髪一雄の《赤い丸太》の制作に匹敵する力仕事である。私は生前の彼女に何度もお会いしたことがあるから、楚々とした印象とは似つかないこれらの作品を初めて見た際の衝撃はよく覚えている。ここにも先に述べた女性作家たちの思いがけぬ過激性、暴力性が認められる。しかし問題はその先だ。これほどの才能の作家であるにもかかわらず、彼女の遺した作品は私の知る限り10点にも満たない。なぜなら彼女はある時期より、夫である白髪一雄の補助に徹したからである。白髪一雄のフットペインティングの制作を記録した有名なフィルムの中にはカンヴァスの上を滑走する一雄の傍らで、絶妙のタイミングで絵具の塊を配置していく富士子の姿が記録されている。もちろん本人が進んでかかる献身を捧げたのであるから、私たちは二人の関係になんら容喙すべき立場にはないし、この力関係が必ずしも絶対的でないことは、ちょうどこの二人の役割を反転させた二人の作家、本展にも出品している田中敦子と、やはり才能ある作家として具体美術協会の活動の初期には重要な作品を発表しながら、ある時期から彼女のマネージャーの役割に徹したパートナーの金山明を連想すれば直ちに理解できよう。しかし女性作家が作品を制作するにあたって、パートナーとの関係が死活的に重要である点は、やはり妊娠を機に制作を断念した堂本尚郎の妻の毛利眞美、あるいは磯崎新の妻である宮脇愛子といった作家たちの展開を考える時、明らかであろう。さらに私は今回初めて作品を見た榎本和子が批評家東野芳明の妻であったことを初めて知った。東野は「女が彫刻を叩くとき」というエッセーで1968年のプライマリー・ストラクチュア展の展評を残す一方で(ただし、読み返してみると女性性については全く触れていない)60年代に執筆した男性主義的でルッキズムに満ちた文章が東京国立近代美術館のコレクション小企画「女性と抽象」の中で女性学芸員たちによって槍玉に挙げられていたが、ここには作家と批評家という権力関係も介在しているだろう。そしてさらに視野を広げるならば、まさに同じ時代、おそらく彼女らと問題意識を共有していたアメリカの抽象表現主義においては、夫婦がともに作家として活動する場合があった。代表的な例としてはポロックに対するリー・クラズナーであり、デ・クーニングに対するエレーヌ・デ・クーニングであり、彼女らの作品がジェンダーを強く意識したアーティゾン美術館における「アブストラクション」展で展示されていたことは記憶に新しい。抽象表現主義における女性作家の存在については近年展覧会が開かれたとも聞いているが、この問題をめぐる日米の差、さらに踏み込んで(アンフォルメルではなく)抽象表現主義と日本におけるそのカウンターパートは本来的に女性性と親和性が強かったか否かについてはなおも議論と研究の余地が残っているように感じた。 優れた展覧会の常としてさまざまな連想を書きつけたが、最後に一点、細かな点であるがカタログに関して気になったことを書きつけておきたい。カタログには詳細な年表と多くの論文が掲載されているが、なぜか個々の作家の略歴が掲載されていない。明らかに意図的な欠落と考えられる。このため、例えば先に触れた榎本と東野の関係を私は会場に掲出された解説を読んで初めて知った。(カタログ内にも一つの論文の註として言及がある)もちろん大規模な個展が開催された作家も何人かいるが、比較的知られることの少ない作家も多い訳であるから、この機会に出品作家についてはある程度詳細な経歴の紹介が掲載されていてもよかったのではなかろうか。ジェンダーを主題にした特殊な展覧会であるから、あえてそれを省いたということであれば、逆にその理由を説明してほしいと感じた。 #
by gravity97
| 2026-05-08 08:09
| 展覧会
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![]() この小説は次のような印象的な一文から始まる。
男は長身でひどくやせていた。正面から見てもいつも横を向いているように見えた。肌は黒く、体は骨場って、瞳には永遠の炎が燃えていた。羊飼いのサンダルをはき、大きくたるんだ長衣を身にまとっていた。
この一文がなぜ印象的であるかについては後述する。初めに種明かしをするならば、この小説もバルガス=リョサの多くの小説同様に、ラテンアメリカの暗く暴力に満ちた歴史を背景としている。そして「ラ・カテドラルでの対話」におけるペルーのオドリア軍事独裁政権下での腐敗、「チボの狂宴」におけるドミニカの独裁者トゥルヒーリョ暗殺をめぐる暗闘などと比べても、本書のテーマはさらに壮大だ。1896年にブラジルで発生したカヌードス戦争と呼ばれる大規模な宗教叛乱の熱狂と鎮圧がこの小説の主題である。本書ではこの作家が得意とする視点の切り替えが自家薬籠中の物として駆使されている。これだけの大長編であるからおびただしい数の人物が登場する。語りは神の視点に立ちながらも章ごとに焦点化される人物が異なり、物語を一望することは決して容易ではない。さらに物語の進行も必ずしも直線的ではない。時に私たちは結末を知ったうえで登場人物の行動を見守り、時に読み進んで初めて以前のエピソードがはらむ意味を知る。しかし語りの形式自体はほかの作品と比してはるかに単純であるから、読み進むにつれて霧が晴れるように物語の世界の見通しがついてくる。歴史的事実の記述であるから物語の経緯と帰趨はあらかじめ定まっているが、作家はそれまでに培ってきた小説的技巧を駆使して、歴史を物語として躍動させる。登場人物がいずれもなんと精彩に富むことであろうか。長大な物語の全編を通して読者は小説を読む圧倒的な楽しさを味わうことになるはずだ。以下、内容にも深く立ち入りながら論じる。 冒頭に登場する長身痩躯の男こそがイエス・キリストの再来としてブラジル北東部、セルタンと呼ばれる最貧の奥地に現れ、終末を予言し神への帰依を説く説教師、コンセリェイロである。コンセリェイロとは教えを説く者の意味だ。もちろんこれは通称であり、実在した人物としてはアントニオ・ヴィセンチ・メンデス・マシエウという放浪の行者がモデルとされているという。冒頭で語り手はコンセリェイロの出現を記した後、カヌードス蜂起への連帯を新聞に掲載するように要求するガレリオ・ガルなるスコットランド生まれの共産主義者に関するエピソードを書き込む。続いて語られるのは靴屋の婚外子としてセルタンに生まれた少年が宗教的回心を経験し「ベアチーニョ(敬虔坊や)」という名とともに説教に訪れたコンセリェイロに従って放浪を始める経緯である。最初の三つのエピソードを通読しただけで、先に述べた視点の転換と時間的な錯綜は明らかであろう。それぞれのエピソードで焦点化される人物は異なるし、カヌードスの蜂起への言及がある二番目の挿話は時系列としては三つの挿話の最後に位置することが明白であるからだ。繰り返しとなるが、このような混沌の中から巨大な物語が立ち上がっていく過程に立ち会うことが本書を読む大きな楽しみである。 当時、ブラジルは帝政から共和制への移行が終わりつつあった。コンセリェイロは共和国をアンチ・キリストと名指しし、激しい敵意を燃やす。ブラジルの最貧地帯をめぐるコンセリェイロの巡礼には次第に多くの従者があたかもキリストの弟子たちのごとく付き従うことになる。しかし彼らの出自や経歴たるやいずれも異様きわまりない。例えば自分が働く農園の農園主の娘を修道院に送る道すがら惨殺し、死体を損壊したジョアン・グランジ、やはりカンガセイロ(盗賊団)の首領として残忍さで知られたジョアン・サタン、十字架を背負って荒野を遍歴し、洞窟の中に住む宗教的狂女マリア・クドアラード、あるいは不具の身体ゆえに覚えなき罪によって火あぶりにされる寸前で救われたナトゥーパのレオン、さまざまなアウトサイダーたちがコンセリェイロの魅力に惹かれて回心し、従者あるいはコンセリェイロの護衛として帰順し、カヌードスの地に落ち着く。彼らはこの小説の中では一つの言葉で総称される。反逆者、叛徒を意味する「ジャグンソ」だ。ジャグンソたちはカヌードスの地に教会を建て、そこには貨幣や階級のない共同体が現出する。兵站を担当するジャグンソたちもいる。天然痘によって故郷を捨てたアントニオとオノリオのヴィラノーヴァ兄弟は放浪の途上でコンセリェイロの一行に出会い、商才を生かして外部との窓口となる。あるいは妻帯する破戒司祭のジョアキン神父も聖職者という立場を利用して密かにカヌードスに食糧や医薬品といった必需品を運ぶ。 神によって結ばれるべき婚姻を国が司ることを弾劾し、コンセリェイロは布告の看板を破壊する。これを秩序の破壊とみなした政府は直ちにジャグンソたちの掃討を軍隊に命じる。しかし多くの荒くれ者を含んだジャグンソたちの激しい抵抗にあって、政府軍は潰滅して敗走する。内乱の予感を受けてさまざまな陰謀がうごめく。先に挙げたガレリオ・ガルは新聞社の社主の密命を受けて、カヌードスへイギリス製の武器を運びこもうとするが、これは彼をイギリスの支持を受けたスパイと見せかけ、反乱の背後にイギリスの影を浮かび上がらせようという策略であった。カヌードスが位置するバイーア州の大地主、カナブラーヴァ男爵はヨーロッパより帰還して遠征軍の潰滅を知り、ジャクンソたちの内情を探る。王党派と自治派、地方政府と共和国は複雑な関係の中でそれぞれの勢力の拡大をはかる。知事の要請に基づいて政府はファブロニオ・ジ・ブリート少佐が率いる第二次遠征隊を派遣する。しかし彼らもジャグンソたちの周到な戦略と攻撃の前に無残な潰滅を遂げる。訓練を積んだ正規の兵士たちが烏合の衆のごとき貧民の集団に一度ならず二度にわたって撃破され、敗走を繰り返すという事件は中央政府に衝撃を与える。ガリレオ・ガルを送り出した新聞社はこの遠征に近眼でくしゃみを繰り返す小男を従軍記者として送り出す。いかにもひ弱なこの記者はしぶとく戦闘を生き延び、新聞社を所有するカナブラーヴァ男爵に目撃した情景を報告する。断続的になされるこの報告は時に事後報告、時に先説法として、第三者の目を通した戦争の帰趨を読者に知らせる。自らを陥れようとする陰謀の存在に気づいたガリレオ・ガルと案内人のルフィーノ、その妻のジュレ―マの葛藤、さらには同じ土地を巡回するサーカス一座の物語が並行する。小人や髭女、蜘蛛男や巨人といったフリークスたちによって構成されたこの一座は巡業の道中で団長や見世物の動物を失い、落ちぶれながらもセルタンでの興行を続ける。 遠征の相次ぐ失敗に業を煮やした共和国政府は、ついに最大の切り札として勇猛果敢で知られるモレイラ・セザル大佐が指揮する大量の兵士をカヌードス制圧に投入する。職業軍人の鑑のごときセザル大佐の冷酷で沈着な肖像がいくつものエピソードを通して提示され、三度目の攻防の熾烈さが予想される。セザル大佐に統率されてカヌードスに向かう軍隊とバイーア州全体へ勢力を広げ、次の遠征軍を迎撃する準備を始めたジャクンソたちの様子が対比され、物語は一挙に緊張感を増す。コンセリェイロはカトリック護衛団や信女団らに取り巻かれ、回心したカンガセイロたちの士気と戦闘能力は高い。カヌードスの地はつかのま一種のユートピア的なたたずまいを帯びるが、それは破滅の予感を強く漂わせている。ジャクンソと共和国軍の対立、ガレリオ・ガルとジュレーマの道行き、そしてサーカス団と近眼の記者の邂逅、幾つものエピソードが戦場の中で次第に結びつき、一つの物語に収斂していく 「業火がこの地を焼くであろう。火の手が四つ上がるであろう。最初の三つはわたしが消しとめる。そして四つ目をわたしはイエス様の手のうちに置くであろう」早くも第三部の冒頭でコンセリェイロは一つの予言を述べ、常に傍らで書記を務めるナトゥーパのレオンがそれを書き留める。ピレス・フェヘイラ中尉、ファブロニオ・ジ・ブリート少佐に率いられた二度にわたる遠征はいずれも失敗に終わった。しかし三番目の火の手、モレイラ・セザル大佐の率いる遠征軍は指導者の資質においても、軍隊の規模においても以前とは比較にならない。共和国軍とこれを迎え撃つジャクンソたちとの死闘がこの小説の一つのクライマックスとなることは直ちに予想される。戦闘は激烈をきわめる。ジャクンソたちは素人集団とはいえ、女や子どもたちも一人前の兵士として強大な軍隊に立ち向かう。殺された共和国の兵士たちは耳や鼻、陰茎をそぎ落としてなぶりものとして放置されるから、さすがの兵士たちも恐慌に襲われ、捕らえたジャクンソたちをむごく扱う。誰が味方かわからず、敵に見(まみ)えるとその場で殺されるという緊張の中でサーカスの小人、ジュレ―マ、そして近眼の新聞記者の三人組は小さな集団を形成してカヌードスへと逃れていく。まさに世界の終末のごとき戦争(この事件が1896年に発生したことを考えるならば、世紀の終わりの戦争の意味もあるだろう)の帰趨が圧倒的なディテイルとともに書き込まれていく。ジャグンソたちは共和国軍の補給線を断ち、糧食や家畜を強奪し、圧倒的な力を誇る共和国軍と互角に戦う。カナブラーヴァ男爵の大農園には火が放たれ、カフーゾやカボクロと呼ばれる混血者、カリリ族というセルタンの先住少数民族たちも次々に戦列に加わる。共和国軍の圧倒的な砲火によって滅び去るはずのカヌードスから逃れるのではなく、逆に人々がなだれ込んでくるのだ。果たして戦争はいかなる結末を迎えるか。最終戦争の具体的な展開については未読の読者の楽しみとして残しておくことにしよう。 本書の時系列の錯綜については最初に述べた。コンセリェイロの予言、そしてカナブラーヴァ男爵のもとを訪れた近眼の記者の報告によって最終的にカヌードスとコンセリェイロ一党が殲滅されることは物語のなかばで予想される。このあたりもバルガス=リョサらしい巧妙な説話法だ。語りを通して読者はコンセリェイロとジャグンソたちに共感をもつことは明らかであるが、読者は最初から一種の悲壮感を胸にジャグンソたちの活躍をたどることを余儀なくされる。 久しぶりに再読して、私は権力に抗う民衆という構図を備えた物語の系譜に思いをめぐらした。質量ともに本書から強く連想される小説は高橋和巳の『邪宗門』だ。戦時にあって国家による徹底的な弾圧を受け、敗戦後のありえざる革命を夢見て自滅的な反乱を試みる新興宗教の教団の物語は武闘の場面こそないが、本書と多くの点で共通している。あるいは中国であれば『水滸伝』の物語の構図も砦に拠り権力に反抗する豪傑たちという点で一致している。このブログでも触れた東山彰良の「ブラックライダー」は明らかに本書の強い影響を受けており、最初の討伐隊の敗走からクライマックスの政府軍との激闘まであたかもこの小説をなぞるかのようである。登場人物が善と悪に二分されたうえでのアルマゲドンとしてはキングの「ザ・スタンド」やロバート・マキャモンの「スワン・ソング」といった破滅後の地球を舞台とした一連のSFも同様の構図だ。辺境とされる地域で独立革命が出来するという点ではこれも本ブログで論じた西村寿行の「蒼茫の大地、滅ぶ」も連想されるかもしれない。2009年にバルガス=リョサにノーベル文学賞が授与されるにあたって、ノーベル賞委員会は受賞理由を「権力構造の地図と、個人の抵抗と反抗、そしてその敗北を痛烈なイメージで描いた」と評しているが、みごとな要約である。これまで読んできたバルガス=リョサの小説を思い返すならば、そこには多く権力に反抗する人物が登場したことが理解される。それは時に「楽園への道」における女性革命家フローラ・トリスタン(ゴーギャンの祖母でもある)や「ケルト人の夢」におけるイギリスの外交官ロジャー・ケイスメントのごとく個人である場合もあれば、本書のように一種の集団劇として描かれることもあるが、いずれにせよ女性解放や植民地あるいは独裁といった不正義に対する抵抗として描かれる。かかる主題はラテンアメリカ文学に広く共有されるものであるが、バルガス=リョサにあっては、ガルシア・マルケスのように神話化されたり、ホセ・ドノソのように寓話化されることなく常に現実と接点をもっている。今引いたコメントが適切に感じられるのは、通常であれば一種の不在の構造として描写されがちな権力の本質をバルガス=リョサはまさに具体的な一枚の地図として読者に提示する点である。本書の場合、共和国に与するモレイラ・セザル大佐やカナブラーヴァ男爵といった人物がきわめて複雑で矛盾に満ちた存在として描き出されるため、権力や体制の多層性が了解されるのだ。ジャクンソたちと共和国は対立的に描かれているが、それを単純に善悪に振り分けることが出来ない点は最後の場面、傲慢な政府軍の大佐を侮辱するバイーア州警察の隊長のふるまいからも明らかだ。あるいは残忍なカンガセイロとして恐れられていたジャクンソの中心的な存在であるジョアン・アバージやジョアン・グラージがいかにして宗教的回心を遂げたかについては説明がないが、これは意図的な欠落と感じられる。本書には巨大な空白がある。コンセリェイロの描写だ。この小説は無数のエピソードによって構成されているが、コンセリェイロに焦点化した語りがほとんど存在しないという驚くべきテクスト的現実がある。例外が最初に引いた冒頭の一文であり、これによって読者はコンセリェイロの具体的な姿をイメージしながら物語に没入できるのであるが、大半の箇所においてコンセリェイロの挙動や言動は彼を取り巻く人物による報告として語られ、真偽は明らかでない。(もう一箇所、かなり具体的に彼の身体が描写される箇所があるが、内容の根幹ともかかわるのでここでは記さない)それによってコンセリェイロは一種の神秘性を得るとともに、共和国側の中傷にも一定の根拠を与えるという説話的な技巧が用いられている。 ジャグンソたちは多様な人物によって構成されている。志願してコンセリェイロに従った者もいれば、戦場の中でやむにやまれずこの集団に加わった者たちもいる。私が関心をもったのはそこに常に差別/被差別の構造が認められる点である。例えば国家にも叛徒にも属さない例外的な集団として小人や髭女らサーカスの一座がいる。あるいはかつてこのサーカスに加わったこともあるコンセリェイロの忠実な書記ナトゥーバのレオンはその体形の描写から、いわゆるせむしといわれる障がい者であることが推測される。(作品中、一度だけこの表現が用いられている)小人やせむしといった言葉は現在用いるべきではない表現であるし、もちろん私もそれを理解したうえであえて用いているのであるが、本書を読むならばこのような属性のある人物を前景化することによって、カヌードス戦争が単なる内戦ではなく、差別をめぐる争いであることも明らかとなるのだ。ジャグンソに加わるのは貧しいセルタンの人々だけではなくモカンボ(逃亡奴隷)、カボクロ(混血下層民)、といった被差別者であり、カリリ族という弓矢に長けた先住民たちである。これはカヌードス戦争が単なる宗教反乱ではなく、階級闘争、あるいは解放闘争といった側面がある点を暗示している。一方のカナブラーヴァ男爵も陰影に富んだ人物であり、ジャクンソの関係は微妙である。作者は体制と反体制、どちらかに肩入れする訳ではない。しかしあえてこのような被差別者たちを前景化することによって、バルガス=リョサは作家として弱者の側に立つことを暗示しているのではなかろうか。かかる態度は晩年の「激動の時代」にまで連続しているように思われるが、ここから村上春樹の卵と壁の比喩を連想するのはあまりにもナイーヴな感想であろうか。 結末に触れることとなるが、バルガス=リョサの小説の一つの主題は敗北であるように思う。本書を含む多くの作品において主人公たちは権力の前に最終的に敗北する。物語の最終盤にカヌードスが殲滅された後、教会を含むすべての建築が破壊され、虐殺された住民の死体を啄む禿鷹の嘴の音が遠くからも聞こえたという凄惨な描写がある。ジョアン・アバージが虐殺されるシーンは「チボの狂宴」の同様の情景が連想されるし、コンセリェイロを取り巻く人々も次々に命を落とす。バルガス=リョサの小説の中では先に名前を引いたフローラ・トリスタンやジョン・ケイスメントをはじめ、志を果たすことなく斃れる多くの主人公が語られる。しかしながら斃れても斃れても、革命を、解放を、独立を求めて人々は立ち上がってきた。それはラテンアメリカに生を受けた作家たちが信じ、私たちにはなじみのない歴史認識と関係しているかもしれない。 叛徒と権力、いずれの側にも事件を記録する者が存在する点にも注意を喚起しておこう。ジャグンソたちにはナトゥーパのレオン、カナブラーヴァ男爵には近眼の新聞記者。いずれも身体的に負の刻印を負わされ、生きることが困難な者たちだ。歴史を記録することは小説家にとって一つの務めであるが、この小説において二つの歴史がいずれも障がい者によって担保されている点は留意されなければならない。おそらくこの問題は小説の根源という原理的な問題と関わっている。さらに近眼の記者が生き延びて、物語の最終盤、男爵邸でカヌードスの終焉を語るのに対し、ナトゥーパのレオンは「炎に向かっていく」。この対比は歴史がいかなる側から記述されるかという問題と関わっているかもしれない。 それにしても本書を原著の発表時や翻訳の刊行時ではなく、現在読むことには息苦しさが伴う。なぜなら私たちも今や明らかな戦争状態の中にいるからだ。本書の主題である植民地解放、あるいは階級闘争の時代は終わった。いや、それは隠然と継続されているとみなすべきであろうか。ウクライナ、ガザ、イラン、私たちは世界終末戦争ならぬ世界同時戦争のただ中におり、こともあろうに私たちの国はそれらに薪をくべるような働きを続けている。まさに大江健三郎の言う「私らは侮辱の中に生きている」状況が現出しているのだ。今日、かつてない醜悪でみじめな政権のもとで、私たちは正義が捻じ曲げられ、強者が驕り弱者が虐げられることを当然とみなす風潮を受け入ることを余儀なくされている。世界最終戦争=核戦争さえ現実となりかねない悪い時代にあって、たとえ敗北が予想されても個人として抵抗し反抗することは可能か。まさに自分が生きる時代の問題として本書が私たちに投げかける問いは重い。
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by gravity97
| 2026-04-30 21:00
| 海外文学
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![]() こちらはベルトルッチの「ラストエンペラー」の記憶。映画の中では坂本龍一が甘粕を演じていたことを思い出す。ベルトルッチの連想はゆえないものではない。この小説の中にもあるとおり、甘粕は満州における映画振興に深く関わり、満州映画協会の理事長を務めた。満州と映画の関係については四方田犬彦のいくつかの研究の中に言及があったはずだ。当時、日本とドイツ、いずれにおいても映画産業が興隆していたことを想起するならば、映画がこの小説の一つの主題となることが予想される。 舞台となった時代は特定できる。なぜなら本書の一つのクライマックスとして、1932年にチャップリンが東京を訪れ、5・15事件に遭遇する顛末が描かれているからだ。遭遇どころか犬養毅を暗殺した青年将校たちは当初、首相官邸で開かれることになっていたチャップリンの歓迎会を襲撃し、喜劇俳優自身も襲撃の対象であった。私は知らなかったがこれは実話であり、事実関係を確認するならば、当日チャップリンは犬養の息子、健に誘われて相撲見物に出かけていたため事なきを得たらしい。「死者たち」の中では甘粕と犬養に連れられて、相撲ではなく能の観劇に赴いたことになっている。甘粕は東京とベルリンを結ぶ「セルロイドの枢軸」を築き、日独合作映画を製作するためにネーゲリを日本へと招聘する。かかる枢軸はアメリカのハリウッドの映画産業に対抗するものであるから、本書は連合国と枢軸国の対立を映画産業という側面において重ね合わせる意図のもとに執筆されている。しかしハリウッド映画を象徴するチャップリンが日本政府によって歓待されるエピソードからも明らかなとおり、列強の関係はまだ確定していない。大戦直前、1930年代の不穏な状況を背景として、行間からは日本が軍国化する様子、そしてドイツにおいてはヒトラーの台頭が読み取れる。 それにしても不思議な小説だ。チャップリンが能を観劇する場面について触れたが、この小説自体が、序・破・急の三部構成になっており、独特の日本趣味が横溢している。ネーゲリは創作上の人物であるが、甘粕が彼のほかに招聘する映像作家の候補として挙げるのはアーノルド・ファンク(実際に1937年に伊丹万作とともに「新しき土」という映画を日独合作で製作したとあとがきにある)やフリッツ・ラングであり、あるいはドイツ側でこの映画に関わるのがウニヴェルズム映画会社の社長、アルフレッド・フーゲンベルクであることからも了解されるとおり、本書は実在の人物と架空の人物を混在させた一種の歴史改変小説としても成立している。 ストーリーを追うことにしよう。当時「風車」という映画を発表し、注目を浴びるにいたったネーゲリは冒頭部で父の死に直面する。死の床で父がネーゲリに最後に伝えたのはH(ハー)という言葉であり、ネーゲリはパリからデンマーク、スウェーデン、ノルウェーとスカンジナビア半島を移動しつつ、父の言葉の意味を考える。続いて甘粕の少年時代が語られる。東北帝国大学名誉教授であり独文学者の父との関係が語られた後(実際には甘粕の父親は東北出身だが警官である)、彼が通った寄宿学校でのドイツ語教師、菊池との出会い、菊池を介して当時の駐日ドイツ大使ヴィルヘルム・ゾルフに注目される経緯が、菊池の同性愛的な嗜好とともに語られる。「序」の章は火をめぐる二つの挿話で終えられる。ネーゲリはチューリヒにおける自作の映画の上映中に事故によってフィルムが炎上し、炎の中に日本にいる恋人のイーダの姿を幻視する。一方、甘粕は自分に辱めと屈辱を与え続けてきた学校を破壊するため、屋根裏に放火する。今、私は脈絡じみたものを与えるべく内容を記述したが、それぞれの挿話は短い断章として書きつけられ、詩的なテクストとともに、そこに意味をもった関係を見出すことはかなり難しい。この章の中には一つだけ唐突に幻想的なエピソードが挿入される。若き甘粕が東尋坊に出かけた時のそれであり、甘粕はそこで洞窟の中にうずくまる若い女と出会う。甘粕は彼女と交わるが、鳥や魚の骨が散乱し、悪臭の漂う洞窟の中で女は自分が高貴な身の上であり、ここに幽閉されていると語り、それ以後も時折甘粕の前に姿を現すこととなる。 「破」の章ではまず先に述べたチャップリンの日本訪問、彼が5・15事件に巻き込まれる顛末が描かれるが、その夜、甘粕がチャップリン、彼の日本人秘書高野虎市、犬養健、イーダらと能楽堂で見た「鉄輪(かなわ」という能の演目は嫉妬に狂った女を主人公としており、この演目が先の幻視体験とつながっていることはいうまでもない。一方でイーダは能の体験からエズラ・パウンドを連想するが、冒頭の三島といいパウンドといい、訳者もあとがきの中で触れるとおり、本書における国籍や時代を超えた文学作品への参照は、隠れた読みどころの一つとなっている。続いてネーゲリが先に触れた日独合作映画の製作を打診される。ベルリンで交わされる映画配給会社との会話の中に登場する固有名詞、ブロッホやベンヤミン、ジークフリート・クラカウアー(「カリガリからヒトラーへ」の著者でユダヤ人であった)といった名前からは一つの時代とともに彼らの多くがその後悲劇的な生を送ったことも連想される。ユダヤ人が迫害される街の情景を点描した後、映画をめぐるフーゲンベルクやプッツィ・ハンフシュテングルといった当時のドイツ実業界の大物とネーゲリの交流が描かれる。このレヴューを書くにあたって、私は今名前を挙げたような人物の経歴をウィキペディアで調べ、ナチス・ドイツにおける彼らの栄華と転落について一定の理解を得ている。しかしそのような知識がなければ、続く断章でクラカウアーと妻のロッテがパリへと亡命するエピソード、さらにはハンフシュテングルがこともあろうにカナダ北部の不毛の地モンティーヌの捕虜収容所に囚えられた経緯などを理解することは難しいだろう。章の中盤でネーゲリが来日する。チャップリンの来日と重ねられていることはいうまでもない。神戸に上陸したネーゲリはオリエンタリズムに満ちた視線で極東の見知らぬ土地を眺める。甘粕に迎えられ、恋人のイーダと再会したネーゲリは甘粕とイーダをモデルに台本のない映画を撮影するプランを語る。しかしその時すでに甘粕とイーダは関係をもっており、ネーゲリは屋敷の「舞台装置の裏の覗き穴」のごとき視界から二人の情交を目撃する。 「急」の章もチャップリンをめぐる逸話から始まる。いつともしれない時代、チャップリン、甘粕、イーダの三人はロサンジェルス行きの龍田丸に乗り込み、船内でリーフェンシュタールやハワード・ホークスの映画を見る。一方、ネーゲリは北海道に渡り、原野を彷徨う。彼はスイスに帰国後、日本でカメラに収めた映像を編集した作品を発表し、安らかな晩年を送る。一方、彼のもとを離れてアメリカに渡り、ハリウッドで女優として売り出すはずであったイーダは意に反して認められることなく、娼婦同然の零落の境遇を生きる。家賃を払えないために住居を追い出された彼女が、ロサンジェルス郊外、HOLLYWOODと表示された有名な屋外広告のHの掲示の上から墜落して惨死を遂げた場面で小説は終えられる。物語を閉じるもう一つのHである。 私としては珍しくストーリーをほぼ全て要約したが、要約という言葉は正しくないだろう。確かに上に記したような出来事が描かれてはいるが、小説を読む経験は当然ながらはるかに刺激的である。私はこの作家の作品を読むのは初めてであり、翻訳されている小説は少ないが、それらはあとがきによるとテヘランやニューギニアを舞台としているということであるから、本書を含めてあえて非西欧を舞台として創作を続けているようである。本書のテーマが映画であることは最初に述べた通りであるが、リーフェンシュタールやフリッツ・ラング、小津といった名を引用しつつ、本書ではファシズムと映画の関係が問われているといってよいだろう。ヒトラーの映画への偏愛についてはこのブログでも「ヒトラーと映画」という研究のレヴューとして詳しく論じた覚えがあるが、「地球をドイツ映画で覆う」という登場人物の言葉が示す通り、とりわけドイツにおけるファシズムは映画を主要なメディアとして国民に浸透していった。私の知る限りに日本においてはドイツほどプロパガンダのために映像が使用された例はなかったが、本書においては甘粕というまことに奇怪な人物を主人公に据えることによって、満州における映画産業の興隆といういまや検証の困難な問題に言及している点は実に示唆的と言えよう。先述の『甘粕正彦 乱心の曠野』の中で佐野は一章を割いて満映と甘粕の関係を論じている。甘粕と(プッツィ・ハンフシュテングルを追放した)ゲッペルスを重ねることは安易に過ぎるかもしれないが、本書からは必然的な連想といえるだろう。「民族の祭典」や「意志の勝利」にみられるとおり、ドイツにおいて映画がナチスの伸長に貢献したのに対して、ハリウッドにおいて映画は大衆路線を堅持し、政党や国家と関わることがなかった。本書においてはチャップリンが陰影に富んだ人物として描写されるが、1940年に発表された「独裁者」を参照するまでもなく、チャップリンとヒトラーは一種の鏡像関係として本書の背景を形成する。 本書には謎めいたいくつかのモティーフが登場する。例えばHである。先に触れたとおり、それはネーゲリの父がいまわの際にネーゲリに残した一音であり、イーダがその上から転落して惨死するハリウッドの文字広告である。実はこれ以外にもHという音韻と関連する記述がいくつか認められるのであるが、その意味は最後まで明らかではない。あるいは冒頭の切腹の情景は最後にカメラに収斂することによって一種の窃視の視覚とみなすことができようし、ネーゲリが日本各地で記録する映像もカメラを覗き穴として記録される。同じ構造はネーゲリが甘粕とイーダの情交を窃視する場面にも認められるが、光学機械の成立を考える時、窃視は一つのモティーフであったことも理解されるから、この決定的な場面が相当に不自然な状況であることは理解されつつも、それを映画のメタファーとも考えることも可能である。冒頭の場面が三島を連想させることについてはすでに述べた。最後の方にも不思議な挿話がある。イーダと別れた後、日本中を放浪するネーゲリはある町で外国人の言葉を理解する文士と出会い、彼の家に招かれる。ネーゲリの肩を揉むこと申し出る文士の家の台所にはグイド・レーニの聖セバスティアンの複製画が飾られているとあった。明らかにこのエピソードは三島の「仮面の告白」の本歌取りである。私はそこから横尾忠則が描く三島の肖像にまで思いを馳せた。巻頭に谷崎潤一郎のエピグラフを置いた本書にはダンテからフローベル、バタイユからロブ=グリエにいたるインターテクスチュラルなたくらみがめぐらされていると訳者は記している。残念ながら私は今挙げた作家たちがどこに関わっているのかわからなかったが、それもまた本書の楽しみ方の一つであろう。 「死者たち」というタイトルも暗示的だ。本書の表紙には不気味な装画が使用されている目を黒く塗られて整然と並ぶ表情を欠いた群像は直ちに映画館の客席に座る観客たちを連想させる。彼らが死者たちなのだろうか。本書で言及されるすべての映画に登場する人物も今やすべて死んでいるはずだから、映画とは本質において膨大な死者のイメージの堆積として理解されるかもしれない。映画と死者、あるいは幽霊。かかる主題に関してはまた一篇の考察を必要としようからここではこれ以上の言及は避けるが最後に一つだけ読者の注意を喚起しておきたい箇所がある。ネーゲリが日本に取材したフィルムを故国で発表することは先に述べた。「二度目を見終えると、彼は静かに得意げに微笑んだ。これは傑作だ、と確信したのである」この小説の一つの核心ともいえるこの映画のタイトルは何か。文中に次の一節がある。
オペラハウスのほど近く、ゼ―フェルトの静かな一角にある、小さく目立たない映写室で、この本と同じタイトルがつけられたネーゲリの映画の試写が行われた。その午後は季節外れの暖かさで、湖の上では雲の隙間から稲妻が音を立てて光っていた。
この本と同じタイトル、ここにおいてメタレベルが介入する。この映画もまた「死者たち」と名づけられていたはずであり、クラハトの小説とネーゲリの映画が重ね合わせられるのである。間テクスト性と参照、さらにメタ構造。一見、幻想的でおどろおどろしいエピソードに満ちたこの小説が思いがけないポスト・モダン性を瞥見させるのはこのような地点なのである。 #
by gravity97
| 2026-04-06 07:38
| 海外文学
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