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山本浩貴『現代美術史』

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 大胆にも「現代美術史」と題した新書が刊行された。あとがきにある「本書の目的は現代美術の『正史』を編むことではありません。そもそも、そのようなことが果たして可能であるのか、あるいは、それが必要なことであるのかさえ筆者には明言することができません」というフレーズには露骨な既視感がある。椹木野衣の『日本・現代・美術』の冒頭とほとんど一緒ではないか。そもそもここで論じられる対象に「現代美術史」の名を与えることは意味があるだろうか。前史と銘打たれているにせよ、19世紀後半に展開されたアーツ・アンド・クラフツや日本の民芸を現代と接続させて論じることは相当に強引であり、すでに歴史化されているハプニングや具体美術協会をことさら現代美術と呼ぶには違和感がある。本書は三部から成り、第一部と第二部においては欧米と日本における動向がクロノロジカルに論じられる。しかしそこで論じられる運動やら集団の選択は恣意的であって必然性が感じられない。などと続けざまに批判的なコメントを加えたが、直ちに言い添えておこう。以上のような問題をはらみつつも、本書は、「現代美術」と呼ぶかどうかはともかく少なくとも今世紀の「美術」の在り方を検証する一つの視点として情報と示唆に富み、コンパクトな導き手として一読に値する。

 同じ版元の新書としては高階秀爾の「近代絵画史」がある。近代美術の通史として初学者が必ず手にする名著を本書がどの程度意識しているかは不明であるが、高階の著書と比すならば、本書は二つの決定的な差異がある。まず本書には個々の作品についてのディスクリプションがほとんどない。むろん多くの作品についての言及があるが、ほとんどが作品をめぐるエピソードの説明であり、具体的な作品の分析はなされない。第二点は著者の出自が美術史学や芸術学ではなく社会学である点だ。著者紹介によれば、まだ30代という若手の著者は一橋大学の社会学部を卒業した後、ロンドン芸術大学で博士課程を修了している。もちろん私は社会学の立場から美術史を論じてはならないなどと言うつもりはない。それどころか社会学、ロンドンといった言葉から容易に連想されるとおり、本書はいわゆるカルチュラル・スタディーズに連なる最新の成果の一つであり、著者の言葉を借りるならば「『芸術と社会』というテーマを軸に、現代美術が辿ってきた道のりを書き残すという作業」といえよう。本書の類書としてはこのブログでも応接し、本書中でも言及されるクレア・ビショップの『人工地獄』があるから、さらに知識を広げたい読者には併読を勧めたい。私の言葉にパラフレイズするならば本書は「実体としての作品なしに美術史を論じる」というかなり思い切った試みであり、1960年代以降の美術に関して、このような手法が可能かつ有効であるかという問題はきわめて興味深い。

 確かに私たちは絵画や彫刻といったジャンルが意味をもちえない時代を生きてきた。本書の冒頭にデュシャンの《泉》が掲出されていることは示唆的であろう。《泉》についてはこのブログでも何度か論じたが、確かにレディメイドの小便器は作品そのものについてなにごとかを記述しようとする意欲をおおいに阻喪させる。モダニズム/フォーマリズムの美術が作品の形式分析に基づいた批評によって深化されたのに対して、デュシャンの便器はかかる議論を無効化した。一方で90年代以降の美術状況に対してしばしばポスト・メディウムという視点が導入された。私たちが信奉してきたモダニズム/フォーマリズムの美術はメディウムを限定することによって初めて開ける視界であった。しかしそれが実に一世紀に満たない期間しかその命脈を保ちえなかったとするならば、本書は「近代絵画史」に対する根底的な異論を構成するかもしれない。

 もう少していねいに本書を読み進めることにしよう。デュシャンから「ソーシャリー・エンゲージド・アート」にいたる本書の輪郭を粗描した序章に続いて、まず前史として四つの運動が取り上げられる。すなわち「アーツ・アンド・クラフツ」、「民芸」、「ダダ」、「マヴォ」である。前者二つは生活と芸術の融合という点において、後の二者は既成の価値の否定という点において共通し、あるいは「アーツ・アンド・クラフツ」と「ダダ」は欧米に起源をもつ運動であり、残り二つは日本に成立した運動である。取り上げられる運動が恣意的である点については先にも指摘したが、いずれも背景を構成する社会問題と深い関係がある。アーツ・アンド・クラフツはラスキンによる資本主義批判と関わり、民芸は植民地としての朝鮮の美術をいかに評価するかという問題と結びつく。山本によればダダはコミュニケーションの創出という可能性を開き、マヴォは日本の帝国主義に投げつけられた爆弾であった。論じるべき問題の前史であるためか、いずれの運動についても深く掘り下げられることはないが、通常の美術史においては記述が文字通り「史」として、歴史的な先後関係において深められるのに対して、本書の記述は水平的で地政学的、社会的な関心と接続する。

 前史に続いて第二章では1960年代から80年代、つまりモダニズム最終期の美術が今述べたような関心からたどられる。ここでも取り上げられる対象は相当に恣意的だ。節の名前として羅列するならば、ランド・アート、制度批判(コンセプチュアル・アートが取り上げられる)、ハプニング、フルクサスとヨーゼフ・ボイス、シチュアショニスト・インターナショナルである。これらは相互にほとんど関係ないし、本書はクロノロジカルな記述によらないため、本書が想定する現代美術に関して知識を欠いた読者にとっては、なぜこれらの運動もしくは個人が取り上げられるか理解できないのではないかと思う。これらの運動の文脈を知るためにはこれらが批判したモダニズム美術についてのもう少し詳細な説明が必要ではなかろうか。これらの運動は自律的、視覚的、作品主義的、さらにいえば還元的なモダニズム美術に対する異議申し立てであるが、この点に関してはランド・アートの節の冒頭で短い説明があるに留まっている。私の考えでは60年代以降に本書で論じられるような動向が澎湃として登場する背景としてはモダニズム美術が抑圧として機能した状況があった。したがってここで論じられる問題はモダニズム美術へのオルターナティヴの提出として意味をもつが、モダニズム美術が真剣に検証されたことのない日本においてこの点を理解することは困難である。後で論じる通り、この点は日本の戦後美術をどのようにとらえるかという問題と深く関わっている。やや広い視野に立つ時、80年代以降の日本の美術にはモダニズムを経由しないポスト・モダンの導入という倒錯が認められた。本書でも論及されるグリーンバーグやフリードらの主要な論文が日本に本格的に紹介されたのは1995年以降のことであり、それ以前にニューペインティングやインスタレーションが流行した日本の「現代美術」は一つの屈折を伴っていた。モダニズム知らずのモダニズム批判とでも呼ぶべき日本特有の状況は本書でも繰り返されている気がする。本書が意図的に歴史的な記述を排していることは先にも触れたが、それにしても半世紀近い時の流れの中で発表された表現を並列することには難があろう。シチュアショニスト・インターナショナルやハプニングはランド・アートやコンセプチュアル・アートに先行する運動であるにもかかわらず逆の順番で論じられるため、関係が錯綜する。これは先に述べた本書全体の構成と関わっている。つまり「現代美術史」とは一種の反モダニズム美術の実践であるが、モダニズム美術が歴史的に形成されたのに対して、本書の記述は非歴史的であるため「現代美術史」の非歴史性がその本質に由来するか本書の語りに由来するかという点が不明確なのである。

 第二部では日本の戦後美術が扱われるが、この箇所は重要な問題をはらんでいる。第三章、つまり1960年代から80年代の美術を概観するにあたって山本は例によって代表的な運動を羅列する手法によって用いる。九州派、具体美術協会、万博破壊共闘派、ハイレッド・センター、もの派、美術家共闘会議、ダムタイプといった集団や運動は濃淡こそあれ、これまでにもある程度検証されてきた運動や集団であり、この部分の記述は文中でも言及される黒ダライ児と椹木野衣の著作に多くを負っているだろう。専門家である私からすれば若干の事実誤認も認められるが、ひとまず措く。ここで指摘すべきは論じられる対象がグループとしてのハイレッド・センターとダムタイプはともかく、具体美術協会からもの派までほぼ現在公認されている戦後美術のメインストリームと一致していることだ。千葉成夫から椹木まで、「前衛の日本」から「TOKYO 1955-70 : A NEW AVANT-GARDE」まで、多くの研究や展覧会によって輪郭が描かれたこのような史観自体は現在ほぼ共有されているといってよい。問題はこのような史観が「現在美術史」においても繰り返される点である。私が「実体としての作品なしに美術史を論じる」と指摘した本書のスタンスはこれらの展示や研究にも共有されている。千葉が「現代美術逸脱史」の中で「類としての美術」という概念を提唱した時、そこには絵画、彫刻といった枠組を超えた作品が想定されていたが、これは端的に作品概念の変質を意味している。あるいは「日本・現代・美術」において提起された「悪い場所」とは作品が作品を生むというモダニズム美術の原理が断ち切られた場所ではなかったか。さらに黒田が美術の中にほとんど登記されていない異様なパフォーマンスによって戦後美術をたどるという荒業を怪著「肉体のアナーキズム」で試みたことはこのブログでも論じたとおりだ。私は本書の試み、すなわち山本がいう「現代美術史」を「実体としての作品なしに論じられる美術史」と規定したが、本書はこの観点から日本の戦後美術を論じたというよりも、実は日本の戦後美術自体が「実体としての作品を伴わない美術史」というモダニズムとは異形の営みではなかったという重大な疑念が浮かびあがるのだ。第四章においては90年代から現在、東日本大震災後までの日本の美術が運動ではなく、主に個々の作家のレヴェルで検証される。この章は事実の羅列というか表層的な記述が多いが、それにしてもこのような視点に立つならば、この四半世紀ほどの間に発表された作品のみならず「アート・プロジェクト」や「地域アート」といった当世流行のキーワードがみごとに整理されていくことが理解される。この章で紹介される作家は一見ばらばらであるが、本書の記述は小沢剛から荒川医まで一つの文脈の中に論じることを可能とし、今日にいたるまで日本の戦後美術に一つの姿勢が持続されていることを暗示するのである。

 「トランスナショナルな美術史」と題された第三部ではジェネラルな記述というより、一種のケース・スタディが試みられ、第五章ではイギリスにおける黒人芸術、第六章では日本において植民地主義と関連した作品が扱われる。第一部が欧米編、第二部が日本編と題されていたから、このセクションでは国家を超えた美術史が論じられることは予想がつく。グローバリズムが隆盛する今日、このような発想は容易に理解されよう。したがって冒頭で国民国家、あるいはナショナル・ヒストリーとしての美術史への疑問が提出されることは当然であり、植民地、移民、マイノリティーといった問題が関与する。いずれも日本ではこれまで意識されにくかった主題である。ここで70年代以降のイギリスの状況が論じられることはロンドンに学んだ著者の経歴を確認するならば当然であろうが、そもそも大英帝国として広大な植民地の版図を誇ったイギリスは文化全般にコロニアリズムの問題を抱え込まざるをえなかった。(サイードがしばしばキプリングを引用することを想起しよう)山本はイギリスにおける「現代美術」の展開を手際よく整理する。山本によればブリッティシュ・ブラック・アートにおいて重要な転機となったのは1980年代らしい。サッチャー政権下で移民への敵視が増大し、暴動が続発したこの時代こそ黒人作家が自己のアイデンティティーを認識し、多様な表現が成立した時期であったという。山本は表象批判というキーワードを用いて、これらの表現を分析する。すでにサイードが「オリエンタリズム」において縦横に分析した問題であるが、山本はさらにガヤトリ・スピヴァクが提唱する戦略的本質主義といった最新の理論を導入し、フェミニズムの視点や映像表現の可能性といった話題を加味しつつ興味深い議論を展開する。論及される作家は未知の場合が多いとはいえ、象の糞を素材として用いるクリス・オフィリについては作品を実見したことがあり、先日、福岡市美術館で大規模な回顧展が開催されたインカ・ショニバレCBEについてはこのブログでも詳しく論じたとおりである。これらの作家はしばしば展覧会でまとめて紹介されたとのことであるが、ほぼ同じ時代に注目を浴びたYBA、ヤング・ブリティッシュ・アーティスツとの関係はいかなるものであったか。この点に関してはもう少し説明がほしかった気がする。イギリスではこれらの表現を介して「トランスナショナルな美術史」が可視化されたのに対して、日本において植民地支配の問題は社会的にも隠蔽されてきた印象がある。「脱帝国の技法(アート)」と題された第六章においては今世紀の日本の美術の中で植民地やオキナワの問題が顕在化される場面が論じられる。しかしこれらの主題が日本の現代美術の重要な一角を形成していることは今や明らかであろう。例えば今年のあいちトリエンナーレにおける検閲事案において、直接の引き金となったのは慰安婦をめぐる表象の問題であったし、同じ会場に展示されていた藤井光の作品が台湾における皇民化教育のリナクメントであったことについてはこのブログでも論じた。同様にこのブログの中で詳細に論じた小泉明郎の「帝国は今日も歌う」についても本書の中に図版と言及がある。あるいは在日コリアンを主題とした高嶺格の一連の作品、大極旗と日章旗を描き込んだ会田誠の作品、さらに沖縄を主題とした一連の作品、ここでもこれまで美術史の文脈に位置づけることが困難に感じられたばらばらの作家の多様な作品が、ジグソーパズルのピースが嵌まっていくように一つの見取り図の中に収まっていくことを知る。作家の国籍はもとより、もはや形式においても作家の意図においても関係性を認めることが困難な作品が「芸術と社会」という視点を導入することによって、次々に結びついていく様子は本書の読みどころであり、大きな意義であろう。ただしこの時、それを「美術」と呼ぶ根拠はなんであろうか。本書を通読し、最後に浮かび上がる問いはこのようなものではなかろうか。

 本書で論じられた多くの「作品」は自由や解放と関わっている。美術という営みの本質を考慮する時、この点は容易に首肯される点であるが、歴史を振り返る時、時に美術が戦争や抑圧に加担する場合がある。終章においてはこのような反省から未来派、レニ・リーフェンシュタール、日本の戦争画という第二次大戦の枢軸国と関わる運動や作家が取り上げられる。ただしこの部分は私には内容的にも時系列的にも蛇足のようにも感じられた。本書で論じられるとおり、ハイレッド・センターは東京オリンピックの直前に東京都内で不穏なパフォーマンスを挙行し、ゼロ次元やクロハタは大阪万博を批判する一連のアクションを各地で繰り広げた。オリンピックと万博、歴史は繰り返されようとしている。それともあえて最後に翼賛芸術に触れることによって、動員されるのか拒絶するのか、愚劣な政権のもと、新たな戦時下において再び一種の翼賛体制の中に組織されようとしている私たちの態度を問うていると考えることは深読みに過ぎるだろうか。


# by gravity97 | 2019-11-30 17:43 | 現代美術 | Comments(0)

中嶋 泉『アンチ・アクション 日本戦後絵画と女性画家』

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 日本の美術史学におけるジェンダー研究にとって一つの画期となる論文であろう。中嶋泉の『アンチ・アクション 日本戦後絵画と女性画家』がブリュッケから刊行された。戦後美術とジェンダーに関する総括的な議論に始まり、第2章においては戦後美術における女性作家の位置が検証され、「アンチ・アクション」なる鍵概念が提出される。総論にあたる最初の二つの章においてアンフォルメルとの関係が一つの焦点をかたちづくる点は興味深い。それというのも続く三つの章で、各論として論じられる三人の女性作家、草間彌生、田中敦子、福島秀子のうち直接アンフォルメルと関わるのは具体美術協会に所属する田中敦子一人であるからだ。総論と各論、作家論と作品論が絶妙に配された本書はこれまで日本においていわゆる「フェミニズム美術史」を論じた論文の中でも出色の内容といえよう。

 序章において中嶋は日本における「フェミニズム美術史」の困難について論じる。すでに戦後美術史に関する概観的な研究は存在し、戦後美術史において女性作家が活躍したことも知られている。それにもかかわらず戦後美術における女性作家の研究はほとんど進んでいない。中嶋はやや広く女性史研究一般と関わらせてこの問題を確認したうえで、興味深い論点を提起する。すなわちそれまで展覧会や美術雑誌においてそれなりに存在感を示していた女性作家は1980年代以降、(男性)批評家によって戦後美術史に関するいくつかの通史が編集される過程でむしろその「正系」から脱落していく。中嶋によれば千葉成夫や椹木野衣らによる影響力のある通史においては日本の戦後美術に対して欧米に由来しない独自の文脈を与えることが試みられた訳であるが、集団や運動を重視したこのような史観には女性の居場所がない。確かに本書で取り上げられる三人の女性作家のうち、若くしてニューヨークに渡った草間を除いて、私たちはこれまで田中敦子を具体美術協会の作家、福島秀子を実験工房の作家として認識するのみで、ごく近年にいたるまで一人の作家として検証された形跡がない。しかしここに一つの逆説を指摘できるかもしれない。先般訳出された『図鑑 1900年以後の芸術』(原著についてはすでにこのブログで論じた)においてはハル・フォスターやロザリンド・クラウスらオクトーバー派の批評家たちが20世紀美術を一年刻みで論じている。基本的に欧米中心の美術史観が語られたこの大著においても日本語版の底本とされた版以降、執筆陣にデイヴィッド・ジョーズリットが加わり、ようやくグローバリズムの視点が加味された。しかしこの通史の中で章立てされて日本人作家が扱われるのは具体美術協会だけである。その一方で章を違えて何人かの女性作家、具体的には草間彌生、小野洋子、久保田成子についての言及が認められる。もちろん彼女らがニューヨークを舞台に活躍したという事情はあろうが、世界的にはむしろ女性作家の方が認知されているのである。

 本書に戻ろう。「『日本戦後美術史』とジェンダー」と題された第一章において、中嶋が最初に注目するのはアンフォルメルである。この視点は適切であろう。それというのも、アンフォルメルこそ日本の戦後美術のアイデンティティーと深く関わり、その屈折は女性作家の位置とも深く関わっているからである。中嶋は千野香織/米山リサを参照しつつ、日本は西洋と中国という二つの「普遍性=男性性」と常に直面してきたため、本来的に人種化したジェンダーを内面化しており、日本の美術が自身を「普遍性=男性性」の反映として屈折したアイデンティティーを帯びざるをえなかった点を指摘する。アンフォルメルもまた外部からもたらされた普遍性の最新版であったが、その核心として書や水墨画の表現といった日本美術の伝統が参照されることによって日本の批評家たちに「国際的同時代性」への目を開かせた。アンフォルメルに熱狂した日本の(男性)批評家たちはこのようなオリエンタリズムに複雑な感情とともに応接し、自分たちの伝統が世界最前衛の美術と共鳴するという主張から一種のナショナリズムさえ喚起されたのである。しかしサイード風に言えば、日本美術とは「もの言わぬ他者」であり、アンフォルメルを主導したミシェル・タピエの「他者」に対する理解もその程度のものでしかなかった。興味深いことにタピエは1957年の初来日にあたって多くの日本作家をアンフォルメルの陣営にリクルートするのであるが、その際には作品が唯一の基準とされたためにジェンダー的なバイアスは働くことがなかった。具体美術協会には何人かの女性作家が含まれていたし、福島秀子に対する評価も同じ理由による。しかしアンフォルメルの限界は直ちに明らかとなった。中嶋は次のように論じる。

 タピエは、先見性のある自分は他文化を通じ長い間それ(東洋の異質性)になじんできたために「非合理主義的な東洋の思想」にも今では、「異国性を全く感じない」という自説を無根拠に語るにとどまり、美術史の西洋中心主義を議論する姿勢は見られなかった。この座談会に限らず、タピエの汎世界的に批評基準を可能にする論拠は、彼の主観的な趣味の問題としてしか語られることがない。別の言い方をすれば、タピエのアンフォルメル運動は日本をはじめとする非西欧の画家を引き込みながら、その「異国」の美術家が批判的主体をもつことなど全く想定していなかったのである。

 このような傲慢はタピエだけのものではない。他者の文化への無理解は、本書では必ずしも前景化されないが、タピエ以上に影響力をもったクレメント・グリーンバーグの批評にも求められようし、いうまでもなく「他者も批判的主体であることへの無理解」はジェンダー研究の中心的な課題だ。この時、本書におけるアンフォルメル批判、さらには戦後美術批判が直ちにフェミニズムと結びつくことは容易に理解されよう。今述べたとおり、アンフォルメルにおいては作家の取捨にあたって性差は必ずしも問題とはされなかった。しかしアンフォルメルの早すぎる凋落の後、それに代わって導入された「アクション・ペインティング」という概念は明らかにジェンダー的なバイアスを帯びていた。中嶋が「戦後美術の再ジェンダー化」として論じる事態である。ポロックに由来するアクション・ペインティングはマッチョで男性中心的な作家像を強調する。具体美術協会の白髪一雄や村上三郎、さらには工藤哲巳や篠原有司男らの活動が日本においてアクションの系譜を形成する中で、美術史は男性中心に編成されることを余儀なくされた。しかし逆説的ではあるが、アクションという問題はフェミニズムの美術史にとって一つの主題を引き寄せた。続く章で論じられる、本書の鍵概念、「アンチ・アクション」という発想だ。

 「アンチ・アクションに向けて―戦後美術と女性」と題された第二章ではこの問題が扱われる。まず中嶋はやや遡って第二次大戦後に女性作家たちが躍進した状況を粗描し、女流画家協会、女流画家展といったトピックについて触れる。本書の各論で扱われる三人の女性作家の活動のいわば時代背景について触れた後、中嶋は福島、草間、田中の三人の作家の閲歴を簡単に紹介する。このセクションではほかにも多くの女性作家について論及されており、1950年代には公募展、団体展、前衛系を問わず、実に多くの女性作家が活躍したことは明らかである。彼女たちの多くが後世に名を伝えられなかった理由としては、もちろん女性作家が継続的に作品発表を続ける環境の厳しさといった問題はあろうが、端的に50年代以降の日本の美術批評におけるジェンダー・バイアスが介在していると考えられる。ここで注目すべきは彼女らと男性関係者の関わりである。これら新人女性作家の進出には何人かの批評家や画家が深く関与している。とりわけ重要なのは瀧口修造と阿部展也、そして具体美術協会のリーダー、吉原治良である。中嶋は「1940年代から1950年代半ばにかけて、父親ほど世代の離れている美術界の中心的人物と新人の女性作家が特殊なネットワークを築き、同時代の美術にある新しい流れを作り出していた」と記し、前者を「戦前の父」、後者を「戦後の娘」と呼ぶ。本書で取り上げられる三名の女性作家はいずれもこのネットワークに属し、しばしば海外の重要な展覧会に出品する。中嶋は国際展とのつながりを日本国内におけるジェンダー的制約からの解放とみなし、「国際的な美術の現場は、国内のジェンダー秩序からは切り離された場所だった」と説く。このような事実さえも現在では閑却されている印象が強い。最初に述べたとおり、「ART SINCE 1900」のごとき概観に登録される日本人が個人としては海外で活動する女性ばかりであるという事実はこの問題を私たちが半世紀にわたって放置してきたことを証明しているといえよう。もちろん「戦前の父」と「戦後の娘」の間にはなおも検討すべき問題が残されている。タピエ来日時に女性作家は彼の周囲にホステスのごとく配されていたし、高名な批評家や偉大な画家としての前者と無名の女性としての後者の間には非対称的な関係が厳然と存在した。当時の批評を読み返すならば、女性美術家という存在を家父長制社会構造の中に引き戻す言説が主流を占めていることも実証的に論じられ、あるいは集団のリーダーである吉原と田中の確執についてはよく知られている。これらの問題は個々にさらに深められるべきであろう。本書の理論的なフレームとしてはおそらく1990年代以降に発表された抽象表現主義に関する多く女性研究者による研究が挙げられるだろう。アン・ギブソン、マイケル・レジャ、アン・ワグナーらの仕事は一方でリー・クラズナーやエレーヌ・デ・クーニングといった女性作家を再評価し、一方で抽象表現主義研究において隠蔽されていた性差、男性優位主義を告発する内容であった。本書も広い意味でこれらの研究に連なる。なぜなら実はここで論じられる三人の女性画家にとって、共通して批判されるべき対象は抽象表現主義の中核にある「アクション」という概念であり、彼女らは「アクション」の男性的演出に対する女性的オルターナティヴとして自らの絵画を鍛えた。この状況を中嶋は「アンチ・アクション」と命名する。新しい言葉を与えることは新しい認識を与えることだ。かかる卓抜な概念を介して彼女らの表現は男性画家の亜流ではなく、女性性に基づいた新しい価値を与えられることとなった。

 続く三人の女性作家についての記述は優れた作家論、作品論であり、まずは本書を読んでいただきたい。ここではそれぞれの作家論に関して今述べた女性的オルターナティヴについて簡単に指摘しておく。まず草間彌生については、最初に松本、京都、シアトル、ニューヨークという作家の移動の軌跡が分析される。とりわけニューヨーク以前、シアトルにおける「パシフィック・ノースウェスト派」と呼ばれる作家たちとの交流について、恥ずかしながら私は本書を読んで初めて知った。このうちよく知られているのはマーク・トビーであるが、確かにトビーのいわゆる「ホワイトライティング」と草間のネット・ペインティングは共通点をもつ。しかしシアトルでの受容が日本人女性作家といういわば二重の負性を逆手にとったオリエンタリズムに根差していたのに対して、ニューヨークに移った後の草間は明確に抽象表現主義を攻撃の対象として、それを乗り越える形式を自己の絵画に求めることになる。抽象表現主義のマチズモ、男性中心主義への批判はこれまで草間の精神病理との関係で論じられることが多かった。これに対して中嶋の分析の独自性はあくまでも草間の絵画の分析を通して、当時の(男性)批評家たちがネット・ペインティングに抱いた苛立ちを検証している点である。とりわけ1960年に制作された《パシフィック・オーシャン》の分析は本書中の白眉といってよかろう。作品の巨大さがもたらす近接と遠望の視覚の交錯、パースの記号論を援用した「指標性」の指摘など、きわめて興味深い草間の絵画への解釈が次々に繰り出される。この時、草間のネット・ペインティングは偉大なる抽象表現主義に対する父殺しの試みとしてジェンダー論の主題となるのである。

 続く田中敦子の分析もきわめて興味深い。ここで中嶋は私もかねてより関心をもちながら、十分に論じることができなった問題について説得的な説明を行っている。それは具体美術協会における物質の問題である。具体美術協会についてはこれまでアクションが注目される一方で、「具体美術宣言」において語られた物質の問題については今なお十分な議論がなされていなかったように感じる。中嶋も指摘するとおり、これまで具体における物質とは「具体美術においては人間精神と物質が対立したまま握手している」という有名な一句をアクション・ペインティングへと結びつける解釈が主流を占め、ここでも男性性や作品の制作と関連づけられることとなった。しかし中嶋は同じ宣言を丹念に読み込み、そこに文字通り物質、特に当時開発された新素材への関心もうかがえる点に注目する。具体美術協会の男性作家たちが激しい身振りで物質に応じたのに対し、女性作家たちは物質そのものへと目を向けた。それは山崎つる子のビニールであり、木下淑子の化学薬品、そして田中敦子のピンクのレーヨンであった。これらは多く工業製品であり大衆文化と関わっていた。中嶋はアンドレアス・ヒュイッセンなどを引きながら、モダニズムが自己を男性的と規定し、女性や大衆文化を「文化的不純」として排除してきた歴史を指摘する。グリーンバーグの「前衛とキッチュ」なども連想されよう。これに対して田中は大衆文化、商品文化を恐れず、新しい素材へと果敢に挑戦する。その最大の成果が《電気服》であり、中嶋いうところの「円と線の絵画」であったのだ。初期のカレンダーを用いた作品から一連のコラージュ、そして「円と線の絵画」への展開を緻密に検証する議論も本書の読みどころであり、田中もまた草間とは別の方法によってアクション・ペインティングの否定、すなわちアンチ・アクションの画家であることが明解に説明されている。

 最後の一人、福島秀子は今日では三人の中で最も知られることの少ない女性画家であるが、中嶋は資料を博捜し、関係者へのインタビューを続けて、この画家の輪郭を浮かび上がらせる。もっとも50年代中盤にあっては彼女こそが美術界の中心に近い場所におり、滝口修造や阿部展也の庇護(問題のある言葉だ)と宮川淳や中原佑介といった批評家たちの称賛を受けていたのだ。中嶋も説くとおり、いくつかの個人的事情はあるにせよ一時脚光を受けながらも、ある時期以降美術界から姿を消す女性画家は数多く、福島の経歴は多くの女性美術家の典型的なケースとしてとらえることができるかもしれない。最初に触れたとおり、福島は時にアンフォルメルと関連づけて論じられ、時に実験工房との関係で言及されることはあるが、一人の画家として論じられたことは稀である。それは2012年の東京都現代美術館における特集展示まで彼女の作品が集中的に展示されることがなく、参照することが困難であったという理由はあるだろう。私もいくつかの展覧会で多く単独で展示された作品しか見た覚えがない。福島の絵画を論じるにあたって中嶋はまず村井正誠や阿部展也といった作家との類似性を説くが、それは抽象的な形態を用いて人物像、特に人の顔を描くという手法における共通性であった。人の顔というモティーフから中嶋は意外な方向に補助線を引く。それはアンフォルメルの先駆とも呼ぶべきデュビュッフェ、フォートリエ、アンリ・ミショーらの絵画であり、戦後直後の日本で陸続と発表された福沢一郎、鶴岡政男、麻生三郎らの濃厚な群像や人物像、菊畑茂久馬いうところの「肉体絵画」である。ともに第二次大戦という極限的な体験の結果としてフランスと日本で発生した、顔の絵画と「肉体絵画」、中嶋はそれらを肉体の物質化の極点とみなし、福島にも同様の問題意識を認める。ここには福島の絵画の本質をアンフォルメルから遡行するかたちで探求する姿勢が認められよう。さらに中嶋は福島が多用する技法に注目する。福島の絵画にしばしば認められる密集する円形を描くための「捺す」と呼ばれる技法である。田中敦子も円を用いた。しかし中嶋によれば絵具を「捺し」つけて描く技法は支持体と身体との密着度が低く、このため像はにじみ出てきたような特殊な作者性を主張する。さらに「捺す」ことによって生まれる線や像は画面の中で独特のイメージ、時に顔や身体を連想させるイメージを成立させる。中嶋は《ホワイトノイズ》という作品の分析をとおして、このような複雑なイメージの生成を検証して次のように結語する。「多くの画家が、アクションに魅了され、自己を物質に刻印することの誘惑に抗しえなかったことと対照的に、福島の顔や人体の表現は常に『捺す』という技法を伴い、厳しく画家の権利を制限した。それゆえ『捺す』という技法は、人間の表象を考え直す必要に迫られた戦後世代として福島が感じた、描くことに対する倫理観や責任として解釈することができる。福島の絵画はアクション・ペインティングとは別の形で、戦後の人間表象の問題に応えているのである」

 おそらく本書がジェンダー研究として成功した理由は「アンチ・アクション」という実に魅力的な鍵概念を設定したことに求められるだろう。三人の絵画がいずれも異なった理由でアクション・ペインティングへの根底的な批判を形成することは明らかである。しばしば論じられているとおり、日本におけるアンフォルメルの受容はきわめて錯綜しているが、私の考えではなおも検証されるべき多くの豊かな可能性を秘めている。この研究はジェンダーという思いがけない視点からこの問題に切り込み、アクション・ペインティングにおける男性中心主義批判といったステレオタイプの批判ではなく、同じ時期にその対案とも呼ぶべき絵画が日本人の女性によって制作されていたことを実証する点において刺激的であり、しかもそれが具体的な絵画を通してみごとに検証される。

 サブタイトルに「絵画」と「画家」という言葉がある。このサブタイトルもよく練られている。何度も参照する「ART SINCE 1900」において例えば草間が論じられる時、ネット・ペインティングの画家というよりスキャンダラスなハプニングを繰り広げた日本人女性作家という視点が強調されている。小野洋子であれば「カットピース」、久保田成子であれば「ヴァギナ・ペインティング」、ジェンダーの問題についてそれなりに理解があるはずのオクトーバー派の書き手でさえ、アクションならぬハプニング、端的に女性の身体と直結する表現を彼女らの代表作として選んでいるのだ。私たちはこのようなリストにさらにマリーナ・アブラモヴィッチを、ヴァリー・エクスポートを、リンダ・ベングリスを加えることができる。そしてこのリストは美術史に女性が参入するためには多く裸体を、時には性器をさらさなければならないことを暗示するかのようである。草間がニューヨークで実施した裸体のハプニングはよく知られているし、本書の中で論及される田中のベル作品は本質において演劇的である。しかし中嶋はこれらについての言及を意図的に避け、彼女たちの絵画に集中する。それは身体や裸体、演劇やパフォーマンスへの転調というフェミニズムの美術史がしばしば陥る罠を避けて、彼女たちの仕事を絵画という「普遍的」で「男性的」なシステムの中で正当に位置づけつつ、そこに秘匿された女性性を摘出しようとする高度な戦略に負っている。そしてこの時、西欧の父権に根拠を置くモダニズムの絵画史は一新されるのだ。


# by gravity97 | 2019-11-12 20:06 | 現代美術 | Comments(0)

NEW ARRIVAL 20191101

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# by gravity97 | 2019-11-01 09:15 | NEW ARRIVAL | Comments(0)

阿部和重『オーガ(ニ)ズム』

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 阿部和重の小説を取り上げるのは『ピストルズ』以来二度目となる。「神町サーガ」あるいは「神町トリロジー」と呼ばれる三部作の掉尾を飾る本書は1600枚、三部作中最長の超大作である。神町(「じんまち」と読むらしい)は山形県東根市に実在する地名であり、阿部の生地である。本書は単独でも十分に楽しめるが、『シンセミア』『ピストルズ』につながる内容であり、とりわけ『ピストルズ』と深い関係がある。三部作を合わせると4400枚という量であるから、前日譚を読むのが面倒であれば、私のレヴューに目を通して『ピストルズ』の内容を頭に入れてから本書に向かってもよいかもしれない。三部作に共通するのはサーガの名のとおり、いずれも地方の典型的なサバーブ、神町を舞台にしていることである。しかし神話的な暴力や差別が横行するフォークナーのヨクナパトーファ、中上健次の紀州といった荒ぶるトポスに比べて、神町はなんとも薄っぺらだ。そこでは盗撮ややくざの暴行といったけちくさい悪事しか発生しない。一方でこの三部作に共通するのは一種の陰謀史観とオカルティズムだ。『シンセミア』においては「パンの田宮」というパン屋の家系、『ピストルズ』においては菖蒲一族というヒーリングに特殊な能力を発揮する一族が登場する。彼らはいずれもこの町の歴史と関わる陰謀を裏で操り、一種のカタストロフを引き起こすこととなる。しかもこの陰謀たるや進駐軍やCIAといったアメリカの軍や諜報機関が深く関わる荒唐無稽な内容であり、さらにはUFOや人の意識を操る術といった怪しげなエピソードが次々に導入される。本書との関係において私があらためて注意を喚起しておきたいのは、いずれの長編においてもアメリカの影が濃厚に認められた点だ。「アメリカの影」とは戦後の高度成長期の文学を論じた加藤典洋の批評のタイトルであった。以前にもこのブログで私は白井聡の『永続敗戦論』に触れて敗戦後、日本がアメリカに対する属国性を内面化してきたことを検証した。初めに結論を述べるならば、私はこの三部作こそがこのような内面化を初めて明確に言語化した画期的な作品であると考える。ことに本作品においてこの点は明瞭だ。

 三部作の共通性はほかにも認められる。例えばタイトルである。前回のレヴューで私は「シンセミア」が sin semilla 「種のない」と sinsemilla 高純度のマリファナの通称である「シンセミラ」の二重の意味をもち、「ピストルズ」も通常の片仮名表記から私たちが連想する拳銃という意味ではなく、pistils 花の雌しべという意味であり、明らかにダブルミーニングが想定されていることを指摘した。今回のタイトルにいたっては「オーガ(ニ)ズム」という表記自体がオーガズムとオーガニズム、性的恍惚と有機体という二つの意味を宿している。これらを並べてみるならば、種子、雌しべ、性的恍惚といった生殖と関わる主題が暗示されており、同時にそこには生命、あえていえば植物性が含意されているといってもよかろう。あるいは「シンセミラ」とは受精できないように加工された植物から採取された高純度のマリファナであることを想起する時、オーガズムという言葉との関連も明らかである。これら一連の主題は「ピストルズ」に登場する菖蒲一族と深く関わっている。郷土史から新聞記事、インターネット上の情報にいたる実在する情報と虚構を交える手法も三部作に共通している。思い返すならば「シンセミア」の冒頭はアメリカで豊作となった小麦の余剰分を日本の学校給食に振り向けるために考案されたキッチン・カーなるバス事業についてのNHKの映像記録についての記述から始められた。実に奇怪な冒頭であったが、三部作を読み終えるとその意味が得心される一方で、1999年に連載が開始された時点でこの三部作の主題、はっきり書いてしまおう、「アメリカ」の内面化という主題が構想されていた点に驚かざるを得ない。そして本書も実に奇妙な引用とエピソードから始められる。すなわち第44代アメリカ大統領バラク・オバマの自伝と、オバマが6歳の時に鎌倉大仏を見学したというエピソードである。読み進めるならば、この挿話も小説の中で重要な意味をもつことが理解されるが、事実に基づいたテクストを参照した後、物語はいきなり疾走を始める。すなわち小説家、阿部和重のマンションをニューズウィークの編集者を騙った、実はCIAのケースオフィサー、ラリー・タイテルバウムが腹部に傷を負って血まみれで転がり込んで来るのである。直ちに語り手の問題が浮かび上がる。『ピストルズ』について論じた際に、かなり錯綜した語りの問題について分析した。『オーガ(ニ)ズム』の語りは原則として『シンセミア』同様に超越的な位置、いわゆる神の視点が採用され、登場人物は三人称によって記述される。しかし登場人物として著者である「阿部和重」が登場することによって語りは微妙な揺れを示す。ここに登場する阿部は作家自身なのか。小説中で阿部は「テロリズム、インターネット、ロリコンといった現代的なトピックを散りばめつつ、物語の形式性を強く意識した作品を多数発表している作家」であることが繰り返し説明される。さらに作中にはほとんど登場しないが、阿部の妻として神町で映画のロケに立ち会っている川上についての言及がある。川上とは実生活における阿部のパートナー、作家の川上未映子のことであろうか。(ただし作中でこの人物は一度もフルネームで呼ばれることはなく常に「川上」と表記されるという「テクスト的な現実」が存在する。おそらくはここには蓮實重彦の『「ボヴァリー夫人」論』が意識されており、このような超絶的な本歌取りに私は思わず微笑するのである)オバマ前大統領の自伝の引用は私たちを唖然とさせるが、世界的セレブレリティを登場させる手法には前例があり、「クエーサーと十三番目の柱」はパパラッチから逃走中に事故死を遂げたダイアナ妃のエピソードとともに物語が始まっていたことも想起される。現実と虚構を混在させる手法は阿部が得意とするところであるが、この小説においてはさらに現実の阿部和重とその家族が投入される訳だ。物語自体は主人公を阿部と呼ぶ全能の話者によって語られるが、内面について語られる人物は阿部しかおらず、しばしば阿部の目を通して他者が記述されるから、話者としては全能の話者と阿部が二重化されているといえよう。まことに「物語の形式性を強く意識した」阿部らしい錯綜した叙述である。

 続いて小説の内容に目を向けよう。かなり詳しく記述するが、「物語の形式性を強く意識した作品」であるから、ストーリを知っても十分に楽しめるはずだ。先に述べたとおり、単身で三歳の息子の世話をしている阿部和重のもとにCIAのケースオフィサーが血まみれで転がり込むという突拍子もない幕開けに続いて、ノンストップで物語が展開される。『ピストルズ』を評した際に私は阿部の小説に特有の疾走感が欠けていると難じたが、『オーガ(ニ)ズム』は逆に全編これ疾走に次ぐ疾走でリーダビリティーに富む。傷を負ったケースオフィサー、ラリーはなぜ阿部に保護を求めてきたのか。この事情を知るためにはほかの小説について知っておいた方がよいかもしれない。すなわちラリーは『ピストルズ』に登場した菖蒲一族を監視するスタッフの一人であったが、任務を遂行中に爆発装置のトラップによって重傷を負う。CIA内部にはテロリストと内通している者がいるらしく、今やスタッフたちも疑心暗鬼の状態にある。彼らが懸念するのは菖蒲一族の関係者によって「スーツケース型核爆弾」が日本に持ち込まれ、テロに利用されることである。唐突に登場したかにみえる「スーツケース型核爆弾」とは『ミステリアスセッティング』の重要な小道具であり、この小説は一人の少女の手によってそれが国会議事堂前駅に仕掛けられた場面で終わった。したがって本書はその後日譚でもある。すなわち核爆弾の爆発によって発生した「永田町直下地震」によって国会議事堂を中心とした近隣の土地一帯が崩落し、この事件を契機として東京からの遷都が図られ、神町が新しい首都として選ばれることとなる。このあたりは相当に強引な展開で説明も十分ではないが、「形式性を強く意識した作品」であるから許されるという訳であろうか。神町への遷都によって、2014年に来日したバラク・オバマは東京のみならず、神町の新しい国会議事堂も訪問することとなるのだが、神町に待ち受けるのが「スーツケース型核爆弾」を入手した可能性のある菖蒲一族であるから、大統領を標的とした核攻撃が仕掛けられる可能性が生じ、ラリーを含むCIAの日本支部が浮足立つ訳である。オバマとCIAはともかく阿部にとっては、映画でいえば「北北西に進路をとれ」や「フランティック」のような、いわゆる巻き込まれ型という物語類型の典型であるが、ラリーの闖入には理由があった。なぜならCIAの秘密ファイルの中には阿部が神町出身であり、2012年に「永田町直下地震」をヒントにした小説『ミステリアスセッティング』を発表したことが記されていたからだ。つまりここでも虚構と小説内の現実の審級が入り乱れている。ラリーと阿部は息子の映記(妻とは逆に常にファーストネームで表記される)を同伴して川上が滞在している神町に向かう。物語は次第にサーガの原点、神町に収斂し、菖蒲一族が経営する菖蒲リゾートなるヒーリング施設を舞台として逃走と追跡、探索と尋問がテンポよく繰り広げられる。オバマの山形空港への到着を控えて、阿部とラリーらCIAスタッフは陰謀の核心に迫るが、そこに現れたのは「シンセミア」において登場した一人の人物であり、かくして完成に30年を費やした神町サーガは一つのクライマックスを迎えることとなる。

だらだらと続く会話、意味もなく引用されるおびただしい商品名、同じ比喩の繰り返し、本書においても阿部の独特の文体は健在だ。一言で言えば、それらは物語を滑らかに読み続けるうえでの異物であり、物語が何者かによって語られていることを絶えず想起させる。それは「物語の形式性を強く意識する」ことなのであるが、果たしてこの語り手は信頼に足るか。この点においてマリファナや幻覚剤、薬物による幻覚がこの三部作に一貫する主題であることの意味が明らかになる。シンセミアあるいはオーガズムがもたらすトリップ感は現実と幻覚のあわいを突き崩し、『オーガ(ニ)ズム』の後半では阿部の幻覚と思しき現実にはありえない情景が断続的に挿入される。しかし幻覚は地の文に接続して挿入され、そこでも阿部は三人称で呼ばれるため、それが阿部の幻覚であるのか、そもそもこの小説自体が何者かによって幻視されたヴィジョンであるのか次第に判然としなくなるのだ。小説全体が別の枠組の中に挿入されるというアクロバティックな形式に私たちはこの小説の中で出会う。つまり本書の中で『ピストルズ』という作品が暴露ウイルスによって神町の書店主の個人パソコンから流出したインタビューの記録であることが明らかにされるのであるが、それは『ピストルズ』という小説の内部では決して認識しえない構造、小説の外部に出て初めて望見できる小説の形式的な枠組であろう。この時、『オーガ(ニ)ズム』もまた同様の準拠すべき構造をもつのではないかという疑いが生じる。

 この点に関して最後に私の大胆な仮説を披歴しておこう。最初に述べたとおり、私はこの三部作の隠された主題が戦後日本とアメリカの関係、日本がアメリカに対する属国性を内面化していく過程であると述べた。この点についてはかかる意識とともに三部作を通読すれば直ちに明らかな点であろうと考えるからくどくどと説明はしない。何よりもこの小説の末尾、72歳になった阿部がラリーとの再会に向かう場面を読めば決定的なエピソードが記されている。私が論じたい点はその先だ。それでは阿部にとってアメリカに対する属国性とは何か。私は端的に映画ではないかと考えるのだ。映画学校出身で映写技師を務めていた阿部の経歴を考慮する時、当たり前の結論と思えるかもしれないが、ことに本書においては映画的記憶が横溢している。いちいち挙げる必要もなかろう。川上の助手の山下さとえは自分たちの撮影現場を「地獄の黙示録」に例えて「ワルキューレがんがんに鳴っちゃってるんすよ」と愚痴る。バラク・オバマはライトサーバーを手にオサマ・ビン・ラディンと対峙する。さらにあと一つ、象徴的な場面を紹介しておこう。オバマが神町を訪れる当日、阿部は山形空港で「見わたすかぎり、血塗られたみたいにまっ赤に染まった大空」を見上げる。この情景から連想される映画的記憶は文中に示された「地球最後の日」ではなかろう。おそらくそこに想定されているのは別の箇所で引用されているタランティーノの「キル・ビル」における旅客機の窓の外の風景のはずだ。そしてこのシーンは実は1968年に松竹が制作した「吸血ゴケミドロ」へタランティーノが捧げたオマージュであることまで思いをめぐらすならば、ここではアメリカと日本の間で乱反射するようなきわめて錯綜した引用がなされているのだ。さらに思い起こそう。そもそも阿部のデビュー作自体が「アメリカの夜」と題されて、ブルース・リーへの言及によって始まっていたではないか。戦後日本の歴史がアメリカへの属国性を内面化する過程であったとするならば、阿部の小説もまたアメリカ映画を日本語による言語芸術の中に内面化する過程と考えることはできないだろうか。この小説は次のパッセージで閉じられる。なんとも暗示的な一文ではないか。

窓外を眺めていると、かつてハリウッドサインと呼ばれていた看板が遠くに見えてくる。今ではHOLLYWOOD L がひとつ抜けてHOLYWOOD になってしまっているが、それが誰の仕わざなのかはわかるようでわからない。


# by gravity97 | 2019-10-28 20:13 | 日本文学 | Comments(0)

「あいちトリエンナーレ 2019 情の時代」

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あいちトリエンナーレをめぐる迷走、というより表現の自由への弾圧とそれに対する抵抗は近年の美術館をめぐる検閲事件としても異例の経過をたどった。それは批評に関わる者に対しても無意識の抑圧として働いたのではなかろうか。例えば私はこのブログで展覧会についてのレヴューを3月のインカ・ショニバレCBEの回顧展以来一度も記していない。本務の多忙もあり、このところブログの更新自体が遅れがちであったことも一因であるとはいえ、おそらくこれほどの長い期間、展覧会について一度も記さなかったことはブログを始めて以来であろう。展覧会を訪れると私は直ちになんらかのコメントによって応接したいと考えるし、実際にこの半年の間、興味深い展覧会も多数存在した。しかしそれらについて批評することができなかったのは、8月に事件が発生して以来、個人的にSNSを通じて抗議を表明し、いくつかの署名に加わったとはいえ、事件について語らずして、展覧会や美術について語ることが許されるかといういささか倒錯した自制が働いたためであろう。この事件がそれほどまで自分に内面化されるとは意外であったが、ひるがえって考えるに私は30年ほど展覧会に関わる仕事に従事してきたが、ここまであからさまに表現の自由が蹂躙され、展示が直接の暴力にさらされる事態を経験したことがない。表現への弾圧自体はこれまでも無数に存在した。しかしそれがあからさまな国家の意志として貫徹された例を私はほかに知らない。私は暴力がそれによって被害者に沈黙を強いるという倒錯を初めて理解した。このような心理的機制を性的虐待の被害者のそれに準えるのは傲岸であろうか。知られているとおり、このような検閲自体が《平和の少女像》という戦時における性的暴力の表象と深く関わっている。83日以降閉鎖されていた「表現の不自由展・その後」が再開されると聞いて、私が直ちに名古屋に赴くことを決めたのは、展示を実見することによってこのようなトラウマから自らを断ち切りたいと考えたからだ。 

 このレヴューは今回のトリエンナーレ全体を視野に入れたものではない。私が訪れたのは名古屋会場、それも愛知県美術館と名古屋市美術館の二つの美術館に過ぎず、名古屋市内での展示、豊田市美術館を含む豊田市での展示については見ておらず、多くのパフォーマンスのプログラム、例えばSNS上で話題になっている小泉明郎の「縛られたプロメテウス」のごとき作品を見ることはできなかった。日帰りで展示を見るためにはこのトリエンナーレは広すぎる。むろんこれは私の問題であり、私の責任であるが、ほかにも評判の高い作品や発表が多数あり、それらについて言及することができないことをあらかじめお断わりしておく。さらに具体的な作品について論じる前に、私がどの時点でこの展覧会を訪れたかについても書き留めておこう。どの時点で展覧会を見たかということは展覧会の印象に決定的に関わっているからだ。私は「表現の不自由展・その後」再開後の早い時点で名古屋を訪れた。昼前に愛知県美術館に到着し、展示の最初の部分を見た後、抽選番号付きのリストバンドを受け取った。先着順ではなく時間を定めた受付であったから、長蛇の列に並ぶこともなく黄色いリストバンドを受け取ることができた。この日は580人の応募者に対して二回のツアーの計70名が当選したということであり、当選率は12パーセント。残念ながら私は外れたので、愛知県美術館の展示をもう一度一巡して、名古屋市美術館に向かうことにした。興味深いことにはいくつかの作品には「NOW OPEN AGAIN展示 再開」という表示が付されており、それは今回の検閲事件に抗議してひとたび作品の公開を中止した「表現の不自由展・その後」以外の出品作家が、(私は見ることができなかったのだから)未だに不十分であるとはいえ「表現の不自由展・その後」の再開を理由としてふたたび自らの作品を公開したことを示している。上に示したとおり、いずれの場合も表示の横に「表現の自由を守る」という同一のステートメントが掲出されており、この数か月の弾圧と反抗の一端がうかがえる。言い換えるならば、この表示が掲出されている作家の作品は事件以来展示を順次閉じていった訳であり、展示が再開された108日まで見ることができなかったのだ。もちろん中には連帯して抗議のメッセージを表明しながら展示は続行した作家も存在するから、作品の公開/非公開と検閲への抗議の有無は必ずしも一致しないし、私は作品を公開したか否かによって作家を分断する発想に与するつもりもない。しかしながら明らかな事実として明言できるのは、検閲に抗議して作品を閉ざした作家の作品を見ることなくしてこの展覧会の意図を理解することは相当に困難であったことだ。今回出品された作品のうち、注目すべき作品の多くは検閲に抗議して展示を一時中止しており、実際、私がこれから論じる作品の多くはこのような抗議に連なっている。つまりあいちトリエンナーレは開幕直後と閉幕直前のそれぞれ一週間ほどの間に見るか、それ以外の期間に見るかによってかなり印象、端的にいってその充実が大きく異なるのだ。この一事をもっても私は「表現の不自由展・その後」を再開したことの意義を強調しておきたい。最初、展示が中止となったことに暗澹たる思いに駆られたが、作品を撤去していないという知らせに触れ、本気で再開を検討しているのではないかという希望が生まれた。実際にまことに「不自由」なかたちではあるが、私たちは作品と再会する機会に恵まれ、一時公開を中止していた作家たちもこれに応じた訳である。一度閉ざした展示を再び開くためには多くの苦労があったことが推察される。経緯をめぐっては様々な議論がなされ、批判と評価が相半ばしている印象があるが、私は関係者、とりわけ芸術監督と県知事、事務局のスタッフたち、そして再開に応じて再び作品を公開した作家たちの努力と連帯を全面的に支持する。

 では展示の内容はどうであったか。二つの美術館のきわめて限定された作品しか見ていないことを繰り返したうえで、いくつかの作品についてコメントしたい。今回の展示のテーマは「情の時代」である。芸術監督の津田大介は「情」がはらむ三つの意味をそれぞれ、「感情」、「情報」、「情け」とパラフレーズする。インターネット上の「情報」が人々の「感情」に訴えかけて生じた今回の事件を想起するならば、きわめて暗示的なテーマであったかもしれない。社会学者である津田が企画した今回の展示であるが、おそらくはキューレーションを担当したスタッフたちとよい連携がとれていたのであろう。作品のクオリティーは高い。例えば冒頭に置かれたアンナ・ヴィットの映像である。そこにはスーツを着て、笑みを浮かべた8名の男女が並んでいる姿が映し出されている。彼らの姿勢や表情は変わらない。壁に設置された作品解説には、この作品が彼らに60分間にわたって同じ姿勢、表情を保つことを要請したものであるという「情報」が記されている。私たちは笑みを浮かべたこちらを向いた彼らの「感情」が偽装されたものであることを知り、同じ姿勢と表情を強いられた人物たちへの「情け」が生じる。この作品には多くの出品作品をとおして繰り返される一つの主題が暗示されている。それは他者への共感は可能かという主題だ。いくつもの作品を横断して認められる問題を列挙してみよう。移民、植民地、ジェンダー、生殖、いずれも他者性と関わる問題が扱われている。例えばタニア・ブルゲラのインスタレーションだ。入室する前に私たちは手に8桁の数字をスタンプされる。それは2019年に国外に脱出した難民とそれを果たせず死亡した難民の合計数であるという。白く照らし出された室内には何も展示されておらずメンソールが充満している。強い刺激臭によって私たちは涙を流す。観者を感覚的に巻き込む手法は相当に強引であるが、私たちは数字という「情報」が通常「情け」とともに発動する涙と結びつけられるに立ち会うのだ。移民の問題は会場の中で反復される。キャンディス・ブレイツは移民の体験を俳優が語るという二重の虚構を用いるが、この手法については後でも触れる。名古屋会場におけるカタリーヌ・ズィディエーラの作品はイギリスのバンド、ティアーズ・フォー・フィアーズのヒット曲の歌詞を、英語を解さないセルビア人が文字に起こすことによって言語が他者として立ち現れる場に私たちを導く。難民にせよ移民にせよ、日本人にとっては比較的意識されることの少ない問題であるが、日本にも「難民」の収容者は存在し、私たちは先日、大村の入国管理施設において収容されていたナイジェリア人の男性が抗議のハンストの果てに「餓死」したという悲惨な事件を知ったばかりだ。彼らの存在が不可視化される状況を扱った作品も存在した。ジェームス・ブライドルという作家の《継ぎ目のない移行》は撮影が禁止されているイギリスの入国審査、収容、国外退去と関わる管轄区域や図面や収容者へのインタビューから再現し、映像として表現したものだ。多くの作家たちがこのような主題を取り上げていることは、グローバリズムのもたらした闇に対して、先端的な感性が共振していることを暗示しているのではなかろうか。田中功起も別のかたちでこの問題に触れる。「抽象・家族」と題された映像作品において田中は両親のいずれかが日本人でない数名の演者によって疑似家族を作り、彼らへのインタビュー、あるいは彼ら同士の会話の記録によって、私たちにとってアイデンティティ―とは何かという問題を提起する。作品解説にある次の文章はこの作品のみならず、この展示に出品された多くの作品に共通する視点であろう。

世の中には「当事者しか語り得ない物語」がある一方で、この作品には「当事者ではない人はいかに語り得るのか」という問いが潜んでいます。時に私たちは、既に知っている事実に対して「自分とは関係のないこと」だと無関心を決め込むこともできますが、逆にそれらに対して、思いを馳せたり、心を寄せたり、語り合うことも可能なのです。

 田中の作品は今回の事件を受けて、「再設定」されたということが会場で配布されていたハンドアウトに記してあった。私はこの事情をさらに知りたいと思うし、それはこの展覧会自体が事件の前後によって不可逆的に変質したことを暗示している。さらにいえば文化庁による補助金不交付という決定は、表現に国家が介入する意志を示したという意味で、展覧会どころかこの国の表現をめぐる状況が不可逆的に変質したことを示しているだろう。他者との関わりを主題とした作品はほかにもある。青木美紅という若い作家も家族という身近な他者との関係をシビアに問う。自身が人工授精で生まれたことを知った彼女は生殖という営みが生得ではなくしばしば人工的に管理されていることをクローン羊ドーリー、さらに障がいのゆえに親の手で断種されようとした女性へのリサーチを通して検証し、独特のインスタレーションへと展開させている。今回のトリエンナーレに出品された作品の多くは、もはや美とか調和とは関係がない。他者を介して個が社会といかに関わるかという点が問題とされており、社会性の強い作品が多い。私が見ることが出来なかった「表現の不自由展・その後」もまさにこの文脈でとらえられるべきであり、展示される必要性があるのだ。ちなみに「表現の不自由展・その後」の出品作品についてはモノクロの図版であるが、13点全てが出品作家でもある安世鴻によって撮影され、『世界』の10月号に掲載されているから、参照することが可能である。それぞれの作品を社会との関係においてどのような文脈においてとらえるべきかについては予備知識が必要な場合が多い。今回はキャプションの横にかなり長い作品解説が付せられており、このような理解の補助としておおいに有用であった。展示全体のカタログはまだ発行されていないが、今回の事件も含めた一種のドキュメントとして展示後に発行されることが望ましいだろう。さまざまな評価はあろうが、少なくとも暴力に屈することなく再開した展示として、一つのモデルたりうるからだ。
 

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あいちトリエンナーレについてはほかにも論じたい問題は多いがきりがない。最後に私が見た限りにおいて一番感銘を受けた作品について論じてレヴューを閉じることとしたい。それは名古屋市美術館で展示されていた藤井光の《無情》という映像作品である。暗い部屋の一つの壁面にモノクロ映像、別の壁面に併置するかたちで四つのカラー映像、合計五つの映像が投射されている。モノクロ映像は日本統治下の台湾で撮影されたもので、そこでは当時台湾に設置された皇民化教育施設「国民道場」での教育の模様、台湾の若者たちが道場の前に整列し、水垢離の行を行い、皇民としての誓いを叫び、一斉に算盤を弾く様子などが記録されている。冒頭には皇民化教育を礼賛するテクストが示されるが、それは日本で育った台湾人文学者によって1944年に発表された小説からの引用らしい。この映像とテクストは皇民化という醜悪な植民地政策を白日に晒すものであり、私の考えでは「表現の不自由展・その後」よりはるかに明確に「大日本帝国」の非人間性を私たちに伝える。事務局に電凸をしかけたネトウヨたちがこの作品について全く批判しないことは、彼らがいかに展示を実見せずに批判を繰り返しているかを傍証している。この作品から私はもう一つのトリエンナーレを想起した。それは森村泰昌がアーティスティック・ディレクターを務めた2014年の横浜トリエンナーレ「華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある」であり、この展示についてもかつて私はこのブログでレヴューしている。その一角には戦時下にあって戦争や軍隊を称えた詩文を発表しながら、戦後も人気作家として活躍した詩人や小説家たちが第二次大戦中に刊行した書籍のまとまったコレクションが出品されていた。「表現の不自由・その後」に出品されていた《平和の少女像》は従軍慰安婦という帝国の忌まわしい記憶を想起させるがゆえに、現政権の意を受けて攻撃されたことに思いをめぐらせるならば、これらの書籍も同様に塗り潰された過去と関わるものであった。横浜においても禁書の展示、作品が不在の展示室といった手法を介して歴史修正主義あるいは作品の検閲と破壊が主題化されていたが、よくいえば洗練、悪くいえば地味な展示であったため、国家主義者たちの反発を招くことはなかった。これに対して今回の展示では同じ問題が正面から挑発的に取り上げられた訳である。それが主催者の予想を超える攻撃を招いたことは知られているとおりであるが、私がこれまで見た国内における大規模国際展の中でも2014年の横浜と今回の愛知が特に印象の強い内容であったことは偶然ではないだろう。藤井の作品に戻ろう。藤井の映像の秀逸な点は、過去の記録映像の横に現在のカラー映像を併置したことにある。そこでは愛知県内で就学就労する外国人の若者たちが、国民道場で行われる儀礼や訓練を再演している。アジア系の若者が選ばれたことは明らかに意図的だ。彼らは水垢離の所作を繰り返し、「海ゆかば」を歌って、植民地台湾の若者たちを模倣する。解説にもあったように再演(リナクメント)とは藤井が多用する手法らしいが、私はこの作品を見てあらためて、パフォーマンスの再現の可能性に思い当たった。絵画や彫刻とは異なり、アクションやパフォーマンスは再現不可能とみなされてきた。しかしそれらは別の文脈、別の身体を経由することによって新しい解釈を与えられるのではないか。しかもそれは絵画や彫刻とは全く異なった表象 re-presentation の可能性を開くのではないか。このような試みは2005年、マリーナ・アブラモヴィッチがニューヨークのグッゲンハイム美術館で7日間にわたって繰り広げた「セヴン・イージー・ピーセズ」において最初に提起された。これについても以前このブログで論じたことがある。アブラモヴィッチの再演があくまでも個人的なレヴェルでなされたのに対して、かつて台湾の若者たちに強制された皇民、臣民としてのふるまいを、現在、日本に居住するアジアの若者たちが再演することによっていくつもの新しい関係性が引かれる。リナクメントとは行為の再現ではない。そこに新しい意味を加えるきわめて批評的な営為なのである。冒頭に記述したいくつかの作品においても明らかなとおり、今回私が注目する作品の多くは他者によって代行される点において共通する。近年、ソーシャル・エンゲージリングといったキーワードで論じられるこの種の作品は作家もしくは作品によって表現が完結することなく、他者を介在させることによってより深い社会的な意味を帯びることが目指されている。他者による代行とは、本来その位置を占めることがない者によって経験が追認されることである。先に引用したフレーズを用いるならば、「当事者しか語り得ない物語を、当事者ではない人がいかに語り得るのか」という問題意識だ。いくつかの作品が一種の極限的な体験に関わっていたこともこれと関わっている。私たちは体験とは個人に固有であり、追体験や共感することが困難であると考えていた。しかしここに展示された作品は他者の体験を単なる「情報」としてとらえたり、「感情」的に共感/反発するのではなく、他者の体験を共有することは不可能であることをあらかじめ了解したうえで「情け」によってそれに応じる可能性へと道を開くのではないだろうか。果たしてそれが美術と呼ばれる営みであるかについて今は措く。私が今回のあいちトリエンナーレ、しかもそのごく一部の体験から学んだことは、今回この展示を封鎖しようとした現政権や名古屋市長、文部科学省らのもくろみ、つまり人々を分断し、疲弊させて私たちから思考する力を奪おうとする戦略に対して、明確な批判を加えるとともに再び私たちの連帯を可能にする視点が、まさにここに展示されていた作品の中に兆していたことだ。


# by gravity97 | 2019-10-15 10:47 | 展覧会 | Comments(0)