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四方田犬彦『テロルと映画』

b0138838_10163317.jpg 四方田犬彦の新刊「テロルと映画」を読む。四方田の著書についてはすでにこのブログでも何度か論じてきた。タイトルが直截に示すとおり、本書は四方田が自身の専門である映画に関してテロリスムという観点から分析を加えた内容である。四方田の著作に親しんだ私にとって、それぞれの章の原点とも呼ぶべき著作を挙げることはたやすい。第1章と第3章はそれぞれスピルバーグの「ミュンヘン」とハニ・アブ・アサドの「パラダイス・ナウ」という二つのフィルムの分析として『パレスチナ・ナウ』において語られているし、第4章はしばらく前に発表された浩瀚な研究書『ルイス・ブニュエル』、第5章はこのブログでも取り上げた『若松孝二 反権力の肖像』と重複する部分が多い。ほかにもインドネシアで制作された「天国への長い道」という作品に関しては、私は未読であるが、最近四方田が精力的に取り組んでいるアジア映画に関する研究の中で言及されているかもしれない。しかし必ずしもオリジナルな分析でないことは本書の意味を減ずるものではない。むしろテロリスムという観点を導入することによって、それぞれの映画監督や作品に新たな補助線を引くことが可能になるように感じた。
 著者もあとがきで述べているとおり、本書を執筆する直接の動機となったのは冒頭で触れられる2001年の同時多発テロではなく、2004年に文化庁の文化交流使としてイスラエル/パレスチナとセルビア・モンテネグロのコソボに一年間滞在した経験であった。この滞在記は『見ることの塩』というまことに苛烈な紀行としてまとめられている。私はモロッコやニューヨーク、あるいは一時期寄寓した月島を題材とした四方田の一連の紀行的エッセーを大いに楽しんだのだが、『見ることの塩』はそれらと印象を違えていた。自爆攻撃の恐怖に日常的にさらされている中東の街と、破壊された墓と燃やされた家が何の手当てもされないまま放置された東欧の街。民族間の憎悪がむきだしにされた土地に異邦人として滞在することの困惑が四方田をとらえる。そこは日常的にテロリスムが吹き荒れる土地であり、バスに乗る際には自爆テロから身を守るためになるべく後部座席に座ることを忠告さえされるような土地である。興味深いことに四方田はいずれの地においてもそこで制作された映画の研究に勤しむ。むろん四方田は映画の研究者であり、おそらく文化庁からも映画に関する研究と啓蒙を目的として「邦人渡航自粛勧告地域」へと派遣されている。しかしこの時、四方田は現地で制作されたフィルムを見て、あるいはそれぞれの地域で意欲的に活動する映画監督との対話をとおして、テロリスムに抗する営みとして映画を再発見したのではないだろうか。最終章が「哀悼的想起としての映画―テロルの廃絶に向けて」と題されているのは暗示的である。
 最初に四方田はテロリスムと映像について、本書の出発点とも呼ぶべき次のような二つの認識を提起する。すなわちテロリスムが人間に向かって何かを訴えるときには、つねに映像メディアを媒介とし、スペクタルの形態をとるという事実。第二にテロリスムの印象は映像に大きく影響されるため、人は現実と映像の境界を識別できなくなるという事実だ。映画がスペクタルである以上、映画がテロリスムと結びつくことは必然といってよい。同時多発テロにおいてワールドトレードセンターが崩落する光景が私たちにとって既視感に満ちていたことはこの理由による。さて、ワールドトレードセンターが主人公たちの背景に屹立している場面を象徴的に挿入したのが、第1章で論じられるスピルバーグの「ミュンヘン」である。この映画についてはかつてこのブログでやはりテロリスムと深く関わる二つの映画「アルゴ」と「ゼロ・ダーク・サーティー」について論じた際に詳しく言及したので、ぜひそちらも参照していただきたいが、スピルバーグのフィルムについて四方田はそれがテロリスムの起源を単純化している点、つまり9・11まで連綿と続くテロリスムの応酬がミュンヘンオリンピック襲撃に始まるかのように描いている点を批判している。つまりオリンピック襲撃はその起源は、さらに遡ってナクバと呼ばれる1948年のシオニストたちによるパレスチナ占領に求めることができるはずだ。かかる起源なき暴力の連鎖こそがテロリスムの本質であるにもかかわらず、あたかも鮫や空飛ぶ円盤の出現といった明確な起点、別の言葉で言えば因果律に置き換える点を四方田は批判するのだ。第2章では同様の単純なステレオタイプの典型が「ダイ・ハード」に求められる。ハリウッド・アクションの典型とも呼ぶべきこの連作においてテロリストはアメリカの外部から到来し、アメリカの白人男性によって打倒される。多くのハリウッド映画同様、テロリストは常に他者であり外部である。これに対して四方田はインドネシアで制作され、同地で発生した爆弾テロを主題とした「天国への長い道」という映画を対比する。私はこの映画は未見であるが、四方田によれば四つの異なった物語が絡み合って進行する多声的なこの映画において、テロリスム、テロリストは他者として画然と分かたれることなく、「外部にして内部という矛盾した存在がテロを発動させる」という分析がなされている。第三章でも二つの映画が対比的に論じられる。いずれも「テロリスト」を主人公としたオリヴィア・アサイヤスの「カルロス」とハニ・アブ・アサドの「パラダイス・ナウ」である。私は後者のみ見ている。前者はタイトルが示すように悪名高きテロリスト、カルロスが次々にテロ事件を引き起こしていく経緯をドキュメンタリー・タッチで描いているという。しかし四方田はそれがカルロスの自己顕示欲を暴くものであったとしてもなんらテロリスムについて学ぶことはないと批判する。これに対して「パラダイス・ナウ」は深く「テロリスト」の内面に入り込む。主人公たちはパレスチナ、ナブルスという街に住む二人の自動車修理工の青年である。彼らは自爆攻撃の志願者を募る機関にリクルートされ、身体に爆薬を巻き付けてテルアヴィヴに向かうように命じられる。映画はこのような機関の頽廃と自爆攻撃がルーティン化されている点を時にユーモラスに描き出す。二人の個人史が明らかになるにつれ、彼らが「テロリスム」に向かう動機も明らかになり、最終的に彼らはそれを「殉教者ヴィデオ」に録画した後に自爆攻撃へと向かうのである。このフィルムは一人の青年の顔がクローズアップされ、画面がホワイトアウトすることによって終わる。私たちが予想するテルアヴィヴにおけるバスの爆発は画面には現れない。最初に四方田がテロリスムとは視覚的なスペクタクルとして表象されると指摘した点を想起しよう。「パラダイス・ナウ」はあえてスペクタクルを拒絶することによってテロリスムの表象を相対化しえたとはいえないだろうか。ここから私が連想するのはこのブログでこれまで何度となく論じてきたテロリスムならざる計画的な大虐殺を主題としたフィルム、クロード・ランズマンの「ショア―」におけるホロコーストの表象である。スペクタクルの禁止という点において両者は共通する。ここにテロリスムをめぐる一種の不可能性が明らかとなる。つまりテロリスムは映像をとおしたスペクタクルとして私たちに提示されるが、スペクタクルとして表象されることによってその本質を失ってしまうのである。この問題については後でもう一度戻るとして、続く第三章においてはテロリスムという観点からルイス・ブニュエルが論じられる。ただしこの章は私がブニュエルの映画をあまり見ていないせいか、やや観念的に感じられた。先に私は四方田のライフワークとも呼ぶべき大著『ルイス・ブニュエル』を通読したのであるが、かくも多様な問題をはらんだ映画監督であるならばテロリスムの問題と関連させることは容易であろう。四方田は「ブルジョアジーの秘かな愉しみ」「自由の幻想」「欲望のあいまいな対象」という70年代のブニュエルの作品、そして実現されず脚本が部分的に残されている「アゴニア」という作品を対象にテロリスムとの関係を分析するが、私にはやや深読みに感じられもした。第四章でも一人の映画監督を軸にテロリスムとの関係が論じられる。若松孝二である。テーマとの関係で直ちに連想される「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」についてはかつてこのブログでも論じたので参照されたい。70年前後の政治の季節にピンク映画を量産し、「ピンク映画の帝王」と呼ばれていた若松が実際にPFLPと交流をもち、一見荒唐無稽な作品が強い政治性を秘めている点については最初に触れた『若松孝二 反権力の肖像』の中で詳細に論じられている。若松が2007年という時点できわめて正統的な手法で連合赤軍事件を記録しようとした理由やその意味については先のブログでも論じたのでここでは述べない。ここでは映画監督とともに扱われた主題が重要である。なぜなら次の二章で論じられる映画もまた70年代に生起した二つの「テロ集団」と関わっているからだ。日本の連合赤軍に対して、ドイツではバーダー・マインホフ・グループ、イタリアにおいては赤い旅団が赤色テロルを繰り広げた。68年の学生叛乱が鎮圧された後、奇しくも日独伊というかつての枢軸国で吹き荒れたテロリスムはどのように映画として表象されたか。このうちバーダー・マインホフ・グループについては2008年にウーリ・エーデルが「バーダー・マインホフ 理想の果てに」という映画を制作し、これについてもこのブログで論じた。事件から半世紀近くが経過しながらも同じ時期に日本とドイツの過激派組織についての映画が制作されたことの暗合は興味深い。(ただしなぜか本書ではエーデルの作品についての言及がない)主として取り上げられる映画はドイツに関してはオムニバス映画の「秋のドイツ」と、この映画にも参加したファスビンダーの「第三世代」、イタリアについてはマルコ・ベロッキオの「夜よ、こんにちは」である。このうち、私は「秋のドイツ」しか見ておらず、さほど強い印象を受けなかったというか、当時はよくわからなかったが、それはこの映画の背景を認識していなかったためであったと本書を読んで理解された。これらのフィルムについての分析は本書に譲るとして、これらの作品に共通するのは70年代のテロリスムを主題としていることだけではない。まず多くの映画が事件から長い時間が経過した後、今世紀に入ってから制作されている。(「秋のドイツ」と「第三世代」は事件の直後、1970年代に制作されているが、ほかの作品はすべて2003年以降に制作されている)そしていずれの作品も、70年代のテロリスムをいわば内面化しており、端的にスペクタクルが不在である。「実録・連合赤軍」には終盤にあさま山荘における銃撃戦のシーンがあるが、篭城犯たちに視点を置いた映像はスペクタクルを欠き、若松が批判した原田眞人の「突入せよ あさま山荘事件」と対照的である。これらのフィルムの選択は明らかに四方田の問題意識に関わっている。第一章で四方田はテロリスムの表象を四つに分類したうえで、本書の主たる対象となる作品は次のような特質をもつと指摘する。「テロリスムの不可能性と不可避性を同時に見つめる、きわめて真摯な意図のもとに製作されたフィルム。製作本数こそ多くはないが、この範疇に属するフィルムは、テロリスムという限界的行為をけっして最初から悪として排除せず、その動機や周囲の状況、事後性の問題に分析的な検討を加えていく。それは世界の映画状況のなかではきわめて少数派であり、多くは作家の名前のもとに論じられる。この範疇には、テロリスト本人が製作に関わったり、彼らがインタビューに応じたものも含まれる」本書において「ミュンヘン」や「ダイ・ハード」、あるいは「夜よ、こんにちは」同様に赤い旅団のモロ首相誘拐事件をテーマとして私も見た覚えがあるジョン・フランケンハイマーのサスペンス、「イヤー・オブ・ザ・ガン」などが否定的に言及される理由はこの点に関わっている。
 先に述べたとおり、テロリスムが映像を介したスペクタクルとして実現されるという前提と本書で分析される映画のほとんどがスペクタルを欠いているという事実。端的に「テロルと映画」と題された書物の中で両者はどのように折り合いをつけるのだろうか。最終章において四方田はベンヤミンを引きながら映画がテロリスムの廃絶に向けて何をなしうるかという重い問題に対して三つの解答を提示する。一つ目は映像を事後性のあらわれとして差し出すこと、二つ目はフィルムの内側で和解と寛容の物語を提示して観客のメロドラマ的な想像力に訴求すること、三番目はスペクタクルの魅惑を排除することである。本書を通読した私たちはこのうち三番目の解答が最も重要かつ困難であることを直ちに理解するだろう。先にも述べたとおり、この問題はランズマンが提起した表象の不可能性という問題と関わっているだろう。しかしそれはあまりにも大きなテーマであり、別の枠組で論じる必要がある。ここでは最後にテロリスムの最新の表象として、スペクタクル性を欠きながら、和解と寛容の精神から最も遠い映像について触れておきたい。それは四方田も本書の注記として短く触れている、ISによる殺害予告の映像だ。愚かな首相のスタンドプレーのために、ISの人質とされた日本人が中東で惨殺されたことは記憶に新しいが、オレンジ色の服を着て砂漠にひざまずかされた人質たちの映像はスペクタクルからほど遠い。しかしながらこの映像はテロリスムの恐怖を伝えるという点で比類がない。人質たちのイメージはインターネットによって誰もが映像にアクセスできるという状況が可能とした新しいテロリスムの表象であり、ISはそれを実に効果的に用いている。四方田も記す通り、テロリスムと映像の関係は今日新たな段階に達し、加速度的に変化しつつあるといえよう。この問題についても別の機会に考えてみたい。
by gravity97 | 2015-07-25 10:18 | 映画 | Comments(0)

「NO MUSEUM, NO LIFE ? これからの美術館事典」

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 NO MUSEUM、NO LIFE ? 美術館なくして人生なし、とでも訳すのであろうか。独立行政法人国立美術館によって企画され、東京国立近代美術館で開催されている展覧会を訪れる。国立の5美術館の所蔵作品によって展示を構成する試みは2010年の「陰翳礼讃」展に続き二回目であるという。前回はストレートな名品展であったが、今回は「美術館」をテーマにした変化球。おそらく見る者によって印象は大きく異なるだろう。インターネットを検索したところ、変わった切り口で楽しめたといった感想が多かったが、私が覚えたのはむしろ漠然とした不全感であった。
  「これからの美術館事典」というタイトルに即して展示はAからZまでのキーワードを追うかたちで構成されている。日本で企画された「事典」であるならば、「あ」から「ん」ではないかといった意地悪は言わないことにしよう。50近いテーマを設定するのは大変であろうし、展示の面積から考えてもAからZ、26のキーワードの方が会場を構成しやすいからだ。しかし会場をめぐってみるとやや事情が違う。例えばAならばArchitecture、Archive、 Artist、 Art Museumと四つの項目が扱われているのに対して、K、Q、Uについては項目がない。XやZといったキーワードを設定しにくいアルファベットに対してもそれぞれX-ray、Zeroといったやや苦しいキーワードが当てられているのに対してなんとも不徹底というか恣意的だ。そもそも展覧会をアルファベット順に構成するという手法はイヴ=アラン・ボアとロザリンド・クラウスの企画によって96年にポンピドゥー・センターで開かれた「アンフォルム」を模しているが、「アンフォルム」に事典形式が導入された理由は、キーワードをアルファベットに機械的に対応させることによって通常の展示のコンテクストを破壊するためであった。つまり26のキーワード(実際には28)を任意に設定することによって作家別とか時代順といった脈絡を欠いた展示の実現がめざされていた。しかし今回の展示においては複数のキーワードが存在するアルファベットとキーワードが存在しないそれが混在している。50個ほどの候補から最終的にキーワードを36個に絞ったとのことであるが、美術館と関わる言葉を恣意的に選ぶのであれば初めからアルファベット順の配列や「事典」という形式に拘泥する必要はないように感じる。
 このような不徹底はキーワードの選択そのものにも認められる。この展覧会が美術館という制度を主題にしたものであることはタイトルからも明らかである。確かにArchitecture、GuardあるいはStorageといった項目は美術館の形式、あるいは外形的事実と関わっている。しかし例えばHaptic、Naked/NudeそしてOriginalといった項目は展示される作品と関わっており、意味性のレイヤーが異なるように感じられる。私の感想を述べるならば、この展覧会がもし美術館あるいは展覧会の外形的な事実のみに焦点をあてていたら、きわめて刺激的な内容になったと思う。例えばHangingというキーワードと関連して、いわゆる金属製の吊り金具、ワイヤーが展示されている。通常は絵画の後ろに隠されているこの器具を「展示」することによって来場者は作品がいかに保守されているかを知るだろう。余談となるが、カタログ中でも触れられているとおり、日本の吊り金具は世界的にもきわめて優秀であり、私も以前、ポンピドゥー・センターから展示に立ち会うために来日し、その精密さに驚嘆した関係者(コンサヴェーターであったと記憶する)から、一個でよいから持ち帰らせてほしいと懇願された経験がある。あるいはTemperature に関してはどこの美術館でもよく見かける自記式温湿度計、Guardと関連しては、フランシス・ベーコンの作品を取り囲むように配された金属の結界、これらに焦点をあてた展示はあってよいし、それなりに多くの発見をもたらすだろう。しかしそのようなテーマの展覧会であれば、そもそも作品を展示する必要はない。実際、私はもしこの展覧会にそこまでの決意とともに「これからの美術館」を展望する覚悟があれば、つまり一点の「美術作品」も展示することなく、展示器具や資材、「作品」ではなく「資料」の展示によって構成されていたのであれば、それなりの見識を感じる。しかし理事長の「ごあいさつ」によればこの展覧会の目的は「キーワードに沿いながら、紀元前から現代、西洋から東洋までと幅広い、合計約4万点の国立美術館のコレクションの中から約170点の作品を厳選して紹介する」ことであるらしい。つまり美術館という制度を問うているのか、「名品」を紹介するのか、展覧会の目的がどっちつかずなのだ。4万点の中から約170点の作品がどのように厳選されたのか、その理由がよくわからない。例えばNaked/Nude のセクションだ。国立美術館の所蔵品から裸体に関連した作品を選ぶことは誰にとってもたやすい「キューレーション」であり、私は「これからの美術館」をテーマとした展示の中にこのような安易なキーワードが存在することに不審を感じる。さらにこのセクションに展示された裸体がほとんど女性であることにも驚く。ジェンダーについての申し訳程度の言及はカタログにもあるが、膨大なコレクションの中から選ぶ以上、単なる名品選ではなくもう少し批評的な視点を介在させることができなかったのだろうか。この項目に象徴的にみられるとおり、この展覧会ではそれぞれのキーワード、ことに美術館というテーマと直接の関係をもたないキーワードについては個々の作品が対応する必然性があまり感じられないのだ。もちろん国立美術館の所蔵作品であるから、作品のクオリティーは高い。しかし作品は「キーワード」を説明するために制作されたのではないはずだ。
 このブログの読者なら理解していただけると思うが、私は小説でも演劇でもメタ的な構造を好む。美術館/展覧会についての展覧会という発想は本来ならば、大いに私を楽しませてくれるはずであった。これに対して、今回の展示が煮え切らない印象しか残さなかったとすればその理由は明らかだ。この展覧会は美術館/展覧会へのメタ批評ではなく楽屋落ちに終始している。カタログの中でも触れられているとおり、美術館ないし展覧会を主題とした展覧会としてはいくつか先例がある。2001年、国立国際美術館における「主題としての美術館」、同じ年、東京国立博物館を会場とした「美術館を読み解く」、2002年、兵庫県立美術館の開館記念展「美術館の夢」あるいはこのブログでも取り上げた2010年、京都国立近代美術館における「マイ・フェイバリット―とある美術の検索目録/所蔵作品から」。これらの展覧会は私も見た覚えがある。このうちコレクションについてのメタ批評の域に達していた試みは「マイ・フェイバリット」のみである。むろんそれぞれに問題意識が異なるから一括して論じることはできないし、メタ・レヴェルであればよいという訳でもないことは十分に承知している。しかしそれらと比べても今回の展示は美術館としてのディーセンシーに欠けているのではないか。Handling という項目ではHanging の項目で展示されたミロスワフ・バウカの作品が東京国立近代美術館に搬入されてから展示されるまでの一部始終、カトーレックの作業の人たちの仕事ぶりが記録として映示されている。私はこの映像に恥ずかしさを覚えた。作品の展示が作業員たちの入念な仕事によって保証されていることは学芸員であれば誰でも知っている。しかしそれを一般の来場者にことさらに公開する必要があるだろうか。これに対してCuration の項目には「ここでは、本展の企画準備段階で生まれた資料類を展示することで、われわれ自身のキューレーションの一端をさらけ出すことにする」という何やら得意げなテクストとともに展示室の模型を前に作品配置について協議する本展の「キューレーター」らしき人々の写真が掲載されている。このような仕事は学芸員であれば(国立美術館ほど恵まれた環境になくとも)誰でも行っていることだ。私にはこのような作業は来場者にことさら見せる必要もないし、見せるべきでもないという信念がある。自分たちの「苦労」を誰にも知らせることなく展示に組み込むことが私たちの世代の学芸員の美学であったが、若い「キューレーター」たちは展覧会を通して自分たちの「苦労」を来場者たちに知らせたいらしい。さらに言えば、私の感覚では美術品の専門業者ではなく「キューレーター」こそがHandlingの項目に挿入されるべきではなかったか。あるいはMoney の項目では作品の展示はなく、日本の国立五館の収入(交付金をを含む)をルーブル美術館、ニューヨーク近代美術館のそれと比較した表が掲出されている。カタログにあるとおり、「これをどう読むかは、立場によって異なるだろう」が、少なくとも直示的な意味としては日本の国立美術館は欧米の美術館よりはるかに少ない収入で運営されているということであろう。国立美術館に国威の発揚を求める政治家であれば、憤って予算をつけてくれるかもしれないが、今日、日本の美術館において国立館が一人勝ちの様相を呈していることは美術館関係者であれば誰でも知っている。おそらくこの展覧会で美術館の楽屋落ちを楽しむ多くの学芸員たちに決して愉快な印象を与えることのないメッセージである。
 私は今回の企画の意図そのものには共感する。先にも述べたとおり、これほど大規模な展示でなくても、例えばコレクション展の一角、今回も「事物」という興味深い展示がなされていたくらいのスペースで、美術館や展覧会そのものに批評を加える展示を組織することは可能なはずだ。ワイヤーや額縁、作品が収められていたクレート、さらには(私自身であれば展示に加えることを躊躇するが)作品の調書といったアイテムが美術館や展覧会に対して果たす批評性はこの展示をとおして理解された。この場合、ことさらに作品を用いる必要はない。私たちは優れた作品に出会うために美術館や展覧会に通うのであって、気の利いた「キューレーション」の例証や図解として作品が引用されるのを確認するためではないのだから。
 蛇足かもしれないが、関連して最後にもう一言述べておく。今年は高松次郎をめぐる二つの大きな展覧会が東京国立近代美術館と国立国際美術館で開催された。ともに国立美術館を舞台としているが、実は別々の展覧会であり、展覧会としては国立国際美術館の「高松次郎 制作の軌跡」の方がはるかに印象的であった。理由はきわめて単純だ。国立国際美術館の展示では常設展示も全て使用して、圧倒的に多くの作品がクロノロジカルにきわめてシンプルに展示されていたからだ。これに対して東京国立近代美術館の「高松次郎 ミステリーズ」においては、タイトルが暗示するとおり、三期に分類された作品群をそれぞれ一人の学芸員が解き明かすという趣向で構成されており、配置も複雑であれば解説もやたらと多かった。難解とされる高松の作品を来場者にわかりやすく解き明かそうという後者の意図はわからないでもない。しかし来場者の啓蒙を前面に押し出す美術館の姿勢は私にはいささか押しつけがましく感じられた。高松の作品は確かに難解かもしれないが、誰かにその意味を解き明かしてもらわずとも十分に存在感があり、魅力的である。そもそも私たちは作品を見に来たのであり、作品の解釈を学びに来た訳ではない。「ミステリーズ」と「事典」、二つの展覧会が真犯人やら定義やら、一義的な答えを必要とする説話や書物をタイトルに付している点は暗示的だ。
 展覧会を組み立てることの困難は重々承知しているが、今や会場デザインやグラフィックデザインまで専門家を雇って(これについても言いたいことは多いが、ここでは控える)展覧会を実施する余力のある美術館は国立館以外にほとんど存在しない。この展覧会は独立行政法人国立美術館がいわば総力で取り組んだ展覧会のはずだ。異論もあろうが、あえて苦言を呈すゆえんである。
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by gravity97 | 2015-07-18 17:36 | 展覧会 | Comments(0)

NEW ARRIVAL 150706

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by gravity97 | 2015-07-06 12:13 | NEW ARRIVAL | Comments(0)