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 今や私たちは、大江健三郎が「私らは侮辱の中に生きている」と述べ、白井聡が「卑劣漢であることがバレた卑劣漢が卑劣な振る舞いを躊躇う理由はない」と表現した為政者たちの放縦の中にある。私もこれまでの人生の中で時代が悪くなっているとか息苦しくなっていると感じたことは何度かある。しかしこの数年のこの国の異常さは全く未知のものである。私は日本が何か邪悪な存在に乗っ取られたような印象さえ覚えている。その契機は明らかだ。三年前の大震災と原子力災害がこの国の姿を変えてしまったのである。前者の復興からははるかに遠く、後者にいたっては未だに何も解決されないまま放置されている。私たちは漠然とした破滅の予感、終わりの始まりを感じながらそれを口にすることをためらっている。
 アメリカも同様だ。そしてやはり暗転の契機ははっきりしている。2001年の同時多発テロは単にいくつかの施設が破壊され、多くの人命が失われたにとどまらず、アメリカという社会の在り方を根本から変えてしまったように感じるのだ。万人にとって自由な社会から一部の権力者によって支配された暗黒への転落、本書はこの過程を傭兵企業という主題に沿って綿密に検証している。読後感は重く、同時に私はここで論じられる問題がもはやアメリカに限定されないことを直ちに理解した。異民族、異文化への不寛容と敵意は在特会のヘイトスピーチに、膨大な利権を一部の者たちが独占する一方で危険な汚れ仕事を貧困層に押しつける構図は原子力発電をめぐる問題に正確に対応している。

 本書は「バグダットの血の日曜日」と呼ばれる事件から説き起こされる。2007年9月16日、バグダットのニスール広場でアメリカの傭兵企業ブラックウォーターの車列に近づいた民間人の車に対してブラックウォーターの契約要員が手当たり次第に銃を乱射し、イラク人17人が死亡し、20人が負傷した。死者の中には幼児や女性も多く含まれ、遺体は判別できないほどの損傷を被っていた。乱射というより大虐殺という言葉がふさわしい。殺された人々に何の落ち度もないことが多くの証言によって証明されている。しかしこの虐殺の犯人たちは今のところ誰一人として処罰されていない。イラク当局はアメリカ軍に対して厳重に抗議したが、アメリカ軍はブラックウォーターが国務省の権限下にあり、軍の管轄外であると答えた。イラク内務省はブラックウォーターの国外への追放を発表したが、その四日後にブラックウォーターはイラクに戻っている。この事実はイラクに主権が存在しないこと、ブラックウォーターがアメリカの占領政策の根幹と関わっていることを暗示している。なぜ虐殺者が処罰されないのか。その根拠も明確である。2003年から04年にかけて連合国暫定当局長を務めていた大使、ポール・ブレマーはバグダットから脱出する直前に指令17号として知られる命令を発した。この指令はイラクでアメリカのために活動している民間契約要員に完全な免責を与えるという内容であり、これによってイラク政府は契約要員が犯した犯罪をイラク国内の法廷で起訴することができなくなったのである。実際にブラックウォーターをはじめとする武装契約要員の中でイラク人に対する犯罪によって起訴されたものは一人も存在しないという。目のくらむような不正義ではないか。
 ブラックウォーターがいかにして成立したか。著者のスケイヒルはまず創設者であるエリック・プリンスの生い立ちを丹念に取材する。ブラックウォーターが正式に営業を開始したのは比較的最近、1998年5月のことである。プリンスの父、エドガー・プリンスはミシガン州ホランドで自動車部品の巨大な工場を営む実業家であり、町の人口の4分の1近い人々を雇用していたという。プリンスの姉がマルチ商法で悪評高いアムウェイの創設者の息子と結婚していたといった情報も興味深いが、63歳で急死したエドガーを継いだプリンスはまもなく父の会社を売却し、軍と政治に接近を始める。プリンスは海軍特殊部隊(SEAL)に配属され、そこでブラックウォーターの構想を練り始める。SEALはアメリカ軍で最も重要な部隊の一つであるにもかかわらず訓練施設が貧弱であった。軍事訓練は民間の事業としても成立すると考えたプリンスは除隊三ヶ月後の1996年12月にブラックウォーター・ロッジ・アンド・トレーニング・センターを設立し、ノースカロライナ州に警備訓練のための広大な施設を建設する。コロバイン高校での銃の乱射をはじめとする数々の暴力事件の発生、そして小火器による警備業務の外部委託という政府の方針などによって次第にブラックウォーターの存在感は増す。そしてこの民間会社の運命を決定づけたのはいうまでもなく9・11であった。「9・11以後の環境は、エリック・プリンスとブラックウォーターの同僚たちに、会社の将来の繁栄を思うままに描き込むことのできる何も描かれていないキャンバスを提供した。制約はといえば、想像力と人材だけのようだった。ラムズフェルド国防長官は、就任当初から、ブラックウォーターのような民間企業が米国の戦争で担う役割を劇的に拡大する決意でおり、9・11をきっかけにこの政策は急展開していた」私はプリンス及びこの企業の役員たちがキリスト教右派の信条を信奉している点に注意を喚起しておきたい。彼らは同性愛、妊娠中絶、安楽死などに反対し、「州の財源を用いて」刑務所で囚人をキリスト教に教化するプログラムを導入し、神の下に一つの国民であることの崇高性を強調する。彼らの言動にレーガンからラムズフェルドへ連綿とつながる神権政治への憧憬をうかがうことは容易だ。したがって彼らにとってイスラムとの戦いは異教に対する宗教戦争を含意していた。この点を理解するならば、軍とブラックウォーターを問わず、中東におけるアメリカの作戦行動がかくも非寛容で残虐であったことの理由の一端が理解される。
 続いて本書ではブラックウォーターとアメリカのイラク支配においてメルクマールとなった二つの事件についていくつかの章が割かれる。ファルージャとナジャフ、私にも聞き覚えのある二つの都市が舞台だ。サダム・フセインにシンパシーをもつスンニ派の住民が多いファルージャは一貫してアメリカ軍の占領に反抗し、これに対してアメリカ軍はこの街を「侵攻以来、米国当局者は反抗した都市がどうなるのかの残忍な見せしめにしようとしてきた」しばしば「誤爆」によって市民に多くの犠牲者が発生し、2003年4月、学校を接収して占領軍本部としたことに抗議した市民たちに対するアメリカ軍の無差別攻撃は6名の子供を含む少なくとも13名の死者を招いた。ファルージャで日常的に反米意識が高まっていたことは想像に難くない。ほぼ同じ時期にバグダットに着任し、フセインの大統領府に乗り込んだアメリカの占領当局総督のブレマーはプリンス同様に保守派カトリックでネオコンとも深い関係を有していた。この悪名高い人物は9・11直後に次のように語っている。「過去10年間に我々が行ってきた弱腰の攻撃ではなく、より強固な報復に出なくてはならない。(中略)今回はテロリストとその支持者を粉砕しなければならない。これは一つあるいは複数の国との戦争を意味する。長い戦争になるだろう。すべての戦争がそうであるように一般市民の犠牲者が出るだろう。(中略)けれども最後には、いつも通りアメリカが勝利する」ブラックウォーターは高い契約料と引き換えに、イラク人の憎悪の対象となったブレマーの警護を引き受ける。ブレマーは「脱バース体制」化の名のもと、次々に命令を発し、イラクの復興に欠かせない学校教師や医師、公務員といった優秀な人物、そしてイラク軍の軍人を排斥した。イラクの命運はアメリカが握っているというブレマーのメッセージは明確であり、多くの失業者と失業兵士は潜在的なゲリラの供給源となった。この一方で多くの多国籍企業がイラクに入り込み、収奪と強欲の限りを尽くしたのだ。2004年3月30日、4名のブラックウォーターの特殊部隊員がファルージャ近郊で基地に物資を輸送するトラックの護送という任務に就く。規定によれば装甲車で6名の要員で実施されるべき作業は、後部に鋼板が装備されただけのジープで、しかも4名によって遂行された。ジープは途上で銃撃を受け、300人以上の群衆に襲撃された。4名の隊員は惨殺され、切断され黒焦げになった死体は10時間近くもユーフラテス川の上に吊された。このイメージは映像に記録され、アメリカ国内に配信された。この事件から直ちに連想されるのはリドリー・スコットが「ブラックホーク・ダウン」で描いたソマリア、モガディシオにおける戦闘である。この際もソマリアの民兵に惨殺されたアメリカ兵の死体が陵辱され、悲惨な映像に衝撃を受けたクリントン大統領はソマリア内戦からの撤退を決めた。しかしファルージャでは逆の結果を生む。殺されたのはアメリカの兵士ではないが、時に軍がなしえない汚れ仕事を引き受けていた完全武装の戦闘員であった。しかしこの悲劇は現地に食料を輸送する民間人が惨殺されたというストーリーにすり換えられ、アメリカ軍に徹底的なファルージャ制圧の口実を与えたのである。この点からもわかるとおり、アメリカ軍とブラックウォーターは共犯関係にあるといってもよかろう。そしてもう一つの街、ナジャフにおける戦闘で両者の関係は逆転する。2004年4月4日、ナジャフの占領軍本部の警護を請け負っていたブラックウォーターは、本部を取り巻く700人から2000人といわれる群衆に向け銃撃を行い、「数百」人の死者が出たという。交戦の状況をブラックウォーターはヴィデオで撮影し、その映像がインターネット上に流出している。時に差別的な言葉を弄しながら、群衆の中の戦闘員を巧みに射殺していく様子はブラックウォーターの兵士たちがプロフェッショナルであることを示している。そして彼らはそこにいた海兵隊員たちを明らかに指揮しているのである。ここでは傭兵と正規軍の立場が逆転している。これらの事件をとおして、イラクにおけるブラックウォーターの暗躍、そして創始者たるエリック・プリンスの存在は次第にアメリカ国内にも知られる。民主党を中心に傭兵企業という不道徳な存在を弾劾する動きも始まるが、ブラックウォーターとプリンスは様々なロビー活動と大物弁護士を用いた法廷闘争、さらにはCIAエージェントや国防総省監察長官といった悪名高き大物(彼らの不道徳な行状は本書の中で詳述されている)を社内に迎え入れることでこれらの攻撃をかわした。本書を読むと大統領ジョージ・ブッシュを頂点とした右派の人脈がアメリカという国家を蚕食し、イラクを戦場にすることによって得られる利権を独占していることが如実に理解される。
 ブレマーの後任のイラク大使、ジョン・ネグロポンテもきわめていかがわしい経歴の持ち主である。彼はレーガン政権下で中米、ホンジュラスの大使を務めたが、その際には軍事政権を支援し、左派ゲリラを残忍に弾圧する右派民兵を「死の部隊」として編成した。ホンジュラスやニカラグア、そしてエルサルバドルで自ら実践したこのような手法、すなわち宗教や民族の違いを利用し、自らの手を汚すことなく、現地人の部隊による処刑や拷問の恐怖政治を道具として占領地を支配する手法はイラクにも応用された。中南米とイラクとのつながりはこれにとどまらない。ブラックウォーターはどこから人材を得ているか。グローバリズムが広がる今日、その答えは明確だ。人件費が安い第三世界から兵士を徴募し、イラクに送ればよいのだ。ヨルダン、コロンビア、ルーマニア、ネパール、世界の様々な地域から兵士たちは徴募される。兵器を扱った経験があればよい、英語が理解できればさらによい。本書にはブラックウォーターの代理人を名乗る男によってコロンビアで契約書を読む暇もなく集められた兵士たちが四時間以内に空港に行くように命じられ、直ちにヨルダン経由でバグダッドに運ばれ、契約書の不正に気づいて抗議しても、帰りたければ自費で帰れ、さもなければ街角に置き去りにすると言って脅されるエピソードがあるが、さもありなんという印象だ。そしてブラックウォーターがことに重宝するのはチリ人だという。ここにもアメリカの負の遺産が影を落としている。このブログでも何度か言及した1973年9月11日のピノチェットのクーデターの後、CIAに後押しされた軍事政権はアジェンデ支持者に対して残酷な弾圧を行った。1500人の民間人が虐殺されたとされるこの弾圧に携わった特殊部隊員たちは経験においても技術においてもブラックウォーターの「業務」にうってつけであった。本書中、「チリの男」と題された章においては、二重国籍をもつ元チリ陸軍士官の活動をとおして、ブラックウォーターの外国人要員のうち最大の規模を誇るチリの奇襲部隊員たちがいかにしてこの会社にリクルートされたかが検証されている。考えてもみるがよい。拷問や密殺を専門とする元特殊部隊の兵士たちが正規軍として軍紀に縛られることなく、しかもイラク国内での行動について免責されたうえで、ゲリラと一般人の区別がつかない街に放たれた時、どのような振る舞いに及ぶだろうか。
 本書の終盤ではブラックウォーターのアメリカへの「帰還」が論じられる。2005年8月、ハリケーン、カトリーナが上陸したニューオリンズにブラックウォーターは「ハリケーンの救援活動」の名目で乗り込む。しかし重武装した彼らの活動はどう見ても自警団のそれだ。実際、彼らは裕福な事業家に雇われ、ハリケーンに襲われた街で彼らを護衛した。ニューオリンズは一種のショーケースだったかもしれない。9・11と震災の後、ショック・ドクトリン、大規模な災厄に便乗して、平時では不可能な政策を実施することがアメリカでも日本でも続けられてきた。先に私は内戦状態にある近未来のアメリカを描いたポール・オースターの「闇の中の男」についてレヴューしたが、今でさえゲーテッド・コミュニティーの中に住まい、ゲートの外の住民を敵とみなす現在のアメリカの富裕層にとってブラックウォーターは心強い守護者とみなされるかもしれない。
 民営化は時流ではあろう。しかし私は決して民営化、つまり効率に基づいて運営してはならない分野が存在すると思う。一つはいうまでもなく教育と文化だ。これらは見返りを求めない投資であるはずだ。しかし今や公教育も民営化の波に洗われ、大学はもはや教育機関とは呼べないほどの惨状を示している。人文科学の廃部が公然と説かれる一方で、多くの学生は就職のための踏み台としか考えていない。先日も日本の大学をランクづけし「グローバル化」に備えるという、ほとんど狂気としか思えない施策が発表された。そして美術から伝統芸能にいたる広い文化もまた効率性の名のもとに淘汰されて当然という発想がまかり通っている。私の考えではかかる変化はこの十数年ではない、この数年のうちに急速に進んでいる。日本においてそれが震災と原子力災害、そして戦後最悪の政権の誕生と同期していることは決して偶然ではない。そして軍隊もまた民営化してはならない領域ではないだろうか。正規の軍隊であれば軍紀が存在し、法律によって縛られ、一定の正義が存在する。しかしブレマー治下のイラクでみたとおり、傭兵企業には統制する根拠がない場合さえ存在するのだ。ニスールの虐殺の被害者の家族たち、ファルージャで惨殺されたブラックウォーターの社員の遺族たちはブラックウォーターを相手に現在、アメリカ本国で困難な裁判闘争を続けている。ブラックウォーターがいかに自己正当化しようとも、所詮彼らは金銭のために働く私兵である。私はこのような存在がアメリカという国家の内部に深く食い込み、世界中で活動していることに大きな恐怖を覚える。ブラックウォーターに批判的な下院議員は次のように述べる。「突如として、多くの国家よりも強力な一営利企業が世界中を闊歩し、お望みの場所で必要なら政権交代を起こし、しかもそうした行動にアメリカ政府があらゆる支援を提供する事態になった。こうした状況は、民主主義について、国家について、世界政策に対して影響力をもつのは誰かにについて、国家間の関係について、様々な問題を提起している」ブラックウォーターが企業である以上、彼らは仕事の機会を増やすべく活動を行うはずだ。そして彼らの仕事とは国家や宗教、民族や階級の間の憎悪と反目、不信と差別を前提として成立しているのである。
 本書は多くの問題を提起しており、まだ十分に論じていない問題も多く残されているが、最後に一点、不気味に感じられたエピソードを紹介しておく。ネグロポンテの退任の直前、2005年4月21日、ブラックウォーターのアメリカ人傭兵6名が搭乗していたヘリコプターが撃墜された。ブラックウォーターにとってもファルージャ以来の大きな損害であった。この際、ゲリラたちは墜落の直後には生きていたブルガリア人パイロットを見せしめにその場で銃殺し、その模様を映像として記録し、アル・ジャジーラに渡した。私は中東の専門家ではないので間違っているかもしれないが、映像を送りつけたグループはイラク・イスラム軍を名乗ったという。彼らは現在、大きな問題となっているイスラム国の前身ではないだろうか。欧米人に対する憎悪、処刑の情景を記録し、TV放送やインターネットで公開する手法の共通性が不気味に感じられた。報道されているとおり、アメリカはイスラム国を壊滅するためにシリアへの空爆を開始した。ブラックウォーターがこの作戦のどこに位置しているかはわからないが、先に述べたとおりこの戦争は仮借なき宗教戦争へと発展する可能性が高い。世界は新しい大戦、正規軍によらない、宣戦布告なき世界大戦に突入したのではないだろうか。そして国民に問うことなく、愚かな政権が集団的自衛権の行使を勝手に容認した私たちの国もこの戦争と無関係ではないはずだ。
by gravity97 | 2014-09-29 20:19 | ノンフィクション | Comments(0)

NEW ARRIVAL 140927

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by gravity97 | 2014-09-27 20:02 | NEW ARRIVAL | Comments(0)
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 横浜に五回目となる横浜トリエンナーレを訪ねる。今回のアーティスティック・ディレクターは森村泰昌が務めている。作家がディレクターの役割を果たすのは第二回の川俣正以来、二回目となる。川俣の場合は当初のディレクターに予定されていた磯崎新が降板するというアクシデントを受けての着任であったが、今回のディレクターは数年前から予告されていたから、森村は万全の態勢で準備に望んだはずだ。期待どおりの素晴らしい展示であった。これまで私はこのトリエンナーレを全て訪れている。どの回もそれなりに充実しており、甲乙つけがたい印象があるが、逆にいえば突出して素晴らしい展示もなかった。これは組織化された大展覧会の宿命といえるかもしれない。ところが、今回のトリエンナーレの展示の特異さと充実に私は圧倒される思いであった。これはきわめて単純な理由による。ディレクターである森村の意向が展覧会の隅々にまで反映され、きわめて個人的な思い入れによって構成された展覧会でありながら、その批評性が普遍的なレヴェルに達しているのだ。
 展覧会のテーマはいつになく文学的だ。「華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある」。「華氏451」とはいうまでもなくレイ・ブラッドベリのディストピア小説のタイトルだ。華氏451度とは紙が自然発火する温度であり、この小説に描かれる全体主義国家では書物が禁じられている。主人公は書物を焼くことを職務とする「ファイアマン」であるが、一人の女性と知り合うことによって焚書に疑問をもち、社会から追われていく。最初にこのテーマを聞いた際には、かかる特殊なテーマを国際展の中に取り入れことが果たして可能か、少々不安に感じたが、展覧会を訪れると直ちに疑問は解消された。この小説から導かれる検閲や焚書、沈黙、忘却あるいは炎といった主題は展示の中で幾度も繰り返されて展覧会の通奏低音を形成し、結果としてこの展覧会は私たちが現在直面する状況を審美的なレヴェルのみならず社会的なレヴェルにおいても問い直しているのだ。このレヴューを執筆している最中に日本でも進歩的とみなされてきた新聞が自らに批判的な記事を署名原稿であるにもかかわらず掲載拒否したという報に接した。私たちが現在の憲法のもとで当然の権利と考えていた表現の自由さえもかくもたやすく奪われることを知るならば、この展覧会のテーマは実にアクチュアルである。(ガイドブックの末尾に記されたこの展覧会の「名誉会長」として悪名高きNHKの会長、そして先日なんともぶざまな謝罪会見を行った朝日新聞の社長の名が並んでクレジットされていることに、私はブラックユーモアを通り越して不気味さすら感じた)そしてそれが最新の表現ばかりでなく、この半世紀の間に発表された日本と欧米の多様な表現、時に驚くべき作家をとおして表明されることに私は新鮮な感慨を覚えたのだ。
 もしこれから展覧会を訪れるとすれば、構成に従って、つまり二つの会場のうち、横浜美術館から始めることをお勧めする。展示自体が一つの脈絡をもった物語を構成しているため、新港ピア会場から始めると小説を途中から読むようなぎこちなさを味わってしまうだろう。横浜美術館の展示の劈頭において私たちは沈黙に迎えられる。マレーヴィッチの絶対絵画とジョン・ケージの「4分33秒」の楽譜とはこの展覧会にとって完璧なイントロダクションではないか。すでにいくつかのレヴューでも指摘されているとおり、かかる導入は横浜トリエンナーレのごとき展覧会においては通常ありえない。このような展覧会に求められるのは祝祭性であるからだ。引き続き、私にとって未知の作家であったジョシュ・スミス、そしてアグネス・マーティンから村上友晴にいたるミニマリズムの絵画、モノクロームで表現性を欠いた沈黙の絵画が続く。冒頭にかくも禁欲的な作品を配置した点にディレクターたる森村の暗黙の意志、すなわちこのトリエンナーレを通常のそれとは全く異なった、いわば反トリエンナーレとして実現しようとする思いは明らかである。ディレクターの意向がどの程度反映されるか、あるいは作家の選定にあたって展覧会のアソシエイトたちといかなる協議がなされたか不明であるとはいえ、明らかに今回のトリエンナーレは従来の予定調和を目指していない。早くも導入部においてディレクターのかかる決意を感じた私は襟を正して次のパート、「釜ヶ崎芸術大学」に向かった。このパートの背景を理解することは容易だ。かつて「なにものかへのレクイエム」と題された森村の個展を見た私にとって、森村がレーニンに扮して西成で演じた《なにものかへのレクイエム(夜のウラジミール)》の前景にたむろする労務者たちが「釜ヶ崎芸術大学」の構成員であることはたやすく了解された。ここでも祝祭性を否定し、文字を覚えることから始める未組織労働者の「芸術」に焦点をあてた展示は濃厚な社会性とともに、文字が文字として認識されない「華氏451度」の世界の一つのメタファーを提起している。続く展示も刺激的だ。オーウェルの「1984年」から「華氏451度」までディストピアとはメディアが果たすべき機能を失った世界の物語であり、それゆえ私はそれがまさに現在の日本の暗喩であるとも感じるのだが、続く展示に配されるのはTVというメディアの暴力性を扱ったポップ・アートの陰画、エドワルルド・キーンホルツのTV受像機をモティーフとした作品や鏡文字で印刷された「華氏451度」のペーパーバックを台の上に山積みしたドラ・ガルシアの作品であり、バーミヤンの破壊された石仏と爆撃によって燃やされたカッセルの図書館を結びつけるマイケル・ラコウィッツという作家の作品である。このセクションは「第3話 華氏451はいかに芸術にあらわれたか」と題され、無名作家とよく知られた作家を取り混ぜながら、展覧会のテーマを明確に反映している。そしてこのセクションで最も挑発的な展示は第二次大戦中、多くの文学者が著した翼賛的な文芸書を集めた「大谷芳久コレクション」であろう。そこには野口米次郎から瀧口修造にいたる意外な名前が認められる。戦争記録画は今日に伝えられているが、これらの書籍を今日目にすることは難しい。なぜならここに展示された書籍はそれぞれの著者にとって焚書に付されるべき過去の汚点であるからだ。対比的に松本竣介の家族に宛てた私信が展示されていたが、両者を単純に色分けすることが目指されていたわけではないだろう。存在してはならない書物とはまことに「華氏451度」的なテーマではないか。
b0138838_2182556.jpg 横浜美術館の展示の後半はややテーマ性を離れ、芸術家の作家性とでも呼ぶべき主題をめぐっている。FRPによって成形されたバルーンと「何もすることがない」という言葉がぎっしり繰り返されたドローイング、福岡道雄による二種類の作品は象徴的な導入といえよう。それにしても現代美術の最先端を紹介する展覧会に福岡が1960年代に制作した作品を展示するセンスはただものではないし、さらに驚くべきことに福岡の作品は時代のカッティングエッジを構成する作品と一緒に並べられてもなんら遜色がないのだ。そして関西の80年代の美術に親しんだ私にとって、この展覧会からは先鋭さとともに大いに懐かしさも感じられたのだ。b0138838_21101234.jpg「第5話 非人称の漂流」というセクションは1980年代、毎年春先に開かれていた京都アンデパンダン展において林剛と中塚裕子が一室を全て用いて発表していた「Court」という一連のインスタレーションの「再現」である。どのような経緯でこれらのインスタレーションが展示に加えられたかはわからないが、これらの作品と先般、京都国立近代美術館で小さな回顧展が開催されたヨシダミノルの作品、というよりヨシダの一家が会期中、美術館の中で生活するというハプニングは、京都アンデパンダン展の名物とも呼ぶべきおなじみの風景であった。森村は松井智恵ややなぎみわといった作家と親交があり、さらにこのセクションの副題として用いられている「Still Moving」あるいは「第二話」のタイトルに掲げられた「漂流する教室」といったキーワードからは、現在、京都で京都国際現代芸術祭を準備している河本信治が京都国立近代美術館在職中に企画したいくつかの展覧会が想起される。今回のトリエンナーレには国際性と現在性の傍らに、森村のバックグラウンドである関西の地域性と80年代の時代精神が絶妙に同居し、ことに私のような者は大いに楽しめた。しかしそれらの作家やキーワードはお友達の紹介や引用ではなく、展示構成の中に必然性をもって配置され、みごとな効果を上げている。これまでの横浜トリエンナーレにおいて作家の選択はある程度中立的な印象を与えた。それは何人かのディレクターやキューレーターの合議で決定される以上、当然なのであろうが、今回の作家と作品の選択には森村の強い思い入れが感じられ、美術の最前線を見せる国際展というよりもよく考え抜かれたテーマ展を見るような驚きが随所に散りばめられているのである。このような驚きと楽しみは連絡バスに乗って向かった第二会場の新港ピアにおいても強められることはあっても裏切られることはない。
 新港ピアの会場入口、「第11話 忘却の海に漂う」のセクションの冒頭にはやなぎみわが台湾で購入したという特注のトレーラー、移動舞台車が置かれている。やなぎは近年、演劇に傾斜し、いくつかの公演についてはこのブログでも触れた。今回はいわば新作の舞台装置の展示である。トレーラーが導入されたことには理由がある。やなぎが予定している新作とは中上健次の「日輪の翼」であり、この小説では七人の老婆たちを乗せ、二人の若衆が運転するトレーラーが熊野から皇居にいたる聖地を巡礼する。今回の展示を見て新作への期待は増すばかりである。新港ピアではジェンダーや民族といった問題も緩やかに射程に収められている。「日輪の翼」の最後で老婆たちは何処ともなく消えていくが、友人の祖母が残したセミヌードをめぐる消滅と忘却、記憶と虚構といった問題をアーカイヴの手法で作品化したベイルートのアクラム・ザタリの作品も本展のテーマを深く内面化している。あるいはメルヴィン・モティというオランダの作家はエルミタージュ美術館の作品が戦時中、館外へ疎開したという史実を背景に、作品が展示されていないエルミタージュ美術館のギャラリーツアーを上映する。ここでは焚書ならぬイコノクラスムがテーマとされている。そしてその傍らには地面に横たわる人体状のオブジェが燃やされるアナ・メンディエッタの「シルエッタ」が上映されているのだ。この展示において「華氏451度」の暗示するテーマが様々に変奏されつつ、地下水脈のごとくいたるところで出現する点がおわかりいただけるだろう。燃え上がる炎のモティーフに対しては、忘却の海、水平の海のイメージが対置される。順序が逆になったが「第10話 洪水のあと」は今年第5回展が開催される福岡アジア美術トリエンナーレと連携し、過去にこの展覧会に出品したアジアの作家の作品が紹介されている。私はここに展示された作品のレヴェルの高さに驚いた。特に映像作品が素晴らしい。バングラデシュ、チッタゴンの海上で巨大な船舶を有毒物質に対する防御手段を一切講じないまま素手で解体する人々を映し出すヤスミン・コビールの映像、そして閉鎖された工場の廃墟で清掃作業を続ける女性工員たちを記録したチェン・ジェレンの作品は釜ヶ崎から南西アジアまで広がる貪欲な資本主義社会への抵抗という意味において「釜ヶ崎芸術大学」に呼応し、さらにそこで繰り広げられる労働者たちの苛酷な仕事ぶりは、やはり横浜美術館に展示されていた美術家たちの「たった独りで世界と格闘する重労働」とも鋭い対比を示している。横浜美術館でバルーンにぶら下がっていた福岡道雄の姿と、100人の労働者と相撲をとって負け続けるハァ・ユンチャの姿からはいずれも美術という営みを相対化する批評的なユーモアが感じられるのではないだろうか。キム・ソンヨンが撮影した玄界灘の不穏な海の情景に始まるこのセクションは、燃料切れのヘリコプターが次々に墜落する黙示録的光景(いうまでもなくベトナム戦争末期の象徴的な情景だ)で幕を閉じる。ディン・キュー・レの作品においてもヘリコプターを呑み込むのは静かに広がる海であり、展示全体が「忘却の海」を暗示していることが理解されよう。
 さらに私が感銘を受けたのはこの展示の中でこれまで日本の美術館においても相応の検証がなされていない二人の作家についてテーマと関連させながら回顧的な紹介がなされていたことである。殿敷侃と松澤宥である。日本では珍しいアースワーク的な広がりをもったプロジェクトを展開した殿敷と、日本的な概念芸術の一類型を提起した松澤。殿敷は活動時には美術雑誌等でしばしば作品を目にしていたが、早世したこともあり、作品をまとめて見る機会はこれまでほとんどなかった。今回は映像によっていくつかのプロジェクトが紹介されていた。作家の介入(労働)を介して物体が作品へと変わるという発想は横に展示されていたジャック・ゴールドスタインの映像とも呼応しているだろう。松澤宥については確か以前に川口現代美術館で回顧展が開かれたと記憶しており、作家自らが白い装束をまとって執り行う儀式もどこかで見た覚えがある。確かに忘却や消滅は松澤が多用するキーワードであるが、「オブジェを消せ」という啓示を受けた作家が情念的なオブジェや以前の展覧会で使用された品々をこれほど残していたとは知らなかった。松澤の作品は私のテイストとは相容れないが、今後検証されるうえで大きな手がかりとなる展示であり、この展覧会では本来美術館においてなされるべき作業も行われている。そしてそれがあくまでもテーマとの関連において要請されている点には留意する必要がある。
 論じるべき作家や作品はまだ多く残されているが、ひとまず私は今回の展覧会を一望した。国際展をこのように一つの文脈の中に論じることは通常ありえない。なぜなら先にものべたとおりこのような国際展においては表現のカッティングエッジを紹介することが求められており、選ばれる作品に統一的な脈絡など初めから求められていいないからだ。このブログを書き始めてからも何度か訪れたにもかかわらず、私はこのトリエンナーレをレヴューしようと思ったことはない。「メガ・ウェイヴ」、「アートサーカス」、「タイムクレヴァス」そして「アワ・マジック・アワー」、これまでのテーマを並べるならばいずれも抽象的でそれゆえいかなる作品も包含可能であることがわかる。これに対して今回の展示を特徴づけるのは、文学的かつ切迫したテーマ性であり、このテーマに基づいて選び抜かれた作家とよく練られた展示構成である。今述べたとおり、この展示をめぐるならばいくつかのモティーフと関連した作品が相互にゆるやかな関係を保ち、時に思いがけない関係を結びながら随所に配されていることが理解される。このような体験に類した展覧会として、私は例えばこのブログでも論じた2007年、ヴェネツィアにおける「アルテンポ」を想起する。ヴェネツィア・ビエンナーレと併催されながらも、むしろ博物学的な現代美術展において展示された作品は相互に不思議な関係を結んでいた。思い起こせば、私が森村の「荒ぶる神々の黄昏」と題されたシリーズを最初に見たのも、同じ折、サンマルコ広場の近くのギャラリーであったから、もしかすると森村も「アルテンポ」を見ていたかもしれない。「アルテンポ」が今回の展示にインスピレーションを与えたということは果たしてありうるだろうか。
 横浜トリエンナーレは今後も開かれるだろう。しかしおそらく今回ほど刺激的な展示に出会うことは二度とあるまい。今回の展示は国際展の常識をことごとく外している。「横浜トリエンナーレ2014」とは森村という傑出した才能が、国際展という枠組を借りて、現在私たちを取り巻く状況に対して、他者の作品によって批評を加えるというまことに贅沢な、おそらくは空前絶後の試みなのだ。
by gravity97 | 2014-09-15 21:16 | 展覧会 | Comments(1)

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「夕方、開店したばかりのバーが好きだ。店の中の空気もまだ涼しくきれいで、すべてが輝いている。バーテンダーは鏡の前に立ち、最後の身繕いをしている。ネクタイが曲がっていないか、髪に乱れがないか。バーの背に並んでいる清潔な酒瓶や、まぶしく光るグラスや、そこにある心づもりのようなものが僕は好きだ。バーテンダーがその日の最初のカクテルを作り、まっさらなコースターに載せる。隣に小さく折り畳んだナプキンを添える。その一杯をゆっくり味わうのが好きだ。しんとしたバーで味わう最初の静かなカクテル―何ものにも代えがたい」
by gravity97 | 2014-09-10 21:23 | PASSAGE | Comments(0)

優雅な生活が最高の復讐である


by クリティック