「榎忠展」

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 ずいぶん遅くなったが、この秋、兵庫県立美術館で開催された「榎忠」展のレヴューを記しておきたい。榎は近年でこそ知名度も高いが、1970年代以降、神戸を中心に地道で着実な活動を続けてきた作家である。一見スキャンダラスな作品も多いとはいえ、作家のテーマはほとんどぶれることなく、作品の完成度は常に高い。
 榎は最初、JAPAN KOBE ZERO の一員として活動していたが、今回の展覧会では榎がこのグループを脱退した後の個人的な活動のほぼ全貌が紹介されている。榎の衝撃的なデビューとして記憶される作品は、1979年、当時の兵庫県立近代美術館における「アート・ナウ 79」に出品した実物大の大砲模型であったから、今回の個展がこの美術館の後身とも呼ぶべき会場で開かれたことは当然かもしれないが、後述するとおり、榎が美術館に照準を合わせた大砲によって活動の端緒に就いたことの意味は象徴的である。
 榎の多様な活動の中で今回の個展の中心となっているのは多く鉄を用いたきわめて即物的で重量のある作品である。それらは大きく二つに分けられる。一つは時に鋳型まで用いて成型された、明確な形状と意味をもつ作品である。それらが暗示する大砲、カラシニコフ自動小銃、そして薬莢といった装置や部品が兵器というモティーフをかたちづくることはいうまでもない。ずいぶん昔に神戸でギャラリー一面に薬莢をぶちまけた作品を見た際、作家のコメントとして「これらの品は人を殺すために製造され、それ以外の目的をもっていない」といった言葉が掲示されていたように記憶する。私たち一般の市民が現物を目にする機会がほとんどない現在の日本でそれなりに美的なこれらの形態にかかるコノテーションを認めることは難しい気もするが、実際には使用できないこれら兵器のフェイクは攻撃性と滑稽さという榎の作品の多くを通底する特質をたたえている。もう一つの系列は金属の廃材にほとんど手を加えることなく提示した一連の作品である。手を加えることなくというのは、(研磨や選別を別とすれば)作家自身の手が入っていないということであり、実際の廃材には想像を絶する力が作用した痕跡が残されている。例えば「ギロチン・シャー」と題された一群の鉄材は鋼鉄をまさにギロチンにかけるかのようにシャーリング、つまり物理的に裁断した廃材であり、このような形に変形するまでに驚くべき負荷がかけられたことが暗示されている。あるいはサラマンダー、火トカゲと題された一連の作品は溶鉱炉から流れ出た鉄をそのまま提示したような形状であり、この場合は非常な高温が鉄を変形させたことは明白だ。私は前者からはかすかにジョン・チェンバレンを、後者からはあからさまにリンダ・ベングリスの作品を連想してしまうが、彼らがそのような加工自体に大きな意味を見出しているのに対して、榎はそのような形に変形した後の廃材そのものの形状や質感に魅せられたのではないだろうか。特に今回、私にとって初見であった「ブルーム」という作品は溶鉱炉から取り出された直後の鉄の状態を示しており、有機的にさえ感じられる上部の開口部(私は映画「エイリアン」のモンスターの卵を連想した)はタイトルのとおり花の開く様子、さらにエロチックな含意をはらんでいる。いずれも鉄という素材の加工について熟知した榎でなければ発見することができなかった思いがけなくも魅力的な廃材の表情である。会場で上映されていたヴィデオに廃品の選別場の中で作業するおそらくは榎の姿が映っていた。榎は強力な磁界を発生する機械を操作して、床一面に広げられた廃材の山の中から磁力によって空き缶など鉄製の廃物を選別し、別の場所へと移す。私は以前、同じ作業所を訪れて榎がこの機械を操作する様子を見たことがある。このヴィデオ作品の驚くべき点は、そこに映し出される情景が作業の工程の一部、機械的な手順であり、一切の芸術的、創造的な創意を欠いている点である。このヴィデオを見て私はダンプカーに満載した液状のアスファルトを斜面に注ぐ模様を記録したロバート・スミッソンのヴィデオを連想した。両者に共通するのは、今述べたとおり、そこに再現されるのが一つの手続きの遂行であって芸術的契機を全く欠いている点である。しかし一つの手続きを厳密に遂行することが一つの作品の本質を構成することを私たちはソル・ルウィットから学ばなかっただろうか。さらに廃墟や廃材(立入規制区域と「がれき」と言ってしまえば今の私たちにはあまりにも生々しすぎる)への関心もまたスミッソンに共有されていた。近年榎が取り組んでいる《RPM》も円形の機械部品を塔状に積み上げたものであり、大都会の摩天楼のシルエットを連想させないでもない。あまりに美的であるという批判もありえようが、各々の部品が一切接合されることなく、単に積み重ねられることによって構成されていると知れば、作品は一転して不穏で非永続的な印象を与える。絵画的な配置の是非については議論の余地があろうが、今回の展示のハイライトであることは明らかだ。
 ところで私は榎の作品のもう一つの系譜についてまだ一言も論じていない。いうまでもなく、それは榎の名を広く世に知らしめ、日本では類例の少ない一連のボディ・アート、具体的には「ハンガリー国に半刈で行く」とBAR ROSE CHUをめぐる作品である。体毛というほとんど先例のない表現媒体を用い、あるいはトランス・ジェンダーを主題としたきわめて早い時期の作品として知られるこれらの作品が本展で周縁的な位置しか与えられなかった理由ははっきりしている。それらは美術館という場に馴染まないのである。前者は演劇や刑罰といった特殊な機会ではなく、片側の体毛を全て剃った異形の身体が日常の中に出現してこそ意味をもつのであり(実際に榎はハンガリーから帰国後も5年近くこの状態で生活した)、後者についても神戸東門街に女装した榎が無料で酒をふるまうバーが、一夜だけ予告なしに出現することに意味がある。実際にはBAR ROSE CHUの開店は関係者に予告されていたようであるが、いつか榎とBAR ROSE CHUについて話した際、榎は偶然入ったバーで(女装した)セクシーなママから酒をふるまわれ、翌日行ってみると店もママも存在しないという一夜の夢を実現することが目的であったと語っていた。この意味でこのパフォーマンスは美術館の外で一度だけ挙行されることに意味がある。その後、キリンプラザ大阪での個展と神戸ビエンナーレの際にもローズ・チューは現れたが、いずれも過去の確認以上の意味はもちえなかったように感じる。
 このほか榎には分譲地の地面を掘削する作品や閉店した喫茶店に奇怪な生命体のような立体を配置した作品など、いくつものサイト・スペシフィックな作品が存在する。これらの作品も本展覧会ではカタログで瞥見される以上の扱いを受けることがなかったことは作品の特質を考える時、特に不思議ではないが、この展覧会に「美術館を野生化する」というサブタイトルが付されていることを勘案するに、この展覧会が美術館で開催されたことの意味は微妙に感じられる。やや辛辣に述べるならば、この展覧会は美術館を野生化するどころか、ひとまず美術館に収容可能な対策をひとまず並べて「榎忠展」の名を冠したという印象が拭いきれないのだ。なるほど展示された作品の総重量は恐るべきものであり、美術館、学芸員の苦労は十分に理解することができる。しかしそれにしても本展覧会がことさらにサブタイトルで美術館における展示であることを強調するほどの工夫があるようには思えない。それは重量物を大量に運び入れた苦労に対して用いられたかもしれないが、美術館という制度にはなんら批判を迫る内容ではない。年譜を参照するならば1994年のことであるが、私は今回も出品された「ギロチン・シャー」がおそらく初めて発表された際に展示を見た記憶がある。作品が置かれたのはJR神戸駅の高架下であり、暗く殺伐とした空間に置かれた無残な鉄塊の印象はなんとも鮮烈であった。同じ作品が美術館の中に設置された時、それはいかにも作品然として(なんと彫刻台の上に置かれた例もあった)迫力に欠ける。さらにいえば、これらの作品を東北で大きな震災があった同じ年に神戸という街で展示することに新たな意味を見出すことも不可能ではなかったはずだ。それらは本来美術館という箱の中に鎮座するにはあまりに獰猛な存在ではなかったか。
1979年の展示で大砲の照準を美術館(正確には当時の学芸員執務室)に合わせたことが示すとおり、榎の作品には美術館を含めた美術を巡る制度への批判が内在していた。しかし今回の展示においてこのような批判は、担当学芸員のテクストのタイトルではないが、うまく「飼い慣らされた」気がする。榎忠という強烈な作家を「飼いならして」でも美術館の中に誘い込むべきか、それとも外で放し飼いにすべきか。その判断は難しく、私が知らない事情も多くあるだろう。美術館と作品の関係を再考する機会を与え、今年見た展覧会の中でも強く印象に残る優れた内容であっただけにあえていくつかの批判を加えた。

by gravity97 | 2011-12-30 15:09 | 展覧会 | Comments(0)

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Neon lights
Shimmering neon lights
And at the fall of night
This city is made of light

by gravity97 | 2011-12-25 20:55 | PASSAGE | Comments(0)

水見稜『マインド・イーター』

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 日本のSFに関して、私は黄金時代とも呼ぶべき1970年代にはそれなりに同伴して読み継いだ自負があるが、80年代以降は必ずしも熱心な読者ではなかった。その後もこのブログで取り上げた『グラン・ヴァカンス』のごとき話題作についてはそれなりにアンテナを張ってきたつもりであるが、今回取り上げる『マインド・イーター』についてはその存在すら全く知らなかった。帯に『グラン・ヴァカンス』の著者、飛浩隆から「日本SFが成し遂げた最高の達成」なる賛辞が寄せられているのを読んで、あらためて一読する。なるほど日本のSF史上に残る傑作であろう。
 今回の創元SF文庫版にはタイトルに「完全版」と冠されている。『マインド・イーター』は最初、1984年にハヤカワ文庫から刊行され、その際に収録されなかった二編を加えて、今回新たに上梓された。作者の水見は89年以後、新作を発表していないとのことであるから、最初に刊行された際に見落としていれば、作家と作品を知らなかったとしても不思議はない。それにしても今回、「完全版」によってこの連作を読むことができたのは幸運であった。ハヤカワ文庫版には「サック・フル・オブ・ドリームス」と「夢の浅瀬」という二つの短編が収録されていない。内容への不満ではなく分量に配慮してとのことであるが、今回この二つの短編が加えられたことによって物語の奥行きは大きく広がった。
 「マインド・イーター」とは何か。帯には次のように記されている。「マインド・イーターとは、人間を完全に異質なものに変えてしまう害意をもつ鉱物的存在であり、音楽であり、言語である。応戦の術はない」なんのことやらよくわからないが、冒頭に収められた「野生の夢」を読むと「マインド・イーター」とは何か、そして物語の枠組はおおむね理解できる。「マインド・イーター」とは人間が外宇宙へ進出して出会った未知の存在である。それはビッグ・バン以前の宇宙の残滓であり、人間に対して徹底的に悪意をもち、その名のとおり人間の精神を食いちぎる宇宙の鮫である。マインド・イーターの犠牲者はM・E症を発症し結晶質の無残な姿へと変貌を遂げる。さらに恐るべきことにM・E症は「精神的に」伝染し、発病者と強い感情的紐帯をもつ者へと感染していく。マインド・イーターは多くの場合、鉱物のかたちをとり、彗星や小惑星として地球へと近づく。マインド・イーターに対して、人類はハンターと呼ばれる兵士たちを養成してその破壊を試みる。SF的センス・オブ・ワンダーというか、なんともぶっとんだ設定であるが、鉱物のかたちをとったモンスターについては例えば次のようにパラフレイズすると多少は理解可能かもしれない。古来より彗星が地球に接近する時、彗星の尾に含まれた有毒物質によって人の精神が影響を受けるという説が流布していた。あるいは月と地球の位置関係によって(つまりその満ち欠けにより)人が変調を来たすということも知られている。彗星も月も一種の鉱物であると考えるならば、M・Eは人間にとって既知の脅威/症例である。(実際に月とM・Eの関係は収録された一つの短編の主題である)そういえば以前読んだ谷甲州の長編『パンドラ』も彗星の接近に伴う地球の進化論的変異を主題としていたように記憶する。
 収録された八つの短編は長短も違えば、設定も時代も異なる。確かにいずれのエピソードにもM・Eが不吉な顔をのぞかせ、先に示した枠組からは人類対M・Eという古典的な娯楽SFの構図が見え隠れする。そのような一面もない訳ではないが、内容はきわめて思弁的かつ抽象的でありサイエンス・フィクションというよりスペキュラティヴ・フィクションと呼ぶにふさわしい。内容に少し立ち入りながら論じる。巻頭の「野生の夢」ではプロローグとしてM・Eの誕生、つまりビッグ・バン以前の宇宙の意識が憎悪として結実する場面が描かれ、続いてギュンターというハンターを主人公に、人類とM・Eの闘争の歴史、ハンターの恋人がM・E症を発症する症例など小説を通底するモティーフが粗描された後、宇宙空間におけるハンターとM・Eの戦いが描かれる。注目すべきはM・Eは多く小惑星のかたちをとった鉱物であることが語られ、実際に結晶や鉱石の姿をとって人間の精神を「食いちぎる」場面も描かれるのだが、多くの場合、M・Eの襲撃は言葉の派手さとはうらはらに常に犠牲者の精神の変調として認識され、具体的なイメージを伴わない点である。「マインド・イーター」は意識に関する小説といってもよい。私は宇宙、意識、始原といった言葉の積み重ねから埴谷雄高を連想したのだが悪乗りのしすぎであろうか。いずれにせよ、進化、発生、意識といった抽象度の高い主題がこの小説の潜在的な主題を構成している。続く第二話「サック・フル・オブ・ドリームス」で舞台は突然、近未来のニューヨークへと転じ、二人のミュージシャンの交流が語られる。ここで主題とされるのは音楽である。つまり音楽が意識の、発生のメタファーとして扱われる。宇宙空間から都市の日常へ、この転調もみごとであり、作者の意図が外宇宙ではなく、私たちの内部、内宇宙へと向けられていることが暗示されている。続く月面を舞台にしたホラー的要素の強い佳作「夢の浅瀬」では「相(フェイズ)」という概念が提起される。これもまたきわめて抽象的な概念であり、要約することが難しいが、私の言葉に直すならば、現在ある世界、現在ある私とは別の無限の可能性を暗示する概念である。この概念が進化や意識、つまり別の進化や別の意識という主題に連なることは容易に理解されよう。この短編でも音楽が一つのテーマを構成している。続く「おまえのしるし」はこの小説の一つのクライマックスをかたちづくる。宇宙空間で発見された未知の文字の解読とM・Eとの戦闘によってM・E症を発症して異形の姿へ変貌を遂げる兵士の物語が並行し、最後には兵士の意識をとおして地球とは別の進化の「相」を瞥見するという内容は短編とは思えないほど密度が濃い。「緑の記憶」と「憎悪の谷」ではそれぞれ植物を介したM・Eとの接触、そしてM・Eと人類とのいにしえから続く関係、さらには意識や人類の起源が暗示され物語に深みを与える。後者では言語の問題が扱われる。言語を主題としたSF自体は前例がない訳ではなく、川又千秋の『幻詩狩り』や最近では伊藤計劃の『虐殺器官』なども想起されるが、本書における言語へのアプローチは抽象的で、むしろ神林長平の初期作品に近い。「リトル・ジニー」という短い短編を経て、ハヤカワ文庫版が刊行される際に書き下ろされた巻末の「迷宮」においてはなんとM・Eが擬人化され、「相」の問題が問われる。私の身体、私の意識は現実に存在するのか、それは無数の可能な「相」の中の一つではないか。このような問いは哲学的な広がりをもつ一方で、例えば「エイリアン4」や「バイオハザード」といった映画においてもショッキングに視覚化されていた。水見は錯綜し、かつ抽象的な物語の中にこの主題を描き切る。一種の難解さにおいて私は同じ映画でもむしろキューブリックとクラークの「2001年宇宙の旅」を連想し、実際に内容に関しても「迷宮」はこの映画へのオマージュのように感じられるは深読みに過ぎるだろうか。
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 今回の完全版には飛浩隆の詳細な解説が付されており、私はこの解説から多くを学んだ。飛も記すとおり、この小説は文章がすばらしい。硬質でありながら官能的、思弁的でありながら娯楽的という矛盾した特質をはらみ、短編同士が相互に絶妙の距離を保っている。そして何よりもすばらしいのは、ここで提起される問題はSFという枠組によってしか論じえないということである。水見が20年以上新作を発表していないことは残念であるが、日本のSFの歴史を新しい世代が塗り替えつつあることを強く感じる作品であった。水見は復刊にあたって新たにあとがきを寄せているが、その中にはもう一人の作家の名が引かれている。日本のSFの代名詞とも呼ぶべき大家、小松左京である。著者によるあとがきと飛の解説、そして日下三蔵の解題にも小松、とりわけ小松の「ゴルディアスの結び目」との関係が論及されている。確かに本作中、「おまえのしるし」のクライマックスからこの作品を連想しないでいることは難しい。私も久しぶりに小松の小説の中でも最も強面とも呼ぶべきこの連作集を書庫から取り出してみた。思えば小松もまたSFという枠組でしか論じることのできないテーマにこだわった作家であった。「小松左京さんが旅立たれた年に、本書を復刊していただけるのは、一種の巡り合わせなのだろうと思う」という作者の言葉は重い。

by gravity97 | 2011-12-19 20:45 | エンターテインメント | Comments(0)

テッサ・モーリス-スズキ『北朝鮮へのエクソダス』

b0138838_2071199.jpg なぜ、無辜の民に対して歴史はこれほどまでに苛酷なのであろうか。たまたまある時代にある地域に生を受けたというだけの理由によって人はかくも苦難に満ちた人生を歩まねばならないのか。東欧や中東、ユダヤ人やパレスチナ人の体験ではない。我々の生きる日本という国のわずか半世紀前の出来事なのである。私は深い衝撃と感動とともに本書を読了した。
 1950年代後半に「在日朝鮮人」を故郷、北朝鮮へと送り届ける「帰国事業」という企てがあったことは知っていた。今でこそこの胡乱な隣国へ帰還した人々がその後、厳しい運命をたどることになったであろうことは予想される。しかし当時、この国は社会主義のユートピアとして帰国者に無償で必要な教育や仕事、医療や住居を与えると宣伝したのである。実際に帰国者を待ち受けていた現実は冷酷であった。帰国船が接岸した北朝鮮の埠頭の荒廃と出迎えの人々の貧しげな様子を見た船上の帰国者が「(日本に)帰らせて、帰らせて」と悲鳴をあげたというエピソードは痛ましい。彼らはどこへ消えて行ったのか。本書は機密指定が解除された文書と関係者の証言によって何重にも隠された真実を少しずつ解明していく。
 冒頭に近い箇所で二つの謎が明らかにされる。まず北朝鮮への帰還船に乗り込んだ人々の多くが北朝鮮ではなくそこに身寄りもないはずの朝鮮半島南部の出身者であったという事実。そして当初は多くとも千人程度と見込まれていた帰還者が結果的には九万人以上にのぼったという事実である。これらの謎は本書の中で必ずしも十分に解明された訳ではない。しかしいくつかの可能な推論が提示され、この事業が類例のない棄民政策であったことがおぼろげに暗示される。真実の解明を困難にした理由の一つはこの事業が表向きは国家ではなく国際赤十字によって主導されていたことにある。真実をたどる旅は東京でも平壌でもなく、ジュネーブから始められる。赤十字国際委員会に保管され、最近、機密指定が解除された文書を読み解く中で著者が感じた不全感が本書の出発点を画した。国家ではなく国際赤十字が事業を進めた理由はきわめて複雑であるが、一言で言うならば、どの国も帰還事業の必要性は認めつつも自分の国が主体となって事業を進めることを公にできない理由があった。当事者たちに悪意はなかったと信じたい。しかし少なくとも善意によって進められた事業ではなく、結果に対して責任をとる者は誰もいなかった。あとがきの中に「ここに書かれている物語では、登場するすべての国の政府がそろって面目ない姿をさらしている」とあるが、確かにどの当事者もこの事業に対して後ろめたい感慨を抱いているだろう。しかし実際に辛酸を舐めたのは国家ではなく名もなき人々なのだ。
 それでは帰還事業はどのようなパワー・ポリティクスの中で可能となったのか。まず日本に関しては、在日コリアンに対する差別と偏見が背景に存在している。戦時中に徴用の名目で日本に強制連行した人々に対して祖国への帰還を図るどころか、戦後、日本政府は彼らを危険分子の集団と見なして弾圧し、一切の生活権を与えない政策をとった。生活保護の対象からも外れ、困窮した人々が「ここではない、どこか」へのエクソダスを夢想することは十分にありうる。もっとも日本政府がこの事業に及び腰となった、より「人道的な」理由を推測することも不可能ではない。第二次大戦後、朝鮮半島は南北に分断され、北は金日成、南は李承晩の独裁的な統治下にあった。冷戦の中で共産主義国家への帰還を政府が公式に認めることはありえなかったが、李承晩政権のもとに帰還した在日コリアンもスパイとして投獄、処刑される可能性がきわめて高かった。つまりいずれの国、いずれの政権に人々を引き渡したとしてもその結果に政府は責任をもてなかった。かかる状況下、在日コリアンたちは北へも南へも渡れず、人権を剥奪された状況で日本に暮らすしかないという出口なしの状態に置かれることとなった。
 帰国事業の闇を解明するために著者はまず韓国の済州島に向かう。今でこそ韓国有数のリゾート地として知られる島であるが、この島ではかつて軍政のもとで大規模な住民虐殺事件が発生した。1948年のいわゆる四・三事件である。かつて私は金石範の大長編『火山島』を読んでこの事件について知った。帰還事業そのものについてはこれまでほとんど闇の中に置かれていたが、その周辺を形成する事象のいくつかは在日の作家によって文学作品の中で検証されている。例えば本書の中にも登場する日本のアウシュビッツ、大村収容所における在日抑留者に対する虐待、あるいは軍政下の韓国における残忍な秘密警察の暗躍については梁石日の『夜を賭けて』と『Z』、さらに本書中にわずかに言及のあるスターリンによるソ連朝鮮人の中央アジアへの強制移住については李恢成の『流域へ』から私は多くを学んだ。これらの小説がなければ私は韓国と朝鮮の人々がたどった数奇な運命について知ることはなかったであろう。在日コリアンのアイデンティティーに関わるこれらの小説に関して、私はいつか体系的に論じてみたいと考えている。済州島に戻ろう。アメリカの軍政下、5万人と8万人とも称される島民が右派勢力によって虐殺されたという。死者の数に諸説があるのは、この時、日本へ脱出した人々の数が不明だからである。日本と朝鮮半島の間に位置するこの島からはもともと日本へ出稼ぎや密入国する者が多く、出身者は日本でも一つのコミュニティーを形成していたという。確か金石範も梁石日も両親が済州島出身ではなかっただろうか。白色テロを恐れて日本へ逃れた人々にとって北朝鮮が帰還の地とみなされたとしても大きな不思議はないだろう。
 帰還事業をめぐって「影の外務省」と称される日本赤十字とジュネーブの赤十字国際委員会は平壌の朝鮮赤十字会を巻き込んで複雑な折衝を開始する。このあたりの入り組んだ状況の解明は本書の読みどころである。大村収容所の状況を視察に訪れた赤十字国際委員会の代表は日本赤十字社の前で北朝鮮への帰還を求めて座り込みを続ける帰国希望者たちを目にする。皇族たちも出席して開かれた赤十字国際委員会歓迎のカクテルパーティー(周知のごとく、日本赤十字の名誉総裁は皇后であり、皇族たちも深く関わっている)と同じ会場の前で着のみ着のまま座り込みを続けるコリアンたち、両者の落差に目がくらむようだ。47人の帰国希望者たちはきわめて複雑な経緯をたどり、二組に分かれて最終的に北朝鮮に「帰還」する。(韓国の妨害によって最初予定されていたイギリスの海運会社は日本への寄港をキャンセルし、最終的には日本の漁船によって密航同然に帰国する)ジュネーブに残された記録によるとこの47人は8家族と5人の独身男性、半数以上が子供であったという。彼らは日本政府と日本赤十字に厄介者のように扱われ、出国後の記録は一切残っていない。どのような思いで彼らは日本海を越えたのであろうか。そして彼らを第一陣として怒涛のような帰国事業が開始される。この背景にも複雑なパワー・ポリティクスが働いている。日本と韓国はそれぞれ釜山と大村に抑留されている自国民をともに解放して、抑留という懸案を決着しようとした。(釜山には領海侵犯で拿捕された日本の漁船員が見せしめ的に抑留されていた)このための舞台が1957年、ニューデリーで開かれた第19回赤十字国際会議であり、具体的には決議第20によって抑留の解決と帰還事業の大枠がかたちづくられた。そしてもう一つの当事者、北朝鮮にとっても機は熟していた。かつて日本に強制連行された自国民の帰還を寛容にも受け入れ、社会主義のユートピアとして自国を宣伝するうえで「帰国事業」は絶好の機会であった。北朝鮮はプロパガンダ雑誌を各国に送って、「夢の共和国」の優越を主張する。今日、それらに掲載された写真はなんとも寒々しい。著者はさらに別の要因も指摘する。つまりこの時期、北朝鮮と深い関係にある中国から朝鮮戦争の際に送り込まれ、その後も北朝鮮に留まっていた「志願兵」たちが撤収を始め、労働力が不足するという事態が発生したのだ。撤収の理由は明らかだ。1958年に始まる毛沢東の失政、「大躍進運動」を救済するために中国国内で大量の兵士が必要となったのである。私は先般、フランク・ディケーターというロンドン大学の中国専門家が書いた『毛沢東の大飢饉』という研究を読んだ。「大躍進」の無残な失敗をモーリス-スズキ同様に当時の記録の丹念な掘り起こしによって検証するディケーターの研究も興味深かったが、悲惨さだけを強調し、毛沢東をはじめとする個々の指導者の糾弾に終始する議論には共感が湧かなかった。個々の人民への共感によらず、ただ指導者を一方的に断罪するディケーターの立場は本書の対極に位置するといってよいが、「帰国事業」の本格化と「大躍進」が破滅的な様相を呈する時期が同期している点は平仄が合う。つまり日本からの帰還者は「夢の共和国」で不足する労働力の穴埋めとなることを期待されたのである。さらに日本国内で帰還事業を実質的に推進したのは朝鮮総連であった。本書によれば朝鮮総連にとって赤十字を介した北朝鮮と日本との交渉は多くの規制に縛られた両国間の送金ルートに風穴をあけるものであり、また帰国する人々は日本に残す財産をそのまま総連に「預けて」いったという。明らかにここにもこの事業の闇が透けて見える。
 拉致問題が明らかとなって以来、日朝関係は冷え切っている。確かに自分の意志で出国したかもしれない。(ただしこの点に関しても、著者は例えば帰国の意思を最終確認した新潟の赤十字センターの施設の構造と確認の状況を分析する中で一つの疑問を呈している)しかし、多くが戦時中に連行され、戦後も人としての権利を奪われた中で北朝鮮への「帰国」を余儀なくされた人々の消息について、今なお誰も追跡しようとはしないし、むろん責任をとる者もいない。本書に収められた証言からは帰国者の多くが粛清され、収容所に送られ、悲惨な生活を送ったことが推測される。最後に近い章で著者は次のように述べている。「21世紀の北朝鮮難民は、1950年代、60年代の帰国者と同じように、グローバルな政治という将棋盤上のいかにも都合のよい“駒”であり、大きな戦略に必要になれば動かされ、必要でなければ忘れられる。国際政治の利害の中でこの人たちの小さな、さまざまに異なる、人間的なニーズを見えなくすることはいともたやすい」私たちはベンヤミンの、サイードの流亡について多少は知っている。しかしかつて半世紀前、日本に住んでいた人々が凍土の共和国でその後どのような運命をたどったかについてあまりに無知ではないか。帰還者の中には多くの日本人も含まれていたはずだ。これを棄民と言わずして何というべきか。しかし驚くには値しないかもしれない。国策であった原子力発電所の事故によってゆえなくして故郷を追われ流亡する福島の人々に対して、この国が彼らの「分断」をはかることはあっても全く手を差し伸べようとしないことを私たちは今まさに目撃している。国家はいともたやすく民を棄てる。半世紀前に私たちはこのことを学ぶべきであった。
 ひとたび見捨てた民に対して国家がかくも冷淡であるのに対して、著者であるモーリス-スズキが帰国者たちに注ぐ眼差しは温かい。ジュネーブに始まった旅は、済州島、東京、平壌、北京そして新潟へと続く。本書は帰国事業という苦い謎を解くための著者の終わりなき紀行でもある。重いテーマを扱いながらも本書にみなぎる生き生きした魅力は学術論文ではなく紀行と省察を繰り返す独特の形式をとった点に求められるだろう。いずれの土地においても著者は歴史に翻弄された帰国者の生に思いをめぐらす。最初に私は衝撃と感動と記した。衝撃についてはもはや説明する必要もなかろうが、感動とは流亡する人々へ寄せられた、国籍も異なる研究者のかくも深い共感に根ざしている。「帰国事業」という問題は想像を絶するほど入り組んでおり、未解明の謎はあまりに多い。日本人である私たちもまた彼女の終わりなき旅に同行する義務があるのではなかろうか。

by gravity97 | 2011-12-06 20:09 | ノンフィクション | Comments(0)