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優雅な生活が最高の復讐である

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NEW ARRIVAL 111029

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by gravity97 | 2011-10-29 23:44 | NEW ARRIVAL | Comments(0)

懐かしい年への手紙

大学に入り、一人暮らしを始めた最初の日は昨日のことのように鮮明だ。虚脱感と達成感、不安と期待の入り乱れる、後にも先にも味わったことのない不思議な感覚を胸に、私は見知らぬ部屋の見知らぬベッドに横になって数日前に買い求めた文庫本の頁をめくっていた。私が読んでいたのはもはや手に入れることさえ難しい高橋和巳の『悲の器』であり、部屋の中に流れていたのはキング・クリムゾンの「ポセイドンのめざめ」であったはずだ。
それにしてもなんという春であっただろう。私はそれから数カ月の間に、埴谷雄高の『死霊』、大江健三郎の『同時代ゲーム』、そしてガルシア・マルケスの『百年の孤独』を矢継ぎ早に読んだのである。
by gravity97 | 2011-10-26 23:13 | ONCE IN A LIFETIME | Comments(0)
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 アマゾンから届けられた『菊畑茂久馬 戦後/絵画』という分厚い作品集を手に取るならば、直ちに二つの思いが交錯する。後悔と羨望の念だ。前者はいうまでもなく、展示というかたちでここに収録された作品を実際に見る機会を逸したことに対する思いであり、後者はこのような時代にかくも充実した資料を刊行した関係者への率直な思いである。実際、同じ時期に福岡と長崎というさほど相互に行き来のたやすい場でもない二つの会場で開催された展覧会がおそらく今年のベストと呼ぶべき展覧会となるであろうことは事前から予想され、実際に始まってからの評判もそれを裏づけるものだったにもかかわらず、会場へと足を運ばなかったことは自らの怠惰が招いたとはいえ、大いに悔やまれる。そして一方でこのような時代にあって地方の公立美術館がかくも充実した展覧会を組織し、かくも浩瀚な作品集を世に問うた奇跡に対する感慨もまたひとしおである。
 作品はこれまでも多くの美術館で見てきたが、菊畑茂久馬はその全体像を把握することが難しい作家である。菊畑が戦後日本の現代美術を代表する作家であることは衆目の一致する点であるが、作家をなんらかの集団や運動に帰属させることは難しい。九州派の代表作家、読売アンデパンダン展の風雲児、南画廊の看板作家、これらのレッテルがいずれも一面の真実にすぎないことはこの作品集に目を走らせれば明らかである。作家同様その作品もなんらかの動向と結びつけることが難しい。初期の土俗的なオブジェ、カシューを塗った円形の平面からルーレット・シリーズ、デュシャンを連想させる小ぶりのオブジェ、そして〈天動説〉に始まる一連の絵画シリーズにいたる作品の展開は作風の深化、あるいは成熟といった概念とは無関係のぎくしゃくした印象を与える。さらに菊畑は作品制作と並行して炭鉱画家、山本作兵衛と交流し、彼の絵画を模写し、さらには返還されたばかりの戦争記録画について論文を執筆するといった一面もある。作品制作と直接に結びつかないこれらの活動が作家にとっていかなる意味をもったかを理解することは容易ではない。
 しかし今回、作品集を通読するならば、これらの疑問の多くは氷解するだろう。作家の半生と作品の関係を考えるにあたって多くの示唆を与えるのは福岡市美術館の山口洋三による長時間インタビューである。菊畑という一人の作家の回想でありながら、そこからは日本の戦後美術の高揚期をめぐるいくつものエピソードをうかがうことができる。まともな美術教育を受けたこともない福岡の青年が東京の一流画廊で個展を開き、ニューヨークでも作品が展示されるにいたる経緯は一種のシンデレラ・ストーリーであるが、インタビューをとおして単に一人の作家の活躍にとどまらず、当時の現代美術をめぐる熱気がうかがえる。それは東野芳明、中原佑介といった若手の批評家が登場し、南画廊や東京画廊といったやはり新興の画廊が意欲的な展覧会を次々に企画して新しい価値観を提示しようとした1960年代の東京の現代美術をめぐる高揚感である。しかし一方で菊畑は常に東京から距離をとり、生活者として福岡に根を張り、自身の必然性に基づいて作品の制作を続けた。九州派をはじめ集団蜘蛛との関係など当時の地元作家相互の交流については初めて知ることも多かった。60年代の「地方の前衛」の活動の充実については既にこのブログで触れた黒ダライ児の『肉体のアナーキズム』の中で詳しく論じられているが、この作品集は菊畑という稀有の作家のオーラル・ヒストリーを介してこの問題を検証している。そしてこのような土着性のゆえに菊畑は「時代の寵児」として軽薄に消費されることなく、今日にいたるまで現代美術の第一線に立つことができたのであろう。
 本書を通読して多くの発見があった。まず60年代後半に制作された大量のオブジェが発表を想定しておらず、破棄されたものも多いという事実には驚く。それらは偶然にその存在を知った学芸員によって88年の北九州市立美術館での回顧展で初めて発表されたという。菊畑が一種の鬱屈の中でこれらの作品を制作した背景としては、明らかに同時代の美術が万国博覧会という時代の滝壺の中にむざむざと飲み込まれていくことへの抵抗があっただろう。それまで前衛とみなされていた作家たちが一方は御用作家として万博総動員体制に加担し、一方は万博破壊共闘へと結集していく。このような二極化の中で菊畑の独特の位置は注目に値する。そしてかかる勢力の布置状況が近年、九州、福岡を拠点とする研究者や美術館によって究明されつつある点はきわめて興味深い。同時に万博を戦後美術の結節点とみなす椹木野衣の一連の著作の先駆性もまた明らかであるように感じる。
 長い沈黙を破って菊畑は1983年、東京画廊で発表した〈天動説〉連作によって新たな一報を踏み出した。そしてこの連作が菊畑の仕事の中でも一つの絶頂をかたちづくっていることは本作品集を通覧する時、直ちに明らかとなる。残念ながら私は一部の作品をそれらが収蔵された美術館で見たことしかないのであるが、作品の圧倒的な存在感は図版からさえ明らかであろう。多様な作品を渡り歩いた菊畑がこの時期、絵画という形式によって現代美術の第一線に復帰したことは暗示的である。作品集に寄せられたテクストの中で展覧会を担当した二人の学芸員は、それぞれオブジェ、「物性」といった概念を手掛かりこの経緯を説得的に解き明かし、当時、喧伝された絵画の復権、イメージの回帰といった表層的な現象とは異なった深い内発によって〈天動説〉が導かれていることを解明している。ここに再び集った〈天動説〉連作を一覧するためだけでも私は九州に足を運ぶべきであった。
 それにしても未曾有の災厄を経験した同じ年にこのような充実した展覧会が開催されたことは私たちにとって大きな励ましではないか。震災と原発災害の後で展覧会は可能か。いうまでもなくこの問いは、アウシュヴィッツの後で詩を書くことは可能か、飢えた子どもの前で文学は可能かという問いに連なる。芸術は非人間的な状況に拮抗しうるか。しかしこれは偽の問いであり、両者を対置する発想は正しくない。いかなる悲惨であろうともそれは芸術の不在によって購われることはないし、いかなる惨禍を体験したとしても、人は美術が、文学が、音楽が存在しない世界で生きるべきではないのだ。展示を実見していない私がこのように結語することは傲慢に聞こえるかもしれない。しかしこの重厚な作品集を通読した後、私は自身の体験に基づいてこの点を確言できる。美術館の冬の時代と呼ばれて久しいが、優れた作家と情熱のある学芸員が組めば、地方であっても、新聞社やTV局の事業部やらに主導されずとも、かくも質の高い展覧会を組織することができるのだ。
 カタログではなく一般書籍として刊行されたため、作品集をアマゾンから入手できたことは幸運であった。上に掲げたイメージから明らかなとおり、作品集も量、質ともにこの驚くべき展覧会の名に恥じぬ充実ぶりだ。出版社を確認して納得する。黒ダライ児の大著『肉体のアナーキズム』と同じグラムブックスが版元である。
by gravity97 | 2011-10-18 20:04 | 展覧会 | Comments(0)
b0138838_2261153.jpg フェミニズムの論客として知られたキャロル・ダンカンが1995年に著した美術館論が翻訳された。「美術館という幻想」という邦訳のタイトルはいただけない。原題は Civilizing Rituals : Inside Public Art Museums であり、ここにおいて儀礼という本書の基本概念が既に提起されているにもかかわらず、「美術館という幻想」では美術館という制度自体が幻想であるような印象を与えてしまうからだ。逆に美術館が今日的、あるいは「教化された」儀礼の典型であり、その拠点である点を論証するのが本論の趣旨であるはずだ。
 第一章でダンカンは本書の基本的な主張である「儀礼の場である美術館」を分析するにあたり、まず理論的な枠組みを説く。しかし私の印象では儀礼やアーティファクト、リミナリティといった中心的な概念がさほどしっかりと吟味された印象はない。ここで提起される概念は第二章以降で行われる具体的な美術館やギャラリーに関する分析の中で十分に機能したようには感じられないのだ。別の言葉を用いるならば第一章における共時的な観点と第二章以降の通時的な観点がうまくかみあっていない。さらに言えば本書で提起される主張は今日ではさほど独自には感じられない。もっともこれは本書が刊行された時期から10年余りの時の経過によるかもしれない。儀礼の場であるかどうかはともかく、フーコーを経由した私たちにとって美術館が中立的で啓蒙的な施設であるといった素朴な理解はもはやありえないだろう。
 もちろん第二章以降のルーブル美術館とロンドンのナショナル・ギャラリー、そしてメトロポリタン美術館とシカゴ美術館などの歴史をたどりながら、王侯貴族のコレクションが「民主化」されていく過程の分析、あるいはワシントンのナショナル・ギャラリーをめぐる寄贈者と美術館の確執、そして最後の章で検証されるニューヨーク近代美術館に内在する男性原理など、具体的な論述はきわめて興味深く、本書の読みどころを形作っている。美術館の成立が国家や国民という概念の成立と同期するという主張や美術館にまつわる様々の「儀礼」の政治性に関する指摘は今日でも新鮮であり、ワシントンの「ナショナル」ギャラリーのコレクションが実は一人の富豪の嗜好によって形成されていることを私は本書を読んで初めて知った。あるいはフリック・コレクションやゲティ美術館、モルガン図書館といったアメリカでも有数の文化施設がいわば血塗られた歴史をもち、さらにゲティ美術館の敷地内にポール・ゲティの墓があり、美術館が文字通り霊廟としての役割を負わされているという指摘は美術館の本質を考えるうえで示唆に富む。
 多くを学んだことを認めつつも、私が本書に感じる異和感は、この研究のライトモティーフとも呼ぶべき儀礼への批判が常に攻撃的、糾弾的な論調を帯びている点に由来する。この点はフェミニズム系の美術史研究において往々に感じられる点であるが、例えば本書においては特にアメリカの美術館のコレクションが大富豪による労働者の搾取のうえに成り立っていることが何度も論じられる。フリック・コレクションをかたちづくったヘンリー・フリックが実際には無慈悲な資本主義者であったにも関わらず、その名前がストライキへの弾圧ではなく美術品と結びつけられて記憶されることへの批判が繰り返されるが、作品の質に対して作家の人格が責任を負わないのと同様に、コレクションの質とコレクターの人格は本来無関係のはずだ。本書を読む時、儀礼への批判が多くコレクターや社会制度への批判と転じていることが理解される。あるいはニューヨーク近代美術館における男性原理の優越を説く最終章の論述はあまりに教条的で硬直した印象を与えないだろうか。もちろんフェミニズム美術史の成果によって、今日の時点ではダンカンの記述が常識として共有されるにいたったという反論はありえるだろう。しかし近代美術館における作品の展示、特に裸婦像の配置が女性差別を無意識化したものであるという理解は今日では通俗的にさえ感じられる。さらにジョーン・ミッチェル、ルイーズ・ネヴェルソン、アグネス・マーティン、エヴァ・ヘスらの作品を「男性の特権性に奉仕するための造りもの」として批判し、これに対して、バーバラ・クルーガー、シンディ・シャーマン、キキ・スミスらの作品が「美術館を男性の手から解放し、その儀礼を書きなおし、新たな問題意識と新しい批判的な見方を提起する」と評価する姿勢には失笑を禁じえない。前者の作家たちに評価を与えたのが、モダニズム/男性原理主義の批評家であったにせよ、それは批評家の言説をとおしてなされたのであり、作品自体にそのような特質を認めることは本来フェミニズムが批判した本質主義の立場ではないか。私ならばむしろ前者の作家たちの作品が実はモダニズム/男性原理主義への根本的な批判を内在させているという発見、逆にクルーガーやシャーマンの作品に男性芸理への迎合を見出すような視点の方が(むろんここではこのような論証が可能かどうかではなく、一つの可能性として指摘している点を理解されたい)今日的な意識を反映しているように感じられるのだ。
 あるいは美術館を論じながらキューレーターに関する議論が全く欠落しているのはなぜであろうか。国王や貴族、あるいは大富豪といった階級が人民や労働者を搾取しながらコレクションを形成したとしても、なぜそれが美術館という制度と同一視されるのか。論文中にワシントンのナショナル・ギャラリーやゲッティ美術館のコレクションがその後、専門家によって補正されたという記述があるが、いうまでもなくこの専門家こそがキューレーターであり、美術館とコレクションの運営に関する実務的な決定権を握っている。むろん彼らも別の意味で儀礼としての美術館に一役買ったかもしれない。しかしダンカンの議論はこれらの職能集団の意味を軽視し、美術館における階級性や性差の告発に終始する。一つの反例を示そう。ダンカンがマッチョで男性主義的とみなすアメリカの抽象表現主義はやはりダンカンによれば男性原理が支配するニューヨーク近代美術館が中心になって組織したヨーロッパへの巡回展によって認知された。しかしこの展覧会を実質的に組織した中心人物が近代美術館の女性キューレーター、ドロシー・ミラーであったという事実、さらにミラーがやはり近代美術館で「X人のアメリカ人画家」という集団展を連続して企画し、戦後アメリカ美術の方向性に大きな影響を与えたという事実は本書の最終章とどのように折り合いをつけるのであろうか。
 訳者もあとがきに記すとおり、本書は1980年代以降、主として英語圏で隆盛したニュー・アート・ヒストリーの一翼を担う研究である。本書を通読して、私はそろそろニュー・アート・ヒストリーそのものも総括されてよい時期に達したのではないかと感じた。むろんノーマン・ブライソンにせよ、T.J.クラークにせよその主著がまともに翻訳されていない日本においてその射程を理解することは難しい。しかし制度批判や表象批判といった理論的、抽象的な議論においてはいくつかの注目すべき研究が残されたにせよ、具体的な作品研究、作家研究においてその成果は乏しいように感じられるのだ。日本において一時一世を風靡したフェミニズム美術史研究の消長もこの問題と関わっている。
 最後に一言付言するならば、ダンカン自身も弁明しているが、美術館という一種普遍的な施設について論じながら、フランス、イギリス、アメリカのみをそのフィールドとしている点も私には疑問に感じられる。それでは日本の場合はどうであろうか。個人コレクションもしくは私立の美術館が主流を占める欧米と比べて、日本においては公立美術館という特殊な運営形態が多い。もちろんそこにも歪んだ「儀礼と権力」が働いている。この点については今後日本人研究者によって解明が進められることを期待したい。
by gravity97 | 2011-10-03 22:08 | 批評理論 | Comments(0)

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