Living Well Is the Best Revenge

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優雅な生活が最高の復讐である

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彼は1882年4月30日の明け方の南の雲の形をおぼえており、それらを、追憶の中にある、たった一度みたことのある革表紙の本の大理石模様のデザインと比べることができた。また、それをケプラーチョの闘いの前夜に舟のオールがネグロ川にえがいたしぶきの縞模様とも比べることができた。これらの追憶は単純ではなかった。それぞれの視覚的なイメージは、筋肉の感覚、熱の感覚などにつながっていた。彼はすべての夢やすべての幻想を再現することができた。二、三度、彼は一日全体を再現してみせた。彼は「わたしは自分ひとりの内部に、この世がはじまって以来すべての人間がもっていた以上の記憶をもっています」と言った。
by gravity97 | 2011-04-26 09:59 | PASSAGE | Comments(0)

NEW ARRIAL 110419

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by gravity97 | 2011-04-20 07:35 | NEW ARRIVAL | Comments(0)

『世界』5月号

b0138838_2140482.jpg 今までに読んだ雑誌の名前を全て挙げることは不可能だが、その中でほぼ30年にわたって毎号購読してきた雑誌が二つだけある。一つは美術出版社から刊行されている『美術手帖』(現在は『BT』)であり、もう一つは岩波書店の『世界』である。偶然であるが、私はこの二つの雑誌を大学の教養に籍を置いていた頃、ほぼ同時に読み始めた。このうち、前者の凋落というか低迷についてはこのブログでも批判したとおりであり、もはや読むべき記事もないこの雑誌を今日も講読しているのはほとんど惰性による。これに対して『世界』は特集によって関心の濃淡はあるが、今日にいたるまで毎月読むことを欠かしたことはない。先般の東日本大震災を受けて、先日発売された5月号では震災と原発災害のみに集中した特別編集を組み、表紙には「生きよう!」と赤い文字が大書されている。
 思い起こすならば、『世界』を読み始めたきっかけは何かの機会に頁を繰って読んだ記事が、私にとってそれまで自明と考えられてきた問題に対して根底的な問いを突きつけていたからであった。何の問題に関する記事であったか、今では思い出せない。しかしそれらの記事を読んで私は自分の抱く常識が体制や権力にとって都合よく構築されたものにすぎないということを意識し、常識を問うことを覚えた。別の言い方をするならば、まず疑い、自分の頭で考えることを自ら課すようになったのである。
 「原子力発電所は絶対に安全である」というのもこのような常識の一つであり、したがってこの雑誌がかねてより幾度となく批判してきた問題である。今回の特集に先立ち、今年の1月号でも「原子力復興という危険な夢」という特集が組まれ、原発のプラント輸出など民主党政権が推し進める一連の政策に対して警鐘を鳴らしていた。今読み返してみると、今回の事故を起こした福島第一原発とそれが立地する双葉町のルポなど、予言的ともいってよい内容の記事も掲載されている。今回の特集は震災を主題としているが、ほとんどの記事で原発事故について言及があることはこの雑誌の姿勢から考えて当然であろう。
 私は原子力発電所とは本質において電力と差別を生産する施設であると考えている。周知のごとく、そして本特集の中でも触れられているとおり、原子力発電所とは下請けや孫請けの錯綜する複雑で差別的な労働環境によって支えられ、原発労働者たちの被曝の深刻な実態については電力会社に追従するマス・メディアによって黙殺されながらも、多くの報告が残されている。今回の事故の処理にあたっても東京電力の首脳部や原子力安全保安院の面々が東京で大本営発表を垂れ流す一方で、下請け労働者たちが現場の被曝環境のもとで決死の作業を続けている構造はその縮図であり、多少想像力を働かせれば、原子力発電所が差別を原理としている点は誰の目にも明らかである。そして今後、被曝をめぐる差別は被害を受けた地域と住民への風評として広がっていくだろう。被曝(被爆)と差別。入り組み、重層する差別の構造から私は直ちに井上光晴の小説『地の群れ』を連想した。かかる連想は長崎の原爆と福島の原発が同根であることを暗示しているだろう。今手元にないため正確な引用ができないが、震災の直後、確か朝日新聞に寄稿した文章の中で大江健三郎が、原子爆弾という核の洗礼を受けた日本人が、それにもかかわらず原子力というエネルギーを選んだことについてペシミスティックなコメントを寄せていた。本特集においても大江は『ル・モンド』紙の記者に答えるかたちで同様の見解を述べている。核の時代を生きることを自らの小説と重ね合わせて思考を続けた大江らしい的確な指摘であるように思った。地震と津波だけであったならば、大きな被害はあったとしても自然を前にした人間の無力さに対する諦念としていつかは受け入れられるかもしれない。しかし原子力発電所の事故は明らかに自分たちの罪である。私もまた、原子力発電所が危険な施設であることを認識し、政官財一体の原発キャンペーンにいかがわしさと欺瞞を感じながらも、一方でそこで生産される電力の恩恵を享受していた。正確に言うならば、享受することを強いられていた。原子力発電がなくても日本で必要とされる電力は十分に供給可能であること、つまり原発か、停電かという原子力安全保安院の恫喝が全くのデマゴギーにすぎないことも私は関連する文献を読んで最近知った。もちろん原子力発電を推進した者たちの責任は今後徹底的に追及されなければならないが、今回、私たちの不作為の被害を受けたのは生産された電力を使用する東京の住民ではなく、原子力発電所の近隣に住む福島の人々であったことは記憶されてよい。首都と地方、これも差別の一例であろう。これからも続く深刻な被害を想像しながら、自らの問題としてなんとも無念の思いが強い。
 大江健三郎から内橋克人、西谷修から吉田司まで、岩波系の知識人を中心に多くの論者が文章を寄せた本特集は読み応えがある。哲学から技術論まで議論される問題の幅は広く、広河隆一ら、事故発生直後に現地に入った一群のジャーナリストたちによる放射能汚染地域の報告は未曾有の事態を前にした緊迫感を伝えている。言及したい論文は多いが、直接参照していただくのがよかろうから、ここでは二、三の文章にのみ触れておく。一つはジャン・ピエール・デュピュイというフランスの社会哲学者が2004年のスマトラ沖地震による津波被害に接して執筆した「未来の追悼」という一文である。東日本大震災ではないが、同様に津波による被害の惨状を目の当たりにして執筆された文章の中でデュピュイは「予防の形而上学」という概念を提起する。デュピュイはこのブログでも取り上げたことがあるギュンター・アンダースがしばしば引いたノアの寓話について記す。ノアは「洪水が起こった時には、今あるどんなものも決して存在しないだろう」と民衆へ語り欠ける。多くの聴衆は一笑に付したが、ノアが家に帰ると大工や屋根ふき職人が訪れ、船の建造の手伝いを申し出る。彼らは言う。「手伝わせてくれ、あの話を間違いにするために」デュピュイによれば大惨事を前に人々が予防の行動に入らないのは、情報を知らないからではない。その情報が人々の信のシステムの中に入らないからである。アンダースを引いたことから推測されるとおり、彼は同じ状況を絶滅収容所に到着したヨーロッパのユダヤ人にも指摘する。本論の文脈に置き換えるならば、私たちは原子力発電所の危険性を知識としてはもちながら、それを自らの信のシステムの中で思考することがなかった。なぜなら原子力発電所とはその存在自体が道徳的に不可能であるからだ。つまり予防とは倫理の問題とも深く結びついているのだ。この意味で私は今回の原子力発電所の事故は、たとえ直接の原因がそうであるにせよ、地震や津波といった自然災害ではなく、近代ヨーロッパの一つの帰結であった絶滅収容所の問題と関連して論じられるべきではないかと感じる。両者は非人間的なシステムという点においてもきわめて類似している。別の文章の中で同じ問題を敦賀原発の近くに住む画家の宇佐美圭司はベルリンの壁と関連させて論じている。ベルリンの壁は1989年に取り払われた。「失くなってみれば、その非人間的構築物はできたときから、崩壊の途上にあったのだと人々は認識する。しかしそれが失くなるまではいかにも公然と横たわり、不動の強固さに見えていたのである」原子力発電所という「非人間的構築物」もまた体制のキャンペーンの中で私たちにとっては「常識」として存在し、誰もその本質としての暴力に思いを向けることがなかった。本来それは「できたときから、崩壊の途上にあった」のではないか。そして今、それは周囲に放射性物質を撒き散らしながら、実際に長い崩壊の途上にある。
by gravity97 | 2011-04-17 21:41 | 思想・社会 | Comments(0)

KRAFTWERK [Radioactivity]

 以前にも記したとおり、このブログでは時事的な主題を扱わない方針であるが、さすがに3月11日以後、自分が一連のカタストロフと無関係であるとは感じられない。多くの人が述べているとおり、3・11は9・11同様に歴史を画然と分かつ日付であり、それ以前とそれ以後で単にニューヨークやアメリカ、あるいは東北や日本だけではなく世界そのものが全く見知らぬなにものかに変貌を遂げたような不気味な感触を受けるのだ。あの日以来、「終わりの始まり」という言葉が私の脳裏から離れることがない。
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 地震と津波だけならば、過去に例のない規模であるにせよ、人類が体験したことのない災害ではない。今回のカタストロフで最も恐るべき事象は原子力発電所の事故とそれにともなう放射能汚染という未曾有の災厄である。現時点でもなお事故に解決のめどは立たず、汚染はさらに拡散している。放射能汚染によってゴーストタウンと化した町、人体に食品に刻一刻と蓄積される放射性物質。わずか数基の施設の損壊によって国家や民族が一つの単位として危機に直面するという状況はかつて前例がなく、私たちはもはや黙示録的な恐怖の中にいるといってよい。
 
 クラフトワークの「放射能 Radioactivity」を、私は1991年に発表された[The Mix]そして2005年の[Minimum Maximum]中の一曲として聴いた。この曲は当初、1975年のアルバム[Radio-Activity](ハイフンの存在に留意されたい)のタイトル曲として発表されたが、(少なくともリマスタリング版が発売される2009年までは)入手することが比較的難しく、私もまだオリジナル曲を聞いたことがない。最初に1991年のヴァージョンで聴いたことは重要である。[The Mix]においては曲の冒頭で電子的に加工された音声によって四つの土地の名が連呼される。すなわちチェルノブイリ、ハリスバーグ、セラフィールドそしてヒロシマである。ハリスバーグとセラフィールドについては若干の注釈が必要かもしれない。前者は1979年に発生したスリーマイルズ島原子力発電所事故の舞台となったペンシルヴァニア州の州都であり、後者はイギリスの使用済核燃料処理施設が所在する土地の名である。ヒロシマはともかく、ハリスバーグやチェルノブイリという地名は1975年の時点では歴史的な意味をもつことはなかったから、これらの地名はクラフトワークがオリジナル曲をリミックスする段階で加えられた。今述べたとおり私は1975年のアルバムを聴いたことがないので、両者の異同を詳らかにすることはできないが、[The Mix]や[Minimum Maximum]に収められたヴァージョンは、ガイガー・カウンターを連想させる警告的な電子音にStop Radioactivity、放射能を止めろ、という言葉が重ねられ、連鎖反応、突然変異や集団汚染といったオリジナル曲には存在しなかった語句が追加されることによって、明らかに反放射能、反原発という含意を帯びるに至った。1975年に発表されたアルバムは総体として放射能だけではなく、電波や無線といった空中に存在する不可視の波動を主題としていたことを勘案するならば、スリーマイルズ島原発、あるいはチェルノブイリ原発の事故を経たことによって、この曲は新たに一つの政治的なメッセージを賦与されたといえるかもしれない。アウトバーンやヨーロッパ横断特急、電卓やロボット、科学技術と関連しながらも、それ自体は没価値的、即物的な主題を扱ってきたクラフトワークの楽曲がこのようなメッセージ性、政治性を帯びた点をいかに評価するかについては意見が分かれるところであろう。radioactivity is in the air for you and meという当初の歌詞から了解されるとおり、最初に発表されたヴァージョンにおいて[Radio-Activity]は放射能や原子力発電所に対して中立的であったが、80年代の反核運動の高まりを受けて、彼らが自らの姿勢を明確にしたことは大いにありうる。そこには今回の原発事故の報を受けるや、直ちに全ての原子力発電所を停止したドイツという国で共有される核への恐怖感が反映されているかもしれない。それはこれほどの惨事を引き起こしながらもいまだに活断層上に位置する浜岡原発を稼動させる日本の電力会社の人命に対する鈍感さと残酷なまでの対照をなしている。

 それにしても、震災以後、なぜこれほど書くことが苦しいのだろう。私はこの場にくだらない身辺雑記を綴るつもりはないので、常に具体的な対象に対する批評的言説を書いてきたつもりだ。しかし震災後、それ以前にほぼ書き上げていたリドリー・スコットのフィルムに対する記事をアップした以外、文章を書くことが辛く感じられてならない。放射能という概念を手掛かりになんとか書き始めた今回の記事もここまで書いた時点で、(今回の原発事故がチェルノブイリに匹敵するレヴェル7に分類されたという報に触れたためであろうか)もはやこれ以上筆を進めることが困難に感じられるのだ。この問題は端的にカタストロフと表現という問題へと敷衍できるかもしれない。圧倒的なカタストロフの前にあっては、表現するという行為は果たして意味をもちうるのだろうか。
 同じ問いを、私は阪神大震災の折にも自問した。そして私なりの経験と思索をとおして表現と関わる営為を続けることこそがカタストロフへの抵抗たりうるという結論に達した。この意味で私は今回の震災に対する一連の自粛の流れを強く批判したい。美術館であれば展覧会を、劇場であれば演劇を、ホールであれば音楽の公演を通じて日常性を回復することこそが「文化施設」の使命であり、同時にそれらの活動は「被災者への癒し」といった誰も批判できない愚劣なスローガンのもとに集約されるべきではない。あたかも震災も原発事故も存在しなかったかのように日常の一環として、芸術と関わる営みを淡々と続けるべきであると私は信じるし、このブログに関しても早くそのような日常性を回復したいと願っている。しかし日々報道される各地の惨禍、悪化の一途をたどる原発事故の報道を前に、かかる平穏はまだ遠いという思いに駆られる。放射能を止めようとしなかったこの国は人類がいまだ経験したことのない破局、「終わりの始まり」の扉を開いてしまったのではないだろうか。暗鬱な感慨とともにこのブログでもなおしばらく時事的な話題と関連した内容の記事が続くかもしれない。諒とされたい。

 なお、Radioactivity はおそらく[Minimum Maximum]に収録されたヴァージョンと同じライヴの映像を YouTube で見ることができる。
by gravity97 | 2011-04-12 21:09 | ロック | Comments(0)

La Monte Young [Well Tuned Piano]

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by gravity97 | 2011-04-07 21:06 | MY FAVORITE | Comments(0)

優雅な生活が最高の復讐である


by クリティック