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コーマック・マッカーシー『ブラッド・メリディアン』

 これはまぎれもない傑作である。ただし本書は誰もが気楽に読める小説ではない。それどころか多くの者が思わず眉をひそめる内容であろう。
 具体的な年と地名についても言及があるが、舞台は19世紀中盤、開拓時代のアメリカ中西部。名前を与えられない主人公、「少年」は14歳で家出をした後、各地を放浪し、ならず者たちと渡り合う。物乞いと盗み、刃傷沙汰と暴力の果てに、「少年」はグラントン大尉という無頼漢を頭目としたインディアン討伐の頭皮狩り隊に加わり、インディアンたちの殺戮を続ける。頭皮狩り隊とはその名のとおり、殺したインディアンの頭皮を剥ぎ取り、その数に応じて報酬を受け取るという残虐無残な部隊である。グラントンをはじめ、人間性の片鱗もうかがえぬ男たちは灼熱の太陽のもと、暴力と退廃が支配する砂漠地帯を転進する。殺戮の合間に報酬を求めて立ち寄った町でも彼らは殺人や略奪、強姦に明け暮れ、悪疫のごとく忌み嫌われる。しかし彼らだけが暴力に染まっている訳ではない。インディアンたちも白人たちを襲撃して残忍に殺戮する。実際にグラントンたちも襲撃を受け、隊員や斥候として随行するデラウェア族のインディアンらが次々と惨殺される。それにしても悪夢のような道行きだ。胸の悪くなるような殺戮の応酬。ここに書くこともはばかられるほどグロテスクなエピソードが延々と続く。ここには『サンクチュアリ』において「自分が想像しうる最も恐ろしい物語を描こうとした」フォークナーの遠い残響がうかがえるかもしれない。
 かくも無残な物語がなぜ傑作なのか。それはこの小説が虚無という主題に明確な言葉を与えているからだ。私たちは世界に意味がないという事実に耐えられない。私たちの生、人間という存在、歴史という営み、私たちはこれらがなにかしらの意味をもつと信じている。逆にいえばその意味を探求するために文学や美術が存在するのではなかろうか。この小説はこのような前提をあっさりと否定する。冒頭から巻末までひたすら繰り返される非道な行為の数々、それは私たちが世界の意味の枠組とみなしてきた例えば神、あるいはヒューマニズムといった超越した理念の破綻をあからさまに示している。この点をドストエフスキーと比較してみよう。『カラマーゾフの兄弟』においても次兄イワンが三男アリョーシャにトルコ兵が幼児に対して働く蛮行の数々を語る。神が存在するにも関わらず、なぜこのような所業が許されるのか。イワンが提起するのは神への懐疑である。しかしイワン/大審問官がとる反キリストという立場は、逆にいえばキリスト=神を拒絶することによってその存在を認めている。したがってそのような不条理が存在するにも関わらず神を信じること、正確には神を信じる自由を担保することは逆説的にも熱烈な信仰告白たりえたのである。しかしもはや私たちにそのような楽天的な思考は許されないことをこの苛酷な小説は教える。
 『ザ・ロード』同様、この小説でも特異な叙述形式がとられている。登場人物に関してほとんど内面描写がなされず、会話も全て地の文の中に織り込まれている。一文が異様に長く、視覚的にリアルでありながら行為の主体が不明確な詰屈した翻訳は明らかに原文の文体を反映しているだろう。マッカーシーの文体の異常さに触れたければ、巻末の一頁に満たぬ「エピローグ」を一読することを勧める。物語の内容とは直接の関係をもたないからこのパッセージだけ読んでも読書の愉しみを減じることはない。(そもそも巻末にかかるエピローグが置かれていること自体も異様なのであるが)私はこれまでかくもいびつな文章を読んだことがないが、逆にこの小説の魅力の大半、そしてかくも困難な主題への取り組みを可能にした条件はこのような異常な文体に求められる。風景も人物も行為も発話も均質化された語りの中では人間も語られる風景の一部と化し、特権的な位置を与えられることがない。この点は今述べたヒューマニズムの破産と深く関わっているだろう。「少年」はこの小説を最初から最後まで見届けるが、決して物語の語り手といった役回りではない。そもそも彼の内面は最後まで私たちに閉ざされている。世界はいわば登場人物たちと無関係に存在し、人物は前景化されることなく、出来事の継起のみが淡々とつづられる。内面描写がなされないため、読者はいずれの登場人物にも焦点化することができないが、一人だけ圧倒的な存在感を与える人物が登場する。眉毛も睫毛もない禿頭の巨漢、「判事」である。グラントンに帯同し、平然とインディアンを殺戮する「判事」はいくつもの外国語に通じ、深い学識をもち、ダンスや楽器の名手でもある。「判事」は殺戮の道すがらグラントンの部下たちに奇怪な寓話や倫理観を語って煙に巻く。彼はアパッチ族を虐殺した後、生き残りの小さな男の子を自分の鞍に乗せて連れ去り、数日間面倒をみた後、思いついたように殺してはその頭皮を剥ぐ。この物語においては生も死も何の意味ももたない。あとがきの中で翻訳者の黒原敏行は「判事」を『闇の奥』に登場するクルツと対比させていたが、学知(外国語の習熟あるいは土器や骨角器への関心)と芸術的才能(楽器の扱いや素描の技術)が残虐な行為、非人間的な精神となんら矛盾することなく同居する「判事」という存在は、近代以降の人間の在り方の暗喩かもしれず、あるいはこのブログで何度か取り上げたアドルノ的アポリアの表象かもしれない。
 「世界は意味もなければ不条理でもない。ただ単にそこに『ある』だけである」と記したのはアラン・ロブ=グリエであった。ロブ=グリエが無機的なヌーヴォー・ロマンに託した認識をマッカーシーはこの凄惨な物語の中で別のかたちで開陳する。古生物の風化した大腿骨を発見した「判事」は「この骨に神秘的なところなど何もない」と断言し、怪訝な顔の兵士たちに「この世に神秘などないということこそ神秘的である」と説く。意味なき世界、神秘なき世界にあって小説を書くことはいかなる意味をもつか。そもそもそこで文学は可能か。殺伐とした内容にも関わらず、『ブラッド・メリディアン』は本質においてきわめて思弁的な、小説についての小説なのである。20世紀以降、同様の認識、つまり人間は世界の中心ではなく、ヒューマニズムはもはや失効したという発見が言語学から哲学にいたる様々な領域でパラダイム・シフトを引き起こした。ここで詳述することは控えるが、例えば現代美術においても私は非人間的な作品の連綿たる系譜を直ちに想起することができる。(非人間的というのは人間性に反するという意味ではなく、人間とは無関係に存在するという意味である)文学の領域ではひとまずバタイユの名前を挙げることができようか。しかしバタイユと比してもこの小説が圧倒的に優れている点はこのような認識をその内容のみならず、形式、つまり独特の文体において実現している点である。
 b0138838_1045235.jpgタイトルのメリディアンとは子午線の意味であるが、あとがきで黒原は『ツァラトゥストラはかく語りき』を引きながらニーチェ的な絶頂という含意を読み取っている。最初に本書の主題は虚無であると論じたが、ニーチェとの暗合はなんとも示唆的である。物語の中でも一箇所、この言葉が言及されている。野営地の焚火のかたわらで、無辜の者を殺戮する不気味な寓話を語った後、「判事」は次のように述べたうえでニーチェの永劫回帰に近似した思想を語る。「人間に関しては生命力の発現が最高潮に達する正午が夜の始まりの合図となる。人間の霊はその達成の頂点で燃え尽きる。人間の絶頂(メリディアン)は同時に黄昏でもあるんだ」ブラッド・メリディアン、血の絶頂。虚無の支配の暗喩、ヒューマニズムへのアンチ・テーゼとしてこれほど適切な言葉があるだろうか。
 最後に一言。さほど長い小説でもないが単純な誤植が目についた。これほどの作品に対して失礼であろう。出版業界全体の質的劣化を反映しているのでなければよいのだが。

by gravity97 | 2010-01-30 10:10 | 海外文学 | Comments(0)

スティーヴ・エリクソン『エクスタシーの湖』

b0138838_21145765.jpg スティーヴ・エリクソンが2005年に発表した小説の邦訳が刊行された。エリクソンの翻訳に関しては奇妙なねじれがあり、近作については出版社として集英社と筑摩書房、翻訳者として柴田元幸と越川芳明が交互に訳書を刊行してきた。本書は内容的には1999年に原著が発表された『真夜中に海がやってきた』の続編であるが、日本ではそれ以前に発表された『アムネジア・スコープ』がいわば割り込むように先に翻訳されている。したがって私たちは本来ならば続けて読むべき二つの小説の間に、それ以前に発表された、直接の関係のない作品を読むこととなった訳である。この二つの小説は連続性が強く、特に本書の難解さを思う時、可能であれば続けて訳出されるべきであったと感じる。もちろんあらためて両者を通読すればよいのであろうが、残念ながらそれほどの余裕はない。私は『真夜中に海がやってきた』とその解説にざっと目を通したうえで本書に取り組んだ。
 1999年と2005年、二篇の小説が発表された二つの年記の間に何が起きたか。いうまでもなく、2001年9月11日の惨劇である。幻視者エリクソンが、終末のヴィジョンとも呼ぶべきこの事件にインスパイアされないはずがない。本書の中では、ニューヨークならざるロスアンジェルスの中心に、グランド・ゼロならざるレイク・ゼロ、Z湖と呼ばれる湖が出現する。頁を開くや、エリクソンが好んで描く妖しいカタストロフのイメージが横溢する。水というモティーフは明らかに前作から持ち越されている。『真夜中に海がやってきた』の最後で東京を襲った大洪水は、地中から湧き、次第に成長する湖としてロスアンジェルスに出現する。東京、歌舞伎町で客と記憶を交換するメモリー・ガールという仕事に就いていた主人公クリスティンは『エクスタシーの湖』ではカークという息子とともにロスアンジェルスに暮らす。カークの出産と湖の出現が同期していることが暗示するとおり、クリスティンと湖は秘密めいた関係がある。エリクソンのほかの小説と同様、『エクスタシーの湖』もストーリーを要約することはきわめて難しい。鮮烈なイメージが次々に弾けるように繰り広げられ、ストーリー以前にイメージに眩惑されてしまうのだ。クリスティンは湖の出現の意味を知っていた。湖は彼女からカークを奪うためにロスアンジェルスの交差点に最初は水溜りとして出現したのだ。物語が全体の三分の一ほど進行したあたりでクリスティンはカークをゴンドラに乗せてZ湖に漕ぎ出し、経血の赤い夜明けの中で湖に身を投げる。実際に本書を手に取らないとわかりにくいかもしれないが、湖に身を投げたクリスティンの意識はこれ以後、本書の左頁を貫通する一行のテクストとして巻末まで続く。つまりここから小説のテクストが二つに分裂する訳である。メイン・テクストも以後、時に字数や行数が一定でない特殊なレイアウトによってつづられ、視覚的にも波のたゆたいや主人公たちの心情を暗示するという、視覚詩に近い手法が採用される。後で述べるとおり、この手法は小説の成否に関わる点である。エリクソンがこのような手法を用いたのは初めてであり、内容も含めて、おそらく本書で初めてエリクソンの小説に触れる読者は大いにとまどうことあろう。
 本書では今述べた一行で延々と続くテクストが鍵となる。このテクストは湖に身を投げたクリスティンの意識の流れであり、湖への投身はもう一つのロスアンジェルスへの移行を意味している。この点を認識するならば、この難解な小説の構造はある程度理解できる。もう一つの現実という主題はエリクソンを読みなれた読者にとっておなじみのものである。読み進むに従っていくつもの二重性があらわとなる。カークを伴って湖に漕ぎ出すクリスティンの挙措そのものが文中でも言及されるアブラハムの供犠、わが子イサクを神に生贄として差し出す身振りに重ねられ、もう一つのロスアンジェルスにはクリスティンの分身とも呼ぶべきルル・ブルーが存在している。双子を懐妊していたはずのクリスティンのもとにはなぜか息子カークしかいない。クリスティンが身投げした近未来のアメリカは内戦状態であり、湖の消長、傍受される怪電波、湖に身を投げた女の関係を探る軍隊の司令官ワンは天安門事件において素手で戦車に立ち向かった青年であることが暗示される。ワンはシャトーXという館のSMパーティーでボンテージ・クイーン、ブロンテから鞭打たれるが、ブロンテこそカークの分身、双子の片割れなのである。ブロンテはSMパーティーの狂乱からケール(いうまでもなくカークの別名である)という青年によって助けられた後、行く先の定かでない列車に乗ってプエブロ・インディアンの居住区へと向かう。クリスティンの投身を契機として湖の水が引き始めた世界ではKと呼ばれる女性(彼女もまたクリスティンの分身である)の息子キムと日本人との混血の美女サキ、彼らの娘のアンジーが湖の出現した場所を訪ねる。様々な分身、相互に矛盾するストーリー、幾重にも及ぶ時間のねじれが相互に乱反射するかのようだ。
 この小説が『真夜中に海がやってきた』の後日譚であることは先に述べたが、二つの物語は相互に嵌入しあっている。クリスティンやルル・ブルーは両方の小説に登場し、前著においてはクリスティン/ルル・ブルーのごとく、アンジーとサキは同一人物であった。(サキの名は原子爆弾が炸裂した長崎からとられているという)さらに注意深く読むならばほかの小説もこの物語の中に侵入している。クリスティンが居住するホテル・ハンブリンは『アムネジア・スコープ』の語り手の宿でもある。あるいはシャトーXの中で私たちは懐かしい名前に出会う。バニング・ジェーンライト。バニングとは『黒い時計の旅』の中でヒトラーのためにポルノ小説を執筆する巨漢ではないか。この物語の中ではヒトラーが生き続ける20世紀の偽史がバニングによって執筆される。複雑な入れ子構造をとりながら、多くの物語でエリクソンもまた無数の偽史を書き連ねる。20世紀初めのパリ、禁酒法時代のシカゴ、敗れざる第三帝国。これまでのエリクソンの偽史においてはある程度具体的な時代が特定されたのに対して、本小説でエリクソンは初めて未来の年記を書き入れた。先に述べた複雑なテクストの構成がこれらの物語相互の位置を推定することを著しく困難にしている。個々のストーリーは矛盾しあい、錯綜する。最初にも述べたとおり、エリクソンの小説の前で私たちは次々に炸裂するがごとき異様なヴィジョンに眩惑される。洪水や砂嵐に襲われる都市、氷結した街路と干上がった水路、喚起力が強く、多く終末論的なヴィジョンの数々に私たちは魅了される。私の知る限り、このようなイメージを駆使する作家としてはJ.G.バラード、サルマン・ラシュディらが連想されるくらいである。この小説においても、赤い夜明けや水没する都市、エリクソンが描くヴィジョンがきわめて視覚的であることに私たちはあらためて気づく。この小説の一部が文字を独特に配置した一種の視覚詩として成立していることは最初に述べた。イメージのみならず、活字のレイアウトによって視覚的な効果を強化することはエリクソンが意図的に選んだ方法であろう。テクストの中を貫通するクリスティンの意識の流れは最後でもう一度メインのテクストに回収される。原著の活字組に対応して、かなり苦労して本文のレイアウトが組まれたことは容易に想像される。しかし私はエリクソンの小説はここで一種の飽和点に達してしまったように思う。形式的にあまりにも錯雑したテクストは逆にイメージの喚起力を弱めているように感じられるのだ。『エクスタシーの湖』はエリクソンの優れた小説が備えていた一種の速度、ドライブ感を失っている。正直言って、この小説を読み進めることはかなり厳しい体験であった。特に左頁の中央を貫通するテクストの存在には絶えず異和感を覚え、波打つような文字のレイアウトもむしろテクストへの集中を阻害するように思われた。多義的なイメージ、錯綜するストーリーが時に像を結び、時に像を解く。そのような像と戯れることがエリクソンの小説を読むことの悦楽なのであるが、この小説では必ずしも十分な効果が得られていないようだ。作家は少々技巧に淫しすぎたのではなかろうか。

by gravity97 | 2010-01-21 21:18 | 海外文学 | Comments(0)

THE NEW AMERICAN PAINTING

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 貴重な展覧会カタログが手に入った。1958年から59年にかけてヨーロッパの8都市を巡回した「新しいアメリカ絵画」展のカタログである。ニューヨーク近代美術館の辣腕キューレーター、ドロシー・ミラーによって企画された伝説的な展覧会であるが、今述べたとおり、ニューヨークではなくヨーロッパの諸都市で開催されたため、カタログも含めてこの展覧会に関係した資料を探すことはなかなか難しい。私が試みた限りでは、ニューヨーク近代美術館のホームページからもこの展覧会に関する情報を得ることはできなかった。手に入れたカタログは最終会場であるテート・ギャラリーのカタログの再版であり、巡回した各地における展覧会評が英訳されて収録されているほか、註記によればカラー図版も何点か追加されているらしい。テート・ギャラリー版は当然英語であるが、巡回先ごとに言語を違えてカタログが刊行されているはずだ。
 ちょうど半世紀前に刊行されたカタログであるが、この展覧会は歴史的な意味をもち、カタログからも多くの発見があった。知られているとおり、第二次大戦後、ニューヨークは美術の首都の座をパリから奪取する。具体的にはこの展覧会に出品した一群の画家たちの作品の卓絶が確認され、それまでのヨーロッパ美術の公準とは全く異なったポップ・アートやミニマル・アートが登場する60年代中盤、このような交代は強く印象づけられるのであり、この展覧会が巡回した時点ではそこまでの認識は確立されていない。言い換えるならば、なおもヨーロッパ絵画の優越が確信されていた状況に対し、遥か大西洋の彼方から投じられた一石が本展覧会なのである。出品作家は17名。いちち列挙しないが、ポロック、デ・クーニングからロスコ、ニューマンにいたる抽象表現主義の代表的作家が顔をそろえている。逆にこの展覧会への出品者によって綱領も宣言もない抽象表現主義という運動に輪郭が与えられたといえるかもしれない。作品のレヴェルがきわめて高いことにあらためて驚く。今日ではあまり知られることのない数名の画家を含めて、図版で見る限りにおいても代表作と呼ぶべき名品が網羅されている。このカタログが貴重である理由は出品作品のリストが付されていることであるが、リストを参照するならば、例えばデ・クーニングならば《女Ⅰ》、ニューマンであれば《コンコルド》といった作家の転機を画す問題作が出品されている。いずれも今やミュージアム・ピースと呼ぶべき作品であり、このような粒ぞろいの作品がヨーロッパ各地を巡回したこと自体が今となっては奇跡のように感じられる。
 これらの絵画が当時のヨーロッパの観衆にとっておそろしく異質であったことは今日でも容易に想像がつく。次に述べるとおり、この展覧会への各国の批評はきわめて興味深いのであるが、その中の一つにテート・ギャラリーへの巡回展に対して「私はこれほど多くの若い観衆が、眩惑され、沈黙のうちに作品の前に座りこんでいるのを見たことがない」という評がある。端的に言って多くの絵画において、戦前におけるヨーロッパ近代絵画の最終的な達成であったキュビスムとシュルレアリスムの残滓がほとんど見受けられないのだ。知られているとおり、多くの抽象表現主義の画家たちは40年代後半にブレークスルーと呼ばれる形式上の決定的な転回を遂げるが、この時期を経過した絵画によって構成された展覧会、ことに成熟期のポロック、ニューマン、スティルらの絵画はヨーロッパ近代絵画との意志的な断絶を誇示して間然するところがない。
 当然ながらヨーロッパにおいてこれらの絵画は多くの批判を浴びる。最初に述べたとおり、私が入手した再版のカタログには巡回各館における展覧会評が掲載されているが、ほとんどが批判、端的に言って罵倒である。「新しくもなければ、絵画でもない、アメリカ的でもない。内的な必然性もなければ、内的な葛藤もない、真剣な形式的探究さえない」「一体彼らは自分たちが画家だと考えているのだろうか。(中略)国立美術館がこのような伝染性のある異端の教えにかくも寛大に公的な援助を与えることの恥知らずはどうだ」「これは芸術ではない。悪趣味のジョークだ。蜘蛛の巣の絡まりから私を助けてくれ」最初にイタリア語、フランス語、そして英語(イギリス)で発表されたこれらの批評の厳しさに私たちは驚く。むろんアメリカ絵画の独自性について比較的冷静に論じた評や個々の作家についての好意的な論評も掲載されている。しかしこれらの批評に目を通す時、印象に残るのがこれらの悪罵であることはいうまでもない。しかし展覧会の政治学に通暁した私としては次のようなうがった見方が可能ではないかと考える。これらの批評はニューヨーク近代美術館が再版したカタログに掲載されている。したがってこれらの展評の選択には美術館の意思が働いている。さて、通常であれば展覧会の企画者はこのような批判に対してきわめてナーヴァスである。展覧会が関係者との協同によって進められる以上、美術館は出品作家、あるいは借用先に遠慮して当然ありうるべき批判まで検閲し、抹殺しようとする。これは現在も日本の美術館が行っていることである。日本では展覧会に対する批判はタブーとされ、未だにまともな展覧会評が成立していない。それはともかく、逆にこれらの批判を自らが刊行したカタログに収録し(開催時の初版には掲載されていなかったにもかかわらず)周知するということはニューヨーク近代美術館にとってこれらの批判がむしろ好都合であったとは考えられないか。つまり、これらの批判こそヨーロッパの関係者がなおも「新しいアメリカ絵画」が提起する新しい美の公準を理解していないことの証左であり、逆にいえばアメリカ美術の勝利を告知するものであった。さすがの私も当時、ニューヨーク近代美術館がここまでの深い読みのもとにカタログを編集したと確言する自信はない。しかし結果的にかかる度量によって、新しい絵画をめぐるアメリカとヨーロッパ、新旧の美意識の懸隔を具体的な歴史資料の中に残すことが可能にされたように思われる。
 カタログの内容について触れる。今触れた展覧会への批評のアンソロジーに続いて(冒頭にこれらのネガティヴな言説を配置した点にも近代美術館の意図がうかがえる)、当時ディレクターであったアルフレッド・バー・ジュニアによる展覧会のイントロダクションが掲載されている。5頁ほどの短い解説であるが、さすがというべきか抽象表現主義に関するきわめて的確な要約である。私はこれを読んで、日本語で書かれたものも含めて、以後に発表された抽象表現主義に関する文章の多くがこのイントロダクションを踏襲している点をあらためて認識した。抽象表現主義という語の最初の使用例、あるいは日本の禅との関係など、しばしば論及される問題が既にここで提出されている。バーはアーモリー・ショーに始まるアメリカの美術界とヨーロッパの前衛美術の出会いを概観し、つまりヨーロッパの近代絵画にも一定の敬意を払いつつ、アメリカの絵画の特性について語る。展示された多様な絵画に共通する特質としてバーはその巨大なサイズ(「これらの絵画の偉大さはカンヴァスのサイズだけだ」という『フィガロ・リテレール』誌に掲載されたコメントを私たちは同じカタログで読むことができる)、色彩の調和や画面の構成といった従来の絵画的価値への無配慮、抽象的な作品が多いにも関わらず絵画の主題性が強く意識されている点の三点を挙げている。この指摘はきわめて適切であり、今日でも完全に通用する認識である。カタログでは続いてウィリアム・バジオテスからジャック・トォルコフまで、出品作家の写真とコメント、そして作品写真がカラー図版を交えて、アルファベット順に掲載されている。コメントにも十分なスペースが割かれ、図版も多く、おそらくこの時代にこれほど充実したカタログは例がないのではなかろうか。巻末には作家の略歴と出品リストが置かれ、このような構成からはニューヨーク近代美術館が一群のアメリカの若い作家たちをプロモートし、ヨーロッパに紹介していこうとする強い意志を認めることができる。
 このような意志にアメリカという国家の文化戦略がどの程度反映されているかは微妙な問題である。この点を確認するうえでも私は本カタログを前から入手したいと考えていた。今述べたとおりバーのイントロダクションはずいぶん控えめで、少なくとも抽象表現主義を運動として支持しようとするほどの強い姿勢は見当たらない。しかしこれほどの大展覧会を一年間にわたってヨーロッパ各地を巡回させるためには潤沢な予算と周到な準備が必要であったはずだ。その背景は今後も究明されるべき課題であり、抽象表現主義あるいはニューヨーク近代美術館の政治性について近年いくつもの研究が発表されていることは周知のとおりである。私はきちんとフォローしていないが、ドロシー・ミラーが果たした役割についてもリン・ゼレヴァンスキーの詳細な研究があったと記憶している。
 「新しいアメリカ絵画」はヨーロッパの美術界にとって真に革新的であった。しかしながらなおもそこでは絵画という制度が墨守されていた。それゆえ人は例えば抽象表現主義をヨーロッパにおけるカウンターパートであるアンフォルメルあるいはタシズムと比較することができた。先ほど言及した展覧会評の中にも両者が関連して論じられている内容がある。そしてほぼ10年後、やはりニューヨーク近代美術館によって企画された一つの展覧会がヨーロッパ各都市を巡回する。「アート・オブ・ザ・リアル」。現実の美術と題された展覧会においてはアメリカ人によって制作されたという一点を除いてもはやジャンルに統合することさえ不可能な作品群が再びヨーロッパ的美学を震撼させることとなる。

by gravity97 | 2010-01-12 20:53 | 現代美術 | Comments(0)

細見和之『「戦後」の思想』

b0138838_16352381.jpg かつてポーランドの美術家、ミロスワフ・バウカは「食間」という概念を提起した。私たちの生に関する出来事は全て食事の間、食間に生起する。そして食間という言葉はバウカの作品や国籍とも相俟って強制的な食餌、端的に強制収容所における日常を連想させる。
 何かの合間としての私たちの生。それでは戦争はどうか。「私たちは『戦後』というとすぐさま第二次大戦後のことを考えがちだが、19世紀初頭のナポレオン戦争以来、人びとはそのつどまぎれもない『戦後』という時代を生きていたのであり、そのなかで優れた思想家はそれぞれの時代の『戦後思想』を紡ぎ出してきたのではなかったか」著者が指摘するとおり、多くの日本人にとって戦後とは第二次世界大戦以後の半世紀を超える時代を指すが、アメリカでの生活が長い友人の話によれば、ベトナム戦争から一連の中近東での戦争にいたるまで第二次大戦以後も無数の戦争を体験したアメリカでは「戦後」とはきわめてあいまいな概念であるため、日常で使用されることはないという。半世紀以上、「戦後」を享受している私たちは歴史的にも異例の時代を生きているのかもしれない。「戦後」の思想、つまり戦争という主題に沿ってカントからハーバーマスにいたるドイツ思想を検証したきわめて示唆に富む論考が本書である。高度な問題を扱っているが、抽象的な思想ではなく具体的な思想家を通して語られるため、一種の切実さとともに各人の思想が分析される。序章でカント、終章でハーバーマスが論じられ、その間に四つの戦争をめぐってそれぞれ二人の思想家が召喚される。やや煩雑となるが列挙するならば、ナポレオン戦争をめぐるフィヒテとヘーゲル、普仏戦争をめぐるマルクスとニーチェ、第一次世界大戦をめぐるローゼンツヴァイクとハイデガー、第二次世界大戦をめぐるアドルノとアーレントである。よく知られた哲学者もいれば、ローゼンツヴァイクのごとく初めて名を聞く思想家もいる。各章ごとに思想家が並立されているが、その二人は必ずしも対立した立場にある訳ではない。またベンヤミンやパウル・ツェランといった思想家や詩人の名がいくつかの章を横断して登場し、問題の射程の広がりと奥行きを暗示している。先に述べたとおり、私たちは少なくとも帰属する国家が直接に戦争を遂行するとのなかった時代を生きてきたが、日本の近代史を通してもこのような時代はむしろ例外的である。そしてナポレオン戦争以後、戦争は局地戦から国家同士の全面的なそれへと姿を変え、「国民」によって担われた。思想家たちは好む好まざるに関わらず「近代的」で非人間的な戦争を自らの思想の一つの主題として抱え込むこととなった。むろん立場は人によって大きく異なる。ナポレオンを「世界精神が馬にまたがっている」と評したヘーゲルや積極的ではないにせよナチズムへ加担したハイデッガーのような思想家もいれば、ナチズムの下でアメリカへの亡命を余儀なくされたアドルノやアーレントのごとき者もいる。
 本書がカントの『永遠平和のために』とともに語り始められることは象徴的である。この書が発表されてから二世紀が経過するというのにカントが提起した「永遠平和」のための六つの予備的条項のうち、何一つ実現されたものはない。しかしさすがに「永遠平和」と大上段に振りかぶることはなくとも、以後も思想家たちは自らが生きる時代の戦争と平和の体験の中でそれぞれの思想を陶冶した。細見が説く内容は専門的であり、ドイツ哲学の門外漢である私にとって十全な理解は困難である。しかしながらヘーゲルにおける承認論、フィヒテにおけるフォルクという概念の二重性といった問題が民族/国家間の相剋としての「近代的戦争」と深い関係を有していることはおぼろげに理解できる。あるいは通常は正反対の位置を占めるように考えられてきたマルクスとニーチェの共通性、そして今日のグローバリゼーションの起源をマルクスの『共産党宣言』の中に認める発想なども興味深い。いうまでもなくナポレオン戦争も普仏戦争も悲惨な戦争であった。しかし21世紀を生きる私たちにとって「戦後」の思想という問題が圧倒的なリアリティーをもって迫ってくるのは20世紀の二つの世界大戦、そして何よりもナチス・ドイツによるホロコーストという地獄をなんとか自らの思想の中に調停しようとするアドルノ以降の思想家の分析においてである。本書で取り上げられた戦争がいずれも局地的ではなく全面的であり、氏族や傭兵ではなく、国家と民族によって担われた点については先にも述べたが、これに呼応するかのようにいずれの思想家においても一つの問題が通奏低音のように現れる。それはユダヤ人問題である。一つの人種を計画的に根絶しようとする犯罪はおそらく人類史上に例がなく、しかもそれはヘーゲルからハイデガーにいたるドイツ哲学の深まりの中で拒絶されるのではなく、むしろその見取り図の中に配置可能ではないかという懐疑。本書はこの懐疑をめぐって前後に折り返される。おそらくこの問題に対して最も透徹した認識を示しえたであろう二人の思想家、ローゼンツヴァイクとベンヤミンはホロコーストを知ることなく、一人は病死し、一人は亡命の途上で自死してしまう。第二次大戦後に持ち越されたこの問題にアドルノは一つの問いによって応えた。「文化批判と社会」の末尾に書きつけられた名高い一句。「アウシュヴィッツのあとで詩を書くことは野蛮であり、そしてこのことが、今日詩を書くことがなぜ不可能になったかを語り出す認識をも蝕むのである」
 細見は私が読んだ限りでも既に二冊、アドルノに関する研究を上梓している。したがって本書においてもアドルノに関する分析が一つの中心となることは予想できたが、アドルノ概論とも呼ぶべき先の二著に比しても、本書における分析は問題意識が明確であるだけにアドルノ思想の真髄を剔抉する印象がある。細見は原文の文法的な構成や詩的な含意にまで十分に配慮しつつ、周到なテクスト・クリティークを重ねる。とりわけアドルノとホルクハイマーの共著『啓蒙の弁証法』中、「オデュッセイアー」のセイレーンのエピソードをめぐるアレゴリー的解釈についての分析は本書中の白眉といえよう。そして細見も指摘するとおり、アドルノやアーレントをはじめとするドイツ語を母語とする思想家たちの主要な著作がアメリカという異郷、亡命者の立場で構想された点も興味深い。彼らが繰り返し語る母語たるドイツ語への拘泥はこのブログでも取り上げた水村美苗の論考とも重ね合わせてみたい問題である。私の関心に即していくつかの論点を列挙したが、限られた紙幅でこの鋭利な論考の行間から立ち上がる様々の発見や疑問について十分に論じることは難しい。関心を抱いた読者には是非この本を実際に手にとってみることを勧める。
 最初に述べたとおり、いつの時代であろうと「戦後」であった。このことはいつの時代も「戦前」であることを含意している。そして「戦後」の思想は今も引き続き育まれている。この点で最後にハーバーマスに一章が割かれている点は暗示的である。第二次大戦後を代表するドイツの知識人であるハーバーマスはフランクフルト学派の後継者として、批判理論の文字通り批判的な継承を試みた。ハーバーマスは2001年の同時多発テロへの報復としてアメリカを中心とした多国籍軍がイラクに侵攻したことに対して、2003年5月、デリダとともに共同声明を発表した。ポスト構造主義に関して対照的な位置を占める二人の共闘は意外に感じられもするが、「戦後」の思想を彫琢するという知識人の使命感において一致するのではないか。今、デリダの名に言及した。本書において分析の対象は著者が専門とするドイツの思想家に限定されているが、「戦後」の思想とは普遍性をもつ概念である。私はここで言及された思想家たちの傍らに例えばチョムスキーやソンタグ、とりわけサイードの名を添えたいという誘惑に駆られる。アドルノへの関心や祖国喪失という概念を共有する『知識人の表象』(邦訳タイトル「知識人とは何か」)もまたきわめてアクチュアルな「戦後」の思想であろう。翻って日本はどうか。加藤周一亡き後、このような思想を求めるべき知識人としてはかろうじて大江健三郎の名が挙げられるくらいではなかろうか。無数の評論家はいても思想家のいない国。それは私たちが享受している長い「戦後」の代償であろうか。

by gravity97 | 2010-01-04 16:36 | 思想・社会 | Comments(0)

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by gravity97 | 2010-01-03 18:57 | MY FAVORITE | Comments(0)
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優雅な生活が最高の復讐である


by クリティック
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