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佐々木敦『「4分33秒」論』

b0138838_20195037.jpg 2012年はジョン・ケージの生誕100周年にあたり、この際に発行された『ユリイカ』のジョン・ケージ特集についてはかつてこのブログで応接した。その際、特集にテクストを寄せている佐々木敦がケージの[4分33秒]について各3時間、5回にわたる連続講義を行ったらしいと記した。待つこと2年、ようやくその講義が『「4分33秒」論』として刊行された。講義をもとに構成、加筆されたとのことであるが、ほぼ講義の書き起こしと考えてよいだろう。話し言葉で書かれているためわかりやすく、実に興味深い論考である。
 4分33秒の間、何も演奏されない楽曲について延べ15時間にわたって論じること。一見逆説的というか困難な試みのように感じられるが、あらためて4分33秒の沈黙の豊かさを思い知る。講義に沿って「一日目」から「五日目」という5章よりなる本書は章ごとに少しずつテーマを違えてケージの作品について語られる。まず「一日目」はいわば導入として[4分33秒]がいかなる作品であるかについて概説的な説明が加えられる。「二日目」はこの作品の本質を演奏家が一音も発さないという「無為という行為」と4分33秒にわたって続けられるという「時空間の設定」の二点とみなしたうえで、やや概念的なレヴェルから分析がなされる。「三日目」はこの作品が今までいかに論じられてきたという点をマイケル・ナイマン、近藤譲、庄野進、若尾悠といった音楽家や批評家のテクストを通して検証する。「四日目」はこの作品が後続する世代にどのような影響を与えたかという点が構造映画からミニマル・ミュージック、さらには「ヴァンデルヴァイザー楽派」なる作曲家たちの作品の引用とともに論じられる。最後の「五日目」は庄野の「枠と出来事」という言葉を手がかりにもう一度この作品についてきわめて刺激的な分析が加えられる。どの章も示唆に富むからひとまずは本書を手に取っていただくのがよい。ここでは私なりに関心を覚えた点をいくつか書き留めておきたい。
 以前より指摘されてきた点であるが、[4分33秒]が初演される一年前の体験がこの作品に決定的な影響を与えたことは間違いない。1951年、ケージはハーヴァード大学で音の反響が全くない無響室と呼ばれる部屋に入った。この部屋の中では音が存在しないはずであるにもかかわらず、ケージは高い音と低い音を聴取する。高い音は神経系統が機能している音、低い音は血液が循環する音であるという。つまり人は生きている限り、無音の環境に身を置くことはできないのだ。ケージの言葉に即しながら、「音」がある場所であればそれだけで「音楽」は成立するという発見が、演奏家は一音も発さない[4分33秒]へと発展していった点を佐々木は説得的に論じる。私はこのエピソードを美術にも敷衍できないか考えてみた。美術において[4分33秒]にしばしば準えられる作品は、本書において佐々木も言及する、レディメイドの便器を作品として提示したデュシャンの《泉》である。確かに両者は演奏会/展覧会という制度へのメタ的な批判という共通点がある。しかし今述べた問題、つまり全ての「聴取」が音楽たりうるという発見と関連づけるならば、私はむしろイヴ・クラインが1958年にパリのイリス・クレール画廊で開いた「空虚」展こそがそのカウンターパートではないかと感じる。この展示においてクラインは画廊の中からすべてのものを取り払って、画廊の内部を白く、外部を青く塗って文字通り「空虚」を展示した。クラインは「(この試みの目的は)不可視の絵画的雰囲気を、環境を作り出すことである。画廊の空間におけるこの不可視の絵画的状態は、これまで人が絵画一般に与えてきた最良の定義、〈光輝〉に文字通りになるほど、はっきりと現前し、自立した生を授けられねばならない」と記している。カバラの神秘思想などにも裏づけられたクラインの作品を安易にケージと結びつけることには注意が必要であるが、「画廊における不可視の絵画的状況」という概念を「演奏会における聞かないことの音楽的状況」とパラフレーズするならば、両者の相似は明らかであろう。クラインの場合、庄野/佐々木がいう「枠と出来事」のうち、枠としては演奏時間ではなく画廊という空間が設定されている。さらにケージの体験を「人は生きている限り、何かに眼差しを向けなければならない」と転換する時、眼差しを向けるという行為自体の意味を主題にした美術としてミニマル・アートが成立した点についてはかつてこのブログで[4分33秒]について論じた際に触れた。あるいは、より制度的な側面を問題とするならば、展覧会の初日に画廊を閉鎖するハイレッド・センターの1963年の「大パノラマ展」も展覧会の会期を一つの時間的な枠とすることによって興味深い比較が可能かもしれない。本書では美術との関係としてはフルクサスの一連の活動に言及される程度であるが、このように少し思いをめぐらせるだけでも、ケージが提起した問題は現代美術にも次々に新しい光を投げかける。
 それにしてもなぜ、4分33秒なのか。これについても冒頭で興味深い説明がある。もちろん定説というか、ケージ自身による説明はないのだが、佐々木は四つの説を示す。これらが面白い。最初の説は4分33秒とは秒に直すと273秒であり、零下273度、絶対零度を示しているという。なんとも怪しげな説だが「音楽の零度」といった言葉を考えるならば頷けないでもない。二番目はタイプライターのキーボード起源説。英文タイプライターのキーボードにおいて分を示す ’は4、秒を示す ”は3と同じキーなので4分33秒なのだという。三番目は美術起源説だ。4分33秒とは4フィート33インチのことであり、このサイズはケージと親交があったロバート・ラウシェンバーグのホワイト・ペインティングのいずれかの作品と関係があるのではないという怪しげな話。四番目の説には思わず吹き出す。それは佐々木がケージをテーマに講演した際のアンケートに当然のごとく記されていた怪説であり、「4分33秒というのは人が沈黙を守れるギリギリの時間ってことですよね」とのことだ。沈黙の作品がいかに饒舌を引き起こすか、この一事によっても明らかであろう。
 佐々木は時に独自の視点から、時に先人の批評を引用しながら、[4分33秒]をめぐる様々なトピックに光を当てる。いくつかの論点、特に「四日目」で論じられる問題は『テクノイズ・マテリアリズム』や『(H)EAR』といった佐々木の著書において詳しく論じられていた点だ。近藤譲の「外聴覚的音楽」あるいは庄野進の「聴取の詩学」といった概念もいまだに斬新であるが、詳しくは本書をお読みいただくこととして、このレヴューでは本書で最も刺激的かつ独自の分析が展開される「『聴取』から遠く離れて」と題された五日目の議論に注目したい。五日間の講義の中で佐々木は[4分33秒]が録音された、いくつものCDを再生する。『ユリイカ』の特集の佐々木の文章を読んだ際、私はこの「楽曲」を録音した音源があることを知り大いに驚いたのだが、この講義で紹介されたCDの中にはなんとオムニバス盤の[4分33秒]まであるらしい。さて、これらの存在を前提として、佐々木は[4分33秒]を聴取する体験が三つに類別されると指摘する。一つ目は1952年8月29日、ウッドストックでデヴィッド・チュードアによって世界初演された[4分33秒]に立ち会う体験であり、この場合、聴衆にこのようなコンセプトの「楽曲」が演奏されることはあらかじめ伝えられていないから、おそらく臨場したとしても何が起きているのか理解できなかっただろうと佐々木は推測する。二つ目の体験は私たちの多くが[4分33秒]を「聞く」体験、つまり、あらかじめ[4分33秒]が演奏されることを知り、しかもこの作品についての知識をもったうえでその演奏に立ち会う経験である。三つ目は何か。佐々木によればそれは録音された[4分33秒]を聴く体験である。佐々木がこの作品の核心とみなす、HEARがLISTENに変わる体験は最初の場合しかありえない。(この作品の本質が外聴覚的音楽を聴くことであると知っていれば、聴衆は最初からLISTENの態度で臨むはずだ)しかし実際には初演の際にこのような転換を意識した聴衆は皆無であったと考えられる。一回目は聴取することが不可能であり、二回目以降は聴取ではなく作品のコンセプトの追認しかできないとすれば、[4分33秒]は一種の不可能性の作品として成立しているといえるかもしれない。この点は確かにデュシャンの《泉》と似ている。アンデパンダン展に出品された便器は会場で美術作品と認識されることなく行方不明になってしまった。そしてこれ以後、既製品を美術館や展覧会に持ち込んだとしても、それは一つの認識論的切断の単なる繰り返しとなってしまう。しかし佐々木は録音された[4分33秒]を聴く行為に積極的な意味を見出す。この作品には4分33秒という時間的な枠がある。それは実際に「演奏」されている様子を聴く場合も録音された作品を聴く場合も一緒である。したがって録音された[4分33秒]を聴く場合、それを聴くために必要な4分33秒という持続は、実際の演奏に必要とされた4分33秒と二重化されているのだ。そしてこの枠組は内容を伴わない。ここで佐々木は実に魅力的な提案をする。[4分33秒]から聴取という問題を解除してしまおうというのだ。この時、そこに生起するのは単に4分33秒という時間でしかない。佐々木は次のように述べる。「[4分33秒]という作品は体験したら絶対に4分33秒後に行ってしまうんです。4分33秒の作品だから、4分33秒後の未来に行けるタイムマシンなんです」タイムマシンとしての[4分33秒]。この発想は私にはきわめて新鮮に感じられた。少なくともこの作品を聴取の問題と別の次元で思考する議論は私にとっては初めてであった。このような理解がケージの意図を反映しているかどうかはわからないが、私たちは日常において時間の経過、持続を意味のあるものとして認識することがあるだろうか。佐々木は次のようにも述べる。「人間は絶対にいつかは死ぬ、有限な存在だということです。せいぜい頑張っても百年くらいしか生きない。人生は有限である。あたりまえですが、でも有限だからこそ、時間が純粋に刳り貫かれるみたいなことが贅沢だと思うんです」私たちの生の中で「時間が純粋に刳り貫かれる体験」。[4分33秒]を聴取する体験の特性をけだし言い当てて妙だ。何度も論じられるとおり、これには二つの条件を前提としている。一つは4分33秒という具体的な持続、枠組が設定されていること、二番目は無為としての出来事が指示されていることである。何も演奏されない持続の中で、私たちはただ時間の経過を感受する。これに類した例として、佐々木は同じ時間芸術である映画からアンドレイ・タルコフスキーの「ノスタルジア」を挙げる。b0138838_20164420.jpg映画の終盤、主人公ゴルチャコフは火のついたロウソクをかざして温泉の中を歩む。風のため、火は何度も消えるがそのたびにゴルチャコフは最初の位置に戻り、何度となく往復を繰り返す。タルコフスキーの映像の中でも鮮烈に記憶に残る情景の一つだ。私の経験に照らしても、確かにこのシーンは[4分33秒]の経験と似ている。もちろんそこにはシジフォスのごとき苦行を続ける一人の男が映し出されている。しかし私もまたこのシーンから主人公の行為の成否よりも映画を見ている現実の時の流れを強く感じたことをよく覚えている。このような体験は稀有といってよい。佐々木はもう一つ、北野武の「あの夏、いちばん静かな海」における波乗りの練習シーンを挙げているが、私はその場面からはこのような印象を受けることがなかった。映像という点では講義の中でも言及されるマイケル・スノウの構造映画やウォーホルのフィックスト・ムービー「エンパイア」なども連想されようが、スノウの場合はあくまでも映像が問題とされており、ウォーホルの場合はこの作家特有のあざとさとあまりにも上映時間が長いため、時間や持続が意識されることはない。先になぜ4分33秒であるかということについて諸説を示した。「ノスタルジア」における水中歩行のシーンがどのくらいの長さであったか正確には記憶がないが、4分33秒とは沈黙を守れるギリギリの時間ではなく、人が集中して時間の持続を認識しうる限界の時間かもしれない。
 最後に一点、本書で十分に触れられていない重要な主題を指摘しておきたい。それは始まりと終わりという問題だ。[4分33秒]は特定の時点に起点をもち、4分33秒後に演奏が終えられることを意味している。しかし何をもって演奏が開始されるのかは必ずしも明確ではない。実際、本書においては何度かCDが再生されるが、多くの場合、改行されて「CDを再生」という言葉が記されるだけである。一度だけ佐々木が「最初にピヨーンってナゾな音が入っていましたが、それがスタートの合図で、この後、4分33秒無音状態が続きます」と解説する場面があるが、実際のCD、ことにいくつもの[4分33秒]が収められたオムニバス盤にいたっては一体どのようにそれぞれの演奏が区切られているのだろう。実際に演奏される場面では、おそらくはプログラムに曲目が印刷されているはずであり、ピアニストが登場して挨拶し、座った時点で演奏の開始が予想される。私が立ち会った演奏では何度かピアノの蓋を開け閉めする動作が伴い、確かストップウォッチも用いられていたから、聴衆は演奏の始まりと終わりをおおよそ理解し、拍手もできるわけだ。しかし少なくとも初演の際にはこのような首尾を理解することは不可能であっただろう。かつて佐々木健一は『作品の哲学』の中でケージも含めた現代芸術の諸動向を視野に収めたうえで、作品が成立する条件について検討した。その際に佐々木健一はアリストテレスを援用して、作品の全体とは「始めと中間、終わりをもつところのものである」と言明している。私がこの点に拘泥するのは、ケージがニューヨークで活動したほぼ同じ時期におそらくケージとも親交をもった作家たちによって繰り広げられたハプニングとの関係に関心をもつからだ。スーザン・ソンタグは1962年に発表した「ハプニング―ラディカルな併置の芸術」という名高いテクストの中で当時アラン・カプローやディック・ヒギンズによって演じられたハプニングを紹介したうえで、次のような重要な指摘を加えている。「ハプニングのもう一つのめざましい特徴は時間の処理にある。(中略)ハプニングの観客は、忠実で理解力に富んでいて、そのうえ大抵は経験を積んだ人々なのだが、ハプニングが終わっても終わったことに気づかず、合図をされてからやっと退場するようなことがよくあった。このことは決して観客がハプニングという形式になじんでいないからではなく、個々のハプニングの所要時間と内容が前もってわからないことがハプニングの効果にとっては必要なのだ。なぜならば、ハプニングにはプロットも物語もなく、したがってサスペンスの要素もないからである」佐々木は[4分33秒]の要件が、4分33秒という時間の限定であることを繰り返し論じるが、その起点がいかに示されるかについては十分に検討された形跡がない。私はこの点は決定的に重要であると感じる。なぜならもし起点と終点が存在しないとするならば、私たちの生そのものが「X分X秒」という作品と転化するからだ。別の言葉を用いるならば、もし私たちが永遠に続く[4分33秒]の中にいるとすれば、私たちの生と芸術は区別されない。そして生と芸術の境界を消滅させることを提唱した張本人こそケージではなかったか。4分33秒の沈黙のシニフィカシオンは実に深い。
 巻末に付された「6年後の補講、あるいは長いあとがき」の中で、佐々木は[4分33秒]をめぐる最近の話題としてツイッター上における2012年の「『4分33秒』著作権騒動」と2013年の「『4分33秒』カラオケ騒動」について触れている。いずれも爆笑を誘う話題であるが、同時に今述べた問題とも関連し、さらに著作権や商品性といった問題をも巻き込みながら、[4分33秒]は今なお私たちにも次々と新しい問題を提起し続けているのだ。初演から60年、[4分33秒]のアクチュアリティーは失われることがない。
by gravity97 | 2014-06-18 20:20 | 現代音楽 | Comments(0)

「プリペアド・トレインー失われた沈黙を求めて」

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 12月2日、やなぎみわのプロデュースによる鉄道芸術祭「駅の劇場」の一環として「プリペアド・トレイン―失われた沈黙を求めて」が実施された。ジャンルの区分が難しいイヴェントであるが、ジョン・ケージの生誕100年記念と銘打たれていることもあり、現代音楽のジャンルで紹介する。ケージとの関係が謳われたのはほかでもない、このイヴェントは1978年にイタリアでケージのディレクションによって初演されたからである。私はケージの専門家ではないし、この芸術祭に関わっている訳でもない。さらに当日、終演後に開かれたアフター・トークを聴講することができなかったため、直接関係者から情報を得ておらず、以下の記述には誤りがあるかもしれないが、120名を定員とするこのイヴェントはレヴューされる機会がさほど多くはないはずだ。以下、ひとまず記録としてイメージと所感を付す。もし誤解等があればコメント機能によって訂正いただければ幸いである。
 最初にジョン・ケージによって初演された際の状況を確認しておこう。「プリペアド・トレイン」はボローニャ音楽祭の一環として1978年6月26日から28日まで三日間にわたって、イタリアのボローニャとポレッタ間約50キロを走行する列車内で繰り広げられたイヴェントであり、スコアはティト・ゴッツィへの書簡というかたちで残されている。イヴェントは今回と同様、「失われた沈黙を求めて」と題され「プリペアド・トレインによる三つのエクスカーション(遠足)、ティト・ゴッツィとジョン・ケージによる主題に基づくヴァリエーション、ファン・イダルゴとヴァルテル・マルケッティの助けを借りて」という長い副題をもつ。「プリペアド・トレイン」は一日一回ずつ三回運行され、日時、行先、タイムテーブル、停車駅などがそれぞれ「楽章」として予告された三楽章の「音楽」である。実際の上演としては各車両に二個のスピーカーが取り付けられ、一つは車内の、一つは車外の音を拾うマイクと接続されている。さらに停車中は各車両の屋根に取り付けられたスピーカーからはボローニャ駅と停車している駅の音があらかじめ録音されたカセットテープを音源として流れる。ただしそれらのカセットテープは列車内の参加者によって自由に入れ替えることが可能である。一方、走行中の車内ではケージの曲が演奏され、さらに各車両および停車駅にはTVカメラとモニターが設置され、乗客は各車両で生起している事件をリアルタイムで知ることができたという。
 以上の予備知識があれば、今回のイヴェントの輪郭はほぼ理解できるだろう。もちろん初演から34年後にボローニャではなく大阪で上演されることによって変更を余儀なくされた点は多い。カセットテープに代わってCDプレーヤーが用いられたのは技術革新を反映している。初演は三日にわたって挙行され、列車は途中の駅でも停車して「乗り遅れた人や途中で降りる人のために駅にはタクシーが準備されていた」のに対して、今回は一回のみ上演で、途中の乗車降車は許されず、折り返しの樟葉駅でも列車のドアが開くことはなかった。時代とお国柄を考えるならばおそらく牧歌的なイヴェントに終始したであろう初演に対して、大都市間を分刻みで運行される電車のダイヤグラムに新たに一組の車両を挿入することはそれなりにリスキーな試みであったと想像される。ひとまずはかかる試みがアクシデントなく終了し、それに立ち会えたことを喜びたい。
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 実際の上演は次のようなものであった。事前に申し込んだ参加者たちは当日、京阪中之島駅に集合し、整理番号に従って整列した。出発30分前に係員に誘導されて改札を抜け、(一般客が乗降するそれとは別の)プラットホームに降りると、すでにそこには何組かの演奏者が楽器を奏でている。車両に入った参加者たちは思い思いの座席を占める。出発まで時間があるため、プラットホームに出て各車両を見回ると先頭車両内に白いコスチュームをまとってスタンバイする「案内嬢」たちの姿が目に入る。出発時刻の14時が近づくと演奏者たちも楽器や譜面台を撤収して車両に乗り込み、折り返しの京阪樟葉駅まで往復2時間足らず、「ケージ音楽小旅行」が始まった。私の記憶によれば使用された車両は8両連結で、そのうち先頭と最後尾の車両それぞれ2両は使用されない。つまり中央の4両の車両にパフォーマーと参加者が乗り込む訳である。樟葉駅に向かって先頭の車両の最前部の座席に8名の「案内嬢」が行儀よく腰掛けている。車両の中央には足元を固定したピアノが置かれている。続いて2両目の車両には弦楽器を中心にした演奏者たちのアンサンブル、アイリッシュ・フィドルの演奏家らが乗り込んでいる。3両目の車両には中程に無数のCDプレーヤーを設置したテーブルが設置されている。それぞれのプレーヤーには京阪沿線の駅名が示され、それぞれのCDに収録された音響を採取した場所を示している。最後尾の車両には京阪電車の車掌の制服を着込み、それぞれ拡声器とラップトップ・コンピュータ、アコーディオン、ギターを抱えた珍妙な三人組が陣取り、中央では一人の作家が針金のような素材を用いて立体を制作している。初演の際と同様に各車両にはスピーカーとTVモニターが配置され、各車両の音声と映像をリアルタイムで流している。2両目のアンサンブルはほとんど移動することなく演奏を続けていたが、ほかのパフォーマーや演奏家たちは自由に車内を移動しながら上演を続けた。さらに女性ヴォーカリスト、門付けよろしく三味線を弾きながら新内節を吟ずる着流しの女性、狭い車内を自由自在に移動するダンサーらがこれに加わる。先ほどの車掌姿の三人組(後でフォルマント兄弟という二人組のユニットであると知ったが、あと一人は何者であったのだろうか)は昭和歌謡らしき歌曲を電子音に変換するという奇怪なパフォーマンスを繰り広げながら車内を練り歩く。彼らは時に相互に絡みながら、折り返しの樟葉駅までの1時間弱の間、車内でのパフォーマンスを続けた。
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 私も含めた多くの参加者もまた時に彼らに従い、時に彼らを避けて車両を行き来し、車内は異様な熱気に包まれた。これらのパフォーマンスのクライマックスの一つは「案内嬢合唱団」による合唱であろう。ピアノの横に整列した彼女たちは伴奏に合わせて「兵隊さんの汽車」(「きしゃきしゃしゅっぽしゅっぽ」で始まるよく知られた童謡である)と「花嫁」(「花嫁は夜汽車に乗って嫁いでいくの」)の二曲を合唱する。これらが汽車というテーマとの関係において選択された点は容易に想像される。前者は今日では「汽車ぽっぽ」というタイトルで知られているが、案内嬢たちが歌ったとおり、原曲は「兵隊さんを乗せて、しゅっぽしゅっぽしゅぽっぽ」あるいは「僕らも手に手に日の丸の旗を振り振り送りませう」という歌詞を含み、軍国主義と深い関係がある。鉄道と戦争という主題は今年の夏に鳥取で初演され、今回の鉄道芸術祭で改訂版として上演されるやなぎの新作「パノラマ」と深く関わっているから、案内嬢たちがプリペアド・トレインの中でこの曲を合唱する必然性は明らかである。一見ピクニックのように楽しげなこのパフォーマンスに歴史性、政治性を導入する点はいかにもやなぎらしい。
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 今述べたとおり、車内では多様なパフォーマンスが繰り広げられ、祝祭的な雰囲気が支配する。中之島駅のプラットホームではケージの楽曲が演じられていたが、往路の車内で演奏される曲、上演されるパフォーマンスは大半がケージと関連することなく、参加者は同時多発的に繰り広げられる思い思いの演奏やパフォーマンスを楽しみながら過ごした。事前に簡単なパンフレットが手渡されたため、参加者は出演者とプログラムを知ることができる。復路ではケージの「ウインター・ミュージック」が演奏者全員によって演奏された。1957年にニューヨークでケージとデイヴィッド・チュードアによって初演されたこの曲は演奏時間に関しては不確定、1台から20台のピアノのために作曲されたということであるから、おそらく乗車した20人程度の演奏家がそれぞれのスコアに基づいて演じたのであろう。実際、往路では勝手にふるまっていた印象のある演奏者たちが復路ではスコアとストップウォッチをにらみながら佇んでいる様子を随所で見かけたので、それぞれが音を発するタイミングをスコアによって確認していたと推測されるが、誰がどのタイミングで演奏したか判然としない。列車内で踊るダンサーやフォルマント兄弟(+1)もこの演奏に参加していたのであろうか。さらにパンフレットには「4分33秒」を含むいくつかの曲目が等号で結ばれるという奇妙な表記で演奏曲目が予告されていたが、一音も発されない「4分33秒」にいたっては、そもそも実際に演奏されたかすら判然としない。このあたりの詳細がアフター・トークでは明かされたのではないだろうか。各人が好き勝手に演じていた往路に比して、復路ではパフォーマンス全体の統一感が感じられた気もする。しかしこれはあくまでも事後にパンフレットを確認しながら得た印象であって、実際には往路と復路のパフォーマンスに決定的な差異があったようには感じられなかった。
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 さて、今回の「プリペアド・トレイン」を検討するにあたってはアラン・カプローによるハプニングの概念を援用することが有効かもしれない。カプローはハプニングの条件を次のように要約する。1.芸術と生活の境界は流動的かつ可能な限り不明瞭に保たれるべきである。2.テーマの出自や素材、アクション、それらの関係は芸術とその派生物、その環境を除いたすべての場所と時代から自由に引き出されるべきである。3.ハプニングは複数の離れた場所、時には移動し、位置が転ずる場所で上演されるべきである。4.時間は可変的かつ不連続であるべきである。5.ハプニングは一回のみ上演されるべきである。6.結果的に観衆は排除されるべきである。7.ハプニングの構成は厳密にアッサンブラージュとエンヴァイロメントのコラージュとして展開される。カプローとケージはブラック・マウンテン・カレッジで実際に交流があり、「プリペアド・トレイン」がカプローによるハプニングの定式化のはるか後に実施されたとしても両者の関係を否定する必要はないだろう。それどころかハプニングが「芸術と生活の境界」を不問とし「移動する場所」で上演されるべきであるとういう主張はあたかも「プリペアド・トレイン」を予言するかのようではないか。
b0138838_10164432.jpg私が興味深く感じたのは列車という舞台である。列車は「移動する場所」という点で特異であるだけでなく、形状としてきわめて長く、一望することが不可能である。しかも多くの演者たちが車両内を移動しつつ上演を行うので、全てを見通す視点はありえない。おそらく8両中4車両が使用されたことは、この問題と関わっているだろう。全車両を使用したとすれば、一望どころかパフォーマンスとしてあまりに散漫になってしまう。先ほど私は当日の上演の模様について記述したが、それは参加者の一人として私が見ることができた範囲の状況であって、同時にほかの車両では別のパフォーマンスが進行していたはずである。実際、私はパンフレットにクレジットされた演奏者のうち、トランペットやトロンボーンといった管楽器を用いた演奏の心当たりがない。(楽器をもった演奏者は見かけた)抽象表現主義以後の平面や立体を通して、このような特権的な視点をもたない作品の構造に私たちは見慣れている。体験が常に部分的であって、全体へといたらないという構造はカプローがハプニングの条件の最後に掲げた「アッサンブラージュとエンヴァイロメントのコラージュ」とはいえないだろうか。通常の演奏会における全能の話者ならぬ全能の聞き手という立場を否定する作品の構造はいかにもケージらしい。一方で観衆と演奏者の役割の交換についてはやや不十分に感じられた。おそらくCDプレーヤーを操作することによって、参加者もまた音源を作り出すことができたはずであるが、少なくとも私が体験した範囲では説明が不十分であった気がするし、何より参加者は次々に繰り広げられるパフォーマンスの方に興味をもち、自分から主体的にこの実験に加わる余裕をもちえなかったように感じる。またいくつかのブログを参照したところ、「ウインター・ミュージック」の演奏にはランダムに選ばれた参加者も加わっていたという記述もみられたが、私は確認できなかった。あるいは途中でダンサーが参加者を挑発する場面もみられたが、概して参加者は観衆という本分を逸脱してまでパフォーマンスに参加する積極性をもちえなかったように感じる。観客/聴取者を積極的な演奏家に変えるためにはもう少し巧みな戦略を取り入れる必要があったかもしれない。むろん「プリペアド・トレイン」をカプローの理論に従って理解する必要はないが、以上述べたとおり、今回の試みをハプニングという観点から検討することによっていくつかの知見がもたらされるように感じる。いずれにせよケージとカプローの関係についてはなお多く研究の余地があるだろう。
 鉄道と音楽という主題から私が直ちに連想するのはクラフトワークの「トランス・ヨーロッパ・エクスプレス」である。速度もリズムも変わることなく20分以上にわたって繰り返される単調な鉄路の響き。ケージが駅頭の音響を列車の中に取り込んだことを考えるならば、両者の距離は意外に近いかもしれない。しかし「トランス・ヨーロッパ・エクスプレス」が(「イギー・ポップとデヴィッド・ボウイに出会う」といったエピソードをはらむにせよ)ヨーロッパ横断特急の単調で機械的な走行、鉄道の形式を主題にしているのに対して、今回の企画でやなぎは中之島と樟葉を結ぶ貸切列車に「兵隊さん兵隊さん万万歳」といった唱歌をさりげなく挿入して、鉄道という機関の意味へと私たちの思いを差し向ける。ここから私の思いはさらにスティーヴ・ライヒの「ディファレント・トレインズ」へと向けられる。ライヒは1939年と1940年、アメリカとヨーロッパを走る別々の列車(ディファレント・トレインズ)にユダヤ人としての自分を投影する。ケージ、クラフトワーク、ライヒ、そして今回の「プリペアド・トレイン」。かかる系譜からは様々の思いを込めた鉄道をめぐる音楽史が浮かび上がってくる。

[付記]当日、車内は撮影自由であったので、演奏者を中心に私が撮影したイメージをいくつかアップしている。もし差し障りがあれば連絡いただきたい。
by gravity97 | 2012-12-10 10:32 | 現代音楽 | Comments(2)

ジョン・ケージ[4分33秒]

b0138838_9181282.jpg 今年はジョン・ケージの生誕100年、没後20年にあたる。昨年から今年にかけて名古屋と東京で開かれたポロックの回顧展もサントネールと位置づけられていたから、20世紀芸術を革新した二人の巨人が同世代であったことが理解される。このところケージに関する記事を新聞で目にすることが多く、先般、読売新聞に連載されていた一柳慧の自伝においてもケージに関する言及に多くが割かれていた。ケージに関連するコンサートも各地で開かれていると聞く。先日発行された『ユリイカ』の10月号でもケージに関する特集が組まれている。書庫で確認したところ、同じ雑誌の94年1月号でもケージが特集され、ケージに関してはこれまで『現代詩手帖』、『水声通信』や『アールヴィヴァン』でも特集が組まれてきた。それらと比しても今回の特集は格段に充実しており、読み応えがある。おそらくその背景には近年、ケージの主著である『サイレンス』の邦訳をはじめとして、ケージ研究が格段に深められたという事情があるだろう。そういえば私自身も比較的最近、白石美雪の新刊『ジョン・ケージ 混沌ではなくアナーキー』を読んだ記憶がある。今回は『ユリイカ』の特集と関連してケージについて若干の考察を記しておきたい。
 今回の特集には多彩な関係者が執筆している。冒頭に一柳慧へのインタビューが掲載されているのは順当であろうし、音楽家としては坂本龍一の回想が面白かった。ナム・ジュン・パイクに連れられてケージのマンションを訪れた際、ケージへの献本にサインを頼まれた坂本が緊張してケージのスペルを間違えてしまったというエピソードは微笑を誘う。ケージの楽曲の演奏について論じる高橋アキ、記譜法を分析する柿沼敏江らのエッセイはそれぞれの専門分野からのケージ研究として短いながらも示唆に富む。中でも興味深く読んだのが佐々木敦による[4分33秒]についての論考だ。演奏者がピアノの前で一音も発さない伝説的な曲についてはこれまで多くが語られてきたにも関わらず、なおも多く未知の部分がある。なぜ、4分33秒なのか。初演は誰がどのように演じたのか。演奏にヴァリエーションはあるのか。佐々木によれば、この文章は2008年に行った[4分33秒]についての各3時間、全5回から成る連続講座の冒頭部であるという。この講義については書籍化の計画もあるというから、是非全文を通読したい。あるいはケージがきのこに造詣が深いこともよく知られている。イタリアのクイズ番組に出演した折りにはきのこについての問題に全問正答してイタリア留学の奨学金より多い500万リラを獲得したという。ケージとキノコの関係については「きのこ文学研究家」を名乗る飯沢耕太郎がエッセイを寄せている。さらに日本との関係についてもケージ受容の問題を含めて、いくつも興味深いトピックスが設定されている。ただし美術とケージの関係に触れた文章が少ないのはやや残念である。例えばケージ、ポロック、ラウシェンバーグという三人の名を挙げただけでいくつもの興味深いテーマが浮かび上がってくるではないか。
 私はこれまで何度か実際にケージの楽曲が演奏される場に立ち会ったことがある。もちろん私はケージの音楽については素人であり、私が上演に立ち会った曲がケージの楽曲の中でどのような位置を占めるかを説明できる知識はない。私の漠然とした理解によれば、ケージの作品はプリペアド・ピアノを用いた初期、続いていわゆるチャンス・オペレーションという手法を用いて作曲に偶然性を導入した時期、さらに演奏にも不確定性を導入した「聴取の詩学」の時期を経て、大編成の演奏者による「ミュージサーカス」にいたる。これらは必ずしも一方的な展開や成熟とみなされるべきではないが、特集に目を通した限り、基本的な理解としては間違っていないだろう。このうち私が聴いたのは初期のプリペアド・ピアノを用いた作品とチャンス・オペレーションによる作品、具体的には1950年代までの作品が多かった。プリペアド・ピアノが演奏される場合、ピアノは事前にプリペアされているため、いかにして弦に異物が挿入されたかはよくわからない。この点に関して高橋アキの記述が示唆に富む。彼女は作業の困難さとそれによって目指す演奏を次のように的確に要約している。「(目下練習中の曲において)プリペアはピアノ弦の半分以上に細かく指示されており大変な作業だ。しかしプリペアなしでも本当は音楽として実に素晴らしい。そこに、さらにボルトやスクリュー、ゴムなどを弦に挟み込むことで実音の美しさ以上のさまざまの豊かな音色を作り出すことがコンサートまでの課題だ」私たちはケージと偶然性という言葉を安易に結びつけているため、プリペアに関してもいわば行き当たりばったりで弦に細工をするような印象を抱きがちだ。しかしケージは何をどのように弦に挟むかといった点まで細かく指示している点が理解されよう。そしてそのうえで「豊かな音色を作り出すこと」がピアニストに求められている訳である。プリペアされた弦が発する音は確かに偶然的かもしれない。しかしいかに弦を操作するかについては厳密なインストラクションが存在するのだ。同じことはチャンス・オペレーションによって作成された楽譜の演奏にあてはまる。再び高橋アキの証言を引用する。「大体、不確定性の音楽でのケージの演奏指示自体が、不明確、あいまいなことが多い。まずは指示の謎解きから始めて、次々と難題を解いていく楽しみ。演奏できる状態になる以前の、この自分自身の楽譜を作り上げる作業。次いでついに仕上げた込み入った楽譜を納得いくまで練習していく時間」高橋はケージの曲を演奏する体験を「パズルを解くこと」に準えているが、別の言葉で言うならば、そこでも不確定性の原理によって作成された楽譜を一つの必然性な演奏へと導くことが演奏者に求められているのである。私はこのような原理から直ちに一連のコンセプチュアル・アートを連想する。例えばソル・ルウィットのウォール・ドローイングにおいては作業に熟練した職人が作家の指示書に従って、壁面にドローイングあるいはペインティングを施す。線の長さや数、あるいは色彩の選択や塗る範囲について、職人はあらかじめ定められたルールを厳密に遵守することを求められる。ルウィットの場合、実際に作品を制作する職人に与えられる自由度はケージの楽譜を演奏するピアニストに与えられたそれよりはるかに限定されるが、一定のルールの下で一つの作業を行う点においては共通する。あるいは河原温のデイト・ペインティング。この場合、作品は作家自身によって制作されるが、作品を制作する時間や日付が表記される言語、作品がその日付に制作されたことを示す新聞記事の収納にいたるいくつかのルールが事前に規定されている(ただし、ルールを明文化したテクストは存在しない)。コンセプチュアル・アートとは一面において、あらかじめ定められたルールに基づいた行為の記録であり、制作行為がしばしばタスクという言葉で呼ばれる所以でもある。これまでケージは世代や偶然性への関心、ブラック・マンテン・カレッジとの関わりなどで抽象表現主義との関係が漠然と想定されていたが、コンセプチュアル・アートとの関係に着眼するならば、むしろ両者の断絶が明らかとなる。
 さて、先に私はこれまでケージの楽曲が「演奏」される場に何度か立ち会ったと記した。[水の音楽]や[ウォーター・ウォーク]といった1950年代の楽曲においてはラジオから電気ミキサーにいたる非音楽的素材が次々に導入されて、演奏というより上演、パフォーマンスに近い印象を受けたのは私だけではないだろう。これらの上演はその場限りの出来事なのか、それとも再現の可能性をもった演奏なのか。今回の特集の佐々木敦の論考を読んで驚いたことには、[4分33秒]に関しては70年代にレコードよる録音、そしてそれを音源としたCDが存在するという。もちろんよく知られているとおり、ピアニストが一音も発さないからといってこの曲は無音ではない。それどころか、それによってかえって聴覚に集中した聴衆が聴き取る様々な音が主題とされている。しかしかつて「演奏」された[4分33秒]をCDによって「再現」できるのであろうか。この問題は実に奥深く、おそらく一編の論文の主題足りうる。ここでは美術と関連させて一つの解釈を加えるに留める。ケージの[4分33秒]は実は聴取という体験の絶対性、一回性と関わるものではなかっただろうか。つまり日常では私たちが音を聴き取るということは常に一度限りであって反復されることはない、同じCDを繰り返し聞くという体験はどうか、直ちにこのような反問がなされるかもしれない。しかし多くの場合、私たちはスピーカーから再生される音と同時にその場の別の音も聴取するし、そもそも音量から音質、聞き手と音源の位置関係にいたるまで同一の聴取体験はありえない。自明であるため意識されることは稀であるが、実は私たちが音を聴く体験は常に一度限りと考えることはできないか。このような発想からは直ちにミニマル・アートの体験が連想されよう。ミニマル・アートにおいては見るという体験の絶対性が問題とされた。作家たちは誰にとっても等しい視覚体験を与えることをめざして、単純な形態の立体を配置した。しかし今の議論と同様に、ミニマル・アートによって人は視覚体験を共有できないこと、作品を知覚する体験は常に一度きりであることが明らかとなった。興味深いことにこのような実験はケージにおいては無音の演奏という聴覚の零度、ミニマル・アートにおいては個性や表現性の最小化という視覚の零度、いずれも表現を切り詰める手法によって探求された。この時、ミニマル・アートとジョン・ケージの共通点が明らかになる。さらにケージの[4分33秒]において聴衆は自らの周囲の音、自分たちが置かれた状況へと目を(というより耳を)向けた。同様にミニマル・アートにおいて個々の作品ではなく作品が配置された状況が主題化された点も両者は一致する。
 通常、ミニマリズムと音楽といえば、スティーヴ・ライヒやフィリップ・グラスといったミニマル・ミュージックとの関係が指摘されてきた。実際に作家同士も交流があり、ルウィットはライヒの[18人の音楽家のための音楽]のレコードジャケットを手がけ、(ミニマル・アートとは峻別されるべきであるにせよ)リチャード・セラはグラスの名を冠した作品を制作している。しかし以上述べたとおり、反復性や非関係的な構造といった楽曲の構造のレヴェルを超えて、その本質とも呼ぶべき精神においてミニマル・アートはケージの仕事と多くの共通点をもつ。さらにケージが[4分33秒]を着想するにあたって、ラウシェンバーグのホワイト・ペインティングが決定的なインスピレーションを与えたという事実を加えるならば、この異例の曲をめぐる前衛美術と前衛音楽の豊かな混沌は今日においてもなお研究されるべき多くの余地を残している。
by gravity97 | 2012-10-10 09:19 | 現代音楽 | Comments(0)

STEVE REICH [WTC 9/11]

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 スティーヴ・ライヒがワールド・トレード・センターへのテロ攻撃に取材した新作を発表したことを知り、早速聴いてみる。[WTC 9/11]というきわめて直裁なタイトルとともにCDのジャケットは青空を背景にした黒煙、画面の端にWTCとおぼしきリジッドなラインが写り込んでおり、これもまた生々しい。演奏はこれまでもたびたびライヒの楽曲を手がけたクロノス・カルテット。
2011年2月に録音されているから、同時多発テロ10周年を機に委嘱された曲かと思ったが、ライヒ自身によるライナーノートを読んでみるともう少し個人的な事情から発想された曲らしい。ライヒは2009年にあらかじめ録音された音声を用いた新作をクロノス・カルテットに求められ、当初、音声中の母音ないし子音を引き延ばす手法で作曲できないか考えていたらしい。ライヒ自身が述べるとおり、録音された音声を用いた実験は最初期の作品、例えば「カム・アウト」や「イッツ・ゴナ・レイン」においても明らかであり、決して新奇ではない。問題は音声の内容だ。ライヒは次のように記す。「(音声について思いをめぐらして)数ヶ月後、私ははっきりと思い出した。25年間にわたって私たちはワールド・トレード・センターから4ブロックの場所に住んでいたのだ。(中略)私たち一家にとって9・11はメディアの中のイヴェントではなかった」ライヒは慎重に三つの音源を選ぶ。最初はNORAD(北米航空宇宙防衛司令部)に残された記録音声、二番目はFDNY(ニューヨーク市消防局)によって録音された音声、そしてロウアー・マンハッタンにいた友人たちへのインタビューである。いずれも切迫感に満ちている。例えばNORADとFDNYの記録音声から選ばれた言葉は次のようなものだ。「ボストン発LA行きの旅客機が南に向かっている。進路が違う。進路が違う。パイロットと連絡がとれない」「旅客機がワールド・トレードに激突した。使用可能な、使用可能な全ての救急車を」
弦楽というより警告音を連想させる鋭いリフレインに続いてこれらの言葉が明瞭に発せられる。この作品をやはり録音された音声を用いて制作された初期作品「カム・アウト」と比較してみよう。ハーレムにおける暴動で警官に暴行された青年の言葉を素材としたこの作品はlet some of the bruise blood come out to show them つまり「傷口から流れ出る血を奴らに見せた」というフレーズを含む言葉を何度か繰り返した後、さらに come out to show themという一節を執拗に反復し、テープレコーダーのループのずれによって転調していく過程を提示したものである。ここにおいても暴力というテーマが扱われていることに私は驚くが、少なくとも「カム・アウト」においては「ずれ」による音声の転調という形式そのものが作品の主題とされており、同じフレーズが繰り返され、次第に不明瞭になるにつれて言葉自体の意味は中性化される。これに対して、「WTC 9/11」では音声はほとんど転調されることがなく、むしろヴァイオリンやチェロの緊迫した音色が効果音として重ねられていく印象だ。もっとも近年のライヒになじんだ者にとってこの新作は決して異質ではない。歴史的事件を扱っている点でいえば2002年の「スリー・テイルズ」は20世紀においてライヒが重大と考える三つの事件、すなわちヒンデンブルグ号爆発事件、ビキニの核実験、クローン羊ドリーの誕生を扱っていた。しかし「WTC 9/11」の場合、楽曲の構造は比較的単純で言葉の使用はあまりに直接的に感じられる。
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1988年に発表された「ディファレント・トレインズ」を「カム・アウト」と「WTC 9/11」の間に置くことによってこの点を整理することができるかもしれない。クロノス・カルテットが演奏し、三部構成という点でも「WTC 9/11」と共通点をもつ「ディファレント・トレインズ」においてはタイトルが暗示するとおり、鉄道による三つの旅が主題とされている。このうち「アメリカ 大戦前」と題された最初のパートは大陸横断鉄道で頻繁に旅行したライヒの幼時体験が反映されている。音声のサンプリングという手法はここでも使用され、 例えばfrom New York to Los Angels 、「ニューヨークからロサンジェルスへ」という言葉が繰り返される。父と離婚した母のもとを訪れる旅行が「エキサイティングでロマンティック」であったのに対して「ヨーロッパ 大戦中」と題された二番目のパートは重い含意をもつ。ヨーロッパの鉄道は大戦中、ユダヤ人を絶滅収容所に送る主要な輸送機関でもあった。いうまでもなくここにはユダヤ人としての出自をもつライヒの思いが反映されており、ディファレント・トレインズとは同じ時代にもしヨーロッパで生活していたらライヒ自身が収容された可能性のある「別の列車」のことでもある。ここにも興味深い一致が見出せる。つまり「WTC 9/11」と「ディファレント・トレインズ」はともに(前者においては潜在的な主題であるが)大量輸送機関と大量死という二つの主題と深く関わっている。前者ではボストンとLA、後者ではニューヨークとLAという出発地と目的地がともに音声としてサンプリングされている点も共通している。「ディファレント・トレインズ」においてはクロノス・カルテットという練達の演奏家たちを得て、興味深い実験がなされている。サンプリングされた音声から高低をとりだし、それを弦楽器の音程に置き換える試みだ。ライヒにおいて人の声と楽器は常に交換可能であるが、そのヴァリエーションであると同時に、言葉を抽象化する手法といえるかもしれない。ただし「ディファレント・トレインズ」においてメッセージはさほど明確ではない。今述べたようなライヒの個人的体験、戦時下でポーランドに敷設された鉄道が担った役割といった予備知識を背景として初めて断片化された言葉は意味を与えられる。先に私は初期の実験的な作品についても触れた。初期作品でいわば音響的素材として使用された come out to show them あるいは it’s gonna rain といった言葉は意味をもつといえば意味をもつが、「ディファレント・トレインズ」ほど意味の負荷を負っていない。初期作品においては任意、「ディファレント・トレインズ」においては暗示的であった言葉は「WTC 9/11」においてはあまりにも明示的である。ライヒのこのような変貌をどのようにとらえるべきか、私は正直言ってまだ判断がつきかねている。
私は[砂漠の音楽]以降、ほぼリアルタイムでライヒの新作を聴いてきた。私自身はミニマリズムの手法を確立した時期、70年前後から70年代の作品が一番好きであるが、それ以降の作品も決して悪くないし、ライヒの変貌はそれこそ「ゆるやかに移り変わるブロセス」であり、「WTC 9/11」においても録音された音源との合奏、声と楽器の対比、反復と変容といった主題は初期から一貫している。しかしそれにしてもここまで来てしまったかというのが私の感想だ。形式の探求として始まった(このように断言するには留保が必要かもしれないが)ライヒの楽曲がかくも重い主題を正面から取り上げることは予想できたようでもあり、意外でもある。ライヒ自身も1993年にパートナーのベリル・コロットとオペラ「ザ・ケイヴ」を制作しているが、ライヒ同様ミニマル・ミュージックの代表的作曲家であるフィリップ・グラスもまた近年オペラや映画音楽といったスペクタクルへと接近していることを考えるならば、形式から主題への転換はミニマル・ミュージックの本質とどこかで関わっているかもしれない。
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ところで、今回、この作品を注文するためにライヒというキーワードで検索したところ、Kuniko Kato (加藤訓子)というパーカッショニストによって演じられた[kuniko plays reich]なるアルバムが最近リリースされたことを知り、こちらも聴いてみた。ブリュッセルで「シティ・ライフ」を演奏した際にライヒ自身から「この小さな女の子の演奏はとても力強い」と言葉をかけられたというが、確かにすばらしい。ライヒがパット・メセニーのために作曲した「エレクトリック・カウンターポイント」をなんと打楽器によって再演し、名曲「6台のマリンバ」を多重録音によって一人で演奏している。合わせて聴いていただきたい。
なお、ライヒは今年12月に来日するらしい。この際にはイギリスのパーカッショニストたちによって「ドラミング」全曲の演奏が予定されている。
by gravity97 | 2012-05-12 21:23 | 現代音楽 | Comments(0)

高木正勝[Tai Rei Tei Rio]

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 傑作[Private / Public]から2年ぶり、高木正勝の新譜が届いた。正確に言えば、昨年10月と12月、目黒と盛岡で行われたコンサートの音源を高木が自宅スタジオで半年にわたってリミックスしたアルバムである。パッケージを開梱するとCDとともに『タイ・レイ・タイ・リオ紬記』と題された文庫本大の冊子が収められている。CDのライナーノーツにはライヴの日時や演奏者といった最低限の情報しか収められていないため、高木のホームページを含むいくつかのサイトを閲覧して新作の輪郭を確認する。
 タイトルの「Tai Rei Tei Rio(タイ・レイ・タイ・リオ)」とはポリネシア語で「大きく振れ、小さく振れ」の意。このタイトルあるいは「Nihiti」「Omo Haha」といった曲名の語感から連想されるのは、ポール・ゴーギャンがタヒチで制作した一連の絵画である。ゴーギャンの絵画が神話的な含意を備えていることはよく知られているが、このアルバムも世界各地の神話と深いつながりがある。同梱された冊子はCDに収められた曲と同名のタイトルをもつ16の章から構成されているが、いずれも神話や伝説を採録したものである。このアルバムとテクストが成立した経緯は興味深い。高木によるとまずコンサートが設定され、そのための新作として楽曲が構想された。このような手法は[Private / Public]と同一であり、最近の高木の作品におけるライヴの重要性、そして二つのアルバムの親近性を暗示している。当初は日本人の音楽というきわめて限定された主題を扱う予定であったが、沖縄やサハラ、バリといった場でその土地と深く結びついた音楽を聞いているうちに次第にゲニウス・ロキとしての音楽、土地とそこにまつわる音楽が主題として浮かび上がったという。高木はこのコンサートについて述べたコラムの中で「地と血を紡ぐ」という言葉を用いている。この言葉が神話のアナロジーであることは容易に理解できよう。
 CDに同梱されていた冊子、『タイ・レイ・タイ・リオ紬記』は人類学者の石倉敏明がこのアルバムに収められた楽曲から連想される世界中の神話や伝説をコンパイルしたものである。例えば最初の「ホミチェヴァロ」の章には「遠野物語」と中国の馬娘婚姻譚が収められ、物語が採取される地域は(部族名しか記されていないので地域を同定することは必ずしも容易ではないが)チベット、アフリカからギリシャ、南太平洋に及ぶ。「紬記」とはわかりにくい概念であるが、英訳としてはextraction 、多くの神話から抽出したといった意味であろうが、摘出、血統といったこれまた神話的な含意をもつ。紬が「地と血を紡ぐ」に結びつき、アルバムのジャケットが示すとおり織物としての紬のイメージと関係を結ぶこともたやすく了解される。楽曲とテクストは緊密な関係をもち、コンセプト・アルバムと呼ぶにふさわしいが、通常であれば音楽に対してなんらかの言語的テクストが先行するのに対して(例えばエドガー・アラン・ポーの一連の小説とアラン・パーソンズ・プロジェクトの[怪奇と幻想の物語])、このアルバムは逆の構造をもつ。つまり楽曲の印象に基づいてテクストが「抽出」され、しかもそのテクストたるや、あらゆる物語のアーキタイプとも呼ぶべき神話や伝説なのである。テクストに加えて、コンサートの会場では映像作家でもある高木が制作、編集した映像が同時に上映される。さらにライヴの模様や高木が世界各地で撮影した映像などを編集した「或る音楽」というフィルムの上映も予告されている。つまりコンサートを中心に言語、映像などが有機的に結びついた一連のプロジェクトに「タイ・レイ・タイ・リオ」の名が冠せられているのだ。私はライヴに立ち会っていないのでこのプロジェクトの中心たる公演については感想を述べることができないが、テーマにふさわしい壮大な試みであることは間違いない。
 [Tai Rei Tei Rio]に収録された曲のうち、「WAVE」や「Elegance of Wild Nature」は既に前作[Private / Public]に収められており、このプロジェクトがかなり以前より準備されていたことをうかがわせる。またこれら二つのアルバムはスタジオ録音やライヴ、それらの音源のリミックスから成るハイブリッドな産物である点も一致しており、両者を比較するならば、このアルバムの特性が理解しやすいように感じる。弦楽器が多用され、メロディアスな楽曲が多かった前作に比べて、[Tai Rei Tei Rio]ではヴォーカルと打楽器が前面に押し出されている。その理由は明らかであろう。人の声と打楽器は人間にとって最も根源的なインストルメンツ、楽器であって、たやすく発声/演奏できるとともに、演じるにあたって必ずしも習熟する必要がない。この点において、多くの曲において人の声が意味をもつ単位としてではなく、音声として使用されている点にも留意する必要がある。人声を楽器の一つとして用いる手法はスティーヴ・ライヒにも認められる。ライヒの場合、アフリカ音楽の影響が強かった点もこの点と関係しているのであろうか。声を上げること、叩くこと、このアルバムは人が始原において音楽をどのように得たかという問いをめぐる実験といえるかもしれない。光あれという言葉が暗示するとおり、しばしば見ることと関連づけられる世界の起源を、聴くことにおいて確認する作業と考えることもできよう。明確な歌詞のあるヴォーカルは少ない。聞くことが言葉に置き換えられないこと、つまり声が意味に収斂することがない点は重要に思える。見ること、そして言葉が、あらかじめ成立する枠組に対して主体を事後的に馴致させる制度であるのに対して(私たちは遠近法に従って対象を知覚し、言語の網の目をとおして対象を分節するのであって、その逆ではない)、言語以前の声、リズムを主体とした音楽は制度とは無関係のいわば「聴くことの始原」へと私たちを誘うように感じられるのだ。そして聴くことの中から言語としての神話や伝説が逆に手繰り寄せられ、一つのプロジェクトの中に配置されていく様は興味深い。この意味においてもライヴにおける音こそが、「タイ・レイ・テイ・リオ」の中心を占めるといってよいだろう。
 参加するミュージシャンは[Private / Public]ライヴとは微妙に異なるものの、高木をはじめ、ヤドランカ、田口晴香という二人のヴォーカル、パーカッションのOLAibiといった中心となる音楽家たちが、引き続き圧倒的なパフォーマンスを繰り広げている。前回同様、アルバムからは強い緊張感がうかがえるが、実際の公演はどうだったのであろうか。私は[Journal for the People]以来、ほぼリアルタイムで高木の新作を聴いてきた。スタジオでミキシングを重ねる印象の強かった高木がこの数年ライヴに深く関わるようになったことに当初は軽い驚きを感じていたが、多くのミュージシャンに参加を呼びかけ、様々のメディアを横断して音の始原に迫る[Tai Rei Tei Rio]を聴いて、高木の意図するところがようやく明確に理解できたような気がする。
by gravity97 | 2009-07-09 20:36 | 現代音楽 | Comments(0)

STEVE REICH [Octet / Music for a Large Ensemble / Violin Phase]

 音楽に関して専門的な批評を加えることは少々荷が重い。個人的な回想を記す。
 スティーヴ・ライヒを聴き始めたのは大学院の頃だ。「砂漠の音楽」がリリースされた時期であったと記憶している。ただし当時、ライヒのアルバムは比較的手に入れにくかったこともあり、私は「ドラミング」、「シックス・ピアノズ」そして「18人の音楽家のための音楽」とほぼ発表順に彼の作品を聴いた。ジャーマン・アシッド・ロックに親しんでいた私にとって、ミニマル・ミュージック、とりわけ位相ずれを基本的な構成原理とするライヒを受け入れることに全く抵抗はなかった。
 日仏学館でレッスンを受けた帰りによく立ち寄っていたMというショップで「大アンサンブルのための音楽」というライヒのアルバムを見つけた。まだCDが登場する以前であり、買ったばかりのLPを私は直ちに行きつけのバーに持ち込んだ。その店のマスターは現代音楽を好み、新しく手に入れたアルバムを時折一緒に聴くことがあった。
 アルバムには「大アンサンブルのための音楽」「ヴァイオリン・フェイズ」「オクテット(八重奏曲)」といういずれも15分ほどの曲が収められている。およそ1967年から1980年にかけて、つまり70年代のライヒは初期の実験性が適度に洗練される一方、後に「テヒリム」や「砂漠の音楽」の中で顕在化する声を介した主題性はまだ希薄で、作曲家が言うとことの「ゆるやかに移りゆくプロセスとしての音楽」の可能性、ミニマル・ミュージックの形式としての可能性を一作ごとに深める印象があった。私個人としてはライヒの最良のディケイドであったように思う。
 ライヒの楽曲は注意深く聞くことを聴取者に強いる。レコードに針を落とした瞬間から私は全身を一個の耳に変えて、いくつもの楽器、あるいは録音されたヴァイオリンと実演されるヴァイオリンの間に生じるずれと反復に集中した。ずれと反復の中から発生する甘美な音のシステム。規則の機械的な履行の中に生じる官能性。これらは明らかにミニマル・アートと通底する。そして不要な要素を削ぎ落とすことによって逆にあらわとなる硬質で繊細なニュアンス、それは何杯も口にしたジンのドライな感触と共鳴するかのようであった。深夜の暗いバー、杜松の香り、そしてライヒ。一組の情景が今でもくっきりと脳裏によみがえる。初読ならざる初聴でこれほど強い印象を与えた楽曲、聴いた状況まで鮮明に記憶された楽曲は私の生涯にあまり例がない。
 
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 私のほかに誰も客は訪ねて来なかった。私たちは二度続けてこのアルバムを聴いた。
by gravity97 | 2008-05-21 21:51 | 現代音楽 | Comments(0)