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カテゴリ:ONCE IN A LIFETIME( 3 )

懐かしい年への手紙

大学に入り、一人暮らしを始めた最初の日は昨日のことのように鮮明だ。虚脱感と達成感、不安と期待の入り乱れる、後にも先にも味わったことのない不思議な感覚を胸に、私は見知らぬ部屋の見知らぬベッドに横になって数日前に買い求めた文庫本の頁をめくっていた。私が読んでいたのはもはや手に入れることさえ難しい高橋和巳の『悲の器』であり、部屋の中に流れていたのはキング・クリムゾンの「ポセイドンのめざめ」であったはずだ。
それにしてもなんという春であっただろう。私はそれから数カ月の間に、埴谷雄高の『死霊』、大江健三郎の『同時代ゲーム』、そしてガルシア・マルケスの『百年の孤独』を矢継ぎ早に読んだのである。
by gravity97 | 2011-10-26 23:13 | ONCE IN A LIFETIME | Comments(0)

One More Red Nightmare

 阪神大震災の三日後、確か金曜日であった。私は阪急電車がかろうじて通じていた夙川駅から徒歩で西に向かった。道路はいたるところで寸断され、倒壊した家屋が何度も行く手を阻んだ。最初は驚いていたが、いくつもの現場を過ぎるたびに次第に無感覚になり、私は同僚二人とともにひたすら歩んだ。寒空の下、街はくすみ、時折ヘリコプターの音が聞こえた。何人かの人たちが集まり、道端の空き地で執り行われていたのは通夜であったはずだ。こちらに向かって来る若い女性は大きなスーツケースを格闘するように引きずっていた。道なき道を私たちは無言で歩き続けた。

 今回の大地震と津波で亡くなられた方々の御冥福を祈るとともに、被災地にいらっしゃる全ての方に神の御加護を。
by gravity97 | 2011-03-15 21:37 | ONCE IN A LIFETIME | Comments(0)

一番はじめの出来事

 博士課程に在籍していた時に就職が決まり、最初の勤務先へは電車で一時間余りをかけて通うことになった。ちょうど今の季節であった。Jという駅まで電車は鮨詰めで身動きもできない状態であったが、路線を乗り換えると比較的空いており、途中から座って本を読むことができた。仕事を始めた直後、通勤の車中で読んだ小説を私は今でも順番に挙げることができる。ジョン・ガードナーの『オクトーバー・ライト』、村上龍の『愛と幻想のファシズム』、村上春樹の『ノルウェーの森』だ。いずれも発売直後に買い求めた。書庫で確認してみるとこれら三つの小説は二カ月に満たない間に初版が刊行されている。まったくの偶然ではあるが、いずれの小説も不安や緊張を主題としていた。大学の研究室から現実の社会へ。新しい生活を始めた私は強い切実さとともにこれらの小説を読み継いだ。表紙を手に取ると、不安と期待がないまぜとなった夏の終わりがよみがえる。
by gravity97 | 2010-09-02 19:52 | ONCE IN A LIFETIME | Comments(0)