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b0138838_14541432.jpg クッツェーという南アフリカの作家の作品について論じるのは二回目となる。末期癌に冒された女性と黒人の浮浪者の葛藤を描いた「鉄の時代」も厳しい内容の小説であったが、本書もまた気楽に読める小説ではない。とはいえ後で述べるとおり、読後感は決して悪くない。私はクッツェーの小説をこの二つしか読んでいないのだが、両者は互いによく似ている。それは主人公たちの背景に広がる不透明な不穏さである。いずれの物語においても戦争あるいは暴動が発生していることが暗示されており、スラムや収容所といった不吉な状況が主人公たちといわば地続きでつながっている。しかしそのような状況と主人公たちの関係は明示されていないのだ。このため一種の不条理な状況が出現しており、本書から先日、このブログでレヴューしたアンナ・カヴァンの「氷」が連想されたこともこのような問題と関わっている。「鉄の時代」に描かれた虐殺事件には現実のモデルがあったとのことであるが、「マイケル・K」でKが彷徨する世界はさらに抽象度の高い内戦が続いているかのようだ。
 最初の数頁を読むだけで、主人公が担ういくつもの負性が明らかとなる。「マイケル・Kは口唇裂だった」という冒頭の一文に始まり、知的障害とみなされて学校から追い出され、恵まれない子供たちを集めた「ノレニウス学園」で保護を受けたことが記される。興味深いことに、Kの人種的アイデンティティーは明らかにされない。これは発表当時アパルトヘイト体制下にあった南アフリカで検閲されることを恐れての配慮ではないかと訳者はあとがきで述べている。やはり訳者によれば作中の「CM-40歳―住所不定―無職」というKの分類コードのうちCとはカラード、つまり混血もしくはアジア系を指しているというが、少なくとも人種的葛藤はこの小説においては前景化されることがない。「ノレニウス学園」を出た後、Kはケープタウンの公園管理局に庭師として勤務した後、公衆トイレの係員を務めるが、ある夜、二人組の男に気を失うまで暴行を受けたことを契機に夜勤を辞めて、再び庭師の仕事に戻る。この小説を通底する暴力のモティーフが最初に顕在化するエピソードである。31歳の6月、Kのもとに母親のアンナ・K(先に引いたアンナ・カヴァンとの頭文字の一致は偶然であろうか)から病院から強制的に退院させられたという知らせが届く場面から物語が起動する。アンナ・Kは家政婦として長く雇われていたが、浮腫のため寝たきりとなり、入院していたのだ。「マイケルは自分の義務と思うことから逃げたりはしなかった。何年も前にノレニウス学園の自転車置き場の裏でくり返し考えさせられた難題、なぜ自分がこの世に生れてきたのかという難題にはすでに答えが出ていた。母親の面倒を見るために生まれてきたのだ」アンナ・Kは自分が生まれたプリンスアルバートの農場に戻ることを願い、マイケル・Kはその望みをかなえようとする。しかし南アフリカでは移動することすら自由ではない。列車の座席の予約、さらには今居住する地区から出ることに対する警察の許可証が必要であり、いずれもカフカ的な官僚機構によって永遠に宙吊りにされている。Kは手押し車を改造して母を乗せ、文字通り自力でプリンスアルバートへの脱出を試みるが道中は難渋し、断続的に発生する市街戦が二人の行く手を阻む。時にトラックに乗せてもらい、時に間道を手押し車に母を乗せながら続けられる母と息子の道行きは弱った母の死によって突然に断ち切られる。Kはせめて母の遺灰をプリンスアルバート、彼女が働いていた農園に撒くことを願って旅を続ける。決して楽な旅ではない。時にKは兵士たちに徴用されて労働を課せられ、親切な一家に助けられ、旅を続ける。このあたりの描写はリアルでありながら、一種の幻想性さえ宿している。目的地のフィサヒー農場にたどりついたKはそこで山羊の群れ、ポンプと貯水池を見つけ、庭師としての経歴を生かして自給自足の生活を始める。人に見つからないように隠れ家を整え、携えていた種からカボチャとメロンを収穫する逸話からは誰しもロビンソン・クルーソーの物語を連想するだろう。しかしこのような生活も長くは続かない。街に出たKはそこで倒れ、キャンプに収容される。「ジャッカルスドリフ再定住キャンプ」の名が示す通り、Kのような流民を収容するために設置されたとおぼしきキャンプでKは労働の対価として食事と住居を与えられるが、そこに留まることを好まず再び脱走する。フィサヒーの農場に戻ったKは再び時に昆虫や植物の根さえを食用とする厳しい自給自足の生活を続ける。しかしその周辺を捜索に来た兵士たちによって再び発見されたKは体調の悪化とも相俟って病院へと送られる。続く第Ⅱ部では小説の中で焦点化される対象がKから彼を治療しようとする病院の若い医者へと転じる。この変化は重要である。このパートが存在することによって、私たちは初めてKを客観化する語りを知るのであるから。しかし予想されたことではあるが、Kはこの病院にも長居をすることはない。最後の短い断章、第Ⅲ部において、Kは母親が住んでいた街区に戻り、そこで知り合った男女と関係をもちながら、次のように独白する。「思い返してみるに、俺がやった間違いは十分な種子を持っていなかったことだ、Kはそう思った。ポケットごとに違った種子の包みを入れておけばよかった。(中略)それから、おれがやった間違いは種子を全部いっしょに一箇所に蒔いてしまったことだ。一時に一粒だけ蒔くべきだった」物語は再びKが農場への帰還を決意する場面で終わる。
 一読してわかるとおり、この物語は一種のロード・ノヴェルである。Kは物語の中で移動を続ける。ケープタウンやプリンスアルバートは実在の地名であるから、南アフリカの地理に詳しければ実際の距離や位置関係についても思いをめぐらしながら本書を読むことができるだろう。しかし冒頭のエピソードからも明らかなとおり、この国には移動の自由は存在しない。移動には官憲の許可が必要とされ、それがなければ流民とみなされて「再定住キャンプ」へ収容されるのだ。Kが一つの場所にとどまり、ゆったりとした生を送るのは「農場」に隠れ住み、作物を育てる場面であるが、その際にもKは兵士たちに見つからぬように細心の注意を払う。本書で描かれる世界は二つに画然と分かたれる。一つは農場における自由な生活であり、もう一つはキャンプや収容所における管理された生活である。後者において食と住居は保証されるが、前者においてはKの庭師としての能力がなければ生活は維持できない。実際に「農場」で時に虫を食べながら、ほとんど絶食して過ごすKの姿は非現実的にさえ感じられる。実際に病院においてもKはほとんど何も口にせず、第Ⅱ部で彼を治療する医師は次のように述べる。「もう一つきみのことで知りたいのは、あらゆる食物に対するきみの食欲を奪ったものとは、きみが荒野で食べていたものとは、いったい何かということだ。(中略)マナの味がきみの味覚を永久に麻痺させたとでもいうのか」マナという言葉が示されているが、食物を口にしない庭師からはいくつもの宗教的なイメージが連想され、本書が一種の寓意性を帯びていることは明らかだ。そもそもKという名前からカフカを想起しないでいることは難しい。本書に対してカフカとロビンソン・クルーソーの結合という評がなされたことはよく理解できる。とはいえKが何の寓意であるかは明らかとされず、第Ⅱ部でKを前にして当惑を隠しきれない医師は、私たちと同じ場に立っている。一方の世界が戦争や暴力、管理と結びついているのに対して、Kが希求するのは安らぎに満ち、大地と結びついた世界だ。種を蒔くことと遺灰を土に撒くこと、本書の核となるエピソード、生命が大地から到来し大地へと帰還していくイメージは美しい。キャンプや病院への収容と脱走を繰り返すKは二つの世界の間を往還する。二つの世界は共存しているといえよう。先にも述べたとおりこの物語に登場する地名は現実のそれである。一方でここに描かれた警察国家、誰ともわからぬ敵と永遠に戦争を繰り返す兵士たち、スラムと荒廃した土地の連なりのイメージは直ちに現実を反映しているとはいえないにせよ、私たちにとって決して未知のものではない。映画や小説で私たちは既にこのような光景に見慣れている。南アフリカという言葉からたやすく連想されるのはニール・ブロムカンプの「第9地区」に登場したエイリアンたちのスラムであり、あるいはアルフォンソ・キュアロンが「トゥモローワールド」で描いた警察国家、小説であればオーウェルの「1984年」は言うに及ばず、最初に挙げたカヴァンの「氷」、あるはポール・オースターの「闇の中の男」、そしてコーマック・マッカーシーの「ザ・ロード」。ブラッドベリの「華氏451度」から昨年の横浜トリエンナーレを連想してもよい。これまでこのブログで取り上げてきた作品やテーマばかりではないか。この小説は1983年に発表され、南アフリカの近未来を暗示しているとの評があったとのことだ。周知のようにアパルトヘイト体制は90年に崩壊したが、私の見るところ、この国はまだその傷から癒えてはいないようだ。そしておそらく30年前に予言されたこの小説の世界は現在、コロニアリズムに代わるグローバリズムという名の暴力によって南アフリカどころか世界的な規模で実現されつつある。日本でも人種隔離、端的にアパルトヘイトを称揚した女性評論家の発言は記憶に新しいし、フクシマに広がる荒廃した土地をKが旅したとしても何の違和感もないだろう。戦争に向かうこの国において、私たちはKのように一粒の種を大地に蒔くことができるだろうか。今という時点で読むことによって、私は本書が豊かな暗喩に富んだ傑作であることをあらためて思い知った。
by gravity97 | 2015-06-15 14:57 | 海外文学 | Comments(0)

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 未知の作家の抜群に面白い小説を読んだ。ハリ・クンズルという名前から直ちに作家の国籍を言い当てることは難しいが、クンズルはインド系のイギリス人。オックスフォード大学に学び、現在はニューヨーク在住とのことだ。インド系の英語作家といえば、直ちにサルマン・ラシュディが連想される。実際にクンズルはインドの文学祭に参加した際に、同国では出版が禁止されているラシュディの「悪魔の詩」を朗読するパフォーマンスを行ったこともあるという。しかしラシュディの小説がムンバイやカラチといったインド大陸を舞台としているのに対して、本書はアメリカ中西部の砂漠、きわめてアメリカ的な風景のもとに第二次大戦後から今日にいたるアメリカの精神史を凝縮するきわめて特異な内容の小説である。アメリカを主題としてインド系の作家によって英語で執筆された小説。日本という(実は特殊な)国家においては同一視される三つの要件、土地、民族、言語が一度分解されて、一つの必然性のもとに再び統合されたのがこの小説であるといえるかもしれない。今回はかなり内容に踏み込んで論じる。先入観をもたずに小説に向かいたい読者は先に本書を手にされたい。
 決して読みやすい小説ではない。特に冒頭部で読者は唖然とするだろう。「動物が人間だった頃、コヨーテはある場所に暮らしていた。『ハイキヤ! ここの暮らしにはもう飽きたぞ、アイキヤ、砂漠に行って、料理をすることにしよう』コヨーテはそう言って、研究所を作る場所を捜しにRVで砂漠へ行った。持っていったのは食パン十斤とラーメン五十袋。ついでに景気づけのウィスキーとマリファナも」冒頭から読者は珍妙でポップな神話風の語りの中に投げ込まれる。続いてエノラ・ゲイが広島に向かって飛び立つのを見送った飛行機整備士がUFOに拉致されるというこれまたぶっとんだエピソード、そして2008年、ニッキーという名のミュージシャンがロスアンジェルス郊外のモーテルでマリファナを吸って酩酊するという物語が続く。これらのばらばらなエピソードは果たして一つのストーリーへと回収可能なのであろうか。クンズルの手綱さばきは絶妙だ。断章形式で語られるいくつもの物語は相互にあいまいな文脈を形成し、時に矛盾しながら総体として「民のいない神」という傑出した小説をかたちづくる。ばらばらの断章から成立する小説形式から、私は最初、コルタサルの「石蹴り遊び」を連想した。しかし読み進めるうちに、この小説の断章形式はかなり綿密に構想されていることが理解された。それぞれの断章は西暦による暦年によってタイトルを与えられており、時系列として整理することが可能である。最初こそ相互に関係のないエピソードが重ねられているように感じられるが、読み進むにつれてこの小説はいくつかののサブストーリーを縄のように糾(あざな)っていることが理解される。中心となる物語は2008年と2009年の年記をもち、ほぼ現在の時制に立つ。アメリカに移住したパンジャブ人の家系に育ち、MITで物理学を学び、量子確率論を市場の予測に応用する投資会社の敏腕トレーダー、ジャズと妻リサ、彼らの息子で自閉症(この言葉を使用することに抵抗を感じるが、訳語として用いられているため、ひとまずこのまま用いる)のラージ、三人の親子をめぐる物語だ。ジャズの出自が作家を反映していることはいうまでもない。ジャズは多くの葛藤を抱える。インド系の一族とユダヤ人である妻の間には文化的な断絶があり、ことに一人息子が自閉症であることがわかってから、彼と妻、両親と妻の関係は悪化する。ヘッジ・ファンドとして荒稼ぎする会社の中にあっても彼は自分が正しいことをなしているという確信をもてない。とりわけ言葉をしゃべらず、頻繁に癇癪を起こすラージとの関係は緊張をはらんでいる。しばしば回想や連想が挿入されるため、必ずしも時間軸に沿っていないが、いくつも断章をとおして、ジャズとリサが知り合い、ラージが生まれるまでの物語、そして現在の彼らをめぐる不穏な状況が浮かび上がる。都会の生活に疲れた彼らは家族の再生を求めてカリフォルニアの砂漠に旅に出る。二番目のストーリーは1958年の年記をもつエピソードから始まる。この年、やはりカリフォルニア、モハヴェ砂漠で「アシュター銀河指令」なる宇宙的な存在との交信を主張する狂信者たちが大規模な集会を開く。この集会は一つの惨事とともに幕を閉じるが、そこに集まった者たちの後日談がもう一つの物語の系列をかたちづくる。彼らはカウンター・カルチャー、いわゆるヒッピー文化と親和し、フリーセックスと神秘思想、ニューエイジ思想によって結びついたコミューンを形成する。最終的に彼らは古い共同体から激しい弾圧を受けるが、彼らとそれを取り巻く人々の物語が二番目の系列だ。実はこれら二つの系列の物語は登場人物においてゆるやかに結びついていることが読み進めるうちに理解される。三番目の系列はわずか二つの断章から成り、年記としてはさらに以前の1920年、先住民の文化を研究するデイトンという男と妻の物語である。先住民の神話や言語を調査するデイトンに対して先住民たちは心を開かず、さらにデイトンが白人の子供を連れた先住民を見かけたことから、子供を誘拐した疑いのある先住民に対して人狩りが始まる。先住民=インディアンとの抗争という主題からはかつて論じたコーマック・マッカーシーの傑作「ブラッド・メリディアン」も連想されよう。これらのストーリーに加えて一つの断章によってのみ語られるいくつかのエピソードが語られる。例えば18世紀のスペイン伝道師についての報告。19世紀にモルモン教徒たちが幻視した光景。語られる物語は時代も登場人物も多岐にわたる。
 一見ばらばらなそれぞれのストーリーを束ねているのは何か。以上の説明から想像できよう。それはモハヴェ砂漠という土地、正確にはそこにそびえるピナクル・ロックと呼ばれる三本の尖塔状の岩山である。UFO信者たちはその傍らで大集会を開き、修道僧は天使に出会い、ジャズたちは事件に巻き込まれる。砂漠に屹立する三本の巨大な岩山とはまことにアメリカ的な風景であるが、実際には存在しないこのような風景が三位一体という神秘的啓示を暗示していることも行間から明らかだ。岩山に引き寄せられるように集い、驚くべき体験をする人々、かかるイメージから誰もが想起するのはスティーヴン・スピルバーグの映画「未知との遭遇」であろう。実際にこの小説においても宇宙の高次な存在との交信について語られ、先にも触れた冒頭に近い挿話においては、ピナクル・ロックの上に浮かぶ巨大な円盤から降り立った宇宙人たちに招かれて、一人の飛行機整備士が光の中に歩み出る。この場面から「未知との遭遇」のラスト・シーンを連想しないことは難しい。あるいはカリフォルニアならぬネヴァダの荒涼とした土地のモーテルに様々な人物が呼び寄せられるように集まるというディーン・R・クーンツのSFサスペンス「ストレンジャーズ」も連想されよう。
 しかしクンズルの小説は遥かに深い。もう一つの映像的記憶を召喚しよう。砂漠に直立する尖塔、このイメージからスタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」に登場するモノリスが導かれることに異論はないだろう。実際にクンズルはこの小説の冒頭に三つのエピグラフを記しているが、そのうちの一つはキューブリックのフィルムの原作であるアーサー・C・クラークの言葉から引かれている。さて、よく知られているとおり、この映画の冒頭で人類の祖先とも呼ぶべき猿人が空に投げた骨(人にとっての道具の暗喩だ)は空中で回転しながら、宇宙船へと変わる。骨も宇宙船も人にとって道具として同じ意味をもつことを暗示するシークエンスであるが、かかる対照はこの小説にもたやすく認められる。1958年、ピナクル・ロックの前に集まるUFO教の信者たちに対して案内人(ガイド)は次のように唱える。任意の部分を引用する。「われわれは、星々の間でアシュター銀河指令部として知られている組織の代表だ。指令部はあなた方の文明を、歴史の夜明けからずっと監視下に置いてきた。(中略)しかしながらわれわれは今回、ルールに反して干渉する決断をした。あなた方が今、大変な危機にあるからだ。人類は物質をある未熟なやり方で扱う方法を発見した。あなた方が原子力と呼んでいる、原子を分裂させるテクノロジーだ」いかにもニューエイジ思想やオカルトにかぶれた戯言と批判するのはたやすいし、一方で本書は文化が資本によって収奪された今日、カウンター・カルチャーを再評価する試みと読めなくもない。ジャズは勤務先のヘッジ・ファンドでサイ・バックマンという辣腕トレーダーのもとで「ウォルター」なるシステムの開発に関わるように求められる。「ウォルター」とは地球規模の新しい量的分析モデルであり、市場におけるある種の予測可能なふるまいを見つけ出し、それを取引に利用して莫大な利潤を生むシステムである。「ウォルター」を稼働させることによってジャズは「1960年以降のCPUトランジスタ数とアフリカ系アメリカ人単親家庭男児の知能指数と、タイと東南アジアにおけるメタンフェタミン系覚醒剤蔓延の疫学的分析との間に周期的相関サイクルがあることに気づいた」50年代のUFO教をオカルティズムとして批判することはたやすい。しかしその一方で私たちが生きる時代に跳梁するヘッジ・ファンドが拠って立つ理論も一種のオカルティズムではないか。両者の対比は最先端のヘッジ・ファンドの金融工学も怪しげなUFO教とはなんら変わるところがないと説くかのようだ。しかも現代のオカルティズムはその影響力によって一つの国家の財政を破綻させるほどの力をもっているのだ。実際に自分たちの投資行動によってホンジュラスが財政破綻する可能性を知ったジャズは取引の中止を社長に訴え、自らのキャリアに幕を引くこととなる。
 ピナクル・ロックは空飛ぶ円盤と人類、神と人が出会う場である。そこは二つの世界が奇跡のように接する場であり、そこから消失と帰還という主題が派生する。ジャズとリサはラージを連れて砂漠にピクニックに行くが、ラージはピナクル・ロックの下の洞窟で忽然と消える。ラージを捜す二人、敏腕トレーダーの障碍をもった息子の誘拐という話題にジャーナリズムは食いつき、二人はメディア・スクラムの嵐に見舞われる。この事件は実際に近年、アメリカやヨーロッパで起きた幼児誘拐や、さらには両親に嫌疑がかけられた事件をモデルとしているだろう。しかし子供の消失は初めてではない。1958年に同じ場所でUFO信者たちが集会を開いた際にも参加者の一人、ジョウニーは娘のジュディーを失っていた。目撃者によればジュディーは光る男の子(グロー・ボーイ)とどこかに遊びに行ってしまったという。1970年の年記が付された断章ではジュディーの帰還について次のように語られている。スペース・ブラザーに一度連れ去られたジュディーは「ある日、まるで散歩から戻ってきたみたいな様子で、砂漠からあらわれた」このエピソードは物語の中で再話される。エピソードの一つとして、湾岸戦争下のイラクから眷属とともにかろうじて脱出したライラという少女は、中東に派遣される予定の兵士たちがイラクでの生活をあらかじめ体験できるように、モハヴェ砂漠の中に建設された現地そっくりの街でその住民として生活している。(魅力的な設定であるが、果たして実話であろうか)ある晩、知り合った黒人兵士から借りたナイトヴィジョン(暗視装置)を装着して出かけた彼女は、夜の砂漠を歩いて来る「光る男の子」を見つける。それは行方不明のラージであった。さらに消失と帰還という主題はラージにおいて奇妙な屈折を帯びる。砂漠からの帰還後、ラージは言葉を覚え、自閉症が治癒したかのような言動をとる。しかしジャズは喜ぶどころか、リサに対して、ラージが別人になったのではないかという恐怖を語る。ここからも一つの映像的記憶が喚起されるかもしれない。クリント・イーストウッドの「チェンジリング」である。そして同じ題名の小説が大江健三郎によって発表され、チェンジリング(取り替え子)がヨーロッパに伝わる伝承であること、神隠しや隠れ里といったエピソードが日本の民話の中にも典型的に認められることまで思いを馳せる時、この物語の射程はさらに広がるかのようだ。いくつものストーリーが複雑に嵌入しあい、さらに神秘主義からSF、ニューエイジ思想から民話やゴシップまでが砂漠に屹立する奇岩のもとで交錯する。
 タイトルの「民のいない神」とは何の暗喩か。エピグラフに掲げられたバルザックの言葉がその答えだ。「砂漠には何でもある。と同時に、何もない。砂漠は神だ。しかし、そこに民はいない」「民のいない神」とは物語の舞台となる砂漠のことであろう。以前、よくLA経由でニューヨークに向かったが、その際に上空から白茶けた砂漠が一面に広がる荒涼とした光景を何度も目にした。アメリカ中西部の砂漠とはアメリカという国家にとっての無意識、あるいは原風景といえるかもしれない。スティーヴ・ライヒやコーマック・マッカーシーといった私のお気に入りの音楽家や作家が砂漠を主題とした作品を発表していることもこれと関係しているだろう。Gods Without Men 、神が複数であることに注目しよう。UFO教の信者たちは宇宙の高次の存在を信じ、辣腕トレーダーたちーは小さな国家が破綻しようとも自らの利潤を崇める。先住民を指導する神父は天使に会い、兵士はイラク人を殺すために別の砂漠に向かう。登場人物の多くがアメリカに移住してきた者たちであることにも留意すべきであろう。様々の神が、いくつもの歴史が、無数の血統がアメリカという場所で出会う。本書はイギリスに生まれ、アメリカで暮らすインド系の作家でなければ書くことができない、アメリカについての壮大な寓話といえるかもしれない。
by gravity97 | 2015-05-19 20:54 | 海外文学 | Comments(0)

アンナ・カヴァン『氷』

b0138838_15585816.jpg アンナ・カヴァンは近年、日本でも再評価の高まっているフランス生まれのイギリス人作家である。私も以前「アサイラム・ピース」という短編集を読んで、独特の文体と作品にみなぎる緊張に圧倒された覚えがある。本書は1985年にサンリオSF文庫に収められた後、2008年に改訳復刊されたが、版元の在庫がなくなったため、今年、ちくま文庫で再び復刊されるという数奇な運命をたどったカヴァンの代表作である。不安定な精神を抱え、ヘロインを常用していたというカヴァンは本書を刊行した翌年、1968年に不審死を遂げた。(当時、ヘロインは違法ではなく、自殺の可能性は否定されている)本書の読後感を一言で言うならばJ.G.バラードの終末感とカフカの不条理文学の結合であろうか。まことに鮮烈な印象を与える傑作である。
 この小説は「私は道に迷ってしまった。すでに夕闇が迫り、何時間も車を走らせてきたためにガソリンは実質的に底をついていた」という一文で始まる。実にこのパッセージに本書の核心が凝縮されている。つまり、「氷」は主人公たる「私」が常に別の場所に向かってひた走るロード・ノヴェルであり、同時に主人公を取り巻く世界は尋常ならざる緊張を負荷されている。世界は大規模な気候変動によって寒冷化し、氷に閉ざされつつあるのだ。終盤に象徴的な情景を主人公が飛行機から眺める場面がある。このような描写だ。「虹色の氷の壁が海中からそそり立ち、海を真一文字に切り裂いて、前方に水の屋根を押しやりながら、ゆるやかに前進していた。青白い平らな海面が、氷の進行とともに、まるで絨毯のように巻き上げられていく。それは恐ろしくも魅惑的な光景で、人間の眼に見せるべく意図されたものとは思えなかった」大洋が氷に閉ざされてゆくヴィジョンは非人間的かつ幻惑的であり、本書の基調を形成している。気候変動による世界の破滅という物語はバラードをはじめ、SFに多くの先例があるが、物語の中ではそのような事態がなぜもたされたかについての説明は一切なく、破滅に抗う者もいない。人々はあたかも定められた運命であるかのごとく地表を、大洋を覆い尽くす氷からの脱出を試みる。終わりなき移動は本書に一貫するモティーフといえよう。寒冷化と呼応するかのように都市では内乱が発生し、略奪や暴行が蔓延し、伝染病や飢饉、戦争の噂も広がっている。崩壊しつつある世界の中をあてもなくさすらう主人公からは、以前このブログでも取り上げたコーマック・マッカーシーの「ザ・ロード」が連想されてもよい。しかしこの物語の異様さは登場人物たち、そして彼らの行動に背景や脈絡が与えらない点にある。今、あてもなくと述べたが、これは正しくない。名前をもたず外面的な描写を完全に欠いた主人公は物語を通じてひたすら「少女」を求めて彷徨する。主人公と少女の関係は冒頭で次のように述べられている。「あの少女に会いに行くという抑えがたい思いは自分でも理解できなかった。異国にいる間中、彼女のことが私の意識から離れることはひと時たりとてなかったが、かと言って、帰国の理由が彼女だというわけではなかった。この地域に何か不可解な切迫した非常事態が起こっているという噂を調査するためだ。だが、この国に着いた途端、彼女は強迫観念となり、私は彼女のことしか考えられなくなった」すでにこの時点で主人公の「少女」への執着は明らかであるが、「少女」とは誰か、主人公とどのような関係をもつか、物語の中では一切明らかとならない。今引用した一文からうかがえるとおり、主人公はヨーロッパの北部を連想させる地域(土地に対して「フィヨルド」という言葉が用いられている)が氷結する状況を調査するためにほかの国から派遣されたエージェントらしい。実際に身体能力の高さや多額の現金を所持していること、時に偶然を装って届けられる秘密の指示といったエピソードはこのような推測を補強する。しかし主人公の口からは自らの役割や少女との関係が一切説明されることがない。一人称による物語でありながら、読者と物語の間には常に不透明な膜が張りめぐらされているかのようだ。さらに作中にはもう一人、「長官」と呼ばれ、絶大な権力をもつ人物が登場する。物語の冒頭で夫のもとを逃れて出奔した少女を求めて、主人公は凍りつつある世界をさまよい、彼女が「高い館」と呼ばれる城館で長官に庇護されていることを知る。主人公は「高い館」から少女を連れ去ろうとするが、少女はしばしば主人公を拒絶し、逃亡する。いたるところで少女は消え失せるが、いたるところで見出される。私、少女、長官の「パ・ド・トロワ」(三人組の舞踏)として物語は進行する。しかしそれはいかにもかみあわないまま続けられるのだ。ここで三人がいずれも固有名を与えられていない点は注目に値する。カフカのK、オースターのブルーのごとく、登場人物は記号化、抽象化されているといってもよかろう。しかしこの小説を寓話と呼ぶにはあまりに鮮烈なイメージが次々に提示される。先に引いた凍結する大洋のイメージもその例である。さらに冒頭から任意の箇所を引く。「少女は私の正面、ほんの少し斜面を下ったところにうずくまっている。その体の白さも雪にはわずかに及ばない。巨大な氷の断崖が四方に迫っている。光は蛍光を帯びている。冷たく平板な影なき氷光。太陽もなく、影もなく、生命もなく、ただ絶対的な寒気だけが広がっている。私たちは押し寄せてくる氷の環の真ん中にいた」このようなイメージは描写というより幻視と呼ぶことがふさわしいのではないか。主人公の視界に少女はとらえられているが、主人公の位置ははっきりとしない。語り手の身体を欠いた奇妙な描写は頻繁に導入され、このため一人称で語られながらも読者は主人公に焦点化することが難しい。全編を通じて主人公たる私の視点と全能者の視点が混在する不思議な叙法が用いられている。別の言葉を用いるならば、読者はここで語られるのが現実であるか幻想であるか区別することが難しい。終末的で絶望的なヴィジョンを語るきわめて分裂的な語り。これがこの小説の魅力をかたちづくっているといえるのではなかろうか。
 物語の終幕で主人公たる私は軍用車を奪い、少女とともにブリザードの中を疾走する。先に記したような終末的ヴィジョンが横溢するこの小説はきわめて視覚的であり、それゆえ映像的記憶を強く喚起する。この小説における唯一の楽園的なヴィジョンとしては熱帯の島に住むインドリという歌うキツネザルについて語られ、そして実際に主人公は光と色彩にあふれた熱帯の町にごく短い期間、少女とともに滞在する。氷に閉ざされて崩壊の過程にある世界と、気候変動の予兆を秘めながらも陽光にあふれ、花々が咲き乱れる熱帯の町の対比は鮮やかであるが、かかる対比はこのブログでも論じたリドリー・スコットの「ブレードランナー」のいわゆる「インターナショナル・ヴァージョン」のラストシーン、暗鬱な雨が降り注ぐ街から抜け出し、緑と陽光の溢れる情景の中を滑空するデッカードとレイチェルのペアを連想させないだろうか。さらには氷結する世界をひたすら疾走する軍用車のイメージからは、車と列車という違いこそあるが、ポン・ジュノの「スノー・ピアサー」もたやすく連想されよう。
 本書にはクリストファー・プリーストの序文が付されている。プリーストは「氷」をスリップストリーム文学に分類される作品の中でも最重要の作品であると指摘している。スリップストリームとはメインストリームに対する概念で、主流文学に対する傍流文学とでも訳すべきであろうか。プリーストはこのような概念が最初にSFの領域で提起されたと指摘し、バラードと並んでジョン・スラデック、トマス・M・ディッシュ、フィリップ・K・ディックを挙げ、SF以外のジャンルからもアンジェラ・カーター、ポール・オースター、村上春樹そしてボルヘスとウィリアム・バロウズらの名を挙げている。なるほど私がこの小説に魅了されたはずだ。未読の作家も何人かいるが、スリップストリームの系譜は私のお気に入りの作家のラインナップとかなり重複しているではないか。最初に私はバラードとカフカの名を挙げたが、彼らもメインストリームの文学ではないだろう。ただし川上弘美は本書の文庫版のためのあとがきの中で、カヴァンの小説が、プリーストのいう「スリップストリーム」の小説よりもずっと「狭い」という的確な指摘を加えている。確かにカヴァンにとってスリップ/メインという対比は意味をもたないかもしれない。おそらくここに描かれた情景、次第に氷に閉ざされていく世界とその中を疾走する感覚は自殺未遂にいたる精神的な破綻を何度も繰り返し、ヘロインによって賦活された作家の心象風景であろう。そしてかかる極限的な精神から生み出された終末の光景に一種の崇高ささえ感じるのは私だけではあるまい。
by gravity97 | 2015-05-03 16:02 | 海外文学 | Comments(0)

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 読む前から愉快な読書にならないであろうことはわかっていた。帯にはこのように記されている。「狂気と恐怖に凍りつくナチスの街で、たった一人の反乱が始まる。戦争直後に書き上げられてから60年以上を経て、いま世界を震撼させるリアリズム小説の傑作」タイトルはこの「反乱」の帰趨を暗示しているかのようだ。作者のハンス・ファラダ(これはグリム童話から引かれたペンネームとのこと)は第二次世界大戦直後、1946年に本書を発表した三ヶ月後に、作中人物の後を追うように没した。作家の死後50年を経て、最近フランスの出版社が本書の翻訳を刊行したことから再評価が進み、欧米でベストセラーになるとともに2011年にドイツでも完全版が出版され(従来の版には編集者による削除や変更があった)、この邦訳は完全版からの翻訳であるという。著者自身が関与しない、やや込み入った出版の事情からはこのブログで以前論じたワシーリー・グロスマンの大作「人生と運命」が連想されるかもしれない。奇しくも本書も同じ出版社から刊行されている。
 今、「奇しくも」と記したが、この時期に本書を刊行したことに私は出版社の意志を感じる。知られているとおり、この出版社は文学系というよりもむしろ社会科学系の出版に強く、本書の類書としてはフランクルの「夜と霧」やこのブログでもふれた「ホロコーストの音楽」がある。フランスが降伏したというエピソードで始まる物語はナチスが台頭する「前夜」のそれだ。出版不況の中で、「出せば売れる」嫌韓本や反中本、くだらないキャリアポルノばかりが書店の店頭に並ぶ今日、あえて「前夜」を描き、分厚く高価な本書を江湖に問うたことに私は出版社としての暗黙のメッセージを感じるのである。
 分厚いとはいえベストセラーになるはずだ。物語の運びは手練のそれであり、読み始めるや登場人物たちから目を離すことができなくなる。四部構成は比較的短い章に分かれ、内容を示すタイトルが付されているから物語の推移を追うこともたやすい。私は一つの週末で通読した。主要な登場人物はさほど多くない。ここで描かれるのはナチスが台頭する時代、ベルリンのヤブロンスキ通りのアパート周辺で生活するごく普通の人物たちの運命である。物語はオットーとアンナ、クヴァンゲル夫妻のもとに一人息子、オットーヒェンの戦死の公報が配達される場面で始まる。手紙を配達したエヴァ・クルーゲとその夫エンノ、同じアパートに住むファシストのペルジッゲとその息子でヒトラーユーゲントのエリート、バルドゥル、退職した元判事フロム、ユダヤ人の老婆ローゼンタール、密告者バルクハウゼン、彼らはそれぞれの立場からこの物語と関わることとなる。ナチスへの抵抗を扱った作品としては、例えばトム・クルーズが主演した映画「ワルキューレ」、あるいはクエンティン・タランティーノの怪作「イングロリアス・バスターズ」などが直ちに連想される。しかし本書において絶望的な抵抗を繰り広げるクヴァンゲル夫妻はドイツ軍の高級将校でも反ナチスの地下組織の構成員でもなく、市井の生活者であり、この点が本書を比類ないものとしている。本書は実話に基づいており、作者によるまえがきも重い。「この物語に描かれているのはほとんどもっぱら、ヒトラー政権と闘った人たちとその迫害者だということを指摘させていただきたいと思います。1940年から42年のあいだにも、それ以前にもそれ以後も、そうした人々から多くの犠牲者が出ました。この本の三分の一ほどは、監獄と精神病院が舞台になっています。そこでも、死は日常茶飯事でした。筆者としても、これほど暗い絵を描くのは気が重いと感じることが何度もありました。が、嘘にならないようにするためには、これ以上明るく描くわけにはいかなかったのです」オットー・クヴァンゲルは熟練した職工長である。彼が働く家具工場ではかつては注文家具を製作していたが、今や爆弾を収納する容器、物語後半では棺を生産している。寡黙で人嫌いのオットーは工員たちから煙たがられてはいるが、公正で実直な仕事ぶりゆえに一種の尊敬も得ていた。しかし一人息子が無益な戦争の中で殺されたことを知り、彼の中で何かが変わる。彼は葉書にナチスとヒトラーを弾劾する文章を記し、公共施設に放置するというレジスタンスを始める。ヒトラー暗殺でも親衛隊員襲撃でもない、葉書を書くというレジスタンスに対して妻アンナは「あんたがやろうとしていることはちょっと小さいんじゃないの」と感想を述べる。しかし同時に二人はこの行為の果てに刑務所とギロチンが待っていることを正確に予見していた。
 第一部においてはレジスタンスの開始までの出来事が描かれる。時代が悪くなるにつれ、クヴェンゲル夫妻の周辺でも不穏な事件が次々に発生する。街にはバルクハウゼンをはじめとする密告者たちが跋扈し、人々は相互監視を始める。ユダヤ人には公然と暴力がふるわれ、しばらく前に夫がゲシュタポによって理由なく検挙されたローゼンタール夫人の家にバルクハウゼンとエンノ・クルーゲは強盗同然に押し入り、民警のごときペルジッケ一家に見咎められる。この騒動の果てに、住民やゲシュタポに責め立てられた老婆は睡眠薬を飲み過ぎて自殺同然の死を遂げる。オットーの工場では怠業者が党員として権勢をふるう。一方、オットーヒェンの許嫁であり、オットーとアンナを実の父母のように慕う娘トルーデルは自らが共産党の支部を工場内に組織したことをアンナに告白する。全体主義が浸透する閉ざされた社会でオットーとアンナはナチスを批判する手紙を書いて市内に放置する絶望的な反抗を開始する。
 第二部では彼らを取り締まる側に視点が移る。葉書犯をクラバウターマン(海の妖精)と呼んで捜査を担当するゲシュタポのエッシェリヒ警部も本書の主要な登場人物である。秘密警察の構成員の多くが、彼の上役である親衛隊大将プラルのごとく下品で粗野な人物として描かれる中で、エッシェリヒはやや謎めいた陰影のある人物として表現される。彼が連行した人物に親衛隊が暴行を加えたように、会議の席での失言のためにエッシェリヒ自身も激しい暴行を受ける挿話からこの時代とこの組織の本質が暴力であることは明らかだ。この体験が彼の内面に一種の崩壊をもたらしたことが物語の中で明らかとなる。第一部で愚行を繰り返した密告者バルクハウゼンと女たらしのエンノはここでもまたみじめな悪事を働き、エンノにいたってはクラバウターマンと誤認され、エッシェリヒの取り調べを受ける。本書に登場する悪人たちは一様に卑しく悲惨であるが、同じエンノがかつては熟練工として尊敬されていたこと、戦争によって働くことの意味を見失い、ペルジッケに殴られて以来、身体の不調が続いていることが転落の原因であると書き込まれている点にも注目する必要があるだろう。後でも述べるとおり、時代の病弊が登場人物たちに内面化される機制がここにはとらえられている。
 第三部においてはクヴァンゲル夫妻のレジスタンスが続けられる一方、トルーデルは闘争から脱落し、彼に好意を抱いていた青年ヘアゼゲルと生活を始める。オットーが葉書を置いた現場をトルーデルに目撃されることによって両者は再会するのであるが、このようなエピソードは彼らのレジスタンスがいずれ露見することを暗示している。老ペルジッケは酒に溺れ、息子たちにも見放される。エッシェリヒの捜査は続き、次第にクヴァンゲル夫妻は追い詰められるが、いくつかの偶然によって追及を免れる。しかし幸運は続かない。ついに二人が葉書を書いていたことは発覚し、ゲシュタポに逮捕される。
 最後の第四部では主に逮捕後の二人の運命が語られる。彼らを担当するラウプ警部の尋問と取り調べは執拗をきわめ、トルーデルやアンナの弟のウルリヒら、無関係の知り合いも蜘蛛の巣に絡め取られるように連座して逮捕される。このあたりの尋問のリアリズムには背筋が寒くなる。さらに彼らが収監された留置所の状況、さまざまな手段を介してなされる迫害や拷問も生々しい。卑劣で苛烈な取り調べに対して、夫妻はともに毅然として臨みながらも、一方でうっかり口を滑らしたため自らを母と恃むトルーデルまでを巻き込んだことに対してアンナは苦悩する。そして実際にトルーデルをはじめ、巻き込まれた者たちも不条理で悲惨な運命をたどることになる。裁判長はもちろん弁護士までが検事役をかってでる裁判に正義が存在するはずはない。法廷で性的な嫌がらせの質問を受けたアンナは突撃隊や親衛隊がユダヤ人女性に性的暴行を加えたことを糾弾し、法廷に混乱を引き起こす。彼らの最期についてはここでは触れないでおこう。そこに救いはないが、一抹の光明も感じられるのは、彼らが最後まで暴力の時代に対して屈することなく、互いを信じ合っていたからであろうか。
 本書は暴力の時代には安易なヒューマニズムが通用しないことを明確に語っている。そしてふだんであればごく普通の、善意に満ちた人々が、暴力の時代にあってはたやすく密告者となり、通報者となり、迫害者となることが暗示されている。ナチス・ドイツとスターリン治下のソビエト、時代と場所こそ異なるが、「万物は流転する。あらゆる人間は密告する」という「人生と運命」中の箴言も思い起こされよう。作家がどの程度意識的に人物造形を試みたかはわからないが、ここに登場する人物の多くは戯画的なまでに卑俗で低劣だ。ペルジッケをはじめとするプラル大将やルッシュ警部、ファイスラー裁判長、ピンシャー検事(ピンシャーとはうるさく吠え立てる犬の種類、この検事には固有名詞さえ与えられていない)など、権力の側に立つ者は多く傲慢で他者への想像力を欠いている。(この点でエッシェリヒの存在は興味深い)一方、バルクハウゼンとエンノをはじめ、密告の常習者ミレック、夫のいる家で客をとるバルクハウゼンの妻オッティら、抑圧される側の人間にも共感する余地はない。あるいはトルーデルとともに共産党活動を行ったグリゴライトやベビーといった「革命家」も単なるエゴイストにすぎないことは読み進むうちに了解される。彼らに対して、権力も富も理想ももたぬクヴァンゲル夫妻こそが真に畏怖すべき存在である。二人は息子の死を介して、自分たちが生きる時代が不正義であることを見抜き、二人だけの抵抗を続ける。当事者であるアンナさえ「ちょっと小さいんじゃない」と批判するほどのレジスタンス、政権批判を記した葉書を人目に触れる場所に放置するというささやかな行為が死を招くという事態にファシズムと秘密警察という暴力装置が結びつく恐怖が浮かび上がる。この小説から明らかなとおり、ヒトラーのファシズムは、ユダヤ人たちへの迫害と体制に順わぬ者への弾圧をいわば車の両輪として押し進められた。しかしこれは別の世界の話だろうか。在日コリアンにヘイトスピーチが浴びせかけられ、沖縄では基地移設に反対する人々が公権力によって暴行を受けている現在の日本とここに描かれた情景の間に私は積極的な差異を見出すことはできないように感じる。そして人々が弱者への憎しみを公然と語り、国家が不気味な力を帯びる状況が、現在の政権の誕生とともに、ごく短い期間に成立したことを私たちは記憶しておくべきだろう。
 本書には時代に迎合することのない何人かの登場人物も存在する。ローゼンタール夫人を匿い、収監されたクヴァンゲル夫妻にある目的をもって面会を求める元判事のフロム、刑務所の中で希望のない囚人たちを励まし、時にメッセンジャーの役割を果たす牧師のローレンツ、そして絶望的な獄中の中に規則正しい生活と文化的な嗜みを持ち込み、同房のオットーに穏やかな感化を与えるライヒハルト博士。彼らの存在は本書を読むうえで一つの救いである。そして主たる物語が終えられた後、エピローグ的に付された一つの挿話、象徴的な意味において息子を失った母と父親を失った息子が農場で自分たちの播いた種を収穫するという明らかに聖書を連想させるエピソードはかろうじて未来への希望をつないでいる。とはいえ小説の中で語られた多くの悲劇は忘れられるべきではない。暴力が支配する時代には善き人々さえも善き人生を全うすることができないのだ。オットーは自分が撒いた300枚近い葉書と手紙のうち、わずか18通を除いて、ゲシュタポに「自発的に」届けられていたことを知り、激しく動揺する。クヴェンゲル夫妻のごときごく普通の市民が不正義に気づき、ささやかな抵抗を始める一方で、多くの者はかかる不正義を見ぬふりをして告発や密告に勤しむ。本書に登場するみじめな人間たちは一つの時代を象徴している。人は知らず知らずのうちに時代の悪に染まり、それを内面化していくのだ。
 先にも記したとおり、今日、在日コリアンの存在さえも否定する悪質な示威行動が公然と行われ、書店の店頭には隣国を蔑み、自国を美化する無内容な書籍が山積みされている。先ほど、私たちはISISに人質として捕らえられていた男性が殺害されたという報に接したばかりであるが、この事件に対しても、人質殺害の直接の原因となった首相の中東訪問の際のふるまいについて批判する報道は私の知る限りほとんどなく、インターネット上では人質となった者の「自己責任」を問う既視感にあふれた光景が広がっている。もはや私たちの国では、人が人種による差別を受けず、国家はその責任において自国民を保護するという民主国家の常識さえも通用しなくなっている。1938年11月、ドイツ各地で反ユダヤ主義の暴動が発生し、ユダヤ人商店の破壊されたショーウインドウのガラスが月明かりの中で水晶のごとくきらめいた。いわゆる「水晶の夜」だ。そして本書で語られる物語、全体主義の恐怖が人々を支配する世界はそのわずか二年後の情景なのだ。繰り返されるヘイトスピーチは私たちにとっての「水晶の夜」ではないか。好戦的で愚かな指導者、政治への絶望、疲弊する経済。現在の私たちを取り巻く状況とここに描かれた時代の相似は不気味このうえない。二年後、ここに描かれた世界が到来することに抗うためにも、本書はまさに今、日本語とされるべき物語であり、多くの人々に読まれるべき書物である。
by gravity97 | 2015-01-25 19:53 | 海外文学 | Comments(0)

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 私の場合、未知の作家の小説をいきなり読むことは比較的珍しい。今回取り上げるのはそのような珍しい例だ。今年の夏に岩波文庫に収録されるまで、「ラデツキー行進曲」という作品はもちろん、作者のヨーゼフ・ロートについても全く知らなかった。今年は第一次世界大戦勃発から100年という。かかるサントネールにあたって、「サラエヴォでの皇太子暗殺を一つのクライマックスとする小説」という言葉に引かれたことが一つ、ユダヤ系オーストリア人という出自をもち、ナチス・ドイツが台頭する時世に作家として活動したというロートの経歴に関心を抱いたことが一つ。読み終えてみるとトロッタ一族、三代にわたる端正な歴史小説であり、いろいろと思いをめぐらす契機となった。
 この小説に国籍を求めることは難しい。今述べたとおり、作者のロートはユダヤ系オーストリア人であるが、解説によればこの作品はベルリンの酒場でドイツ語によって書かれた。ロートはオーストリア=ハンガリー二重帝国の東端のユダヤ人の町に生まれ、帝都ウィーンで学び、ベルリンでジャーナリストとして活躍した後、ナチスに追われ、パリで没した。もしオーストリア国籍の取得が少しでも遅れていたら、彼は多くのユダヤ人とともに殺されていたかもしれない。実際にロートの最初の妻は強制収容所のガス室で殺害されている。日本人は国籍と民族、言語が一致することを自明と考えがちである。このような理解は鎖国を続けた島国という特殊な社会とトポスの結果にすぎないとはいえ、ユダヤ人としての出自をもち、オーストリアの国籍を「獲得」し、ドイツ語を用いるロートのごとき存在、「放浪のユダヤ人作家」の境遇を理解することは私たちにとって相当に難しい。オーストリア生まれの作家としてはヘルマン・ブロッホとロベルト・ムージルが思い浮かぶが、この二人は「ドイツの作家」というイメージが強く、実際このように記すにあたって、私はあらためて二人の出生地を確認する必要があった。国家が比較的強いアイデンティティーをもった西欧と比して、中欧と東欧の作家は「国民作家」というアイデンティティーを獲得しにくいように思われる。かつて私は仕事でウィーンを訪れ、郊外をドライブしたことがある。少し走ったたけで「ハンガリーまでXマイル」といった標識を見つけ、これほどの近距離に所在する国が冷戦下では別々の体制として成立していたという事実にあらためて驚いたことを覚えている。実際にこの物語はオーストリア=ハンガリー二重帝国の瓦解、ハプスブルグ朝の没落を潜在的な主題としており、巻頭に掲載された旧オーストリア=ハンガリー帝国の地図が示すチェコ、オーストリアからボスニア、ルーマニアそしてウクライナを含む広大な版図を見るならば、民族主義、国家主義の高揚が第一次世界大戦の引き金となったことはたやすく了解される。
 前口上が長くなった。小説の内容について述べることにしよう。最初に述べたとおり、この長編はトロッタ家の三代の物語である。祖父のジポーリエはソルフェリーノの戦いで皇帝を狙った銃撃を身代わりに受けて負傷し、マリア・テレージア勲章と貴族の称号を与えられ、トロッタ一族の礎をかたちづくった。しかし「ソルフェリーノの英雄」は物語の最初の章で早々に退場する。彼の息子、フォン・トロッタ=ジポーリエは父親から職業軍人となることを禁じられ、(現在はチェコに位置する)メーレンという土地の郡長を務める。フォン・トロッタは物語の中ではしばしば固有名詞ではなく、「郡長」と記述され、彼の息子、本編の主人公がカール・ヨーゼフ・フォン・トロッタがカール・ヨーゼフもしくはトロッタ少尉と記述されることと対比を示している。私はドイツ語における親称や尊称の表記については全く知識をもたないが、このあたりの書きぶり、つまり「テクスト的現実」は『ボヴァリー夫人論』の著者であれば興味を抱くかもしれない。騎兵幼年学校に入学して、軍人としての道を歩み始めたカール・ヨーゼフは祖父のごとき英雄の資質を欠いていた。帰省した折には父親の郡長を警護する警備隊員の若い妻に誘惑され、不倫関係の果てに妊娠した妻は難産で急死する。所属する部隊ではユダヤ人軍医と親密な関係を築いていたが、彼の妻を深夜に自宅までエスコートするという不注意なふるまいの結果、侮辱を受けた軍医は決闘に赴いて命を落とす。(解説によると、オーストリア文学には「若き将校と人妻の許されざる恋」という伝統があるとのことだが、本当だろうか)この事件の責任をとって、カール・ヨーゼフは帝国の辺境、ロシアとの国境地帯の狙撃部隊に転属となった。絢爛たるハプスブルグの首都ウィーン、そしてカール・ヨーゼフが勤務する辺境。この小説では両者の対比も重要な主題となっている。「君主国の北東部、オーストリアとロシアとの間の国境は、そのころ最も奇妙な地域の一つだった。(中略)というのも彼らは世界から遠く離れて、東と西のはざまに、夜と昼のはざまに挟まれて暮らしていたからであり、彼ら自身、夜が生み落とし、昼間に徘徊する一種の生きた幽霊だったからである」辺境という主題を得るならば、直ちにフォークナーから井上光晴にいたる一連の小説を連想することができようし、辺境と首都の対比はそのまま地方と東京、現在の日本を見る思いだ。
 辺境にも不吉な影が落ちる。将校たちが投宿するホテルの支配人プロートニッツァーはカジノを開設し、多くの将校たちが賭博に耽溺することとなる。カジノで多くの借金を作った親友のヴァーグナー大尉は国境の森で自殺し、この地で権勢を誇るホイツキニ伯爵の知人、フォン・タウスィヒ夫人と次第に深い仲となったカール・ヨーゼフもウィーンでの密会のたびに散財を繰り返し、多くの借金を負う。剛毛工場ではストライキが頻発し、ストライキを組織した労働者たちと対峙した軍隊の発砲で死者が出る。満たされぬ恋、多くの借金、そして事件の責任に懊悩するカール・ヨーゼフは軍隊を辞めることを決意し、父親である「郡長」に手紙を送る。長らく仕えていた召使のジャックが没した後、代わりとなるべき従僕を見つけることができないまま不遇の時を過ごす郡長は息子の変心にうちのめされる。いくつものエピソードが絡み合いながら進行する様子はドストエフスキーでもよい、バルザックでもよい、一昔前の大文字の「小説」でおなじみであり、それゆえこの小説にもクライマックスが存在する。それは竜騎兵連隊の創立百周年事業(ここでもサントネールだ)が華やかに挙行されている最中の出来事である。激しい雷雨が人々を襲い、時を同じくして一つの不吉な知らせがもたらせる。伝令から連隊長に渡された手紙には「帝位継承者、噂によれば、サラエヴォで殺害される」と記されていた。オーストリア=ハンガリー二重帝国の解体を告げる第一次世界大戦の幕開けであった。戦闘は直ちに拡大する。終盤において二人の登場人物の死が語られる。一度は軍隊を辞しながらも、開戦とともに再び軍服を着たカール・ヨーゼフは前線でバケツに水を満たしている時に銃撃され、英雄とはかけ離れた死を迎える。そして息子の死を知った郡長もまた、深い嘆きとともに「ソルフェリーノの英雄」の肖像画を前に事切れるのである。いくつもの挿話をとおして語られるトロッタ一族の歴史は没落、あるいは斜陽と呼ぶにふさわしく、それはまたハプスブルグの王朝、オーストリア=ハンガリー二重帝国の姿と重ねられている。
この小説にはいくつものダブルが存在する。そもそもオーストリア=ハンガリー二重帝国という名称の中にこのような二重性は暗示されているではないか。直ちに了解される二重性は、いずれも銃撃によって息子が父親より早く殺される二組の親子だ。いうまでもなく郡長とカール・「ヨーゼフ」という本書の二人の主人公に対して、皇帝フランツ・「ヨーゼフ」とサラエヴォで暗殺された皇太子が重ねられる。単に相似するばかりではない。実際に郡長は息子の名誉を回復するために皇帝に謁見し、皇帝の支持を得る。この箇所も本書の一つのクライマックスを形成している。サラエヴォ事件が帝国の没落、そして最初の世界大戦の契機となったことは知られているとおりであり、カール・ヨーゼフの死もトロッタ一族の没落を暗示している。さらにもう一つのダブルはこの小説で描かれている時代とこの小説が執筆された時代のそれだ。先にも述べたとおり、「ラデツキー行進曲」は第一次世界大戦の前夜を舞台としているが、実際にこの小説が執筆されたのは第二次世界大戦の前夜、1932年である。1929年の大恐慌を受けて、失業と破産が相次ぐドイツにあって、この年の総選挙でナチスは第一党となり、翌年の政権奪取に向けて時代が大きな転機を迎える。ユダヤ系オーストリア人であったロートにとって、このような情勢が何を意味したかは明らかだ。本書は第二次大戦の予兆の中で第一次大戦の勃発をめぐる状況を描いた小説といえるかもしれない。本書にはロート自身によって書かれたまえがきが収録されている。やや長くなるが冒頭と最後を引用する。「歴史の残酷な意志が私の古き祖国、オーストリア=ハンガリー君主国を打ち砕いたのです。私はこの祖国を愛していました。私は愛国者であると同時に世界市民であることを、オーストリアの全ての民族の中で、オーストリア人でありドイツ人であることを許してくれたこの祖国を愛していたのです。私はこの祖国の美徳と長所を愛していました。そして祖国が滅び、失われてしまった今もなお、この祖国の欠点や弱点を愛しています。この祖国はこうした欠点や弱点をたくさんもっておりました。この祖国は自らの死をもってそうしたものを償ったのです。(中略)諸民族は消え去り、諸帝国も吹き消されていきます。消え去り、吹き消されていくものから、記憶に値するものを、そして同時に人間的―特徴的なものをしっかり記録に留めることが、作家たる者の義務なのです。作家は盲目的かつ軽率に見える歴史が見捨てる個人的な諸々の運命を一つ一つ拾い上げるという、崇高にして謙虚な使命を担っているのです」1932年、ユダヤ系オーストリア人のロートによってしか到達しえなかった見事な認識ではなかろうか。中盤から帝国の辺境に舞台を転ずるこの小説には多くの民族が登場する。スロヴァキアからルーマニア、ウクライナにいたる土地に居住する民族が一つの帝国の中に受容されたという事実は記憶されるべきであろう。民族主義の高まりの中でかかる理想は否定され、皇位継承者の暗殺という悲劇を生んだ。そして先に述べたとおり、まさにこの小説が執筆されていた時代にはありえた「オーストリア人でありドイツ人であること」、つまり世界市民という理念はナチスの台頭によって無残にも消滅する。そしてユダヤ人であるロートにとって、民族主義と優生思想が結合したナチズムは端的に自らの生命をも脅かす恐怖としてその生涯に暗い影を投げかけることとなったのだ。本書は第一次大戦と第二次大戦の戦間期を生き、ファシズムと共産主義のはざまの土地に置かれた者によってしか描くことのできないテーマを扱っている。私たちはロートが「祖国」と読んだ世界帝国の瓦解からホロコーストの地獄まで、つまりこの小説が描いた時代とこの小説が執筆された時代がわずか四半世紀ほどしか離れていないことに思いをめぐらすべきではなかろうか。時代は私たちが考えるよりはるかに早く荒廃するのだ。今日の日本においても。多くの戦死者という代償を払ってようやく私たちが獲得したいくつかの原理を為政者たちは姑息な手段によっていともたやすく破壊した。その一方、戦争に向けての法整備は着々と進められている。私たちは2014年という年をいかなるメルクマールとして振り返ることになるだろうか。奇しくも衆議院選挙を一週間後に控えてこのレヴューをアップする今日はかつて日本が米英に開戦を宣告した日でもある。1914年、サラエヴォのカール・ヨーゼフ、1932年、ベルリンのヨーゼル・ロート、そして2014年の私たち、これらの場所はさほど離れていはいないのではなかろうか。
by gravity97 | 2014-12-08 21:33 | 海外文学 | Comments(0)

ホセ・ドノソ『別荘』

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 待望久しいホセ・ドノソの「別荘」がついに翻訳された。一読して圧倒される。まぎれもない傑作であり、ラテンアメリカ文学の奥深さを思い知る。ただし本書のレヴューは決して容易ではない。
 ドノソといえば短編を中心に既に何冊か訳出されており、「隣りの庭」についてはこのブログでも論じた。主著と呼ぶべき「夜のみだらな鳥」は「集英社版世界の文学」の一冊として1976年に刊行されているが現在は絶版で、近いうちに水声社から復刊されるらしい。もちろん私は「夜のみだらな鳥」も読んでいる。相当に難解な小説であったが、オブセッシヴでグロテスクなイメージの横溢に陶然としたことを覚えている。ずいぶん前に読んだこともあって記憶が薄れ、今回本書とうまく比較できないことは残念だ。「夜のみだらな鳥」についてルイス・ブニュエルは次のように評しているという。「これは傑作である。…その凶暴な雰囲気、執拗きわまりない反復、作中人物の変身、純粋にシュルレアリスティックな物語の構造、不合理な観念連合、想像力の限りない自由、何が善であり悪であり、また何が美であり醜であるかについての原則の侮辱的な無視に私は度肝をぬかれた」この評はかなりの程度、「別荘」にもあてはまる。いずれの小説もチリのブルジョア階級の無残な頽落を主題としており、語られる物語はシュルレアリスムやゴシックロマンと共通性をもつ。この小説が一つの寓話であると断定することはたやすい。しかしその寓意について語ることは困難を伴う。巻末に本書が執筆された場所と時期が記されている。それによると執筆の開始は「カラセイテ、1973年9月18日」。カラセイテはドノソが愛したスペインの小村。問題は日付だ。1973年9月18日、その一週間前にチリではもう一つの9・11が発生した。この日、ピノチェットによる武力クーデターによってアジェンデ政権が倒された。この経緯を小説の中に織り込んだイザベル・アジェンデの傑作「精霊たちの家」については既にこのブログでレヴューした。ピノチェットのクーデターの一週間後に執筆が開始されたことは、本書がこの事件を反映していることを暗示している。しかし執筆に6年を擁したこの小説の寓意を読み解くことは決して容易ではない。ここでは内容にも立ち入りながら本書を論じるが、私が読み解いた内容が正しいという保証はない。というのも「夜のみだらな鳥」と同様に、この小説においても何が真実かを見極めることはきわめて困難であり、私が論じるのは読解の一つの可能性に過ぎないからだ。
 この小説の舞台と登場人物はきわめて限定されている。おおいにチリを連想させる国のマルランダという土地が舞台であり、登場するのは別荘の大きな屋敷に住むベントゥーラ一族、彼らに傅(かしず)く使用人たちの一団、そして土地の周辺に住む「原住民たち」、さらに物語の中に明確には登場しないが、その脅威が語られる「人食い人種たち」だ。ベントゥーラ一族は直系の7人の兄弟姉妹と一部に物故者も含む彼らの配偶者、そして彼らの35人の子供たち(ただし2人は既に死亡)から構成される。これらの眷族の一覧が冒頭に掲げられていることは本書を読むうえで大いに助けとなる。ベントゥーラ一族は「首都でダンスとオペラのシーズンが終わると」多くの馬車を仕立てておびただしい家財道具を運び込み、夏の間の三ヶ月、使用人たちともにマルランダの別荘に移り住む。別荘の近郊にはこの一族が所有する金の鉱山があり、「原住民たち」によって採掘、加工され、この別荘に運び込まれる金箔こそがベントゥーラ一族の莫大な富の源泉なのである。別荘の周辺はグラミネアという槍のような穂をもつ獰猛な植物によって覆い尽くされている。マルランダはもともと肥沃な美しい土地であったのだが、簡単に栽培できて食料も飼料にもなり、油も採れるという触れ込みで持ちこまれたグラミネアの種が異常な繁殖力とともにこの地の木々や植物を絶滅に追い込むまでに繁茂し、別荘の周囲を埋め尽くしたのだ。このあたりイヴ・タンギーの絵画を連想させないでもなく、別荘が孤絶していることを暗示している。ある夏、ベントゥーラ家の親たちが退屈しのぎに近くの景勝地へとピクニックに出発することを思い立った時点から物語が起動する。親たちは全ての使用人を引き連れて朝早くピクニックに出かけ、屋敷にはいとこの関係にある33人の子供たちが残される。しかし実は屋敷にはベントゥーラ一族の末娘バルビナの夫であるアドリアノ・ゴマラが狂人として幽閉されていた。伯父や伯母、そして使用人たちの不在を知るや、ゴマラの息子で9歳のウェンセスラオは父の救出を試みる。ただしこの小説は決して因果律に沿って単線的には展開しない。時間も相互の関係も不明の挿話が次々に重なり、しかもその多くが不気味で不吉な暗示を秘めている。例えば第二章ではゴマラの「発狂」とウェンセスラオの妹たちの死をめぐるエピソードが語られるが、それはこの物語全体の通奏低音の一つである人肉食と関わっている。第三章は別荘とグラミネアが繁茂する外界とを隔てる無数の槍をめぐる物語だ。従兄弟たちの一人、マウラは密かにそのうちの何本かを抜き去り、これによってグラミネアは屋敷の内部へと侵入し、この小説のカタストロフィーを予示することとなる。さらに続く章では屋敷の中でいとこ同士の同性間を含めた近親姦を暗示するエピソードが語られる。年長者たちの不在を契機として一つの集団が変容する場面から私はスウィフト/寺山修司の「奴婢訓」を連想した。この演劇は主人の不在を主題としており、グロテスクなイメージの横溢、異形の登場人物など通底する部分も多い。私は「百年の孤独」という作品を上演した寺山がもしドノソの小説を知っていたらどのような反応を示したか興味を抱く。
二部から成るこの小説の第一部「出発」では親と使用人たちが出発した後、ベントゥーラ一族の「別荘」が建築においても人倫においても次第に荒廃していく過程が語られる。いとこたちのある者たちは「侯爵夫人は午後5時に出発した」という奇怪な遊戯に熱中し、ある者たちは淫らな行為にふける。「侯爵夫人は午後5時に出発した」とはアンドレ・ブルトンが「シュルレアリスム第一宣言」において引用しているポール・ヴァレリーの言葉である。この言葉は小説における話者と作中人物の関係に関わっているが、後述するとおり、「別荘」においても実に特異な話者が小説の中に介入する点を考慮するならばなんとも暗示的な遊戯の名前である。第一部の終盤で金箔の管理を任されていた従姉妹の一人、カシルダは近親姦の相手であるファビオ、母エウラリオが一族以外の男との間にもうけた子であるために疎外されているマルビナそしてイヒニアという三人の従兄弟とたちと倉庫から金箔を盗み出して逃亡する。一方、もはや槍の壁で外界と隔てられることのない屋敷の中には原住民たちが入り込み、従兄弟の一人マウラを従えたゴマラによって支配された屋敷の中で狂騒を繰り広げ、一族と交接する。
 「帰還」と題された第二部はタイトルのとおり、ピクニックの後、夕方に家路についたベントゥーラ一族の情景から始まる。途中に小休止するために近くの礼拝堂に寄った親たちはそこでカシルダとファビオ、そしてカシルダが生んだ子を見つける。しかし彼らはそれを玩具の人形として井戸に捨てる。カシルダから別荘の混乱を聞いた親たちは使用人の頭目である執事、そしてフアン・ペレスという若者を別荘の制圧に向かわせる。執事とペレスは火器を携えた使用人たちとともに屋敷に突入し、ゴマラを銃殺するとともに屋敷の中にいた原住民たちを虐殺する。ゴマラが射殺される場面にドノソは大統領府でピノチェットのクーデターに抵抗し、自殺を遂げたアジェンデを重ねたとみる研究者もいるらしいが、確かに一族の中で唯一人間的な感性をもち、それゆえ狂人として幽閉されていたゴマラにアジェンデの影を認めることは不可能ではない。続いて屋敷を制圧した後、ベントゥーラ一族が帰還するまでの間、支配者となった執事の所業が語られるが、ここでも食人というモティーフがあいまいかつ執拗に繰り返される。一方、大虐殺の混乱の中からウェンセスラオ、アラベラ、アマデオ、そしてフアン・ペレスの弟アガピートは別荘の地下にめぐらされていた塩鉱を用いて脱出し、グラミネアが繁茂する荒野へと逃れる。逃避行の途上で死んだ最年少の従兄弟アマデオは死の間際、飢えたウェンセスラオらに自らのからだを食料として供することが自分の運命であると宣言する。荒野を彷徨するウェンセスラオらは帰還途中の親たちと邂逅し、九死に一生を得る。親たちと使用人たちは別荘に帰還するが、襲撃と虐殺、おぞましい習慣の痕跡を残した邸内はすでに廃墟同然となっていた。彼らの前に新たな来訪者が登場する。それはベントゥーラ一族から金鉱や金箔、屋敷を全て買い取ろうとする「外国人たち」であり、すでに一族の長老であるエルモヘネスやシルベストレの手によって首都で売買の交渉が進められていた。金鉱や屋敷の資産価値を実地検分するために訪れた「外国人たち」はベントゥーラ一族に対しても尊大な態度を崩さず、一族は不安に襲われる。さらに別荘に新たな馬車集団が到来する。来訪者が誰であったか、そしてベントゥーラ一族の命運についてここではあえて触れない。ただ、物語の中で幾度となく予告されたカタストロフ、夏の終わり、荒野を埋め尽くすグラミネアの熟し切った穂先から一つ残らず舞い上がった白い綿毛が呼吸さえできないほどに濃密に辺りの空間を埋め尽くすという情景はまことにこの黙示録的な小説の終末にふさわしい。
 ひとまず私はこの錯乱する小説を要約してみた。しかしこのような説明はあまり大きな意味をもたないだろうし、そもそもこの小説に合理的な意味を与えること自体、作品に対する一種の冒瀆であるように感じられる。最初にも述べたとおり、この小説は単線的な構成をとらず、時間も登場人物も物語の流れも幾重にも輻輳し、時に逆行する。かかる錯綜は内容のみならず形式にも及ぶ。それが端的に示されるのは話者の問題だ。この小説においてはベントゥーラ一族をめぐる物語が三人称で語られながら、話者が地の文の中に登場して読者を当惑させる。たとえば頻繁に繰り返される「この章の幕開けにあたって読者にお願いしたいのは」「ここで読者にはお伝えしておくが」「読者には隠しだてする必要はないだろうから、ここで言っておこう」といった表現である。話者はベントゥーラ一族の物語を三人称で語りながら、同時にそれが虚構であることを読者に告げるのだ。それどころではない。「外国人たち」と題された第12章の冒頭において、「別荘」を書き上げて、エージェントの事務所に向かう「私」は途中で登場人物であるシルベストレ・ベントゥーラに出会い、近くのバーへと誘い込まれる。一体これはどういうエピソードなのだろうか。ただし「私」は数ページ進むと次のように記してこの会見をキャンセルする。「もしかするとこのすべては、我々が慣習上『現実』と呼ぶ文学的題材―これに頼れば文学作品は書きやすい―に対し、それを何と呼ぶかはともかく、『現実』の対極に位置する眩惑を選んだ者が抱くノスタルジーの産物にすぎないかもしれない。いずれにせよ、ここで私はこのノスタルジーを振り払い、これまでの物語の基調を取り戻そうと思う」先に私は「隣りの庭」をレヴューした際に、物語の最後にめぐらされたメタ小説的な技巧に触れた。「別荘」でははるかに複雑な形式的技巧が凝らされている。きわめて土俗的、ドメスティックな物語と先端的な叙述法の結合がドノソの小説を特徴づけている。そうでなければかくもグロテスクな物語になぜヴァレリー/ブルトンが引用されるのか。モダニズムとアンチ・モダニズムの結合はラテンアメリカ文学に共通する特質といえようが、本書はその典型といってよかろう。
 主題についても論じるべき問題は多い。まず時間の問題を挙げよう。この小説には実に奇怪な時間が流れている。一族の親たちは朝早くピクニックに出かけ、「いつもと何一つ変わらぬ夕暮れ」に帰途を終えようとしている。したがってここで描かれるのは一日の物語である。しかしながらその間、子供たちが残された別荘でははるかに長い時間が流れているように感じられるのだ。先にも触れたとおり、帰路で寄った礼拝堂で親たちはカシルダとファビオの子を見つけ、人形として井戸に捨てる。二人はともに16歳という設定であるから、年齢的に子供をもうけることは不可能ではない。しかし一日のうちに受胎し出産することはありえない。子供が生まれるのに九ヶ月はかかると問うアデライダに対してフォビオは自分たちが礼拝堂で一年も飢えと恐怖をしのいできたと述べる。これに対してシルベストレの妻、ベレニセは「『侯爵夫人は5時に出発した』では一時間を一年と計算することがよくあるのよ。偽の楽しい時間のほうが、現実世界の退屈な時間より速く過ぎていくのよね」とこのようなずれが遊戯と現実の違いに兆していると説明する。しかしこれに対してカシルダは「あんたたちのハイキングの時間こそ偽の時間だったのよ」と叫ぶのである。真の時間と偽の時間。アレッホ・カルペンティエールの「時との戦い」やボルヘスの一連の著作を引くまでもなく、ラテンアメリカ文学においては時間が主題とされた一群の作品が存在するが、本書も明らかにその系譜に連なる。「執事」と題された第10章にも興味深いエピソードがある。自分のレシピの中に加える人肉食について、いつ頃手配が終わるのかと尋ねる料理長に対して、執事は次のように怒りをぶつける。「この愚か者め、現在にも過去にも未来にも、この別荘には時間の経過など存在しないのだ。ハイキングに出発して以来、時間は止まっている。ご主人様たちが帰還される前に時間が動き出すことなどありえない」そして執事はフアン・ペレスに命じて屋敷の中にある全ての時計やカレンダー、振り子、予定表などを没収させ、さらには昼と夜の違いを消すために鎧戸と窓ガラスに細工し、どの部屋もいつも同じ明るさを保つように命じるのである。ここでは操作可能な対象として時間が描かれている。登場人物によってその進行が一様ではなく、停止や加速が可能な時間、このようなテーマはもはやSF的といってもよかろう。
 反復というテーマも興味深い。ベントゥーラ一族の別荘滞在は毎年正確に反復される。毎年、「密かな羽音を立てて窓から蚊が入り、毛深い脚を見せてゴキブリが姿を見せ始める」時期になると一族は別荘へ移る準備を始め、「グラミネアが実り、プラチナ色の穂が持ち上がって乾いた鞘から綿毛が飛び始める」頃に一族は首都へと帰還する。あるいは使用人たち。彼らはその年ごとにエルモヘネスの妻、リディアによって採用されるのであるが、毎年新しい使用人が採用されるにもかかわらず、いずれも個性を欠いた単なる反復とみなされている。「ベントゥーラ家に仕えた執事は数多いが、皆まったく同じだった。誰もが長い使用人経験で鍛えられた完璧な執事であり、ほとんど機械的に職務をこなしていくだけだったから、その一人ひとりについて、名前や個人的特徴などを覚えている者など一家には誰もいなかった」ベントゥーラ一族には皆名前が与えられ、巻頭の系図表によって相互の関係さえも明示されているのに対して、使用人たちは名前が与えられていない。フアン・ペレスに関しても毎年、異なったフアン・ペレスがいるといった表現があるから、それが固有名ではないことは明らかだ。反復性、匿名性、交換可能性は本書の隠された主題だ。それは使用人たちのみに限らない。例えばカシルダは初潮を迎えたコロンバ(カシルダの双子。双子が交換可能性を暗示していることはいうまでもない)の身代わりとして屋根裏部屋のフォビアのもとに赴く。このエロティックな挿話にも同様の主題は隠されているし、本書のいたるところにちりばめられた対称性のモティーフもこれと関係している。
 それにしても本書において最大の謎は、その寓意性であろう。最初に述べたとおり、本書が寓話であり、クーデターによって民主政権を打倒したピノチェット体制への批判をはらんだ寓意を秘めていると考えることは自然だ。しかし一体何が何の寓意であるかを理解することはきわめて困難である。「赤いもみあげと水っぽい目」として表現される「外国人」たちがピノチェットを支援したアメリカであるとみなすことは不可能ではない。小説の最後に登場する尊大な外国人たちはベントゥーラ一族から金鉱や屋敷を奪い、機械化によって鉱山から原住民たちを「排除」し、さらにこの地からグラミネアを根絶やしにすることすら口にするのだ。ガルシア・マルケスが描いたユナイテッド・フルーツ社のエピソードを連想するまでもなく、ラテンアメリカの作家たちにとって、アメリカそして多国籍企業による収奪はしばしば作品の主題とされた。しかし「別荘」における寓意はあまりにも複雑で単純な読みを許さない。最初に述べたとおり、この小説で描かれた混乱は主人の不在によって引き起こされた。主人の不在とは何を指すのか。あるいは物語の中で執拗に繰り返されるカニバリズムの暗示は現実においては何に対応しているのか。小説で描かれた世界は階級と差別が絶対的に支配する社会である。女婿として一族に加わったゴマラは別荘の庭でアマラント色の制服を着た男が同じ場所にいつも佇んでいることを奇異に思い、理由を問う。それに対して一族はコローの風景画のようにあの色を配すことによって風景が引き立つのだと説明する。人を人と見ない非人間的な感性にゴマラは驚き、一族に金鉱をもたらす原住民たちが置かれた劣悪な衛生環境の改善も図るのであるが、それによって逆に人食いの習慣に触れて気が触れたとして、一族によって幽閉されることとなる。原住民たちを徹底的に忌避し、差別し、収奪するベントゥーラ一族、そしてかくもおぞましい差別体系によって成り立つ社会とは何の暗喩であろうか。成立の過程を勘案してもおそらく本書は多くの解釈を呼び込むだろう。あとがきによれば著者ドノソは本書について「純粋に物語として受け入れてくれればそれでいい」と述べているとのことであるが、私には本書は単なる物語として読むにはあまりにも不吉な暗示に富んでいるように感じられる。「夜のみだらな鳥」を読んだ際に感じた熱病の中で見る悪夢のごとき不安は本書においても生々しくよみがえる。いや、もはや現実は悪夢と等価なのだ。
by gravity97 | 2014-08-31 22:40 | 海外文学 | Comments(0)

b0138838_1124527.jpg このブログでオースターについて触れるのは三回目となる。最初にレヴューした際には「新刊が翻訳されるたびに買い求め、一度も裏切られたことがない」と記したが、実は『オラクル・ナイト』の後、『ブルックリン・フォリーズ』と『写字室の旅』の二冊を読み落としていたからこの言葉は撤回しよう。2007年に原著が刊行され、このほど翻訳が出た『闇の中の男』に目を通す。久しぶりとはいえ、いつもながらオースターを読む体験は快い。
 ブログで応接した「幻影の書」と「オラクル・ナイト」も楽しめたが、オースターの小説としてはいずれも話がいささか込み入り過ぎた印象があった。特に後者においてはオースターが得意とする劇中劇ならぬ小説内小説があまりにも錯綜していた気がする。『闇の中の男』もまた小説の中で別の小説が語られる。しかし次に述べるとおり、物語相互の審級は容易に区別されて、説話の構造は比較的単純だ。そしてこの小説にはオースターの新しい境地が認められる。「エレガントな前衛」という呼び名のとおり、これまでオースターの小説の多くはニューヨークが舞台であっても強い寓意性と抽象性を帯びていた。しかしこの小説においてオースターは現実の事件と深く切り結ぶ。発表の時期を考えるならば、それが9・11、同時多発テロやイラク戦争であることに不思議はない。本書がオースターの小説としては珍しく不穏さや暴力性を秘めていることはこの点と関わっているだろう。今回も多少内容にも立ち入りながら論じる。
 物語はタイトルどおり「闇の中の男」のイメージから始まる。闇の中で不眠に苦しむ男。家の中には娘と孫娘がいると記され、それぞれの年齢も記されているから、この男が年配であることも理解される。娘のミリアムは5年にわたって独り身で、孫娘のカーチャは最近タイタスという夫を失い、壊れた心を抱えていることが冒頭で語られる。これまでオースターのいくつかの小説に認められた父と子という主題に代わって、本書では父と娘、そして孫娘の関係が物語の一つの軸を形作っている。ここでは主人公の男に名前が与えられず、タイトルが定冠詞や不定冠詞を伴わぬ Man in the Dark である点にも注意を喚起しておこう。いうまでもなくこれは闇の中の男が固有名をもつ誰かではなく、端的に人類を象徴していることを意味している。無明の中にある人類。闇の中の男は自分に向かって物語を語り始める。(正確に述べるならば、闇の中の男は男をめぐる物語ではなく、男が語る物語によって小説の中盤で名前を与えられる。オースターらしい技巧だ)冒頭で読者は次のような言葉に出会う。「私は男を穴の中に入れた。これは悪くない出だしに思えた。話を動かしはじめる上で、有望な設定ではあるまいか」このパッセージを見落とさなければ、物語の構造を理解することは容易だ。すなわち物語の中で語られる物語は、眠れない男が闇の中で紡ぐ「穴の中の男」の物語であり、実際にこの数行後で、穴の中に横たわって雲のない夜空を見上げる男の物語が始められる。男の名はオーエン・ブリック、男は自分がクイーンズに住み、手品を生業とする30歳の男であること、フローラという女性と結婚していることも知っている。しかしブリックが穴の中に佇む世界は私たちが知り、彼もまたなじんできた世界とは異なっている。ブリックは直ちにニューヨーク郊外を舞台とする内戦の中に巻き込まれ、トーバック軍曹なる上官から「戦争を所有している男」を殺害することを命じられる。ブリックはこの世界の中でもうひとつの歴史と出会う。ブリックが生きるのは2007年の世界であるが、そこでは世界貿易センターが破壊された同時多発テロは存在せず、イラクではなくアメリカ国内を戦場として戦闘が続けられている。ブリックは独立州連合の側に加わり、彼らの敵、連邦軍の大統領の名はジョージ・W・ブッシュ。この小説の中に凶々しく書きつけられる唯一の固有名、かつての合衆国大統領の名はブッシュ・ジュニアに対するオースターの強い反感を暗示している。あとがきによればオースターにとって9・11以上に、その前年、共和党が勝利を「盗んだ」大統領選への憤りがこの小説の出発点にあったという。一つのカタストロフィーに対する考えうる限り最も愚かな対応、この点で二人の二世政治家、ブッシュ・ジュニアと現在の日本の首相もまたみごとな相似形を描いていることも指摘しておきたい。
 小説に戻ろう。これ以降、物語は「私」と「男」の間を往還する。二つの世界を往還する物語の形式は今日さほど珍しいものではない。それどころかエリクソンから村上春樹まで、私のお気に入りの作家がよく用いる手法だ。「闇の中の男」、名をもたない男は孫娘と毎日映画を観て、感想を話し合う。オースターと映画との親和はこれまでも指摘され、「幻影の書」では失われたフィルムが小説の主題になっていたことは既に論じたとおりだ。本書においても「大いなる幻影」「自転車泥棒」「大樹のうた」、そしてとりわけ「東京物語」について二人は語り合う。最初の三本を立て続けに見た後、カーチャは映画について鋭い洞察を加える。「人間の感情を表現する手段としての、命なき事物たち。それが映画の言語なのよ。そのやり方を理解しているのはすぐれた監督だけだけど、ルノワール、デシーカ、レイとなったら最高の三人だものね」彼女はこれらの映画に登場するシーツや洗い物の皿、ヘアピンがいかに映画の言語として魅力的であるかを語る。命なき事物たちの語り、例えば「ムーン・パレス」における伯父の蔵書、「偶然の音楽」における石の壁。私は同様の原理がいくつかのオースターの小説にも用いられていることに気づく。カーチャの洞察は一個の小説論としても成立しうるだろう。そして二人が映画を観ることにはもう一つの意味があった。とりわけカーチャにとって映画を観ることは、それによって別の映像を消してしまう意味があったのだ。このことを知った時、私たちは「命なき事物たち」、une nature morte という言葉に込められたもう一つの残酷な含意を理解する。このあたりの構成の巧みさはさすがオースターである。「闇の中の男」の語りは一種の意識の流れであり、彼は孫娘と会話を交わす以外にはほとんど行為することがない。彼は亡くなった妻ソーニャを回想し、第二次世界大戦下でのユダヤ人をめぐるエピソードをたどり、「穴の中の男」の物語を語り続ける。
 穴の中の男、オーエン・ブリックは軍曹の指示に従って内戦下のアメリカをウェリントンという街に向かう。破壊された街の中でブリックはモリーというウエイトレスやハイスクール時代の憧れの女の子、ヴァージニア・プレーンと出会う。オーエンがたどる奇妙な道行きはオースターの小説を読み慣れた者にとってはおなじみだ。ところで私は最近のアメリカ映画にこの小説と似た構造がしばしば認められことに興味をもった。例えばアルフォンソ・キュアロンの「トゥモロー・ワールド」(2006)あるいはマーク・フォスターの「ワールド・ウォーZ」(2013)、ほかにもいくつも例を挙げることができるが、これらのフィルムに共通する特質は、一つには近未来における内戦状況が描かれていること、そして登場人物たちは突然このような状況に投げ込まれ、物語の背景というか状況の説明がほとんどなされないことである。今世紀に入ってこのような内容のフィルムが次々に発表された理由は明らかだ。何の理由もなく、突然に内戦状態に巻き込まれる経験、それは明らかに9・11の同時多発テロの暗喩だ。かつては戦争には原因があり、宣戦通告があり、戦場と銃後があった。しかし今日の戦争は日常と戦時、兵士と市民、戦地と都市が地続きの中で継起するのだ。それは2001年のニューヨークだけではない。イラク、アフガニスタン、パキスタン、同時多発テロをさらに徹底するかのようにこれらの国においてアメリカ軍が理由のない、宣戦布告のない、見境のない戦争を続け、9・11をはるかに超える市民と兵士の死者が発生していることを私たちは知っている。映画に戻るならば、ビンラディン暗殺を扱った「ゼロ・ダーク・サーティー」にこのような状況が描かれていることはこのブログでも論じたとおりだ。したがってこの小説は同時多発テロを起源としており、物語の中でブリックがモリーに「9月11日」、「世界貿易センター」といった言葉から何を連想するかを問うことは必然的といえよう。私たちは同時多発テロを主題としていくつかの小説が執筆されたことを知っており、そのうちの一つ、ドン・デリーロの「墜ちてゆく男」(「闇の中の男」と「墜ちてゆく男」は韻を踏むかのようだ)という優れた小説についてはすでにこのブログでレヴューした。オースターは同時多発テロの存在しなかった世界を描くことによって、逆説的に暴力に支配された世界を浮き彫りにする。ブリックの物語の最後にオースターは次のような言葉を書き付けているが、それは9・11以後の私たちの世界を象徴するかのようではないか。「戦争の物語。一瞬でも気を緩めたら、それらはすかさず押し寄せてくる、ひとつまたひとつまたひとつ…」
 ブリックの物語は暴力的に、かなり唐突に終わる。むしろ断ち切られるという印象だ。そしてこの小説は形式のみならず内容自体も二重化されており、ブリックをめぐる物語の結末は小説の最後で繰り返されることとなる。それはすかさず押し寄せてくる戦争の物語だ。オースターの小説でこれほどまでに戦争と暴力が前景化された例はない。おそらく9・11とそれへの報復としての同時多発テロ同様に正義のないイラクやアフガニスタンへの侵攻を経て、世界は変わってしまった。アウシュビッツの後で詩を書くことが野蛮であるように、2001年を経過したオースターはこのような小説しか書けなかったのであろう。今引いた言葉が発せられる直前で闇の中の男は次のように自問する。「そう終わるしかないのか、イエス、おそらくはイエス、これほど残酷でない結末を考えることは難しくはないが。でも何の意味がある? 私の今夜のテーマは戦争だ。戦争がこの家に入ってきたいま、衝撃を和らげたりしたらタイタスとカーチャへの侮辱だと思う」この問いが作者オースター自身に共有されていることに疑いの余地はない。この意味で本書はポスト9・11をテーマとした最良の表現の一つといえるだろう。
 そしてこの小説には救いがある。ブリックの物語が終わった後、新しい物語が始まる。闇の中の男はやはり眠れずにいる孫娘カーチャをベッドの中に招き入れて、今度は亡き妻、ソーニャの思い出を語る。老人と孫娘の対話としてつづられる二人のなれそめ、諍いと和解の物語は戦争と暴力とは対極の営みがこの世に存在することを静かに表明する。21世紀という「戦争が家に入ってくる時代」を生きる私たちにとって、それはささやかな物語である。しかしこの物語がカーチャを癒し、最後の場面の希望を導いたことも明らかである。この時代にあっても物語は闇の中の光となりうる。物語によって闇を照らす存在、闇の中の男とは私たちにこの物語を届けたオースターのことかもしれない。
by gravity97 | 2014-06-09 11:35 | 海外文学 | Comments(0)

b0138838_14444224.jpg 先日、ガルシア・マルケスの訃報が届いた。87歳というから天寿を全うしたといえなくもないが、20世紀文学の巨人がもはや筆を執ることがないことは惜しまれる。さいわいマルケスに関しては数年前に新潮社から全集が刊行され、このブログでもレヴューした自伝『生きて、語り伝える』も日本語で読むことができる。(ただしこの自伝で扱われる時期はヨーロッパ滞在の直前、「百年の孤独」が出版されるはるか以前である。果たして続編は執筆されていたのであろうか)また先日、書店で新刊としてマルケスの講演録が刊行されているのを見かけたから、日本でもこの作家の全体像に触れることは比較的容易である。ガルシア・マルケスとラテンアメリカ文学のもう一人の巨人、マリオ・バルガス=リョサ(本書ではジョサと表記されているが、邦訳の多くでリョサと表記され、このブログでもリョサと表記してきたため、これを踏襲する)の間で交わされた1967年の二つの対話をメインに、リョサによるマルケス論、リョサへのインタヴューといったやや雑多な四編のテクストを寄せ集めて、偶然にもマルケスが没する直前に刊行された本書は短いものであるが、それなりに興味深い内容だ。
 本書の中心をなすマルケスとリョサの対談が実現した経緯については冒頭に説明がある。それによれば1967年9月、ペルーの国立工科大学が傑作『百年の孤独』を刊行した直後のコロンビアの作家ガルシア・マルケスをリマに招待した。ちょうど同じ時期にやはりラテンアメリカ文学屈指の名作『緑の家』を刊行してまもない(『緑の家』は1966年発行)ペルーの作家、リョサも休暇のためにリマに滞在していた。この機を逃さず国立工科大学は二人の対話を計画した。対話は9月5日、マルケスをゲスト、リョサを聞き手とする公開質問のかたちで行われたが、二人は時に攻守を替えて楽しそうに対談を続けた。満員の聴衆を前に実現したこの公開対談は一度では終わらず、二日後に第二部が開かれた。本書に収められた対話が二部に分かれていることはこの理由による。対話の記録は翌年、リマのミジャ・パトレス社から「書籍というよりはパンフレットのようなかたち」で出版されたが、それ以降再版、あるいは他書に収録されたことがなく、現在では完全に幻の書となっていると訳者があとがきに記している。内容に鑑みてもこのような第一級の資料が日本語で読めることはありがたい。
b0138838_1449810.jpg なんといっても1967年という時間が特権的だ。『百年の孤独』が発行されたのがこの年の5月であるから、おそらく大きな反響を読んでいる渦中で催された対話であったはずだ。片や、リョサも「ロムロ・ガジェゴス賞」を受けた『緑の家』を前年に発表していたから二人の作家が今日代表作とみなされる傑作を発表した直後に行われた訳である。この二つの小説は私も個人的に思い入れがある。大学に入って初めてラテンアメリカ文学に触れて大きな衝撃を受けたのであるが、その際、まず続けざまに読んだのがこの二つの小説だったのだ。懐かしい早川良雄デザインの新潮社版を図版として掲げる。マルケスは1927年生まれ、リョサは1936年生まれであるから、マルケスが一回り年長であり、リョサがホスト役を務めたのは当然であろう。二人が会うのはこれが二回目であったが、二人はずいぶん打ち解けた親密さで語り合い、短いテクストながらいくつもの興味深い発言が認められる。先ほど二人の出身国について触れた。二人はラテンアメリカ文学の巨人として認識されているが、必ずしもコロンビアとペルーという地域と結びつけられないだろう。二人の特殊な閲歴がこれと関わっている。すなわちともに国外での生活が長いのだ。マルケスは1955年に新聞社の特派員としてローマに派遣され、その後、パリでも生活した。1961年にはメキシコに渡り、『百年の孤独』はメキシコシティーで執筆された。リョサも1958年よりスペインの大学で学び、卒業後はパリのAFPなどで働き、最終的にペルーに帰国したのは1974年のことであった。パリでマルケスとリョサが同じホテルに滞在していたという有名なエピソードがあるが、あとがきによればこれは事実ではないらしい。しかし二人はこの対話が行われた数年後、バルセロナに滞在して家族を含めて親交があった。この点については後で触れるとして、ここでは二人がそれぞれの代表作をいわば流謫の地で執筆したことに注意を喚起しておきたい。『百年の孤独』といい『緑の家』といい、私たちはラテンアメリカの世界を濃厚に反映した作品として理解しているが、いずれも主要な部分はメキシコとフランスという異国の地で書き継がれた。この点は対話の中で否定的に論じられるボルヘスと比較する時、興味深い。英語の教育を受け、ジュネーブで学んだアルゼンチン生まれのボルヘスもまた外国の滞在が長く、コスモポリタンとして知られる。しかしボルヘスの作品は徹底的に無国籍的、抽象的、人工的だ。マルケスは次のように述べる。「私にとってボルヘスは逃避の文学です。私はかつても今もボルヘスをよく読みますが、まったく好きな作家ではありません。ボルヘスを読むのは、彼が傑出した言語能力を備えているからです」ボルヘスが多用する迷宮、円環、鏡といったモティーフはむしろ古典文学以来のヨーロッパ文学と通底し、高踏的で理知的に過ぎる。ほかのラテンアメリカ文学の傍らに置くとき、ボルヘスの特異性は容易に理解されよう。しかし例えばマルケス、リョサ、フェンテス、カルペンティエール、あるいはコルタサル、これらのラテンアメリカ文学の共通点は何か。リョサの問いに対してマルケスは、多様性こそが共通点であると答える。はぐらかしたような答えであるが、ずいぶんたくさんのラテンアメリカの小説を読んだ者として、私もマルケスに同意する。しかしこのような多様性はラテンアメリカにおいて初めて可能であったのではなかろうか。四番目に収められたリョサへのインタヴューはエレナ・ポニアトウスカというメキシコの女性作家の手により、インティメイトな雰囲気にあふれた魅力的な内容であるが、この中でリョサはペルーアマゾンの民族学調査に随行し、原住民の生活に触れた際の衝撃が『緑の家』を執筆した動機であったと述べている。「ペルー国内の文化的、人種的、歴史的、社会的格差には恐ろしいものがある」密林の中の修道院、砂漠の町、娼館といった全く異なった場所が交錯する『緑の家』の手法はリョサの多くの小説でも取り入れられているが、かかる併置の手法は密林と都会、古代と現代、蒙昧と科学が切れ目なく存在するラテンアメリカというトポスにおいてはきわめてリアルに感じられたであろう。私はこのような発想から、ロバート・ラウシェンバーグの次の言葉を連想した。「私はある区画に40階建のビルがあるかと思えば、その隣に小さな掘っ立て小屋があるといった都会にいることにエキサイトメントを感じたのである。そこには田舎では見出せないような事物の非合理な併存がある。私はちょうどヨーロッパを旅行してきたばかりだが、そこではこのようなものは見出せなかった」ラウシェンバーグの言葉が後にコンバイン絵画として結実することはいうまでもないが、このような異質の併置はラウシェンバーグも指摘するとおり、ヨーロッパではありえない。自然あるいは未開の中に文明が切り貼りされたアメリカ大陸においてのみ可能な発想であったかもしれない。そしてラテンアメリカ文学におけるアングロアメリカ性を考えるにあたって、もう一つの参照項はフォークナーであろう。実際に二人の対談の中でもフォークナーがしばしば言及される。二人は現在のラテンアメリカの作家たちに影響を与えたのは先行するラテンアメリカの作家ではなくフォークナーである点で一致し、フォークナーのおかげで世代が入れ替わったとさえ述べる。マルケスは次のように語る。「フォークナーの作法はラテンアメリカの現実を語るには非常に有効です。(中略)つまり、ラテンアメリカの現実を前にして、これを小説として語ろうとすると、ヨーロッパ作家の手法やスペイン古典文学の手法では歯が立たない訳です。そこにフォークナーが現れて、その現実を語るのにうってつけの手法を見せてくれる。ヨクナパトーファ郡の河岸がカリブ海と繋がっていることを考えれば、実はこれもさほど不思議な話ではないのでしょう。ある意味フォークナーはカリブの作家であり、ラテンアメリカの作家なのかもしれませんね」フォークナーと魔術的リアリズムとは不思議な取り合わせであるが、マルケスとリョサの小説を連想するならば、両者が矛盾なく溶け合っていることはたやすく理解できる。
 先に記したとおり、この対話は1967年に交わされた。この二年後にリョサが執筆したマルケス論が三番目に収録された「アラカタカからマコンドへ」である。67年の対話の中に認められるマルケスへの敬意はこのテクストの中にも明らかであり、初期の作品についても触れながら「百年の孤独」の圧倒的な達成について語られる。最後に収められたリョサのインタヴューも発表の時期は69年であるが、主として63年に発表されたリョサの出世作「都会と犬ども」が話題とされ、会話の中に「『緑の家』はもう完成したの」という問いかけがあることからもわかるとおり、実際のインタヴューは65年に行われている。これらのテクストは60年代後半、ラテンアメリカ文学が世界的に注目を浴び、「ブーム」を引き起こす直前、いわばラテンアメリカ文学の青春の記録として今読んでもみずみずしい。ラテンアメリカは彼ら二人以外にも多くの重要な作家を輩出したが、いわゆるブームの作家たちの中でノーベル文学賞を受賞したのはこの二人だけであり、この点も影響しているのであろうが、とりわけ日本語における紹介という点でマルケスとリョサは双璧といってよい。私もこの二人についてはマルケスについては2004年の「わが悲しき娼婦たちの思い出」、リョサに関しては2006年の「悪い娘の悪戯」にいたるまで邦訳された代表作をこれまでにほぼ読み通している。しかし両者の関係はこの後、不穏な変調をたどる。このあたりの事情を私は「失われた友情」と題された本書のあとがきで初めて知った。
 76年2月というから、この対談からほぼ10年後、メキシコシティーにおけるある映画の試写会の会場で二人は再会する。時期としてはマルケスが独裁者を主題とした傑作『族長の秋』を発表した翌年にあたる。久しぶりの再会に両手を広げて近寄って来たマルケスに対して、リョサはなんと顔面にパンチを浴びせ、倒れたマルケスを残して妻と共に立ち去ったという。彼らの小説の一場面のようなマッチョなエピソードであるが、彼らの仲違いの原因については二人とも口を閉ざしている。あとがきによれば、キューバのカストロに対して常に寛容なマルケスと、批判的なリョサの立場の違い、あるいはマルケスがことさらに装う偽悪的、嘲笑的な態度への反発に起因するのではないかとのことであるが、今日にいたるまで真相は定かではない。以前私はこのブログでホセ・ドノソの『隣りの庭』を取り上げ、ドノソがマルケスとリョサを含む実在の作家たちへの羨望の念を表明していることに触れた。実はある時期、ドノソを含むラテンアメリカの作家たちの多くは『隣りの庭』の舞台となったバルセロナに居住し、マルケスとリョサにいたっては「角を曲がったところ」に住む隣組だったという。1970年の年末、バルセロナのルイス・ゴイティソロ邸で催されたパーティーにはマルケス夫妻、リョサ夫妻、ドノソ夫妻、コルタサルとその恋人が集ったという。まもなくカルロス・フェンテス夫妻もバルセロナに到着しているから、70年代前半のバルセロナにはラテンアメリカ文学の立役者が揃っていたこととなる。当時、マルケスとリョサの関係が良好であったことは多くの証言が残されているから、76年の決裂の原因はいまだに謎といってよかろう。これ以後、両者の関係は修復されることなく、マルケスが没した今となっては、この二人の巨人の晩年の不和はなんとも残念に思われる。なぜならばリョサはまさに1971年という時点で『ガルシア・マルケス 神殺しの物語』というマルケス論を上梓しているのである。本書に収められた「アラカタカからマコンドへ」はこれに先立つ論文であるが、量質ともに「神殺しの物語」はこれをはるかに凌ぐ。しかし76年の決裂の後、この決定的なマルケス論はリョサの全集にこそ収められたが単行本として再刊されることはなく、当然ながら今後、翻訳が認められる可能性もないという。本書によって短いながらも的確なリョサによるマルケス論に親しんだ者であれば、かかる不在はなんとも残念に感じられる。いつの日かこの封印が解かれることを願って、さらにいえばドノソの『別荘』やフェンテスの『われらの大地』といった傑作の呼び声が高い未訳の長編を日本語で読むことができる日が遠からず来ることを願いつつ、ラテンアメリカ文学の一愛読者として筆を擱くこととする。
by gravity97 | 2014-05-25 14:52 | 海外文学 | Comments(0)

b0138838_2254722.jpg このところ、ホセ・ドノソの小説が再び注目を浴びている。先般、水声社から『境界なき土地』が刊行され、同じ出版社から『夜のみだらな鳥』の復刊が予定されているらしい。さらにずいぶん以前より翻訳が進んでいると聞いていた長編『別荘』も近く刊行されると聞く。ドノソというと『夜のみだらな鳥』のイメージが強烈すぎるためか、ラテン・アメリカ文学において最重要の作家の一人でもあるにもかかわらず、これまで十分に紹介されてきたとは言い難い。私も大学の頃に「集英社版世界の文学」の一巻として刊行された『夜のみだらな鳥』を読み、グロテスクなイメージの横溢に幻惑されたことを覚えているが、それ以来ドノソの小説から遠ざかっていた。これを機に再びドノソの再評価が進むと見越して、しばらく前に求めていた『隣りの庭』という長編を読む。この作家、やはりただものではない。
 このブログとしては異例であるが、最初に作者の閲歴についてやや詳しく述べておく。それというのも作家の個人史がこの小説と深く関わっているからだ。ドノソは1924年にチリ、サンティアゴのブルジョアの家庭に生まれた。青少年時にドノソは英語による教育で知られた学校に通い、同級生には外交官である父と共に当時サンティアゴに移住していたカルロス・フェンテスがいたという。20歳を過ぎるとドノソは首都を去り、数年間にわたりパタゴニアからアルゼンチンを放浪する。チリに戻った後は英文学を学び、プリンストン大学からの奨学金を得て、アメリカでも生活を送った。この後、50年代にはチリの大学に職を得て英語を教える一方で小説の創作を始めたが、ブエノスアイレスをはじめとする南米各地に長期滞在を繰り返し、67年にはヨーロッパに渡り、ポルトガルを経てスペインに落ち着くこととなる。この時期、69年にスペインで発表した『夜のみだらな鳥』はチリの名門の一族の呪われた宿命をグロテスクでオブセッションに満ちた文体で描いた悪夢のような小説として衝撃を与えた。この後、ドノソはチリへの帰国を予定していたが、73年、ピノチェットのクーデターが発生し、帰国を断念し、スペインに留まる。アメリカに後押しされたピノチェットの軍事政権のもとで政治家のみならず数多くの文化人、知識人も拷問、殺害され、多数の亡命者が出たことは知られているとおりだ。78年に発表された『別荘』と81年に発表された本書はチリの知識人にとってはトラウマとも呼ぶべきこの事件を、前者においては暗示的に、後者においては明示的に主題化している。実はドノソは80年にチリに一時帰国したらしいが、祖国の状況に失望し、すぐにスペインに戻ったということである。本書が執筆された時期がこの直後であることは興味深い。今ウィキペディア等を参照したところ、ドノソは96年にチリで没している。したがって最晩年を祖国で送ったと考えられるが、どの時点でチリに戻ったかについては今私の手元にある資料ではわからない。
 ラテン・アメリカの文学については以前より不審に感じていたことがある。いわゆるラテン・アメリカ文学といわれる作品の中には確かに蜃気楼の町マコンドの年代記や、密林の中の「緑の家」と呼ばれる娼家を舞台にした物語など、ラテン・アメリカのエキゾチシズムを漂わせた作品が多い。しかしその一方で多くの作品がヨーロッパを舞台にしているのだ。例えばコルタサルの『石蹴り遊び』は「ラ・マーガと会えるだろうか? たいていぼくが出かけてセーヌ通りを行き、コンティ河岸に出るアーチをくぐれば、すぐにも、川面に漂う灰色にくすんだオリーブ色の光の中に彼女の姿が見分けられたものだ」という印象的な一節で始まり、あるいは本書と同じ選集に収められたフェンテスの不気味な傑作『遠い家族』もパリを舞台にしている。何という小説であっただろうか、マルケスにもシャルル・ド・ゴール空港でのトランジットをテーマにした短編があったことを記憶しているし、リョサは『悪い娘の悪戯』でパリ、ロンドン、マドリッドそして東京を遍歴するファム・ファタルを描いた。『隣りの庭』もまた主たる舞台はスペイン、バルセロナとマドリッドである。先に述べたとおりドノソは実際にスペインで長く暮らしたから、それ自体は驚くに値しないかもしれない。しかしラテン・アメリカの作家たちがヨーロッパと深い関係を結んでいる点には留意する必要があるだろう。これは一つには彼らが給費留学生や外交官として、あるいは父親の仕事に帯同してヨーロッパに長く滞在したことに起因しているだろう。さらにボルヘスに典型的にみられるとおり、ラテン・アメリカのブルジョアは子弟にヨーロッパで教育を受けさせる場合が多く、後にラテン・アメリカ文学の主流をなす作家たちは世代や国籍を超えて旧世界そして旧世界の文学と親和している。アングロ・アメリカではなくヨーロッパとの関係の深さは興味深い。
 『隣りの庭』に戻ろう。この小説は明らかに作家自身を投影したフリオ・メンデスという小説家を主人公とする。フリオの経歴はドノソを連想させ、ピノチェットによるクーデター、反革命を逃れてバルセロナで小説を執筆している。妻のグロリアとの関係は危機をはらんでおり、彼らの息子のパト(パトリック)は両親のもとを逃れ、モロッコのマラケシュにいるらしい。物語はフリオが友人のパンチョ・サルバティエラから夏の間、マドリッドのパンチョの邸宅を管理する仕事を依頼されることから始まる。この小説は物語的な起伏には乏しい。フリオとグロリアはバルセロナで彼らの友人の息子でパトの知り合いであると称するビジューという青年と出会い、ビジューは次々にトラブルを引き起こす。パンチョの依頼を受けた二人は一つの夏をマドリッドで過ごし、彼らの周囲では様々の事件が突発する。フリオは作品を書き上げるが、ラテン・アメリカの作家のスペインでの発表に絶対的な権限をもつバルセロナのヌリア・モンクルスなる女性編集者の支持を受けることができず、グロリアは故意か事故か判然としない自殺騒ぎを引き起こす。チリで母が没したという知らせが入るが、フリオは帰国せず、のみならず遺産である父母の邸宅の処理をめぐって祖国にいる兄との間に確執を引き起こす。マドリッドに現れたビジューはパンチョの屋敷にあった絵画を持ち逃げする。フリオとグロリアはパトとの再会を期してモロッコに向かうが、異郷の街は彼らに悪夢のごとき体験を強いる。『隣りの庭』ではドノソらしい喚起的で粘着的な文体をとおしてこれらのエピソードが並行して継起する。文中にしばしば直接導入される英語やフランス語は今述べたラテン・アメリカ文学のコスモポリタニズムを反映し、小説の中に散りばめられたカヴァフィスからエリオットにいたる引用は作家の文学的素養の深さを物語っている。『夜のみだらな鳥』や『別荘』と異なり、この小説は現実との間に強い接点をもっている。例えばフリオは何人かの作家に対する羨望の念を隠さないが、そこでは実際に小説の中に登場するエクアドルのマルセロ・チリボーガなる架空の作家を除いて、マルケス、リョサ、フェンテスら「ラテン・アメリカ文学のブーム」をかたちづくった実在する作家たちの名前が挙げられる。さらに小説中にはフリオとグロリアがウィリアム・スタイロンの『ソフィーの選択』を読むという記述がある。スタイロンの小説は1979年に発表されており、本書が1981年に発表されたことを考えるならば、物語の背景とされた時期を具体的に特定することができる。したがってこの小説は現実と地続きであり、この意味において私は本書がチリの反革命を明示的に主題化していると述べた。解説によればヌリア・モンクルスなるバルセロナの女性編集者にも実在のモデルがおり、現実にこの小説の翻訳権もこの女性を介して取得されたという。
 さて、ここで私たちは小説のタイトルに注目しなければならない。「隣りの庭」とは暗示的なタイトルである。小説の中でそれが何を意味するかは明白だ。それはフリオが夏の間、管理を任されたマドリッドのパンチョ・サルバティエラの屋敷に隣接するプールのある大邸宅の庭であり、フリオはそこで客や男たちと戯れるピネル・デ・ブレイ伯爵夫人の姿を窃視する。しかし「隣りの庭」とはもう一つの含意をもつ。それはヨーロッパから見たチリ、亡命者にとっての祖国である。解説によればドノソ自身、訳者に対して「あれはピノチェットのクーデターの時のチリや当時起きたことを、対岸から眺めながら想像して書いたものです」と本書の意図を語ったという。しかし実際に体験においてドノソとフリオの間には微妙なずれがある。すなわち先に述べたとおり、ドノソは実際にはクーデターを体験していない。民主的に成立したアジェンデ政権が暴力によって打倒される情景は広く世界に報道されたから、ドノソはスペインでその一部始終を見届けたはずだ。アジェンデが大統領官邸でクーデター軍に果敢に応戦し、有名なラジオ演説の後に絶命したエピソードはこのブログで紹介したアジェンデの姪、イザベル・アジェンデの『精霊たちの家』の中で文学的に総括されている。一方、フリオについてはチリでピノチェットのクーデターを経験し、この後、当局によって6日間にわたって監禁され、大学の職を失ったというエピソードが語られる。小説中では何度も「9月11日」という日付が繰り返されるが、それは同時多発テロではなく、ピノチェットによるクーデターが起きた日付である。この事件の後、フリオは母や兄をチリに残してバルセロナに渡る。しかしバルセロナで彼らが交流するチリ人たちはパスポートにLを付されて帰国が許されないのに対して、フリオは自由意志で帰国が可能であり、それゆえ母の危篤が伝えられるや逡巡するのである。バルセロナの亡命チリ人たちが反軍事政権という点において結束しているのに対して、故国に家族を残すフリオの立場は微妙である。そもそもチリの民衆はアジェンデにどのような態度をとっていたのか。フリオは次のように語る。「母は9月11日を忘れた。母はピノチェットの名を頭からぬぐい去った。そして二つのイデオロギーを互いに隔てる日付と境界線を消し去るあの新しい狂気の助けを借りて、母はアジェンデの過ちをどこまでも延長した。おかげで、この新たな死者たちも飢餓もすべてアジェンデの罪となった」フリオの母は祖国への絶望を表明し、国外へと脱出するフリオに理解を示しつつ次のように語る。「出ておゆき、あなたたちにはそれができるんだから。議会のない国が何の役に立つの?私はここにとどまるしかないわ。外国で何ができるの?この年でどうやって生きていけるというの、私の家の外で、私の庭の外で」かくのごとく「隣りの庭」とは多義的な意味をもつ。この時、フリオの心情はごく自然に祖国を外から眺める「亡命者」ドノソのそれに重ねられるだろう。
 さて、私たちは「亡命者の文学」という系譜をたどることができるだろうか。おそらく定義することも困難な系譜であろうが、私が直ちに思い浮かべるのは例えばジョセフ・コンラッド、ミラン・クンデラ、ウラジミール・ナボコフといった作家たちだ。世代も作風も異なるが、中欧出身の作家が多いことは興味深い。中欧とラテン・アメリカは政治的に不安定な地域である点で共通し、さらに体制こそ異なるがいずれの地域も独裁的な政権の統治、もしくは干渉を受けた点で共通する。一方、コンラッドやナボコフが母語とは異なる言語を用いて作品を執筆しなければならなかったのに対して、ラテン・アメリカの作家たちは多く母語であるスペイン語を使用し、このため比較的早くからヨーロッパやアメリカに受け入れられ、ドノソがいう「ラテン・アメリカ文学のブーム」が到来した。ちなみにラテン・アメリカ文学を欧米に紹介するうえで重要な役割を果たしたのが、この小説でも言及されるバルセロナのセイクス・バラルという出版社であり、同社が設立したブレーべ図書賞という文学賞はしばしばラテン・アメリカの作家たちに与えられたため、スペイン国内でスキャンダルを引き起こし、この結果、受賞を逸した小説が『夜のみだらな鳥』であったという。
 本書は内容的にも「隣りの庭」を眺めるごとく、スペインから故国の現実を見据え、しかもこの作家が得意とする寓意的な手法によらない点で興味深い作品であり、完成度はきわめて高い。そして最後に付け加えておかねばならないのは、この小説は内容のみならず形式においても実に独特の説話論的技巧がこらされている点だ。直接読んでいただくのがよいから、詳細については触れないが、最後の章、いわばエピローグにあたる部分に驚くべき仕掛けがなされている。かかる自己言及的、メタ物語的な技巧はドノソが小説の方法に関しても自覚的であることを暗示している。神話的な深みをもった物語、寓意と暗喩に富んだ絢爛たる物語を紡ぐ作家が小説の形式、方法論にもきわめて先鋭な意識を持つ点で思わず私は中上健次を連想した。ドノソはなお未訳の作品が多い。『夜のみだらな鳥』を再読するには覚悟が必要だ。私としてはこれもまた傑作の呼び声高い『別荘』の刊行をひとまず待つこととしよう。
by gravity97 | 2014-01-23 22:57 | 海外文学 | Comments(0)

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 年末年始に比較的長い休日をとることができた。かねてから読みたいと思っていたディケンズの『荒涼館』を通読する。19世紀の長い小説を久しぶりに読んだためか、最初こそとまどったが、第2巻あたりでペースをつかむと面白いことこのうえない。一気呵成に一週間足らずのうちに通読した。ディケンズの小説は中学校の頃に『二都物語』を読み、毎年季節になると『クリスマス・キャロル』を読み返すことはあったが、これほどしっかり読む体験は初めてだ。この小説への関心は実は村上春樹に由来する。村上の短編集『東京奇譚集』の冒頭の短編「偶然の旅人」は私のお気に入りの短編の一つであるが、この小説の中で「荒涼館」は重要な小道具として扱われている。しかしなにぶんにも全4巻の大長編であるから片手間に読むことは難しい。例年より長く、珍しく抱えた原稿のない今回の休暇はよい機会となった。
 中学校や高校の頃は19世紀の小説、いわゆる大文字の「長編小説」を数多く読んだので、『荒涼館』は決して私にとって初めての読書体験ではなかった。しかしそれ以降主として20世紀文学に親しんできた私にとってこの小説は懐かしくはあるが、異質の小説のように感じられた。その理由は簡単だ。ディケンズにとって小説という枠組は自明であり、物語を語ることになんら抵抗はない。しかしプルーストとジョイス以降、私たちは小説という形式をあらためて問い、なぜ一つの物語が小説という形式をとって語られなければならないかという点を常に意識しながら小説を読むことを強いられるからだ。モダニストとして私は後者の立場に立つが、読書という営みに関してどちらの認識が幸せであるかという点について判断することは難しい。
 『荒涼館』はディケンズの代表作として、まさに19世紀の大長編小説たる風格を備えている。ロンドンとイギリス東部のリンカンシャー州を主たる舞台として、エスタ・サマソンなる女性の半生の物語であり、登場人物も数多い。途中でいかなる人物かわからなくなって前の頁を繰って確認することもしばしばであったが、このような経験は私にとってトルストイ以来ではなかっただろうか。それにしてもディケンズの小説技法の巧さには舌を巻く。物語のいたるところに周到な伏線や謎めいた手がかりが散りばめられ、次々に驚くべき秘密が明らかになっていく。今必要があって、冒頭に近い箇所を読み返してみたが、なるほど初読の際には読み飛ばしたいくつもの細部が実は深い意味をもっていたことがあらためて理解された。再読するならば本書がこのような発見に満ちていることに疑いの余地はない。本書はまずもって19世紀のイギリスを描いた社会小説であるが、一種の推理小説として読むことも不可能ではない。実際に物語中で語られる一人の登場人物の怪死事件とその真相の解明は、みごとな本格推理である。多くの人物が秘密を抱え、それが明らかになった際の驚きもディケンズならではであろう。『荒涼館』は全部で67の比較的短い章によって構成されており、それぞれの章ごとに謎が深められていくから、長編であっても読みやすい。本書がどのような形式で発表されたかはわからないが、スティーヴン・キングが『グリーン・マイル』を月ごとの分冊形式で発表した際にディケンズに範を仰いだと述べていたことも想起されよう。
 カヴァーの裏に記されたあらすじをたどる程度、つまりこれから読む読者の興を殺がぬ範囲で内容に触れる。この小説は最初がややとっつきにくい。すなわち「大法官裁判所」と題された第一章においては霧雨に烟る暗鬱なロンドンの情景が描かれ、大法官裁判所なる法廷で「ジャーンディス対ジャーンディス事件」なる裁判が進行中であることが明らかとなる。この裁判はこの小説全体の背景となるのであるが、後述するとおりその真相は明らかにされず、実はこの章には主要人物は一人も登場していない。続いて「上流社会」と題された第二章において主要な登場人物の一人であるレスタ・デッドロック卿とその奥方の生活が粗描される。この二つの章は神の視点、すなわち三人称を用いて記述される。これに対して第三章は先に名を挙げたえエスタ・サマソンという女性の一人称で語られる。第三章以降、この小説は神の視点とエスタの一人称が交互に繰り返されるという独自の語りによって展開する。養母のもとで不幸な幼年時代を送っていたエスタは養母の死後、後見人のジャーンディスの支援によって寄宿学校で教育を受け、その後、同じくジャーンディスが後見人を務めるリチャード、アイダという二人の子供達とともにジャーンディスが住む邸宅、通称「荒涼館」で生活を送ることになる。名前から推測されるとおり、ジャーンディスそして三人の子供たちはなお係争中の「ジャーンディス対ジャーンディス事件」の当事者である。エスタ、リチャード、アイダはすぐに互いに打ち解け、彼らの後見人であるジャーンディスおじさんも実に親切な人物である。全く非のうちどころのない人物たちが物語の要衝を占める点に私はやや奇異の感じを受けるのであるが、おそらくこの小説が書かれた時代にはこのような設定もさほど違和感を覚えることがなかったのであろう。このほかにも小説の中には善意の塊のごとき人物が何人か登場し、時に彼らの間で誤解が生じることはあるにせよ、基本的な人物造形は変わることがない。一方でこの小説には一度読んだら忘れることのできない奇矯な人物たちも登場する。例えば自分の妻にとって自分が三人目の夫であることを公言し、のみならず前二人の夫がいかに優れた人物であったかをことあるごとに吹聴する医師、老いた妻を絶えず罵倒する老人、自分の家庭や子供たちを全く顧みることなくアフリカに関する慈善事業に邁進する女性、ディケンズの小説の魅力はこれらのバイ・プレイヤーたちが生き生きと物語に介入する点にも負っているだろう。あるいは今日からみるならば荒唐無稽と感じられるエピソード、例えば登場人物の一人は自然発火によって焼死する。これは人が強い酒を長期にわたって飲み続けると血液中のアルコールが高まり、ついには自然発火して死にいたるという当時の俗説を反映しており、ディケンズ自身も巻末に収録された「単行本への序文」の中で言及している。無数の挿話を織り込みながらもメインストーリーは孤児エスタの成長の軌跡であり、エスタの出生の秘密が次第に明らかになっていく過程である。第二章で言及され、その後もしばしばその動静について言及されるデッドロック卿夫妻がこの問題に深く関わっていることは予想されるのであるが、ディケンズは様々なエピソード、様々な小道具を介して実に巧妙に両者を結びつけていく。このあたりが本書の読みどころといえよう。小説のほぼ半分、文庫本でいえば第二巻の終わりのあたりで読者は両者の関係をほぼ理解するのであるが、物語は後半に入るや、たたみかけるよう数々の事件が出来し、読者はまさに巻措く能わざるといった感じで事件の推移を見守ることとなるのだ。この意味でもキングがディケンズに私淑することは当然であろう。多くの驚きを経過して結末もまた感動的である。ディケンズはエスタのみならず、多くの登場人物についてもその行く末を丁寧に書き込む。結果として多くの登場人物が複雑に絡み合って一つの時代の壮大なパノラマがかたちづくられたような読後感が残る。
 ここでは本書を読んで私が関心を抱いたテーマを二つ指摘しておきたい。ひとつは貧困というテーマである。「荒涼館」は一方ではデッドロック卿をはじめとするエスタブリッシュされた階級、そしてエスタらのようにそのような階級への参入が予想される人々の物語であるが、同時に当時の貧民階級へも周到な目配りがなされている。注目すべきは両者が必ずしも分かたれていない点だ。先にも触れた慈善家ミセス・ジュビリーがブルジョアに属すか否かは必ずしも判然としないが、彼女はアフリカへの慈善事業に執着し、エスタたちも幾度となく貧民街に足を運んで多くの登場人物と交流する。エスタは物語の途中で病名こそ明示されないが、「病後は美しさが損なわれた」という表現から天然痘と推定される大病を患うが、荒涼館にこの病気を持ち込んだのは彼女と交流のあった貧民層の少年であった。貧しい人々、あるいは孤児への暖かい眼差しは多くのディケンズの小説にも共通するが、私は貧困というテーマが同じ時代に多くのヨーロッパの小説に共有されていたことを想起する。フランスであれば『レ・ミゼラブル』(私はバルザックをあまり読んでいないのだ)、ロシアであればドストエフスキーの小説、いずれも貧困という主題が隠されたテーマであることは明らかだ。むろん20世紀にも貧困は存在する。しかし私はいくつかの例外を除いて、貧困が主題とされた小説を挙げることはかなり困難に感じられる。これはおそらく先にも述べたとおり、20世紀においてはテーマよりも小説の形式が重視されるようになったことと関係があるかもしれないし、例えば疎外、大量死、絶滅収容所といったさらに重い主題が浮かび上がった時代と関わっているかもしれない。そして指摘すべきはディケンズの時代において小説は貧困、階級差といった社会的な問題を告発するきわめて効果的な手段であったことである。文学を含めた人文科学が社会的な問題との関係を希薄化しつつある今日、主題としての貧困の意味はなお検証されてよいだろう。
 もう一つのテーマとは裁判あるいは審判という問題だ。以前から感じていたのであるが、西欧には裁判をめぐる文学というジャンルが明らかに存在する。例えば『カラマーゾフの兄弟』を挙げてみよう。この傑作は複雑な縁で結ばれた一族と父殺しをめぐる物語であるが、後半部においては法廷を舞台とした審問が延々と描かれる。あるいはトルストイでもデュマでもよい、19世紀に発表された長編小説をランダムに想起するならば、国籍を問わず裁判というテーマが重要な意味をもつことが理解されよう。この点を日本の近代文学と比較する問題は興味深いがひとまず措く。ディケンズの場合もほかにも裁判とかかわる小説は存在するが、ことに裁判所の記述に始まり、「リンカン法曹学院」や「大法官府横丁」が主たる舞台となる『荒涼館』においてこの印象は強い。しかし同時にこの小説において裁判のテーマはきわめてあいまいである。なぜなら多くの登場人物が関与する「ジャーンディス対ジャーンディス事件」という審問の内実が全く明らかにされないからだ。それが遺産相続をめぐるきわめて錯綜した裁判であり、ジャーンディスとエスタ、エイダ、リチャードが訴訟における立場を必ずしも共有していないことは読み進めるうちにおぼろげに理解される。しかし肝心の裁判については既に冒頭で次のような説明がある。「ジャーンディス対ジャーンディス事件はいつまでもだらだら長引いている。時が経つにつれて、このこけおどしの訴訟はすっかりこみっていしまったので、もう誰にもさっぱりわけがわからなくなってしまった。しかも一番わからなくて困っているのはほかでもない、訴訟の当事者たちである」誰にも理解できない裁判システム、おそらくここから誰もが連想するのはカフカの一連の小説であろう。審判制や官僚制が肥大し、誰もがその全貌を把握できなくなる不条理な状況をカフカは『審判』や『城』で描いた。『荒涼館』の中にはその日に判決が言い渡されることを信じて裁判所に日参するフライトという一種の狂女が登場する。フライトは裁判所について「吸い寄せるのですよ。人々を吸い寄せるのです。人々から平静を吸い取ってしまうのです。正気を吸い取ってしまう。いい顔色を。いい性質を。夜になると私の安らかな眠りすら吸い取ってしまうような気さえしました。あの冷たい、きらきら光る悪魔めが」とエスタに語り、当時弁護士をめざしていたリチャードも裁判所に吸い寄せられようとしていると警告する。なにものをも拒み、時に被告を犬のように殺すカフカの「城」や「審判」がここで予示されているとみなすのはさすがに強引すぎようか。
 強引ついでにもう一つの連想を。私は本書を読みながら直ちに同じイギリスで今世紀に発表された小説を想起した。『荒涼館』の中心人物は語り手であるエスタ、そして親友のアイダ、そしてアイダと結ばれることになるリチャードの三人である。三人を軸に語られる小説は比較的珍しいのではないかと考えるが、私たちは全く同じ関係をカズオ・イシグロが2005年に発表した『わたしを離さないで』におけるキャシー、ルース、トミーの三人にも認めることができる。両者はそれぞれ「荒涼館」、「ヘールシャム」と呼ばれる閉鎖された空間を物語の主要な舞台としている点においても共通し、さらにいずれも出生の秘密とも呼ぶべき問題が小説の根幹を成している点でも一致する。「荒涼館」で暗示される階級差が極限化された世界がカズオ・イシグロの小説であると考えるのは飛躍のしすぎか。そういえばカズオ・イシグロも村上春樹のお気に入りの作家であった。
by gravity97 | 2014-01-04 11:13 | 海外文学 | Comments(0)