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原武史『滝山コミューン一九七四』

 3年前に刊行され、書店で手に取りながら読む時機を逸した本書が思いのほか早く文庫に入った。若干の加筆訂正があるとのことでもあり、文庫化されたタイミングで通読する。
 1974年、東京郊外の滝山団地。筆者である原が通う東久留米市立第七小学校で、一部の教師によって児童を主体とした自主的な学習や生活に取り組む指導が進められた。原は次のように記す。「私はここで、国家権力からの自立と、児童を主権者とする民主的な学園の確立を目指したその地域共同体を、いささかの思い入れを込めて『滝山コミューン』と呼ぶこととする」一見、理想の共同体のごとく感じられる「滝山コミューン」での日常は、しかし原にとってきわめて抑圧的な体験であった。およそ30年後、社会学者となった原が当時の記憶と記録を掘り起こし、この異和感の由来を探った記録が本書である。したがって本書は小学校時代、とりわけ小学校6年生の夏というきわめて限られた期間、自分が感じた居心地の悪さを広く社会的、歴史的な背景を視野に容れながら分析した記録ということができるだろう。普通なら忘却してしまう幼時の記憶に拘泥し、30年後に検証するという屈折はそれなりに切実であるし、それゆえか本書は講談社ノンフィクション賞を受賞したとカバーに記されている。しかし本書を読み終えた感想は一言で言って生ぬるい。ノンフィクションと呼ぶにしては調査やインタビューが場当たり的で、参照される資料も限定されているうえに書誌的な言及がほとんどない。佐野眞一や鎌田慧のノンフィクションやルポルタージュに馴染んだ私にとって、本書は感傷に基づいた学者の回想でしかない。
 実は私は原と同世代である。したがって本書の中で言及される事件や風潮について、私も原とほぼ同じ年齢で経験している。例えば本書の中で原が通った第七小学校の事例が先進的な例として朝日新聞の連載コラムで取り上げられたという記述があるが、このコラムとは当時朝日新聞に長期連載され、大きな反響を呼んだ「いま、学校で」という記事であろう。この連載を当時小学校高学年であった私も毎朝読んだ記憶がある。ただし地方で育った私には大都市圏の学校における教師と児童、親と児童、そして児童相互の葛藤のニュアンスがよくわからない。おそらく原は気づいていないだろうが、同じ時代に地方都市で育った者が読むならば、本書の記述には無自覚の特権意識が見え隠れしている。このような無意識はこれに先立つ60年代末、高校時代の回想であるが、自己美化に満ち満ちた四方田犬彦の『ハイスクール1968』、あるいは東京ではなく阪神間を舞台とした中島らもの青春記『僕に踏まれた街と僕が踏まれた街』などを読んだ際にも感じられた。人は少年期あるいは青年期を与えられた場で一度しか生きられないとはいえ、たまたま都市部に生まれたという偶然によって自分たちが恵まれた環境で成長したという事実にこれらの書き手たちが全く無自覚な点にかねてより私は不審を感じている。
 本書に戻ろう。東京郊外、新興のマンモス団地の中にある東久留米市立第七小学校はきわめて特殊な環境下にあったと原は指摘する。児童のほとんどが団地に住んでいたため、きわめて同質的な社会集団が形成されていたからだ。高度成長時代の末期、労働問題はいたるところでストライキとして噴出する。国鉄のストライキ、あるいは日教組に指導された教職員のストライキが頻発し、しかも革新系の政党の支持者が多い団地において、ストライキは漠然とした支持を得ていたという。反安保闘争、ベトナム反戦運動と続いた「政治の季節」が72年の連合赤軍事件で終焉し、代わって個人主義、私生活主義が台頭するという教科書的な戦後史観を原は拒絶する。つまり「政治の季節」が終わったはずの70年代中盤においてもなお社会主義の理想は持続し、民主主義や自主性といった理念が息づいていた。このような理念はことに1970年代、郊外の団地(この問題は島田雅彦がいくつかの小説で主題化したサバーヴィアニズムの問題とも関連づけられてよいだろう。ちなみに島田と原は同年代のはずだ)をバックグラウンドとする教育現場においてなおも信奉されており、自主的なPTA活動の確立、文部省検定を通らない算数の教科書の使用といったかたちで第七小学校においても実践されていた。そして何よりも重要なのは日教組から生まれた全国生活指導研究協議会という民間教育団体が主導する「学級集団づくり」という手法が、片山という若い意欲的な教師を通じてもたらされたことである。私はこのような手法が当時どの程度普及していたかわからない。私が通っていた小学校にも本書の一つの章のタイトルとなっている「代表児童委員会」のようなものは存在していたと記憶する。あるいはこのような手法が今日の教育現場ではどのように総括されているかについても知りたいところである。いずれにせよ、「学級集団づくり」とは学級をより小さな班という構成単位に分割し、学級活動に対して各人に一定の役割や責任を分担させ、優秀な班と劣った班(ボロ班)を決めるために班対抗の競争をさせるという手法である。これが果たして「教育的」な指導であろうか。片山に指導された5組の児童たちは次第に「代表児童委員会」の主要なポストを占め、ロボットのように学校を支配する。このように内面化された恐怖政治の一つの頂点が児童たちによって「自主的に」計画された林間学校であった。きもだめしや登山、食事作りといった一見楽しげな催しが「学級集団つくり」を介して統制されることについての強い異和が語られる。私も集団生活とか団体行動が大嫌いだから、原の感慨はわからないでもない。高い理念と熱い情熱をもった教育が現実にはきわめて独善的なふるまいに終始することは十分にありうる。あるいはティーンエイジャーを利用して、しかも彼らの内発によって残酷な統治や支配を実行する手法は原も言及するヒトラー・ユーゲントから紅衛兵、最近ではポル・ポト治下のクメール・ルージュの少年兵まで歴史的にたどることができるかもしれない。
 b0138838_2193335.jpgしかし所詮は「滝山コミューン」、コップの中の嵐ではないか。
 私が本書を批判的に読む理由は、原が「滝山コミューン」に対置し、小学校では得られない安らぎを得たと回想する場が「四谷大塚」という悪名高い受験予備校であるからだ。原は日曜日ごとにこの予備校の試験に通い、強制も指導もない休日を過ごす。鉄道好きの父親の影響、そして毎週、四谷や代々木に通う通学の途上、多くの鉄道を乗り継いだ体験が後年の原の鉄道趣味を培ったこと、あるいはこの移動と関連して語られる御用列車や天皇をめぐるいくつかのコメントも本書の読みどころであり、最近の原の仕事の片鱗もうかがえる。原は「四谷大塚」について語り始める際に「私はいまでも、この時点で中学受験の権化というべき四谷大塚と関わりをもったことを恥ずかしく思っている」とその印象を率直に記している。そして現実においても自主的な学習を是とする「滝山コミューン」にあっては、週末ごとに学習塾へ通うことは指弾されても仕方のない行為であった。この本の随所で塾通いについて感じた居心地の悪さが記される一方で、当時交流した数少ない友人の多くが「四谷大塚」に通っていたことも記されている。「滝山コミューン」から疎外された原にとって、「四谷大塚」が一種のアジールとなったことは十分に推測されよう。しかし私立中学受験希望者を集めては試験を課し、選別するシステムは「滝山コミューン」以上にくだらない。「四谷大塚」に関する記述が機械的で淡々としているのは原がこの点を自覚していたことを暗示しているだろう。本書の中で第七小学校の同級生の母が著し、講談社から刊行されたという『有名中学合格―母親が書いた初めての中学受験モーレツ日記』(それにしてもなんというタイトルだろう)という本から引用がなされるが、当時の「教育ママ」のなんとも救いようのないメンタリティがうかがえる内容である。原も説くとおり、「滝山コミューン」はきわめて特殊な例かもしれないが、学校では疎外され、受験塾とその行き帰りにかろうじて安らぎを得る小学生の姿には同情を禁じえない。当時の日本の教育システムに根本的な病根があったのか。あるいは同様の苛酷な状況は今日も都市部では続いているのであろうか。
同じ時代に学校生活を送りながら、私はそのような息苦しさを感じたことがない。それは単に私が「学級集団づくり」とも私立中学受験と無縁な、のどかな地方都市で日々を過ごしていたためであろうか。先に私は本書の類書として四方田犬彦と中島らもの回想を挙げた。原、四方田、中島の三人に共通する点はいずれも都市部の教育熱心な家庭に育ち、名門と呼ばれる学校に通ったことであるが、彼らはいずれも学校生活の中で深刻なアイデンティティー・クライシスに直面する。彼らの回想を読むならば、今見たとおり原が小学校時代に、四方田が高校時代に、そして中島が大学時代に経験した挫折は三人にとって深いトラウマとなったことがうかがえる。最初に私は都市に生きる者の「恵まれた環境への無自覚」について語った。彼らの体験をどの程度普遍化できるかはわからないが、かかる精神的危機は彼らが育った「恵まれた環境」の代償なのだろうか。

by gravity97 | 2010-07-08 21:11 | ノンフィクション | Comments(0)

『グーグル革命の衝撃』

 今日、コンピュータを用いる者であれば、誰でもグーグルと無関係ではない。グーグルとはもはや単なる検索エンジンではない。それは全ての情報を検索可能にしようとする非人称の意志であり、手段ではなく哲学である。この十年ほどの間に、グーグルが他の検索エンジンを圧倒して覇権を握る過程、そしてITの専門家が口々にグーグルを礼賛する状況を私たちはつぶさに見てきた。グーグルが今日これほどまでに強大な力をもった理由はまさにそれがコンピュータ知の世界を生きる私たちの無意識下の欲望を体現しているからではなかろうか。
 「グーグル革命の衝撃」と題された本書はNHKスペシャルの取材の過程で得られた知見と感想を何人かのディレクターがまとめたものである。民族浄化から藤田嗣治まで、NHKの記者が社費(つまり税金)で取材した内容を横流しする安易なドキュメントに私は心底うんざりしている。公私のけじめのなさ、批判精神の欠落は端的にジャーナリストとしてのモラルの問題であろう。本書も取材対象にべったり、たいした取材がなされている訳でもない。それにも関わらず内容は十分に衝撃的だ。
 b0138838_21462398.jpgコンピュータの発達を背景として、グーグルはかつてない利便性を私たちに提供してきた。書棚に行って参考文献を手に取る必要さえない。詳しく知りたい事項があれば、キーワードを打ち込むだけでほぼ正確な情報を入手することができる。世界中、どこであろうと地名を打ち込めは直ちに目的地周辺の地図や写真を確認することができる。そして今や私たちがなんらかの選択をするうえで「検索」という作業は不可欠になりつつある。もちろんこれまでも我々は商品を、サービスを無数の選択肢の中から選んできた。しかしグーグルの登場によってその手段はグーグルの検索エンジンに一元化されつつある。全てが検索数によってランキングされ、私たちは上位の項目としか関係を結ぶことがない。私たちが世界と出会う可能性は確実に狭められている。情報量の増大という点でグーグルの登場はしばしばグーテンベルクの活版印刷術に準えられてきた。しかし決定的に異なるのは、この技術が一私企業に独占されている点である。私たちは利便性と引き換えに何を失ったのか。この問題に対する詰めの甘さがいかにも三流ジャーナリズムだ。いずれの執筆者も取材対象に対して腰が引けている。本書ではグーグルの検索によって生じたビジネス面での利益と不利益をめぐるいくつかのエピソードが主として扱われている。確かにグーグルは検索というシステムを広告に結びつけることによって利益を得ているから、この問題は一つの主要な主題であろう。しかしグーグルという私企業が個人の情報を独占することの真の脅威はそれが管理社会の道具として使用されるであることに想到しない「ジャーナリスト」に一体存在意義などあるのだろうか。
 以前より不思議に思っていたのだが、ビル・ゲイツから梅田望夫までITの起業家は未来に関してなぜかくも楽天的なのであろうか。彼らによればコンピュータは人類の未来を照らす万能の利器であり、インターネットは善意に満ちている。本書の冒頭にグーグル本社を訪問した際のエピソードがある。社員は皆優秀で創造力に富み、会社は自由の気風に富み、会社内の食事やスポーツ・ジムは無料、福利厚生は万全で全てのサービスは社員が創造性を最大限に発揮できるようにアレンジされている。このあたりの記述は私にはなんともいかがわしく感じられる。NHKの記者によって無批判に礼賛される「エンジニアの楽園」から私が直ちに連想したのは独裁国家と新興宗教である。開放的で創造的、自由な社風を標榜する企業がなぜ検索アルゴリズムの詳細を秘匿するのか。もちろん表示される検索順位は広告というグーグルの基盤に密接に結びついていることは理解できる。しかし検索という行為がもはや生活の一部となっている現状を考慮する時、私たちの社会がこのようなブラックボックスに依存しているという事実はなんとも不気味ではないか。しかもこのアルゴリズムは一企業の秘密であり、詳細を知っているのは数名の幹部のみなのだ。それは機械的で非人間的なプロセスであるという。おそらくそうであろう。しかし私たちにそれを確認する術はないし、学知や科学技術が決して中立でないことを私たちは歴史の中から学んできた。
 検索以外にもグーグルの技術革新は様々の可能性をもたらす。例えばGPS機能と連動させて、携帯のキーボードを叩けばその場で必要とされるサービスを直ちに得ることが可能となるかもしれない。グーグル・アースで空港へのアクセスを確認したビジネスマンに空港までのリムジンバスの使用を勧める携帯電話がグーグルのコール・センターからかかってきたという奇怪な噂がネット上に出回ったという記述が本書の中にある。しかしグーグル本社が立地するマウンテンビュー市を無線インターネットで覆い、グーグルのアカウントをもつ者であれば市のどこにいようと端末をとおして個人履歴に基づいて有用とみなされる情報を無料でグーグルから受け取ることができるようなシステムが計画中であることを知るならば、この噂は決して荒唐無稽ではない。パーソナライズされ、その場に応じたサービスが無料で提供されるということは、裏を返せば個人の嗜好や趣味、所在が常にモニターされているということである。これはまさにオーウェルが描いたビッグブラザーではないか。あるいは自分が監視されているかどうか当人が判断できないという状況はフーコーが説いたパノプティコンである。
 本書を読みながら私は「地獄への道は善意で固められている」という言葉を頻りに思い起こした。確かにグーグルの技術は秀逸であり、それによって私たちの生活は豊かになるかもしれない。グーグルの優秀な技術者たちが純粋な善意から新技術を開発していることを私も疑わない。多くの読者は素晴らしい環境の中で新しい技術が次々に開発されるサクセス・ストーリーとして本書を読むことであろうし、記者たちもそのような物語へと収斂させようとしている。しかし私はそのような楽天的な立場をとることができない。ここで示された技術は諸刃の剣であり、コンピュータがかくも固く私たちを拘束する現在、グーグルが蓄積した検索や個人情報収集に関するノウ・ハウは歴史上かつてないほど効果的で残忍な支配の道具となりうるだろう。「グーグル主義者たち」が唱導する利便性や効率性は今や誰も表立って批判できない絶対的な価値である。私自身は多少不便があっても自らのプライヴァシーが尊重される社会の方を好む。しかし少数意見に対する不寛容が蔓延する今日の日本に果たして私の居場所はあるだろうか。

by gravity97 | 2009-11-12 21:47 | ノンフィクション | Comments(0)

ローレンス・ライト『倒壊する巨塔』

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 あれから10年近くが経とうとしているが、TVを通じて垣間見た阿鼻叫喚はまるで昨日のことのように思える。本書の表紙、黒煙を上げるツインタワーとそこへ突入する二機目の旅客機のイメージは21世紀を生きる人類にとって決して癒されることのないトラウマだ。
 しかし奇妙なことに、なぜこのような惨劇がもたらされたかを説得的に論じた本を私たちはほとんど知らない。猿のような大統領が叫んだ民主主義かテロリズムかという二分法は論外としても、自らの命を賭してまでなぜかかる蛮行に及んだか、私たちは「彼ら」について未だに何も知りえないまま、今日にいたっているのではなかろうか。私は本書を深い感慨とともに読み終えた。それは地道な取材を通して書き上げられた骨太のノンフィクションに対する賛嘆の念であると同時に、いかに自分がイスラム世界に関して無知であるかという苦い自覚であった。
 サブタイトルが暗示するとおり、本書ではウサマ・ビン・ラディンとアイマン・ザワヒリという二人の指導者の半生をたどりながら、アルカイダという組織の同時多発テロにいたる歴史が丹念に検証される。一方で対テロ部門の責任者としてアルカイダによるテロの危険性を誰よりも早く警告しながら不遇のうちに退職した後、世界貿易センターの保安主任へと転じ、一月も経たたずして9・11の中で絶命するジョン・オニールというFBI特別捜査官の数奇な運命が語られる。しかしいずれの人物もヒーローやサタンではなく等身大の人間として描かれ、彼らをめぐる物語も善悪の対立や未開対文明といったありきたりの構図に陥ることはない。もちろん本書をFBIとCIAの確執に由来する危機管理の失敗のケースステディとして読むこともできようが、私はそのような体制側の教訓には関心がない。スーダンからパキスタンにいたるイスラム諸国の丹念な取材から浮かび上がるのは知られざる中東の現代史、血と油にまみれた歴史だ。それにしても、と私は思う。何世紀も前の話ではない、私が生を享受した同じ時代に、戦地となったアフガニスタンやイラクばかりではない、サウジアラビアでもエジプトでも、なんと多くの民衆が支配者の暴虐、大国の理不尽な干渉、そして原理主義の圧制の中で塗炭の苦しみを舐めていることか。たまたま日本という国に生まれた私とイスラムに生を受けた人々との非対称性に目まいを覚える。
 本書の劈頭に登場するのはサイイド・クトゥブというエジプトからアメリカへの留学生をめぐる同時多発テロから半世紀以上も前のエピソードである。アメリカに留学しながらも資本主義に対する憎悪に燃えて帰国したクトゥブは過激な原理主義者として人々を扇動するが、投獄され拷問を受け、処刑される。しかしクトゥブが播いたアメリカへの憎しみの種は半世紀の後、未曾有のテロとして開花した。あるいはザワヒリもエジプトの刑務所で苛酷な拷問を受ける。ライトはゆえのない暴力を甘受しなければならない屈辱こそが同時多発テロの起源ではないかと論じる。それならばガザで、ボスニアで、あるいはアブグレイブで今もなお私たちは憎悪の種子を播き続けている。それらは将来、どのようなかたちで花を開くのであろうか。単にテロの表層をなぞるのではなく、その淵源を半世紀前にたどり、暴力の反復を活写する点で本書は予見的でさえある。
 私たちも時折、中東の凄惨な現代史の一端を垣間見る。例えば1994年にアルカイダの予備的なテロによってフィリピン航空機内で日本人ビジネスマンが爆殺され、1997年にはエジプトのルクソールでハネムーンの日本人を含む多くの観光客がイスラム集団を名乗るテロリスト集団に虐殺された。いずれの事件についても本書の中で言及があり、同時多発テロへといたる途上のメルクマールを画している。しかしそれはほんの一端にすぎない。79年、メッカ襲撃事件ではモスクに篭城した叛乱軍とサウジ軍の間で激しい戦闘が交わされ、数百から数千の死者が発生した。鎮圧された叛乱軍の残党62人は全員斬首刑に処せられた。あるいはタリバンが支配するアフガニスタンで繰り広げられた原理主義イスラムの宗教的圧制はポル・ポト治下のカンボジアを想起させる。彼らは1998年にビン・ラディンをサウジアラビアへ引き渡した見返りに得た資金と物資をもとにマザリシャリフという土地でパレスチナやボスニア・ヘルツェゴビナもかくやと思われる少数民族への無差別虐殺とレイプを行った。あるいは本書中、「少年スパイ」という章ではザワヒリを逮捕するためにエジプト秘密警察が非道このうえない手段で関係者の家族を篭絡するが、その顛末たるや正視に耐えない無残さだ。もはや正も邪もない。本書の中で語られる、同時多発テロのはるか以前、中東の地で繰り返された暗澹たる暴力の歴史に私は慄然とした思いにとらえられた。
ビン・ラディンという謎めいたカリスマについても、本書の中では仔細にその閲歴が検証される。巷間に伝わる狂信者やテロリストといったイメージとはほど遠い、サウジ王家とも親交があり、ビン・ラディン・インターナショナルという日本でいえば大手ゼネコンの有能な経営者であった男が、いくつかの屈折を経験しながら次第に同志を糾合してアメリカへのジハードを実現していく過程が綿密に記述される。しかし本書を読む限り、カリスマ性はあっても、何度も挫折を繰り返し、同時多発テロの成功に関しても僥倖といった側面が多いことは明らかである。テロリズムに対して、体制はそれを一人の個人の犯罪と矮小化しようとする。しかしそれは例えば連合赤軍事件を指導者の資質に還元するような政治的操作であり、私たちが真剣に考えるべきは、なぜモハメド・アタをはじめとする比較的高い教育を受け、イスラムにおいて安定した地位を得られたであろう若者たちが自爆テロに走ったかという今日においてもなお十分に究明されていない問題である。パレスチナで、サウジアラビアで、なぜ有為の若者たちが自らの命を犠牲にしても多くの人々の命を無差別に奪おうとするのか。かつてハニ・アブ・アサドの「パラダイス・ナウ」というフィルムを見た時、私は日々の仕事に出勤するかのように自爆テロへ向かう若者たちのメンタリティーに暗然とした思いにとらわれたが、本書を読むとその機制がいくぶん理解できたように感じる。おそらく一つの鍵はイスラム法学者や宗教的指導者によるファトワー(教義判断)といわれる判定であろう。ファトワーとは少なくとも日本に住む私たちにとっては理解しがたい概念であるが、法律や慣習とは異なるレヴェルで民衆を強く統制し、しかも宗教的倫理性を帯びた規範である。オウム真理教がポアという概念によって、殺人を正当化しようとしたことが想起される。アルカイダは自爆テロと無辜の人々の殺害を是とするファトワーによって武装した。おそらくアルカイダのテロの特異性は自爆という手段を用いる点にある。かかるテロはパレスチナ人によってしばしばテルアビブで繰り返された。きわめて個人的、場当たり的であったインティファーダに対し、アルカイダははるかに組織的、計画的に自爆テロを準備し、実行する。若者たちが嬉々として自爆テロに赴く理由についてライトは次のように説く。「華々しく、しかも意味のある死。人生の喜びや努力のしがいのない政府の抑圧下に暮らし、経済的損失に人々が打ちひしがれている場所では、そうした誘惑はとりわけ甘美に響いた。イラクからモロッコまでアラブ人が統治する各国政府はどこも自由を圧殺していた」王族や族長といった石油をめぐる利権をもつ人々が無益な浪費を重ねる一方で、そのような利権から見放された人々がいかに悲惨な生を営んでいるかについては本書の中で繰り返し語られる。石油によってもたらされた富の偏在が、生きるに値しない現実を生む。しかし現在、「彼ら」のではない、私たちの社会はこのような現実の上に初めて持続することが可能なのである。
同時多発テロはパンドラの箱を開けた。原理主義と不寛容が世界に蔓延し、未だに希望は現われていない。

by gravity97 | 2009-10-07 07:40 | ノンフィクション | Comments(0)

ローワン・ジェイコブセン『ハチはなぜ大量死したのか』

 話題になっている本を後追いで読むというのはあまり好きではないが、以前から気になっていたテーマでもあり、やや長い出張を利用して通読する。
 例によってタイトルがくどいというか直接的にすぎる。原題の方が意図するところは明白だ。原題のFruitless Fall、「実りなき秋」とはいうまでもなくレイチェル・カーソンの名著『沈黙の春』Silent Spring に韻を踏むものであり、両者は環境破壊に対する警世の書という共通点をもつ。カーソンの場合はDDTを初めとする農薬による環境汚染という比較的限定された問題が扱われていたのに対して、本書においては現在の農業の在り方、環境問題について多角的な観点から分析が重ねられ、多くの示唆に富む。またカーソンが多くの生物について農薬との関係を検証したのに対して、ジェイコブセンが論じるのはミツバチという特定の種におけるミステリーである。
 ごく最近、2006年から2007年の春にかけて、北半球のミツバチの四分の一が姿を消した。死んだり弱ったりしたのではなく、文字通り巣箱から姿を消したのである。残されたのは女王蜂と大量の蜂蜜。無数の働き蜂は一体どこへ行ったのか。ミツバチの生態や花との共生、養蜂業の現実といった様々な問題を絡ませながら、作者は一つの種が壊滅的な規模で失踪するという現象の謎に迫る。専門的な記述も多いが、ジェイコブセンの筆運びは巧みで、比喩がきわめて効果的に用いられているため、読んでいて飽きることはない。大量殺人と消えた死体。ヴァン・ダインやディクソン・カーのごとき謎の設定はあたかも上質のミステリーのようだ。しかし謎は最後まで解明されることはない。携帯電話の電磁波、寄生するダニ、農薬、あるいはストレス。いくつかの「犯人」が名指しされ審問に付されるが、決定的な証拠は見つからず、筆者の結論はこれらのいくつもの原因が複合しているのではないかという穏当といえば穏当、あいまいといえばあいまいなものだ。しかしながら本書の真の主題はミツバチ消滅をめぐる犯人探しではない。ミツバチとは野生種ではなく人為、養蜂業という農業ビジネスと密接に結びついている。本書は高度に工業化された農業が現在瀕している危機に対して警鐘を鳴らす。
 筆者はまず朝食の風景をとおして私たちの食生活がいかに昆虫に依存しているかを素描する。私たちの食生活は植物が昆虫によって受粉し、果実を結ぶという単純な原理に依っている。通常は野生の昆虫によってなされるこのような受粉のプロセスを組織化し、一つの産業としたのが養蜂であることはいうまでもない。したがってミツバチの消滅は養蜂業というシステムにとって致命的な事態である。私は養蜂について詳しくは知らないが、これまでどちらかといえば牧歌的な印象を抱いていた養蜂という営みがきわめて合理化、機械化されていることを私は本書を読んで初めて知った。そして今日ミツバチをめぐる状況はグロテスクな色彩を帯びている。収益率の高いアーモンドを受粉させるため、大量のミツバチが全米各地から巣箱単位でカリフォルニアに輸送される。トラックによる長距離輸送、過密な生活環境、過度な労働(受粉)による免疫系の不全、そしてミツバチの周囲に蔓延する農薬や化学物質。ミツバチの失踪の原因は特定されないが、環境や「エコ」がもはや強制とも呼ぶべき正義として叫ばれる今日にあってこれほどの悪条件下でミツバチが活動することを余儀なくされているという事実は大きな驚きであった。逆にいえば本書で論じられるCCD(蜂群崩壊症候群)と呼ばれる災禍は必然的な印象さえある。さらに本書の中では今日、ミツバチが直面する苦境が単に物理的、化学的あるいは生物学的原因に由来するだけでなく、社会的、政治的な意味を持つことも暗示されている。本書を読みながら私は2004年に公開されたフーベルト・ザウパーのドキュメンタリー、「ダーウィンの悪夢」を連想した。このフィルムではアフリカのビクトリア湖において、ナイルパーチという魚が湖の生態系を破壊するまでに繁殖するという生物学的事件を描きながら同時に生態系の破壊が近隣の社会や文化をも頽落させる様子が浮かび上がる。貧困やエイズ禍の遠因となったナイルパーチは加工されて航空機でヨーロッパに輸出される。そしてその帰路の便にはアフリカで売り捌くための兵器が積載されているのだ。このフィルムは今日、グローバリズムの名の下に環境破壊や疎外、暴力が想像を絶する規模で広がり、もはや誰もがその進展と無関係ではありえない状況を暗示していた。(ナイルパーチは日本にも輸入されている)
 本来、きわめてローカルな産業であった養蜂ももはやグローバリズムと無関係ではない。中国産の粗悪な蜂蜜はアメリカの養蜂業者にとって死活的な脅威であり、ロシア原産のミツバチは危機に瀕する養蜂業にとって救世主かもしれない。農業という本来的に土地と密接に結びついていたはずの産業がビジネスとして抽象化され、グローバリズムの潮流の中で世界に一挙に広がる時、人類はかつてないカタストロフと背中合わせなのではないだろうか。本書の中でジェイコブセンはテロワール(地味)という概念にしばしば言及する。テロワールこそグローバリズムに対立する概念であり、養蜂という営みの本質であろう。グローバリズムとは本来多様である世界を利潤追求という目的に向かって画一化する暴力的な衝動であるように思われる。今、カリフォルニアのアーモンドの例を挙げたが、工業化された農業においてジャングルや草原の広大で多様な広がりが単一作物の農地へと転じることは既に見慣れた光景である。そして近年の不況の中で人も同様に単なる労働力として抽象化され、国境を越えて搾取されていることも知られているとおりである。むろんこの状況は既に疎外という概念とともにマルクスによって分析されていた。しかしなおも地域による格差を前提としていたマルクス主義に対して、仮想現実によって平準化された今日の社会において、疎外をめぐる苛酷な現実はより全面的、一挙的、文字通りグローバルに出来するように思われる。
 b0138838_21431953.jpgそれにしても自ら蒔いた種とはえ、自然への人為的介入がかくも壊滅的な状況を生むことは人間にとって脅威以外のなにものでもない。本書の解説において福岡伸一がCCDを狂牛病と関連づけて論じている点は適切であろう。狂牛病に関してはある程度原因が解明されているが、本書にあるとおりCCDの原因は未だに特定されていない。2006年の冬以降、新たなCCDは報告されていないらしい。しかしまだそれから3年しか経っていない。北半球のミツバチの四分の一が失踪した災禍が繰り返されないという保証はない。高度に工業化された農業が本質的にそのようなリスクの上に存立しているとすれば、人という種がそれから免れていると考える根拠もない。そしてグローバリズムはこのような危機を今も累乗させているのである。

by gravity97 | 2009-08-30 21:43 | ノンフィクション | Comments(0)

サイモン・シン『宇宙創成』

 
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イギリスの科学ライター、サイモン・シンの著作はいずれも文庫化されるタイミングで読んできた。『フェルマーの最終定理』、『暗号解読』に続き、2004年に原著が発表され、2006年に翻訳が刊行された本書も先ほど文庫化され、早速通読してみる。期待に違わず実に面白い。
 今回のテーマはタイトルからわかるとおり、ビッグ・バン、宇宙がいかにして誕生したかという気の遠くなるような謎である。これまで同様にシンは数式や難解な科学用語を用いることなく、平易でありながらきわめて高度な内容を論じている。理系に弱い私のような読者にとって、例えば『暗号解読』の最後の二章、あるいは『宇宙創成』の後半で論じられている内容の細部は決して十全に理解できる訳ではないが、理解できない部分があるにせよ、何が問われているかという問題の枠組はしっかりと把握することができる。これほどのリーダビリティと専門性を兼ね備えた科学書を私はほかに知らない。
 シンがこれまで発表した著作はいくつかの共通点をもっている。フェルマーの定理、暗号の作成と解読、あるいは宇宙の始原といった全く異なったテーマを選びながらも、シンは個別の問題ではなく、数学史、暗号の歴史、宇宙論の展開といった歴史を視野に収めながら問題を深めていく。数学であればピタゴラス、宇宙論であればプトレマイオスから説き起こし、それぞれの著作の焦点となるテーマの歴史的必然性が次第に浮かびあがってくるのである。シンは冷たい科学史ではなく、実在の人物が織り成すいわば血の通った歴史として問題を素描する。このあたりの記述のうまさはシンの独擅場といってよい。注目すべきは歴史を記述するに当たって、シンはこれまで大科学者の影で見過ごされてきた重要な人物を丹念に掘り起こす。『フェルマーの最終定理』であれば、ソフィー・ジェルマンという女性数学者や、この定理の証明に画期的な役割を果たす谷山豊と志村五郎という日本人の私でさえ名を知らなかった数学者についてきちんと記述され、『宇宙創成』であれば、ハーバード・カレッジ天文台で撮影された写真からデータをとるというきわめて地味な仕事に従事し、ノーベル賞の候補としてスウェーデンの科学アカデミーがノミネートの準備を始めた時には既に若くして没していた女性チームの一員について十分な頁が割かれている。この姿勢からうかがえるのは科学の発達を一人の天才によって成し遂げられるのではなく、無数の人々の連携によって困難な課題が一つまた一つと解決されていくプロセスとみなす立場である。このような楽天主義、理想主義は彼の著作を貫く大きな魅力だ。
 筆の運びも見事である。一見、無関係な話題が提示され、戸惑いながらも語りの面白さにつられて読み進めていくと、実はそれが思わぬところで主題となる問題と密接につながっていくことがわかった時の痛快な驚きは良質のミステリーのそれに近い。具体的に述べるならば、『フェルマーの最終定理』では途中から楕円方程式やモジュラー形式、そして「谷山―志村予想」という全く関係のないような話題が始まる。一体何だろうと思いながら読み進めると、アクロバティックな思考の連続の中から、それらが「フェルマーの定理」の証明と密接に結びついていることが明らかとなる。このような体験は知的興奮と呼ぶにふさわしい。『宇宙創成』であれば、天動説と地動説の葛藤が語られた後に突然アインシュタインの相対性理論が説明される。唐突な展開と感じられながらも、この話題は後半の定常宇宙論とビッグ・バン仮説の対立を論じるうえで重要な伏線となっている。伏線や手がかりを随所に散りばめながら議論を進める手法もミステリーを連想させる。
 本書は宇宙の誕生という壮大なテーマを扱い、紀元前6世紀から今日までの宇宙論の変遷が論じられている。科学のほかの分野と異なり、天文学は実験によって仮説を確認することが困難であり、観察と理論をいわば車の両輪として展開していく。興味深いことに、宇宙論の展開はモデルの隆替の歴史として記述することが可能である。本書の中では主に三つの対立するモデルが検討される。まず天動説と地動説という対立、続いて私たちが属する銀河系が唯一の銀河系であるか、無数の銀河系の一つであるかという対立、そして最後に私たちが属する宇宙が定常宇宙(永遠で静的な宇宙)であるか膨張し続けるビッグ・バン宇宙であるかという対立である。このうち一番初めの対立は私たちの常識によっても理解することがたやすい。シンはコペルニクス、ガリレオ、ティコ・ブラーエ、ケプラーという四人の科学者がお互いの理論を補強しあいながら、長く人々を支配していた天動説というドグマを突き崩していく過程を丹念に検証する。このあたりにも科学の進歩が一人の天才の偉業ではなく、何人もの関係者の共同作業であるという筆者の信念が感じられる。この後、相対性原理や原子物理学といった隣接領域における新知見について一瞥したうえで、シンはビッグ・バン理論という今日の宇宙論の核心に向かう。それにしても宇宙が不変であるか、膨張しているかという問題についていかにして思考することが可能か。シンはいくつものわかりやすい比喩を用いて、問題の輪郭を粗描する。ただしさすがに今回のテーマは抽象度が高く、比喩によっても理解しがたい点もいくつかあったように感じた。しかし難解な理論の積み重ねではなく、科学者たちの活躍を縦軸に織り成されるシンの宇宙論は読み倦むことがない。ビッグ・バン、定常宇宙の双方に与する個性的な科学者たちの肖像はそれだけで一編の物語となる。妻と共に舟で黒海を渡ってソビエト連邦からの脱出を試みるが果たせず、後に国際会議に参加した後、亡命を果たすジョージ・ガモフ。聖職者と宇宙論研究者という二つの顔をもち、ビック・バン理論の先駆けとなるジョルジュ・ルメートル。あるいはかつて読んだ『10月1日では遅すぎる』という時間SFが天文学者の手によるものであるということを私は以前何かの機会に知ったが、その著者こそ定常宇宙モデルの提唱者であり、今日広く流通する「ビッグ・バン」という言葉を対立する理論の蔑称として初めて用いた宇宙論研究者フレッド・ホイルであった。天文学という実学からほど遠い領域であるためだろうか、全体としてこれまでのシンの著作と比べてもユーモラスな挿話が多い印象を受けた。
 先に挙げた三組のモデルのうち、地動説、無数の星雲のうちの一つとしての銀河系、そしてビッグ・バン宇宙が今日正当とみなされている。しかし地動説への転換から理解されるとおり、今日堅く信じられている通念も時に誤りであることが判明する。トーマス・クーンがパラダイム・シフトと呼ぶ、かかる転換を私たちは歴史の中で何度か経験した。真実もまた相対的であるという発見は科学という営みの根幹と関わっている。そして定常宇宙とビッグ・バン宇宙の対立は直ちに神学的な議論へ展開することも可能であろう。すなわちビッグ・バンという概念は世界に始まりがあるということを暗示している。「光あれ」のみならず多くの神話や宗教が世界開闢の物語によって始まることは偶然ではない。聖職にあったルメートルがこのような概念に先鞭をつけた点、ビッグ・バン理論にカトリック教会や教皇が好意的な態度をとった点は暗示的であるが、宗教裁判所によって焚刑に処せられたジョルダーノ・ブルーノを想起するまでもなく、科学者たちが教会に好意的であるはずがなく、これらの点はむしろ定常宇宙論者によって批判されることとなったという。最新の宇宙理論が明らかにしたビッグ・バンは直ちにいくつもの疑問を生む。そもそもビッグ・バン以前には何が在ったのか。あるいはビッグ・バンに終わりはあるか。シンも本書の中でいくつかの可能な答えを示しているが、かかる人智を絶した問いを前に私たちが頼るべきは科学であろうか、神であろうか。

by gravity97 | 2009-02-20 21:57 | ノンフィクション | Comments(0)

佐藤優『自壊する帝国』

b0138838_6141651.jpg 『国家の罠』を読んだ時の衝撃は今でもよく覚えている。佐藤優の名はいわゆる鈴木宗男事件に連座して逮捕された外務省職員として知っていたが、冷戦終結後の世界状況と新自由主義の台頭をケインズ主義からハイエク主義への転換と喝破し、自らが置かれた状況に対してかくも透徹した認識によって応じる人物が大学や研究所ではなく、外務省という官僚組織に属していたことに私はまず驚いた。それ以来、佐藤は次々に充実した著述の発表を続けている。手島龍一との共著『インテリジェンス―武器なき戦争』では情報収集と分析というインテリジェンスの機微が語られ、自らの大学時代を回顧した『私のマルクス』は卓抜した知識人の形成をめぐる現代のビルドゥングス・ロマンとして読むことができよう。私はこれまで佐藤の著書をずいぶん読んだつもりであったが、なぜか07年の大宅壮一ノンフィクション賞受賞作である本書を読み落としていた。文庫化を契機に通読してみる。
 同志社大学神学部の大学院修了という異色の経歴をもつ佐藤はチェコスロヴァキアの神学の研究をもくろみノン・キャリアとして外務省に入省する。イギリスでロシア語を学んだ後、配属されたモスクワのロシア大使館でソビエト連邦の崩壊に立ち会うという稀有の経験をする。外務省入省からソビエト崩壊前後のモスクワ勤務まで、佐藤のロシア時代の回顧として執筆されたのが本書である。佐藤の異様な記憶力の秘密については『私のマルクス』の中で触れられていたが、博覧強記の佐藤が自分の最も専門とする分野について「見たもの、聞いたことを、可能な限り正確に記録した」訳だから、面白くないはずがない。そもそも神学研究を志す者が大使館職員として共産主義国に赴任するという設定自体が解剖台の上のミシンと蝙蝠傘である。佐藤はモスクワ大学の科学的無神論学科で学ぶ。共産主義とキリスト教は相容れるはずがないが、宗教についてほかにまともに学ぶ場所がモスクワにないため、実は本当の信者こそが「無神論学科」に学んでいる。これはもうフィリップ・K・ディックの世界ではないか。
 本書を読んで、インテリジェンスとは人脈の構築であるということをあらためて強く感じた。どのように情報を収集するか、そのディテイルにおいては随所にフレデリック・フォーサイスばりのエスピオナージュも語られるが、情報収集は基本的に地道な作業だ。佐藤は様々の手段と機会をとらえて人脈を広げ、例えば欧米の情報機関に先駆けて、クーデター直後のゴルバチョフの安否を確認し、日本に打電する。その際に有効であったのは神学部出身という異色の経歴、潤沢な資金、そしてウォッカを数本飲み干しても平然としている体質であった。最後の点はロシアという国の特殊事情もあろうが、本書の中ではレストランでの豪勢な会食や常軌を逸した飲酒、豪奢な品物の贈答といった私たちの常識を超える饗応が語られる。このような出費はインテリジェンスという観点に立つならば死活的に重要な要素であることもたやすく理解されるが、佐藤と異なり、信念をもたないキャリアの外務官僚がかかる濫費を許された時、モラルなきふるまいが繰り返されたであろうことも容易に想像がつく。『国家の罠』で指弾された点であるが、外務省の職員、特に在外幹部の腐敗の根深さは本書を読む時、一層明らかとなる。
 本書の読みどころはロシアでの多彩な人物との交流であろう。外交と関わる全ての仕事は人と会うことから始まり、豪勢な会食や尋常ならざる飲酒もその人物を月旦する機会にほかならない。信頼に足る相手であれば、リスクを冒しても情報を提供し、逆にこちらも情報を要求する。一人の人物の中にマキャヴェリズムとイデアリズムがなんら齟齬なく同居することこそが、インテリジェンスに関わる人間の条件なのであろう。国家が瓦解するというありえない状況の中で、佐藤が関わった人々の運命も翻弄される。モスクワ大学時代の友人からロシア共産党の書記にいたるまで、この激動の中でどのように身を処したかという点をたどることがこのノンフィクションの横糸を形成する。そしてまた佐藤も本省に戻り大使館時代に培った人脈を用いて、歴代内閣のロシア外交を支えるが、彼が「国策捜査」と呼ぶ鈴木宗男議員をめぐる一連のバッシングの中で逮捕され、500日以上に及ぶ拘置所生活を送るという数奇な運命をたどることとなった。
本人による回想であるから、多少割り引く必要があるにせよ、通常私たちが与り知ることがない日本のインテリジェンス活動の内幕を垣間見るだけでも本書は一読に値する。私は必ずしも佐藤の思想的立場に共感するものではないが、少なくとも彼の一貫する姿勢に今日では問われることさえ稀な「教養人」とは何かという問いかけへの一つの回答を看取することができる。そして佐藤のごとき人材を重用することなく排斥する点に現在の外務省、さらには官僚機構の度量が端的に示されている。彼が外務省を追われたことによって日本のロシア外交は太いパイプを失ったのであるが、この結果、外交に関する様々の情報と卓見に満ちた佐藤の手による多くの著述を私たちが読むことができるようになったことは皮肉と呼ぶべきであろうか。

by gravity97 | 2008-12-25 06:15 | ノンフィクション | Comments(0)
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優雅な生活が最高の復讐である


by クリティック
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