イアン・マキューアン『贖罪』

マキューアンから始めることにしよう。
『アムステルダム』はさほど感心しなかったが、2005年に発表された『土曜日』を読み、9・11以後の世界をこれほど優雅に描くことができる作家が存在することに衝撃を受けた。直ちに2001年に発表された本書を読み継ぐ。これは紛れもない傑作である。
大戦前の1935年、大戦下でのダンケルク撤退戦とロンドン、そして1999年という三つの時代を舞台に一つの愛と贖罪の行方が描かれる。
時に凄惨な情景が描かれながらも、マキューアンの文体は優美で繊細である。匂いたつほどに官能的でありながら精緻な文章は『土曜日』の主人公である脳神経外科医の手つきを連想させる。
説話論的な観点に立つ時、意外な「真実」が暴露される結末はミステリーに近く、実際に犯人探しの一面もあるから内容に深く立ち入ることは控えるが、冒頭より周到な伏線が張られ、全ての鍵は『贖罪』というタイトルが握っている。
私が何よりも感銘を受けたのは作者が文学という営みの可能性を深く信頼していることである。同様の信頼は『土曜日』の終盤のエピソードからもうかがうことができるが、『贖罪』にあってはこのような信頼そのものが小説を構成している。
ドストエフスキーは『カラマーゾフの兄弟』の中で暴力が支配する時代にあっても神は信じうるかという問いを提起した。9・11という圧倒的な暴力を経過した私たちは果たして神ならざる文学にそのような信頼を寄せることができるだろうか。

ところで原題の atonement とは文字通り「つぐない」の意味であるが、分節して、at onement と表記した場合、神と一つであること、神との和解を意味する。そして onement とはバーネット・ニューマンが1948年に発表した記念碑的な作品のタイトルでもある。ニューマンはこの作品によって画面を垂直な線条だけで構成する禁欲的なジップ絵画に到達した。ユダヤ人であるニューマンにとって絵画への絶対的な帰依を表明するこの絵画のタイトルと文学への信頼に裏づけられたマキューアンの小説のタイトルの一致はなんとも暗示的ではないか。
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by gravity97 | 2008-04-14 16:40 | 海外文学 | Comments(0)