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Living Well Is the Best Revenge

POSTWAR

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 優れた展覧会は、たとえ展示を見なくともカタログだけでも十分に楽しむことができる。今月の26日までミュンヘンのハウス・デア・クンストで開かれている「ポスト・ウォー」展のカタログを入手した。60ヶ国から218人の作家の作品を集めた展覧会自体も超弩級であるが、カタログがすごい。私はこれほど重量のある展覧会カタログを知らない。その威容は写真に掲げたとおりだ。オクウィ・エンヴェゾー、カティー・シーゲル、ウルリッヒ・ヴィルムスの三人による企画であり、本来ならばエンヴェゾーらのテクストを通読して企画の意図を確認したうえでレヴューすべきであろうが、図版に示された質量ともに圧倒的な作品群はそれだけで豊かな問題を提起する。テクストを参照していないことをあらかじめお断りしたうえで、この大展覧会によって触発された思考を書き留めておきたい。

 展覧会のサブタイトルは「太平洋と大西洋の間の美術」という。モダニズム美術が基本的に大西洋の両岸の美術であったことを想起すれば、サブタイトルの含意は明らかだ。太平洋と大西洋の間とは、端的に全球、地球全体を示しており、アジアとアフリカを含むいわゆる世界美術史と関わる展覧会であることを暗示している。実際にカタログを通覧するならば、名前の読み方もよくわからない中国やアフリカ、あるいは東欧の作家、そして後述するとおり、多くの日本の作家も含まれており、出品作品が世界中から選ばれていることが理解される。戦後というテーマを全世界に拡大することによって展示に一種の普遍性を与えようとする意図が確認できる。それにしてもこのような「普遍性」が当然のものとして受容されるようになったのはごく最近である点についてはあらためて指摘しておく必要があるだろう。それは1989年にポンピドーセンターで開催された「大地の魔術師たち」を嚆矢としており、たかだかこの四半世紀の常識なのだ。そしてかかる同時性、共時性の認識がなければこのブログで扱った池上裕子やミン・ティアンポの研究は成立しえなかったはずだ。この意味において会場となったハウス・デア・クンストが悪名高い「退廃芸術展」と対をなす「大ドイツ芸術展」の会場であったことはなんとも象徴的だ。「大ドイツ芸術展」はゲルマン民族の優位性を誇示する目的で開催され、ナショナリズムと深く結びついた展覧会であったからだ。これに対して今回の展示においては国家や体制、人種を横断するかたちで「戦後」に関する表現が紹介されている。

 まずはカタログに沿って展示の構成を確認しておこう。展覧会とカタログは八つのセクションによって構成され、冒頭にそれぞれ簡潔な説明が付されている。展覧会の劈頭を飾る第一部は「Aftermath : Zero Hour and theAtomic Age」と題されている。アフターマスには直後という意味もあるから、このパートは第二次大戦直後と原子爆弾投下直後の二重の意味をもつ。冒頭に山端庸介の被爆直後の長崎を撮影した写真、そして東松照明と磯崎新の被爆と関連した作品が掲出され、この展覧会は日本の爆心地からスタートする。被爆直後の映像と丸木俊と位里による「原爆の図」、日本のアフターマスが直示的であるのに対して、ヨーロッパの戦争のアフターマス、端的に絶滅収容所の解放は展示の中では暗示的に示されている。一見、テーマとの関連が不明に思われるフランク・ステラのブラックペインティングは「働けば自由になる」というタイトルがユダヤ人強制収容所の入口に掲げられた標語であったことを想起するならば、展示に含まれた理由が理解されよう。しかしさらに深読みするならば、絶滅収容所に関する表象がほとんど含まれていない点は表象の不可能性というランズマン/ディディ=ユベルマン的な問題を浮かび上がらせるかのようである。

 第二部は「Form Matters」と題され、物質との関係が主題化されている。戦後において物質という問題が最初に浮上したのはいわゆる「アンフォルメル」においてであり、その広がりを誇示するかのようにポロックから白髪一雄にいたる多様な作家が取り上げられている。しかし「戦後」においてなぜ物質が作品の主題とされたかという問いはいまだに十分に答えられていない。それは戦災の廃墟に由来するかもしれず、爆心地や絶滅収容所で炭や肉塊と化した人体に由来するかもしれない。かかる物体は再現的なイメージを欠いている。「具体美術は物質を変貌しない。具体美術は物質を偽らない」という「具体美術宣言」の先見性が問われるのはこの点である。私はアクション以上にかかる特異な物質観こそが初期の具体美術協会の特質を形作ったと考えるが、この点はいまだにほとんど論じられたことがない。白髪からフォートリエにいたる一連の物質的な絵画と並んでアルベルト・ブッリの毀損された表面やニキ・ド・サンファールの射撃絵画といった作品は傷ついた身体の換喩/提喩として成立しており、「戦後」というテーマにふさわしい。一方でエヴァ・ヘスや草間彌生の立体も確かに身体の提喩であるが、「戦後」というテーマとの関係が不明確に感じられる。この展覧会では1945年から65年までの美術が扱われているが、50年代までに対象を限定した方がテーマをより明確に示すことができたのではなかろうか。この展覧会を読み解くうえでは第二部と続く第三部「New Images of Man」を対比的にとらえるのがよかろう。今述べたとおり、第二部においても身体は潜在的なモティーフであったが、表現としては換喩的もしくは提喩的であった。これに対して第三部においては身体がアイコニックに表象されるという意味において、作品は隠喩的な構造をとる。そしてここに表現された「人の新しいイメージ」は大きく二つに分類できるだろう。まずピカソやシケイロスにみられる現実の戦争や事件に触発され、対象にデフォルメを加えながらも直接的に表象する作品である。これに対して、フランシス・ベーコンやヴィレム・デ・クーニングらは具体的な出来事ではなく人体の変形や歪曲を主題としている。今日、重要なのはいうまでもなく後者であり、20世紀の前半にあって身体の表現を次々に革新したピカソもついにこの時点で時代に遅れたことが暗示されている。このような限界は、人類が原子爆弾と絶滅収容所という未曾有の地獄を体験したことと関わっているのだろうか。「戦後」ならぬ「戦前」の表現の頂点を画したあの《ゲルニカ》と出品作品との比較はこの問題を考えるにあたって意味をもつかもしれない。きわめて興味深い作例は河原温である。今回の展覧会には千葉市美術館所蔵の《考える男》が出品されている。これまで河原の初期作品は海外の同時代の動向と対比されることがなかったが、この作品はフランシス・ベーコンやゲオルグ・バゼリッツの傍らに置かれても全く遜色がない。「死仮面」や「浴室」シリーズといった同じ時期の作品も同様のはずだ。断片化された身体、客体(オブジェ)としての身体、そしてフリークスへの関心、彼らの作品は多くの共通点をもつ。河原の問は50年代のいわゆる「密室の絵画」の代表的な作家として知られている。冷戦構造が強化される50年代にあって線描性や色彩の抑制、印刷物との親和といった特性によって論じられてきた「密室の絵画」の世界的な同時性を私は今回のカタログを通じてあらためて感得したように思う。これまで「密室の絵画」は当時の社会状況との関係で論じられることが多かったが、より広い普遍性あるいは必然性を有していたのではないだろうか。

続く第四部、「Realisms」(複数形である点に注意)のセクションも興味深い。レナート・グットゥーゾからアンドリュー・ワイエスまで多様な作品が紹介されているが、このセクションを通覧するならば、戦後美術においてリアリズムとは端的に社会主義リアリズムであり、社会主義の美化と深く関わっていたことが理解される。スターリンや毛沢東といった個人崇拝のイメージのみならず、リアリズムは蜂起や社会闘争、労働争議といったモティーフを好んだ。ひるがえって今挙げた「密室の絵画」もこのような特性をはらんでいたのではなかろうか。つまり河原や池田龍雄らの絵画はこの展覧会でいえば第三部と第四部、新しい人間の表現とリアリズムという二つの主題を総合する営みであったとはいえないか。先日、埼玉県立近代美術館等を巡回した「日本におけるキュビスム」において別の角度から検証されていた問題であるが、私は日本の1950年代の美術はなお十分に解明されていないように感じる。

 ここまで扱われた作品が具体的、物質的であったのに対して「Concrete Visions」と題された第五部では抽象的な動向が扱われる。冒頭にコンクリート・ポエトリーについての論文が掲載され、北園克衛の図版が掲載されているのには驚く。カール・アンドレやロバート・モリスと並んでこのセクションで詳しく紹介されているのはリジア・クラークやヘリオ・オイティシカら、ブラジルの戦後美術の動向である。これまでにこのブログで扱ったいくつかの展覧会や研究を通して、私は欧米圏において近年、中南米の美術への関心が高まっているように感じる。例えばクレア・ビショップの研究では60年代のアルゼンチン美術に紙幅が費やされていたが、パフォーマンスを中心としたきわめて「具体的」な美術の一方で、ここで取り上げられた多くの抽象的な造形が軍政下にあった中南米諸国で制作されていた点は興味深い。前のセクション、「レアリズム」と対比するならば、ここにかつてのソビエトの共産党政権下における社会主義レアリズムとロシア構成主義の対立関係の反復を見出すのは私だけだろうか。さらにミニマル・アートへと補助線を引き、一見非政治的な作品とベトナム戦争との関係を問うならば、なるほど「戦後」に新しい視界が開けるかもしれない。このパートにはなぜか具体美術協会の二人の作家、田中敦子の布の作品と元永定正の色水による構成も収められていることを付言しておこう。

 続く第六部「Cosmopolitan Modernism」と第七部「NationsSeeking Form」においては対比的な問題が扱われている。前者がアラブやアフリカの未知の作家によってモダニズムという西欧に特有のパラダイムの相対化を試みるのに対して、後者は国旗や神話、伝説といった象徴的なイメージによって国家ないし民族を統合しようとする試みを紹介している。最初に触れたとおり、この展覧会は西欧を特権化することなく全球的な「戦後」の表象を確認することを目的としているから、モダニズムの相対化と、とりわけ第三世界をめぐる統合の象徴の探求という意図はわからないでもない。例えばマーク・トビーのホワイトライティングとイブラヒム・エル・サラヒというスーダン生まれの画家の作品が対置される時、複数のモダニズムの可能性が示唆されるかもしれない。しかしほかのパートに比べてこの二つのパートは作品数が少なく、なによりもポスト・ウォー、戦後という問題といかに切り結ぶか、作品を見る限り必ずしも判明ではない。おそらくこの二つのパートは戦後における植民地の独立、そして第三世界の伸長と深く関わっているが、主題性としての凝縮力にやや欠ける。最後の第八部は「Networks, Media &Communication」と題されている。冒頭の解説によれば、「戦後」の最終局面として、マス・カルチャーや消費社会に関わる記号の提示に代わり、テクノロジーを介した記号の循環と分配の時代の到来を意味しているらしい。ラウシェンバーグ、ウォーホルからボイスまで、そしてほかのパートと同様に多くの名も知らぬ作家まで多様な作品が紹介されているが、その選択の基準はこれまでにも増して恣意的に感じられる。経度と緯度を示した河原温の作品はともかく、高松次郎の紐の作品や田中敦子の「電気服」がこのセクションに分類された理由が私には理解できない。

カタログを通覧するだけでも様々な発見がある。いくつかの所感を記すならば、まずこの展覧会においては戦後美術にあってドグマティズムとして機能したグリーンバーグ流のフォーマリズムは完全に相対化されている。相対化されているどころか、この展覧会には抽象的な作品自体が少なく、抽象的であっても多くは人の姿や手の跡を感じさせる。むろんそれはこの展覧会が「ポスト・ウォー」をキーワードとしたテマティックな内容であるためだ。平面性や視覚性に代わってこの展覧会を貫通するモティーフを挙げるならば、人体のイメージと物質性ではないだろうか。この意味においても展覧会のハイライトは前半、とりわけ第二部と第三部に求められるだろう。やや強引な読みをするならば、第二次世界大戦によって人間が物質と化すことを経験した私たちはまさにこの現実から出発しなければならなかったのであり、原子爆弾と絶滅収容所がこの展覧会の出発点となったことは必然性を有している。別の言葉を用いるならば、「戦後」の表現は本質において表象不可能なこの二つの出来事―いずれもその場に居合わせた者の絶滅をその本質としている―をいかにして表現するかというアポリアから始められた、被爆した人々の幽霊のような姿とカンヴァスの上に盛り上げられた絵具がその手掛かりなったことはおおいにありうる。この展覧会で私たちは歪められ変形した身体、そして毀損され破壊された物質に出会う。会場がかつて「大ドイツ芸術展」が開催された建築であったことを再び想起しよう。「大ドイツ芸術展」のカウンターパートであった「退廃芸術展」においても、醜く描かれた人体やコラージュやモンタージュといった破壊的手法のゆえに一群のモダンアートが弾劾され、排斥されたのではなかったか。モダンアートにおいても人体は美化して表現されることがなかったことを想起するならば、この展覧会に出品された作品はその末裔と位置づけられるかもしれない。一方でこの展覧会には、美化された人のイメージが集められたセクションが存在する。いうまでもなく「リアリズム」のセクションであり、そこではスターリンや毛沢東といった個人崇拝の対象および革命や社会闘争の情景が一種の理想化を経て表出されていた。戦後にあって社会主義リアリズム以外にリアリズムは存在しえなかったのであるが、そこで描かれる英雄や正義のための闘争は「大ドイツ芸術展」に出品され、今日忘れ去られた画家たちの作品を連想させないだろうか。この意味においても対象を美化することなく社会的闘争を描いた50年代の日本の「リアリズム」の実践は独特であり、この点からいわゆる「レアリズム論争」が再検討されてもよいかもしれない。

 先にも述べたとおり、ここに並べられた作品はモダニズム美術の正系からは逸脱している。かかる逸脱を検討するうえで興味深い作品が本書の冒頭に掲げられている。グリーンバーグのフォーマリズム絵画理論によればモダニズム絵画の一つの帰結とみなされる画家、モーリス・ルイスが画業の初期、1951年に描いた二つの作品《無題(ユダヤの星)》と《黒焦げの雑誌》である。カンヴァスにアクリル絵具を用いて制作された二つの作品のうち前者は初見であったが(大書された六芒星にタイトルの意味は明白だ)、ユダヤ人虐殺と焚書というナチスドイツの蛮行との関係はタイトルから明らかである。あるいは先に述べたとおり、ルイスと並べて展示されたステラのブラックペインティングも強制収容所の暗示を秘めていた。グリーンバーグやマイケル・フリードによってモダニズム絵画の最終形態とみなされた作家たちが第二次大戦の記憶と深く関連した作品を制作したという事実を私たちはいかにとらえるべきであろうか。彼らがモダニズム/フォーマリズムの文脈に組み込まれるうえでは、戦争の記憶の喪失が代償とされたということであろうか、それともフォーマリズムという原理自体が「戦後性」の解消ともいうべき一種の政治性に奉仕したのであろうか。さらにポロックやマーク・ロスコといった抽象表現主義の作家がいわゆるブレークスルーを遂げる中で、それまでの絵画に濃厚であった人体のイメージと画面の物質性、まさに私たちが論じた特質がいずれも解消されている点は興味深い。抽象表現主義絵画の成立は文字通り「戦後」の超克によって可能とされたといえるかもしれない。

 最後にこの展覧会に出品された日本人作家について触れておきたい。この展覧会には多くの日本人作家も含まれている。しかし私は一種の既視感とともに彼らの作品を確認した。「原爆の図」に始まり、具体美術協会の作家たち、河原温、工藤哲巳、草間彌生から小野洋子にいたるまで、私の知る限りほとんどすべての作品が過去に海外で展示されている。つまり今世紀に入ってほぼ十数年のうちに日本の戦後美術を世界に紹介するにあたってのクリシェが形成されたのである。むろんこれほどの大展覧会であれば対象地域を精査する十分な余裕はなかろうから、以前に欧米で紹介され、カタログに掲載された作品が再度紹介される可能性が高くなることは仕方がない。私が危惧するのはこのような安易な反復を介して、欧米の美術館、ことに商業ベースのギャラリーによって、彼らにとって都合よく日本の戦後美術の独自性が再文脈化されることである。私はこの点についてこのブログにおいてもグッゲンハイム美術館での具体美術展やミン・ティアンポの研究と関連して何度も警告した。先ほど論じたとおり、この展覧会に出品された河原温の初期作品はこれまで海外でほとんど紹介されることがなく、それゆえきわめて興味深い視点を展示全体に与えているし、私はその傍らに池田龍雄や石井茂雄らの「密室の絵画」が展示されていたなら、さらに展示に奥行きが与えられたと感じる。逆に田中敦子の《電気服》や元永定正の吊り下げられた色水の作品は日本の作家も加えることのアリバイ以上の意味をもたないように感じられた。私たちはかかる画期的な展覧会に日本の作家の作品が出品されたことに一喜一憂するのではなく、不在の作品も含めて展覧会の文脈を相対化し、逆に日本の戦後美術の可能性について思いをめぐらせる時期に来ているのではないだろうか。

なお、先日よりexcite blog の投稿の際のフォーマットが強制的に変更され、結果としてフォントやポイントが統一されずおおいに見苦しくなっている。改善を要求する。


by gravity97 | 2017-03-14 22:13 | 展覧会 | Comments(0)