「クロニクル、クロニクル!」

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 終了直前に興味深い展示に駆け込んだ。大阪南港、名村造船旧大阪工場跡を会場とした「クロニクル、クロニクル!」である。ツイッター等で情報を得ていたので関心を抱いていたのだが、一体どのような展覧会かよくわからなかった。まず会期である。今年の1月25日から来年の2月19日まで、なんと一年以上もある。フライヤーをもう少し詳しく確認するならば、展覧会としては今年の1月25日から2月21日まで、そして2017年の1月23日から2月19日までとある。つまり展覧会は二回にわたって繰り返されるが、二つの展覧会の間の期間も会期に含められている訳である。さらに厳密に言えば、今回の展覧会の会期は2月19日に終了する。21日までとあるのは、作品の搬出も含めて展覧会に含められていることを暗示している。フライヤーには「もしかしたら一度起こったことで、それで完結するものなんて何もないんだ」という言葉が引かれている。このブログでもレヴューしたフォークナーの『アブサロム、アブサロム』からの引用らしい。このあたりの批評的な意識にも関心を抱いた。さらに驚いたのは同じフライヤーに唯一掲載されている図版が吉原治良の《大阪朝日会館緞帳のための原画》であったことだ。現在、兵庫県立美術館に収蔵されているこの作品は私も見た覚えがあるが、タイトルのとおり、今は取り壊された大阪の朝日会館の舞台の緞帳として描かれたものだ。手元のカタログで確認したところ、原画ということもあるだろうが、92年の芦屋での回顧展には出品されているが、05年から06年に東京国立近代美術館等を巡回した回顧展には出品されていない。企画者は一体どこでこのマニアックな作品の存在を知ったのであろうか。出品作家のセレクションも謎めいている。吉原や斎藤義重、三島喜美代といったヴェテランが入っているかと思えば、リュミエール兄弟という映画の草創に関与したフランス人、そして初めて名前を聞く若手まで、一体この展覧会はいかなる文脈の中に構想されているのか、私は大いに関心をもって展覧会に足を運んだ。会場で企画者と比較的長い時間対話することができたので、いくつかの疑問は解消された。まだ不明の点もいくつかあるが、予想していたとおり、きわめて示唆に富む展示であり、ひとまずレヴューとして記録に留めておきたい。
 
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この展覧会はなんといっても会場が圧巻だ。四階建ての旧造船工場を私は初めて訪れた。元々は隣接するドックで建造される船の部品や設計図などを制作する場であったらしく、広大で独特の建築である。特に低い天井に無数の蛍光灯が設置された「現図工場」と題された四階部分はそれ自体がインスタレーションの空間であるかのようだ。現図とは原寸大の船体の設計図面のことで、操業当時、かがんだ姿勢でたくさんのドラフトマンが設計に勤しんでいる様子の写真が展示されていた。現在、造船所は佐賀県に移り、この建物は使用されていないが、その内部は圧倒的な存在感があり、ここに作品を並べることは作家にとっても相当にチャレンジングなはずだ。
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少し先を急ぎ過ぎた。今述べた吉原治良の緞帳のための壁画の原画複製が掲げられた入り口を曲がるとリュミエール兄弟が1895年に撮影した〈工場の出口〉という名高いフィルムがDVDによって上映されている。文字通り造船工場の出口で工場の出口の風景が上映されるという同語反復的、自己言及的な展示が実現されている訳だ。その脇を抜けて二階に上がると、受付の横には斎藤義重の《複合体》のマケットというか模型と図面が配置され、斎藤へのインタビューが上映されている。知られているとおり、《複合体》はいくつかのパーツで構成された幾何学的な立体であるが、設置に際して斎藤が立ち会っていることから理解できるとおり、それらを実際に組み合わせる場合は配置や設置に若干のヴァリエーションが介在する余地がある。マケットと図面はおそらくはそれらに関する指示であり、言い換えるならば作品がいかに再現されるかという同一性の問題が関与する。このような作業と先に触れた「現図」の作成、すなわち原寸大の船の設計図面の間にパラレルな関係を読み取るのは深読みに過ぎるだろうか。その傍らには三島喜美代のコラージュを用いた60年代中盤の絵画が展示され、さらに荻原一青という城郭研究家による日本各地の名城を描いた多数のデッサンが展示されている。
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その奥に広がる空間で目を引くのは何体かのマネキンと清水九兵衛の二つの立体、そして牧田愛の変形パネルの絵画である。一番奥には小部屋が二つあり、向かって左側には川村元紀の《Storeroom》というインスタレーション。タイトルのとおり乱雑な倉庫の内部のような空間が提示されている。向かって右側の笹岡敬のインスタレーションは暗い室内の中央にHIDランプが吊された状態で回転し、室内に配置された鏡やミラーボールがそれを乱反射するという作品。カウンターの横から三階に上がると広い空間に作品が散在している。コンセプチュアルな映像とパフォーマンスの残骸らしきオブジェの連なり、建築の部分をモンタージュした写真、水道の蛇口にとりつけられたビニールホースが室内を一巡し、最後は窓から垂れ下がって水を排出する作品。ここでも展示された作品に共通性や方向性を認めることは困難だ。そして最後に四階に上がると、先にも触れた無数の蛍光灯が照らし出す室内はがらんどうで両端にメッセージと写真による作品が貼り付けられている。もっとも、繰り返しとなるがこの空間はそれ自体が作品のような印象を与える。
場所の選定、作家の選定、作品の設置、いずれも謎めいた展覧会は少なくともこの時点ではカタログに類した記録が作られていないこともあり、会場を訪れただけではその内実を知ることが難しい。企画者から聞いた話を私が理解した範囲で記すならば、この展覧会はこの施設を美術と関連させて活用するプログラムとして、プロポーザルの中から選ばれた試みらしい。私のおぼろげな記憶によればおそらく10年くらい前にもこの造船所を舞台に美術系の展示を長期にわたって継続する計画が進められていると聞いたことがある。カタログはないが、会場には企画者からの長文のメッセージのハンドアウトが準備されており、展示の構想の一端をうかがうことができる。少し長くなるが引用する。

「クロニクル、クロニクル!」は1年間続くある出来事たちにつけられた名前です。核となる会場は、1911年に操業を開始した名村造船所。現在は近代化産業遺産にも登録されアートスペースとして生まれ直しているそこは、言わばつくることと生きることがひとつであるような場所です。
つくることといきることを、端的に「しごと」と名指すことができるかもしれない。日々の繰り返しの中で研磨される「しごと」と類するような展覧会をしようと思いました。同じ展覧会を2度繰り返そうと思いました。「繰り返すこと」「繰り返されること」について考える展覧会をしようと思いました。

 このようなコンセプトに基づいていくつかのルールが設定されている。要約するならば、一年間の会期の初めと終わりに日時を区切った展覧会を二度開催し、「繰り返すこと」「繰り返されること」について一年間考え続けるというものだ。展覧会がまだ「繰り返されて」いない状況でかかるコンセプトについて分析することは少々難しいが、これらのテクストを読んで私が直ちに連想したのはロバート・モリスの1969年の個展「日々変わり続ける連続するプロジェクト」である。後にモリスの論文集のタイトルともなったこの個展において、モリスは自身によるインスタレーションに日々手を加えて、少しずつその様相を変えていった。繰り返しが主題とされた本展と、時間的変化が主題とされたモリスの個展とは微妙に問題意識を違えるが、作品の設置や撤収も展覧会の一部と見なす発想、そして特に三階の会場に顕著な、様々の素材が放置された印象はモリスの展示と共通している。さらにいえば私は今回の展示からこのブログでも触れた同じ年、ハロルド・ゼーマンが企画した「態度がかたちになる時」、あるいはホイットニー美術館における「アンチ・イリュージョン」を想起した。いずれの展示も素材や作品が展示というより放置された印象が強く、何が作品か判別しがたい状況が提示されているのだ。例えば谷中佑輔の一連の作品はおそらくその場で実施されたパフォーマンスの残骸であろうことが想像され、作品というよりも何かの痕跡である。内部を水が流れるビニールホースは作品なのか設備の一部なのか判然としない一方で先に触れた「現図工場」はダン・フレイヴィンのインスタレーションと言われれば信じてしまいそうだ。素材とも作品ともつかぬオブジェの傍らには明らかに絵画と認められる作品も展示されており、かかる混沌もまた60年代末の過激な展覧会を彷彿とさせる。先に述べたとおり、会場となった元造船所は場としての圧倒的であり、通常の絵画や彫刻では存在感を示せないために即物性、行為性の強い作品が選ばれたのであろう。
 フライヤーの裏面に四つのキーワードが示されている。すなわち「ジェーン台風」「緞帳」「マネキン」「IMAX」である。フライヤーとハンドアウトの限られた情報量ではこれらのキーワードの意味するところは必ずしも判然としないのだが、まずジェーン台風とは1950年、名村造船所があった大阪臨港地区に大きな被害を与えた台風の名前であり、この台風のために大阪に公立の美術学校を開設しようとする計画が頓挫してしまったという。さらに出品者の一人荻原一青は描き貯めていた城郭の復元図を一度目は空襲で、二度目はこの台風によってすべて失い、展示された作品は三度目に制作されたものである。まさに「繰り返すこと」が続けられた訳だ。さらに思考をめぐらすならば、今回の出品作家の一人である斉藤義重もまた1930年代に制作し失われた作品を30年以上後になって再制作している。かかる問題は今日の美術館や展覧会で多用される再制作という問題を「繰り返し」という視点から検証する契機となるかもしれない。近年、かつての展示を再現する展覧会が流行していることはこのブログでも何度か論じたが、これに対して本展でどのような観点から展覧会の「繰り返し」がなされるかは興味深い問題である。さらにいえば「ジェーン台風」という天災と美術の関係を問うことは、端的に震災後の美術のあり方を問うことでもあるだろう。二番目のキーワード「緞帳」とはいうまでもなく今回複製が展示された吉原治良の緞帳原画に由来する。緞帳とは舞台と観客を遮り、「見るもの」と「見られるもの」を隔てる両義的な存在である。緞帳の意味は存在論的にも深めることができようが、企画者は吉原と緞帳との関係から、吉原が関わった西宮球場の「たそがれコンサート」、そして光という問題へと議論を広げていく。この時、本展にリュミエール兄弟が召喚された理由も明らかであろう。そしてもう一つのキーワード「IMAX」の意味も明らかだ。いうまでもなくIMAXとは特殊な映画映写システムであり、かつて会場からほど近いサントリーミュージアムにもこの方式を用いた劇場が存在した。最後のキーワード「マネキン」の意味も大森達郎、清水凱子、ジャン=ピエール・ダルナという三人の手によるマネキン作品を見るならば明らかとなる。企画者によれば、日本においてはしばしば美術家、特に彫刻家はマネキン製作に関わり、先の引用にあった「つくることと生きること」の狭間にあったといえるかもしれない。これらの作品から村上隆の初期作品を連想することは、この意味においてもある程度の妥当性があるだろう。
 展覧会は通常一過的な営みとみなされてきた。これに対して一年間という異例の長い会期を設け、しかも最初と最後に展覧会を繰り返すという試みはいくつかの批評的な視点を提起する。例えば通常の展覧会においてはいつ来場しても、同じ作品の同じ様相を見ることとなる。しかし多くのパフォーマンスやワークショップを伴うこの展覧会はその残滓としての「作品」を積極的に取り入れることによって、常に姿を変える。先にも述べたようにこのような試みはすでにロバート・モリスに先例がある。しかし今日においてはSNSという技術を用いることによって、かかる変化の状況をリアルタイムに報告することができるし、そもそも一年という長期にわたる展覧会はSNSによる情報発信を介してその都度必要な情報を関係者に提供しながら、「1年間続くある出来事たち」を組織することが可能となったことによって実現したといえよう。通常の展覧会が時間的にどの断面を切り取っても同じ相貌を示しているのに対して、この展覧会においては出来事が蓄積していくとはいえないだろうか。この点においてもSNSは重要な役割を果たす。通常であればすでに終えられたイヴェントはかたちを残さないのに対して、ウェブ上では情報を蓄積することが可能であるからだ。再びロバート・モリスを引こう。モリスはポロックのポード絵画の特質を最終的な画面からそれが描かれた経過を読み取ることができる点に求めた。作品が制作の経過を内包しているというのだ。時間が空間化されていると言ってもよいかもしれない。この展覧会は少なくとも理念の上では同様の意図をもっているかもしれない。すなわち一年間にわたって展覧会をめぐる様々な経験が蓄積されていく試みであり、それは現実においては旧名村造船大阪工場という場において、仮想空間としてはウェブのSNSにおいて日々更新されているのだ。展示は来年も同じ場所で繰り返されるという。おそらく私は来年、もう一度北加賀屋を訪れることになるだろう。
by gravity97 | 2016-02-27 19:46 | 展覧会 | Comments(0)