関口裕昭『翼ある夜 ツェランとキーファー』

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 今年の読書の締めくくりにきわめて興味深い論考を読んだ。単に最後に読んだという意味だけでなく、この一年、そしてこれまでこのブログで論じた様々な対象と深く結びついた内容であった。サブタイトルからわかるとおり、ユダヤ人強制収容所を体験した詩人、パウル・ツェランと現代のドイツを代表する画家アンゼルム・キーファーの二人を軸に多様な主題へと広がる論考である。強制収容所をサヴァイヴした詩人としては今年、このブログでも細見和之による石原吉郎の評伝と研究について論じた。ツェランはセーヌ川に投身し、石原は「法医学的にはどうであれ、文学的に見る限り、明らかに自殺」を遂げたことが知られている。ツェランの死は1970年であるから1945年にドイツに生まれた画家と直接の知遇があったとは考えられない。しかし私も以前よりキーファーの作品をとおしてツェランの詩の一節を知っていた。キーファーの作品のタイトル《君の金色の髪、マルガレーテ》はツェランの有名な詩、「死のフーガ」から引かれている。冒頭と最後を引用する。

 夜明けの黒いミルク私たちはそれを夕べに飲む
 私たちはそれを昼に朝に飲む私たちはそれを夜に飲む
 私たちは飲むそして飲む
 私たちは空中に墓を掘るそこは寝るのに狭くない
 ひとりの男が家に住む彼は蛇たちと遊び彼は書く
 彼は暗くなるとドイツへ書くお前の金色の髪マルガレーテ
 彼はそれを書き家の間に歩み出るすると星々は輝く彼は口笛で猟犬を呼び寄せる
 彼は口笛でユダヤ人たちを呼び出し地面に墓を掘らせる
 彼は私たちに命令する奏でろさあダンスのために

 (中略)

 夜明けの黒いミルク私たちはお前を夜に飲む
 私たちはお前を昼に飲む死はドイツから来たマイスター
 私たちはお前を夕べに飲む朝に飲む私たちは飲むそして飲む
 死はドイツから来たマイスター彼の眼は青い
 彼は鉛の弾でお前を撃つ彼はお前をはずさず撃つ
 ひとりの男が家に住むお前の金色の髪マルガレーテ
 彼は私たちを猟犬で狩り立てる彼は私たちに空中の墓を贈る
 彼は蛇たちと遊び夢見る死はドイツから来たマイスター
 お前の金色の髪マルガレーテ
 お前の灰色の髪ズラミート

 明らかにこの詩は強制収容所を主題としており、壁際で射ち殺されたツェランの母親が反映されているかもしれない。この詩の中からキーファーのいくつかの作品のタイトルがとられている。最もよく知られているのは「お前の金色の髪マルガレーテ」だ。この句をタイトルにした作品は複数存在し、最近では国内を巡回した台湾のヤゲオ財団のコレクション展に《君の金色の髪マルガレーテ》というタイトルで出品された作品が記憶に新しいが、今いくつかのカタログを確認したところ、サーチ・コレクションにも《マルガレーテ》というタイトルの作品が収められているようである。あるいは画集を含めて私は未見であるが、《お前の灰色の髪ズラミート》というタイトルの作品も本書に図版として掲載されている。私はどちらかといえば、美術の領域からキーファーの名前に引かれて本書を手に取った訳であるが、実は私はキーファーの作品をさほど見ている訳ではない。私が最初にキーファーの作品を見たのは、以前、このブログにも記したとおり、1987年、カッセルのドクメンタの会場であった。《オシリスとイシス》という巨大な作品を見てのけぞるほど感銘を受けたことを覚えている。私はその後、フランクフルトとマドリッドで比較的まとまった数のキーファーの作品を見た記憶があるが、キーファーの個展は1993年に日本を巡回した展覧会しか見ておらず、ことに90年代以降のキーファーの絵画の展開を系統的に見ていない。もちろん90年代以降もヨーロッパの美術館でキーファーの作品は何度も見ており、国内にもすでにある程度の数のキーファーの作品が美術館に収められているから、ここで論じられる作品は平面、立体のジャンルを問わず、おおよそ知っているが、キーファーの作品は図版からは読みとることができないディテイルが重要だ。例えば今挙げた、「マルガレーテ」連作では本物の藁が画面に無数に貼り付けられ、ひまわりの花、ガラス片、あるいは灰といった独特の象徴性を秘めたオブジェが文字通り画面を覆っているのだ。キーファーの作品は移動や再現が困難であり、この意味でも大規模な展覧会は難しく、画面の物質的な精彩は作品の傍らに立たないと理解できない場合が多い。本書の内容も近年、ドイツで開かれた展覧会で作品を実見して構想されたと考えられるから、特に近年、キーファーの作品に接する機会の少なかった私は必ずしも十分な理解に立って本書をレヴューすることができないかもしれない。それにしても植物や灰といった永続や定着が困難な素材を多用するキーファーの作品は美術館においてどのように保全されるべきであろうか。最近、現代美術の作品の管理と修復をめぐるシンポジウムが国立国際美術館で開かれたと聞いたが、絵画として実現されながらもキーファーの作品はこのような問いと連なっている。
 本書に戻ろう。ツェランとキーファーというテーマ自体は決して独特ではない。今述べたとおり、キーファーはしばしば作品にツェランの詩篇からの引用を行い、2005年にはザルツブルツのギャラリーで「パウル・ツェランのために」という展覧会さえ開かれている。「『死のフーガ』と灰の花」と題された最初の章では「死のフーガ」を手がかりにキーファーの作品に強制収容所というテーマがどのように導入されているかという点が論じられる。興味深いことにはキーファーの場合は図像ではなく、使用される素材というリテラルなレヴェルでテーマの導入が図られることが多い。確かにキーファーがしばしば描く線路の情景は地平線が高い位置に置かれているため、その行き先が不分明であり、端的に収容所へ向かう鉄路を連想させるかもしれない。しかしキーファーの絵画において、ツェランの体験を直接に連想させるのはむしろ髪の毛、子供服、ガラスの破片といった素材ならざる品々であり、それはガス殺の前にあらかじめ刈り上げられた髪の毛、アウシュヴィッツのバラックに山積みにされた衣類、「水晶の夜」で破壊されたユダヤ人商店街のショウウインドウといったきわめて即物的で具体的な連想を伴うのだ。関口はこのうち、ひまわりという素材に着目し、それが「ナチス・ハンター」として知られるジーモン・ヴィーゼンタールの小説のライトモティーフからもたらされたのではないかと推測する。その当否はともかく、これらの品々を強制収容所の記号として用いるキーファーの手法は部分によって全体を示す提喩と考えられるだろう。同じことを関口は次のように論じている。「1990年、キーファーは久しぶりに《ズラミート》と題した64頁からなる一冊の鉄製の書物を制作した。その表紙の上には人間の黒い髪ひと房と一握りの灰が撒かれているだけである。これこそズラミートのイメージにぴったり合う傑作である。全体をその一部で代用する Pars pro toto と呼ばれる技法は、キーファーにもツェランにもふさわしい表現形態である」しかし物質が堤喩する意味は一通りとは限らないし、時にそれは変容する。この問題は後の章で錬金術との関連において回帰することとなる。
 続く章ではツェランの経歴のうち、インゲボルグ・バッハマンという女性文学者との関係に注目し、ツェランとキーファーの関係が論じられる。優れた詩人であったバッハマンとすでに妻帯していたツェランの関係は時に緊張に満ちていた。アウシュヴィッツの体験はバッハマンの大きな愛をもってしても癒すことができず、ツェランは投身自殺を遂げた訳であるが、キーファーはツェランのみならずバッハマンの詩からも作品のタイトルを引いている。本書を読んで私はあらためてキーファーの教養、特にその文学的な素養の深さに驚いた。関口は私がカッセルで見た《オシリスとイシス》が構図的にバッハマンの詩を引いた作品の先例にあたる点を指摘したうえで、最後にやはりバッハマンの詩のタイトルである《ボヘミアは海辺にある》という作品を紹介する。1996年に制作されたこの作品を私は未見であるし、白黒の小さな図版からはそれがどのような作品であるか理解できない。90年代以降のキーファーについても何らかの機会にまとめて作品を見てみたいと強く感じる。続く二つの章でもやはりツェランとキーファーの間に媒介者を立てて二人の関係が論じられる。それはオーストリアの作家アーダルベルト・シュティフターと音楽家のヴァグナーである。すなわち前者においては鉱物、特に水晶のイメージを介してツェランの「帰郷」という詩とキーファーの絵画が重ねあわされる。そこに「水晶の夜」(破壊されたユダヤ人商店のガラスが水晶のごとく煌めいたことによる)が連想され、さらに関口は結晶という概念からガス室で多くの命を奪ったチクロンBの結晶までも読みとる。一方、ヴァグナーに関してはツェランの「白鳥の危機」という言葉を伴う、謎めいてやや不気味な詩篇が引かれる一方で、キーファーについては白鳥の騎士伝説に基づいた歌劇「ローエングリン」そして「ニュルンベルグのマイスタージンガー」「パルジファル」に着想を得た一連の作品が検証され、さらにキーファー自身が舞台美術を担当したパリの国立オペラ・バスティーユのオペラ公演において白鳥というモティーフがガチョウに変えられていることを指摘する。関口はそこにキーファーの師であるヨーゼフ・ボイスの影響をうかがうが、ヒトラー式敬礼をする作家を撮影した初期の作品以来、異化効果はキーファーの作品の本質をかたちづくってきたことを想起するならば、白鳥がガチョウに転じたとしても私はさほど驚きを感じない。関口の所論は美術史学を専門とする私にとって時にやや強引に感じられないでもないが、本書からは私が詳しく知らない90年代以後のキーファーの作品について多くの知見を得ることができた。そして著者のツェランの専門家としての学識と本書のための調査からも多くを学ぶことができた。
 続く「ライン河とニーベルンゲン」と題された章において召喚されるのはライン河畔に生を受けたユダヤ系の詩人ハインリヒ・ハイネである。関口はライン河流域におけるユダヤ人迫害の歴史をローレライ伝説などと関連させて論じたうえで、ハイネの「ラビ」という未完の小説について言及する。キーファーとハイネの共通点について三つの点を指摘する。まず「不気味なもの Das Unheimliche」という視点、そして「笑い」、最後に上下もしくは垂直方向の運動である。「不気味なもの」とは英語で言えば uncanny 、フロイトの論文のタイトルとしても知られており、抑圧を経て回帰してきた慣れ親しんだものの謂である。関口によればキーファーもこの言葉を多用し、それは抑圧されたドイツ性、端的にナチス時代の歴史であるという。笑いについては容易に了解できる。玩具の兵隊やバスタブを用いて誇大妄想的なイメージを繰り広げるキーファーの方法は笑いと親和し、関口も指摘するとおり、先行する日本語による優れたキーファー研究が「シジフォスの笑い」と題されていたことを連想してもよかろう。垂直の運動については後の章で詳述される。この章ではさらにツェランとライン河河畔の文学者たちの交流が粗描され、さらにライン河を舞台とした英雄叙事詩「ニーベルンゲン」をめぐってツェランとキーファーの接近が論じられる。この章においてはドイツ性に対して詩人と画家がどのような距離をとったかが論じられているから、ナチスの記憶を呼び覚ました1980年のヴェネツィア・ビエンナーレへのキーファーの出品作について論じられることは当然であろうが、このほかに一つの興味深い主題が取り上げられている。それはキーファーと原子力発電所というテーマだ。関口によればチェルノブイリ原子力発電所の事故に関連してキーファーは87年に「太陽の誕生」という書物形式の作品を発表したとのことである。私はこの事実を初めて知った。いかなるイメージか、確認することとしたい。キーファーはフクシマについては一切言及していないとのことであるが、確かに事故以後、私たちにとって原子力発電所もuncanny な存在である。
 続く「《息の結晶》」という章は二人からやや離れて、ツェランの妻であり版画家、画家であったジゼル・ツェエラン・レトランジェについて語られる。私にとっては未知の版画家であるが、図版を見る限りなかなか興味深い抽象的な画風である。註によれば日本でも一昨年、神奈川県立近代美術館の鎌倉別館で開催された「西洋版画の流れ」という展覧会で初めて紹介されたという。ドイツの作家に関してはギュンター・グラスもまた細密な銅版画を制作することで知られているが、ツェランは妻の版画にインスピレーションを得て共作の詩画集「息の結晶」を制作したということだ。死者を想起させるタイトルをもつこの詩画集がツェランの詩作にとって転換点を画していると関口は述べる。ジゼルを媒介としてクレー、あるいはジャコメッティやゴッホといった作家がツェランの視野に入る。私は本書で初めて知ったが、ツェランはジャン・バゼーヌの「現代美術覚書」の独訳者でもあったという。パリに住んでいたツェランが同時代の作家と交流をもったことは当然であろうが、関口によればツェランは特にアンリ・ミショーと交流があったが、画家たちとの関係はなお究明されていないという。クレー、ジャコメッティ、ミショーといった作家たちからは確かにツェランの詩と関連を感じさせないでもない。この章では最後に一人の画家との関係が仄めかされる。それはニコラ・デ・スタールであり、本書のタイトルでもある「翼ある夜」にはスタールの絵画が反映されているという。次の章では美術に続いて、映画とツェランの関係が論じられる。ツェランはアラン・レネの「夜と霧」のナレーションのドイツ語版を監修しているから、このテーマは意外ではないが、これまで個別、限定的にしか論じられたことがないらしい。ここではアンジェイ・ワイダ、エイゼンシュテイン、パラジャーノフといった映画監督の名が引用されるが、キーファーとも関連する監督としてアンドレイ・タルコフスキーが引かれていることはよく理解できる。土や水、そして蝋燭の炎はキーファーの絵画にも頻出するモティーフであるからだ。この章では最後にアウシュヴィッツの表象不可能性をめぐって、ジョルジュ・ディディ=ユベルマンとジェラール・ヴァイクマンの間で交わされた論争についても言及される。当然検討されるべき問題であるが、それ自体が一巻の書を要する問題であるから、本書では事実関係が短く言及されるに留まっている。
 続く「不在の書物を求めて」という章において、実に意外な人物に言及される。もう一人のポール、ポール・オースターだ。オースターは私のお気に入りの作家であり、このブログでも何度か論じた。オースターは1971年にパリに渡り、フランスの現代詩の研究を続けるが、オースターにとって規範となる詩人がツェランであったという。オースターはイヴ・ボヌフォアらが創刊し、ツェランも加わった「レフェメール」という雑誌をとおしてパリの詩人たちと思考を結んだ。残念ながらオースターがパリに渡った時点でツェランは亡くなっていた。オースターのツェランに対する理解の深さ、あるいは英語への翻訳の見事さについては本書において縷述されている。関口の分析を介すならば、「エレガントな前衛」と呼ばれるオースターの小説の端々にツェラン的なモティーフが登場していたことも理解される。「最後の物たちの国で」における焚書の暗示や、「偶然の音楽」における壁を背にした銃殺、「オラクル・ナイト」には実際に収容所のエピソードが登場する。関口によればオースターの父も東欧ユダヤ人であり、二人は文化的にも近いという。この章の最後はツェランから離れ、東日本大震災の被災地を訪れた関口がマシュー・アーノルドそしてレイ・ブラッドベリの「華氏451度」を思いながら、寄せては返す波が書物の暗喩であることに想到した経験を語る美しい文章で終わる。
 最後の二つの章ではツェランとキーファーに共通する二つの主題が提示される。それは飛行と墜落というモティーフ、そして錬金術だ。まずツェランの詩に上空からの視線、つまり鳥瞰の視点およびかなり具体的に飛行機の操縦法の記述の反映がみられることが指摘され、空襲という主題に言及される。ゼーバルトの「空襲と文学」においてはドイツの空襲を主題とした文学はノサック以外にほとんど存在しないと記されているが、私はドレスデン空襲を扱った小説に心当たりがある。ゼーバルトの眼が届かなかったことは無理もない。それはアメリカ人捕虜の視点から書かれたたカート・ヴォネガットの「スローターハウス5」である。ツェランの滑空する飛行機に対して、キーファーは飛べない鉛の飛行機を提示する。関口が指摘するとおり、鉛の飛行機は単に鉛の重量のみならず記憶という歴史の負荷を負っているため地から離れることができない。キーファーの場合はむしろ落下もしくは墜落こそが作品の主題となる。この主題からはイカロスの伝説が連想されるほか、実際に搭乗中に撃墜されたボイスのクリミア半島での体験が反響しているかもしれない。この主題についてもイカロスあるいはイアソンといった参照項を得て、再びツェランが導入されるとともに、天使の墜落というモティーフからはヴェンダースの「ベルリン 天使の詩」そしてシャガールの一連の作品についても論及される。錬金術については詳しい説明は不要であろう。ツェランとキーファーにとって詩作と作品の制作は一種の錬金術的な営みなのである。関口は錬金術を簡単に紹介しうえで、ツェランにとって灰が、キーファーにとっては鉛が第一質量(プリマ・マテリア)であることを実際の作品を用いて論証している。錬金術はしばしばカバラとの関係において説明される。「器の破壊」といった独特のユダヤ教の概念とツェラン、キーファーの作品との関係も説得的に論じられる。ユダヤ教と美術といえばバーネット・ニューマンが連想されるが、キーファーもまたカバラについての深い知識をもった画家であることが理解されるだろう。
 論じ足りない点も多くあることは承知しているが、ひとまず本書の内容を概観した。ここからは主にキーファーと関連して私なりに若干の考察を加えたい。かつて私はマドリッドでキーファーの大作を眼前に長い時間を過ごしたことがある。その際にあらためて了解したことはキーファーの絵画は「読まれるべき絵画」である点だ。もちろんそれは図解や物語ではないし、一意的な読みは存在しない。本書でも詳しく論じられているとおり、そこにはしばしば結合と分解、飛行と墜落といった相互に矛盾する意味が封入されている。私たちは巨大な画面に視線を走らせ、それらの錯綜する物語を読み解かなくてはならない。b0138838_20202498.jpg私はキーファーのカタログや画集をあまり所持していないが、手元にあるいくつかの関連書のうちここに掲げた87年にアメリカを巡回した展覧会、そして93年の日本巡回展のカタログには奇妙な共通点がある。それはカタログの冒頭にテクストなしでモノクロ写真を連ねた一連の頁が存在し、カタログ内に一種の物語として提示されている点だ。キーファーが巨大な鉛の書物を連ねた書架を発表したことはよく知られている。キーファーには書物に対するフェティシズムがあるのではなかろうか。例えば87年のカタログの冒頭に掲げられた「紅海の通過」というフォト・ワークは波立つ海やキーファーの仕事場らしき乱雑なアトリエ内を銀色の直線が貫通し、タイトルともどもモーセの道行きを暗示するかのようだ。私たちも銀色の直線に案内されるように物語/写真の中を通過していく。かかる物語性はモダニズムが忌避したものである。先に私は作品を見る体験について記したが、モダニズム絵画の経験とはマイケル・フリードが「現在性は恩寵である」と喝破した通り、享受にあたって一種の非時間性を理想としている。しかしキーファーの作品を見る体験は徹底的に時間的、持続的なのである。本書を通読して、キーファーが様々な分野について深い知識をもち、それらを作品の中に込めていることをあらためて理解した。ニーチェからヘルダーリン、そしてツェランにいたる様々な文学的素養、カバラや錬金術に関する秘教の知識、さらには音楽や演劇についての関心、これらすべてが投入される芸術は一種の総合芸術であり、そもそもツェランとキーファーという本書の問題意識が成立し、様々なジャンルを横断して両者の関係が究明されるためには、かかる前提は必要不可欠であっただろう。同じように国家の犯罪を告発するにあたってゲルハルト・リヒターが刑務所内で謀殺された「過激派」のイメージのみをモノクロームで描き、あくまでも意味性を削ぎ落として提示したのに対して、キーファーの絵画はあまりにも過剰だ。この点がキーファーの絵画を不穏にしているのではないだろうか。モダニズムが真善美を切り分け、ジャンルごとの純粋化を目指したのに対して、キーファーは美術と文学を、絵画と書物を、イメージと物質をもう一度総合することによって新しい表現を生み出そうとしているように思われる。総合芸術といえばヴァグナーのオペラが連想されよう。かつてツェランが生きた時代、人々は総合芸術に陶酔する一方で、詩人を収容所へと追放した。「総合芸術」という誘惑はかかる危険性を秘めてはいないか。むろん私はキーファーの芸術を否定するつもりはないが、この問題はさらに徹底的に思考されるべきであると感じる。本書でその一端が示されたツェランとキーファーという対比の中から浮かび上がる問題群はおそらく20世紀芸術の本質と関わっているだろう。
by gravity97 | 2015-12-31 20:16 | 現代美術 | Comments(0)