中上健次 ふたたび、熊野へ

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 集英社のクオータリー、『kotoba』は時折、作家の特集を組む。以前も開高健の特集を興味深く読んだ記憶があるが、最新号では生誕70周年ということで中上健次が特集されている。このブログでも以前、17回忌の折りに『ユリイカ』で組まれた特集について論じたことがある。同じ作家の、それも作品ではなく雑誌による特集を二度にわたって評することはこのブログとしても異例ではあるが、中上はそれにふさわしい作家であろう。
 7年前の『ユリイカ』の特集がどちらかといえば作品主義で、それゆえ文学を主たる対象としていたのとは対照的に、今回の特集は中上という作家を中心に据えて、むしろジャンルを超えてこの作家を開いていく印象がある。それは時を経てこの作家が遺した作品の可能性が豊かな結実を生んだことを暗示しているかもしれない。いずれの文章もテーマを定めて比較的短いため、読みやすい。そして柄谷行人や浅田彰、あるいは渡部直巳といった中上特集の常連がほとんど寄稿していない点もこの特集の特徴だ。前回の『ユリイカ』の特集の中で渡部が熊野大学の運営を若手に譲ることを言明していたが、現実に中上の作品を批評する顔ぶれも世代交代している感触がある。実際に今回の特集においては奥泉光といとうせいこうの対談、中上と映画について論じた四方田犬彦のテクストを除いて(偶然ではあるが、この三名はこのブログで何度か論じた私のお気に入りの作家や批評家である)、執筆陣に既視感はない。それどころか、都はるみ、大澤真幸、町田康といった書き手は中上との関係が時に当然、時に不思議に感じられながらも新鮮である。中上は92年に没しているので、今回の特集は中上を実際に知る執筆者と中上以後に活動を始めた執筆者が混在している印象を与える。
 最初に中上の長女、中上紀の解説を付した略年譜が掲載されている。かなり簡略化され、多くの図版が付されているため、逆に長女の目を通した作家の生涯が手に取るように理解できる。あらためて通読し、作家の生涯の短さと活動の広がりを知る。中上は1992年に没した。私が最初に中上の小説、文春文庫版の『岬』を読んだのは1982年頃であったと記憶するから、私は10年ほど作家を意識しながら時代を共有した訳であるが、それにしても短すぎる。しかも初読で中上を理解することは難しい。おそらく中上の小説、特に初期作品を読んだ者であれば同じ感想を抱くであろうが、中上の初期の小説はなんともいえない晦渋さを秘めている。その後も折に触れて私は中上の小説を読んだが、今確認したところ、私が『地の果て、至上の時』を読んだのは新潮文庫に収録されたタイミング、1993年のはずだ。あらためて書庫に降りて私が所持する文庫本の奥付を確認するならば、私が『19歳の地図』から『奇蹟』、『讃歌』から『日輪の翼』にいたる代表作のほとんどを集中的に読み継いだのは1990年代前半という短い期間、つまり中上の死の前後であったことがわかる。今述べたとおり、私は必ずしも中上のよい読者ではなく、作家と同伴しているという意識もなかったから、文庫化された小説ばかりを読んだという事情はあろうが、このブログのBOOKSHELFの0013を参照していただけばわかるとおり、私は中上の小説をほとんど文庫本で読んでいる。これらに加えて、未完という理由で単行本として発表される可能性が低かった小説を集めた集英社版の全集の12巻と13巻を通読することによって私はひとまず中上の小説世界を概観することができたと感じていた。確か柄谷行人が中上の訃報に接した際、書店の店頭に中上の本がほとんど並んでいないという事態に愕然として全集の刊行を決意したと記していた記憶があるが、現実には少なくとも中上の没後、しばらく経過した時点においては代表作が手軽に入手可能な状況があった。しかし20年が経過して再び状況は変わったようである。先般私は池澤夏樹編集の「日本文学全集」の中上の巻に「鳳仙花」が収められているのを目にした。この作品も名作であるから、それ自体は特に不審に感じなかったが、今回の特集に付された主要作品ガイドによればこの長編は二度にわたって文庫化されながらも長年絶版が続いていたということだ。今回、全集の中に収められた理由はこのような不在を補正する意味があったかもしれない。確かに今、アマゾンで検索しても入手可能な中上の小説はそれほど多くない。新たにインスクリプト版の「中上健次集」が刊行されつつあるとはいえ、戦後日本を代表する作家の作品を手に入れるのが容易ではないという事態を出版界は危機感をもって認識すべきであろう。
 やや話が逸れた。生涯の短さに続いて活動の広がりについて触れよう。広がりとはいくつかの含意をもつ。一つは空間的な広がりである。中上は1979年に一年間の予定でロサンゼルスに転居し、その後もソウル、あるいはアイオワ大学(以前このブログで触れた水村美苗の「日本語が亡びるとき」で言及されたワークショップだ)、パリ、ニューヨーク、ハワイといった場所を訪れ、時には長期にわたって滞在している。特集の中では例えば島田雅彦がニューヨークにおける中上、荒木経惟がソウルにおける中上の行状について報告しており、それなりに興味深い。これらのエピソードは作家が本質的にコスモポリタンであることをうかがわせるが、これらの体験、特に欧米での生活体験がほとんど小説に反映されていない点も興味深い。中上の小説では時に東南アジアやラテンアメリカが扱われることはあっても私の記憶する限り欧米の都市が舞台とされたことはない。そして東南アジアやラテンアメリカも常に路地とのつながりにおいて主題化されているのだ。作家が夭逝したことを考慮するにせよ、この点は中上にとって路地の呪縛がいかに強かったかを暗示しているだろうし、さらに言えば路地が解体された後、その遍在性に想到し、「異族」のごとき未完の小説が生みだされるうえで、これらの土地での体験は意味をもったのではないだろうか。もう一つの広がりはジャンルを超えた広がりだ。水谷豊、都はるみ、荒木経惟、菊池成孔、寄稿者を任意に挙げることによっても単に文学を超えた中上の活動の広がりは明らかであろう。そして映画や演劇、歌謡からジャズにいたる異なったジャンルを作家が全力で侵犯していく様子は寄せられた多くのテクスト、そして実に生き生きとした中上の表情を記録した多くの写真からも明らかであろう。私は中上を基本的にモダニストであると感じる。彼の文学的素養は明らかにモダニズムに根ざしており、もし彼に圧倒的な影響を与えた作家を一人挙げろと問われるならば疑いなくフォークナーであろうし、彼が第一次戦後派を全否定した理由もこの点に求めることができるかもしれない。それにも関わらず、中上が絶えずジャンルの越境を試みていたことに私たちは留意すべきであろう。
 ジャンルの越境という点で興味深いのは来年の夏以降、上演が予定されているやなぎみわによる「日輪の翼」のトレーラー公演である。私は彼女が中上のこの作品に強い関心をもっており、将来なんらかのかたちで上演したいという希望をかなり早い時期に本人の口から聞いていた。この作品の上演にあたってやなぎは正攻法と呼ぶべきか、オバたちが乗り込むトレーラーを台湾から買い付けることから始めた。夏芙蓉が描かれた巨大なトレーナーの威容に私もこのブログで論じた二つの機会、すなわち森村泰昌がディレクターを務めた昨年の横浜トリエンナーレ、そして今年春に京都で開かれた京都国際現代芸術祭PARASOPHIAの会場で接した。やなぎと中上のコラボレーションは実に興味深い。グランドマザーズに代表されるとおり、やなぎの作品が多く女性原理を主題としていたのに対し、中上の小説におけるマッチョな男性原理とオリュウノオバあるいはトレーラーの中のオバたちが体現する女性原理の関係は複雑だ。舞台自体が場所をもたず、移動するという発想は路地の遍在性と関わっているだろうか。やなぎがこの特集に寄せたテクストの次のような末尾は来年夏より日本各地で公演されるという、やなぎ版「日輪の翼」への期待をいやがうえにも高める。

 
 オバたちの御詠歌と、路地の若者たちが歌う「ソドムの福音」がせめぎ合い、重機と男女のアクロバットが、けばけばしいネオンに輝く、美しく凶々しい「一瞬」。空にかかった虹をつかもうとするような見世物の浅ましさと哀しさは、究極までいかなければ崇高さに結びつかない。絶え間ない飛翔と落下。中上作品に肉薄できるのは唯一その方法しかないだろう。

 知られているとおり、中上は46歳の若さで他界した。収められたテクストの中である者はラテンアメリカを旅する中上を夢想し、ある者は国会議事堂前で怒鳴っている中上を想像する。生前に一本だけ中上が撮影した映像について論じる者がおれば、書かれることのなかった二つ目の戯曲に思いを向ける者もいる。1986年、40歳の時に熊野で撮影されたという表紙のポートレートがよい。最初に述べたとおり本特集は作家の生誕70年を機に編まれた。しかし私は70歳の中上を想像することができない。早世した作家の姿に思わず「千年の愉楽」に登場する「中本の一統」の若衆たちを重ねてしまうのは私だけではないはずだ。果たして中上も彼らのようにいつか転生して、また私たちの前に姿を現してくれるのだろうか。このような「奇蹟」があながちありえないとも感じられるほどに彼の小説は私たちを今も鼓舞してくれる。
by gravity97 | 2015-12-19 12:13 | 日本文学 | Comments(0)