アイザック・バシェヴィス・シンガー『不浄の血』

b0138838_20105556.jpg 風土と文学。私たちは一つの土地、民族、あるいは言語に属する集団―しばしば強引に国家の名を与えられる―が文学においても一つの共同体を形成するという幻想を抱く。書店の棚で見かける日本文学、アメリカ文学あるいはフランス文学といったカテゴリがそれだ。確かに19世紀以前であればかかるカテゴリはある程度の意味をもつかもしれない。私たちはドストエフスキーとトルストイをとおして「ロシア文学」を、バルザックとスタンダールを読んで「フランス文学」を漠然と知った。そして私たちがなじんできた「近代文学」は結局のところ西欧に由来していた。大学一年の時にガルシア・マルケスの「百年の孤独」を読んで私が受けた圧倒的な衝撃は、西欧近代の外部にかくも広大な文学の沃野が広がっていることを知った驚きに由来する。当時次々と翻訳されたラテンアメリカ文学の傑作は私たちがなじんでいた「外国文学」がいかに限定されていたかを思い知らすに十分であった。密林と砂漠、インディオと修道院、独裁者と軍政。リョサ、ドノソ、フェンテス、このブログでも何度か論じたこれらの作家の傑作は全く異なった風土に根ざした文学の可能性を私に垣間見させてくれた。それではマルケス以後、ラテンアメリカ以外に私はこのような驚きを体験しただろうか。このブログで取り上げた作品に限定するならば、日本で紹介されることの少ない「国籍」をもつ作家としてパレスティナのガッサーン・カナファーニー、南アフリカのクッツェーについてレヴューした記憶がある。しかし前者はあまりにも政治的であり、後者にみられる実存的不安という主題は西欧の近代文学にも共有されていたため、作品を風土の反映としてとらえる発想にはいたらなかった。おそらく唯一の例外はサルマン・ラシュディの「真夜中の子供たち」であろう。インド亜大陸を舞台としたこのエキゾチックな傑作はインドという私にとって未知の風土を強く意識させるに十分であった。
 前置きが大変長くなった。アイザック・バシェヴィス・シンガーの「不浄の血」という短編集を読んで強く感じたのは、私にとってこのような未知の文学的風土がヨーロッパにまだ残っていたことへの驚きである。ほとんどの短編がポーランド、さらに言うならばポーランドの西部、ワルシャワに隣接するルブリン県という県を舞台にしており、巻末にはこの県の地図さえ掲載されている。地名を確認するならば、本書でシンガーが繰り広げる物語の大半はこの狭い地域における出来事であることが理解される。しかしそれはなんとも呪術的で怪奇、エロティックでグロテスクな世界であることか。比較的短い短編が多いが、まるで匂い立つかのように濃厚な物語のごった煮は西欧の近代と隔絶しているのだ。このような読書体験は実に久しぶりである。
 先ほど「国家」という擬制が土地、国民、言語によって構成されていると論じた。この観点からもシンガーの存在は稀有である。1904年(1902年という異説あり)にポーランドにユダヤ人聖職者の家系として生まれ、ワルシャワでデヴューした後、1935年に渡米し43年に帰化し、一貫してイディッシュ語で作品を発表したという経歴は様々のマイノリティーの系譜が交錯するかのようだ。少し説明を加えるならば、国家をもたずディアスポラを強いられたユダヤ人たちはユダヤ教の信仰と律法を自らのアイデンティティーとした。10世紀前後にライン川周辺に住んでいたユダヤ人たちは聖書ヘブライ語と周囲のゲルマン系言語を混交させてイディッシュ語という特殊な言語を用いるにいたった。しかし第二次大戦後、シオニズムの高まりとともに建国したイスラエルは現代ヘブライ語を国語として採用したため、イディッシュ語は東欧のユダヤ人社会の中に取り残されることになった。シンガーはノーベル賞受賞講演の中でイディッシュ語を「故郷喪失者の言語」であり、「異教徒からも同化解放ユダヤ人からもさげすまれてきた言語」であると述べている。シンガーの作品はこれまでにも邦訳がいくつか存在するらしいが、今回の翻訳はすべてイディッシュ語の原典からの翻訳であるとのことだ。翻訳作業も相当に大変ではなかったかと感じるがそれに見合った実に豊穣な物語の世界を味わうことができた。イディッシュ語で著された東欧に居住するユダヤ人たちの物語、ここからどのような内容が予想されるだろうか。まずユダヤ教とユダヤの風俗が濃厚に反映されていることが理解される。律法感謝祭(シムハト・トーラー)、口伝律法(ミシユナー)、導師(レッペ)、異教徒(ゴイ)、神殿崩壊日(テイシャ・ベアブ)任意に列挙したが、これらの頻出する特殊な言葉と発音(ルビで示される)からはユダヤ教と東欧を語源とする言語の結合、一種の異端性がおぼろげに浮かび上がる。今回の翻訳はこのような雰囲気をうまく伝えている。物語の内容は多彩だが、そこでは現世と異界が切れ目なくつながり、抜け目のない人間と悪魔がやりとりし、奇跡と奇譚が連続する。短編と長編、東欧と南米、全く異なった風土を舞台にしているとはいえ、私が本書を読んで「百年の孤独」を連想したことはあながち的外れではないだろう。なにしろ収められた物語のうちの二つにおいては、悪魔が語り手なのだ。マルケスの小説には魔術的レアリズムという形容がなされる場合が多いが、シンガーの短編はグロテスク・レアリズムの名がふさわしい。例えば導師の娘ヒンデレが悪魔と結構させられるという「黒い結婚」という短編から引用する。

 ところが、あろうことか、彼女、ヒンデレは妊娠していた。悪魔の子を身ごもったのだ。ヒンデレはまるで蜘蛛の巣を透かすように腹のなかの子を見ることができた。それは、蛙と猿のあいのこみたいで、仔牛の目と魚の鱗をもっていた。そしてヒンデレの肉をむしばみ、血をすすり、爪を突き立てては、尖った歯で咬みつくのだ。そしてその子はいきなり赤ちゃん言葉を話し出し、ヒンデレのことを「母ちゃん」と呼んで、下品なことばかりわめき散らすのだった。(中略)化け物がくり出すいやらしい話や悪ふざけは聞くに耐えないものだった。しかも化け物は、ヒンデレのからだのなかで小便から大便まで垂れ流すのだ。何としてでも堕ろしてしまわなければ!だけどどうやって?ヒンデレは拳で腹を殴ったり、跳びはねたり、高いところから飛び降りたり、からだをぐいぐいと折り曲げたりした。子どもを堕ろすにはこれが効くというのだ。ところが、なかなかうまくいかなかった。それどころか、化け物はこねたパンが膨らむようにどんどん大きくなり、邪悪な力を蓄えて、ヒンデレの腸を引きちぎろうとするのだった。

 シンガーの小説の雰囲気を伝える一節であるが、このような土俗的な作品をシンガーはポーランドではなくニューヨークで執筆した。このあたりの経緯は「ちびの靴屋」という短編の中に反映されている。フランポル(ルブリン県南部の町。地図の中に地名がある)で靴屋を営むアバは腕のいい実直な靴屋として知られていた。妻ペシェとの間に七人の息子をもうけ、息子たちも靴屋を手伝う。ところが、長男ギンプルはある日突然、アメリカへと向かい、彼の地で家庭を築く。彼を追うかのようにほかの息子たちも次々にアメリカに渡った。残された二人が暮らすフランポルはナチスドイツの侵略を受けて壊滅する。二人は子どもたちの誘いに応じてアメリカに渡り、アバは新天地で再び靴屋の仕事を始める。要約するならば以上のような物語がシンガーらしい幻想と現実が入り混じる魅力的な語りをとおして提示される。1930年代、ポーランドに住んでいたユダヤ人たちの残酷な運命については誰でも知っている。しかし少なくともこの短編集においては、このような背景が暗示される作品はこれのみであり、むしろシンガーは「黒い結婚」のごときグロテスクで寓話性に満ちた物語の中にポーランドのユダヤ人たちの生活を描いた。収録された短編のうち、最後の二つ「ハンカ」と「おいらくの恋」は作家を思わせる主人公が、ブエノスアイレスの講演旅行とマイアミでの引退生活の中で体験した奇譚を描き、新大陸を舞台とした現在の物語であるが、そのほかは舞台こそルブリン県として特定されているが、時代からも世情からも超越した一種の非時間的な寓話として語られている。かかる寓話性とシンガーが生きたであろう時代の苛酷さの関係には興味を覚えるが、検討するために十分な資料がない。長編も含めほかの作品の訳出が待たれる。
 ところで本書の装丁を見て、私は思わず唸ってしまった。いうまでもなくウィーン・アクショニズムの巨匠、ヘルマン・ニッチの絵画が用いられている。血の滴りを連想させる不吉なイメージはまことに本書の装丁にふさわしい。ニッチは生贄の動物を屠る秘教的なパフォーマンスで知られるが、実は本書の中にも屠殺と深く関わる作品がいくつか収められている。ユダヤ教の肉食文化においては屠殺、解体した動物の肉を「清浄な肉」として教徒たちに供するために、屠殺者は宗教的な権威と資格を有さねればならなかった。表題作である「不浄な血」はこの問題と関わり、老いた屠殺業者の後妻に入ったリシェという女が、自らが動物を解体するというタブーを犯す一方で、同じ屠殺場で若い屠殺人と情交を交わし、「血への情欲と肉欲」をともに満たすという地獄絵図のような物語である。彼女が実は狼人間(ブイルコワク)だったという落ちを含めてなんとも凄絶で、本書の白眉といってよい短編だ。訳者もあとがきで記すとおり、屠殺に関しては日本でも職業的な差別感が残っているが、確かに本書の中には差別的ともとらえかねられない言葉が頻出する。訳者もイディッシュ語の翻訳に際しては「口語性の強い土着的な言語であるイディッシュ語で書かれた文学には、現代日本言語感覚や文学観からすると『差別』的にひびく言葉が、それこそ『濫用』されている感がある」としたうえで、このような言葉の使用自体が「一方で差別感情を示し、留保をつけながら、他方では、そうしたあぶなかしいキャラクターをユダヤ社会の中に包摂していこうとするイディッシュ語に特有な言語活動の一部なのである」と述べている。中上健次や井上光晴を持ち出すまでもなく、差別あるいは禁忌といった主題は広く世界の文学に共有されているが、この点においてシンガーの作品はイディッシュ語という特殊な言語と密接に結びつきながら聖と俗、差別と被差別、神と悪魔といった問題に切り込んでいるといえよう。言語と主題、形式と内容の関係に私は大いに関心を抱く。そしてこの問題はさらに展開の余地がある。訳者の解題によれば、シンガーは最初、自分の作品の英語訳は他人任せだったらしいが、次第に自分も翻訳の作業に手を貸し、共訳者として英語版に名を連ねるようになったという。つまり彼は二重言語作家だったのであり、この点でベケットやナボコルとの比較も可能かもしれない。イディッシュ語版と英語版の異同など私としては是非知りたいと思うが、そのような比較は私自身の言語能力をはるかに超えている。ひとまずは本書がイディッシュ語原典より翻訳され、日本語でも読めるようになったという快挙を喜びたい。
by gravity97 | 2015-11-08 20:19 | 海外文学 | Comments(0)