Living Well Is the Best Revenge

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優雅な生活が最高の復讐である

アンドルー・ファインスタイン『武器ビジネス』

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 原題は The Shadow Worldであるから「影の世界」。「武器ビジネス」とはあまりに直截なタイトルであるような気もするが、Inside the Global Arms Tradeというサブタイトルが示すとおり、グローバルな武器売買の内側を描いて衝撃的な内容である。私は自分が生きている世界がこれほどの不正義に満ちていることを知り、あらためてうちのめされる思いであった。
 上下巻合わせて800頁に及ぶ大部の論考であり、決して読みやすくはない。無数の固有名詞が登場し、私は何度も頁を繰り戻してはそれぞれの意味を確認しつつ読み進めた。略称や法律用語、専門用語が多用され、後でも触れるとおり構成は入り組んでいる。しかし調査の積み重ねの中から明らかになる重い事実から目を逸らしてはならないという思いとともに最後まで読み通した。
 訳者あとがきによれば、著者のアンドルー・ファインスタインは「1964年、南アフリカのケープタウンで生まれ、ケープタウン大学、カリフォルニア大学バークレー校、ケンブリッジ大学などで学んだ後、ANC(アフリカ民族会議)所属の下院議員となるが、南アフリカ軍の武器購入をめぐる収賄事件の調査をANCの上層部によって止められたことに抗議して議員を辞職、現在はイギリスに移住」とのことだ。本書の中で仄めかされるとおり、おそらくはユダヤ系の出自をもち、著者の経歴や教育、人脈を通じた多国籍的なバックグラウンドが本書の成立を可能としたように感じる。全六部によって構成される本書の読みづらさの一因はそれぞれの章の主題が見定め難いことに依っているだろう。逆にこの点を整理すると本書の見通しはかなりくっきりとする。第一部では伝説的な武器商人、バジル・ザハロフの生涯を切り口に「武器ビジネス」の本質が明らかとされる、19世紀の中頃に生まれ(ザハロフは本名や生地同様、生年も秘密のヴェールに覆われている)、第一次世界大戦で荒稼ぎしたザハロフの手口は秘密主義、賄賂による誘導、交戦国のいずれにも武器を納入する非道徳的な手口など20世紀以降巨大化する一連の武器産業の不正と強欲をみごとに象徴している。続く第二部と第三部では近年の武器ビジネスの退廃が主に二つの問題を通して論じられる。一つは1960年にイギリスでいくつかの企業を合併させて成立した巨大な企業グループ、ブリティッシュ・エアロスペース(BAE)による数多くの不正工作の暴露である。その中心となるのはマーク・サッチャー、かつてのイギリス首相の息子が深く関わったサウジアラビアに対する大掛かりな武器ビジネス、1985年に調印された「アル・ヤママ」取引だ。攻撃戦闘機約100機をはじめとする莫大な武器の納入と支援業務によってBAEは430億ポンド以上の純益を得たという。武器ビジネスにおいては政治家や議会に対するロビー活動が死活的な重要性をもつ。この取引が成功した背景としてはイスラエルのロビイストが力をもつアメリカからの武器の買い付けが不可能であったこと、BAEがきわめて巧妙なロビー活動を繰り広げたことがある。しかしそれを「ロビー活動」などと呼べるだろうか。本書を読むと武器ビジネスとは結局のところ賄賂の遣り取りであることが理解される。サウジアラビア側のパートナーは王族の一員、バンダル王子であるが、既に本書の冒頭において彼が愛用する価格7500万ポンドの巨大なエアバスが「アル・ヤママ」契約を成立に導いた王子に対して、BAEから贈られた「ささやかな余禄」であったことが明かされている。以前、このブログでローレンス・ライトの『倒壊する巨塔』について論じた際に、私は中東において現在も、王族やその眷族が権勢と贅沢を恣にする一方で、多くの民衆は塗炭の苦しみにあえいでいる点に触れたが、この契約はまさにこのような構造が何によってもたらされているかを雄弁に語る。端的に言って、サウジアラビアの王族たちにとって武器などどうでもよいのだ。彼らにとっては契約と引き換えにBAEから渡される莫大で不正な賄賂こそが目的であり、非合法の賄賂を受け取るにあたって武器ビジネスとは格好の隠れ蓑であった。彼らは英領ヴァージン諸島の銀行を通じてこれらの不正な蓄財の証拠を消す。取引は高額であるが、非人道的な商品の特性ゆえに公的な記録は残されることがなく、しばしば契約自体が秘密のうちに結ばれる。私たちは武器ビジネス、死の商人といった言葉から、人を殺すために用いる道具が商品として扱われることの非人道性に思いをめぐらす。しかし本書を読んで、取引の具体的な内容以前に大金を不正に遣り取りする手段として武器ビジネスが用いられていることを私は知った。当事者にとってはどのような武器を商うかは二次的な意味しかもたないという退廃。第四部で詳しく論じられるジョージ・ブッシュ政権の関係者のみならず、今触れたマーガレット・サッチャーの息子、あるいはミッテラン大統領の息子、そしてサウジの王子たちといった政権の中枢と緊密な関係もつ者たちがこのビジネスに深く関わっていることは武器ビジネスをめぐる闇の深さを暗示している。今や世界最大の武器ビジネス企業の一つであるBAEは本書のいたるところに登場するが、第二部と第三部で扱われるもう一つの主題は武器ディーラーである。彼らも武器取引同様に闇の中の存在だ。私は本書を読みながらアンドリュー・ニコルのフィルム「ロード・オブ・ウォー」を思い出したが、当然の連想であった。本書に登場するロシア人武器ディーラー、ヴィクトー・バウトこそ「ロード・オブ・ウォー」の主人公のモデルなのだから。映画の中でニコラス・ケイジ演じる武器商人はモラルを欠いたビジネスを通して次第にその内面を崩壊させていったが、現実において武器ディーラーたちは世界を舞台にあくどい取引を繰り広げる。崩壊後のユーゴスラビア、リベリアとシエラレオネ、あるいはタンザニア、世界の紛争地を舞台に多くの武器ディーラーが暗躍した様子が膨大な資料を博捜して明らかにされる。一方でこれらの「死の商人」たちが、ナチ・ドイツの元工作員らによって設立された「メレックス」という会社にその起源をもつことも指摘される。「メレックス」の末裔たちが冷戦下の世界に広がっていく様子はスリラー映画を見るかのようだ。例えばチャールズ・テイラー、バウトとも関係の深いこのリベリアの大統領はシエラレオネに侵攻し、数万を単位とする人々を虐殺し、あるいは手足を切断した。テイラーはシエラレオネで採掘されたダイヤモンドと武器を交換することによって、中央アフリカにおびただしい武器を流入させる。このような武器が結果的に多くの虐殺を引き起こしたことは本書で語られるとおりであるが、それらの武器がこの地域に必要だったとは感じられない。武器はいわば賄賂を受け取るための通貨として持ちこまれたにすぎないが、通常の商品とは異なり、結果として多くの悲惨を引き起こした。先に私はオイル・マネーの帰属によって現在の中東に貧困と奢侈の絶望的な格差が存在する点を指摘したが、同様の状況は豊かな地下資源の分配をめぐって中央アフリカでも発生した。本書では虐殺と凌辱、少年兵と無数の武器に彩られた暗黒のアフリカ現代史が生々しくつづられる。読み通すにはそれなりの覚悟が必要だ。
 先に述べたとおり、第二部と第三部ではサウジアラビアとイギリスによる「アル・ヤママ」取引、著者によれば「貿易史上、おそらく最も腐敗した商取引」の帰趨と旧ユーゴや中央アフリカといった紛争地における武器ディーラーたちの暗躍という必ずしも関係のない二つの主題が交互に記述される。しかしこれらの不道徳な行いに対して、司法や捜査当局は決して座視していた訳ではない。プロローグではチャールズ・テイラーとともに虐殺に加担したウクライナ生まれのイスラエル人、レオニード・ミニンがミラノ近郊のホテルで逮捕された場面が描かれる。一方、「アル・ヤママ」取引についてはイギリスの重大不正捜査局(SFO)の捜査員たちがその不正を暴くべく熱心に活動する。しかしBEAのロビー活動、そしてサウジアラビア政府当局の抵抗にあって遂には捜査の中止が命じられる。このような指示にはおそらくトニー・ブレアが関与しており、ブレアの名を引かずとも、この取引が元々サッチャー政権の下で積極的に進められたことを想起するならば、国家的な隠蔽工作が存在したことは明白だ。この結果、本来ならば一つの政権にとって破滅的な収賄スキャンダルとなるべき事件は闇に葬られ、誰一人処罰されることはなかった。本書を読み進めることの困難は武器ビジネスをめぐって、いたるところで不正義が横行し、最終的に不正義が勝利することを確認することの不快さに由来しているかもしれない。誰も処罰されない巨大な犯罪。これについては最後にもう一度立ち戻ることにしよう。
 「兵器超大国」と題された第四部はタイトルが示す通り、最大の戦争国家アメリカをめぐる武器ビジネスに話題が移る。ここにおいてもありとあらゆる不正と欺瞞、虚偽と隠蔽が流通している。著者はまずジョン・マーサ、チャーリー・ウィルソン、ダーリーン・ドルーヤン、ランディ・カニンガムという四人の人物と彼らが引き起こしたスキャンダルに焦点を当てて、アメリカにおける武器ビジネスの歴史を粗描する。ヴェトナム帰還兵として初の連邦議員になったマーサは国防総省の支出を管理する委員会の委員長として莫大な予算を背景に利益誘導を行い、下院議員を務めたウィルソンはCIAを通じて無数の武器弾薬をアフガニスタンのムジャヒディンたちに供給した。ムジャヒディンたちはそれらを手にソビエトにゲリラ戦を仕掛けたが、ソビエトが撤退した後、軍閥政治が跋扈するアフガニスタンには好戦的なイスラム教徒と潤沢な武器が残された。自らが蒔いた種がアメリカ国内でどのような禍々しい花を咲かすこととなったか、2001年にブッシュ・ジュニアは知るところとなる。空軍の高官だったドルーヤンは兵器企業のボーイングと癒着して違法な契約を結び、「トップ・ガン」を詐称するいかがわしい経歴をもつカニンガムは兵器企業に公然と賄賂を要求し、見返りに彼らの便宜をはかった。本書を読むならば、アメリカの武器ビジネスが腐敗する理由は明らかだ。「回転ドア」と呼ばれ、政府と私企業の間を同じ人物が幾度となく行き来するシステムによって、兵器産業の意志はたやすく政策に反映される。ブッシュ・ジュニア政権の高官の多く、例えばディック・チェイニーが「ハリバートン」のCEOとなった一事はそのあからさまな例である。彼らは国家の政策を自らが深く関わる兵器産業に都合のよいものへと誘導することによって私腹を肥やしてきたのだ。さらにファインスタインが軍産議複合体と呼ぶシステム、軍と産業界、そして議会の三つ組みは武器ビジネスの拡張を構造的に保証してきた。本書で中心的に扱われる時代は比較的近年、1980年以後であるが、共和党であろうと民主党であろうと、大統領が誰であろうと、軍産議複合体に支配された体制は変わることがなかったことが明らかとなる。しかしこのためにアメリカが払った大きな代償もまた明らかだ。アフガニスタンに侵攻したソビエトへのゲリラ勢力への支援としてムジャヒディンたちに提供された大量の武器は皮肉にも同じ地へ侵攻したアメリカ軍を苦しめることになる。本書を読むならば武器ビジネスにおいてサウジアラビアが果たした大きな役割が理解できるが(このような意外な組み合わせはスウェーデンと武器ビジネスの間にも指摘できよう。ノーベル賞で知られるアルフレート・ノーベルは、ザハロフ、ドイツのアルフレッド・クルップと並ぶ「死の商人」の原型であった)その王朝に連なるビン・ラディンが同時多発テロの首謀者であったことはきわめて暗示的だ。そしていうまでもない。20世紀のアフガニスタンでの過ちはイランとイラクで繰り返されている。本書ではこれらの地域における武器ディーラーと政権との癒着についても詳細に論じている。「ロード・オブ・ウォー」において主人公が武器ビジネスをとおして自らの内面を荒廃させていく様子は暗示的であった。中東で武器ビジネスに深く手を染めたアメリカは今も自らの兵士たちの血によってその代償を払い続けており、愚かな首相が日本ではなくアメリカの議会で約束したことによって、日本人もまたこれから中東で一片の正義もない血を流すこととなるのだ。本書では軽く触れるに留まっているが、このような武器ビジネスの最新形態が民間の傭兵組織である。この問題についてはかつて『ブラックウォーター 世界最強の傭兵企業』のレヴューで論じた。
 第五部の「キリング・フィールド」において著者は再び現代のアフリカの暗黒に目を向ける。同じ主題が第二部と第三部でも扱われているから重複している印象もあるが、おそらくここには南アフリカに生まれたファインスタインの強い思いが反映されているだろう。ANCの議員を務めていたファインスタイン自身がBEAの絡んだ収賄事件の処理をめぐって議員を辞したという経歴については先に示した。ネルソン・マンデラに率いられ南アフリカの希望の星であったANCが武器ビジネスの中で腐敗したことについての無念さは本書の中にうかがえる。明らかにこの点は本書執筆の直接の動機であろう。武器は人を堕落させる。私たちは本書を読んでこの命題を知る。確かにここで論じられるアフリカのいくつかの国家にはまともな政治は存在していない。しかし悪徳の代償としての武器がこれほど大量に流入していなければ、ここで記述されたほど大きな悲惨は存在しなかっただろう。そもそもそれらの武器は主としてヨーロッパから輸入されたものではなかったか。直ちに思いつく作品を挙げても、「ロード・オブ・ウォー」のみならずフーベルト・ザウパーの「ダーウィンの悪夢」、伊藤計劃の「虐殺器官」そして高野和明の「ジェノサイド」、ジャンルを超えて表象されるアフリカの悲惨は常に武器ビジネスの影に同伴されていたことを私たちはもう一度想起すべきであろう。ルワンダ、コンゴ、アンゴラ、ソマリア、スーダンとダルフール、そしてエジプト、リビア、コートジボワール。第五部では「アンナ・カレーニナ」冒頭の「不幸な家庭はどこもその不幸のおもむきが異なっている」という言葉を連想させるかのように地域を違え、状況を違えながらもいずれも貧困と暴力のショーケースとも呼ぶべきアフリカ大陸の現実が武器ビジネスという観点から照射される。多くの資源に富んだ本来ならば豊かな大陸がかくも無残な状況を呈している一つの理由はそこに流れ込み飽和する武器に求められるだろう。そして今やアフリカ大陸にはアメリカとヨーロッパに代わって中国が大きな影響を与え始めていることが示唆される。「影の世界」のパワー・ポリティクスも次第に変わりつつあるのだ。
 「第六部 終局」においては本書に登場した人物の本書執筆時、2011年の時点における状況が記されている。明暗は大きく分かれる印象だ。本書に登場した武器ディーラーは多くが死亡するか収監され、さすがによい人生を送っているようには思えない。これに対して武器取引に関わった企業や政府関係者、政治家はほとんど罪を問われることなく現在も権勢を誇っている。武器ビジネスの特質を二つ挙げるならば、一つはあまりにも膨大な資金が流入しているため、もはや国家でも統制できない状態になっていることだ。それは国家の中枢に深く食い込み、国家と一体化している。ブッシュ・ジュニアからオバマに代わっても利権構造は盤石なのである。第二点として、武器ビジネスにおいてはいかなる不正があっても罪に問われない。先に述べたとおり、武器のディーラーあるいはブローカーは時に司直の手によって断罪されることがある。しかし本体ともいうべき多国籍企業や政府関係者は常にその手から逃れ、罪を問われない。ここには企業が国家に優越するというグローバリズムの悪夢が反映されているだろう。収益のみを求める企業が国家より優位に立つ時、もはや彼らの不正を裁く手立てはない。本書に先んじて私はフランスのジャンーナリスト、マリー・モニク=ロバンが著した「モンサント」という告発を読んだ。このノンフィクションも戦慄的な内容であり、農業分野において多国籍企業が世界を蚕食している様子を明らかにしている。私は企業とは基本的に倫理的な存在であると考えていたが、モンサント社、あるいは本書で言及される多くの企業、さらにブラックウォーターといった多国籍企業の活動はもはや非人道的、反社会的ともいってよい。そして私たちの首相はこれらの企業にとっても「世界で一番活動しやすい国」を作り出すことを誇らしげに語っているのだ。
 巨大な裏金によって国家、政権を裏側から支配し、罪に対して誰も責任をとらない「影の世界」、日本にもこのような企業が存在する。いうまでもなく東京電力であり、日本の電力会社は潜在的に同様の反社会性を秘めている。そして今やこれらの電力会社は反社会性をむき出しにしてやみくもに原子力発電所の再稼働に向けてひた走っている。これほど悲惨を引き起こした福島第一原子力発電所の事故に対して東京電力の関係者は誰一人責任を取っていないことに私たちは絶望したが、これは欧米の武器ビジネスで繰り返されてきた不正義の延長であったことにあらためて気づく。欧米の武器ビジネスが主題とされているため、本書でアジア、日本について言及される個所は少ない。わずかに「ロッキード・マーティン」による贈賄工作がいわゆる「ロッキード事件」として日本の政界に激震を与えたことが記述されているだけだ。しかし逆に言えば、この点は少なくとも戦後、日本の企業には武器ビジネスと直接に関係しないだけの良識があったことを暗示している。いや良識ではない、端的に憲法という拘束がかかる関与を許さなかったのだ。しかし安倍という戦後最悪の内閣のもとで憲法の実質的な無効化と軌を一にして武器輸出も合法化されようとしている点は周知のとおりだ。戦後70年が経過した現在、武器によって他国民を殺すことを是とするか否か、私たちはまさにその瀬戸際にいるのだ。明後日、8月30日に安保関係立法そして安倍政権に反対する大規模な抗議集会が全国で開かれる。私もこのような集会に初めて足を運ぶつもりだ。
by gravity97 | 2015-08-28 21:24 | ノンフィクション | Comments(0)

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