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Living Well Is the Best Revenge

ジェレミー・スケイヒル『ブラックウォーター 世界最強の傭兵企業』

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 今や私たちは、大江健三郎が「私らは侮辱の中に生きている」と述べ、白井聡が「卑劣漢であることがバレた卑劣漢が卑劣な振る舞いを躊躇う理由はない」と表現した為政者たちの放縦の中にある。私もこれまでの人生の中で時代が悪くなっているとか息苦しくなっていると感じたことは何度かある。しかしこの数年のこの国の異常さは全く未知のものである。私は日本が何か邪悪な存在に乗っ取られたような印象さえ覚えている。その契機は明らかだ。三年前の大震災と原子力災害がこの国の姿を変えてしまったのである。前者の復興からははるかに遠く、後者にいたっては未だに何も解決されないまま放置されている。私たちは漠然とした破滅の予感、終わりの始まりを感じながらそれを口にすることをためらっている。
 アメリカも同様だ。そしてやはり暗転の契機ははっきりしている。2001年の同時多発テロは単にいくつかの施設が破壊され、多くの人命が失われたにとどまらず、アメリカという社会の在り方を根本から変えてしまったように感じるのだ。万人にとって自由な社会から一部の権力者によって支配された暗黒への転落、本書はこの過程を傭兵企業という主題に沿って綿密に検証している。読後感は重く、同時に私はここで論じられる問題がもはやアメリカに限定されないことを直ちに理解した。異民族、異文化への不寛容と敵意は在特会のヘイトスピーチに、膨大な利権を一部の者たちが独占する一方で危険な汚れ仕事を貧困層に押しつける構図は原子力発電をめぐる問題に正確に対応している。

 本書は「バグダットの血の日曜日」と呼ばれる事件から説き起こされる。2007年9月16日、バグダットのニスール広場でアメリカの傭兵企業ブラックウォーターの車列に近づいた民間人の車に対してブラックウォーターの契約要員が手当たり次第に銃を乱射し、イラク人17人が死亡し、20人が負傷した。死者の中には幼児や女性も多く含まれ、遺体は判別できないほどの損傷を被っていた。乱射というより大虐殺という言葉がふさわしい。殺された人々に何の落ち度もないことが多くの証言によって証明されている。しかしこの虐殺の犯人たちは今のところ誰一人として処罰されていない。イラク当局はアメリカ軍に対して厳重に抗議したが、アメリカ軍はブラックウォーターが国務省の権限下にあり、軍の管轄外であると答えた。イラク内務省はブラックウォーターの国外への追放を発表したが、その四日後にブラックウォーターはイラクに戻っている。この事実はイラクに主権が存在しないこと、ブラックウォーターがアメリカの占領政策の根幹と関わっていることを暗示している。なぜ虐殺者が処罰されないのか。その根拠も明確である。2003年から04年にかけて連合国暫定当局長を務めていた大使、ポール・ブレマーはバグダットから脱出する直前に指令17号として知られる命令を発した。この指令はイラクでアメリカのために活動している民間契約要員に完全な免責を与えるという内容であり、これによってイラク政府は契約要員が犯した犯罪をイラク国内の法廷で起訴することができなくなったのである。実際にブラックウォーターをはじめとする武装契約要員の中でイラク人に対する犯罪によって起訴されたものは一人も存在しないという。目のくらむような不正義ではないか。
 ブラックウォーターがいかにして成立したか。著者のスケイヒルはまず創設者であるエリック・プリンスの生い立ちを丹念に取材する。ブラックウォーターが正式に営業を開始したのは比較的最近、1998年5月のことである。プリンスの父、エドガー・プリンスはミシガン州ホランドで自動車部品の巨大な工場を営む実業家であり、町の人口の4分の1近い人々を雇用していたという。プリンスの姉がマルチ商法で悪評高いアムウェイの創設者の息子と結婚していたといった情報も興味深いが、63歳で急死したエドガーを継いだプリンスはまもなく父の会社を売却し、軍と政治に接近を始める。プリンスは海軍特殊部隊(SEAL)に配属され、そこでブラックウォーターの構想を練り始める。SEALはアメリカ軍で最も重要な部隊の一つであるにもかかわらず訓練施設が貧弱であった。軍事訓練は民間の事業としても成立すると考えたプリンスは除隊三ヶ月後の1996年12月にブラックウォーター・ロッジ・アンド・トレーニング・センターを設立し、ノースカロライナ州に警備訓練のための広大な施設を建設する。コロバイン高校での銃の乱射をはじめとする数々の暴力事件の発生、そして小火器による警備業務の外部委託という政府の方針などによって次第にブラックウォーターの存在感は増す。そしてこの民間会社の運命を決定づけたのはいうまでもなく9・11であった。「9・11以後の環境は、エリック・プリンスとブラックウォーターの同僚たちに、会社の将来の繁栄を思うままに描き込むことのできる何も描かれていないキャンバスを提供した。制約はといえば、想像力と人材だけのようだった。ラムズフェルド国防長官は、就任当初から、ブラックウォーターのような民間企業が米国の戦争で担う役割を劇的に拡大する決意でおり、9・11をきっかけにこの政策は急展開していた」私はプリンス及びこの企業の役員たちがキリスト教右派の信条を信奉している点に注意を喚起しておきたい。彼らは同性愛、妊娠中絶、安楽死などに反対し、「州の財源を用いて」刑務所で囚人をキリスト教に教化するプログラムを導入し、神の下に一つの国民であることの崇高性を強調する。彼らの言動にレーガンからラムズフェルドへ連綿とつながる神権政治への憧憬をうかがうことは容易だ。したがって彼らにとってイスラムとの戦いは異教に対する宗教戦争を含意していた。この点を理解するならば、軍とブラックウォーターを問わず、中東におけるアメリカの作戦行動がかくも非寛容で残虐であったことの理由の一端が理解される。
 続いて本書ではブラックウォーターとアメリカのイラク支配においてメルクマールとなった二つの事件についていくつかの章が割かれる。ファルージャとナジャフ、私にも聞き覚えのある二つの都市が舞台だ。サダム・フセインにシンパシーをもつスンニ派の住民が多いファルージャは一貫してアメリカ軍の占領に反抗し、これに対してアメリカ軍はこの街を「侵攻以来、米国当局者は反抗した都市がどうなるのかの残忍な見せしめにしようとしてきた」しばしば「誤爆」によって市民に多くの犠牲者が発生し、2003年4月、学校を接収して占領軍本部としたことに抗議した市民たちに対するアメリカ軍の無差別攻撃は6名の子供を含む少なくとも13名の死者を招いた。ファルージャで日常的に反米意識が高まっていたことは想像に難くない。ほぼ同じ時期にバグダットに着任し、フセインの大統領府に乗り込んだアメリカの占領当局総督のブレマーはプリンス同様に保守派カトリックでネオコンとも深い関係を有していた。この悪名高い人物は9・11直後に次のように語っている。「過去10年間に我々が行ってきた弱腰の攻撃ではなく、より強固な報復に出なくてはならない。(中略)今回はテロリストとその支持者を粉砕しなければならない。これは一つあるいは複数の国との戦争を意味する。長い戦争になるだろう。すべての戦争がそうであるように一般市民の犠牲者が出るだろう。(中略)けれども最後には、いつも通りアメリカが勝利する」ブラックウォーターは高い契約料と引き換えに、イラク人の憎悪の対象となったブレマーの警護を引き受ける。ブレマーは「脱バース体制」化の名のもと、次々に命令を発し、イラクの復興に欠かせない学校教師や医師、公務員といった優秀な人物、そしてイラク軍の軍人を排斥した。イラクの命運はアメリカが握っているというブレマーのメッセージは明確であり、多くの失業者と失業兵士は潜在的なゲリラの供給源となった。この一方で多くの多国籍企業がイラクに入り込み、収奪と強欲の限りを尽くしたのだ。2004年3月30日、4名のブラックウォーターの特殊部隊員がファルージャ近郊で基地に物資を輸送するトラックの護送という任務に就く。規定によれば装甲車で6名の要員で実施されるべき作業は、後部に鋼板が装備されただけのジープで、しかも4名によって遂行された。ジープは途上で銃撃を受け、300人以上の群衆に襲撃された。4名の隊員は惨殺され、切断され黒焦げになった死体は10時間近くもユーフラテス川の上に吊された。このイメージは映像に記録され、アメリカ国内に配信された。この事件から直ちに連想されるのはリドリー・スコットが「ブラックホーク・ダウン」で描いたソマリア、モガディシオにおける戦闘である。この際もソマリアの民兵に惨殺されたアメリカ兵の死体が陵辱され、悲惨な映像に衝撃を受けたクリントン大統領はソマリア内戦からの撤退を決めた。しかしファルージャでは逆の結果を生む。殺されたのはアメリカの兵士ではないが、時に軍がなしえない汚れ仕事を引き受けていた完全武装の戦闘員であった。しかしこの悲劇は現地に食料を輸送する民間人が惨殺されたというストーリーにすり換えられ、アメリカ軍に徹底的なファルージャ制圧の口実を与えたのである。この点からもわかるとおり、アメリカ軍とブラックウォーターは共犯関係にあるといってもよかろう。そしてもう一つの街、ナジャフにおける戦闘で両者の関係は逆転する。2004年4月4日、ナジャフの占領軍本部の警護を請け負っていたブラックウォーターは、本部を取り巻く700人から2000人といわれる群衆に向け銃撃を行い、「数百」人の死者が出たという。交戦の状況をブラックウォーターはヴィデオで撮影し、その映像がインターネット上に流出している。時に差別的な言葉を弄しながら、群衆の中の戦闘員を巧みに射殺していく様子はブラックウォーターの兵士たちがプロフェッショナルであることを示している。そして彼らはそこにいた海兵隊員たちを明らかに指揮しているのである。ここでは傭兵と正規軍の立場が逆転している。これらの事件をとおして、イラクにおけるブラックウォーターの暗躍、そして創始者たるエリック・プリンスの存在は次第にアメリカ国内にも知られる。民主党を中心に傭兵企業という不道徳な存在を弾劾する動きも始まるが、ブラックウォーターとプリンスは様々なロビー活動と大物弁護士を用いた法廷闘争、さらにはCIAエージェントや国防総省監察長官といった悪名高き大物(彼らの不道徳な行状は本書の中で詳述されている)を社内に迎え入れることでこれらの攻撃をかわした。本書を読むと大統領ジョージ・ブッシュを頂点とした右派の人脈がアメリカという国家を蚕食し、イラクを戦場にすることによって得られる利権を独占していることが如実に理解される。
 ブレマーの後任のイラク大使、ジョン・ネグロポンテもきわめていかがわしい経歴の持ち主である。彼はレーガン政権下で中米、ホンジュラスの大使を務めたが、その際には軍事政権を支援し、左派ゲリラを残忍に弾圧する右派民兵を「死の部隊」として編成した。ホンジュラスやニカラグア、そしてエルサルバドルで自ら実践したこのような手法、すなわち宗教や民族の違いを利用し、自らの手を汚すことなく、現地人の部隊による処刑や拷問の恐怖政治を道具として占領地を支配する手法はイラクにも応用された。中南米とイラクとのつながりはこれにとどまらない。ブラックウォーターはどこから人材を得ているか。グローバリズムが広がる今日、その答えは明確だ。人件費が安い第三世界から兵士を徴募し、イラクに送ればよいのだ。ヨルダン、コロンビア、ルーマニア、ネパール、世界の様々な地域から兵士たちは徴募される。兵器を扱った経験があればよい、英語が理解できればさらによい。本書にはブラックウォーターの代理人を名乗る男によってコロンビアで契約書を読む暇もなく集められた兵士たちが四時間以内に空港に行くように命じられ、直ちにヨルダン経由でバグダッドに運ばれ、契約書の不正に気づいて抗議しても、帰りたければ自費で帰れ、さもなければ街角に置き去りにすると言って脅されるエピソードがあるが、さもありなんという印象だ。そしてブラックウォーターがことに重宝するのはチリ人だという。ここにもアメリカの負の遺産が影を落としている。このブログでも何度か言及した1973年9月11日のピノチェットのクーデターの後、CIAに後押しされた軍事政権はアジェンデ支持者に対して残酷な弾圧を行った。1500人の民間人が虐殺されたとされるこの弾圧に携わった特殊部隊員たちは経験においても技術においてもブラックウォーターの「業務」にうってつけであった。本書中、「チリの男」と題された章においては、二重国籍をもつ元チリ陸軍士官の活動をとおして、ブラックウォーターの外国人要員のうち最大の規模を誇るチリの奇襲部隊員たちがいかにしてこの会社にリクルートされたかが検証されている。考えてもみるがよい。拷問や密殺を専門とする元特殊部隊の兵士たちが正規軍として軍紀に縛られることなく、しかもイラク国内での行動について免責されたうえで、ゲリラと一般人の区別がつかない街に放たれた時、どのような振る舞いに及ぶだろうか。
 本書の終盤ではブラックウォーターのアメリカへの「帰還」が論じられる。2005年8月、ハリケーン、カトリーナが上陸したニューオリンズにブラックウォーターは「ハリケーンの救援活動」の名目で乗り込む。しかし重武装した彼らの活動はどう見ても自警団のそれだ。実際、彼らは裕福な事業家に雇われ、ハリケーンに襲われた街で彼らを護衛した。ニューオリンズは一種のショーケースだったかもしれない。9・11と震災の後、ショック・ドクトリン、大規模な災厄に便乗して、平時では不可能な政策を実施することがアメリカでも日本でも続けられてきた。先に私は内戦状態にある近未来のアメリカを描いたポール・オースターの「闇の中の男」についてレヴューしたが、今でさえゲーテッド・コミュニティーの中に住まい、ゲートの外の住民を敵とみなす現在のアメリカの富裕層にとってブラックウォーターは心強い守護者とみなされるかもしれない。
 民営化は時流ではあろう。しかし私は決して民営化、つまり効率に基づいて運営してはならない分野が存在すると思う。一つはいうまでもなく教育と文化だ。これらは見返りを求めない投資であるはずだ。しかし今や公教育も民営化の波に洗われ、大学はもはや教育機関とは呼べないほどの惨状を示している。人文科学の廃部が公然と説かれる一方で、多くの学生は就職のための踏み台としか考えていない。先日も日本の大学をランクづけし「グローバル化」に備えるという、ほとんど狂気としか思えない施策が発表された。そして美術から伝統芸能にいたる広い文化もまた効率性の名のもとに淘汰されて当然という発想がまかり通っている。私の考えではかかる変化はこの十数年ではない、この数年のうちに急速に進んでいる。日本においてそれが震災と原子力災害、そして戦後最悪の政権の誕生と同期していることは決して偶然ではない。そして軍隊もまた民営化してはならない領域ではないだろうか。正規の軍隊であれば軍紀が存在し、法律によって縛られ、一定の正義が存在する。しかしブレマー治下のイラクでみたとおり、傭兵企業には統制する根拠がない場合さえ存在するのだ。ニスールの虐殺の被害者の家族たち、ファルージャで惨殺されたブラックウォーターの社員の遺族たちはブラックウォーターを相手に現在、アメリカ本国で困難な裁判闘争を続けている。ブラックウォーターがいかに自己正当化しようとも、所詮彼らは金銭のために働く私兵である。私はこのような存在がアメリカという国家の内部に深く食い込み、世界中で活動していることに大きな恐怖を覚える。ブラックウォーターに批判的な下院議員は次のように述べる。「突如として、多くの国家よりも強力な一営利企業が世界中を闊歩し、お望みの場所で必要なら政権交代を起こし、しかもそうした行動にアメリカ政府があらゆる支援を提供する事態になった。こうした状況は、民主主義について、国家について、世界政策に対して影響力をもつのは誰かにについて、国家間の関係について、様々な問題を提起している」ブラックウォーターが企業である以上、彼らは仕事の機会を増やすべく活動を行うはずだ。そして彼らの仕事とは国家や宗教、民族や階級の間の憎悪と反目、不信と差別を前提として成立しているのである。
 本書は多くの問題を提起しており、まだ十分に論じていない問題も多く残されているが、最後に一点、不気味に感じられたエピソードを紹介しておく。ネグロポンテの退任の直前、2005年4月21日、ブラックウォーターのアメリカ人傭兵6名が搭乗していたヘリコプターが撃墜された。ブラックウォーターにとってもファルージャ以来の大きな損害であった。この際、ゲリラたちは墜落の直後には生きていたブルガリア人パイロットを見せしめにその場で銃殺し、その模様を映像として記録し、アル・ジャジーラに渡した。私は中東の専門家ではないので間違っているかもしれないが、映像を送りつけたグループはイラク・イスラム軍を名乗ったという。彼らは現在、大きな問題となっているイスラム国の前身ではないだろうか。欧米人に対する憎悪、処刑の情景を記録し、TV放送やインターネットで公開する手法の共通性が不気味に感じられた。報道されているとおり、アメリカはイスラム国を壊滅するためにシリアへの空爆を開始した。ブラックウォーターがこの作戦のどこに位置しているかはわからないが、先に述べたとおりこの戦争は仮借なき宗教戦争へと発展する可能性が高い。世界は新しい大戦、正規軍によらない、宣戦布告なき世界大戦に突入したのではないだろうか。そして国民に問うことなく、愚かな政権が集団的自衛権の行使を勝手に容認した私たちの国もこの戦争と無関係ではないはずだ。
by gravity97 | 2014-09-29 20:19 | ノンフィクション | Comments(0)