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たとえば「批評」をめぐって書きつがれようとしながらいまだ言葉たることができず、ほの暗く湿った欲望としての自分を持てあましていただけのものが、その環境としてしてある湿原一体にみなぎる前言語的地熱の高揚を共有しつつようやくおのれを外気にさらす覚悟をきめ、すでに書かれてしまったおびただしい数の言葉たちが境を接しあって揺れている「文学」と呼ばれる圏域に自分をまぎれこまそうと決意する瞬間、あらかじめ捏造されてあるあてがいぶちの疑問符がいくつもわれがちに立ち騒いでその行く手をはばみ、そればかりか、いままさに言葉たろうとしているもののまだ乾ききってもいない表層に重くまつわりついて垂れさがってしまうので、だから声として響く以前に人目に触れる契機を奪われてしまうその生まれたての言葉たちは、つい先刻まで、自分が言葉とは無縁の領域に住まっていたという事態を途方もない虚構として忘却し、すでに醜く乾涸びたおのれの姿をもはや郷愁すら宿ってはいない視線で撫でてみるのがせいぜいなのだが、そんなできごとが何の驚きもなく反復されているいま、言葉たるためには耐えねばならぬ屈辱的な試練の嘆かわしい蔓延ぶりにもかかわらず、なお「批評」をめぐって書きつがれる言葉でありたいと願う湿った欲望を欲望たらしめているものが、言葉そのものの孕む不条理や夢の磁力といったものであり、しかも、その夢の目指すところのものが、言葉自身による「批評」の廃棄というか、「批評」からそれが批評たりうる条件をことごとく奪いつくすことで「批評」を抹殺し、無効とされた「批評」が自分自身を支えきれずに崩壊しようとするとき、かりに一瞬であるにせよ、どことも知れぬ暗闇の一劃に、人があっさり「文学」と呼んでしまいながら究めたこともないものの限界、つまりはその境界線を投影し、かくして「批評」の消滅と「文学」の瞬間的な自己顕示とが同時的に進行すべく言葉を鍛えておきたいという書くことの背理の確認であるとすれば、誰しも、おのれ自身の言葉の幾重にも奪われているさまに改めて目覚め、書き、そして読むことの不条理に意気阻喪するのもまた当然といわねばならぬ。

by gravity97 | 2014-08-12 15:59 | PASSAGE | Comments(0)
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優雅な生活が最高の復讐である


by クリティック
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