手嶋龍一『宰相のインテリジェンス』

 筆者の手嶋龍一はかつてのNHKワシントン支局の支局長。2001年の同時多発テロに際してはワシントンからTVに出ずっぱりで次々と的確な情報を伝え、強い印象を残した。その後、作家に転じ、ワシントンにおける独自のコネクションを生かして、インテリジェンスに関するノンフィクションや小説を著している。私もそのいくつかを読んだ覚えがある。佐藤優との対談『インテリジェンス 武器なき戦争』はとりわけ興味深かった。
 本書はかつて2011年に『ブラック・スワン降臨』というタイトルで刊行された。文庫化にあたって改題し、全面的な改訂を施したという。「ブラック・スワン」とはありえない事態が現実化することの謂。同時多発テロ、東日本大震災、原子力災害。確かにいずれもこのわずか10年ほどの間に降臨したブラック・スワンたちだ。そして今や私たちはいつ再びブラック・スワンが舞い降りるかもしれない時代を生きている。
 内容はあまりまとまりがない。第1章ではパキスタンでビン・ラディン暗殺のミッションが遂行された際にオバマ大統領がいかにして情報の保秘に成功したか論じられる。パキスタン政府内に内通者がいる状況ではあらかじめパキスタンに通告することはできない。ブラック・ホークという特殊なヘリコプターを用いて海軍の特殊部隊が極秘に潜入し、ビン・ラディンを殺害して帰投する。一つの国家の主権を無視した危険なミッションについて私はこのブログで触れた映画「ゼロ・ダーク・サーティー」でその詳細を知ったが、確かにこのミッションは作戦を関係者にいかに秘匿するかという点こそが作戦の成否に関わっていた。続く第2章ではビン・ラディンの行方をつきとめるため、アメリカの国内法が及ばないキューバからの租借地に建設されたグアンタナモ海軍基地で捕虜たちに虐待を加えながら、情報を集めていった模様が語られる。これもまた「ゼロ・ダーク・サーティー」で活写されたとおりだ。軍の協力がなければグアンタナモへの取材もありえないから、手嶋と海軍の関係はスリリングである。かくして得られた情報に基づいて実行されたビン・ラディン殺害がインテリジェンス管理の成功例とするならば第3章で扱われるのはその失敗例。つまり事前の多くの情報を得ながらも、当局が同時多発テロを防ぐことができなかった顚末が語られる。このあたりの記述は手嶋がブッシュ、オバマ政権内部に何人ものディープ・スロートを擁していることをうかがわせる。この問題に関してははこのブログで触れたローレンス・ライトの『倒壊する巨塔』にも詳しい記述があったことを覚えている。第4章は同時多発テロ当日、ワシントン支局長であった手嶋がいかに采配をふるかったかの記録。手嶋は11日間にわたって昼夜連続の中継を担ったという。第5章もインテリジェンス管理の失敗例が語られる。テロへの報復としてブッシュはイラク戦争に突き進んだが、よく知られているとおり、開戦の根拠とされた大量破壊兵器は遂にイラクで発見されることがなかった。手嶋によればそれは「カーブボール」と呼ばれる情報源からもたらされた偽の情報であったという。しかも同様の誤った情報は無数に存在していた。情報をインテリジェンスという意味のあるそれに変えるためには分析、解析する担当者の手腕が問われることは当然といえば当然だ。ここで明かされる秘話も興味深い。小泉首相当時、イラクの核兵器開発に関する資料を持ち込んだイラク人が赤坂プリンスホテルにVIP待遇で長期滞在したという。小泉政権が官房機密費を用いてこれを遇したが、実際にはそのような資料は存在せず、最終的に逐電した男は詐欺師であったという。もしそのような資料が存在したならば、小泉政権としては窮地に追い込まれていたブッシュ政権に対してなにがしかの貸しを作ることができたが、逆に資料が偽物であれば大きなスキャンダルになっていたはずだ。このエピソードは日本もかかるインテリジェンスをめぐる戦場の最前線であることを示唆している。6章と7章では民主党政権下で悪化した日米関係、そして中東での作戦行動のために東アジアでのアメリカのプレゼンスの弱体化、そしてこれに代わる中国とロシアの台頭が論じられる。かかる困難な状況をもたらした当事者として手嶋は日本の政治家のみならず、アメリカの政権担当者に対してもきわめて辛辣な批判を投げかける。ここで提起された状況が今日さらに深刻化していることは明らかだ。そして最後の章で手嶋は東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故をめぐって菅政権の対応の稚拙さ、そして対照的なアメリカの危機管理の手際よさについて論じる。
 先に述べたとおり、今やいつ次の大地震が発生するかもしれず、かたや福島第1原子力発電所の事故は収束の見通しさえ立っていない。さらに愚かな政権のために隣国との緊張もかつてなく高まっている。ブラック・スワンが何羽も頭上を舞っているような状況の中で本書を読むことはそれなりの切実さを伴う。それにしてもインテリジェンスとは奥深い世界だ。無数にあふれる情報の中から、意味のある情報を選び、情報の真偽を見定め、必要な相手に伝えることができて初めて情報はインテリジェンスへと転じる。このあたりの機微について私は手嶋と佐藤優の著作から多くを学んだ。手嶋は本書の中で「インテリジェンスの世界に完璧な情報など存在しない」とまことに身も蓋もない言明を行っている。確かにそうかもしれない。本書でも触れられているとおり、アメリカという大国が地球の裏側まで派兵し、多くの犠牲とともに敢行した戦争に全く根拠がなかったといった話はにわかには信じ難い。ブッシュとネオ・コンが偽の情報と知りつつあえて開戦したという疑惑は残るにせよ、イラク戦争がアメリカのインテリジェンス収集の歴史に大きな汚点を残したたことに疑いの余地はない。現在、オバマ政権がシリアに軍事介入しようとしているが、多くの同盟国が協調の姿勢を示さないことはインテリジェンスの扱いを誤った際の禍根の深さを暗示しているだろう。
 本書を読んで私があらためて強く意識したのは、インテリジェンスとは内容の真偽もさることながら、その扱い、誰に知らせて誰に知らせないかという点こそが重要であることだ。ビン・ラディン暗殺は確かに標的の所在についてのインテリジェンスを得たことから始まった。しかし一方でこのミッションはインテリジェンスを秘匿し、関係国はもちろん大統領の身辺にさえその進行を隠し通したことによって初めて可能となったのだ。本書の冒頭にこのエピソードを配置した手嶋の意図は明らかである。
 さて、この原稿を書いている途中で2020年のオリンピックが東京で開催されることが決定された。国民が疲弊し、放射能に汚染され、隣国へのヘイトスピーチが公然と唱えられる国でオリンピックを開催するとは、私にはブラックユーモアとしか思えない。そしてこれによってこの国は効率とか収益とかいった経済的価値に代えて国際社会に対して誇りうる新しい価値を提示する最後の機会を失ったことも確かであろう。それにしてもオリンピック招致に関するマスコミの翼賛的報道はどうだ。そしてインターネット上にはオリンピック招致を寿がぬものは非国民だといったコメントが次々にアップされている。
 ブエノスアイレスでのスピーチで私たちの「宰相」は事故を起こした原子力発電所が完全にコントロールされ、汚染水もブロックされていると主張した。公衆の前で平然と嘘をつくことができるのも確かに政治家の一つの資質であろうからそれ自体には驚かない。しかしこの発言によって事故を完全にコントロールし、汚染水をブロックすることはこの政権にとって死活的に重要な案件となった。もちろん素人の私が見てもそのようなことができるはずはない。今後、この政権は原子力災害に関するインテリジェンスをどのように扱うことになるだろうか。東京電力から提供される情報がでたらめであることは今後も変わらないだろうから、これに関してはインテリジェンス以前の問題だ。おそらくこの政権は原子力災害に関するインテリジェンスの秘匿に狂奔することとなろう。私たちはオリンピック招致の代償としてこれから原子力災害の帰趨についてクリティカルな情報を何も知らされることのない7年間を送ることになるはずだ。本書の中でも最後の「著者ノート」に安倍についての言及がある。小泉政権時の官房副長官としてインテリジェンスをめぐる外交の苛烈に触れた安倍がインテリジb0138838_22183142.jpgェンスを集約する日本版NSC(国家安全保障会議)の設立を画策していることは報道されているとおりだ。この機関がかかるインテリジェンス統制の走狗となることもまず間違いないだろう。
by gravity97 | 2013-09-12 22:25 | ノンフィクション | Comments(0)