カズオ・イシグロ『わたしたちが孤児だったころ』

b0138838_17334544.jpg 初めてカズオ・イシグロを読んだ際に受けた感銘はこのブログに『日の名残り』のレヴューとして書き留めた。私は関心をもった作家については固め読みすることが多いが、この作家についてはあえてゆっくりと読み継いでいる。急いで読むのが惜しいのだ。これまでに私は音楽を主題にした短編集『夜想曲集』、カフカ的な不条理小説『充たされざる者』、そしてなんとも切ない読後感を残す『わたしを離さないで』という三つの小説をあえて時間をあけて読んだ。驚くべきことには、内容は全く異なりながらもいずれも傑作と呼ぶにふさわしい。私はイシグロの小説家としての資質にあらためて舌を巻いた。
 久しぶりに同じ作家の『わたしたちが孤児だったころ』を読む。これもまた今まで読んだどの小説とも異なった内容でありながら、いかにもイシグロらしい味わいのある傑作である。実はこの小説に先立ち、私はコーマック・マッカーシーの『チャイルド・オブ・ゴッド』とドン・デリーロの短編集『天使エスメラルダ』を続けて読んだ。いずれもこのブログで応接したことのある作家であり、どちらも相当な問題作である。しかしこの二冊の横に本書を置くならば、私がまずレヴューしたい小説は明らかだ。なによりも『わたしたちが孤児だったころ』には小説を読む愉しみがあふれている。以下、内容にも立ち入りながらこの小説について論じる。
 今、私はカズオ・イシグロの小説がお互いに全く似ていないと述べた。第二次世界大戦前後のイギリスの貴族の邸宅、東欧を連想させる何処とも知れぬ街、近未来の謎めいた寄宿舎。イシグロの小説は舞台も登場人物もそれぞれに異なる。その一方で私は『わたしたちが孤児だったころ』の冒頭に私は既視感も覚えた。「1923年の夏のことだった。その夏、わたしはケンブリッジ大学を卒業し、シュロップシャーに戻ってほしいと伯母が願っていたにもかかわらず、自分の未来は首都ロンドンにあると心に決め、ケンジントンのベッドフォード・ガーデンズ14b番地に小さなフラットを借りた」という冒頭の一文。すでにここでいくつかの説話的な構造が明らかになる。まずこれが一人称によって語られる物語であること、時代と場所が特定可能であること、そしてさらに重要な点はこの物語が未来の一点から回顧として語られていることである。このような語りは『日の名残り』の主人公、執事スティーブンスの語りとよく似ている。事後としての語り、ここには既に一つの説話的な企みが凝らされている。すなわち話者はあらかじめ何が起きたかを全て知っているのに対し、読者は物語の中で生起する事件を話者の語りを通してしか知りえない、このような不均衡をイシグロほどみごとに小説に生かす作家を私は知らない。
 全部で7章から成るこの小説はいずれも章のタイトルに時間と場所が明示される。すなわち1章と2章は1930年と31年のロンドン。3章は1937年のロンドン、そして4章から6章までは1937年の上海、7章は1958年のロンドンが物語の舞台とされている。最初に述べたとおり、この小説は一人称の語り手の気ままな語りによって成立しているから、それぞれのエピソードの時と場所はめまぐるしく変わるが、この章立てを頭に入れておけば物語の推移を追うことはさほど難しくない。最初の二つの章で語り手、すなわちケンブリッジ大学を卒業した青年クリストファー・バンクスによって一つの謎が発せられる。いかなる謎か。勿体ぶる必要はなかろう。この謎は物語の中で明確に語られるし、そもそもタイトルがそれを暗示している。貿易会社に勤務する両親や乳母たちと上海の租界で安穏と暮らしていた少年クリストファーの前から父そして母が相次いで謎の失踪を遂げたのである。イギリスの伯母の元に引き取られ、長じて探偵としての成功をおさめたクリストファーは父母の消息を求めて日中戦争の最中にある上海へ旅立つ。ロンドン出立から上海における探索がこの小説の3章から6章までを占める。父母の失踪にまつわる謎は6章の最後で一応の解明をみる。そして時を隔てた20年後、7章において物語全体が静かに一つの結末を迎える。未読の読者のために謎の解明と最後の結末については触れないが、このように乱暴に物語を要約したとしても作品の魅力は全く色あせない。少しずつ明らかにされる謎、巧妙な伏線と意外な展開、交錯する人間関係、頻繁なカットバックやフラッシュフォワード、イシグロが次々に繰り出す小説的技巧に翻弄される中で私たちはあらためて小説を読むことの愉楽に身を任せる。
 この小説における時制、つまりそれぞれの章がどの時点で執筆されたかを特定することは難しい。一つの手がかりはそれぞれに章の冒頭に書きつけられた日時と場所だ。第2章の末尾に次の記述がある。「だが、今は眠らなければならない。朝には仕事がたくさん待っているし、今日の午後、サラとバスの二階に乗ってロンドンを動き回ったために失った時間も取り返さなければならない」この記述からこの章はクリストファーがロウアー・リージェント・ストリートのレストランでサラ・ヘミングスという女性と再会した日に記されたことが推定され、おそらくそれは章の扉に掲げられた1931年5月15日の出来事であっただろう。したがって章のタイトルに付された年記と地名はそれぞれの章を執筆した時と場所の覚えであると考えられる。この時、この小説は2章と3章の間に大きな断絶をはらんでいる。先に述べた通り、最初の2章がロンドンで1930年代初頭に執筆されたのに対して、3章以降は1937年の上海、具体的にはキャセイ・ホテルで記されたはずだ。(厳密には3章にはロンドンという表記があるが、内容的に上海へ渡航する前触れであるから2章との間に断絶がある)形式的にも最初の二つの章と3章以降には大きな違いが認められる。最初の二つの章ではフラッシュバックが頻繁に用いられ、読者はロンドンと上海、現在と過去をめまぐるしく往還する。しかし3章以降、語り手の意識は現在、つまり1937年の上海に集中する。別の言葉を用いるならば、1章と2章が語り手の記憶に基づいて常に過去を参照するのに対し、クリストファーが上海に赴き、両親の捜索を開始する3章から6章はいわば探索の経過報告、現在形の物語へと転ずるのだ。(ただし時制としては全編を通して過去形が用いられている)かかる複雑な時制の理由は明らかである。先に記したとおり、本書は一人称の話者が事後的に回顧するという形式をとっているため、物語の時間的位置に客観的な判断を下す根拠が存在しないのだ。そしてこのような混乱は明らかに意図的に導入されている。上海での探索の過程でクリストファーは思いがけなく旧友の日本人アキラ、ロンドンの社交界で旧知であったサラ・ヘミングスらと再会する。このあたりの錯綜、つまり記憶の中に登場した人物と現在形として出会う人物との交錯がこの小説の大きな魅力をかたちづくっているといえよう。
 記憶と現在、このような対比が与えられる際、通常であれば記憶はあいまいであり、現在は明晰なはずだ。しかし奇妙にもこの小説においては語り手の記憶を介して語られる過去の上海はくっきりと浮かび上がるのに対して、父母の消息をもとめてクリストファーが彷徨する1937年の上海は奇妙に歪んでいる。もちろんそれはこの都市が日中戦争という混沌とした状況下にあることが一つの理由かもしれない。実際に物語の終盤でクリストファーは市街戦が繰り広げられている上海を父母の手がかりを求めてさまよう。しかしここで描かれる上海はどこか非現実的なのである。例えばクリストファーを迎える上海市参事会代表、グレイスンなる人物はまもなくクリストファーの両親が囚われの身から解放されると説き、彼らの歓迎式典のプロトコルについて繰り返しクリストファーに質す。唐突に語られるグレイスンの挿話は物語に挿入された異和であり、その意味が明らかになることもない。このような奇妙なエピソードからは長編『充たされざる者』が想起されよう。『充たされざる者』においてはヨーロッパの小都市を訪れたピアニスト、ライダーが彼を迎える人々によって歓待され、「木曜の夕べ」という演奏会への期待を表明される。しかし彼が迎えられた目的、そして彼がなすべき仕事は一向に判明しない。カフカを強く連想させるこの小説においては主人公と彼を取り巻く世界の不調和が主題とされている。東欧と思しき落ち着いた佇まいの街と戦火の中にある上海、舞台は大きく異なるものの、単に人々と意志の疎通ができないだけではなく、そもそも都市の時空自体がねじれているような印象を与える。『充たされざる者』においては車で出かけた遠い屋敷のドアはライダーが宿泊しているホテルに通じており、『わたしたちが孤児だったころ』では上海で偶然に出会ったイギリスの寄宿舎時代の友人に連れて行かれた邸宅はなぜかクリストファーが幼時を過ごした家であったのだ。このような記述は不条理というより夢の中の出来事のようにも感じられる。したがってこの小説は記憶と夢を描いているといえるかもしれない。記憶も夢も意識の中には存在しながら、かたちをもたない。それは小説を読む体験と似ている。
 「わたしたちが孤児だったころ」というタイトル自体も一つの謎を提示している。「わたしたち」とは誰か。語り手、両親を失踪によって失ったクリストファーが孤児であることはたやすく了解される。しかし「わたし」ではなく「わたしたち」なのだ。この小説には三人の「孤児」が登場する。クリストファー、社交界で男から男へと渡り歩くミス・サラ・ヘミングス、そして両親を海難事故で亡くし、クリストファーに引き取られた娘ジェニファーであり、いずれもこの物語の中心に位置し、三人の葛藤は物語の縦軸を構成している。しかし単にこの三人を指しているのであろうか。孤児とは何の係累ももたずに世界に直面する者のことだ。孤児は用心深く、手探りで世界との距離を測る。物語の冒頭にクリストファーがイギリスの学校に転入した最初、いかにみごとに学校や仲間に適応し、社会に順応していったかを誇らしげに語る記述がある。おそらくこの感慨は長崎に生まれ、5歳の時にイギリスに渡った石黒一雄の体験を反映しているかもしれない。しかしさらに広げて私たちは誰でも生まれながらに「孤児」であると考えることはできないだろうか。私たちを取り巻く世界、それは必ずしも私たちにとって調和的ではない。私たちもまた手探りで世界との距離を測りつつ、世界の中で私たちが占めるべき位置を定めるのではないだろうか。上海で少年時代を送り、ロンドンで成長するクリストファーというかなり特異な経歴をもつ人物を主人公に据えながらも、私たちがごく自然に物語の中に入り込むことができるのは、私たちもまた自らの生の中で必死に世界との距離を測っているからかもしれない。それゆえあえて詳しく触れなかった最後の章、自らの孤児性のゆえんを探るクリストファーの探索の結末は読む者に深い余韻を残すのである。
Commented by ノリコ at 2013-10-08 10:31 x
カズオ・イシグロの中でも一番わくわくする、ミステリータッチでヒューマニズムにあふれた作品だと思います。大好きです。
by gravity97 | 2013-08-17 17:40 | 海外文学 | Comments(1)

優雅な生活が最高の復讐である


by クリティック