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Living Well Is the Best Revenge

『虚像の時代 東野芳明美術批評選』(1)

b0138838_9375343.jpg 河出書房新社から『虚像の時代 東野芳明美術批評選』というアンソロジーが刊行された。私が現代美術に意識的に関わるようになった80年代には東野芳明はいわゆる御三家として針生一郎、中原祐介とともに美術界において圧倒的な権勢を誇っていた。私自身熱心に東野の著作、そして様々の媒体に発表される東野の時評を読み継いだことを覚えている。おそらく影響力という点では当時この三人の中でも最も大きかったのではなかろうか。しかし東野は90年代初めに病に倒れたこともあり、今日必ずしも十分にその重要性が認知されていない。今回、このレヴューを書くにあたって調べてみて驚いたのだが、今日、東野の著作は一般的な画集の解説といったさほど本質的ではない仕事を除いて、新刊として入手することが困難である。東野に限らず、この国では現代美術に関する評論は刊行された際に入手しておかなければ時をおかずして絶版状態となり、参照することはかなり困難となる。この意味からも本書が刊行された意義は明らかであろう。
 残念ながら私は御三家のうち、東野のみ面識をもたない。しかし今述べたとおり、80年代にあって東野は私が最も愛読した美術批評家であった。抽象表現主義以降の戦後美術を作家ごとに列伝風にまとめた『現代美術 ポロック以後』は1984年に新装版が発行され、この時期、東野はその続編として後に『ロビンソン夫人と現代美術』としてまとめられる連載を『美術手帖』誌上に始めていた。時はあたかもニュー・ペインティングが勃興しつつあった時期であり、初回のフランク・ステラ論を読んだ際の興奮は今でも覚えている。また当時、デュシャンに関心をもっていた私にとって1977年に刊行された『マルセル・デュシャン』は幾度となく読み返した名著であった。そして単に多くの文章を発表するだけでなく、東野は日本の現代美術をめぐる状況を常に挑発し、活性化に努めていた。この点はそれなりに時代にコミットしていた針生や中原、さらには日本の美術状況に絶えず罵倒を投げかけた藤枝晃雄らと比べてもひときわ印象が強く、この時期、東野は日本の美術批評の中心にいたと言っても過言ではなかろう。美術批評に関わる中で私はごく自然に東野の独特の文体になじみ、東野の著作から多くを学んだ。今述べた通り、東野は90年代初頭、『マルセル・デュシャン「遺作論」以後』を上梓したあたりで病に倒れ、長い闘病生活に入った。まだ60歳という若さであるから無念であっただろう。かかる断絶は私にとっても残念ではあったが、東野の活動と著作に馴染んでいたため、既にその仕事については私なりに理解していたつもりであった。しかしそれから20年余、没後からも10年近くが経過した現在、書店の店頭で東野の主著がほとんど手に入らないという状況を誰が予想しただろうか。言い換えるならば、現在40歳以下の世代にとって東野の批評にリアルタイムで触れる機会はほぼありえなかったのだ。今回、この選集を編んだ二人の編者は1975年と79年生まれであるというからこの世代に相当し、序文には「私たち編者はもちろん、編集者も“ナマ”の東野芳明に会ったことはなく、そのテキストを通してのみ東野に出会い、その文章に“ハマッタ”」と記されている。
 この感慨は私も十分に理解できる。東野は独特の文体をもっている。口語に近いくだけた表現の導入。地口や悪ふざけのような表現の多用。文中であなたという呼びかけを繰り返し、読む者を誘い込むような表現。カタカナで表記される文章を文中に頻繁に挿入することにより、レヴェルの異なったテクストを論考の中に編み込んでいく手法。一言で言うならば、東野の文体は読者に向けられた一種のアジテーションであり、「評論家」の無味乾燥な文体の対極にある。先に挙げた何人かの批評家、針生や中原、あるいは藤枝らもそれぞれ独自の文体をもっており、私はそれらを比較する研究があってもよいと考える。あるいは椹木野衣が『日本・現代・美術』において先行する批評家や作家の文体をアプロプリエイトしながら一つの通史、いや反通史を語りえたことは彼らが文体に対して意識的であることを前提としている。その中でも東野の文体は挑発的であり、読者が「ハマル」ことは大いにありうる。しかもこのような文体は時評や軽い読み物だけでなく一篇のアカデミックな論文としても通用する『マルセル・デュシャン』まで一貫している。
 本書の目次を見て驚いたのは、東野の著述にはそれなりに精通したつもりでいた私にとっても初見の文献がほとんどであったことだ。書誌的事項を確認して納得する。ほぼ年代順に並べられたこれらの論考のうち、最も早い時期に執筆された文章が『音楽芸術』1960年7月号に掲載された「アメリカ前衛芸術論のためのノート」、最も遅いものが1972年に東野の編集によって刊行された『芸術のすすめ』に収められた「現代芸術と観衆」であり、東野の仕事としては初期にあたる。本書に収録された論文が60年代に執筆された内容にほぼ限定されている理由について編者たちは次のように説明する。「本アンソロジーが、1960年代のテキストを中心とした背景には、『思想的定見に固執し、立派な意見を吐くことには、どこか、うさんくささがある』という東野の批評精神の水脈が、自他共に認めるように、この時期にあるからに他ならない。言わば、1960年代を知るための東野芳明であり、東野芳明を知るための1960年代という換喩が本書のコンセプトである」後で論じるとおりいささか問題のあるコメントであるが、大阪万博以前の比較的早い時期の論考が収められていることと並んで、雑誌等に掲載された後、再録されることがなかった論文が多く収められている点も本書の新鮮さの理由だ。『芸術新潮』や『美術手帖』はともかく、『音楽芸術』や『ジャパン・インテリア』あるいは『季刊フィルム』といったかなり癖のある雑誌、さらには『展望』や『潮』といった美術史学の研究者にとって馴染みの薄い総合誌までを渉猟し、重要な論文を収録したことは本書の大きな功績である。この点を認めたうえで、私はあえて一つの疑問を呈しておきたい。
 まず東野に関して評伝的事実を確認しておこう。1930年、東京に生まれ、54年に東京大学文学部美学科を卒業した東野は卒業の同年に発表した「パウル・クレー論」で美術出版社の美術評論新人賞を受賞し、批評活動を始める。クレー研究で出発し、大岡信らとシュルレアリスム研究会を始めたことからもうかがえるとおり、当初、東野の関心はヨーロッパの近代絵画に向けられていた。しかし58年から59年にかけて、ヨーロッパとアメリカに長期滞在して同時代の作家たちと親交を結んだことによって、批評家の視界は大きく開けた。実際、この時期の美術界、特にニューヨークのそれは新たな表現が次々に勃興する活気にあふれており、東野はここでジョーンズとラウシェンバーグという終生の友を得る。1962年に三彩社から刊行された『パスポート No.328309』はこの際のヨーロッパとアメリカの旅行記であり、新しい表現を眼前にした衝撃がみずみずしく表現されている。この後も東野は欧米をしばしば訪れ、時に比較的長い期間滞在したが、批評家としての原体験が50年代末の最初の欧米体験であったことは明らかであろう。そして60年代以降、東野は旺盛な執筆活動を開始し、自らが出会った作家たちの仕事に言葉を与えていく。1961年から『みづゑ』誌に「現代美術の焦点」というタイトルで連載された作家論は65年に『現代美術 ポロック以後』という一冊の本に結実する。ポロックのアクション・ペインティングについて触れた有名な一節を含むハロルド・ローゼンバーグの『新しいものの伝統』を翻訳したのも同じ65年である。68年に刊行された『アメリカ 虚像培養国誌』は未読であるが、タイトルと本書に再録されたいくつかのテクストを読む限りやはりアメリカ美術をテーマとしている。この一方で同じ時代、東野が多くの展覧会評を発表し、展覧会の企画に関わったことも触れておかねばならないだろう。60年代初頭の読売アンデパンダン展の狂騒に東野は深くコミットし、展評の中で工藤哲巳の作品に与えた「反芸術」の語は60年代美術のキーワードとして、本書でも言及される「『反芸術』是か非か」論争を引き起こすことになる。本書を読んであらためて思い知ったが、この時期、東野はギャラリーや美術館における多くの展覧会を企画する。本書中に言及のある展覧会としては1964年、南画廊における「ヤング・セブン」展、66年、同じ南画廊での「色彩と空間」、同じ年、銀座松屋における「空間から環境へ」、そして東野がコミッショナーを務め、高松次郎らが4 ボソットというグループとして参加した1969 年の第6回パリ・ビエンナーレなどがあり、このほかにも東野は1970年と72年、二回にわたってヴェネィツィア・ビエンアーレのコミッショナーを務め、国内でも1970年に東京国立近代美術館で開催された「1970年8月―現代美術の一断面」を企画している。
 ひとまず本書と関連する60年代の東野の活動について述べた。70年代以降も東野は日本きってのデュシャンピアンとしての資質を遺憾なく発揮した一連のデュシャン研究や大ガラスの東京バージョン制作、あるいは多摩美術大学教授としての多様な仕事を手がけ、日本の現代美術の展開に深く関わったことは知られているとおりであるが、本書が60年代の東野をテーマとしている以上、ひとまずここで留めておこう。さて、以上述べた東野の活動を考慮する時、この選集の内容にいささか不審の念が生じないだろうか。つまり、この選集に収められたテクストは果たして東野が60年代に執筆した「美術批評選」と呼べる内容であるかという疑問だ。今述べたとおり、この時期の彼の仕事の中心は同時代のアメリカ美術を日本に導入することであり、同時代の日本の若手作家たちを批評することであったはずだ。50年代末の外遊から帰るや、東野は『パスポートNo.328309』という旅行記によってこの外遊を総括し『みづゑ』に充実した現代作家論の執筆を開始した。一方で新聞や雑誌に読売アンデパンダン展をはじめとする多くの展覧会の批評を執筆し、宮川淳との間に名高い「反芸術」論争を引き起こしたりする。いずれも時代にコミットすることを使命とした東野らしいテクストでありふるまいであるが、これらはなぜか本書に十分に反映されていないように感じる。確かにジョン・ケージのコンサートから書き起こしたアメリカ美術論や「反芸術是か非か」討論会への勧誘文など関連した文章もいくつか収録されている。しかし東野の本領は状況論よりも作家論にあり、この時期に執筆された多くの作家論、あるいは宮川との間で交わされた「反芸術」をめぐる応酬、例えば「異説・反芸術―宮川淳以後」が収録されていないのはきわめて不自然に感じられる。私はないものねだりをしているのではない。もしかすると著作権等の関係で本書に収録がかなわなかったといった事情があったかもしれないが、巻末に付された二人の編者の論文を読む時、これらのテクストの不在は端的にエディターシップという問題と関わっているように感じられる。
 二つの論文から編集者たちの関心の所在は明らかだ。伊村靖子は「デザイン」という概念を用いて東野が企画した「色彩と空間」展における「発注芸術」という発想について論じ、松井茂はこの時代に大衆化したテレビ放送との関係に注目して東野の一連の著作を読み解く。このような関心を知る時、「プライマリー・ストラクチュア」や福岡相互銀行大分支店の建築といったかなり特殊な主題に関連したテクスト、あるいはE.A.T.や大阪万博のパヴィリオンとの関わりといった東野の文章でもあまり知られることがなかった主題と関わるテクストがことさらに再録された理由は明らかだ。私はいずれもきわめて興味深いテーマだと思う。しかし逆に本書はこのような特殊な関心に従って編まれているのではなかろうか。私が残念に感じるのは、二人の編者に他者の言説を編集しているという意識が希薄で、この「批評選」自体を自らの関心に引きつけすぎている点だ。誤解を招かないように言い添えるならば、私はこの「批評選」のセレクションは高く評価するし、アンソロジーという営みが無数のテクストからの取捨を前提とする以上、編者の関心が介在することは当然である。しかしそれならば遺された膨大なテクストの中から自分たちがどのような基準に基づいて収録された文章を選んだかを明示する義務があるのではなかろうか。おそらく「生中継の批評精神」という巻頭言の中でこのような説明がなされるべきであっただろうが、連名によるこの文章においてそのような関心がうかがえるのは先に引いた「1960年代を知るための東野芳明であり、東野芳明を知るための1960年代という換喩」という一文のみである。確かに批評は時代の鏡であるかもしれない。しかし一人の批評家が様々な必然性に迫られて執筆した文章を単に一つの時代の換喩とみなすことはいささか礼を失した態度ではないだろうか。デザインやTVとの関わり、それらは東野のきわめて興味深い一面であるかもしれないが、決して本分ではない。最初に述べたとおり、今日、東野の主著を書店で入手することはきわめて困難であり、多くの若い読者にとって未知の批評家であるはずだ。それゆえまず東野の批評の全体像を概観したうえで、編者たちの関心の所在を示し、それに基づいて個々のテクストを選んだ理由を明記する、刊行にあたっては個々の独立した論文を添えるのではなく、本書のために新たにそのような一文が草されるべきだと感じるし、それがエディターシップというものではなかろうか。
 もっともインターネットが発達した今日、古書として東野の著作を入手することは比較的たやすい。アマゾンで検索したところ、現在でもほとんどの重要な著作を比較的安価で求めることができるようであるから、本書がいわば further reading の手引きとして多くの人が東野の批評に触れる契機となることは十分にありうる。この機会に絶版とされている書籍が再刊も望みたい。さらにいえば、東野以上に今日著作を入手することが困難であった中原祐介に関しては先年より全12巻より成る美術批評選集の刊行が開始されている。東野についても主要な著述を網羅した著作集の出版を望むのは私だけではないはずだ。その傍らに置く時、本書も初期東野の集成として重要な一翼を担うことになるだろう。
 例によって形式的な側面を中心にやや批判的なコメントも加えたが、本書の刊行は快挙と呼ぶにふさわしい。論じるべきことは多く、本書の内容にはまだほとんど立ち入っていない。このブログとしても異例であるが、本書の内容については次回にあらためて論じることとしたい。
by gravity97 | 2013-05-04 09:45 | 現代美術 | Comments(0)