香川檀『想起のかたち』

b0138838_2081671.jpg ホロコーストと関連した研究のレヴューが続く。今回は音楽ではなく美術と関連した研究である。タイトルが示すとおり、ホロコーストそのものではなくその記憶という特殊なテーマのもとに主として1980年代以降のドイツの現代美術が俎上に上げられる。半世紀も前の出来事が未だに問い直される点にホロコーストがドイツの精神史に与えた深い傷跡が暗示されている。それにしてもなぜ80年代以降なのか。まずこの点に関して興味深い指摘がなされる。40年というインターバルを経て「想起の文化」と呼ぶべき社会現象が出来した理由について、精神分析学における「事後性」という概念を社会に適用するならば、幼少時のトラウマが再解釈を経て意味づけられるまでに、つまり社会によってホロコーストが再解釈されるまでにはこれほどの時間が必要とされるという。さらにヤン・アスマンによれば一つの出来事が「文化的記憶」として共有されるうえで、人の一生のほぼ半分となる40年という単位は重要な意味をもつ。成年に達してある出来事を体験した者が職業生活を引退し、その記憶を人に伝えたいと願うまでに40年の経過が必要とされるのだ。これらの指摘に加えて、私はヴァイツゼッカー演説にみられる過去への反省と、いわゆる歴史修正主義の台頭が同期したこの時代には、ホロコーストの問題について思考が深化される外的な要請もあったのではないかと考える。序章の最後で著者は本書の理路を次のように整理する。まず「痕跡」という概念、その意味作用を再検討する。続いてアート(著者は常にこの言葉を用いる)が記念碑やアーカイヴといった記憶装置ではなく、むしろそれらを批判する対抗的な「記憶の場」を構成する事例を具体的に検証する。最後に記憶の問題にジェンダーの視点を導入する。いずれもきわめて刺激的であるが相当に難解な主題である。議論の中心として具体的に論じられる作家は以下の四人。クリスチャン・ボルタンスキー、ヨッヘン・ゲルツ、レベッカ・ホルンそしてジークリット・ジグルドソン。いずれも1960年代以降、ドイツとフランスで活動を始めた作家であり、後の二人は女性。他の二人が比較的名を知られているのに対して、ゲルツとジグルドソンは日本ではほとんど無名といってよいだろう。
 「痕跡採取」と題された第一章は、1977年、ドクメンタ6の際に発表された美術批評家ギュンター・メトケンの同じタイトルの小冊子から説き起こされる。ほぼ20年後にメトケンはこの冊子の改訂版を発表する。その際に新たに書き加えられた内容がボルタンスキー論であり、ボルタンスキーこそこの章の主題である。確かにホロコーストと美術の関係を論じるにあたって、写真や古着、雑多な品物を集積させ、祭壇のように展示するパリ生まれのユダヤ人、ボルタンスキーの作品は誰もが思い浮かべる参照項であろう。香川はボルタンスキーの作品を仔細に分析して、そこにさまざまの矛盾した要素が織り込まれていることを確認する。固有性と匿名性、単一性と複数性、アウラとその不在、綿密な分析については直接本書を参照していただくのがよいが、具体的な作品に触れつつもリクールの隠喩論から援用された概念を使用して、きわめて抽象度の高い議論が繰り広げられる。最後に香川はボルタンスキーに代表される「痕跡保存アート」が最終的に目指すのは、痕跡をメタファーとして読むことであると述べる。この矛盾した結論はきわめて重要である。なぜなら痕跡とはこれまでインデックスとみなされ、メタファーではなくメトニミックな関係性の中で論じられてきたからだ。香川の指摘はきわめて説得的であるとともに、私はこの指摘によってこれまでボルタンスキーの作品に対して感じてきた違和感の理由を理解することができたように感じる。私はこれまでそれが作品の帯びた情念性に由来すると考えていたが、端的に作品の意味構造が異なるのである。それはまた2004年に京都国立近代美術館で開催された「痕跡」展で検証された一つの系譜、ポロックに始まり、ソル・ルウィットにいたる痕跡の美術、モダニズムからコンセプチュアル・アートへといたる作品の系譜が終焉し、異なった痕跡性に基づいた作品が「記憶」というテーマとともに80年代以降、顕著となったことを暗示しているだろう。
 第二章「標しづけ」では冒頭で1990年にボルタンスキーがベルリンで制作した《欠けた家》という作品が検討される。この作品はベルリン市内の破壊された住居跡に設置されたかつてそこに居住していた人々の銘板と別の場所に置かれたガラスケース内に展示された彼らについての資料群から成り立ち、それまでのボルタンスキーの手法と共通する一方、特定の集団ではなく場所と深く結びついていた。銘板に記された名前と居住した時期からは、例えばユダヤ系の住民が強制収容の時期にこの場所から退去したという事実が浮かび上がる。場との関係、サイトスペシフィシティーもまた80年代以降の美術の符牒であった。しかしここで論じられる作家の場合、作品は場所をとおして記憶と深く結びつき、ポスト・モダン美術と一線を画す。場所を記念する典型的な標は記念碑である。ここから香川は80年代以降のホロコーストに関連した記念碑とそれをめぐる論争を丹念に検証する。ホロコーストという出来事に対しては従来の記念碑、例えばケーテ・コルヴィッツの《死んだ息子を抱く母親》の拡大レプリカのような作品は失効している。先にも述べたとおり、80年代以降、作家たちは記憶装置ではなく、むしろそれらを批判する対抗的な「記憶の場」を構成することによってホロコーストの表象を試みたのだ。このような問題は単に美術のみならず「ホロコーストの表象」という表象文化全般に関わる問題系へと接続される。UCLAで「〈最終解決〉と表象の限界」というシンポジウムが開かれたのが1992年、ジョルジュ・ディディ=ユベルマンが『イメージ、それでもなお』を発表したのが2003年。本書の議論はいうまでもなくこれらの議論を前提としている。続いて1994年にコンペの募集が最初に告知された中央ホロコースト記念碑をめぐって議論が深められる。曲折を経て採用されたのは建築家ピーター・アイゼンマンと作家リチャード・セラの共同設計による無数のコンクリートの直方体を敷地全体に配置するプランであった。(ただしセラは主催者からの多くの変更要求を拒んで途中で下りている)この過程で排除されたのがコルヴィッツほどに再現的ではないにせよ、具象的な要素をはらんだアルフレート・フルドリチカのプラン、そして100メートル四方のコンクリート板の上に現在判明しているすべてのユダヤ人犠牲者の名を刻むというクリスティーネ・ヤコプ=マークスのプランであったという事実は示唆的であろう。ホロコーストの記憶とは具象性つまり個人の身体、そして固有名によっては表象されえないのである。最後に香川はヨッヘン・ゲルツが制作した特異な記念碑について言及する。ゲルツは「これを想起せよ」と一方的に命令する記念碑を否定する。彼がハンブルグで制作した《ハールブルク反ファシズム警告碑》は人々の署名を刻んだ高さ12メートルの金属の柱を8回にわたって地中に埋め込み、最終的には警告碑はすべて地中に埋設されて不可視となる。表面の亜鉛版に鉄筆で書き込まれた署名の内容は様々である。署名やイニシャル、そこには鉤十字さえ書き込まれているのだ。しかもそれは最終的には地下に埋設される。アイゼンマン/セラのモニュメントが抽象的であるとすれば、ゲルツのモニュメントは不可視であり、不在によってホロコーストの記憶を表象する。この章の最後にゲルツが論じられる理由は明らかであろう。それは全く新しいメモリアルであり、ホロコーストの記憶と拮抗する新しい手法を提示しているのだ。
 続く第三章「交感」においても場の記憶、マーキングの問題が論じられるが、この章ではレベッカ・ホルンという女性作家に焦点をあてることによって、ジェンダーという視点が導入される。今まで論じた作品やモニュメントを私は実見していない。しかしここで論じられるホルンの《逆向きのコンサート》に私は見覚えがある。数年前にミュンスター彫刻プロジェクトを訪れた際に、地図を片手にミュンスター市内をサイクリングしながら、私はこの作品が設置された円筒形の歴史的建造物「牢獄」にも足を運んだ。その際は作家の名前こそ知っていたが、どのような経緯で設置された作品であるか全くわからなかったが、本書を読んで得心した。かつて国家秘密警察(ゲシュタポ)が接収し、捕虜や政治犯を処刑していたという陰惨な歴史をもつこの建物の内部にホルンは彼女らしい間歇的な動きを伴った作品を配置した。すなわち内部の壁の随所にとりつけられた42個の鉄製ハンマーが電気仕掛けで壁を叩く。一方建物の最上階にはガラス製の漏斗が取り付けられ、そこから滴り落ちた水滴が12メートル下に置かれた水盤に20秒の間隔をおいて規則的に落下する。ノックと水音から成る「逆向きのコンサート」。香川はホルンの作品を概観したうえで液体の落下、体液の連想、使用される閉鎖空間が子宮を連想させる点などが多くの作品に共通すると述べる。そしてアガンベンを引用しつつ、ホルンの作品の特質である空間の女性化という主題が不在者との交感という主題に沿って「記憶アート」の一つの範例をかたちづくっている点が指摘される。さらに興味深いのはこの作品に即して提出されるジェンダーの別の軸、男性原理との関わりである。ホルンの《逆向きのコンサート》とデュシャンの《彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも》(通称「大ガラス」)に共通性を見出したのは著書の炯眼であろう。周知のごとく、「大ガラス」では画面下部の独身者たちから上部の花嫁に向けられた欲望のエネルギー、端的に精液の飛沫が届くことなく落下する。いうまでもない、間歇的に運動するハンマーは独身者の暗喩であり、上方から落下する水滴は体液を暗示する。両者の関係を確認したうえで香川はミッシェル・カルージュが提起した「独身者の機械」という概念を経由してこの系譜をダダイスムまで遡る一方で、ナチズムの表象という主題に連なる二人の男性作家、アンゼルム・キーファーとゲアハルト・リヒターに言及する。キーファーがアイロニカルな手法でナチズムに言及することはよく知られているが、香川はそこにナチズムへの批判と憧憬のきわどい合一を認め、リヒターについてもよく知られた連作「1977年10月18日」におけるドイツ赤軍の表象がファシズムとの自己同一化という危険をはらんでいることを田中純の援用によって論じる。現代のドイツを代表するといってよいこの二人の作家については本書の主題との関係でさらに論じられてよいとも感じるが、彼らに比してホルンを高く評価する著者の主張はジェンダーという視点を得て説得的である。キーファーやリヒターについても同じ著者によっていつか本格的なモノグラフが発表されることを私は期待している。
 「集蔵」と題された最後の章で論じられるジークリット・ジグルドソンは私にとっても未知の作家であった。1991年、ハンブルグで記憶とジェンダーをテーマにした美術史の国際会議が開かれた際に、関連展示として彼女は《静寂の前に》という巨大なインスタレーションを発表した。それは巨大な本棚に無数のオブジェを収納し、来場者の閲覧に任せるという作品である。棚の中には様々な資料を貼り付けたうえに一度泥水に浸したようなノートや写真、薬品の壜、血のついた子供服といった雑多な品々が収められ、いずれも強い喚起力を帯びていた。本という形式をとったオブジェや砂や泥の使用からはたやすくキーファーが連想される。キーファーの書棚や本へのフェティシズムは本書のような観点からも検証されるべきであろう。香川はジグルドソンのインスタレーションを一種のアーカイヴととらえ、アーカイヴと記憶の関係を論じる。主としてフーコーとアガンベンに依拠しつつ展開される議論は入り組み、難解である。ここでアーカイヴをめぐって繰り広げられる議論を私は直ちに展覧会という制度へ差し向けたい気がする。香川はアーカイヴの機能を「保管」「選別」「アクセス」に分け、いずれの局面にも権力が関わることを指摘する。これらの機能、そして権力性は展覧会という制度とも完全に符合するのであるが、この問題について今は措く。アーカイヴ自体が強い政治性を帯びていることに加えて、傷つけ、水に浸され、塗り潰され、焦がされた品々は一種の被虐性を身にまとう。香川は次のように述べる。「アーカイヴとして構築された《静寂の前に》の内部には、暴力的、攻撃的な破壊が充溢しているのである」続いて香川は具体的な作品に即しながら、ジグルドソンの作品において異質なオブジェが併置されることによって類似性が暗示されることをフーコーに即して論じる。そしてこのような類似性の探究こそが文化的記憶の更新なのだ。このあたりの議論は錯綜しており、実際に本書を読んでいただくのがよいが、ここでは作品をとおして「記憶の場」が主体の中にその都度構築されることが暗示されている。記念碑やアーカイヴではなく、記憶を生成する装置としての美術作品。この一点においてボルタンスキーからジグルドソンまでの作家は反記念碑、反アーカイヴの系譜に連なる「記憶アート」の革新者たちなのである。アーカイヴの問題に関してもジェンダーが介入する。関連してアネット・メサジェとアンナ・オッパーマンというフランスとドイツの女性作家の作品も紹介されるのが、私はむしろリヒターの「アトラス」との対比が興味深かった。知られているとおり、リヒターは60年代以降、「アトラス」と題された写真や新聞切り抜き、コラージュなどを組み合わせた膨大なイメージの集積を発表してきた。平面的なイメージのみであるとはいえ、雑多で無秩序なイメージ群はジグルドソンの作品を連想させないでもない。しかも「アトラス」の中には唐突に強制収容所のイメージが混入しているのである。香川も言及するとおり、これまでこのイメージについてはベンジャミン・ブクローがロラン・バルトの「プンクトゥム」概念を援用して説得的な議論を残している。これに対して香川/ヘムケンはこれらのイメージがいわば等距離に置かれている点に注目し、ここで図られているのがイメージの蒐集ではなく、それを介した作家のアイデンティティーの形成であると指摘する。イメージを通して主体が確立されるという発想の背景には明らかにポスト構造主義の影響がみてとれるが、しかし作家が確たるアイデンティティーをもち、主体が閉じられているリヒターに対して、彼女たちは集団的な記憶を介して、主体を押し広げることによって異を唱えるのである。ただし両者の差異が男性/女性というジェンダーによって規定されるか否かについて私は必ずしも同意できない。
 本書は記憶という概念を手がかりに、1980年代以降の現代美術の本質を鋭く抉る。約20年間のドイツというかなり限定された時間と場所を対象としているが、私は本書の射程は実はかなり広いのではないかと考える。ボルタンスキーからジグルドソンにいたる四人の作家はどちらかといえば周縁的な存在であるが、ここで提起された問題は先にも示唆したとおり、キーファーやリヒターさらにはボイスにいたる戦後のドイツ美術においてメインストリームを形成する作家においても、個々に深められる余地が大いにある。本書の主題はドイツの精神史や建築理論、表象理論といった美術に隣接する領域とも深く関わり、さらにいえば私は日本人の書き手によってジェンダー理論がこれほど適切に美術の領域に適用された例を知らない。ひるがえって日本において果たしてこのような「想起の文化」は成立しえたであろうか。アウシュビッツとヒロシマ、ともに大きなトラウマを経験しながら、日本においてはかかる「文化的記憶」が形成されなかったのはなにゆえであろうか。さらに私たちはごく最近、東日本大震災と原子力災害という世界大戦に匹敵する惨事を体験し、被災者と被曝者、難民や棄民となった人々は今なお呻吟している。果たして私たちは40年後にかくも過酷な現実に拮抗する「記憶アート」を生み出すことができるだろうか。
by gravity97 | 2013-02-05 20:11 | 現代美術 | Comments(0)