『オキナワ 終わらぬ戦争』

 「コレクション 戦争×文学」について評するのは三回目となる。このコレクションに収められたアンソロジーを読むこと自体が三回目であるから、読むたびに書評として応接していることになるが、無理もない。いずれの巻もなおざりに読み飛ばすことができない重い内容だ。この暑い夏に私が手に取ったのは5月に刊行された「オキナワ 終わらぬ戦争」。沖縄を舞台にした小説に関しては国書刊行会による「沖縄文学全集」というアンソロジーが先行しているらしいので、作品の選定自体は比較的容易であったかもしれないが、ほぼ半世紀にわたり、小説や詩、川柳、戯曲にいたる幅広い表現を通じて戦争、差別、暴力といった主題を扱った作品が丹念に集められている。
 全20巻から成るこの叢書はそれぞれ5巻ずつ、「現代編」「近代編」「テーマ編」「地域編」という四つのテーマに分けられている。このうち「地域編」は満州、帝国日本と朝鮮・樺太、帝国日本と台湾・南方、ヒロシマ・ナガサキ、そしてオキナワによって構成されている。前の三者は中国、北方、南方という日本のかつての版図と関わり、後の二つは第二次世界大戦によって日本国内で最も熾烈な被害を受けた土地と関わっている。このうちかつての日本の植民地については今日も検証されるべき多くの問題が残されており、例えば近年、満州や南方諸島が美術作品としていかに表象されてきたかを主題とした興味深い展覧会が次々に開催されたことは記憶に新しい。これらの地域のうち、オキナワの受難の特殊性は「終わらぬ戦争」というサブタイトルが雄弁に語っている。広島、長崎に今日も残存する被爆の問題を別にするならば、満州や朝鮮、南方諸島において第二次世界大戦はひとまず終結した問題だ。しかし沖縄のみ、大戦の爪痕は今も生々しく残されているのだ。すなわち大戦後もアメリカに統治され、日本に返還された後も広大なアメリカ軍の基地が残留し、基地に由来する事故や兵士たちによる市民への暴行が続く。国土のごく一部にすぎない沖縄県に米軍基地の大半が存在し、政権が交代してもその一部を移転すらできないという苦い体験を私たちは味わったばかりである。「ヒロシマ・ナガサキ」の巻末年表は福島第一原子力発電所事故で終わっていたが、琉球処分と関わるいくつかの事件で始まる本書の巻末年表も2011年に集団自決をめぐる裁判で大江健三郎・岩波書店が勝訴したという記事で終わる。私たちはなお戦争の中にいるという思いが強い。
 内容について触れよう。高橋敏夫の解説によると本書は琉球処分をめぐる沖縄の近代を背景とした作品による第一部、沖縄戦とアメリカの軍事支配を描いた作品による第二部、そしてヤマトの作家による沖縄を主題とした小説を集めた第三部から構成されているといえよう。書き手がウチナンチュであるかヤマトンチュであるかによって私は作品の内容が区別できるとは考えないので、このような構成には疑問を感じない訳でもないが、今は措く。興味深い点は、私たちが沖縄と戦争との関係を考える時、すぐに思い浮かべる第二次大戦末期の沖縄戦を直接の主題とした作品は11編の小説中、霜多正次の「虜囚の哭」と田宮虎彦の「夜」というわずか2編であることだ。逆に言うならば沖縄戦に触れずとも沖縄という地域が琉球処分以降、常に戦争と暴力の下にあったことが暗示されている。日本にこれほど長きにわたってかかる苦痛を経験した地域がほかにあるだろうか。実際にいくつかの小説においては戦争と暴力がこの島の歴史を貫通していることが暗示されている。形式的にもこの点をみごとに作品化した桐山襲の『聖なる夜 聖なる穴』については後で詳しく触れる。知念正真の戯曲「人類館」では調教師と沖縄出身の男女一組を主人公として、交錯する支配/被支配の関係が役割のめまぐるしい交代、多様な言語を用いて暗示され、沖縄の人々が生きた長い苦難の時代が示されている。「人類館」は1903年に大阪天王寺で開かれた内国勧業博覧会で「学術人類館」なるパヴィリオンが設置され、「アイヌ」「朝鮮」「琉球」などといった看板の下に現地の人々が「展示」されたという差別事件に想を得たものであろうが、沖縄において戦争と差別が分かちがたく結びついている点も本書は明らかにしている。琉球処分以前は中国と関係が深く、東アジア一円と密接に結びついた沖縄はさらに戦後、大量のアメリカ兵が駐留したことによって、ウチナンチュ、ヤマトンチュ、朝鮮人、ニグロを含むアメリカ人といった多様な人種が時に自らの意図に反して生を営むこととなった。このような社会は重層的な差別構造を生む。本書に収録された作品の大半においてはウチナンチュとヤマトンチュ、つまり沖縄と日本の関係が問われるのに対して、大城立裕の「カクテル・パーティー」と又吉栄喜の「ギンネム屋敷」はともに沖縄に生まれ、芥川賞を受賞した作家の佳作であるが、前者では日本人とアメリカ人、後者では日本人と朝鮮人の間の差別的な葛藤が仮借ない筆致で描かれる。戦争と差別はいわばコインの両面であり、これらの作品において戦争は少なくとも前景化されることはないが、物語の暗い背景を形作っている。
 戦争が暴力機械であるならばその中心に位置するのは誰か。本書は日本において長くタブーとされてきたこの問題に鋭く切り込むだけでなく、同じ暴力機械が戦後も駆動していることを白日のもとにさらす。戦争の中心、それはいうまでもなく天皇制だ。長堂英吉の「海鳴り」、「人類館」、「夜」、あるいは岡部伊都子の「ふたたび『沖縄の道』」、そして灰谷健次郎の「手」といった主題も時代も異なった多くの作品、いや収録されたほとんど全ての作品の中にあたかも不吉な記号であるかのように「テンノウヘイカ」あるいは「天皇陛下」という言葉が刻まれていることを私たちは知る。20巻から構成されたこのコレクションの中でも、天皇裕仁に対する呼びかけは本書が一番多いはずだ。そこには沖縄という美しい島が天皇の名のもとに蹂躙されたことに対する作家たちの激しい怒りがうかがえようし、天皇が敗戦後、アメリカによる琉球諸島の軍事占領を希望したという史実も反映されているだろう。この暴力機械は戦後も軍隊に代わって警察や機動隊を身にまとって、沖縄の地を苛んできた。さすがに裕仁は沖縄の地を踏むことはできなかった。しかしその名代としての皇太子の沖縄訪問が直ちに本書に収録された二つの小説の主題へと転じている点はなんとも暗示的であり、天皇一族に対するこの島の拒否反応の激しさを示している。一つは沖縄出身の目取真俊の「平和通りと名付けられた街を歩いて」であり、もう一つは東京に生まれた桐山襲の「聖なる夜 聖なる穴」である。前者は1983年7月に皇太子夫妻が日本赤十字社の名誉副総裁として那覇で開かれた献血運動推進全国大会出席のため来沖した際に行啓の順路となった街路から物売りが暴力的に排除された事件、そして警察によって厳重な警戒が敷かれる中、少年と老婆によるささやかな反抗を扱っている。ここで描かれる出来事はかつてコペンハーゲンで起きた天皇襲撃を連想させないでもないが、おそらくは作者の創作であろう。これに対して「聖なる夜 聖なる穴」は現実の事件、すなわち1975年7月17日に沖縄海洋博開会式に出席するために来沖した皇太子夫妻が戦跡のひめゆりの塔を訪ねた際に火炎瓶を投げられた事件に向かって収斂していく。しかしほぼ時系列に沿って語られる目取真の短編とは異なり、この中編は説話論的にかなり複雑な構造をとる。この優れた小説は現在、おそらく本書によってしか読むことができないであろうから、ここでは内容にも立ち入りながら若干の分析を加えておきたい。
 この小説では時代を違えたいくつかのストーリーが並行する。しかもそれらは1872年の沖縄処分から1972年の沖縄返還まで一世紀の振幅を伴っているのだ。冒頭と末尾に語られる二つの史実、70年のコザ暴動、そして75年の皇太子へのテロ未遂をはさんで沖縄と日本の歪んだ交渉史が入子構造の複雑な語りの中に語られる。開発の調査に沖縄を訪れたヤマトンチュの技師とコザの娼婦の間の一夜の物語、そして二人のかみあわない睦言の中に登場する一人のテロリストの独白、そして琉球処分直前に沖縄に生まれ、県費留学生として日本に渡り、明治天皇の拝謁の栄に浴しながらも、沖縄に戻るや日本国家の走狗として沖縄の山林を収奪し、最後には狂死するジャハナと呼ばれる男の生涯の物語、さらにテロリストが皇太子を待ち伏せする洞穴の中で幻視する沖縄戦で惨死した娼婦たちの物語。これらの物語を媒介するのは性的な暗喩に富んだ穴としての洞窟、そしてなによりも天皇制であろう。従来の物語は唯一の話者によって私有されてきた。このような語りはあからさまに天皇制の隠喩であったが、この作品においては複数の話者、しかも多く死者の独白が幾重にも重ねられることによって、小説の形式の面でも唯一的なイデオロギーによる束縛を解体し、歴史の私有を拒否するのである。桐山はこの小説の中で詩的言語を自在に駆使しながら、この重い内容をはらんだ小説の主題と形式をみごとに一致させている。
 桐山は連合赤軍や東アジア反日武装戦線といった70年代にあって体制にまつろわぬ者たちを一貫して作品の主題に据えてきた。初期の代表作である「パルチザン伝説」を発表した後、「週刊新潮」の悪質な宣伝によって右翼からの攻撃が始まり、桐山は一時沖縄に避難し、その印象を「亡命地にて」という旅行記風の短編にまとめている。桐山の沖縄への共感はこの際に生じたかもしれない。しかし早世したこともあり、「首都の街路に炎の絶えていく」時期に闘争を続けた者たちへの哀切に満ちた共感をたたえた一連の作品を今日読むことは難しい。桐山の作品はいずれも完成度が高いが、その中でも白眉とも呼ぶべき「聖なる夜 聖なる穴」が今回、このコレクションの一冊に収録されたことは、その内容から考えてもきわめて適切であり、この機会に多くの読者の手に渡ることを望みたい。 
 最後に一言付け加えておきたい。このブログで以前、高橋哲哉の『犠牲のシステム 福島・沖縄』を取り上げた。先ほど私は、これほど長きにわたって苦痛を経験した地域が沖縄のほかにあるだろうかと述べた。この言葉は今日大きな留保が必要だろう。これから福島県に住む人々も沖縄とはまた異なった耐え難い苦痛を経験する可能性が高いからだ。そしてこのような苦痛は原子力発電所が立地する地域であればどこの住民が味わってもなんら不思議はない。しかし政府は次々に原子力発電所を再稼働して、国家のための棄民政策を改めようとはしない。オキナワからヒロシマ・ナガサキ、そしてフクシマ。これらの地域は完全につながっている。琉球処分から一世紀半が経過しようとしている。そこから垣間見えるのは国土が(砲火による/放射能による)焦土と化しても、多くの「国民」が(戦争による/被曝による)犠牲となったとしても天皇や電力利権を死守しようとする日本という国家の本質である。
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by gravity97 | 2012-08-06 20:54 | 日本文学 | Comments(0)