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Living Well Is the Best Revenge

大鹿靖明『メルトダウン』  朝日新聞特別報道部編『プロメテウスの罠』

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 東日本大震災と原子力災害から一年が経過しようとしている。被災地の復興はまだ道遠く、福島第一原子力発電所の事故にいたっては収束の目途さえついていない状況である。それにしてもなんという国であろうか。原子力災害によってかくも多くの流亡の民が発生し、国中に内部被曝への不安が渦巻いているのに、誰一人責任をとった者はいないのだ。数日前の毎日新聞にアイリーン・美緒子・スミスへのインタビュー記事と彼女が作成した「水俣病と原発事故に共通する国、県、御用学者、企業の10の手口」という表が掲載されていた。さすがにユージン・スミスのパートナーである。あらためて書き留めておく価値のある指摘だ。列挙してみよう。「誰も責任をとらない・縦割り組織を利用する/被害者や世論を混乱させ、賛否両論にもちこむ/被害者同士を対立させる/データをとらない・証拠を残さない/ひたすら時間稼ぎをする/被害を過小評価するような調査をする/被害者を疲弊させ、あきらめさせる/認定制度を作り、被害者数を絞り込む/海外に情報を発信しない/御用学者を呼び、国際会議を開く」事故後そしておそらくこれからの政府や県、東京電力の対応がみごとに整理されている。
 一年が経過してようやく原子力発電所の事故の実相を検証したいくつかのドキュメントが発表され始めた。事故から一年ということもあり、このところそれらのドキュメントや今後の事故の帰趨に関連する本を読み継いでいる。読後感を一言で述べるならば怒りと暗澹たる思いがない交ぜとなった感情だ。この国はもう駄目ではないか。
 『メルトダウン』は福島第一原子力発電所の原子炉のメルトダウン以後、対応をめぐっていかなる迷走が繰り広げられたかを100人以上の関係者への聞き取りによって明らかにした記録である。大鹿靖明という著者の名には覚えがあった。堀江貴文とライブドアの虚飾にまみれた実態を解明した『ヒルズ黙示録 検証・ライブドア』というノンフィクションの著者であり、かつて読んだ際に未知の書き手の調査力と分析力に感心した記憶がある。朝日新聞に今も連載中の『プロメテウスの罠』も連載開始以来、興味深く読んできたが、このたび連載の最初の部分が単行本化された。いずれも何が起きたかを客観的に調査し、記録し、分析するというジャーナリズムの基本に徹した調査報道の力作である。原子力災害直後は政府と東京電力のでたらめな発表に振り回されてまともに機能しなかったジャーナリズムがようやく汚名挽回とばかりに真剣な検証作業を始めた印象がある。
『メルトダウン』は「悪夢の一週間」、「覇者の救済」、「電力闘争」の三部によって構成されており、「悪夢の一週間」では事故直後の関係者の混乱と迷走、無能と無責任が明らかにされる。とりわけ東京電力と原子力安全・保安院の他人事のような対応には呆れかえる。「覇者の救済」においては事故後の対応として東京電力の救済スキームをめぐり、大手銀行、経済産業省、財務省の暗闘が描かれる、いずれの当事者も被害者そっちのけで自らの権益と資金を守ることに汲々とする醜悪なふるまいが赤裸々に描かれる。「電力闘争」では事故を受けて原子力発電からの撤退に舵を切ろうとした管直人が電力会社、経済産業省、大手メディアによって首相の座から引きずり下ろされる経緯が関係者の証言を通して浮き彫りになる。このうち、「悪夢の一週間」で描かれる事件は新聞報道等で多少は知っていたが、大鹿は関係者の取材で当時の状況をさらに踏み込んで検証している。例えば原子炉内の圧力を減らすためのベントという作業が行われないことに業を煮やした官邸側が東京電力から派遣された武黒というフェローに発電所の所長と電話を替わるように命じたところ、武黒は発電所の電話番号を尋ねたという。つまり武黒は現場ではなく、本社と長々と電話を繰り返していたのだ。あるいは比較的知られた事実であるが、一号機が爆発した映像を見て、問い質された原子力安全委員会委員長の斑目は「アチャー」という顔をしてうずくまってしまったという。(『プロメテウスの罠』にも同じ記述がある)最近発表された民間事故調査委員会の報告で当時、管が事故の処理にあたってきわめて細かいことまで問い質したことに対して、一国の首相がこんなことまで口を出すのかと関係者が「ぞっとした」という証言があった。例によって読売新聞は管の指示が現場を萎縮させたといった意図的にミスリードした記事を書いていたが、実際は首相自らが問い質さねば東京電力も原子力安全・保安院もなんら対策を提示できないという状況に「ぞっとした」というのが真実である。これほどの事故を起こしながら、東京電力の厚顔さは目に余る。「覇者の救済」では子飼いの政治家や官僚を用いて、「異常に巨大な天災地変」という免責事項を盾に会社を守ろうと策動していたことが明らかにされる。そもそも震災が発生した時、社長の清水は夫人同伴で奈良観光、会長の勝俣は大手マスコミ関係者をアゴ足付きで引き連れて中国旅行の真最中だったのである(電力会社の日頃からのマスコミ懐柔とジャーナリズムの及び腰の原因はこの一事からも明らかだ)最終的には政府によって拒否されたとはいえ、勝俣は財務省と経済産業省の人脈を用いて免責による企業防衛を画策する。一方、社長の清水は早々と入院して姿を消すが、入院中の4月4日、つまり福島の人々が逃げまどっている最中に赤坂の高層マンションの居室購入ローン残債を一括繰り上げ返済している。大鹿によれば病室に担当者を呼ぶのではなくパソコンを介して手続きした理由は手数料がより安いためであったという。「電力闘争」では東京電力と経済産業省の官僚が陰湿な手段を用いて首相の管直人の追い落としを図る。明らかに初動において管の側にも問題はあったが、おそらくかかる策謀の最大の理由は管が浜岡原発の停止を命じたことにある。管のスタンドプレーによって経済産業省大臣の海江田との間にできた溝を巧妙に利用し、また管の意向で海水注入が停止されたという(結果的には誤報であった)情報を内部の何者かが読売新聞に流し、大きく書き立てることによって管下ろしのキャンペーンは一挙に高まった。読売新聞社主であった正力松太郎が日本の「原発の父」と呼ばれる存在であったことを知れば、驚くには値しないが、今思い起こしても産経新聞と結託したこの時期の読売新聞のヒステリックな反管直人キャンペーンは異常であり、この国のマスコミがいかに電気会社の、そして原子力の下僕であるかは明確である。政官財を巻き込み、魑魅魍魎と呼ぶにふさわしい官僚や政治家たちの暗躍の一端が多くの証言や資料をもとに明らかにされる。一人の政治家を直ちにその地位から引きずり下ろすことができるほどに原子力をめぐる利権はこの国を深く蝕んでいるのだ。
私は特に管を支持するつもりはない。しかしこれら二つのドキュメントを読んで、ほぼ確信できることが一つある。それは少なくとも東京電力の上層部は早い時点で福島第一原子力発電所を放棄し、撤退するつもりであったことだ。もし彼らが撤退していたら、全ての原子炉が壊滅的なメルトダウンを引き起こし、東日本はすさまじい核汚染に見舞われたであろう。3月15日の早朝、東京電力の本社に乗り込んだ管は撤退がありえないことを幹部たちに伝えた。本書で明らかとなる東京電力の幹部たちの行状、そして会社の体質をうかがう限り、発電所の所長など現場にいた何人かの人間を除いて、この会社に当事者としての自覚も被害者への想像力も全く認められない。この撤退をめぐっても、東京電力はいまだに撤退ではなく退避であったと述べ、政府の事故調査・検証委員会の中間報告も官邸側の勘違いと片付けている。しかしその場に臨席したほとんどの関係者が全面撤退として了解しているのであり、まさにこの国は破滅の瀬戸際にあった訳だ。不誠実にも東京電力は当時の検証に全く応じていない。病室に逃亡した清水という男は周囲に対して「おれは二度と過去のことを語ることはない」と言っているという。
『メルトダウン』が東京電力、官僚、マスコミといった当事者の「メルトダウン」を白日のもとにさらけ出したのに対して、『プロメテウスの罠』はこの事態をいくつもの角度から掘り下げている。最後の「官邸の五日間」は事故直後の官邸の緊迫した状況を伝えて『メルトダウン』と重なる部分もあり、最初の「防護服の男」は原子力発電所が爆発した直後、近隣の住民たちが全く情報を得る機会を与えられず右往左往していた様子を生々しく伝える。私が最も興味深く読んだのは「研究者の辞表」と「観測中止令」という二つの章である。「研究者の辞表」では労働総合安全衛生研究所という厚生労働省所管の研究所に勤める木村真三という研究者が事故の報を受けて直ちに旧知のNHKのディレクターとともに現地に放射線の測定に赴くエピソードである。この結果制作された番組が「ネットワークでつくる放射能汚染地図」として大きな反響を呼んだことは広く知られている。しかしタイトルにあるとおり、その代償として木村は職を辞している。現地に出かける直前に木村の携帯にメイルが入る。「放射線等の測定などできることもいくつかあるでしょうが、本省並びに研究所の指示に従ってください。くれぐれも勝手な行動はしないようお願いします」研究所で唯一の放射線の専門家である木村に宛てられた姑息な自粛要請を拒否して、木村は直ちに辞表を提出して現地に向かう。経済産業省であればまだ理解もできるが、原子力災害に対して対処すべき厚生労働省が情報の収集を放棄、そして秘匿しようとするのである。文部科学省も同罪である。文部科学省が所管するSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測システム)で得た情報が住民どころか官邸にも届いていなかったことは今や有名な事実であるが、現地では実際の放射線を測定する文部科学省の職員が多数目撃されている。彼らはマスクを装着し、車の中から計器を突き出して測定を重ねたが、その結果を横でマスクもしないで生活している住民には教えようとしなかった。異常な高線量が測定されることを知り、住民たちに避難を呼びかけたのは例えば木村であり、早い時期に現地に入ったフォト・ジャーナリストの広河隆一のような人たちであった。逆に福島第一原子力発電所近くに設置された現地対策本部には本来13省庁から45人が集まって対策を協議するはずであった。しかし実際に集まったのは5省庁の26人であった。住民たちには情報を隠し、自らは理屈をこねて現地に出向くことを恐がる官僚たちに一体どのような「対策」を立案することができるだろうか。「観測中止令」にも同じようなメンタリティが示されている。気象庁の気象研究所は1957年以来、大気と海洋の環境放射能の測定を続けてきた。半世紀以上測定を続けた機関は世界的にも例がない。ところが事故の影響で通常の方法では測れないほどの計測値が出る中で、突如、観測を中止せよとの指示が出る。予算を緊急の放射能モニタリングに回すためという理解しがたい理由である。青山道夫というこの計測に長年携わってきた研究官たちは指示を無視して計測を続ける。「データをとらない・証拠を残さない」最初に掲げたアイリーン・スミスの言葉が連想される。さらに青山らが『ネイチャー』誌に発表しようとした海洋の放射能汚染に関する論文も、研究所そして気象庁の上層部の意向で発表が止められる。記事の中では当時の上席の担当者に取材して、かかる隠蔽と検閲がいかにして引き起こされたかを検証している。しかし彼らは一様に上部からの指示、場合によっては財務省のごとき他の部署からの指示であると答え、責任を感じるどころか恬として恥じることがない。「誰も責任をとらない・縦割り組織を利用する」の見本のような対応である。観測中止令は政治家の介入によって一転して継続となる。中止が命じられていた期間、観測が持続できたことは、ほかの大学や研究機関の研究者が事情を知って消耗品などを分けてくれたからであり、そのことはこの記事が新聞連載された際にも書きつけてある。これに対して文部科学省の対応は次のようなものであった。(ちなみに気象庁は国土交通省の管轄である)原子力安全課の山口茜という係長は気象庁を通じて、青山らにどこの機関から何が提供されたかを報告するように求めた。山口によればそれは消耗品の予算を返却してもらうためだという。記者は次のように記している。「半世紀以上も続いてきた観測が途絶えることには興味を示さず、継続のために研究者が融通しあった消耗品の行方には過敏に反応する」財務省の意向を忖度してとのことであるが、このような質問の意図は文部科学省の暗黙の意志に反する研究者への恫喝ととらえることもできよう。
私は他人に倫理を説くほど自らに自信がある訳でもなく、仕事に対してさほど強い使命感を持ち合わせている訳でもない。しかしそれにしてもこの二つの報告で明らかにされる電力会社や官僚、政治家やマスコミ関係者の倫理感の欠落、他者とりわけ弱者への想像力の欠落は一体何であろうか。自分の身に置き換えた時、さすがの私もこれほどモラルを欠いた対応はできない。ここに登場する多くの人物は高学歴、高収入、いわゆる選良であり、私たちの生活に大きな影響を及ぼす仕事に就いている。今回の原子力発電所の事故ははしなくも現在の日本にあってこれらの選良たちの品性が福島第一原子力発電所並みにメルトダウンしているという現実を明らかにしている。その中にあって少数であっても木村や青山のように自分の力で考え、行動する人々がいたことは唯一の光明といえよう。彼らの行為は英雄的というほどの仕事ではなく、むしろ自分がその場にいたら当然取った行動であるように感じる。しかしそのために一人は職を辞し、一人は職務命令に背いた仕事を続けなければならなかったのだ。何かが本質的に狂っている。
最後に一言付言しておきたい。私は東京電力を一貫して批判したが、現在、現場で多くの下請け労働の方々とともに収束作業にあたっている当事者が東京電力の社員、それも多くが現地採用の社員であることも事実である。本社と出先、東京と地方、東京電力の差別的な位階構造については触れない。端的にこの人たちの努力によって私が今、このような記事を書くことができることを認識するとともに、今も事故現場で収束作業にあたっている人たちには深い感謝をささげたい。

一年後の3月11日に
by gravity97 | 2012-03-11 14:46 | ノンフィクション | Comments(0)