Living Well Is the Best Revenge


優雅な生活が最高の復讐である
by クリティック
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「モダン・アート、アメリカン 珠玉のフィリップス・コレクション」

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 国立新美術館で「モダン・アート、アメリカン」と題されたフィリップス・コレクション展を見る。広報チラシや出品作家の顔ぶれからはさほど期待していなかったのだが、予想に反して多くの発見を誘う、なかなか興味深い内容であった。
 これまでワシントンを訪れたことがなかったためであろうか。富裕な家庭に育ち、イェール大学在学当時から芸術に関する論考を発表し、日本を含む世界中を旅行したダンカン・フィリップスなるコレクターを私は本展によって初めて知った。このコレクションが全体としてどの程度の広がりをもつかについてはカタログを読んでも判然としないが、少なくとも展示された作品を今日の観点から評価するならばやや時代遅れの印象は否めない。しかし奇妙に聞こえるかもしれないが、この点は決して展覧会の興趣を殺ぐものではない。ここに展示された作品は抽象表現主義が勃興する以前のアメリカにおいては最も高く評価された作品であり、このような時代遅れ、ずれの感覚ゆえにいくつもの問題を提起するのだ。カタログに寄せられたテクストの冒頭に1948年、ある雑誌が最も優れたアメリカの作家について、当時の識者に尋ねたアンケートについての言及がある。それによれば当時アメリカ最高の画家とみなされていたのはジョン・マリンであり、マックス・ウェーバーであり、スチュアート・デイヴィス、エドワード・ホッパーであった。ホッパーは今日でもよく知られているが、ほかの画家はどうであろうか。しかしこの展覧会には今述べた作家たちが名を連ねている。つまりこのコレクションは抽象表現主義が登場する以前の「アメリカ美術」の正系をかたちづくっているのである。
 展覧会は「ロマン主義とレアリズム」から「抽象表現主義」にいたるよく練られた10のテーマで構成されている。もっともかかる構成は展覧会キューレーターとしてカタログにも明記されたフィリップス・コレクションの学芸員によって提起されたものであろうし、日本で開催される展覧会であるにも関わらず、テーマの設定、作品の選定が全て所蔵者に委ねられていることはなんとも無残だ。近年の、特にアメリカの美術館からの借用によって実現された展覧会における植民地的な状況について批判したい点は多いがここでは措く。いずれにせよ、この展覧会をとおして主題と形式の両方に側面から19世紀中盤以降およそ100年にわたるアメリカ美術の通史を概観することが可能であり、そこからは「アメリカ美術」の様々な特質が浮かび上がる。「自然の力」「自然と抽象」「記憶とアイデンティティ」といったテーマはアメリカという風土と深く結びついており、「都市」「近代生活」といったテーマに分類された作品は逆にヨーロッパの絵画との主題的な差異をくっきりと浮かび上がらせている。一方で「印象派」とうテーマと関連づけられた絵画の中にはフランスで制作されたといっても何の疑問もないような作品も含まれている。
 コレクションの中心を形成する作家たちは世代的には抽象表現主義より一世代先行し、それゆえ新世代の若手たちにとって反例と範例、両義的な存在であったと考えられるだろう。アメリカの大自然や風俗を描くリージョニズム(地域主義)の画家たちや社会問題や都市における疎外を主題としたアシュカン・スクールの画家たちはともに批判すべき対象であり、抽象表現主義の画家たちはリージョニズムに対してはモダニズム、社会性に対しては普遍性を揚言して新しい表現の可能性を切り開いたのである。この一方でジョージア・オキーフに潜在する抽象的崇高への志向はクリフォード・スティルやバーネット・ニューマンを予示しているし、私はユング心理学やプリミティヴ・アートへの導き手として抽象表現主義の作家たちに大きな影響を与えたロシアからの亡命作家、ジョン・グレアムの作品をこの展覧会で初めて見た。マースデン・ハートレーやミルトン・エイヴリー、アーサー・G・ダヴといった作家の作品をまとめて見る機会も日本ではあまりない。これらの作家たちを前に抽象表現主義の作家たちがどのように感じ、いかに彼らを乗り越えようとしたのか、本展を通覧するならばきわめて具体的に了解できるのだ。あるいは国吉康雄と岡田謙三という二人の日本人作家、彼らは作風も異なり、本展でも当然異なったテーマと関連して展示されているが、いずれの作品もそれぞれの文脈の中にきわめて自然に位置づけられ、もはや日本人作家であることは意識されない。このようなコスモポリタニズムは多くの作家が移民という出自をもつアメリカ美術にとって本来的な特質であることに今さらながら理解する。
 それにしても多くの作品を通覧する時、抽象表現主義絵画がそれらと全く異なった印象を与えることがわかる。ただしこの展覧会では抽象表現主義に関してもさほどの名品が展示された印象はない。アドルフ・ゴットリーブ、フィリップ・ガストンそしてスティルに関しては比較的大きな佳作が展示されているが、コレクションが展示される空間との関係であろうか、主要な作家についても小品が多く、時期的にもベストの時期ではない。逆にこのような不在こそが、この展覧会の隠された主題ではないかとさえ思う。もちろんそれは私がこれまで抽象表現主義の傑作を多く見てきたせいかもしれないが、この展覧会の印象を一言で言うならば、抽象表現主義絵画という絶頂めがけて、アメリカ美術全体がいわば弓をぎりぎりと引き絞っていくさまであり、一種の緊張感とともに抽象表現主義という偉大な絵画が出現した歴史的背景がみごとに整理されるような気がした。つまりポロックでもよい、ニューマンでもよい、彼らの代表的な作品はここに出品しているいずれの作品とも全く似ていないのだ。(ポロックとも交流があったオッソリオの絵画についてはここで詳しく論じる余裕がない)それはヨーロッパ絵画との断絶をも意味する。出品作に抽象絵画が比較的少なかったという理由もあろうが、私はあらためて抽象表現主義絵画が西欧近代絵画との決定的な断絶であるということを強く意識した。
 この一方で例えば「近代生活」や「都市」のセクションにもしもラウシェンバーグやジョーンズ、あるいはポップ・アートの作品が展示されていたとしてもさほどの異和は感じられないだろう。例えば上に掲げたカタログの表紙にも用いられたホッパーの絵画とジョージ・シーガルの作品を比べてみるがよかろう。ラウシェンバーグの作品がヴェネツィア・ビエンナーレのグランプリを受賞したことがアメリカ美術の勃興のメルクマールとなった点はよく知られているが、このような文脈に置くならば、コンバイン絵画はアメリカ美術の枠内にあり、近代美術の外にあるものではない。つまり絵画という制度の中にあった抽象表現主義が、後続し絵画という形式さえも解いてしまったネオ・ダダよりも実は過激であったという逆説が明らかとされるのである。そしてもしこれ以後のアメリカ美術の中に抽象表現主義同様の断絶を指摘するならば、それはミニマル・アートにおいて画される。この意味で私は抽象表現主義、とりわけバーネット・ニューマンとミニマル・アートの関係はさらに深く思考されるべきと考えるが、この問題は本展の展評の域を超えている。
 先にも述べたとおり、本展において抽象表現主義の名品が少ないのは残念であるが、この不在を来るべき表現への期待と読み替えることは不可能ではない。奇しくも来週、名古屋で日本初と銘打ったジャクソン・ポロックの回顧展が始まる。テヘランからの作品は無事日本に届いただろうか。おそらく本展を見ることによってポロックの絵画への理解もさらに深まるはずだ。

by gravity97 | 2011-11-06 09:08 | 展覧会 | Comments(0)
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