「菊畑茂久馬 戦後/絵画」

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 アマゾンから届けられた『菊畑茂久馬 戦後/絵画』という分厚い作品集を手に取るならば、直ちに二つの思いが交錯する。後悔と羨望の念だ。前者はいうまでもなく、展示というかたちでここに収録された作品を実際に見る機会を逸したことに対する思いであり、後者はこのような時代にかくも充実した資料を刊行した関係者への率直な思いである。実際、同じ時期に福岡と長崎というさほど相互に行き来のたやすい場でもない二つの会場で開催された展覧会がおそらく今年のベストと呼ぶべき展覧会となるであろうことは事前から予想され、実際に始まってからの評判もそれを裏づけるものだったにもかかわらず、会場へと足を運ばなかったことは自らの怠惰が招いたとはいえ、大いに悔やまれる。そして一方でこのような時代にあって地方の公立美術館がかくも充実した展覧会を組織し、かくも浩瀚な作品集を世に問うた奇跡に対する感慨もまたひとしおである。
 作品はこれまでも多くの美術館で見てきたが、菊畑茂久馬はその全体像を把握することが難しい作家である。菊畑が戦後日本の現代美術を代表する作家であることは衆目の一致する点であるが、作家をなんらかの集団や運動に帰属させることは難しい。九州派の代表作家、読売アンデパンダン展の風雲児、南画廊の看板作家、これらのレッテルがいずれも一面の真実にすぎないことはこの作品集に目を走らせれば明らかである。作家同様その作品もなんらかの動向と結びつけることが難しい。初期の土俗的なオブジェ、カシューを塗った円形の平面からルーレット・シリーズ、デュシャンを連想させる小ぶりのオブジェ、そして〈天動説〉に始まる一連の絵画シリーズにいたる作品の展開は作風の深化、あるいは成熟といった概念とは無関係のぎくしゃくした印象を与える。さらに菊畑は作品制作と並行して炭鉱画家、山本作兵衛と交流し、彼の絵画を模写し、さらには返還されたばかりの戦争記録画について論文を執筆するといった一面もある。作品制作と直接に結びつかないこれらの活動が作家にとっていかなる意味をもったかを理解することは容易ではない。
 しかし今回、作品集を通読するならば、これらの疑問の多くは氷解するだろう。作家の半生と作品の関係を考えるにあたって多くの示唆を与えるのは福岡市美術館の山口洋三による長時間インタビューである。菊畑という一人の作家の回想でありながら、そこからは日本の戦後美術の高揚期をめぐるいくつものエピソードをうかがうことができる。まともな美術教育を受けたこともない福岡の青年が東京の一流画廊で個展を開き、ニューヨークでも作品が展示されるにいたる経緯は一種のシンデレラ・ストーリーであるが、インタビューをとおして単に一人の作家の活躍にとどまらず、当時の現代美術をめぐる熱気がうかがえる。それは東野芳明、中原佑介といった若手の批評家が登場し、南画廊や東京画廊といったやはり新興の画廊が意欲的な展覧会を次々に企画して新しい価値観を提示しようとした1960年代の東京の現代美術をめぐる高揚感である。しかし一方で菊畑は常に東京から距離をとり、生活者として福岡に根を張り、自身の必然性に基づいて作品の制作を続けた。九州派をはじめ集団蜘蛛との関係など当時の地元作家相互の交流については初めて知ることも多かった。60年代の「地方の前衛」の活動の充実については既にこのブログで触れた黒ダライ児の『肉体のアナーキズム』の中で詳しく論じられているが、この作品集は菊畑という稀有の作家のオーラル・ヒストリーを介してこの問題を検証している。そしてこのような土着性のゆえに菊畑は「時代の寵児」として軽薄に消費されることなく、今日にいたるまで現代美術の第一線に立つことができたのであろう。
 本書を通読して多くの発見があった。まず60年代後半に制作された大量のオブジェが発表を想定しておらず、破棄されたものも多いという事実には驚く。それらは偶然にその存在を知った学芸員によって88年の北九州市立美術館での回顧展で初めて発表されたという。菊畑が一種の鬱屈の中でこれらの作品を制作した背景としては、明らかに同時代の美術が万国博覧会という時代の滝壺の中にむざむざと飲み込まれていくことへの抵抗があっただろう。それまで前衛とみなされていた作家たちが一方は御用作家として万博総動員体制に加担し、一方は万博破壊共闘へと結集していく。このような二極化の中で菊畑の独特の位置は注目に値する。そしてかかる勢力の布置状況が近年、九州、福岡を拠点とする研究者や美術館によって究明されつつある点はきわめて興味深い。同時に万博を戦後美術の結節点とみなす椹木野衣の一連の著作の先駆性もまた明らかであるように感じる。
 長い沈黙を破って菊畑は1983年、東京画廊で発表した〈天動説〉連作によって新たな一報を踏み出した。そしてこの連作が菊畑の仕事の中でも一つの絶頂をかたちづくっていることは本作品集を通覧する時、直ちに明らかとなる。残念ながら私は一部の作品をそれらが収蔵された美術館で見たことしかないのであるが、作品の圧倒的な存在感は図版からさえ明らかであろう。多様な作品を渡り歩いた菊畑がこの時期、絵画という形式によって現代美術の第一線に復帰したことは暗示的である。作品集に寄せられたテクストの中で展覧会を担当した二人の学芸員は、それぞれオブジェ、「物性」といった概念を手掛かりこの経緯を説得的に解き明かし、当時、喧伝された絵画の復権、イメージの回帰といった表層的な現象とは異なった深い内発によって〈天動説〉が導かれていることを解明している。ここに再び集った〈天動説〉連作を一覧するためだけでも私は九州に足を運ぶべきであった。
 それにしても未曾有の災厄を経験した同じ年にこのような充実した展覧会が開催されたことは私たちにとって大きな励ましではないか。震災と原発災害の後で展覧会は可能か。いうまでもなくこの問いは、アウシュヴィッツの後で詩を書くことは可能か、飢えた子どもの前で文学は可能かという問いに連なる。芸術は非人間的な状況に拮抗しうるか。しかしこれは偽の問いであり、両者を対置する発想は正しくない。いかなる悲惨であろうともそれは芸術の不在によって購われることはないし、いかなる惨禍を体験したとしても、人は美術が、文学が、音楽が存在しない世界で生きるべきではないのだ。展示を実見していない私がこのように結語することは傲慢に聞こえるかもしれない。しかしこの重厚な作品集を通読した後、私は自身の体験に基づいてこの点を確言できる。美術館の冬の時代と呼ばれて久しいが、優れた作家と情熱のある学芸員が組めば、地方であっても、新聞社やTV局の事業部やらに主導されずとも、かくも質の高い展覧会を組織することができるのだ。
 カタログではなく一般書籍として刊行されたため、作品集をアマゾンから入手できたことは幸運であった。上に掲げたイメージから明らかなとおり、作品集も量、質ともにこの驚くべき展覧会の名に恥じぬ充実ぶりだ。出版社を確認して納得する。黒ダライ児の大著『肉体のアナーキズム』と同じグラムブックスが版元である。

by gravity97 | 2011-10-18 20:04 | 展覧会 | Comments(0)