スベトラーナ・アレクシエービッチ『チェルノブイリの祈り』

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 震災以来、このブログもシビアな記事が多い。今回取り上げるドキュメントの内容も今日の我々にとって決して楽しい話題ではない。私も必要を感じなければ、ここで取り上げる一連の記録を読むことはなかっただろう。しかしこれまで原発事故をめぐる一連の状況をフォローしてきた私にとって、これらの本を読むこと、あるいは政府や電力会社が開示しない情報を収集することは今の自分たちにとって死活的に重要であると感じる。
例えば数日前の読売新聞に「生活習慣と被曝 発がんリスクは」という意味不明の記事が掲載されている。「喫煙・大量飲酒、1000ミリシーベルトに匹敵?」という見出しの意図はあまりにも露骨だ。ここでは原発事故によって発生した「異常な」放射線の線量が喫煙や飲酒といった日常的な行為によって相殺されている。この記事の信憑性はひとまず措くにせよ、放射性物質の危険性を喫煙と飲酒のそれと併置して、あたかも日常の、それも相対的に小さな危険であるかのように扱う内容にはあいた口がふさがらない。喫煙や飲酒にリスクが伴うことは誰でも知っているが、私たちはそれを承知したうえ、自分の責任でそれらを楽しむ。これに対して原発事故に伴う放射線は電力会社の犯罪的な不作為がもたらした結果であって、私たちになんら責任はない。二つのリスクは本来全く無関係である。そもそも放射線のリスクが一番高いのは子供たちであって、喫煙や飲酒を日常としている私たちではない。大新聞の記者が「国立がん研究センター予防研究部長」といった肩書きの御用学者と一体になって繰り広げるかかるキャンペーンはこの数日来続く脅迫的な節電キャンペーンとともに、放射能の危険性を隠蔽し、原子力発電の延命を図っている。
『チェルノブイリの祈り』は1998年に単行本として刊行され、今回の原発事故を契機に先月、岩波現代文庫に収録された。無数の関係者からの聞き取りによって1986年に発生したチェルノブイリ原子力発電所の大事故の輪郭を浮かび上がらせている。聞き取りの相手や内容、登場する順序は一見無作為に感じられるが、実はよく練られている。すなわちプロローグとエピローグの位置に「孤独な人間の声」と題された二つの章が配され、その間の主たる三つの章の間には「兵士たちの合唱」「人々の合唱」「子どもたちの合唱」という三つの断章が挿入されている。主たる三つの章に関して、証言者は名前と役職や身分が明記されているが、「合唱」と題された三つの断章に収められた短い証言は証言者の名前をもたない。
とりわけ深い感銘を与えるのは巻頭と巻末に置かれた「孤独な人間の声」という二つの証言である。リュドミーラとワレンチナという二人の女性はいずれも原子力発電所事故の収拾に従事した二人の作業員の妻である。前者は原子力発電所で事故直後に消火作業にあたった消防士、後者は事故によって住民が強制移住させられた村の電気を止める処置を続けた高所作業組立工である。消防士は作業中の大量被曝による急性の放射線障害によって、組立工は被曝による全身のがんによって共にこのうえなくむごい死を迎える。正視に耐えないという言葉があるが、まさに読むに耐えない二人の悲惨な死は最愛の妻の口をとおして語られることによってかろうじて救いをみる。解説の中で広河隆一も記すとおり、放射能はもっとも悲惨な形で人間を死に向かわせる。二人の病状はほとんど人間のかたちをとどめないほどの凄惨さであり、私もここで繰り返すことはしない。しかしそれにも関わらず、死にいたるまで二人の妻は彼らに深い愛情を注ぐ。この凄絶なノン・フィクションが一種の文学性を帯びて成立する理由は、肉親の証言というある意味で客観性を欠いた形式に多くを負っている。さらに付言するならば二つの死のうち、とりわけ消防士ワシーリー・イグナチェンコの死は日本人にとって無縁ではない。チェルノブイリの災厄から13年後、茨城県東海村で起きたJCO臨界事故で、彼と同様に大量の放射線を浴びた大内久さんは懸命の治療もむなしく、やはり長く、筆舌に尽くし難い苦しみの中で死んでいった。リュドミーラの証言は30頁足らずの短い内容であるが、大内さんの闘病に関しては下に示した『朽ちていった命―被曝治療83日間の記録―』という詳細なドキュメントが公刊されている。この記録はもともとNHKスペシャルとして放映された番組に基づいており、高線量被曝という未知の恐怖に立ち向かう大内さんの人間としての尊厳、そして家族と医療スタッフの献身には胸をうたれる。私はこのブログで何度かNHKのディレクターによる安易なノン・フィクションを批判したが、このドキュメントは別だ。なぜならかくもいたましくも貴重な記録を文字に残すことはディレクターと遺族、医療者との間に深い信頼関係がなければありえないからだ。今回の原発事故に関してもNHKは早い時期に放射能で汚染された地域を独自に調査し、住民に警告を発するETV特集を放映し、公式発表を垂れ流す御用メディアとの対照を示したが、このような仕事は放射能問題に対する関心と現場主義が日頃より局内で共有されて初めて可能となったのではなかろうか。二人の女性の証言、そしてJCO事故の記録が明らかにするのは、被曝によってもたらされる死がいかに無残で、非人間的なものであるかということだ。この事実を知れば、飲酒と被曝を同一次元で扱う発想はありえない。もちろん先に触れた記事のテーマは急性障害ではなく、数年のレヴェルで発症する晩発性のがんである。しかしそこには原子力発電所に由来する放射性物質によってもたらされる障害がいかに異常なものであるかという認識が完全に欠落している。そして現在、福島で復旧作業にあたっている作業員たちが置かれる環境がチェルノブイリの作業員たちと異なるという証拠を政府も東京電力も今日にいたるまで開示していない。
それにしても恐るべきことに、25年前にチェルノブイリで発生した状況は今日の福島で正確に反復されている。事故直後、着のみ着のままで強制的に避難させられた人々はその後も自宅に戻ることができず、遺棄された地域に残された家畜やペットは次々に殺処分される。避難を試みる者は裏切り者として指弾され、被曝した人々は差別される。当局は一切事実を発表せず、故障したロボットの代わりに生身の作業員が復旧に投入される。したがって私たちは事故の数ヵ月後にチェルノブイリの近隣から運び込まれた牛肉や牛乳を検査した担当者がそれらはもはや食品ではなく放射性廃棄物であったと述懐し、さらにそれらが市場に流通していたと語るエピソードに自らを重ね合わせて慄然とせざるをえない。チェルノブイリにおいては国家がその威信を賭け、軍隊の力によって事故の収束作業、住民の避難や疎開、表土の除染にあたった。むろんそれは私権を制限することに躊躇ない強権的な国家において初めて可能であった対策であろうし、二つの原子力発電所の事故は性格が大きく異なる。しかし当時のロシアと現在の日本のいずれにおいて事故がより適切に処理されているのか、現時点で私は判断することができない。著者スペトラーナ・アレクシエービッチは「見落とされた歴史について」という章において、自らの言葉として次のように述べている。「最初はチェルノブイリに勝つことができると思われていた。ところが、それが無意味な試みだとわかると、くちを閉ざしてしまったのです。自分たちが知らないもの、人類が知らないものから身を守ることはむずかしい。チェルノブイリは、私たちをひとつの時代から別の時代へと移してしまったのです」いうまでもなくチェルノブイリをフクシマに置き換えることによって私たちが現在置かれた立場を再確認することができる。
書庫に下りて、タイトルにチェルノブイリの名が冠された関連書のいくつかをあらためて読み返す。歴史は繰り返す。現在、私たちが直面する事態はなんら意外なものではなく、既にこれらの中で報告、もしくは予想されている。これらの書はチェルノブイリ原発事故の直後に刊行されているが、先に述べたとおり、この後も日本ではJCO臨界事故によって放射線被曝の恐ろしさが広く知られ、さらに多くの原発トラブルによって電力会社の欺瞞的な体質も誰の目にも明らかとなったはずだ。私たちはそこから何も学ばなかったのだ。大量の放射線が人体から細胞の再生能力を奪うように、原発事故は共同体に回復不可能なダメージを与えるのではないか。たった一基の原子炉が壊滅的な事故を起こしたわずか三年後、その原子炉が所在していた国家は内部から瓦解した。果たしてフクシマの後も日本という国は存続しうるか。私は確言することができない。
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by gravity97 | 2011-07-04 20:36 | ノンフィクション | Comments(0)