Living Well Is the Best Revenge

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優雅な生活が最高の復讐である

石牟礼道子『苦海浄土』

b0138838_21391125.jpg ほぼ半世紀前に発表された本書を初めて通読する。それはきわめて辛い体験であり、私は何度となく頁を閉じたいという思いに駆られた。
 水俣病といっても、今日では特別措置法や未認定患者をめぐる訴訟問題が時折話題となるくらいで忘れ去られつつあるが、かつては日本の公害問題の象徴として耳目を集めた公害病である。新日本窒素肥料株式会社(チッソ)が無処理のまま水俣湾に垂れ流した工場排水中の有機水銀が魚介類の中に蓄積され、食物連鎖の結果、水俣湾周辺の漁民を中心に水銀中毒による神経障害が発生し、多くの者が死に至った。さらに胎盤を通じて胎児の段階で水銀中毒となり、生まれつきの障害に侵される胎児性水俣病という悲劇を生んだ。水俣病という言葉から私は例えばユージン・スミスの有名な写真を連想するし、かつてこの問題を扱った吉田司の『下下戦記』を読んで感銘を受けたことも覚えている。しかしスミスの写真があくまでも水俣病をめぐる一つの情景を切り取ったものであり、『下下戦記』がいわば水俣病のその後をグロテスク・リアリズムという手法で描いた内容であったのに対して、本書からは水俣病を共に生き、告発する著者のひたむきな熱情が感じられた。
 水俣病は昭和30年代にいわゆる高度経済成長を突き進む日本の暗部を象徴している。私は本書を読んで、人間の尊厳という言葉に思いをめぐらした。水俣病が悲惨であるのはそれが人間から尊厳を奪い去るからである。数年前まで一家の大黒柱として、熟練した漁師として、地域のリーダーとして周囲から尊敬されていた人物が、口から涎を垂らし、言葉も思うにまかせず、全身を痙攣させて、ゆっくりと悶死していく。あるいは生まれつき言葉も話せず、意志を表示することさえできず、排泄すら自由にならぬ胎児性水俣病の患者たち。何の罪もない人々がおおよそ人間の想像できる最悪の地獄を味わうこととなったのだ。チッソが垂れ流した有機水銀は患者の身体だけでなく、家族や地域社会を破壊し、蝕んでいく。そもそも魚が、貝が汚染されているとするならば漁業を生業とする人々にとって生活の糧を奪われることに等しい。本書の中には詳しい言及はなかったがかつて『下下戦記』を読んだ際に、わずかな日当のために出漁した漁師たちが、港まで持ち帰りながらも汚染されているため市場に出荷できない魚をタンクの中に廃棄する寒々とした光景の描写に慄然としたことを覚えている。しかし当然の対価である漁業補償そして水俣病に対する補償に対しても、一般市民たちからは怠業あるいは詐病ではないかという白い目が向けられる。無責任な風説の広まりと病気に対するいわれなき差別は人間性の暗部をのぞきこむ思いがする。チッソという企業は単に患者の健康のみならず地域という共同体、人々の人間性までも回復不能なまでに破壊したのである。本文中に胎児性水俣病の患者を前にしたカネミ油症患者の青年が「神さま、罪のない人をなぜこんなにしたのですか。どうして救ってあげないのですか」とつぶやく描写がある。あるいは死後、病理解剖された胎児性水俣病の少年の耳から頭蓋にかけて残された縫合の跡とそこににじむ血の色。この本を読むことの辛さが理解していただけよう。
 それにも関わらず、私が本書を閉じることがなかったのは、『苦海浄土』が高い文学性を有しているからである。単に被害の実態を報告し、チッソを告発するだけのルポルタージュであれば、あまりの悲惨さにおそらく私は最後まで読み通すことができなかっただろう。しかし本書は水俣病を告発すると同時に、それによって失われた豊かな自然、自然との共生の記録であり、それによっても失われることのない人間性の記録でもある。例えば胎児性水俣病の患者である江津野杢太郎という少年について語るにあたって、筆者は練達の漁師である祖父の口を借りる。江津野家は祖父と祖母、やはり水俣病患者であるその息子、そして杢太郎少年を含む三人の孫の六人家族である。(杢太郎少年の母は出奔した)水俣病によって壊された家庭にあって、焼酎を晩酌に祖父は少年に語りかける。「杢よい、」と少年を呼びながら、老人は不知火の海の上がいかに豊かであるかを説く。「あねさん東京の人間な、ぐらしか(かわいそうな)暮らしばしとるげななばい。(中略)それにくらべりゃ、わしども漁師は、天下さまの暮らしじゃあござっせんか」池澤夏樹も指摘するとおり、水俣病の犠牲となった数百人の漁民に対置されるべきは、チッソが象徴する高度経済成長の恩恵にあずかった全ての人々、とりわけ都会に居住する者であったはずだ。これに対して身体の自由も奪われた孫の前で、老人が自分たちの暮らしの方が人間的であると淡々と言い放つ様に私は深い感動を覚えた。それにしても本書の語りを貫く水俣のダイアレクト(方言)のなんと豊かで勁いことか。この作品の魅力は多くを独自の語りによっている。『苦海浄土』は漁民たちと同じ言葉を操り、「あねさん」と呼ばれるまでに彼らの生活に入り込んだ石牟礼でなくては著しえなかった惨禍の記録であろう。
 むろんこの惨禍は人によってもたらされた。第一部の巻末に昭和34年にチッソによって提示された患者との間の「紛争調停案契約書」が掲載されている。水俣病が工場排水を原因とするものであることが判明しても新たな保証金を求めないことを条項に含んだこの契約書の内容たるや、死者に対して年30万円、発病した成人に対して年10万円という冗談のような見舞金を支払うことによって事態を隠蔽しようとする、人権意識のかけらもない内容である。あるいは本書の中には交渉の場で患者たちに傲岸な態度で接する厚生政務次官橋本龍太郎に関する短い記述がある。産業の発展のためには貧しい漁民たちの健康や命などとるに足らないとする「強者」のメンタリティは行間からも明らかである。しかし弾劾や告発は本書の目的ではない。本書が優れた文学作品である理由は怒りや苦しみの吐露ではなく、ゆえなくしてこれほどの業苦を味わいながらも、漁師たち、母たち、そして患者たちが水俣の豊かな自然の中で人間としての誇りを捨てることがなかったことを、彼ら自身の語りを通して、おおらかなダイアレクトによって記録しているからである。職業作家でもルポライターでもない一人の主婦がかくも言葉を巧みに用いて一つの悲劇を文学として結晶させたことに私は驚く。
 今日、未認定患者の問題は残るにせよ、水俣病問題は一応の決着をみており、この海域の漁獲についても安全宣言が出されているという。しかし私は暗鬱な感慨を抱かずにはおれない。水俣病が終わったのは発生から半世紀が経過して、劇症の患者はもちろん、多くの患者が死に絶えたからではないだろうか。死者は言葉をもたない。今日、私たちがかかる不条理な悲劇、高度成長の暗黒面をかろうじて知ることができるのは、ただ石牟礼という才能による『苦海浄土』という傑出した記録が存在するという理由によっているのではないだろうか。彼女がいなければ私たちは一企業によるこの未曽有の犯罪について知ることさえなかったのではないか。『苦海浄土』は人を慰安する文学の対極に位置する。しかし現実に拮抗するただ唯一の営みとしても文学は存在しうることをこの作品は雄弁に語っている。
 本書は2004年に藤原書店から刊行された石牟礼の全集の第二巻と第三巻を底本としたうえで、池澤夏樹が個人編集した河出書房新社の世界文学全集の中の一巻として刊行された。今月刊行されるコンラッドの『ロード・ジム』によって完結するこの全集を通読した訳ではないが、私はこの全集の編成を評価している。三島でもなく大江でもなく、日本の作家としてただ一人、石牟礼を「世界文学」に登記したことによっても、この全集の批評性は明らかだ。『苦海浄土』は『ブリキの太鼓』や『存在の耐えられない軽さ』と比してもなんら遜色はない。語りえぬ死者に代わって水俣病を語り継ぐ本書は、この全集に収められたことによって、あらためて多くの新しい読者を得たことと思う。
by gravity97 | 2011-03-11 21:41 | 日本文学 | Comments(0)

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