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Living Well Is the Best Revenge

「エル・アナツイのアフリカ」

b0138838_20332550.jpg2007年にヴェネツィア・ビエンナーレを訪れた際、私は奇妙な作品を目にした。それはフォルトゥニー宮殿のファサードの全面を覆う巨大なタピストリーであるが、繊維ではなくなにやらメタリックな質感を帯びて鈍く光っている。この時、フォルトゥニー宮の内部では現代美術と博物館的な遺物を併置する「アルテンポ」という驚くべき展覧会が開催されており、展覧会への出品作であることは推測できたが、この不思議な作品の作者が誰であるかを知ることなくヴェネツィアを後にした。そして昨年、国立民族学博物館で開催された「エル・アナツイのアフリカ」展のポスターを目にして、私はそれがかつてヴェネツィアで見たタピストリーの作者であることを直ちに理解した。同時代の美術にある程度通じていたつもりの私にとっても、それが未知の作家、作品であったことは無理もない。この作家はこれまで私が足を踏み入れたことがないアフリカ大陸、ナイジェリアで活動する作家の作品であった。先日、この展覧会を二番目の巡回先である葉山の神奈川県立近代美術館で見た。
 アフリカの現代美術を論じることは難しい。グローバリズムが喧伝される今日にあってさえ、私たちは西欧と異なったクライテリアに立って現代美術について論じることの困難を感じる。作品の内容のことを言っているのではない。今日でも非西欧の作家たちが西欧で紹介されるためにはヴェネツィア・ビエンナーレなり「大地の魔術師たち」なり、欧米で組織された展覧会を経る必要がある。しかし「現代アフリカ美術」が西欧を経由したアフリカの現代美術に対する呼称であることを認めたうえでもなおエル・アナツイの作品、そして葉山の展覧会は圧倒的な強度を秘めていた。
 今、私は「アルテンポ」の場で受けた印象を記した。私はそれがアフリカの作家であるからことさらに強い印象を受けた訳ではない。さらにいえば、私はそれが「現代美術」であるかという点にさえ確信をもてなかった。無名の作り手による呪物と現代美術の優品を無造作に併置したこの展覧会は本質において「現代美術」という枠組さえ相対化するアナーキズムを秘めていた。私は機会があればこの展覧会についてもブログで触れてみたいが、ひとまずここではアナツイの作品が「アフリカ性」といった徴とは全く無縁であったことを指摘しておくに留める。そしてこのたびの展覧会を見て、私は必ずしも彼の全ての作品がこのような超越性を帯びている訳ではないことを知った。ことに初期の人体を連想させる木彫は表面に施された呪術的な線描、トーテム・ポールや神像を連想させる垂直性において未開、素朴、フェティシズムといった「アフリカ性」と強く親和している。出品作中、《あてどなき宿命の旅路》と題された木彫によるインスタレーションが展覧会の英文タイトル「A Fateful Journey」の由来となったことは明白であるが、私はこの作品とたきぎを運ぶ女性や子供たちの写真を併置する感覚が理解できない。確かに木彫のT字形の形状と頭にたきぎを負う人物は形態上の類比を許す。しかし西欧的な認識において、たきぎを負う人々とは貧困や重労働、未成年や女性に課せられた労働といったネガティヴな記号である。カタログには次のような記述がある。「どこの国でも都市部からちょっと郊外に出ると、早朝や夕暮れ時に、女、子ども頭にたきぎを数本載せながら、道ばたを縦一列になって歩いているのに出くわすことがある。夕暮れ時など、沈みゆく真っ赤な太陽を背に、長い影を落としながら歩いている彼女たちの姿は、もはや一幅の絵であり詩である」一読して明らかなとおり、これはオリエンタリズムの視点であり、このような感慨が素朴に作品に反映されることに私は疑問を抱かざるをえない。
 これに対して、アルミニウムの印刷原版を組み合わせた巨大な屑箱、そしてとりわけアルミのキャップやシールを銅線で縫い合わせた巨大なタピストリーはオリエンタリズムになじまない。第一に使用されるおびただしいキャップや缶のふたはアフリカというより、むしろ大量消費社会の表象であり、対比されるべきはウォーホルのキャンベル・スープであろう。第二に無数のパーツを銅線で結びつける作業は文化人類学でいうブリコラージュというより、アッサンブラージュもしくはアキュミレーションと呼ばれる現代美術の手法と考えられる。巨大な平面として壁に吊るされたタピストリーを絵画ととらえることはさほど困難ではない。アナツイのタピストリーを一種の絵画としてとらえるならば、私たちはそこで近代以降の西欧絵画の主題が独自にシャッフルされていることをたやすく理解することができるのだ。例えば近接視と遠望視という問題である、遠くから眺めるならばメタリックな質感を帯びた一枚のタピストリーは、近接すると無数のボトルキャップを銅線で繋ぎ合わせて制作されていることがわかる。遠望における視覚性と近接における触覚性のせめぎあいは筆触あるいはストロークの実験として印象派から新印象主義、さらには抽象表現主義にいたるモダニズム絵画の主題系を形成してきた。そして絢爛たるオールオーバーネスから私はポロックを連想しないではいられなかった。作品によっては地と像の関係がある程度認識できる場合もあるが、多くの作品においてイメージは文字通りディテイルの連なりの中に織り込まれ、色彩が明確な作品よりもモノトーンの作品の方が強い印象を与える点もポロックのポアリング絵画と似ている。これらのタピストリーはそれぞれの断片が多くのアナツイの助手によって制作され、それを組み合わせて巨大な作品が制作されるという。どのような構想のもとに組み合わされるのか、あるいは裏と表の決定はどのようになされるか、方向はいかにして決められるのか、会場を一巡すると様々な疑問が浮かんだ。展示を見ても必ずしも明確な答えを得ることはできなかったが、圧倒的な作品に出会った際にいつも感じる軽い昂揚を覚えながら会場を一巡した。
 アナツイにとって、木彫から廃物のタピストリーへと作品を転じたことは大きなブレイクスルーであったように感じる。女性や子供がたきぎを運ぶという現実を連想させる表現ではなく、現実そのものであり、現実に拮抗する表現へ。表現の質が大きく変化しているのである。アナツイが世界各地の現代美術をテーマとした展覧会に次々に招かれていることはこのよう作品の特質に裏づけられているであろうし、それゆえアナツイの作品は「近代美術館」のホワイト・キューブの中でも、古い宮殿のファサードに置かれても堂々たる存在感を示すのである。
 オリエンタリズムを批判しながらも、私の読みもまた西欧に起源をもつモダニズムという発想にあまりにも色濃く染まっているのではないか。直ちにこのような反問がなされるであろう。私はそれを否定しない。しかしあえてこのような批評を加えた理由は、それによって別の問題をあぶりだしたいと考えるからだ。そしてこの問題は展覧会が巡回した会場と深く関わっている。葉山の前にこの展覧会が巡回したのは大阪千里の国立民族学博物館であり、アナツイの作品は民族博物館と近代美術館、より適切な言葉を用いるならば現代美術館とのはざまに存在している。なぜ「現代美術」を「民族学博物館」で展示するのか。この点については企画者も自覚しており、巻頭に置かれた論文においてもこのような状況がアフリカ現代美術をめぐるダブル・スタンダードと関連して論じられていた。私は民族博物館的、文化人類学的な展示とはいかなるものかよくわからないが、おそらく展示の中にやや雑然と挿入されたナイジェリアやガーナの生活や社会についての解説、あるいは儀礼布や彫像についての説明がそれにあたるだろう。(カタログでは4章の部分に相当する)端的に言って、私はなぜこのようなアリバイ的な説明がこの展覧会に必要であるか全く理解できない。私はアナツイの作品を純粋に美術作品として見るし、現代に制作された作品である以上、現代美術の作品として見る。私の理解では作品とはたとえ固有名とともに発表されようとも、それ自体で意味をもつから、作者や社会的背景について知識がなくても十分に鑑賞に耐えるし、批評の対象となりうる。最初に言及した「アルテンポ」における展示とはまさにそのようなものであり、そこにはピカソ、フォンタナから日本の具体グループ、さらには骨格標本やイエメンの神像まで多種多様な表現が混在したまま展示されていたのだ。逆に言えば、作品を民族学博物館で展示するためには背景に関する解説が不可欠ということであろうか。この点に関して、巻頭論文では次のように記されている。「背景に関しての予備知識を持ちあわせていないであろう多くの観客は、アナツイの作品を見ても、単にリカーやビールの蓋やシールなどを再生させた見事な美術作品としてしか受け止めないということになる。もっともファイン・アートに対する反応だから、「見事だ」(ファイン)ということで十分なのかもしれないが。このとき、もし文化人類学や歴史学の視点から作品の背後にある歴史や文化に関する踏み込んだ解説が加えられたなら、アナツイの作品を見る側の理解は一挙に広く、深く、ゆたかになるはずであり、作品から受ける印象も変わってくるのではないか」最初の一文は作家と観衆に対してあまりにも傲慢な物言いであろう。私は優れた感性をもつ者であれば、何の予備知識がなくとも、例えばマティスの、例えばロスコの絵画が本質的に「見事」であることは直ちに了解できると信じている。アナツイの作品もそのような例である。それどころか私は「作品の背後にある歴史や文化」を知ったところで作品を享受するという営みにはほとんど資することがないのではないかとさえ考える。この点は作品を扱う美術館と資料を扱う民族学博物館との認識のずれであるかもしれない。この一文によって文化人類学者にとってはアナツイが制作したタピストリーは「作品」ではなく「資料」として認識されていることがはしなくも露呈されている。私は少なくとも構造主義を経た人文諸学にとって「作品」が「作家」や「社会」から自立して存在するという常識が通用すると思っていた。しかし未だに展覧会のカタログの中でこのようなナイーヴというか啓蒙主義的で作家主義的な発言がなされていることは大きな驚きであった。ここでいう「広く、深く、ゆたかな」理解が、木彫によるインスタレーションからたきぎ運びを連想する程度のものであるならば、私は作品のためにも「踏み込んだ」解説などない方がよいと考えるのだが、どうであろうか。
 ニューヨーク近代美術館における「20世紀美術におけるプリミィティヴィズム」の際のウィリアム・ルービンとジェームス・クリフォードの「類縁性」をめぐる議論を想起するまでもなく、「近代美術」と「プリミティヴィズム」の関係は微妙である。今回の展示を見て、私は同様の類似/差異が現代美術館と民族学博物館という二つの制度の間にも指摘できるのではないかと感じた。むろん私の立場は現代美術に偏っているから、民族学博物館あるいは文化人類学においては全く異なった原理が働いているかもしれない。この点は一度きちんと考えてみたい問題である。今回の展覧会は作品から制度、あるいは学へと思いをめぐらす機会となった。いつもながら優れた作品は見る者に様々b0138838_2035657.jpgな思考を誘発するのである。
by gravity97 | 2011-02-26 20:39 | 展覧会 | Comments(0)