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Living Well Is the Best Revenge

Marina Avramović [The Artist Is Present]

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 私は一度だけオノ・ヨーコと話したことがある。ニューヨークのジャパン・ソサエティーで開かれた回顧展の折である。会場の一角に電話機が置かれ、その前で観客が列を作っている。しばらく列に並んで様子をうかがっているうちに、これが「テレフォン・ピース」という作品であり、受話器の向こう側にいるのがオノ・ヨーコ本人であろうことが理解された。残念ながらその際には「こんにちは、日本から来ました」といったくだらないことしか話せなかった(しかしそもそもオノ・ヨーコと電話で話すのにふさわしい話題など思いつくことができるだろうか)。列に並んで順番に話すというのはあまり風情がないが、個展の会場に置かれた電話機が突然鳴り、受話器を取ると作家が語りかけるというシチュエーションはそれなりに詩的である。メイルやツイートと異なり、電話のベルは向こう側に肉声によってあなたと語りたい誰かがいることを暗示しているのだ。誰もいなくなった火星で時を隔てて電話のベルが鳴るといった情景をレイ・ブラッドベリが書いていた。
 現在、ニューヨーク近代美術館でマリーナ・アブラモヴィッチの個展が開かれている。残念ながらニューヨークに赴く予定はないが、少しずつ展示に関する情報がもたらされ、カタログも入手した。インターネットの発達に伴い、私たちは展示の状況をリアルタイムで参照することが可能となったが、この展覧会はその恩恵に大いに与っている。インターネットを検索してみると、展覧会に関するいくつもの動画がヒットする。とりわけ興味深いのは(配信は美術館開館時間に限定されているようであるが)MOMAのホームページから直接参照可能なライヴ映像である。
 展覧会のタイトルは「Marina Avramović The Artist Is Present」という。このタイトルがまさに展覧会の内容を示している。会期中、アブラモヴィッチは美術館に在館する。作家自らによって演じられる「The Artist Is Present」というパフォーマンスは1981年以降何度か実施された「Nightsea Crossing」のヴァリエーションである。このパフォーマンスは日本でも85年に牛窓芸術祭で行われたことがあり、今回のカタログテクストでもこのことに言及されている。「Nightsea Crossing」はアブラモヴィッチと彼女のパフォーマンスにおけるパートナーであったウーライがテーブルをはさんで両端に座り、一定の時間(原則として美術館の開館時間中)飲食や用便を一切しないでひたすらみつめあうという作品であった。今回の展示ではテーブルの片端にアブラモヴィッチ、もう片端に来場者が座る。来場者は各々の意志に従って一定時間(5時間以上座っていた者もあるという)席を占める訳であるが、アブラモヴィッチはこれらの来場者全てを相手に二月半という長期間、苦行に近いパフォーマンスを今も行っている。「Nightsea Crossing」に関しては、パフォーマンスが挙行される時間は会場によって最短1日、最長16日というインストラクションがなされていたから、これに比べても圧倒的に長く、作家が気力と体力の限界に挑戦する試みであることが理解されよう。先に述べたとおり、パフォーマンスの模様はMOMAのホームページを介してライヴ中継されるが、作家だけではなく相対する来場者の様子も中継され、参加した来場者全員の顔写真もインターネットを通じて配信されているから、もはや観客も作品の一部といってよい。このほかにも過去になされた彼女のパフォーマンスが若い男女によって再演されている。以前、このブログでも取り上げたとおり、アブラモヴィッチは05年にニューヨークのグッゲンハイム美術館で開かれた「Seven Easy Pieces」という個展において、自分の作品も含め過去に演じられた有名なパフォーマンスを自らの身体によって再演するという離れ業を行った。写真やヴィデオではなく現実の身体を用いてパフォーマンスを再現するという画期的な手法の意義については先のブログで触れたとおりであるが、例えば全裸で向き合って立つアブラモヴィッチとウーライの間の20センチほどの空間を潜り抜けて会場に入るという77年の「Imponderabilia」の衝撃は写真やヴィデオではなく、実際の男女の肉体を前にして初めて理解できるものであろう。このほか私が確認しただけでも全裸の男女が全身の骨格模型とともに横たわるパフォーマンスややはり全裸の女性が高い位置に設えられた自転車のサドルに跨るパフォーマンスなどが実際に再現されているようである。
 今回のカタログは資料性が高く、全てではないにせよ、アブラモヴィッチの重要なパフォーマンスの多くが網羅されている。「Seven Easy Pieces」のほかに2002年にニューヨークのシーン・ケリー・ギャラリーで12日間にわたって続けられた伝説的なパフォーマンス「The House with the Ocean View」の写真も掲載されている。このパフォーマンスはギャラリー内に外から丸見えの三つの部屋を作り、きわめて禁欲的な条件のもとで作家が文字通りプライヴァシーなしに生活する(睡眠、シャワー、放尿の様子も露出される)という内容であり、TVドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ」の中でも言及されたとカタログテクストにある。このパフォーマンスは作家が展示施設に常駐するという点で今回のパフォーマンスと共通点をもつ。このほか初期の概念的な作品や音と関連した作品については初めて知るものも多く、作家の問題意識を探るうえで意義深いものであった。
 あらためて感じる点はアブラモヴィッチのパフォーマンスは大半において他者を必要としているということである。周知のとおり、彼女は1976年より10年余りにわたってウーライというパートナーとともに一連のパフォーマンスを演じた。二人は互いの髪の毛を結えあい、同じバンに乗り込んで美術館の中庭を16時間にわたって周回し、90日かけて万里の長城を両端から歩いた。いくつかのパフォーマンスはアブラモヴィッチ一人では実現しえない内容であった。しかしウーライという共演者がいなくても彼女のパフォーマンスは他者の関与を要求する。つまりその場に居合わせた観客の関与である。「リズム0」と題された74年の有名なパフォーマンスにおいてアブラモヴィッチは自らが全ての責任を負うとしたうえでテーブルに置かれたナイフから懐中電灯にいたる72の品を自分に対して行使するように来場者に要求した。あるいはいくつかの自傷的なパフォーマンスの場合、それをやめさせようとする観客の介入によってパフォーマンスは終了した。これらの場合ほど能動的な役割を果たさずとも、自虐的なパフォーマンスの前で来場者が感じる強い不快感、あるいは裸体や放尿する姿を差し出された時に感じる強い当惑はアブラモヴィッチのパフォーマンスの本質と深く結びついている。さすがに自傷的あるいは極度の集中もしくは忍耐を要する作品は除かれているが、今回の展示において映像だけではなく実際の男女の裸体によって作品が再現されていることはこれを傍証するだろう。
 私は最初にオノ・ヨーコの「テレフォン・ピース」について触れた。個展の会場で直接作家に直面する体験はアブラモヴィッチと共通しており、それゆえ私はこの文章を書き始めるにあたってごく自然に自分の体験を連想したのであった。さらにカタログを参照するならば、オノとアブラモヴィッチの共通点が浮かび上がる。二人とも作品に関してシンプルなインストラクションを提示する。オノであればこんな具合だ。「あなたの人生の悲しみに番号をつけて表にする。悲しみの数だけ小石を積み上げる。悲しいことがあるたびに小石を加えていく。表を燃やし、小石の山の美しさを愛でる/あなたの人生中の幸せに番号をつけて表にする。幸せの数だけ小石を積み上げる。幸せなことがあるたびに小石を加えていく。できた小石の山を悲しみの山と比べてみる」これに対してアブラモヴィッチは例えば次のような指示を書きつける。「その女性はアムステルダムのデ・アペル・ギャラリーにおける私の個展のオープニングに私の代わりに出席する/同じ時間、私はアムステルダムの「飾り窓」街区にあるショーウインドウに彼女の代わりに座る/私たちはともに自らの役割に関する全ての責任を引き受ける」これは75年に行った「役割交換」というパフォーマンスの際のインストラクションである。これを実施するにあたってアブラモヴィッチはアムステルダムの合法売春地域でプロフェッショナルの街娼と契約を交わす。さて、私の考えでは両者は本質的に全く異なる。それは単にオノの指示が夢想的で予定調和的、暗喩的であるのに対して、アブラモヴィッチのインストラクションが具体的で予測性を欠き、換喩的であるからではない。この対比は本質においてパフォーマンスのみならず、現代美術の本質、さらにいえば美術における近代と現代の区別に関して問題提起を行うように感じるのだ。オノは芸術が日常とは異なった位相に成立することを疑わない。来館者が積み重ねる石は単なる石ではなく悲しみや喜びの表象である。このような発想のなんとナイーヴなことであろうか。オノの立場をヒューマニズムと呼んでもよかろうし、かかる楽天性は「あなたが望むなら、戦争は終わった」と大書し、平和のためにベッド・インする作家にふさわしい。しかしアブラモヴィッチは芸術を日常と別の次元に置く発想を排する。この点は冒頭で記した二つのパフォーマンスを比較しても明らかだ。電話を介すことによって、別の場に位置を占める作家は聖別される。ここではない、どこか別の場所に作家、作品、そして芸術が存在することを来場者は暗黙裡に了解する。しかしアブラモヴィッチの場合、当の作家がテーブルの向こう側から自分をみつめているのだ。両者の対比は一見きわめて近似した「リズム0」とオノ・ヨーコの「カット・ピース」の比較によってさらに明瞭となる。「リズム0」同様に観客がオノの着衣をはさみで切り刻むという攻撃性を内包しながらも、「カット・ピース」は舞台の上で上演されるから、それはあくまでも現実とは審級の異なる場で挙行される「芸術」なのである。そこでは全てが「芸術」の中に回収される。しかし「リズム0」における暴力は「芸術」というアリバイをもたない。むろん私は美術を現実とは別の世界、一種のユートピアとしてとらえる姿勢を否定しない。それどころか今まで美術とはそのようなものとして構想され、理解されてきた。作品が現実の中に存在し、現実の一端にしかすぎないという認識は私の考えでは(デュシャンのレディメイドのごとき特異な先例を別にするならば)1960年代中盤以降、ミニマル・アートという美的感性を経由することによって、わずか半世紀ほど前にもたらされたにすぎない。いずれが正しいかを問うことはあまり意味がない。おそらく日本的感性にとってオノの夢想を受け入れることはできても、アブラモヴィッチの現実を美術とみなすことは困難であろう。全裸の裸体、苦痛あるいは常軌を逸した忍耐や集中、何が起きるか予測できない不穏さは美術と呼ぶにはあまりにも生々しい。
現実とは異なった地点に成立し、私たちを慰撫する美術。現実の一部であって、いかなる形而上学とも無縁の美術。いずれを選ぶかは自由である。後者がモダニズム美術の一つの帰結であることは明らかであり、今日、美術を一種の精神性の表明、あるいは現実の反映とみなす反動的な趨勢もまた台頭しつつある。しかしミニマル・アートを経由した私たちはもう後戻りできない。苛酷な現実としての美術から出発すること。作家としてのアブラモヴィッチがそうであったように、私たちにとってもそれが美術史を真摯に引き受けることなのだ。
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by gravity97 | 2010-05-05 10:42 | 展覧会 | Comments(0)