ブログトップ

Living Well Is the Best Revenge

復刻版『具体』

 
b0138838_21475474.jpg
今年初めに刊行されたとのことであるからやや時機を逸した感もあるが、一般には入手しにくい冊子が手に入ったので紹介する。1954年に芦屋で結成された前衛作家集団、具体美術協会が刊行した機関誌『具体』全12巻(欠号があるため号数としては14号まで)の復刻版、正確にはその刊行に際して編集された別冊である。オリジナルの『具体』は古書としてもほとんど市場に出ないから、稀覯書といってよいだろう。国内のいくつかの美術館の図書室に収められているはずであるが、少なくとも開架図書ではないし、全巻が揃っているか、一般の利用者が利用できるかについて私は確認していない。
これらの冊子は1950年代美術、特に日本と欧米の交渉史においてにおいてきわめて重要な役割を担った。具体美術協会は活動の初期にこの冊子を内外の美術関係者に送った。そのうちの一冊が死後、ジャクソン・ポロックのアトリエから発見され、このグループの神話化を促したことは知られているとおりであり、この経緯に関してごく最近大島徹也氏が新資料をもとに脱神話化とも呼ぶべき解明を行ったことについては以前このブログでも触れたことがある。
幻の機関誌が芦屋市立美術博物館の監修のもと、藝華書院という発行元から復刻されて刊行されるという情報はしばらく前から得ていたが、全12冊と別冊を合わせて12万円、しかも分売不可という条件は研究者であっても個人では購入に二の足を踏むだろう。後述するとおり、海外の美術館や研究機関をターゲットにした復刻であろうが、価格的にあまりにもえげつないと感じるのは私だけだろうか。
もっともこれらの機関誌に収録されたテクスト自体はこれまでも比較的容易に参照することができた。1993年に芦屋市立美術博物館から発行された具体資料集「ドキュメントグタイ」にほぼ全文が収録されていたからだ。この資料集は写真資料を含めて具体美術協会に関する情報を網羅した決定版とも呼ぶべき内容で、個人でも購入することが可能な価格であり、国内の大きな美術館の図書室にはほぼ常備されていたから、具体美術協会に関する日本語圏での研究の深まりに大きく資することとなった。美術運動の機関誌の場合、イメージに対し文字情報は軽視されがちであるが、資料集の中に全文が掲載されたという事実は既に90年代初頭においてこれらのテクストの重要性が広く認知されていたことを示唆する。ひるがえって考えるに、テクストのレヴェルにおける参照が比較的容易であったにもかかわらず、今回あらためて復刻版が刊行されたということは、オリジナルの機関誌にはテクストを再録するだけでは伝えることができない意味があった、あるいは今回の復刻版にはオリジナル版にも資料集にも欠落していた新しい意味が付与されたといういずれかの、もしくは両方の理由が存在したはずである。私の考えでは両方だ。  
まず欠落していた要素。すぐさま連想されるのはオリジナル版に収録されていた数々の図版である。しかしこれについては93年の資料集にも十分に反映されている。『具体』誌が創刊された理由の一つが初期にみられたアクションやパフォーマンスを図版として記録することであったことはよく知られているが、資料集を編集するにあたっては当初の『具体』誌に掲載された資料写真のネガプリントにまで遡って写真の選定がなされており、場合によっては『具体』誌以上に鮮明、貴重な図版が用いられている。ただし『具体』誌における図版の意味は号によって微妙に異なる。舞台を用いたパフォーマンスを特集した第7号では演目ごとに詳しい説明と図版が付されており、今なお資料価値が高い。また吉原治良とミシェル・タピエによって編集された第8号は機関誌というより欧米のアンフォルメルの代表的作家の作品集として発行されている。したがって復刻された巻によっては図版をとおして資料集から得られなかった多くの発見がもたらされることは十分にありうる。そしてそれ以上に注目すべきは、特に初期の『具体』誌にみられたデザイン感覚とアーティスト・ブックとしての特性である。この点についてはこの別冊に収録された平井章一氏の論文および加藤瑞穂氏の解題の中で触れられている。おそらくこれには当時の関西の前衛的な美術運動がしばしば機関誌を伴ったという事実が深く関わっているだろう。平井はその先例を吉原も関わった二科展系の『九室』に求めているが、同時代の関西にも例えば『墨美』や『墨人』といった内容、形式いずれにおいても参照可能な例は存在した。さらに吉原が所蔵した膨大な洋書や洋雑誌もこの点に与っていたことは間違いない。この点を確認するためには復刻というかたちにせよ具体誌本体を参照することが必要となる。
次に付加された要素。それは端的に上に示した別冊である。まず収録された三つの論文がいずれもきわめて興味深い。平井論文は『具体』誌をめぐる状況と、その意味を丹念に分析している。例えばこの冊子の売価がいくらであり、どのように流通したか。きわめて単純な問いであるが、些細であるがゆえにこれまで論じられなかった観点からこの機関誌、そして具体美術協会の活動を検証し、手際よくまとめている。英訳も掲載されているから、今後この問題に関して規範的な論文となることであろう。さらに注目すべきは加藤の論文である。加藤はこれらの機関誌が海外の作家や批評家に対して、いつ、どのようにして送付され、どのような反響があったかを具体的に検証する。このような検証は芦屋市立美術博物館が整理をすすめている吉原治良旧蔵の資料の分析を受けて初めて可能となるものであり、とりわけ吉原が国内外の関係者と交わした書信が重要な証拠となっている。ポロックとの関係について近年、リー・クラズナーの関係資料をとおして新発見があったことは述べたとおりであるが、同様に吉原の資料からは特にミシェル・タピエの世界戦略においてこの冊子がいかなる意味をもったかいくつも推測が引き出されて興味深い。例えば『具体』8号はニューヨークで100冊が完売されたというエピソード、あるいは『具体』9号の掲載論文をめぐる吉原と瀧口修造の微妙な確執など、いくつも新しい知見を得ることができた。平井も加藤も『具体』誌の内容ではなくむしろ形式的側面を論じながら、きわめて独自かつ刺激的な論点を提起している。現代美術に関する近年の実証的な研究の中でも出色の成果ではないだろうか。もう一篇、「『具体』と日本『現代美術』―表象批判の絵画とその周辺」と題された光田由里氏の論文も氏が近年進めてきた『美術批評』誌や戦後の美術批評家をめぐる一連の研究と絡めながら具体美術協会の達成を論じて示唆に富む。ただし具体の復刻版に付される論文としてはやや観念的ではないだろうか。当時の批評との関連を論じるにあたってこの書き手であれば『具体』誌と当時発行されていた批評誌や美術関係の雑誌との関係、あるいは美術批評における東京と大阪の地政学的な差異や断絶をそれこそ具体的に論じてほしかった。
収録された論文もさることながら、今回のこの別冊の最大の特色は具体誌に掲載されたテクスト全てが英訳されて収録されている点である。これまで海外での展覧会に際して個別に翻訳されたことはあってもこれほど網羅的な紹介は初めてである。これほどオリジナルな美術運動であっても、世界的な評価を受けるにあたって一度英語というフィルターを通さなければならないという限界には忸怩たるものがあるが、この雑誌の魅力が単にヴィジュアルの側面ではなく、作家たちが開陳した真摯な思考にある点を考えるならば、今回の別冊の意義はきわめて大きい。『具体』誌に収録された作家たちのテクストに関しては、これまでにも例えば建畠晢氏が白髪一雄とハロルド・ローゼンバーグのアクション観を比較した興味深い論文を残している。1996年にポンピドーセンターで開催された「アンフォルム」展などに端的に認められるとおり、白髪に代表される具体美術協会の活動はオリエンタリズムとは異なった、フォーマリズム批判という文脈で注目を浴びた。近年もアメリカにおいていくつかの展覧会を通してこの集団への関心が高まっているが、これを機にこれまで主に作品を通して、あるいはアクションのごとき先鋭な活動をとおして分析されてきた具体美術協会の活動について、より概念的、テクスチュアルなレヴェルでも再評価が進むことは間違いないだろう。
今回の復刻が海外の美術館や図書館、研究者を念頭に置いていることは明らかであり、復刻された形式と内容も十分にそれに見合っている。今回論じた別冊も資料的な価値がきわめて高い。それゆえに全体の価格の設定はともかくこの別冊だけでも分売を認めて、具体美術協会への理解を深める一助とすることはできなかっただろうか。今回の出版の詳細について私は詳しく知らないが、その点が残念に感じられる。
by gravity97 | 2010-04-20 21:48 | 現代美術 | Comments(0)