小松左京『果しなき流れの果に』

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 ハルキ文庫に収録された小松左京の「果しなき流れの果に」を読む。小松左京の読書体験については微妙な問題がある。小松左京と星新一、そして筒井康隆は私が最初に読んだ大人向きの小説であった。小学校高学年の頃だ。例えば私は「日本沈没」を発売と同時に読んだ記憶がある。日本SFの最初の黄金期といってよいだろう。実際に書庫で確認するならば、私は当時ハヤカワ文庫と新潮文庫に収められていた小松左京の小説をほとんど所有しているから、疑いなくそれらの小説を通読していたはずだ。当時文庫化されていなかった「復活の日」を単行本で読んだことについては明確な記憶があるし、亡き祖父が生頼範義によるカバーに使用されている彫刻がミケランジェロの《奴隷》であると教えてくれたことさえ覚えている。しかし蔵書のラインナップには奇妙な欠落がある。初期の代表作のうち「果しなき流れの果に」と「継ぐのは誰か?」の二冊が見当たらない。私はいずれもハヤカワ文庫に収められていたことを記憶しており、裏表紙に記されたこれらの小説のシノプシスもおぼろげに浮かぶから、おそらく一度は買い求めていたのではないかと思う。しかしこの二冊については通読した明確な記憶がない。数年前に私はやはり現在ハルキ文庫に収録されている「継ぐのは誰か?」を通読し、そして今回「果しなき流れの果に」を読み返した。ハルキ文庫版の解説の冒頭に大原まり子が記すとおり、この小説が1965年という時点で執筆されていたことにあらためて驚く。それから半世紀が経った。しかし本書は今日においても全く古びていない。(ちなみに大原の解説はこの小説がハルキ文庫に収録された1997年、執筆から32年後に書かれているが、それから20年経った今でさえ私は同じ感慨を抱く)私の知る限り、現在も発表当時の新鮮さが衰えないもう一つの稀有の作品はスタンリー・キューブリックの1968年のフィルム「2001年宇宙の旅」である。キューブリックの描いた宇宙旅行は今日においても新鮮であり、「ゼロ・グラビティ」から「エイリアン・コヴェナント」まで、宇宙旅行のイメージはいまだにそのイメージの圏域に留められている。熱心なSFの読み手ではない私でさえ「果てしなき流れの果に」の影響を受けたと思しきSFを列挙することはたやすい。このようなとんでもないSFが半世紀前に日本語で書かれたことを私たちは誇りに思ってよいのではないだろうか。

 これから読む読者の興趣を殺がない程度に内容に立ち入ることにしよう。プロローグには蘇鉄が密生する森林の中、剣竜とティラノザウルスが死闘を繰り広げる太古の地球の情景が描かれる。今挙げた「2001年宇宙の旅」の冒頭を想起させないでもない始原の光景を一瞬点描した後、物語は本書が執筆された時代と同じ、1960年代の関西へと舞台を移す。N大学理論物理研究所の助手、野々村は上司の大泉教授に呼び出され、史学を講ずる番匠谷といういわくありげな教授と引き合わせられる。番匠谷は中生代白亜紀の地層の中から出土したという「砂時計」を示すが、その砂時計は上から下に永遠に砂の落ち続ける、ありえない砂時計であった。このような魅力的な冒頭からは直ちにいくつかのSFが連想される。例えば本書の10年ほど後に発表されたイギリスのバリントン・J・ベイリーの「時間衝突」。本書と同様、波乱万丈の時間SFである「時間衝突」も主人公の考古学者のもとに「時間が経つにつれて新しくなる遺跡」の写真が届けられることから始まる。考えてみるならば、常識的に説明不可能な何かが発見されることによって起動するSFは数多い。例えばジェイムス・P・ホーガンの「星を継ぐ者」は月面で宇宙服を来た人類の遺骸が発見されたことから始まる。(余談となるが、私はこの設定と半村良の「産霊山秘録」中の「月面髑髏人」とのあまりの類似に驚くが、偶然としか考えられない)あるいは「過去に通じる通路」の発見とともに始まるスティーヴン・キングの「22/11/63」はどうだ。もちろん「果しなき流れの果に」がこれらの作品に直接の影響を与えたとは考えられないが、そうであってもなんら不思議がないほどの本格SFとしての風格を本書は宿している。このような小説が1960年代に発表されたことはやはり一つの奇跡と呼んで差し支えないだろう。

 さらに驚くべきことには、本書は当時のSFが主題化したいくつものトピックを軽々と重ね合わせている。本書は二部に分かれ、二つのエピローグをもつ。前半は今述べたとおり、砂が永遠に落下し続ける砂時計の発見をめぐる現代、執筆時と同じ20世紀中盤の物語であるが、後半にいたるや時代はそれから100年以上経過し、登場人物は軌道エレベーターで宇宙空間へと上昇していく。このレヴューを執筆するにあたって「軌道エレベーター」をウィキペディアで調べてみたが、おそらくこの小説は、今日ではウィキペディアで検索可能な程度に知られたこのような装置に言及された最初の例ではないだろうか。軌道エレベーターという発想から私は直ちにこのブログで論じた村上龍の「歌うクジラ」の終盤の場面を連想したが、SFの領域でかかる装置が導入された最初はアーサー・C・クラークが1979年に発表した「楽園の泉」であるという。散りばめられた未来的なガジェットばかりではない。第二部を読み始めると、私たちはこの小説が未来における二つの勢力の葛藤を主題としていることを理解する。かかる勢力は人間の理解をはるかに凌駕した存在であり、おそらくは未来人である。人類を超えた存在という主題からはやはりこのブログで論じたクラークの「地球幼年期の終わり」がたやすく連想されよう。21世紀の地球は大きな災厄に見舞われようとしていた。太陽の異常活動によって放射線が地上に降り注ぎ、生物が死滅する破局が近づいていたのだ。世界連邦の指導のもとに多くの人類はシェルターに避難し、一握りの優秀な人々はさらに遠く火星に逃れようとしていた。いうまでもなくこのような設定は破滅SFのそれだ。小松は1972年に生物兵器による人類の死滅と再生を描いた破滅SFの傑作「復活の日」を発表している。人類を超越した存在、世界の破滅、これらの主題は黄金時代のアメリカSFが好んだ主題である。この小説からは日本という場で先行するアメリカのSFの設定に新たな観点から挑戦しようという野心がうかがえる。そして最初に述べた通り、この小説はクラークやジョン・ウィンダムと比べても決して遜色がない。それどころかここには小松自身がこれ以後の小説の中で深めていく主題がいわば原石のままで贅沢に散りばめられている印象だ。あらためて驚いたのであるが、この小説の中にはヤップという民族が登場する。21世紀の半ば、思いもかけぬ大地震と地質変動で祖国が海底に沈み、それ以後漂泊の民族となった彼らは「君が代」を斉唱しつつ見知らぬ星系に旅立っていく。ヤップ、つまり日本人の運命はベストセラーとなった「日本沈没」の構想を正確に予告している。あるいは人を超えた存在についての執拗な問いかけは「継ぐのは誰か?」に始まり、多くの短編、そして遺作となった「虚無回廊」においても繰り返される。作家は処女作を超えることができないとしばしば言われる。「果しなき流れの果に」は小松にとって長編の処女作であるが、確かにこの作品にはそれ以後の小松の作品のエッセンスがぎっしりと詰め込まれている。

 本書を特徴づけるのは語り急ぐかのような場面転換の激しさである。白亜紀の恐竜の戦いに始まり、現代の大阪、そして未来の地球。未来人によって別の時間相の地球に拉致された科学者たちは石槍を手にした原始人たちによって直ちに惨殺される。もし小学校高学年の私が本書を通読できなかったとしたら、それはおそらくかかる荒唐無稽さに小学生でさえついていくことができなかったからではないかと今になって思う。確かに荒唐無稽であるが、このような小説の類型に対しては、今日ではワイドスクリーン・バロックという名が与えられている。やはりウィキペディアを参照するならば、ワイドスクリーン・バロックとはブライアン・オールディスによって提唱されたSFの一類型であり、「時間と空間を手玉に取り、気の狂ったスズメバチのようにブンブン飛びまわる。機知に富み、深遠であると同時に軽薄」な小説のことであるという。この定義自体は1980年に発表されているが、その15年前に発表された「果てしなき流れの果に」への完璧な注釈といえるのではないだろうか。白亜紀から未来世界という広大な時間の広がり、冥王星の衛星ケルベルスから鯨座タウにいたる広大な宇宙の広がり、私は何よりもかかる広漠とした時間と空間を対象に物語を紡ごうとした作家の野心の気宇壮大に感銘を受ける。それはアメリカSFの黄金時代の残照を受け、日本のSF作家たちが新しい野望に燃える、いわば日本SFの青春において唯一可能であった志であったかもしれない。本書において小松はやや語り急いでいる印象がある。後続する小説の中で、作家は本書で提起された問題をあらためて様々な角度から深めていくが、博覧強記をもって知られる小松でさえ、さすがにこの時点でこれほどのテーマに見合った表現を与えることは困難であっただろう。本書の終盤で物語は著しく抽象化される。(もしかするとそれもかつて本書を読み通せなかった理由かもしれない)このあたりの心境を今回のハルキ文庫に付された初版のあとがきの中で小松は次のように述懐している。「書けば書くほど、どうにもならないほど気が滅入り、(連載の)四、五回ごろには、連載を放棄しようかとさえ思うようになりました」「(苦しみ抜いて脱稿した直後に)そのままベッドの上にぶったおれて、美しく開けて行く夏の朝を呆然とながめているうちに、いつかもう一度、この主題について書こう、今度はもっと慎重に、もっと十分に準備して、体力や気力も充実させて、今度こそ、何一つ書きもらすことなく書いてやろう、という気が起こってきました。―その時はじめて、本当に、SFというものが全身でぶつかって行ってもいいほど、やりがいのある仕事かもしれない、という気がしてきました」しかし本書は放棄されかけた小説、準備の足りない小説ではない。それどころか小松の代表作に数えられるべき傑作である。未読の読者のために言い添えるならば、作家が苦しみぬいたにも関わらず、本書の読後感、とりわけエピローグは美しく、私たちの胸をうつ。大原まり子も解説に書いているとおり、小松の短編にはきわめて抒情的で私的な印象を残す作品がいくつか存在する。本書はその最初のきらめきであるかのようだ。

 私が本書を再読しようとしたきっかけは書店の店頭でハヤカワ文庫から最近発行された「日本SF傑作選2 小松左京」を目にしたからである。この傑作選はすでに筒井康隆の巻も刊行され(編者によれば、初巻としては当初星新一を予定していたが、今も多くの作品の版権を新潮社が保持しているために実現できなかったらしい)今後も隔月で刊行されるということである。小松については「地には平和を」や「物体O」といったいくつかの短編とともに長編「継ぐのは誰か?」が収録されている。このシリーズには続くラインナップとして平井和正や半村良も予定されており、70年代の日本のSFの充実を知るうえで格好のアンソロジーとなるだろう。小松の小説も一時入手が困難であったが、幸いにも現在では代表作はほぼハルキ文庫に網羅されている。この傑作選の刊行を機に日本のSFの最初の黄金期に再び光が当てられることを望みたい。


# by gravity97 | 2017-11-11 09:57 | エンターテインメント | Comments(0)

フアン・カブリエル・バスケス『密告者』

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 本書は重い主題を扱った、重厚かつなんとも不透明な小説である。ファン・ガブリエル・バスケスというコロンビアの作家についてはすでに邦訳が二冊あり、名前は知っていたが、実際に作品を読むのは初めてである。バスケスは1973年生まれというから、ラテンアメリカ文学の担い手としては最も若い部類に属すだろう。コロンビア出身でパリに渡ったという経歴からは誰でもガルシア・マルケスを連想するだろうが、本書はマルケスの魔術的リアリズムとも独裁者小説とも無縁の、いわば小説についての小説であり、この点からむしろボルヘスを連想させないでもない。しかしボルヘスの抽象性とも遠く隔たり、本書で扱われているのはコロンビアで実際に起きた歴史の暗部とも呼ぶべき事件なのである。内容にかなり踏み込んで論じることをあらかじめお断りしておく。

 例によってまず形式的な問題から論じる。本書は四つの章と補遺と題された五番目の章から成り立っている。四つの章の題名を列挙するならば「不十分な人生」「第二の人生」「人生―ザラ・グーターマンによれば」「遺産としての人生」であり、「人生」がキーワードであることがわかる。実は「密告者」という小説は最初、第四章までで完結していた。それは第四章の末尾に「ボゴタ 19942月」という擱筆の場所と日時が記載されている点からも明らかである。さらに「まずは親父が心臓病と診断されたところから書きはじめようと、そう思い定めた俺は、最初の一文字をコンピュータに打ち込んだ」という最後の一文は直ちに「199147日の朝、親父が電話をかけてきて、俺を初めてチャピネロにある自分のマンションに誘った」という冒頭の一文に呼応しており、物語は一種の円環を形成する。つまり本書は「俺」によって執筆された「密告者」という小説に最後の「1995年 補遺」と記された章を加えることによって成立している。あらためて補遺と題された章が付け加えられた理由自体は容易に推察される。すなわち章の冒頭でそれまで重要な役割を果たしていた人物の死が報告され、さらにそれまでの章で不在であった重要な人物との邂逅が語られるからだ。しかし実際に第四章までの小説が刊行され、その後に補遺を付して新版が発行された事実はないから、このような語り自体が既に虚構として成り立っている。私が小説についての小説と呼んだのは本書のかかる構造を指している。

 内容に即して論じることにしよう。「不十分な人生」や「第二の人生」が誰にとっての「人生」であるかは容易に理解される。書き手である「俺」の父、最高裁判所や大学で雄弁術を教えるボゴタの名士、ガブリエル・サンローロである。興味深いことに「俺」もまた父と同じガブリエルという名を与えられているから、この親子は同じ名をもつ。直ちにアウレリャーノという名前が何世代にもわたって反復されるマルケスの「百年の孤独」が連想されるエピソードであるが、この小説において話者は常に子ガブリエルであるから、両者が混同される可能性はない。さらに作家自身のミドルネームもガブリエルであることを考えるならば、この小説の自己言及性は興味深い。「不十分な人生」はともかく「第二の人生」が何を意味するかは明白だ。語り手ガブリエルの父親ガブリエルは先にも触れた心臓病の手術を受け、その結果として健康を回復し「第二の人生」を手に入れる。回春したガブリエルは老齢にもかかわらず担当の理学療法士アンヘリーナと深い仲になる。父と息子、二人のガブリエルの関係は複雑だ。1988年、ジャーナリストである語り手、ガブリエルは共通の知り合いである亡命ユダヤ人女性ザラ・グーターマンの半生の聞き書き『亡命に生きたある人生』を出版する。しかしこの本に対して父ガブリエルは徹底的に批判する書評を発表し、この結果、父子の関係は決裂する。冒頭で父から電話をもらった際の語り手の驚きはこの点に由来する。自分の書いた本が実の父からなぜかくも激烈な批判を受けたが語り手は理解できない。手術の後、二人はぎこちない和解をする。しかし意外な運命が彼らを待ち受ける。クリスマスを過ごすためにアンヘリーナとともに彼女の故郷であるメデジンに出かけた父ガブリエルは高速道路で事故死を遂げる。車に乗っていたのは彼だけであった。名士であったガブリエルは大がかりな葬儀の中で称えられ、叙勲が予定される。しかし第二章の末尾において、アンヘリーナによって彼が過去に犯した悪事が暴露され、名声が地に落ちるであろうことが予告される。

 それでは父ガブリエルはいかなる破廉恥な行為を働いたか。第三章においてその手がかりが与えられる。この章はタイトルのとおり、子ガブリエルを聞き手として、父と息子の共通の知り合いであるザラ・グーターマンの語りによって構成される。次第に明らかにされる父ガブリエルの罪はヨーロッパの歴史と深く結びついている。私も初めて知ったが、第二次大戦下、日本の真珠湾攻撃を契機としてコロンビアは枢軸国、つまりドイツ、イタリア、日本と外交関係を断絶し、ドイツからの移民のうち、対独協力者を選別して「ブラックリスト」に載せ、弾圧を加えたという。私は第二次世界大戦が大西洋を隔てたラテンアメリカにもこのような影響を及ぼしていたことに驚いたが、実際にこのような事実はコロンビアでも忘れ去られつつあるという。実はこのようなエピソードは既に第二章において子ガブリエルが密かに潜入した大学での父ガブリエルの講義として言及されており、物語はタイトルが暗示する「密告」という主題の周りを旋回するかのようだ。父ガブリエルもザラもナチスが台頭するドイツから逃避してコロンビアの地にたどり着いた。子ガブリエルが著した『亡命に生きたある人生』とはエメリッヒという地からコロンビアへ亡命したユダヤ人であるザラ一家が、コロンビアでホテルを開業するにいたる経緯を記している。彼の地で亡命ドイツ人たちは緩やかなコロニーを形成していた。確かにその中にはコロンビア・ナチス党員もおればハンス・ベトケなるアーリア人種至上主義者もいたが、多くはドイツを追われた人々であった。本書の中にはボゴタの暴動とナチスによるユダヤ人迫害、いわゆる水晶の夜を重ね合わせる喚起的な記述があり、ユダヤ人であるザラにとっては暴力の記憶が反復される。父ガブリエルの罪は比較的早い段階で明らかにされる。父ガブリエルとザラの共通の知人で、子ガブリエルも旧知の亡命ドイツ人、コンラート・デレッサーは服毒自殺を図った。ガラス会社を起業して順調に業績を伸ばしていたコンラートが自殺した理由は何者かが彼を対独協力者として告発したためであった。コンラートは収容所に収監され、会社は破産し、さらに夫の無実を嘆願した妻マルガリータもその後出奔したため家庭が崩壊した。本当に父ガブリエルは友人であるコンラートに対して、そのような行為を働いたのか。興味深いことには本書にそれを確証する記述は存在しない。先ほど旋回という言葉を用いたが、これ以後も物語は「密告」という主題の周辺を旋回するばかりでその核心に近づくことはない。第四章において語り手はアンヘリーナと電話で会話する。告発者であるアンヘリーナという語り手を得ても父ガブリエルの所業は明確にはならない。本書の小説としての評価はこのような不透明さをどのようにとらえるかという点にかかっている。本書の核心がどこにあるかは明らかだ。ボゴタの名士である父ガブリエルは戦時中に亡命ドイツ人を密告するという恥ずべき行為に手を染めたか否か。しかし本書の語りの構造は問題の解明を困難にしている。つまり、本書は子ガブリエルという語り手を有しながらも、常にガブリエルの聞き書きとして成立している。第二章で今述べた問題の核心が示された後、第三章においてはザラ、第四章においてはアンヘリーナ、そして補遺である第五章においては、あえてここでは名前を記さないが一人の重要人物との対話をとおして、父ガブリエルの罪の有無が繰り返し問われる。しかしいずれの証言においても決定的な言明はなされない。本書の話法上の特色は「俺」という全編を通しての語り手が存在するにもかかわらず、物語の内容は多く「俺」に対してなされる第三者の証言として語られることである。語りの真偽は何によっても担保されることはないし、肝心の密告がどのようなものであったかは最後まで明らかにされることはない。人によってはこの小説が中心に大きな空白を抱えていることに不満を感じるかもしれない。そしてこのような語りは一つの暗喩としてとらえることができるかもしれない。すなわち歴史とは常に何者かによる証言として成立するが、その証言の真偽は決して明らかとされない。父ガブリエルが雄弁術の教授であったことも暗示的である。述べたとおり、この物語は書き言葉に対する話し言葉の優越として実現されているが、実はその中心に位置するのは雄弁ではなく沈黙、知っていることをあえて沈黙の中に放置する黙説法であるからだ。

 解説の中で訳者は本書をコンラッドの「闇の奥」と関連させて論じている。「闇の奥」についてはこのブログでも論じたが、主要な登場人物であるクルツの二面性を父ガブリエルに重ねる読みが提案されている。私も一つの小説を連想した。バルガス=リョサの「ラ・カテドラルでの対話」である。この二つの小説は父の隠された一面が息子によって明らかにされるという主題的な相似を示している。さらにタイトルからも明らかなとおり、このような追究あるいは糾弾が他者との対話をとおして深められる点においても共通している。バルガス=リョサの小説は相当に複雑な構造をもっていたと記憶するが、小説の形式への関心という点においてもバスケスは「ラ・カテドラルでの対話」を意識していたのかもしれない。私はラテンアメリカ文学を好むから、これまでこのブログで多くの作家や小説について論じてきた。しかし21世紀に入ってもなおこのような未知の作家の優れた作品に出会えたことは、未知の沃野がまだ私たちの前に広がっているという思いを強くした。


# by gravity97 | 2017-10-30 22:26 | 海外文学 | Comments(0)

総特集 蓮實重彦

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先日発行された『ユリイカ』の臨時増刊号は「総特集 蓮實重彦」。この種の特集はあまり面白くない場合が多いが、今回の特集は多様な書き手に恵まれ、出色の充実である。いうまでもなく蓮實自身がフランス文学研究者、映画批評家、文学批評家、小説家さらには東京大学総長といった多くの顔をもつから、このような多様性はあらかじめ予想できないこともないが、それぞれのエッセイから浮かび上がる蓮實像は多様であると同時に、逆にジャンルを超えた蓮實の批評の形式的な一貫性についても思いをめぐらす契機となり、私にとっておおいに刺激的な特集であった。

いささかくどいように感じられるかもしれないが、まず全体の構成を概観しておこう。入江哲朗という私にとって未知の研究者による詳細かつ示唆に富むロングインタビューに始まり、まず天沢退二郎と海外の二人の書き手による随想が続く。天沢以外は初めて名前を聞いたが、いずれも映画関係者である。続いて「テクスト的な現実の饗宴」と題されたセクションではタイトルからうかがえるとおり、フローベールと関連したテクストをめぐってフランス文学研究者としての蓮實について、ジャック・ネーフ(彼の名前を私は『「ボヴァリー夫人」論』で知った)や渡部直己ら五人の研究者が文章を寄せている。黒沢清、万田邦敏、青山真治という弟子筋の映画関係者による座談会をはさんで、映画批評家としての蓮實について8編の貴重な証言が寄せられる。教育者としての蓮實の姿勢もうかがえ、いずれも興味深い。さらに続けてやはり蓮實と映画に関する8編の論考が寄せられるが、最初の8編が直接蓮實の謦咳に接した関係者の証言であるのに対して、「映画論=批評論」と題されたセクションに収められた論攷は間接的に蓮實を知った比較的若い世代によるテスクトであろう。これらもなかなか興味深い。とりわけ後述するとおり、數藤友亮というこれも未知の書き手による「野球と映画」という文章は刺激的であった。続いて蓮實が東京大学教養部の学友会の発行した雑誌に発表した「一番はじめの」小説が収録されている。蓮實も対談の中で述べるとおり、同じ大学でほぼ同じ時期に仏文学科に在学した大江健三郎のデヴュー作「奇妙な仕事」と同じ年に発表されたという事実はなかなか興味深い。蓮實の小説に続いて、川上弘美と磯崎憲一郎という現役の作家たちの蓮實をめぐるエッセイ、そして「教師・蓮實重彦」という彼の教え子たちへのアンケートをはさんで、本書の終盤には若手の批評家たちによる、さまざまな主題をめぐる蓮實重彦論が収められ、巻末には「平成生まれの読者のための蓮實重彦ブックガイド」という主要著作の案内が掲載されている。

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蔵書を確認するまでもなく、私は必ずしも蓮實のよい読み手ではない。巻末のブックガイドを参照しても私は蓮實の著述のうち、三つの系列をほとんど読んでいない。まず数は少ないとはいえ「陥没地帯」から「伯爵夫人」にいたる小説を私はいずれも未読だ。ついで私は本書の中でもその重要性が指摘されている「夏目漱石論」あるいは(「私小説を読む」という論集に収録されている)「安岡章太郎論」や「藤枝静男論」といった小説家の名を冠した日本の文学者に関する作家論を読んだことがない。さらに雑誌に掲載された阿部和重や黒沢清らとの対談は随分読んだとはいえ、「監督 小津安二郎」のごとき映画に関する本格的なモノグラフをほとんど読んでいない。特に意識的に忌避した訳ではないが、このような欠落は私にとって蓮實がまずはフランス文学の研究者であり、フランス思想の紹介者として認識されていたことを暗示している。おそらく私が最初に読んだ蓮實の著作はせりか書房から刊行された「批評あるいは仮死の祭典」もしくは朝日出版社の「フーコー・ドゥルーズ・デリダ」であっただろう。不思議なことに、これらの論文は私には大変わかりやすく感じられた。出版年を確認するならば、80年代の初め、私が大学で教養に在学していた頃に読んだはずだ。ニューアカの勃興に呼応するかのように、当時はまさにフーコー、ドゥルーズ、デリダ、さらにロラン・バルトといったフランスの思想家たちが一世を風靡していたから、私たちは彼らの思想の手がかりを求めて足立和浩から宮川淳にいたる日本の書き手たちの著作を渉猟していた。最初、私は蓮實をそのような書き手の一人として認識し、むしろその明快さによって記憶した。今回、本稿を執筆するにあたってこれら二つの著作を読み返してみるならば、なるほどいずれにおいても語り口は蓮實にしては比較的平易であり、後の一連の著作にみられるような詰屈というか韜晦というか、いわゆる蓮實調の語りとは一線を画しているように感じられる。さらに今回書架を確認していると叢書エパーヴの一巻として蓮實がフーコーとドゥルーズのそれぞれ一篇の論文を訳出した「フーコー そして/あるいは ドゥルーズ」を認めた。このパンフレットのごとき瀟洒な冊子からも強い感銘を受けたことを覚えている。これらの書物には当時、中央公論社から発行されていた「海」と編集長であった安原顕の存在が大きな役割を果たしたはずである。一方でおそらくその少し後、私は「表層批評宣言」を手にしている。冒頭から切れ目のないなんとも異様な文体で延々とつづられる名高いテクストを私は通読した記憶がないから、おそらく途中で投げ出したのだろう。今ではそうでもないのだが、当時私は蓮實の癖のある文体が苦手で、80年代のなかばには少し遠ざかっていた気がする。といっても蓮實もその中心人物と目された、いわゆるニューアカ・ブームは続いていたから、「季刊思潮」や「批評空間」といった雑誌に掲載されたテクストは読み続けていたはずだ。私が再び蓮實の存在に強い関心をもったのは1990年前後、続けざまに三つの著作に接したからである。一つは柄谷行人とのスリリングな対談「闘争のエチカ」である。話し言葉で書かれているためであろうか、蓮實の発言は明晰で、私は本書を読んで蓮實の批評的立場をようやく理解することができた。もう一つは同時代の文学についての卓抜な批評「小説から遠く離れて」。もともと「海燕」に連載されていたらしいが、私は日本文芸社から刊行された単行本で読んだ。村上龍と春樹、井上ひさし、大江健三郎、中上健次といったおおよそテイストの異なる作家の作品を取り上げ、説話論的還元を施すならば、いずれの小説も実は同型であるという驚くべき結論を提示したうえで、そのような形式からの逸脱を試みる大江と中上を評価し、そこに安住する村上春樹を批判するという分析は実にエキサイティングであった。このような発想自体は構造主義に由来するから、当時、ジェラール・ジュネットを愛読していた私にとって馴染みやすいものであったということはあろう。しかし日本にもこのような分析を独特の手つきで行う批評家が存在すること、そしてそれがあの蓮實であったことに私はおおいに驚いたのである。そしてもう一冊は「凡庸な芸術家の肖像」だ。フローベールの才能を欠いた友人として知られる、いやほとんど知られてもいないマクシム・デュ・カンという男の評伝という体裁をとりながら、18世紀フランス、西欧近代というエピステーメーの成立を説いた長大な批評は繰り出される多様な主題、細部からの意外な飛躍がとにかく面白く、かくも知的でありつつ刺激的な論攷を私はほとんど知らない。この評論は長く「ユリイカ」に連載されており、その存在は以前より知っていたが、私はちくま学芸文庫に収められたタイミングで通読した。奥付を確認するならば1995年のことだ。そして同じ方法が一冊のテクストに傾注された例として、私たちは20年後にようやく同じ著者によるフローベール論を読むことができた。「『ボヴァリー夫人』論」を経由した今、私は機会と時間があれば、もう一度この大著を再読したいと願っている。

いくつかの重要な著書について触れることができなかったが、ひとまず蓮實をめぐる私的な回想を記した。今回の特集号に戻ろう。本書の構成が編集部、蓮實本人のいずれによるかは定かではないが、本特集においては蓮實の一つの面がことに強調されている。いうまでもない、映画批評家としての側面である。蓮實をめぐる座談会は蓮實を「教師」とする映画関係者による鼎談であり、先にも述べたとおり座談会に続く「蓮實重彦を回遊する」「映画論=批評論」という二つのセクションには蓮實と映画をめぐる16本のエッセイや論考が収められ、全体の半数に近い。さらに読み物としてもこのセクションに収められた文章が抜群に面白い。おそらくこの総特集を通読して感じる、一種の風通しのよさはこの点に起因している。なぜなら蓮實が批評家として最も幸福を感じるのは映画をその対象とした時であろうからだ。それらを通読して私はあらためて蓮實の批評的一貫性を知るとともに、自らの批評に対しても反省の機会を得たように思う。かつてこのブログで私は「『ボヴァリー夫人』論」についてかなり詳しく論じた。ここに収められた文章を読んで私は蓮實が言う「テクスト的現実」への注視が映画批評の中で培われたことを知った。本特集において私が最も感銘を受け、思わず膝を打ったのは映画監督周防正行が立教大学時代での講義について語る次のような言葉だ。

そして何よりもその授業で衝撃的だったのは、「行間には、何も書かれていません」と先生が言い放ったことだ。思わず「カッコイイ」とつぶやきそうになった。今の子供たちは知らぬが、それまで国語の授業で絶えず聞かされていた「行間を読め」という教えが一気に吹き飛んだ瞬間だ。映っているものを見る。書かれているものを読む。


周防ならずとも「カッコイイ」と言いたくなるではないか。いうまでもなく「『ボヴァリー夫人』論」の批評的達成も決してテクストの行間を読まず、ひたすら「テクスト的現実」を分析したことに求められる。「行間には、なにも書かれていません」とはなんとも切れ味のよい台詞だ。何よりもこの言葉によって、「行間の意味」という重荷を押しつけられていた作家が救われるだろう。そして批評の側にもこの言葉はいくつもの反省を突きつける。構造主義、ポスト構造主義を経過したにもかかわらず、いまだに行間を読むことこそが批評の本質とみなす批評家のいかに多いことか。その一方、この言葉は、写っているもの、書かれているものを私たちが本当に見て、読んでいるのかというシビアな問いをあらためて批評の側に投げかける。「ボヴァリー夫人」を原語で読んだ者が何万人いるか私は知らない。しかしそこに Emma Bovary なる言葉が一度たりとも書きつけられていないという事実を指摘したのは日本人の蓮實が最初ではないだろうか。授業の最初に、対象となった映画についていつも蓮實が「何が写っていました」と学生たちに尋ね、蓮實の解説を聞くと、自分たちが実は何も見ていなかったことに気づいたと多くの書き手が記している。実際に形式の批評の醍醐味は、誰でも見た/読んだにも関わらず、誰も指摘したことのない明白な外形的事実に基づいて作品に分析を加えることにある。美術批評にパラフレーズするならば、フォーマリズムの魅力とは指摘されれば誰でも理解できる作品の形式的な特性を初めて言い当てる快感である。私も形式的な批評を身上としているから、例えば絵画であれば描かれているものについてのみ論じ、作家の経歴や作家の作意にはほとんど関心を向けなかったつもりである。しかし私は本当に自分が見ているものだけについて論じてきたのか、行間ならぬ作品の背後に安易に逃げ込んでいたのではないかと思わず自問した。

それにしても本書を読んであらためて感銘を受けたのは蓮實の教育者としての優れた資質である。もっともそれは一部の優秀な学生に対する教育であり、一般の愚鈍な学生に向けられた関心ではない。本特集では、別の教員が東大の映画史の講義の中で蓮實の著書を読んだことがあるか尋ねたところ、挙手した学生がほとんどいなかったという信じ難いエピソードが紹介されている。確かに馬鹿で勤勉な学生が講義への出欠をとることを教師に求め、休講があると補講が要求されるという今日の大学の状況を鑑みるに、蓮實は時代的にも優秀な学生のみに大学の可能性が開かれていた時代をかろうじて楽しんだのかもしれない。中田秀夫によれば、蓮實の講義では毎年度初回に映画に関する名詞や固有名詞が10項目ほど読み上げられ、それについて記述することが求められたという。蓮實は「これは正式な入ゼミ試験ではありませんが、半数程度しか答えられない人は受講の継続が難しいかもしれません」と言って自主的な退出を求めたという。しかもそこで例示される名詞は監督名や映画名であればともかく、「5」とか「24」とかいった数字さえありえたというのだ。実際に中田や青山真治でさえ二問くらいしか答えることができなかったと述べている。私がこのエピソードから直ちに連想したのは四方田犬彦が「先生とわたし」で描いた、四方田の教師、由良君美の東大での講義である。四方田によれば開講にあたって由良は受講を希望する学生たちを集めて、ワーグナーの「ワルキューレ」が鳴り響く大教室で赤塚不二夫の漫画を示して、どこが面白いのかを問う試験を課したという。衒学的というか高踏的というか、実際にこのような試験があったかどうかはともかく、私には四方田が説く由良像と教え子たちが回想する蓮實像が重なるように思えた。実際に私が大学や大学院で過ごした頃はなおもここで語られるような濃密な師弟関係は存在したし、私もそこで多くを学んだ。おそらく現在の大学では考えられないような幸福な状況であったと思う。ちなみに同じ映画批評家として知られる蓮實と四方田の関係は微妙で、本書中の三輪健太郎の論文によれば(ここでは詳述する余裕がないが、漫画を軸に夏目房之助、四方田、蓮實を論じるこの文章もおおいに刺激的であった)四方田は「リュミエールの閾」の中で蓮實に謝辞を述べているが、「先生とわたし」の中には四方田が韓国に客員教授として赴くことを報告した際に冷淡な対応した「最初にフランス語の手解きをしてくれたある教師」について触れられている。固有名こそがないが、前後の文脈からおそらく蓮實のことではないかと思われる。四方田との関係はともかく、蓮實の教育者としての業績とは多くの優れた映画監督を生み出したことに求められるだろう。本書には収められていないが、黒澤や青山といった映画監督、あるいは阿部和重といった小説家(阿部には映写技師という前歴があるが)らとの多くの対談で蓮實は肩の力を抜いた感じできわめて楽しげに語っている印象がある。そこには年少といえども映画や小説といった創造に携わる作家への蓮實の敬意が込められているように思う。対して本書中の「教師・蓮實重彦」というアンケート中、特に東大系の研究者の回答は総じて蓮實的な面白みに欠ける。

最後に一つ、先にも触れたが本書に収められた論文の中で最も刺激的であったのは數藤友亮という映画研究者の「野球と映画」という論攷であった。知る人ぞ知る話題であろうが、蓮實が草野進というペンネームでスポーツ批評、特にプロ野球批評を執筆しているのではないかという噂はかねてより根強い。文学から映画、思想にいたる広い守備範囲をもつ蓮實であるにせよ、なぜプロ野球かと問いは誰もが抱くであろう。數藤は草野が「海」に発表した「三塁打は今日のプロ野球にあって一つの不条理であるが故にその存在理由があるのだ」というとんでもないタイトルの文章を取り上げる。草野によれば三塁打はほんの十秒ほどの間に九人の野手に最も複雑な運動を実現させるがゆえに素晴らしい。私もこの箇所を読んだ得心した。なるほど、これはプロ野球を形式的に論じる観点ではないか。しかしこれまで一体誰が、プロ野球を「形式的に」論じようなどと思いついただろうか。ここから數藤はいささかの議論の飛躍とともに、蓮實の映画批評にみられる説話論的な構造と主題論的な体系の対立へと議論を進める。この枠組自体は蓮實の文学批評にもしばしば認められるが、最後に三塁打が引き起こす野手への反応と映画「キャット・ピープル」の印象の間の相似性が説かれるに及んで、異端とも思われたプロ野球批評も蓮實の批評の本質と深く関わっていることが説得的に論じられている点に感心した。

本書はこれから蓮實の文章を読む者にとってもよい導き手となるだろう。なにより蓮實の批評が、何を対象にするにせよ、ストイックなまでに厳格な一つの姿勢によって貫かれていることが理解される。行間には何も書かれていない、何が写っていたかのみを論じよ、細部にのみ集中せよ、多くの論者、多様なジャンルを横断して繰り返される蓮實の教えに批評という生業に連なる者としておおいに鼓舞される思いがした。


# by gravity97 | 2017-10-17 21:04 | 批評理論 | Comments(0)

オマル・エル=アッカド『アメリカン・ウォー』

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 エジプトに生まれドーハで育ち、現在はアメリカに居住する著者によって今年4月に発表された小説が早くも文庫として訳出された。アメリカン・ウォー、アメリカの戦争とは2075年に始まる第二次南北戦争のことだ。地球温暖化で沿岸部が水没しつつあるアメリカ、化石燃料の使用を禁止する法案をめぐってミシシッピー、アラバマ、ジョージアという南部の三つの州が独立を宣言し、北部諸州との間で内戦が始まる。前者は赤いアメリカ、後者は青いアメリカと呼ばれる。この色分けが大統領選挙の際の共和党と民主党の支持者の色分けを暗示していることはいうまでもない。本書はいずれにも正義のないアメリカの戦争の中で翻弄される一組の家族の物語である。

 随所に事態の推移を記録する公式文書を挿入しつつ、プロローグと四つの章から成る本書の語りは二つの視点からなされ、時制についても二つの時間が導入される。すなわち一人称で語られるプロローグにおいてはこの内戦が過去の事件として語られる。語り手は第二次南北戦争の研究者でもある歴史家の「わたし」であり、人生も終わりに近づいているという記述から、高齢時における回想である点が示唆されている。事後の視点で語られるのはプロローグのみ。第一章から第三章までは三人称と神の視点が導入され、物語はほぼ時間軸に沿って展開する。冒頭の「そのころのわたしは幸福だった」というフレーズが物語の最後で反復される点からも明らかなとおり、本書の説話論的な構造はさほど複雑ではない。第四章で再び導入される一人称の語り手がプロローグのそれと同一である点はすぐに了解されるし、先に述べたとおり時制の構造も比較的単純だ。

 未読の読者のために一人称の語り手が誰であるかについてはあえて触れない。しかし本書のプロローグで語られる第二次南北戦争の経緯については、少し整理しておいた方がこのブログに触れて本書を手に取る読者にとって有益かもしれない。第二次南北戦争は2074年から2095年まで続いた。開戦の契機としては2073年にミシシッピー州で起きたダニエル・キ大統領の暗殺、そして翌年サウスカロライナ州で発生した抗議デモ参加者への発砲射殺事件がある。これ以後、自由南部国と北部諸州の間で激しい戦闘が続けられるが、この戦争に関連して生物兵器による二つの惨事が発生した。一つは2075年にサウスカロライナ州で発生した疫病であり、この結果、サウスカロライナ州は隔離され、この地域への帰還は不可能となる。(私たちにフクシマにおける原子力災害を連想させるに十分なイメージだ)一方、二つの陣営の和平交渉が進み、終戦の調印が行われた2095年、オハイオ州コロンバスにおける「再統合の日」記念式典においてもテロリストが生物兵器を撒布し、「再統合疫病」なる疫病の流行によってその後、10年間にわたって一億一千万人の人々が死んだという。物語を理解するうえでは生物兵器による惨事が二度にわたってサウスカロライナとオハイオで別々に発生し、前者が戦時中の出来事であるのに対して、後者は戦争の終結を別の大量死へと結びつけたことを覚えておくのがよい。災厄後のアメリカというイメージは私たちが見知らぬものではない。生物兵器の流出によって破滅した後のアメリカを描いた傑作として、私たちはスティーヴン・キングの『ザ・スタンド』を知っているし、同様にロバート・マキャモンは熱核兵器によるアルマゲドン後の風景を『スワンソング』の中で描写した。あるいはこのブログで取り上げたコーマック・マッカーシーの『ザ・ロード』ではおそらくは核戦争後、死滅していく世界、ポール・オースターの『闇の中の男』では本書と同様に内戦状態にあるアメリカが描かれていた。崩壊していく世界のイメージはJ.G.バラードからアンナ・カヴァンまで文学の連綿たる主題系をかたちづくっている。

 しかしながら本書において世界の崩壊は圧倒的なリアリティーをもって私たちに迫る。なぜならここで描写される事件を私たちは既に知っているからだ。武装組織が支配して人が犬のように撃ち殺される風景、絶望した若者たちがテロへと走る難民キャンプ、人権を無視した拷問と虐待が日常化した捕虜収容所。これらは現在私たちの前に広がる光景と何ら変わるところがない。唯一異なるのは、それが最も豊かであるはずのアメリカという国の近未来として描かれていることだ。

本書の主人公、サラット・チェスナットは自由南部国と国境を接するルイジアナ州で、双子の妹のダナ、兄のサイモン、そして両親ともに貧しい暮らしを送っていた。物語の冒頭では6歳の少女として登場する彼女を過酷な運命が待ち受ける。父ベンジャミンは自由南部国のテロリストによる自爆テロの巻き添えで死亡し、故郷を追われた母と子供たちはキャンプ・ペインシェンスという難民キャンプに身を寄せる。希望のない難民キャンプの生活の中で男勝りのサラットは頭角を現し、かつて医師であったというアルバート・ゲインズという得体の知れぬ男の目に止まる。キャビアや蜂蜜といった貴重な食糧を融通する力をもったゲインズは最初、彼女に使い走りの単純な仕事を与え、次第に彼女の教師としてふるまい始める。一方、荒んだキャンプ生活の中でサイモンは次第に武装組織へと接近し、母マーティナは行く末を案じる。しかし難民キャンプでの家族の生活は突然に断たれた。民兵たちがキャンプを襲撃し、虐殺が繰り広げられたからだ。罪のない無数の難民が殺され、マーティナとサイモンも行方が知れない。ダナとともに虐殺を免れたサラットがゲインズに家族の復讐を誓う場面で第二部は終わる。

第三部はキャンプ・ペイシェンスにおける虐殺の五年後の情景から始まる。サラットとダナ、そしてサイモンはジョージア州のリンカートンという街で、虐殺の犠牲者に対する補償であろうか、自由南部国の援助を受けながら暮らしていた。大虐殺の際に頭に大きな傷を負ったサイモンはカリーナという看護師による日常の世話を受けてかろうじて生をつないでいた。虐殺を生き延びたサイモンは「奇跡の子」と呼ばれ、戦争で肉親を失った人々の信仰の対象となっている。サラットとはゲインズのもとで武闘訓練を受け、一人前のテロリストに成長し、ある暗殺事件と関わることによって、自由南部国の武装組織の男たちからも一目置かれる存在となる。しかしリンカートンでの平穏な暮らしも長くは続かない。双子の妹ダナは、コントロールを失って無差別に人を襲う「戦闘鳥」と呼ばれるドローン兵器の襲撃によって命を失い、サラットも捕縛され、自由南部国の「テロリスト」を収容するカリブ海のシュガーローフ収容所に収容され、筆舌に尽くしがたい虐待と拷問を受けることとなる。

このブログとしては珍しく、今、私は本書の第三章までのあらすじをかなり詳細に記した。しかし前もってこのような知識が与えられても本書を読む楽しみは減じないはずだ。第三章までのサラットをめぐる物語が愛する家族を一人ずつ失っていく喪失の物語であるのに対して、語り手を違えた第四章は一種の回復と治癒の物語である。第三章までの絶望に対して第四章で語られる希望がかろうじて拮抗し、一縷の救いが与えられる。物語が近未来に設定されているにも関わらず抵抗なく入り込めるのは、それが私たちと地続きであるからだ。冒頭に綴られる家族の生活は、温暖化による土地の水没という話題を除けば現在のアメリカの低所得者層のそれとさほど変わらない。難民キャンプでの生活、ことに暴力が新たな暴力を生み、若者たちが自爆テロへと唆される情景は今日私たちがパレスチナの難民キャンプで目にしているとおりだ。キャンプ・ペイシェントにおける大虐殺は北部諸州の暗黙の了解のもとになされた民兵による蛮行であった。かかる虐殺はこのブログでもジャン・ジュネに関連させて論じた1982年、西ベイルートのシャティーラ・キャンプにおける虐殺を正確に反復しており、テロの容疑者に拷問を加えるシュガーローフという収容所から、アフガニスタンやイラクで拘束した同時多発テロの容疑者を収容して拷問を加えたグアンタナモ収容キャンプを連想しないことは困難だ。端的に述べるならば、本書においては20世紀後半から今日にいたるまで、多く中東地域において人々が味わった暴虐と不条理があたかも主客を反転するかのように、アメリカの人々を苦しめている。小説の中でもはやアメリカに自助の能力はない。難民キャンプを運営するのは赤十字社ではなくイスラムの赤新月社であり、援助物資を届けるのは中国と「ブアジジ帝国」なる中東の大国である。ゲインズはかつて中東で勤務したことがあり、物語の中で重要な役割を果たすゲインズの友人ジョーはブアジジ帝国の出身者であることが暗示される。没落するアメリカ/西欧に代わって、中国そしてとりわけイスラムが強大な力を手に入れるという発想は先にレヴューしたウェルベックの「服従」と共通している。西欧の没落とイスラムの伸長、これらの小説は欧米の知識人層が現在抱えるイスラムフォビアを反映しているかもしれない。

本書は復讐の物語でもあり、サラットは復讐の女神であるかのようだ。父と母、双子の妹、家族が一人ずつ惨たらしい死を迎え、自らも収容所で虐待を受けて深いトラウマを負うサラットは復讐を誓い、敵の指導者や自らに拷問を加えた兵士、さらには抽象的な「敵」に対して銃やナイフ、時に特殊な兵器を用いて徹底的な復讐を果たす。彼女の最終的な復讐がどのような結末を引き起こしたかについて、あえてここでは記さない。物語の根幹、そして語りの形式とも深く関わっているからだ。最初に述べた通り、プロローグの語り手の存在によって、ここで語られる物語が既に終えられていること、「彼女」がおそらくこの世にいないことを私たちはあらかじめ知っている。そして読み進むならば私たちはサラットの復讐が結局のところ何も生み出さなかったことを理解するだろう。本書は復讐の不毛さを教える。物語の舞台は近未来のアメリカだ。しかし何度も繰り返すとおり、ここで語られる人々の苦痛は現在のアフリカから中東にいたる政治状況を反映しており、エジプト生まれでアメリカに居住する著者がこのような小説を発表した意味は問われてよい。アメリカと有志連合はアルカイダのウサマ・ビンラディンに復讐し(この経緯を描いた映画「ゼロ・ダーク・サーティ―」は暗殺と拷問、あたかも本書のサブテクストのようではないか)、ISISの指導者アブー・バクル・バクダーディーに復讐しようとしている。しかし今日アメリカで、ヨーロッパで吹き荒れるテロを目にするならば、そのような暴力は結局のところ新しい暴力、新たな復讐を呼び起こしたに過ぎないのではないか。テロに次ぐテロ、暴力の連鎖に私たちは抗しえないのだろうか。第四章で収容所から解放されたサラットは次第に傷から治癒するサイモンとその家族のもとでつかのまの安逸を経験する。この安らぎはサラットの人間性を回復させた。しかし彼女を冒すトラウマはもはやこの程度の安穏によって癒されることはなく、彼女は一つの決定的な決断をする。読者はこの物語が決して単純な予定調和に終わらないことをプロローグから予感するはずだ。漠然とした先説法の帰趨を見届けて、読者には重い読後感が残るだろう。

イデオロギーの対立が終わったにも関わらず、世界はさらに砕けて、互いに憎悪を深めている。今や危機は中東ではなく極東にあるかもしれない。私たちは極東の愚かな指導者に対して敵意をむき出しにする子供のような大国の大統領の暴言に毎日つきあわされている。そしてこの社会病質者に叩頭して、対話ではなくひたすら圧力を叫ぶ愚かな男が私たちによって選ばれた宰相なのだ。大量破壊兵器、難民キャンプ、テロリズムと強制収容所。ここで描かれる物語がもはや2075年のアメリカを舞台に選ぶ必要がないことを私たちはあらためて認識する必要があるかもしれない。


# by gravity97 | 2017-10-09 22:57 | 海外文学 | Comments(0)